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短編集・お試し1話まとめ

俺に異世界転生を願った魔法使いの彼女はきっと一人で泣いている

掲載日:2017/04/27





 死んでしまった。



 最後の記憶にあるのはそのことだけだった。

 それはとても寒くて、とても寂しくて……言葉なんかでは言い表せない感覚で。

 激しく痛むはずの体は、もうどこも痛くはなかったのだ。

 ただ、自分から何かが抜け落ちていくような感覚だけが足先から上り、まるで溶けていくかのように記憶が自分の中から零れ落ちていった。

 ただ覚えているのは彼女の姿で。

 そして、どこか困ったように笑う、彼女の表情だった。

 悲しんでいた、と思う。

 それでも、彼女は困ったように笑っていたのだ。

 まだ残っている記憶の糸を手繰り寄せる。

 思い出せたのは死んだ直後の記憶だった。


「ごめんね、――――」


 かけられた言葉にノイズが走る。

 まるで自分の事を覚えている必要はないとでもいうかのように。

 記憶の中にある自分の名前が、思い出せなかった。

 

「まさかもう死んじゃうなんて思わなかったから……何もしてあげられなくて、私、力不足で……」


 言葉の最後が、ノイズ――いや、彼女の嗚咽にかき消されてしまう。

 ああ、そんなに泣かないでほしい。

 せめて、せめて最後は君の笑顔で――


「だから」


 すっと彼女が顔を上げる。


 ああ、ここだ。


 最後の記憶にある表情は、きっとここの彼女だ。

 なぜなら、

 彼女の表情は困ったように笑っていたからだ。

 この先、彼女は何と言ったのだろう?

 それを思い出して、


「君を、あっちの世界に送ることにしたの」

 

 思い出して、俺は首を傾げた。

 あっちの世界?

 それは、いったいどこのことを言っているのだろうか。

 死後の世界の事だろうか。

 それとも、


「もう2度と会えないかもしれないけれど。君が生きているのなら、私は大丈夫だから。だから、そっちの世界で元気でいてね。私、絶対に……絶対に忘れないから」


 待ってほしい。

 俺は、君のために――

 まるで、自分から離れていってしまうかのように、彼女の姿が遠ざかっていく。

 そうだ、俺はこのまま病院へと運ばれて……、

 そこで、息を――

 意識が急激に冷えていく。


「ごめんね。大好きだったよ――」


 そのまま後姿を見せて去って行こうとする彼女に手を伸ばす。

 これでは、何も意味がない。

 だって、このままでは彼女は……。  

 手を伸ばした先が、段々と消えていくのが見えて、俺は初めて恐怖した。何もなかった空間で、何も感じなかったこの場所で、恐怖が自分の中から思考を奪い取っていく。

 焦る中で、意識が急速に遠くなっていくのを自覚する。

 このままでは、本当に何もせずに死んでしまう。

 それでは――

 それでは、意味がないのだ。

 もう一度、彼女に会って、それで……。

 諦めかけていた自分の体を鼓舞した。彼女に追いつくための足はもう感覚がない。なら、腕を伸ばせばいい。

 諦めるというのは性に合わない。



 もう一度手を伸ばした、 

 目の前で伸ばした方の腕が右肩から落ちていった。



 残っている左腕を伸ばそうとした。

 伸ばす前に、視界の端から左腕は消えていった。



 せめて届くようにと声を出そうとした。

 感覚で、喉笛が声を出す前に塵になったのを理解した。



 足掻くためのものが何もなくなって、強がって渇いた笑みを作ってみせる。

 ああ、本当に。本当に自分のことが馬鹿だな、と自覚させられる。

 最初から、声を出せばよかったのだ。彼女のために、そして自分のために。


(俺は、要領が、悪いんだな……) 


 残っていたわずかな思考も崩れていった。 



      *     *     *      *     *     



 気が付けば、俺は広い草原と、道のど真ん中で立ち尽くしていた。

 彼方にある山の上には大きい何かが飛んでいて、近くの草原にも、見たことがない小動物が居た。

 見る景色は今まで景色と違ってとても自然豊かで、何物にも侵略されていなくて……

 どこか、自由に見えた。

 自分が立っていることを思い出して、慌てて両手を見てみると、そこにはちゃんと自分の意思で動かせる両腕と足があった。

 ああ、そうか。

 自分がどこにいるのかを自覚して、脱力する。

 何もない空を見上げて嘆息すると、また見たこともない鳥が森の方へと飛んでいくのが見えた。。


「俺は……別の世界、ってところに来ちまったのか……」

 

 そこは、まさしく異世界と呼ぶのにふさわしい光景だった。

 彼女の言葉の通り、そっちの世界、というものなのだろう。彼女の言葉の通りなら、ここには彼女はいない。ということになる。

 帰らなくては。

 そう思って道に視線を戻した時、ふと背後から「そこのお兄さん」と、誰かを呼び止める声が聞こえてきた。

 自分以外に人はいない。となれば、自然と呼び止められたのは自分なのであろう。


「あの、少しいいですか」 


 俺は思わず、かけられた声に振り返るとそこにはにっこりと笑った猫耳の少女が立っていて――、

 悪戯を思いついた悪魔のように、少女の表情は不気味だった。


「あなたを、攫いますね?」


 そんな物騒なことを言って、毛皮のついた腕を俺に伸ばしていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 感想に失礼させて頂きます|ω・) タイトルに惹かれて読ませていただきました。 細かな心理描写が良いですね。 でも、終わりにちょっと引っかかってしまいました。 あの後、どうなるんですかね(…
2017/04/29 17:19 退会済み
管理
[良い点] 読みやすくて、心情が磨耗なく伝わってきます。
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