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12.ドラゴン退治と祝福と




「ええっ!?」


 槍の乙女ザッハトルテが声を上げた。


「あ、そういやトルテちゃん、ドラゴンは始めてだっけ?」


 緑の乙女ロゼットの問いに、その生物から視線を外すことなくザッハトルテはコクコク頷く。


 あれほど巨大な魔物と戦うのは初体験である新人戦乙女であるザッハトルテは、とにかく大きさに圧倒されていた。

 ちなみに戦乙女たちは、少し離れたところから観察している。向こうにはまだバレていない。


 荒野のど真ん中を、緑の鱗に覆われた巨体がのしのしと歩いている。

 翼はなく這う姿から、トカゲによく似ているが、あれは紛れもなく最強の魔物と言われるドラゴンである。


「あれほどの大物は久しぶりですね」


 鉄の乙女テンシンの言う通りである。


「そうだな。私の記憶が確かなら、ちょうど二年前の今頃に出たきりだ」


 氷の乙女アイスは、前回のドラゴン戦を思い出していた。


 ドラゴン種は二、三年に一度来るか来ないか、というくらい出現率が低い。

 いや、出現率などと言うなら、同じ魔物で呼び出されるというケースも割と少ないのだが。


 ただ、ドラゴンは、皆が待っている「おいしい獲物」となるから、どうしても数を数えてしまう。


「アイスさん、今回の策は?」


「まあ待て。アレが標的なら、他の戦乙女も来るだろう」


 果たしてアイスの予想通り、最近来ていなかった乙女たちもやってくるのだった。





 ロゼットの「転写転写」にて今回の獲物を確認した乙女たちが、遅れてやってきた。


「お久しぶりです、皆様」


 剣の乙女キャラメリゼは、戦闘用ドレスをまとった豪奢な姿で優雅に降り立った。


「ちわーす」


 焔の乙女シュトーレンは仕事中だったようで、到着するなりエプロンを外した。


「やっほーおひさー」


 弓の乙女アプリコットは、本当に久しぶりの出動である。アイスは個人的に彼女に聞きたいことがある。場合によっては手が出るかもしれない。出てしまうかもしれない。


「皆さん、こんにちは!」


 鎧の乙女ヘーゼルナッツは、やはりいつ見ても普通のかわいい村人っぽい。


「……」


 葉の乙女ヴァニラは、とかく無口なタイプである。


「ごきげんよう、諸君。久しぶりだね」


 黒の乙女プラリネは、今日も黒いスーツを着用した男装姿である。アイスと並ぶほど女性人気が高い、中性的な言動が多い。


 ――揃った。現存する戦乙女すべてが。


 氷の乙女アイス。

 鉄の乙女テンシン。

 緑の乙女ロゼット。


 槍の乙女ザッハトルテ。

 剣の乙女キャラメリゼ。

 弓の乙女アプリコット。


 鎧の乙女ヘーゼルナッツ。

 葉の乙女ヴァニラ。

 焔の乙女シュトーレン。


 黒の乙女プラリネ。


 最大二十一人が集う戦乙女は、現在は十一人のみ。

 なお「柔の乙女ワラビモチ」はまず来ないので、誰も数に入れていない。


「はい注目ー」


 十人もの大人数になってしまった中、気負いのないロゼットが面々に声を掛けた。


「これ、新人の槍の乙女ザッハトルテ。覚えといてね」


 横にいる駆け出し冒険者みたいな少女を紹介すると、全員の視線がザッハトルテに集まる。


「は、はじめまして!」


 まだ戦乙女歴が三ヶ月ほどのザッハトルテは、まだ全員と顔合わせもできていなかったりする。


「可愛いね。大輪の花となることを約束された蕾とはなんと可憐なことか」


「は、はあ」


「あ、この人は無視していいからね。私はヘーゼルナッツです。よろしくね」


 プラリネが若干アレなことは、もう全員が知っていてスルーしているので、その辺のことを先に教えておく。


「そこまでだ」


 これだけ女が集まると、油断するとすぐキャッキャッ言いながら雑談が始まってしまう。

 挨拶もそこそこに、顔合わせがてらの話もそこそこに、アイスは全員の注目を集めた。


「魔物は見ての通りだ。今回は――」


 アイスが、ザッハトルテを見た。


「新人の育成を兼ねたい。ザッハトルテを中心にし、全員でサポートする案を提示する」


「えっ!? 私ですか!?」


「そなたは大型種との戦闘経験はまだなく、ドラゴン種とも初めてだろう? こういう機会は割と少ない。ぜひ戦っておくといい」


「……いえ、その、自信がないんですけど……」


「大丈夫だ。全員でそなたを支える」


 ザッハトルテからは、魔物の大きさや、この歴戦の面々を差し置いて最前線に立たされることに戸惑いを感じているようだが、アイスとしてはそれでもやってもらいたいと思っている。


「大丈夫です」


 正真正銘のお姫様が澄んだ声を発した。


「誰でも始めて戦う大型種には恐怖し、戸惑うものです。でもこれは、わたくしどもにとっては避けては通れぬ通過儀礼のようなもの。皆、先人の戦乙女たちに支えられて克服してきたのですわ」


「そだね。つーか初めての大型狩りがドラゴンとかツイてるじゃん」


 アプリコットはロゼットよりもノリが軽い。アイスは彼女には聞きたいことがあり、場合によっては手が出てしまうかもしれない。


「……早く帰りたい」


 無口なヴァニラの声を聞くことさえ、久しぶりな者がいる。きっと彼女なりに気を遣っての発言なのだろう。……本音でもあるのかもしれないが。


「わ、わかりました! がんばります!」


 ザッハトルテが奮い立ったところで、戦闘は始まった。





 戦いはまあまあ熾烈を極めた。


「うずうずしますわね」


「うむ、まあ、我々の時も先輩方は同じ気持ちだったのだろうな」


 ザッハトルテを先頭に、キャラメリゼとアイスは三人一チームで行動する。


 主な仕事は、ザッハトルテに攻撃の機会を作るべくドラゴンの注意を引いたり、攻撃しやすい体勢を取らせたりすること。


 そんな三人二チーム一つだけ四人チームが、三角の支点を陣取りドラゴンを囲み、ちょっと手を出しては引き、引いてはまた手を出しと、ザッハトルテの支援をしている。


 一対一人で勝てる者は少ないが、このくらいのドラゴンなら、三人いれば余裕で撃破できる。

 アイスなら間違いなく単騎撃破もできるだろう。


 キャラメリゼがうずうずしているのは、一撃で首を跳ねられる攻撃のチャンスを、何度も見逃しているからである。ザッハトルテの拙い動きの全てがもどかしいのだ。


 このお姫様も、ザッハトルテと同じく、戦乙女に選ばれてから鍛錬を積んできたものだ。

 元々才能もあったのだろう、今や剣技のみに限れば、アイスと張り合うほどの実力者となった。見た目は誰が見ても高貴なか細い少女だが、体得した実力は本物である。


 アイスは、彼女は間違いなく武の天才だと思っている。王族じゃなければ、そして男であれば、世界に名を馳せる武人にもなっていたかもしれない。


 もどかしい戦いは続き、アイスとキャラメリゼが「黒斑ですか。あれは煮付けた目の部分が美味ですわ」「目か。そこは食べなかったな。中落ちは食べたぞ。あれはいいな」「ああ、そう言われると食べたくなりますわね」などと雑談している時、ついにザッハトルテの槍が、ドラゴンの急所を捉えた。


「つ、疲れた……」


 何度も見ていたブレスを吐く動きを見切り、ドラゴンの身体を駆け上ったザッハトルテは、その頭に槍を突き刺したのだ。「一匹獲ってきてくださいませ。わたくしどもの城で一緒に食べましょうよ」とキャラメリゼが言った瞬間のことだった。


 一人満身創痍となり、肩で息をしているザッハトルテに面々が労いの言葉を掛け。


 ついに本番である。


「では、ドラゴンの身体を分けようか」


 ドラゴンが待たれる理由は、その獲物の身体は全てが貴重な資源となるからである。


 毒だと言われていたドラゴンの血液は、少量を専用のアルコールに入れてしばらく置くと、毒素が抜けて滋味に富んだ味となる。どうも毒が薬に変わってしまうらしい。

 滋養強壮効果もあるが、独特の味となるそれに魅了されている酒飲みは多い。風邪なんかはこれを少量飲むだけで一発だ。


 肉も同様で、魔法で毒を抜いた肉は食べられるようになる。

 そのままではただの硬い肉だが、じっくりことこと煮込んだドラゴン肉のシチューは絶品である。内臓なども食べられる。


 堅い鱗や骨は冒険者の武具などに利用されるし、火を生み出す胃のような器官はマジックアイテムの原料となる。


 何より重要なのが、角である。

 ドラゴンの角はそれ自体が魔力の塊のようなもので、そのものに魔法効果があったりする場合もある。

 武器に研磨すれば軽くて丈夫に、魔法術符タリスマンにすれば高い効果も期待でき、魔法の媒体にもなるとか。


 そんな、言わば金の塊とも言える貴重な資源を十八分割し、それぞれの国に引き渡すことになる。


 ――二十一人の戦乙女が生まれた時、世界の国の数は二十一だった。


 どんな因果関係があるのかわからないが、戦乙女は各国々に一人ずつ誕生するのだ。

 長い歴史の中で三つほど国がなくなったが、今でもその地方で戦乙女が選出されているので、何かの理由はあるのだろう。


 言い換えると、戦乙女は各国々の代表と言える立場にある。

 こういった資源を自国に持ち帰ることは、詰まるところ国への貢献となる。


 退治するところを「映像転写」で公表している以上、処分に困るという理由で、自由に様々な国を渡り歩くロゼットでさえ出身国に届けたりする。割と守られているルールでもあるのだ。


 もちろん、最終的には各々の任意的行動となるのだが。


 なお、「今はいない戦乙女」の分も、ちゃんと分けて届けるのがルールだ。


「頭はザッハトルテの取り分だが、他は話し合って分けよう」


 ただし、いない者の分に関しては、選ぶ余地はないが。


 一番高い部分は、一番働いた者が得る。

 こういう資源となる魔物の分配方法は、そういうことになっている。


「僕は血を多めに欲しいな。ぜひ竜酒を造りたい」


「竜酒ってさ、手とか足の先とかと内臓に近い濃い血だと、別物ってくらい味の出来が違うよ。知ってた?」


「骨でいいから多めに貰っていい?」


「……肉。うま」


 プラリネ、ロゼット、シュトーレン、ヴァニラがわいわい話し出した。


「わははー。シッポもーらいっ」


「待てアプリコット。その前にそなたには聞きたいことがある」


「えっ。あっ。……あ、はい。すんません」


「なぜ謝る? なぜ謝った? ちょっと向こうの人目がないところで聞かせてくれないか」


「あ、いや、そういうのはちょっと……あ、ちょっ、待って」


 手を取って二人きりになりたがるアイス、何か負い目があるのか手を取られてもあまり抵抗しないアプリコット。


「あまり手荒なことをしてはいけませんよ」


 二人を見送るテンシンの声に、アイスは堂々と応えた。


「安心しろ。少ししかしない(・・・・・・・)


「あっ、すでにする気ではあるんだっ!?」





 その後、乙女たちはどこかから聞こえてきた「おめでとう! 畜生!!」という声を、華麗にスルーするのだった。







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