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18.アンケートの最後にお知らせがあります





「アイス様」


 朝の訓練を終え、風呂に入って昼食の席でのこと。今日は雨のせいもあり、家の中での食事である。


 専属メイド・イリオが、紅茶を煎れながらこんなことを言った。


「パリアさんのアンケートが届いています」


「またか。ああ、そういえば定期的にやりたいとは言っていたな」


 パリアは、ここグレティワール王国にある新聞会社の社員である。

 情報紙を刷り売り出すという、異国の文化を実践している会社で、記事を書いている者だ。


 まだ新聞は、この国に浸透していないし、知らない者も少なくない。

 それに加えて「情報」を売る、という得体の知れない商売を危険視する王国が、検閲という情報規制を入れている。なので大した情報は載っていない。

 発行部数もまだ五百前後と聞いている。


 毎日取り寄せている者など相当少ない。

 そして、その相当少ない中に、アイスが入っていたりする。


 有名になりすぎて城下町に出られない身となっているアイスは、新聞でこの国のことを知る。

 たとえ大した情報が載っていなくても、アイスにとっては大切な情報源である。


 なお、主な購入層は、聡い商売人や王族貴族たちである。とかく情報の価値を高く、重く見ている者ほど重要視している。


「だが、答えに困るものも多いんだがな」


「アイス様が答えているということに意義があるんですよ」


 あの氷の乙女アイスがアンケート――個人的なことを答えている。その事実が付加価値を生むのである。


 近くに住んでいるのは知っている、どこにいるかも知っている。

 しかし、会うことも見ることもできず、話すことなんて絶対に不可能である、そんな有名人。


 それが氷の乙女アイスだ。


 まだ歴史も浅く認知も低い新聞に、アイスのアンケートが載るだけで、売り上げが倍以上になるのだ。


 ――なお、色々とアレな方向でも、利益と実績が生まれていたりする。


 まず、単純に新聞社の儲けとなる。

 一時的にでも発行部数が伸びれば、その分認知度も上がる。

 人によってはアイスの記事の有無に限らず購読し始める。


 次に、国側だ。

 氷の乙女アイスを利用するため、アイスの知名度を上げるのは望む所である。

 そしてアイスの記事が載ったあとは、本人は与り知らないアイスのグッズがよく売れる。時々新聞社に「こういう物が欲しい」という声も届き、それを反映して新商品が生まれたりしている。


 発信している媒体のようで、実は「庶民の欲しい情報」を徐々に反映していく新聞というものへの理解も深まり、国は更なる新聞の利用価値を模索している最中だ。


 あとは、読者だ。

 どういうものかわからない内は購入を控えるが、どういうものか判っていれば買いやすい。

 それに加え、これもアイスの影響なのか。


 新聞記事は、半分ほどは「絵で内容を伝える」という形を取っている。

 それはまだ文字が読めない者が多いからだが。

 「ぜひ新聞に書いてあるアイスの活躍を知りたい」と思う人、大人も子供も、文字を学ぶことに意欲的になってきている傾向がある。


 識字率は文化に繋がる。

 国王は、まだ義務化は考えていないものの、文字や簡単な計算が無料で学べる場を作ることを検討している。

 そこで成績優秀な者は、すでにある有料の学校への奨学金や学費免除制度を……という議案も出ていたりするのだ。


 優秀な人材が国に生まれるのは、とても望ましい。

 そして、才能を見出せず埋もれたままにされていることが、どれほどの損失か。


 ――と、語り始めれば切りがない様々な要素が絡み合い、アイスの元へ新聞社の接触があるのだ。


「今回は何に対してのアンケートだ? 私の好きな色だの好物だの、誰が知りたいのかわからない質問は、あまり答えたくないぞ」


 自分の人気や注目度を低く見積もっているアイスは、己の個人情報にそこまでの価値があるとは微塵も思っていない。

 それこそ、金を払ってでも知りたい人がいるなんて考えられない。


 そんな人がたくさんいるから、新聞が売れるのだが。


「えー……美容に関してですね」


「びよう?」


「氷の乙女の美しさの秘密大公開、という名目で記事を載せたいと」


「美しさの秘密……?」


 アイスは持っていたスプーンを置き、腕を組んだ。


「…………」


 顎に手を当て、スープを睨みつける。


「…………」


 首を傾げて、外の雨音を感じる。


「…………特別なことをしているとは思えないのだが」


 たっぷり熟考した末、そんな結論が出たようだ。


「まあ、そうですね」


 「全然だよぉー? 私ほんと何もやってないんだよぉー?」と言う奴に限って何かやっている、というのはイリオも知っているお約束である。良し悪しに限らずそういう奴は何かはしているものだ。


 ただ、アイスの場合は、本当に特別なことはしていない。


 貴族のご婦人方が熱心な、素肌を綺麗に保つ化粧品も一つも持っていないし、公の場に立つ時はする化粧も薄めで、あまり塗りたくらない。

 髪だけは、王妃から貰って以来愛用している髪用石鹸とべとつかない鬢付け油でケアしているが、それくらいではないだろうか。


「今書いてしまっていいですか?」


「ああ、頼む」


 この手の書き物は、アイスの口頭をイリオが執筆する。

 あまり筆跡を漏らしたくない、という有名人らしい裏もあるのだが、もう一つの理由もあったりする。





 食事に戻ったアイスの向かいにイリオが座り、インクを開けてペンを取る。


「では、一つ目です。大変美しい雪のような白いお肌ですが、普段はどんな化粧品を使っているのですか?」


「使ってないな」


「――基本的なことのみ。しっかりやれば肌は応えてくれる、と」


 アイスはあまり言葉を飾らないので、その辺の飾りつけはイリオの仕事なのである。


 何せ、「氷の乙女アイスが返答している」が売りになる新聞である。

 「使ってない」だの「何もしてない」みたいな何の情報性もない出来では、誰もが困る。たとえそれが真実でもだ。


「二つ目。好きな化粧品のブランドはなんですか?」


「ない」


「――懇意にしている王族の方が分けてくださるのを使っているのでこだわりはない。もし私の姿を美しいと思うのであれば、それは王族の方々が私を綺麗に見せているのかもしれない、と」


 色々と承知しているメイドである。


 普段はふてぶてしく振舞っても、ここぞという時の権力者へのヨイショは欠かさない。

 こういうアイスを通して外へ向けた「点数稼ぎ」は本当に喜ぶのだ。庶民への受けがかなり良いのだろう。


「まったく言ってないんだが」


「嘘は書いてませんよ」


 確かに化粧品は貰い物ばかりだが、流行遅れになったものを押し付けられていることくらいは、アイスも知っている。まあそれでも物は確かなので不満はないが。


「王族のことなど一言も触れてないが」


「かもしれない、って書いてますよ。断言はしてません」


 そりゃそうだけど。

 そんなことを言い出したら、全てが嘘でも最後に付け加えるだけで可能性の示唆になってしまうではないか。


 ひどい捏造が目の前で行われている気がするが――確かに嘘は言っていないのである。


 なんとも座りの悪いアンケートは続く。


「三つ目。ずばり、その抜群のプロポーションの秘訣は?」


「プロポーションはわからんが、この身体がいいと言うなら鍛錬以外なかろう。鍛錬で身体を作るのだ」


「――適度な運動をし汗を流すこと。今や美容のための運動も決して珍しいとは思わない。若く美しくありたいなら、多少は身体を動かした方が健康にも良いと思う、と」


 とても端的な答えしか返していないはずのアイスのアンケート用紙は、あれよあれよと「少しだけ美容に気を遣っているご婦人」という人物像を描き出していた。


 もし新聞に載る氷の乙女のアンケートが好評だと言うなら。


 それは、ゴーストライター・イリオの腕の賜物であろう。





「あ」


 すっかりアイスの昼食が終わった頃、アンケートも終わりに差し掛かっていた。


 用紙を捲るイリオは、妙な声を漏らして、数秒固まった。


「どうした?」


 アイスが問うも、反応がない。

 何事かとそのまま更に数秒待つと、ようやく動き出した。


「特殊なお茶会のことが書いてありました」


「ん? 特殊なお茶会? 茶話会のか? それがアンケート項目なのか?」


「あ、はい。こういう企画を考えているけどアイス様はどう思いますか、という感じで書かれていまして」


 それだけなら、イリオが固まる理由にはならない。


 ――なるほど特殊か、とアイスは思った。


「どんな茶話会だ? よほど珍しい、奇抜なものなのか?」


「珍しいというか……私は始めて聞く類のものですね。正直アイス様に話すべきかどうか、迷うくらいの……」


 そう、迷ったのだ。

 話していいのかどうか、と。


 だが結局、話さないわけにはいかない。

 イリオはあくまでもゴーストライターなのであって、答えるのは間違いなくアイスでなくてはならない。

 たとえ九割脚色があっても、一割は真実がなければならない。


 この時点で、アイスに秘匿する権利をイリオは持たないと、考え至った。


「では、最後の項目です――」





「恋人が欲しい男性と女性を集めて茶話会を開くというアイデアは、どう思いま」


「出席する!! どんな犠牲を払ってもだ!!」





 まあ、予想できた答えである。

 食い気味で来るのも全身で肯定するのも予想できたことだ。


「落ち着いてくださいアイス様。やるやらないの話ではなく、こういうのはどうかというアンケートですから」


 出欠を問われているわけではなく、アイデアに対するアイスの考えを訊いているだけだ。出席云々はやや趣旨が違う。


「いつだ!? いつやるんだ!? 明日か!? ……今日!? これから!?」


 もう、ちょっと、しばらく、まともに会話ができなさそうだ。


 ゴーストライターは最後の設問にペンを走らせた。





 イリオは思った。


 このアンケートが、最後の設問が回ってきたことそのものが、アイスの恋愛関係の規制を緩くしたという証左だと。

 異性間の何かを匂わせるものを近づけるなんて、これまでなかったことだから。


 国からの恋愛規制が緩くなる。

 もしかしたら、これから本当にアイスの恋愛が、そして結婚が、動き出すかもしれない。


 ――いや、と首を振る。


 汚い国のやり方をずっと見てきたのだ。

 そう簡単に緩くするとも思えない。


 思えない、が、だったらなぜ最後の設問をアイスに寄越したのか……


 アイス以上に頭を悩ませながら、用紙を封に納めるのだった。





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