2話
予約投稿というものを使ってみたかったのです
「昨日の夜からね、おかしいんだよ。昨日は二人とも遅く帰って来て、やけに疲れた顔してお母さんなんか泣きはらした顔してたから大丈夫?って聞いたの。それで返事がなくてすごく疲れてるんだろうなって私も自分の部屋で大人しく過ごしてたんだけど……」
「今日の朝になってもまだ返事をしてもらえなかったってわけか」
「うん……」
それはおかしい。僕も何回も圭の両親に会っているけど、どんなに疲れていたって愛する娘のためなら無い元気すら振り絞るって人だと思ってたのに。
「怒られること、やってないよね?」
「当り前だよ!むしろ昨日は良いことあって褒めてもらおうかと思ってたくらい!」
圭の両親が怒りのあまり無視するわけないか。
僕を叱ってくれる数少ない大人。そんな人たちが叱る前にそんなことをするとは考えにくい。
「褒められるって何したんだ?」
「それは昨日……あれ?昨日何か褒められることやったんだけど……」
おいおい。僕みたく記憶が曖昧になっているのか?ちなみに僕は昨日のことを思い出せる。一昨日でも先一昨日でも一週間前でも行動が同じだからだ。思い出す必要もなく、ただの繰り返しの日々。
「あれ?昨日の帰り、康君と一緒にいなかったっけ?」
「え?そうだっけ?」
やばい。僕の記憶は昨日のことすら曖昧にしてしまっているのか。圭とは登校は一緒でも下校は別だぞ。……これは圭の記憶違いだと思いたい。
「うーん……思い出せない」
「学校の友達にでも聞いてみれば?僕も友達に昨日僕が何やってたか聞いてみるから」
「そうするかな。……え?康君友達できたの⁉」
いないよ。僕に友達なんて。僕の友達と呼べる存在なんてかろうじてお前くらいだ。
「じゃあ康君は誰にも聞けないってことか。康君の唯一の友達って嬉しいのか虚しいのか分からないね」
喜んどけよ。こんな僕だけど、僕の唯一の友達なんだから。
「ふふっ。じゃあ喜んであげる。……康君の唯一かあ」
悲しそうな顔をしていた圭だが、今は少しばかり顔に明るさが戻ったな。
これで学校連中にも気軽に昨日のこと聞けるだろ。悲しい顔して昨日何があったかなんて聞いたら深刻な問題みたいになってしまう。相手からしても何事だって感じだよ。
「康君放課後は暇?」
「僕の放課後の予定が埋まっているとでも?」
「じゃあ後で連絡するからちゃんとケータイ見ておいてね!じゃあね!」
おい、せめて一言コメントくれよ。僕の放課後、もしかしたら予定が埋まってるかもしれないじゃないか。
「……また後でな」
違和感だらけの登校中。それは圭が体験したことを聞いている僕にも起こっていた。それを気づくのが遅かったのかどうか。もはやその違和感が起きたときには手遅れだったのかもしれない。
きっかけは何だったんだろう。
僕は昔からこんな性格だった。きっと小学生から人と関わりたくないと思っていたんだろう。両親は共働きで僕が家に帰るとシーンとした空気だけが僕を待っていた。おかえりという人もいなく、ただいまと言える相手もいない。行ってきますも一度も両親に言ったことはなく、いってらっしゃいも聞いたことがない。
ああ、人と中途半端に関わったせいで寂しい気持ちになってしまうんだ。両親がいるから両親と余り関われないんだ。僕がいるから両親は忙しくなってしまっているんだ。
僕がどうして思考の果てにこんな結末に辿り着いてしまったのか。考える時間が多かったのか、それとも誰にも相談できなかったからなのか。あるいは両方か。
子供に一人で生活する力などない。掃除くらいはできよう。洗濯は洗濯機を回すくらいは何とか覚え、帰ってきた両親が夜中に干し、次の日の夜中に畳んでくれていた。
だけど料理は、火を使うことを僕はできなかった。万が一火事にでもなったときに僕一人では何もできないことを僕は知っていたから。
幸い、両親が毎日お金を置いていってくれているおかげで近所のコンビニでその日の夕飯と次の日の朝食のパンを買うことができた。
毎日コンビニ食とか今から思えば身体に悪そうだけど、その時の僕は自分で作るよりは遥かにおいしい弁当やパンを食べて幸せだったんだろう。
両親のいない毎日は、学校行事でも同じであった。授業参観、運動会、学芸会と両親が学校に来て恥ずかしそうにしている周りの生徒たちの中、僕だけが常に一人であった。
教師たちが抑えてくれていたのか僕の両親が来ていないことに関して僕をからかう者はいなかった。代わりに可哀想なものを見る目だけが僕を可哀想なものに仕立て上げていた。
行事のたびに一人でいる僕を、昼食の時だけでもと誘う大人は多かった。だけど僕には分かっていた。可哀想な子供を気に掛ける私は優しいんだぞという下心があることに。
誘われるたびに僕は無視し、遠慮し、気にしないでいた。そのたびに僕を誘う大人は一人、二人と消えていった。可哀想な子供は可愛くない子供だと気づいたのだろう。可愛くない僕は可愛くない態度を取り続けた。僕を自分たちを偉くする出汁にしてほしくはなかった。それで僕がますます孤立することになっても。
僕が可愛くない態度を続けていても毎回同じやり取りをする人たちがいることに気が付いた。
それは一人の少女と二人の大人。圭と圭の両親だった。
一体何がそんなに僕を気にするようになったのかは分からないが、彼女らは僕の適当な対応にもめげずに話しかけてきた。
「なんなんですか?僕があえて一人でいようとしているのが分からないんですか?」
心配してくれている者に対してこの対応。今の僕だったら殴ってるね。
だけど彼女らは違った。
「康君と言ったね。僕ら以外が君に対してどんな話しかけ方をしたか、だいたい知っているよ。彼らは悪い意味で大人すぎたんだ」
「そして君を子供扱いしすぎたのね。大丈夫。私たちは、君が可哀想だなんて思わない。ただ、娘の友達になってほしいのよ」
「娘がね、君と友達になりたいと言ったときは驚いたね。普段は自分から話しかけにいく子だったけど、どうやら君は別だったみたいだ。……娘の成長は嬉しいけど辛いものがあるね」
なぜか目に涙を浮かべる少女の男親。
「……分かりました。僕はこの子と友達になります。これでいいですか?」
「君はどうやら嬉しそうではないようだね。……君の家庭状況は聞いているよ。ご両親が忙しいようだ。だけど、それは君のため。君はそれを知っていて、それがなぜ君が一人でいることに繋がるんだい?」
「それは……」
分からなかった。思えば僕が一人でいる理由は何なのだろう。
勝手に一人になって勝手に黄昏ていて、僕は何がしたいのだろう。大人の醜い本音だとか色々並べてはいるが、それだって後から取って付けた理由だ。人と関わらない理由は後からいくらでも考えたけど、最初に会った思いは何だったのだろう。
「君が思い当たらないなら私が教えてあげよう」
その時僕は気づいた。彼らは娘のために僕に会いに来たはずだった。
当然彼らの目には娘しか入っていなかったはず。
「君が君のご両親を差し置いて幸せにはなってはいけないと考えているからだよ」
だけど、少女の両親の目にあるのは娘だけではなかった。この僕もちゃんと入っていたのだ。他の大人たちは彼らの周囲を気にしすぎていて僕のことよりも他の大人や子供の目線を気にしていた。僕の目を見ていなかった。だから僕は彼らを信用していなかったんだろう。
だけどこの二人は違った。僕の目を見て話していた。僕と会話していた。それだけで、たったそれだけのことで僕は彼らを信用した。彼らを好きになった。
「君がご両親よりも幸せにならないというならそれでもいい。だけどね、君のご両親は君がいるだけで、それだけで少なからずの幸せがあるんだと思う。だから、その分だけは君も幸せになってもいいんじゃないかい?」
「……幸せに?」
幸せか。そうか、僕は僕の両親よりも不幸になることで働きすぎている両親を幸せにしようとしていたのかな。……そんなことで僕の両親がどうやって幸せになるんだろう。
「なあ、たまにでいい。僕らの家に遊びに来ないか?君が幸せになりたくないというなら、僕らの娘のためだと思ってくれてもいい。君は幸せになりたいというなら僕らが一緒に幸せになるために何が必要か考えよう」
彼らの娘のため。僕が少女の方を見ると、彼女はニコッと笑う。この世の悪を知らないような顔で。まるで見るものすべてが美しいものであるかのような瞳で。
「改めて聞くよ。僕らの娘の友達になってくれないかい?」
おそらく10話もいかないで完結予定です
結末はもう考えてあるのでたぶん書き切ります
感想あればやる気出るのでお願いします!