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09.青春とは、乾いた心に降り注ぐ雨のようなものである





「これが今週分になります」


「うむ」


 昼食の後、専属メイド・イリオは、アイスの前に大きな木箱を置いた。


 中は、何百と重ねられた手紙である。


 氷の乙女アイスは、公認の戦乙女である。


 ここグレティワール王国の城に住み、各国に設置されている「転写装置」から映し出される映像で顔を出し、最近は新聞という媒体でも広まっている、誰もが知るほどの有名人となっている。


 そんな扱いをされている彼女には、世界中の国々から、手紙が届く。


 大部分が子供、それも少女が多い。


 自分も戦乙女になって世界を護りたい。

 氷の乙女アイスと一緒に戦いたい、弟子になりたい等。


 胸いっぱいに抱えている夢と憧れの気持ちが溢れ、こうして拙い文字で綴られている。


 それに一通一通目を通すのが、アイスの日課の一つとなっている。


 さすがに返事を返すことはできない。

 特定の誰かだけ贔屓するわけにはいかないので、全ての手紙に返事を書くか書かないか、の二択となる。

 しかし「返事を書く」には物理的な時間が足りない。それだけで一日どころか数日が掛かってしまう。


 返事はできないが、しかし、確実に目を通すことは決めている。


 こういう期待と羨望の想いを受け止めるのも、また戦乙女の務めである。


「フフ、下手だなぁ。目が四つあるぞ。誰だ」


 年端もいかない子の似顔絵を見て頬を緩めるアイスは、穏やかで優しい。

 平時から凛々しいアイスからは考えられないほど――それこそいい母親になりそうなほどに暖かく柔らかい。


 そんなアイスを眺めているのが好きなイリオだが、仕事があるのでその場を去る。





 ――恐らくアイスは気づいているが、何も言わない。


 あの手紙は、全て、一度開封されている。

 この国から、内容のチェックを受けているのだ。


 誹謗中傷の類は限りなく少ないが、なくはない。だがそれはどうでもいい。


 問題は、氷の乙女アイスに寄せられる縁談や出会いといった、彼女を失う可能性がある手紙である。


 貴族、王族、思春期に入って惚れこんだ十代半ばと。

 毎日のように交際、見合いの申し込みが来ているのである。もう本当により取り見取りで選び放題、なんなら逆ハーレムが一瞬で作れるほどだ。


 検閲は、そんな手紙を握り潰すための処置だ。


 戦乙女は結婚と同時に引退する。

 それは有名だが、正確には「処女ではなくなる」と引退なのだ。

 このことを知る者は、本当なら戦乙女たちのみだ。先輩の戦乙女から絶対秘匿しろと言われて告げられる。


 が、情報とはどこからともなく漏れるものである。

 故に、一部の者は知っているようだ。もちろんかなり少ない数だ。恐らく権力者だけが知り、隠している。


 戦乙女とは、神が選んだ人――要するに巫女となる。

 だから神力を得る。

 だから「巫女としての条件が満たせなくなる」と、神力をほぼ失うのである。


 一応、最近のアイスの様子を見て、十代以下の男児の手紙も検閲の対象となった。「大きくなったらアイスさまとけっこんしたい」的な内容も危険と見なされたのだ。


 そんな手紙は、握り潰されている。


 手紙が届くのはグレティワール城。

 一度この国の文官にて中身を検められ、それから安全と見なした手紙だけ封をし直して、アイスの前に届けられる。


 だから手紙のほとんどは、女性からのもの。

 それも女の子からのものが多いのだ。

 

 最近はちょっとアレだが、アイスは頭もいい。

 手紙の一部が握り潰されていることも察しているし、その理由もわかっているはずだ。


 それでも何も言わないのは、応援している子供たちのためでもあるのだろう。


 結婚はしたいけど、応援してくれている人たちの期待にも応えたい。

 絶対に両立できない二つの気持ちが、アイスを惑わせているのは、確かなことである。





「――イリオ! ちょっと来てくれ!」


「はい、ただいま」


 衣装ダンスを開けていたイリオは返事をし、アイスの元へ向かった。


「どうかしましたか?」


 さっき見た、手紙を読んでいた姿のまま、アイスはテーブルに着いていた。

 ただ違うのは、表情だ。


 とても真剣な横顔で、手紙を睨みつけている。


「今日はもういい。帰れ」


「…………」


 アイスが住むこの家屋には、イリオが住む部屋もあるが、実は後宮の使用人部屋も宛がわれている。


 この家にはよく泊まるが、最低でも週に一度は向こうの部屋に戻り、国の人間に色々と報告する義務がある。

 イリオはアイスの専属メイドだが、それと同時に城から派遣されている者である。どちらかと言うと国側の人間である。


 いつもは「帰れ」なんて言わないアイスが、帰れと言う時は、限られている。


「わかりました。それではこれで失礼します」


 長い付き合いだからこそ、アイスも隠さない。


 専属メイド(見張り)がいない間に行動する、と。


 イリオには義務がある。

 氷の乙女アイスの言動を、国の上層部へ報告する義務が。


 そんなイリオに外せと言う時は、アイスは報告されるとまずいことをする、ということだ。


 だが、問題はないのだろう。

 「手紙が握り潰されずにここまで届いている」ということが、国の……この国の王の意志なのだ。


 その手紙を読ませたら、アイスがどう行動するか。

 それを考えた上で、ここまで届けたのだ。


 命じられた通り、イリオはすぐにアイスの居住区を離れ、後宮へと戻ってきた。


 ――政治不介入。


 戦乙女は、政治に介入することを禁じている。

 もちろん「引き入れられる」ことも、あってはならない。


 昔のことだが、人の力をはるかに超える神力を持つ戦乙女だけに、騙されたり脅されたりして、戦争や侵略行為などの道具に使われたことがあるからだ。

 百年以上前のことではあるが、戦乙女が恐怖の対象と見なされた時代もあったのだ。


 様々な問題を経た今、戦乙女の間で、色々なことが決められた。


 全てが任意である。

 従わなければいけないという強制力はない。


 ただし、禁をやぶれば相応の報いを、ほかの戦乙女たちが下す。

 秩序がない力など、放っておけば害にしかならないから。


 少なくとも、アイスはそれで納得している。


 ――だが、耐え難いことがあるのも事実。


 手紙の内容をイリオは知らないが、見張りを外して行動すると言うなら、それはきっと「政治不介入」の禁を犯すためだろう。


 アイスは、これから、禁止事項と破ろうとしている。

 そして国の監視から外れて、己の意志だけで動こうとしている。


 しかし、それだけの話である。


 アイスがそうするのはそれ相応の理由があり、それは悪しきことではないと信じられる。

 イリオの独断じゃない。

 この国の王もそう思っているから、問題の手紙をよこしたのだ。


 政治不介入も、誰も知らなければ、何も起こっていないと同じこと。


 そう、ただそれだけの話である。





 翌日、いつもと同じ朝がやってきた。

 昨日は半日ほどの空白ができたが、それも、何事もなかったかのように変化はない。

 

 起き抜けのアイスが外のテーブルに着き、ミルクティーを楽しむのも、いつも通りである。


「――これは独り言ですが、昨日はどうしたんですか?」


 独り言は報告しない。

 イリオはそう決めていて、アイスはそれを知っている。


 この会話は、国に報せることはない。


「――うむ。これは独り言だが」


 アイスは何の気負いもなく語った。


「――今、どこぞの国では長く雨が降らず、田畑は乾き飲み水にも困り大変なことになっているそうだ」


 なるほど、とイリオは思った。


「もしかしたら、昨日雨が降ったかもしれませんね」


「そうだな」


 国を跨いで他国の経済に関わる大きなことをしたなら、それは政治的な介入だ。


 ――知っている者がいれば、だが。


「ところでイリオ」


 最近めっきり少なくなった、自分の主を誇る気持ちが心に満ちていたイリオに、アイスはチラッチラッと視線をよこす。


 少々挙動不審なアイスは、こんなことを言った。


「今回の手紙は、その、男の子からのものが、とても少なかったように思うのだが」


「ダメですよ」


「何がだ」


「十歳以下は絶対ダメ。というか本当は十五歳以下はダメなんですよ。譲歩してるんですから我慢してください。我慢。して」


「何も言ってないだろう。ただ、そう、自分好みの女を作ろうとして自分の都合の良いように子供を育てた男がいたという古典文学があったと」


「そんな有害図書は知りませんね」


「……だって結婚相手がいないんだもの」


 口調まで弱気な悲しい発言には、さすがのイリオも、何も言えなかった。


「……もう自分で育てるしかないではないか……」


 ただ、何も言えないが、この思考はかなりダメな方向に振り切れているというのはわかる。


 今アイスを止めないと、孤児院通いでも始めかねない。

 身寄りのない男児を引き取ってくる可能性も否定できない。


 イリオは一計を案じた。


「――あっ! かっこいい妙齢の十五歳から三十歳くらいと思しき男が空を飛んでる!」


 瞬時に思いついたのは、この程度だったが。


 まあ、つまらない冗談でも、このまま変な空気でいることの方がよっぽどつらい。

 ここはこんな入り口から、様々な妄想男子の話で乗り切ろう。


 聞きたくもないし、どうせ聞いたってしょうもないアイスの男の好みとか聞いて、気分を乗せてやろう。


 と。


 思ったのだが。





「――何ぃ!? ど、ど、ど、どこだ!? どこだぁーっ!?」


 アイスは瞬時に立ち上がり、空を見回す。


 それはもう必死で、

 血眼になって、

 髪を振り乱して。


 己が主の必死すぎる後ろ姿を見て、イリオは心底思ったのだった。


「……そろそろなんかエサやんないと、さすがにかわいそうだな……」


 国に相談してみよう。


 もう少しだけ出会いを、青春というエサを与えてくれと。

 そうじゃないと、アイスはどこぞの国の田畑のように、干からびて死ぬかもしれないと。


 ――こうして、厳重に男性関係を遮断していた国から、少しだけ色々な供給が始まるのだが。


「どこにもいないではないか!!」


「すみません。鳥だったみたいです」


「と、鳥だと!? ……なんだ鳥か……ちなみにオスだったか?」


「…………」


「もう鳥でもいい気がしてきたんだが」


 ――それはもう少しだけ先の話である。







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