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3話

とりあえず書き溜めはここまでです

 教室に入ると机の上に花瓶があった。花瓶の中には一輪の菊。

 ついにいじめに発展してしまったのか……と、僕の机の上に花瓶があったなら思うだろう。僕はクラスメイトと話すことはなくただぼうっと授業を受けては帰っていた。そんな僕がいじめにあったとしても、まあ仕方がないと言えるだろう。協調性のない者ははじかれる運命なのだから。

 だけど花瓶の置いてある机の持ち主は僕ではなく、圭だった。


「え……噓でしょ……」


 先ほどまでの笑顔はどこかに置き忘れたかのように今は今朝出会った時以上に、悲しい顔どころか目に涙を浮かべている。

 ……誰だよ、こんなことしたの。誰だよ、圭を泣かせるのは。

 圭は幸せにすると圭の両親と約束した。不幸になるのは僕だけで十分だ。

 さすがに無関心無干渉を貫くわけにはいかない。

 圭は泣きそうな顔をしていて何もできない。ならば僕が、と思ったとき、ガララと教室の前のドアが閉まった。


「……おはよう」


 入ってきたのは僕らのクラスの担任。やけに青く暗い顔をしている。圭のいじめがもう広まってそれが職員会議にでもなったんだろうか。それなら早く犯人をあぶりだしてくれよ。僕が殴るから。

 だが、担任はチラリと机の花瓶を見るだけでどかそうともしない。それだけで圭が裏切られたような顔をし、さらに目に涙をためる。


「……みんなも知ってるかと思うけど、一つ言わなくてはいけないことがある」


 ふと周りを見渡す。イジメが発生したとき、少なからずの人間がいじめにあった者を見て笑う。隠れて笑っていても僕だけは分かる。そもそもで僕が目立っていないから僕から隠れようとは思わないから。

 いつの間にか生徒たちは自分の席に戻っている。

 立っているのは圭と僕だけ。この時点で僕は担任が何を言うか分かった。分かってしまった。


「昨日、このクラスの嘉田圭さんが亡くなった。……お通夜お葬式はまた改めて連絡する。全員目を閉じてくれ。今から黙祷をする」


 ワッと泣き出す生徒がいる。何も言わず目を閉じる生徒もいる。呆然と今言われた事実を受け止められない生徒――僕と圭だ――もいる。


「では目を閉じて……黙祷」


 困惑する僕たちを尻目にみな目を閉じる。圭と過ごした日々を回想し、思い出し、圭のことを祈る。


「……康君。……私、死んじゃったみたい」


 圭が苦笑しながら自分が死んだことを認める。それでようやく僕も朝からの違和感の正体がついた。

 圭と話しながら登校すれば僕には少なからずの嫉妬と嫌悪の目が向く。それが今日は無かった。圭がいないから当たり前だ。きっと独り言をぶつぶつと言っている奇妙な学生に見えたに違いない。

 足から力が抜けかける。


「……圭、放課後だ。それまでは悪いが席に……いや、僕のそばにでもいてくれ」


 花瓶の置かれた席に座るなんて嫌だよな。

 それからは僕は静かな声で圭と話した。あまり大きな声だと周りに僕だけの声が聞こえてしまう。


 放課後になって僕と圭は静かになった教室で話し合う。他の生徒たちは通夜の準備のために帰るらしい。僕だけ誘われなかったのは普段からの行いかな。まさか僕まで見えないわけじゃああるまいし。


「康君。私どうしよう……」


「周りから見られない、か。今の圭は幽霊ってことなんだろうけど、何で僕だけ見えているんだろう」


 長い付き合いだから?いや、それを言えば圭の両親なんか僕以上に長い付き合いじゃないか。圭が生まれてから16年以上一緒なんだから。

 僕が圭を見れる理由……何なのだろう。


「幼馴染だからとか?……それとも私の未練が康君に……ううん、何でもない!」


 何だか圭が勝手に赤くなってる。幼馴染か。そんなものなのかな。ちらっと未練とか聞こえたけど、


「圭はこれからどうしたい?」


「どうしたいって?」


「その……成仏したいかって」


 幽霊になってまだこの世にいるのは何か未練があるんじゃないのか?


「康君は私に成仏してほしいの?」


 そんなことはない。今こうして圭と話せているのが僕だけだとしても、僕が圭と話せているならこのままがいいくらいだ。僕のつまらない灰色一色だった人生に唯一彩があったとしたらそれは圭、お前だけだ。

 まあそんなこと言うのは恥ずかしい。だけど僕の思ったことってなぜか圭に伝わっちゃうんだよな。

 圭は顔を赤くしながら


「……じゃあしばらく康君と一緒にいる。……いい?」


 僕がいないと圭は話す相手もなく無視されて一人ってことか。

 それなら俺と一緒のほうがいいか。


「そうだな。じゃあ帰ろうか」


「ふえっ!? 帰るって?」


「一緒にいるんだろ?僕の家に帰ろう。僕の家なら他に誰もいないし、どれだけ好き勝手しても大丈夫だから」


「康君の家……二人きり……好き勝手……。……行く!」


 何やらうんうんと頷いていたが、どうやら結論が出たようだ。


 僕の両親は俺が高校に入学する少し前に他界した。働きすぎてはいたけど過労死ではなかった。二人の仕事がひと段落し、僕も自分の生活は自分でできるようになった。

 ようやく家族水入らず、過ごすことができる……はずだった。

 交通事故、そう聞かされている。あの時の僕は取り乱しすぎて誰の言葉も耳に入らなかった。余り接する機会はなかったけど、それでも家族と思っていたらしいとその時僕はようやく気付けた。いなくなってからようやく気付くだなんて本当にあったんだなって、気づいたときには遅かったって本当だったんだなって心のどこか深くで他人の人生を見るような感想があったけれども、僕の心は大部分は大事な人を失ったことによる喪失感で溢れていた。

 両親がいなくなったことにより僕はより幸せから逃げた。死ぬ以上の不幸なんてきっとたくさんあるだろう。僕の両親よりも不幸になることで両親を幸せにしてあげたかった僕だけど、僕の両親はもういない。それならばどうすればいいんだろう。

 死ぬ勇気はない。きっと僕は自殺なんてできない。死ぬ寸前に両親や圭、圭の両親の顔が頭の中に出てきて僕を引き留めようとするだろう。僕の中の臆病な僕が僕の大事な人たちになって僕を殺さないように止めるのだ。

 だからやっぱり僕にできるのは人と関わらないことだけであった。友達は増やさない。教師に相談しない。大人に心を許さない。子供に笑いかけない。そうやって嫌な僕を作り出して僕は僕を不幸にした。圭や圭の両親がより僕を心配して家に招待してくれたけども僕は何とか理由をつけて断り続けた。考え直してみれば僕は幸せになりすぎていたのかもしれない。僕には不似合いな幸せだった。僕と釣り合う幸せなんて一日に一回だって多いに決まっている。

 何はともあれ僕に幸せが似合わなくても圭には幸せになってほしい。僕が陰湿な月であれば彼女は全てを明るく照らす太陽だ。僕は彼女の光によって生かされているにすぎない。

 圭のために僕は圭から遠ざかるべきではないか。そう圭に言ったことがある。僕がいることで圭は白い眼で見られているんじゃないかと思ったから。そうしたら久しぶりに圭の怒った顔を見た。あんなに怒ったのは初めてだったかもしれない。それからは僕は二度と圭にそんなことは言わないし、少なくとも登校は毎日一緒だと決められてしまった。まあそれで圭が幸せなら僕には何にも言えないのだけれど。


 圭を伴い自宅に向かう。僕の家は歩いて20分くらい。圭の家は小学校から一緒だけあって区域は同じだが、僕の家の方が遠い。僕の家から高校に向かう途中に圭の家がある感じだ。


「そういえば今日の夕食の用意まだ何もしていなかったな」


 ふとそんなことを思い出す。あれ?今日昼食食べたっけ?圭のことばっかで忘れてたかも。まだお腹は空いていないけど、頭を働かせるのに軽食くらいは用意してもいいだろう。


「ついでだし圭の分も買っておくよ。何食べたい?」


 圭は僕以外には見えない。そんなことをわざわざ言う事はないけど、それでも圭をないがしろにして僕だけ夕食を食べるってのも変だ。


「それが……実は全くお腹空かないんだよね。康君に言われるまで食事のことを忘れてたくらい」


 うーん……幽霊に食事は必要ないってことかな?

 それでもお菓子くらいは食べるかもしれないし、買っておこう。僕も甘いものは欲しい。


「すいません、これください」


 コンビニに寄ってパンと弁当、少しではないくらいのお菓子をレジに出す。

 だけどいくら待っても店員は僕の出した品物を袋に入れてくれないどころかバーコードリーダーで品物の値段を読み取ろうともしない。

 別に店員の態度が悪いわけでもない。僕の影が薄すぎて店員が気づかなかったわけもない。

 この感じ、見覚えがあった。さっきまで、この身ではなく、他人の身ではあったが経験していた。


「……」

 

 店員はまっすぐ僕の方を見ていた。僕の後ろまで。

 僕が思わず後ずさったとき、ようやく店員は気づいた。僕ではなく、僕が置いた品物に。


「あれ?誰だ。こんなとこに品物放ってどっか行ったのは。……つったく、片づける身にもなってくれよ」


 そう、僕も幽霊になっていた。


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