4話
閑静な住宅街の一角に五味重、という一戸建てがある。
庭はないが、一家族住むには十分な広さのある二階建ての家。かつては三人が暮らしていて、つい昨日までは高校生が一人暮らしをしていた。そして今、この家に生者は誰も住んでいない……。まあ僕の家なのだけれど、三人暮らしといってもほとんど両親は帰ってこなかったからずっと一人暮らししていた気分だ。今は僕と圭が僕の家のリビングでソファに向かい合って座っている。
その雰囲気はとてつもなく暗い。
「……まさか僕がこんな状態だったなんて」
信じられなかった。僕は確かに暗くて不幸な人間だとは思っていたし、実際に自分からそうしようとしていた態度もとっていた。
だけど、ここまでしようなんて思っていなかった。
「なんで担任も誰も僕がいないことに気づいていなかったんだよ……」
担任は圭の訃報を嘆いていたが、僕については何も言わなかった。せめて欠席だとか言ってくれればいいのに、これじゃあ本物の空気じゃないか。
「私がもっと教室で話しかけていれば……」
「いや、これは僕がそうしようとしてやりすぎた結果だ。圭は悪くないし、僕に話しかけることで圭の株が下がることを考えれば、結果的にこれで良かったんだよ」
「でも……」
「いいんだよ。それよりもこれからのことを話そう」
「これから? これからって私と康君の……」
圭はなぜかそこで顔を赤くする。最近よく顔を赤くするな。幽霊は風邪なんてひかないだろ?
「衣食住のうち、揃っていないのはとりあえずない。衣はうちのを使えばいいし、食は必要ないみたいだし、いざとなったらネットで注文できる。住はしばらくこの家でいい。だから、何かやりたいことあればしに行かない?授業なんか出ないで遊びに行くとか」
真面目な彼女が授業をさぼるのを許すかどうか、それは五分といったところか。だけど、この家だっていつまでいられるか分からない。さすがに日が経てば僕が死んだことに気づいた人がこの家をどうにかしようとするはずだ。家の唯一の管理者である僕がいなくなったのだから。
「久しぶりに海に来たな」
悩みなんかこの際放っておいてとりあえず海に来てみた。
この家をどうにかしようとか考えていても数日くらいなら大丈夫だろう。
何より、圭の暗い顔をこれ以上見ていたくなかった。
「康君……お待たせ」
「お、おお」
一旦自宅に帰って水着を取ってくると言ったが、まさかこんな水着を圭が持っていたとは……。誰と来るときに着ようと思っていたんだろうか。何だか少しモヤモヤしたもの胸に渦巻く。
「どう、康君? ……その、似合う?」
「に、似合うよ……」
圭は白いビキニスタイルの水着に腰に緑色のパレオを巻いていた。露出度という点ではパレオはそこまで多くないのだが、チラリと見える生足が何だか妙に艶めかしい。顔が少し赤いのは羞恥心からか、それとも暑いからなのか……。
一瞬だけ見てあとは直視できなかったが、確かに似合っていた。僕以外に圭を見える人間がいなくて初めて良かったと思ったくらいに。
まだ6月だが、今年は非常に暑い。毎日今年で一番の気温とかふざけたことを言うくらいには。そのためこの季節にも関わらず海水浴を楽しむ者が他にもいる。だけどその中の一人だって僕らを見てくれる人はいなかった。
海を独り占めしているかのような錯覚の中、砂浜で遊び、海で泳ぎ、水を掛け合って海水浴を最大限楽しんだ。
「ねえ、高くない?」
「こんなものだよ」
海の次は遊園地に来た。
平日の昼間ということもあり、そこまで混んでいない。
いくつものアトラクションの中から何の気なしに選んだのは観覧車だった。無意識に僕がこれをデートだと思い込んでいたからなのか、吸い込まれるようにまっすぐ高くそびえる、ともすればジェットコースターよりも恐ろしいアトラクションに僕たちは乗り込んだ。
「圭は意外と怖がりなんだな。ほら、手を握ってもいいぞ」
「うう……でも、手を握れて嬉しいかも」
ここ数日で圭の新たな一面をたくさん知れたが、まさか高いところが苦手だとはね。まあ高い場所に一緒に行ったことないから当たり前か。
「何なら目をつぶっていてもいいんだよ? 下についたら僕が教えてあげるからさ」
「康君……足震えてるよ」
……ばれたか。
「ふふっ。康君も高いとこ怖いんだね。お揃いだ」
「……こんなのお揃いでも嬉しくないよ」
5分間、手を握り続け、ようやく観覧車から降りることができた。これを選んだ10分前の僕、恨むからな。
「やばいやばいやばいやばい……」
「ヒャッホー」
ジェットコースターに乗った時の記憶はない。覚えているのは何で観覧車が駄目な圭はジェットコースターはあんなに楽しそうだったのか、その不条理さだけだ。
水族館で魚の遊泳を見て、動物園で動物が闊歩する様子を見て、プラネタリウムを星々を眺めて、服を試着しアクセサリーを試着し、果てはウエディングドレスまで圭は着ていた。正直、僕なんかと一緒にこんなことをやっていていいのかとも思ったけど、僕以外と一緒にこんなことをできないのだから何も言えなかった。
電車に乗って大きなショッピングモールまで出かけた帰り、その少女は現れた。
「ねえ康君、あの子ずっとこっちを見てない?」
電車から降りた駅前でその少女はベンチに座っていた。
特に僕たちからは何もしていない。ただ通り過ぎただけだった。だが、少女はじぃっとこちらを見つめていた。
あれは確か近くの中学校の制服だったっけ? この街には僕と圭がかつて通っていたものと合わせて二つしか中学校がないから覚えている。
「僕たちが見えるわけないし……後ろに何かあるのかな?」
しかし僕たちの後ろには何もない。
「ねえ、近づいてくるよ。……こんにちは」
少女の視線を受けて圭は挨拶をする。
見えないんだから聞こえるわけないでしょと思っていたところに、予想外の言葉が返ってきた。
「こんにちは。えっと、お兄さんたちは幽霊ですよね」
ようやくここまで来た……
予想ではあと3話で終了かな?