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20.小さな紳士と淑女のお誘い 後編





 ゆったりとした昼食も終われば、やはりそれだけでは帰れるわけもなく。

 食後のデザートと共に、ゆったりとしたティータイムに突入した。


 すっかりアイスに打ち解けた双子、レジャーノとパルミノ。

 控えて微笑んでいる側室サンロート婦人。

 こいつヤバイんじゃないかと思わせるに足るほど挙動不審な第二王女ロマシュ。


 そして、完全に攻めあぐねている第一王子クロカン。


 子供をダシにしてアイスを吊り上げた策士は、吊り上げた後のことをまったく考えていなかった。


 いや、そりゃそうだろう。


 子供を中心にした集まりで、愛人どうこう側室どうこうなんて生々しい話ができるわけがない。


 その手の話になったらバンバン援護射撃してくれそうな第二王女だが、そもそも戦闘が始まっていないのでは、それもない。

 ところで彼女は大丈夫か。アイスを見る目が真剣すぎて危険な気がするが。


 サンロート婦人は子供たちのお守り役なので、そもそもの発言があまりない。……個人的にはあまり乗り気な食事会ではないのかもしれない。

 それもわからないでもない話だ。アイスの立場を考えれば、あまり近づきたい人物ではないから。

 だが、次期国王に勧められたから断りきれなかった、というのも、わかる。

 いろんな意味で板挟みになった結果なのだろう。


 イリオは、そろそろ引き上げ時だな、と思っている。

 

 もし晴れた日なら、子供たちと庭を散策でも、という流れになってもよかった。

 子供と接触する分には、誰も文句は言わないだろう。

 今回だけ、という招待の理由でもあるのだし。


 しかし残念ながら今日は雨。

 もうアイスを付き合わせ、引き伸ばす理由はない。


 むしろ、あまり長く拘束すると、それこそ色々探られてしまう。サンロート婦人にも迷惑が掛かるかもしれない。


 そんなことをつらつら考えているイリオだが、この風景はすぐに一変した。


 ――場を動かしたのは、意外な人物だった。





「――入るぞ!」


 覇気みなぎる声とともに、食堂に青年が入ってきた。


 何事かと全員の視線が集まり、素直に驚いた。


「エスカリダ!?」


 その中、声を上げるほど驚いたのは、第一王子クロカンだった。

 そう、その青年は、第二王子であった。


 エスカリダ・グレティワール。

 第一王子クロカンは優秀な優男という体だが、このエスカリダは文武両道を往く武人である。

 見た目は第一王子とよく似ているが、与えられる印象はまったく違った。

 声も身体も大きく、鍛えられている者特有の威圧感もすごい。


 そして、これで意外と人当たりも良く、子供の扱いも上手かった。


「「エスカリダおにいさま!」」


 双子も、予想外にも大好きな兄がやってきて嬉しそうだ。


「ああ、そのままでいい。非公式だろ? なら挨拶は不要だ」


 いきなりの第二王子襲来にサンロート婦人が慌てて立ち上がるが、エスカリダはそれを制して――当然のように空いた席に座ってしまった。


「兄上、ダメだぞ。上を通さずにアイス殿に会っては」


「な、なんだと。いや、私は関係ないぞ」


「そういうのは言わなくていい。せめて俺くらいは呼べよ。言い訳できないだろ」


 空気が一変した。

 なごやかなだけだったこの場が、突然政治色が強く浮き彫りになってしまった。


「アイス殿、久しぶりだな」


「そうでもなかろう。合同演習で会っているではないか」


「あれは会っているとは言わん。一緒に訓練しているだけだ。現に話もしないだろう」


「そうか? 私にはよくわからんが」


 そう、この第二王子は、騎士というわけではないが、騎士の訓練に混じっていることが多い。

 ただの一騎士としてそこにいるので、実は第二王子であることを知らない・気づかない騎士や兵士さえいたりする。


 特別扱いも王子扱いも望まないので、あまり違和感なく混じっている。

 事情を知っている周囲の者も、気を遣わないのである。


「で、兄上。肝心のことは聞けたのか?」


「いや、おまえ、ちょっと」


「まだかよ。ちゃんとしろよ。どうも兄上は女に弱いな。国王おやじ譲りか?」 


 第一王子の戸惑いなんて無視して、第二王子はずずいっと言い放った。





「――兄上が王になった暁には、アイス殿を側室に迎えたいんだってよ。アイス殿はこれをどう思う?」





 言った!! あいつ言った!!


 まだ政治のことはとんとわからない双子以外の全員、何なら給仕している使用人やメイドまで、第二王子の衝撃の言葉に目を剥いた。


「何を言うんだ! 言葉を慎め!」


 と、怒る態度を見せる第一王子だが、内心そこまで怒ってはいないだろう。


「急にそんなことを言われたアイスさんの気持ちも考えろ! ねえアイスさん!?」


 完全に答え待ってますの形である。訊いちゃったし。


「いい機会だろう」


 ここまで、逆に違和感なく槍のようにまっすぐやってきて場を貫いた第二王子が、ここで少し変化を見せた。


 アイスを見る、その目。


 その真剣な眼差しは、まるで――


「アイス殿なら俺だって嫁に欲しい」


 また言った!! あいつまたブチかました!!


 場の勢いなのかなんなのか。酒でも飲んだ上での暴挙なのか。


 ただ、語る眼差しは真剣そのものだ。

 まるで、本気じゃないことを疑うことさえ許さないほどに。


 ……いや、これは、そういうことなのか。


 第一王子同様に、第二王子もアイスに惚れ込んでいた、ということか。


 イリオは第一王子の気持ちにさえ気づいていなかった。彼らは本心を隠すのが上手い。だからわからなかった。

 それだけの話なのかもしれない。


 先の報告会の諸々を第二王子も聞き、自分の恋のために動いた。


 これは、ただそれだけのことなのかもしれない。


「わ、わたしも、欲しい! アイス様が欲しいです!」


 第二王女は全員に無視された。冷静に考えるととんでもないことを言っている気がするが、正直今はそれどころじゃない。


「おまえ……」


 弟の本心にここで気づいたのだろう兄は、なんとも言えない表情を浮かべている。


「兄上」


 そんな兄に、弟は言った。


「十年前までは、確かに多少の野心はあったのかもしれない。だが十年前のあの日から、俺は玉座はいらないと思った。


 それより(・・・・)欲しいもの(・・・・・)ができたからだ。


 わかるよな? そっちは譲る気はない」


 なんてことだ。


 子供が主催した子供のための食事会なのに、なんでこんなところでアレな話が立ち上っているのか。


 互いの本心を知り、睨み合う王子たち。


 子供たちはきょとんとしているし。


 サンロート婦人は話の内容のアレさから完全に気配を断っているし。


 第二王女はいやらしい目でアイスを見ているし。


 なんなんだこれは。


「――イリオ」


「――今は無理です」


 さすがのアイスも、異様な雰囲気となってきたこの場にはいられないと判断したようで、小声でイリオを呼ぶ。

 が。

 ここまで直接的に関わってきてしまうと、離脱できない。

 

 面倒な話だが、王族が、誤魔化せない引き返せない撤回できないレベルの発言をしてしまった。

 もう曖昧に流すわけにはいかない。なあなあでは済まないのだ。


 せめて話し自体が終わらないと、後日返答するという「持ち帰って考えるという姿勢で自然に退却」という手も使えない。


 もう少し、アイスには居てもらわないといけない。


 ただ、一つだけ、確かなことがある。


「――お心のまま答えていいですから」


 ――なんだかんだ言っても、この場で一番権力があるのは、アイスだと言うことだ。


 国王の客人であるアイスは、少なくとも、王子に気を遣う理由はない。

 この城に留まる時に敬語を禁止されたのと同じ理由で、王族にもアイスへの命令権はないのだから。





 誰もが固唾を呑んでこの場を見守る中、しばしの睨み合いを経て、第二王子エスカリダはアイスに顔を向けた。


「どうだ? 兄上の側室になる気はあるか?」


「ない」


 即答だった。

 アイスの返答に一切の迷いがなかった。


「な、な、なぜだ!?」


 ある意味即座にフラれた形となった第一王子クロカンは、その理由を求めた。


 が、それも簡単なものだった。


「浮気は好きではない。愛人も世に誇れるものではない。側室もあまり良い印象はない。頷く理由がない」


 その「頷く理由」に「好き・惚れた」というのが入るはずなのだが。

 しかしアイスの心はまったく、一切、糸くず一つ分も、第一王子クロカンは入っていなかった。


「……………………」


 完膚なきまでにフラれ、心をバッキバキにへし折られた第一王子は、かわいそうに固まってしまった。


 そう、さすがにかわいそうなくらい、フラれてしまった。

 もうチャンスはないだろうくらいに。

 

 その「ショックを受けた分」が、第一王子クロカンの、アイスへ対する想いなのだが。


 イリオは思った。


 ――たぶんその想いは塵一つ分もアイスに通じていないのだろうな、と。


 ――何を置いても、まず愛の告白をすればいいのに、と。


 ――この流れでは「側室にならしてやる」的な、身体目当ての王族の上から目線とそう変わらないのに、と。


「では」


 攻守交替。

 次は第二王子エスカリダである。


「俺ならどうだ? 俺はアイス殿と結婚したい。側室ではなく正妻に迎えたい」


「断る」


 こっちも即答だった。


「なぜだ? なんの問題がある?」


「エスカリダ殿にも婚約者がいるだろう」


「婚約は破棄する。俺はあなたがいればそれでいい。何なら身分だって捨ててやる。あなたと一緒なら庶民となって普通の家庭に入るのも何ら不満はない」


 お。


 第一王子はほぼ成り行きで行ってしまったが、第二王子は違う。


 これはまさに、愛の告白に等しい。


 果たしてアイスには通じているのか――


「断ると言っている」


 通じてなかった!!


「簡単に『婚約破棄』などしてはいけないだろう。相手の娘にも家にも傷を付けるのだぞ。まずその女を傷つけても知らん顔して幸せになろうという根性が気に入らない」


 アイスの言うことは正論である。


 ……正論だけど、正直、かなり青い気がする。十代の小娘が恋愛を語っているかのような青さだ。


 まあ、高潔に見えるアイスには、似合うことは似合うが。


「好きでもない者と結婚するほうが問題ではないか?」


 第二王子の追及が入るも、アイスは淡々と返事を述べた。


「ならなぜ今も婚約中なのだ? 好きでもないならすぐに破棄すればいいではないか。その方がお互い傷は浅く済むだろう。何より相手のためになったはずだ」


 正論である。


「仮に私と出会わなかったら、好きでもない婚約者と普通に結婚したのだろう? なんの躊躇いもなく。迷うこともなく」


 言い返す言葉が見つからないほどの、正論である。


「私に出会ったから私になびいたのか? それまでは婚約者のことはどうでもよくなかったのか? ならばさっき言っていた十年前のあの時に、婚約をどうにかすればよかったのではないか?」


 ぐうの音も出ないほどの正論である。


「不義理な男は好きではない。不義理だから浮気をするのだ。その時点で信用できん。そして信用できない男を人生の伴侶に、など考えられん。他に質問は?」


「…………」


「…………」


 …………


「…………ないです」


 折れた! 第二王子の心もバッキバキだ!


「本当に男たちは勝手だな。愛人だの側室だの、そういう立場の女性がどれだけ肩身が狭く辛い想いをするのかまったく考えない。下心だけで動いて。身分があるものがそうやってふらふらするから後宮の女たちが泣いているのだ」


 なぜだか途中からこんな思考を植え込んだ国王への説教に変わりつつ。

 この後もアイスは「勝手な男たち」のバッキバキに砕けた心に金槌に振り下ろし、再起不能なまでに粉々にするのだった。


 「恐らく、一生深く心に残る失恋となったのだろうな」とイリオは思いつつ、その光景を静かに見守るのだった。


 帰り際、なぜかサンロート婦人が非常に晴れやかな笑顔だったのが、ちょっと印象的だったが。





 後宮の外れにあるアイスの家に戻り、一息。


 雨音を聞いてのんびりしている時、アイスはポツリと呟いた。


「……とにかくロマシュ殿が怖かったなぁ」


 それはイリオも同感であった。あの第二王女はちょっとヤバイと思う。






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