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10.ロゼットの媚びはなぜだかちょっと腹が立つ





「――よっ、アイス姉さん」


 光の帯が地に降り立った。


 好都合だとアイスは思った。


「ちょうどいいところに来たな。ちょっと付き合え」


「え? ……いや待て待って待っあぶなっ!!」


 轟音を発てる氷の大剣が真横に走る。かろうじてしゃがんでかわす。


「こ、殺す気か!」


「この程度では当たったところで死なんだろう」


「いや死ぬと思うよ! 普通に死ぬって!」


「死なない死なない。刃も立ってないし」


「刃がなまくらでもそんなのすでに鈍器だろうが!」


「わかったわかった。ほら続きいくぞ」


「何がわかった上で続行を!?」


 ちょうど訓練中、それも素振りの時にやってきてしまった緑の乙女ロゼットは、アイスの訓練に付き合わされることになった。





「付き合わせて悪かったな。おかげでいい汗が掻けた」


「あっそーですか。こっちは嫌な汗掻いたわ」


 緑の乙女ロゼット。


 どこぞの貧乏貴族の末っ子で、大人と数えられる十五歳となった時、家を出て冒険者になった魔法の才能を持つ少女。

 その後すぐに戦乙女として選ばれ、色々あって今日に至る十八歳。


 貴族の出と言われれば納得できる気品のある顔立ちは、少女と大人の女のほぼ中間にあるような幼さと美形を持ち合わせている。


 いつもは童顔だが、ふと見せる顔が大人っぽい。

 大きな緑色の瞳はいつも好奇心に輝き、茶色に近いクセ毛の金髪は長く、所々が跳ねていた。


 戦乙女として活動している時は、昔の魔法使いが愛用したつば広帽とローブをまとう魔法使いスタイルだが、平時は普通の女の子の格好をしている。

 今日は白いニット帽が可愛いパンツルックである。


「まいったなー。訓練が終わる頃を見計らってきたつもりだったんだけどなー」


 本当に嫌な汗を掻いてしまったロゼットは、尋ねる時間を誤ったことを悔いた。


 冒険者をやめ、今や自由な旅暮らしの身である。

 時間に追われる生活をしていないロゼットは、時間で諸々を調整するという行為に疎くなってしまった。

 好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな場所に行き、そして寝る。


 わりと欲望と気が向くまま動いているのである。


「お茶飲んで待ってるから、とりあえずお風呂行って来なよ。――おーいイリオー。久しぶりー。お茶いれてー」


 そして、軽くてさっぱりした性格をしている。





「で、どうした」


 汗を流してきたアイスが、ロゼットの向かいに座り用件を問う。


 アイスの専属メイドであるイリオとなにやら話し込んでいたロゼットは、不満げな顔でアイスを見た。


「どうもこうもないでしょ。メープルさんのお礼どうすんの? 早い方がいいと思うんだけど。あとブランさんへの報告はアイス姉さんに任せていいんだよね」


「ああ、メープル殿へのお礼か。忘れていたわけではないが、迷っていたかな。ブランマンジェ殿のことは気にしなくていい、私が対応する」


 イリオがグラスに注いだ水を飲み、アイスは考える。


「そなたはどう思う? お礼は何がいいだろうか?」


「え? わたし?」


「何か候補があるのではないか? だから来たのだろう?」


 まず、ロゼットはそんなに義理堅くないし、お礼だなんだで急ぐ性質でもない。

 なんなら借りっぱなしで忘れる方の人間だ。

 義理堅いアイスを急かすほどフットワークが早いなんて、まずありえない。


「昼食も食べていないしな」


 それとあまり遠慮をしない。


 時折、食事時を狙って来ては食い散らかして飲み散らかして、さっさと退散するという事案がここで何件も起こっている。


 風呂に入っている間に適当に食って、上がる頃にはいなくなっている、という妙なことを平気でやるような奴だ。


 それこそ風のように自由に行動する。

 そんな奴である。


「うーんまあ、半分当たりなんだけどさ」


 ロゼット自身もまったく遠慮する気がないので、さっさと本題に入った。


「メープルさんのお礼、魚にしようよ。今、東の海に黒斑魚の群れが来てるらしくてさ。すっごい食べたいんだよね」


「黒斑か。もうそんな季節なのだな」


 黒斑魚くろまだらうお

 大人ほどの大きさを誇る魚で、常に猛スピードで泳ぎ続けているという回遊魚である。

 見てくれはナマズに似ていて、薄灰色と黒の斑模様の鱗に覆われている。長い二つのヒゲには少量の毒があり、ムチのように振るうことがあるとか。


 なお、かなりの高級魚で非常に美味い。

 東の海の獲れたてなら生でも食べられるし、一匹獲れれば一年は遊んで暮らせるほどの高額で取引されている。


 そして、実は漁師ではなく、冒険者たちが狙う獲物でもある。

 海には危険な魔物も多いし、黒斑魚そのものも結構強く、上げる時の腕力も必要になってくる。

 もはや漁と言うより狩りと言った体である。


「アイス姉さん、なんだかんだで年一匹は獲ってるでしょ? 私のためにも一匹獲ってくれないかなー?」


 ロゼットはあからさまに媚びている。


 ――なぜだかわからないが、なぜか少しだけアイスはイラッとした。


 新聞で読んだ、今流行りの「小悪魔っぽいしぐさで男を虜に!」というフレーズが脳裏を過ぎり、なるほどこういうアレがソレなのかと、勝手に納得する。イラッとしながら。


 まあロゼットの露骨な媚びはともかくとして、お礼としては悪くないかもしれない。


「イリオ、どう思う?」


 色々と杓子定規では動かない緩い客だが、それでも客だ。黙ってメイドに徹して控えているイリオに話を振ってみた。


「毎年、アイス様のお裾分けを王族の方々は喜んでいますよ」


「そうか。ではそうするか」


「やったー! アイス姉さんがいたら百人力だ!」


 ロゼットの提案は、色々と都合がいいのは確かだ。


 まず世話になったメープルへのお礼。

 アイス自身も食べたいし、日頃世話になっている王族へのお礼にもなる。

 毎年のことなので、自身の女神である夜豹ラメルリへ貢物もしたい。


 それと最近ご無沙汰している、鉄の乙女テンシンがいる小龍夜叉の総本山にいる恩師たちへの顔見せと、ブランマンジェへの手土産にもなる。


 そして何より、ロゼット自身がいる。


 いかにアイスと言えど、海は生活圏外。

 ここグレティワール王国も海からは離れている。あまり馴染みがないのだ。


 そうじゃなくても、普通に、毎年の黒斑魚の捕獲は結構大変だった。特に探すのが大変なのである。


 二人がかりなら、かなり楽になるだろう。


 緑の乙女は、風を操る神術を得ている。

 今のところ海でどう使えばいいかはわからないが、きっと何かの役には立つだろう。


「じゃあ早速行こうよ。もうお昼は黒斑って決めてるんだよね」


「気が早いな」





 先日、アイスは、日照りが続く国に雨を降らせた。

 その時に力を借りたのが、元・水の乙女メープルである。


 メープルはかつての戦乙女――いわゆる先代に当たる水の戦乙女で、今は結婚して引退し、普通の主婦をしている。ちなみに次代の水の乙女はまだ誕生していない。

 結婚し、巫女ととしての役目を果たせなくなったので、神力は失っている。


 だが、実はすべての力を失うわけではない。

 だいぶ個人差はあるが、ほんの少しだけ、元・戦乙女に神力が残るケースがある。


 そんなメープルの力を借りて、水を降らせたのだ。


 まずアイスが大量の氷を作り、メープルが氷を水に変え、ロゼットが強風で飛ばす。そんな雨を長時間降らせた。


 大部分の力を失ったメープルは、「水を生み出す」ことは困難となってしまったが、「氷を水に変える」のはかなり簡単にできる。

 恐らく、残っている力で、水の性質を多少変えることができるのだろうとアイスは推測している。


 そして、元・白の乙女ブランマンシェ。


 彼女は六十を過ぎた老婆で、今では歴代の戦乙女で一番の古株となっている。

 白の戦乙女を選定する、白狐神ココナを崇める神殿で、気楽で平和な隠居暮らしをしているのだが。


 問題は、アイスが「雨を降らせる」という戦乙女のルールを破ったことにある。


 政治不介入。

 大きく経済を動かしたり、一国に強く肩入れしたり、戦争に加担したり、そういったことは禁止とされている。

 その「ルール違反」の報告をしにいくのだ。


 一般人と同じように、戦乙女たちも規則と秩序を持って行動している。

 いくら授かった神力が強かろうと、強いというだけで我侭放題をしていいわけがない。





「――これはすごいな!」


「――はっはっはっ! もっと飛ばすぞー!」


「――さすがに早すぎませんかねぇ!? さすがに早すぎますよねぇ!? ……船体きしんでませんかねぇ!?」


 早速海辺の村にやってきたアイスとロゼット、そしてイリオは、おだやかな海を猛スピードで進んでいた。


 三人が乗っているのは、少し大きめではあるが、それでも浜釣り用の小さな舟である。


 しゃがんで縁に捕まるアイスは、空いた手でイリオを掴み、イリオはその腕にしがみついている。

 速度も早ければ揺れもすごい。

 楽しむ余裕があるアイスはともかく、イリオは今にも振り落とされそうで、正直かなり怖がっていた。


 この弾丸航行は、ロゼットの風の力である。

 船尾で片手を海に付け、そこから猛烈な風を起こして舟の推力にしているのだ。


「ちょっと楽しいな!」


「だろー!? 今度はたっかい山から飛び降りてみない!? 超飛べるよ!」


「勘弁してくださいよー!」


 監視の役目も負っているイリオは、アイスから離れられないのである。アイスがやると言えば、イリオも付き合わざるを得ないのだ。





 早い足が手に入った以上、獲物を逃がすことはない。

 あっと言う間に三匹の黒斑魚を狩ると、すぐに引き上げるのだった。


「……なんか気持ち悪いんですけど……」


 イリオが馬車に酔ったかのように、真っ青な顔色になっているが。






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