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15.腹が立つものは腹が立つとしか言いようがない話題





「――ごきげんよう」


 午前中のことだった。


 軽めの朝食も済み、少しばかりの食休みを挟み、さてこれから訓練だというタイミングで彼女はやってきた。


「キャラメリゼか」


 ふわりと優雅に降り立った少女は、剣の乙女キャラメリゼであった。


 今日は特注の戦闘用ドレスではなく、短パン半袖というお姫様らしからぬ軽装。


 いつもは巻いている髪も今は緩く波打つのみで、今はそれを後ろでまとめている。

 これまたいつも薄く化粧をしている顔も、今日はノーメイクだ。


 つまり、そういうことだ。


「アイス様。訓練をご一緒しても?」


 およそ姫とは言えないただの美少女の提案を、アイスは受け入れた。


「もちろんだ」


 今日は良い訓練ができそうだ。



 



「相変わらずお強いですわね……」


「何を言う。そなたの方がよっぽど強いぞ」


 柔軟、走りこみと軽く身体を温めた後、二人が行ったのは実戦形式の立ち合いである。


 剣の乙女の名の通り、キャラメリゼは聖剣を呼び出して扱う。


 槍の乙女ザッハトルテと、得物は違うが特性は似ている。

 聖剣という神器を大小、細短と、サイズを変えて使用することができるのだ。


 タイプで言うなら、純粋な剣士である。

 魔法も使うアイスと比べるなら、基礎能力は上と言える。


 アイスが氷の神術を使う分だけ、キャラメリゼの神力は身体能力に回っている、と考えればいい。


 だが恐ろしいことに、筋力や瞬発力といった単純に比べられる分野で劣るアイスが、キャラメリゼより強かったりする。

 しかも魔法を使わない、単純な剣術勝負でだ。


 決してキャラメリゼが弱いわけではなく、アイスが異常に強いのだ。

 しかもアイスは、自分の戦い方をしているわけではなく、キャラメリゼに全て合わせて張り合っている。


 戦乙女史上最強の噂は伊達ではない。やはりまだ届かないか、キャラメリゼは得心する。


「そろそろ終わろうか」


 訓練相手がいたおかげで、集中してずっと立ち合い稽古をしていたが、そろそろ昼である。ちょうどいい止め時だ。


「ありがとうございました、アイス様」


「こちらこそ」


 互いに礼をし、今日の訓練は終了した。


「で、何か用事があるのか?」


 一応、身分上の公務もあるキャラメリゼなので、訓練のためだけに来たとは考えづらい。


 タイムスケジュールで言えば、キャラメリゼも午前中は鍛錬をしているらしいので、何かのついでにちょっと早めにきて一緒に訓練を、という流れだと推測した。


「ええ、実はアプリコット様のことで」


「何だと」


 アイスの瞳が険しくなる。立ち合いの時以上に。

 今その話題は避けるべきだ。今のアイスにはあまりにも危険すぎる。


 だがそれに気づいても、キャラメリゼは言葉を慎まなかった。

 これくらいでアイスが本気で気分を害すほど、小さな人ではないことを知っているからだ。


「ご結婚のお祝いをどうしようかと相談に来たのですが」


「悪魔の血を搾って祝い文でも書いてやろうかと」


「それはのろいです」


「東の山に悪霊が住む山があるという。そこで祈祷でも」


「それも呪いです」


「触れたら不幸が訪れるという黄金の短剣を」


「それも呪いです」


「あれもダメ、これもダメでは話にならん」


「普通にお祝いしましょうよ」


 まるで駄々をこねる子供をあやすかのような気持ちで、キャラメリゼは拗ねるアイスをなだめる。


「とりあえずお風呂に行きましょう? ね?」


 離れたところで様子を伺う専属メイド・イリオに「こっちは大丈夫」とばかりに目配せして、お姫様は拗ねてる顔が可愛い大きな子供を連れていくのだった。





 二人で入るにはやや手狭な風呂で汗を流し、今日は家中のテーブルで昼食の席に着く。


 ちなみにキャラメリゼの着替えは、アイスの家に置いてある。

 剣の修行のため、少しの間だけここで一緒に暮らしていたことがあるのだ。


 キャラメリゼにとって、アイスは姉のような存在であり、剣の師匠でもあったりする。


「先日のドラゴンの肉のシチューが食べ頃だそうです」


 数日掛けて下処理をし、丸一日煮込んだどろどろの茶色い液体。その中にごろごろ転がっているのは肉である。

 それと、量こそ少なめだが焼き色も鮮やかなステーキまであった。


「まあ、美味しそう」


「豪勢だな」


 ドラゴン肉自体が希少なのもあるが、普通の獣肉にしてもこれは豪華な食事である。少なくともアイスの感覚からすれば。


「キャラメリゼ様がいらっしゃっていると伝えたら、料理長が奮起しました」


 なるほど。要人用の食事か。


「イリオ、そなたも食べるといい」


「もちろん。あとで頂きますのでご心配なく」


 滅多に食べられない珍しい物なので勧めておくも、イリオはしっかり確保していた。


 王宮料理人が腕を振るった希少な肉料理を食べ進めるが、話題はやはりアプリコットの結婚の話になってしまう。


 というか、キャラメリゼはそのために来たので、その話をしなければいけない。

 毎日訓練やら公務やらで、あまり時間が取れないのだ。


 今日アイスに会いに来たのだって、数日ほどスケジュールの調整をした上での訪問だ。


 しかも昼食を食べたら戻らなければならない。

 ゆったりしているようで、時間はあまりないのである。


「まだ細かなことは決まっていませんし、日持ちするしないが関係ない贈り物を考えるべきでしょうか?」


 キャラメリゼは、自分が世間よりだいぶ感覚がズレていることを自覚している。

 まあ元は蝶よ花よと育てられたお姫様なので、当然と言えば当然なのだが。


 世間的に、贈り物に適した物がよくわからないのだ。


 アプリコットは庶民だし、不躾に高価な金品を贈るのも違う気がするし、しかしまだ段取りが決まっていない以上、獣を狩ったり食品を調達しても日持ちの問題がある。

 でも入手に時間が掛かる、時期を逃す等の問題もある。地方によっては贈り物に適さない物もあるだろうし。


 そんなことをつらつら考えていたら、まったく結論が出なかった。だから相談に来たのだ。


「……」


 アイスは溜息をついた。


 ――そう、いつまでもくよくよしてても仕方ない。


 後輩が結婚すること自体はめでたいことだ。

 そこに個人的な恨み辛み妬み嫉みといったものを持ち込むのは無粋。


 そもそも、逃げられない話でもあるし。


 アプリコット本人次第だが、結婚式の模様の一部を「映像転写」で移し、大々的に引退を発表するケースもある。


 その時、その場に年長に当たる鉄の乙女テンシンやアイスの顔がなければ、不信に思う者もいるだろう。


 年功序列というわけではないが、仲間の結婚式に参加しない戦乙女がいたら、やはり心象が悪いし、謂れの無い邪推もされてしまう。


 何より、アイスの諸々で、アプリコットの結婚にケチがつくのはさすがに望ましくない。そのくらいの分別はまだ付く。まだ。


 そう無理やり自分を納得させ、アイスは口を開いた。


「弓の乙女は、狩人から信仰されると聞いたことがある」


「狩人ですか」


「うむ。弓という得物が連想させるのだろうが、昔からそうだったと聞いただけだから真偽はわからん。

 ただ、色々と縁があるのは確かなのだそうだ。

 そこから考えれば、狩人にちなんだ贈り物という線はありだと思う」


「なるほど。ということは、獣の類ですね」


 そう言われると、アイスはすでに候補が決まるわけだが。


 先日、とある火山口に金属スライムの残骸を捨てに行った時、火燕ひつばめが巣を作っていたのを見た。

 いる場所が場所なので、火燕はとても珍しい。そしてその羽はかなり貴重だ。

 アイスはそれを狙おうと考えた。


「それで、アイス様は何を用意するおつもりですか?」


「火燕の羽だ。当てがある」


「ああ……だとすると、アイス様しか用意できない感じですか?」


「まあな」


 熱を遮断する方法がないと活動できない場所である。氷の乙女ならなんとか、という感じだ。それも長くはいられないだろう。


「そうですか。わたくしも何か考えましょう」


「役に立てず悪いな」


「いいえ。貴重なヒントを頂きましたわ」





 食事が終わり、キャラメリゼが席を立った。


「大変結構なお味でした。料理長にそうお伝えください」


「はい、必ず」


 それは大事なセリフである。

 政治には関わらない戦乙女とは言え、それでも一国の姫君だと公然の事実として知られていて、その「一国の姫君」に食事を出したのだ。

 言葉がなかったら「気に入らなかった」と解釈されかねない。身分のある者もなかなか面倒なのだ。


「それではアイス様、またお会いしましょう」


「ああ、またな」


 優雅に一礼するキャラメリゼを見送――ろうとしたその時、彼女は振り返った。


 服装こそ質素だが、高貴さが色濃く現れた微笑を浮かべる。


「――アイス様は、わたくしの結婚式には何をくださるの?」


 キャラメリゼには婚約者がいる、というのも公然の事実である。


 アイスとしては、彼女に関しては今更である。アプリコットのように隠されて気を遣われて、といったアレが気に入らないだけで……


 …………


 ……と自分では分析していたが、今明確に言われて気づいた。


「恋人と行く七泊八日フローズンバイスの旅はどうだ?」


 キャラメリゼの笑顔が深みを増した。


「そこで過ごしたカップルや夫婦は別れるというジンクスがある亡国ですわね?」





 ――気心の知れた女友達でも、最初から婚約者がいるとわかっている女友達でも、結婚すると言われれば腹は立つようである。






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