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8 ユグドラシル攻略(後編)

 ユグドラシルとの長きに渡る戦いも、いよいよ終盤へと差し掛かっていた。


 これまで俺達は幾度となくユグドラシル討伐に挑戦し、その度に敗北を喫していた。

 HPゲージが移り変わる度に放ってくる大技〈アクシス・ムンディ〉の持つ脅威の威力。HPゲージの減少と共に激しさを増していく攻撃の数々。時には、雑魚モンスター達の召喚による嫌がらせなどもあった。

 追い詰めれば追い詰めるほどに強力になっていくユグドラシルに対し、皆で頭を悩ませながら対策を講じて乗り越えてきた。


 そんな努力の甲斐もあって、ユグドラシルのHPゲージは僅か1本を残すのみとなっていた。


「皆、スキルのクールタイムは回復しただろうか?」


「こっちは大丈夫だ」


「へっへー、余裕だぜっ!」


「問題無い」


「そうか、HPの方も問題は無いようだな」


 これでユグドラシルに対し、総攻撃を仕掛ける準備は整った。


 スキルをあと2、3発程も加えてやれば、そのHPゲージは残り1本を下回るだろう。

 そうなればユグドラシルは〈アクシス・ムンディ〉を放ってくるが、対策済みであるが故、そちらは問題ない。


 本当の問題はその後にこそあった。


「うむ。ではバフの掛け直しが終わったら、すぐに作戦開始しよう」


 ネージュの言葉を受けて、全員が一斉にバフを掛け始める。

 その間もターゲットを受け持つヴァイスには、樹の根を使った攻撃がほとんど休みなく飛んできている。

 だが、当のヴァイスはというと、それら全てを涼しい顔をしたまま、ほとんどノーダメージで捌いている。


 少し無口な奴ではあるが、非常に頼りになる盾役である。

 これは俺も負けてはいられないな。


「んじゃ、仕掛けるぜぇ、イツキ」


「了解だ!」


 全員のバフ掛けが一通り完了した事で、いよいよ攻撃開始だ。

 初手は、相手にデバフを与えるスキル、即ち〈パーフェクトスナイプ〉と〈ホワイトプロミネンス〉と予め決められている。


 ルクスが放つ風の矢と俺が放った白い太陽が、ユグドラシルへと直撃する。


「よっしゃー! デバフ入ったぜ!」


「こっちもだ!」


 幸いユグドラシルのデバフ耐性はガバガバで、どちらも問題無く弱体化に成功していた。


「……では全員総攻撃開始といこうか!」


 ネージュの言葉を合図とし、全員が動き出す。


「まずは俺様から行かせて貰うぜぇ!」


 弓を構えたルクスの全身が、緑色の煌びやかな輝きに包まれていく。

 常ならぬこの派手なエフェクトは、〈ラグナブレイク〉発動の前触れである。


 ラグナエンド・オンラインでは、各アバターの切り札として〈ラグナブレイク〉というスキルが存在する。

 これは通常のスキルとは異なり、ラグナゲージと呼ばれる特殊なゲージを全て消費する事で使用が可能だ。

 ラグナゲージは、敵に攻撃を加えたり、逆にダメージを食らったりする事で徐々に貯まっていく。

 その上昇速度は非常に遅々としたものであり、そう簡単に満タンまで貯める事は出来なくなっている。

 だが、それほどに使用条件が厳しいだけあってその効果は絶大で、時に戦局を揺るがす程のとてつもない威力を秘めている。


「無駄なしと謳われし我が弓の冴え、その目にしかと焼き付けるがいい――」


 普段とは明らかに異なる口調で、そんな台詞を吐き出すルクス。

 その表情は若干恥ずかし気に見え、その頬も赤く染まっている。


 しかしてルクスの詠唱は止まらない。

 弓の中心から、緑色の暴風を纏った矢が次々に大空へと放たれていく。


「受けよ! 必殺必中、フェイルノート!」


 一度天に昇ったそれらは、やがて流星の如き軌道を描きながら、ユグドラシルへと降り注いでいく。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』

 

 暴風の化身たる流星群によってその全身を蹂躙されたユグドラシルは、苦し気な呻き声を上げる。


 だが、俺達のターンはまだ始まったばかりだ。


「次はボクの番」


 今度は、ヴァイスの身体が赤光に染まり、その背からは天使の翼が生えてくる。

 その神々しい姿は、纏う鎧の美麗さと相まって、神に遣われし断罪の天使そのものの姿であった。


「この炎は神の御意思! 裁きを受け入れて悔い改めなさい!」


 ヴァイスの口から、そんな言の葉が流暢に紡がれていく。

 普段のヴァイスならまず言わない台詞であるが、ラグナブレイク発動時は、このように決まった台詞を強制的に喋らされる仕様だ。

 このすぐ後には俺の番が待っている事を思えば、何かこう胸に熱いモノを感じてしまう。

 もっとも、当のヴァイス本人はというと、なんら恥ずかしさを感じてはいないらしく、至って無表情であったが。


 ヴァイスの剣から放たれた赤き奔流は、ユグドラシルを中心とした一帯を炎によって包み込む。

 全身を焼かれたユグドラシルが再び呻き声を上げるが、ヴァイスの攻撃はまだ続いている。


「セラフィックブレイズ!」


 その言葉を引き金とし、ユグドラシルを包んでいた炎が地面に巨大な魔法陣を描き、そこから巨大な炎の柱が猛烈な勢いで吹き上がった。


『ア゛ア゛ア゛』


 断罪の業火によってその身を焼かれ、ユグドラシルが更に大きな呻き声を上げる。


 だが、俺達のターンはまだまだ続く。


「次は私が行くとしよう」


 杖を掲げたネージュの全身が、蒼い輝きを帯び始める。

 エキゾチックな服装がヒラヒラと揺れて、元々有った妖艶な雰囲気が、より一層増していくのを感じる。

 

「我が破壊の一撃をとくと受け入れよ。さすれば汝の滅びは、大いなる創造の礎とならん」


 ネージュの杖から大量の水が噴き出し、その周囲一帯を水の奔流で呑み込んでいく。

 その効果範囲の余りの広さに、ユグドラシルだけでなく俺達まで巻き込まれてしまっているが、パーティメンバーである御蔭でほとんど影響は受けていない。


 ユグドラシルが、荒れ狂う水流から逃れられずに苦し気な表情を浮かべている。だが、まだ終わりでは無い。


「マハーデーヴァ!」


 ネージュのそんな叫びをトリガーとし、一体を埋め尽くす水が全て黒く染まっていく。


『ア゛ア゛ア゛ア゛』


 破壊の魔力を宿した黒き水によって捕らわれたユグドラシルは、苦悶の声を漏らし続ける。

 

 やがてユグドラシルに大ダメージを与えたその黒き水達は、役目を果たしたと言わんばかり、ゆっくりとその場から消えていく。

 後に残されたのは、破壊の後の再生を示すかのような草木の芽吹きであった。


 だが、俺達のターンはこれで終わりでは無い。


「最後は俺の番か。さあて、ソルちゃんの勇姿を存分に見せつけてやらないとな」


 そんな事を呟きながら、俺は手に持った杖を掲げ、ラグナブレイクを発動する。


「天に輝くは妖精の栄光!」


 俺の身体が空高く浮かび上がり、同時に全身が白い光に包まれたかと思うと、そんな言葉が俺の意思とは無関係に、スラスラと紡がれていく。


 今の俺の姿は恐らく、女神が人間達へと神託を下すかのような神話的な光景なんだろう。

 そう考えると、それを自身では見れない事に対する嫉妬が、胸のうちから湧き上がってくるのを感じる。あとで絶対録画を見直すとしよう。


 そんな俺の内心とは関係無く身体は半ば自動的に動き続け、詠唱が俺の口から紡がれていく。


「地に注ぐは清浄の太陽!」


 一定の高度まで到達すると、身体の上昇はそこでようやく止まる。

 構えた杖の先に白く輝く球体が生まれ、それが急速に巨大化していく。

 肥大を続けたその白光は、やがて白い太陽へと生まれ変わる。


「食らって! アールヴレズル!」


 そう言って俺が杖を振り下ろすと、白い太陽もが降下を始める。

 それは周囲の全てを浄化しながら、ついにはユグドラシルへと到達する。


『ア゛ア゛ア゛』


 浄化の光に包まれたユグドラシルは、悲鳴とも恍惚ともつかない叫び声を上げる。

 やがて白い輝きが収まったその場には、疲れた表情のユグドラシルが弱弱しく立っていた。


「さてと、これからが本番だぞ。皆、気を引き締めて掛かるぞ」


 一連の連続攻撃によって、ユグドラシルのHPゲージを半分以上削り取る事に成功した俺達。

 だが、ネージュの言う通り、ここからが真の正念場だ。


 大ダメージを受けた事で、俯き動きを止めていたユグドラシルだったが、すぐに再起動する。

 普通なら〈アクシス・ムンディ〉使用後には、もう暫くの猶予が与えられるのだが、最終ゲージへと突入した今は違う。

 

 ユグドラシルのHPゲージの下に新たなゲージが発現する。


「あとは時間との戦いだ! あのゲージが溜まり切る前に、奴のHPを0にするぞ!」


 もしあのゲージが満タンになれば、その時点でユグドラシルは〈アクシス・ムンディ〉を再び発動するのだ。

 

 ゲージが溜まるまでの時間は、ヴァイス曰くピッタリ30秒だそうだ。

 ユグドラシルのHPゲージは残り半分を割っているものの、切り札であるラグナブレイクを使い切った今、俺達の火力では時間内に削り切るのは。正直厳しい状況である。

 だが、まだヴァイスの〈神の啓示〉のクールタイムが回復するには時間が掛かる以上、今のHP残量でもう一度〈アクシス・ムンディ〉を食らってしまえば、まず凌ぐ事は出来ない。


「おらおら、行っくぜー!」


 ルクスを筆頭に、俺達は持てる力を振り絞りユグドラシルへと攻撃を仕掛けていく。

 じりじりとユグドラシルのHPゲージが減少していくが、同時にもう一つのゲージの方もまた、じわじわと増えていく。

 時間との戦いであったが、どうにもこちらが不利なように見える。


「くそっ」


 焦燥感に駆られながら、一心に魔力弾を飛ばしまくって攻撃を続けるが、そんな足掻きでDPSが大きく上がれば苦労は無いのだ。

 所詮、スキルではないただの通常攻撃では、戦局を打開する事は叶わない。


 そしてユグドラシルのHPゲージが残り1割を割った時、ついにもう一つのゲージがMAXまで溜ってしまった。


『〈アクシス・ムンディ〉』


 本日5度目となるその大技が俺達へと襲い掛かる。

 これまで幾度となく凌いできたが、もはや防御スキルもなく、HP残量も少ない今、同じ手段で凌ぐことは出来ない。

 ならば――


「イツキ君!」


「ああ、分かってる!」


 俺は、全身を揺らす震動に耐えながら、杖を構えてタイミングを見計らう。

 周囲の地面が次々と隆起して、何度もバランスを崩しそうになるが、それに必死に抗う。

 もしここで倒れてしまえば、スキルが使えなくなるからだ。


「ここだ! 〈ソーラーファーネス〉」


 隆起した地面が破裂し、衝撃ダメージが発生する間際。

 俺は温存していた回復スキルを発動させた。


 直後、俺は衝撃によって吹き飛ばされる。

 同時に俺の残りHPを上回るだけのダメージが視界に表示された。


「ぐぅぅ!」


 受けたダメージによって俺のHP一気に消し飛び、それが0となり視界が暗転しかけたその刹那。

 直前に放った癒しの光が、俺達へと降り注ぐのが見えた。


「成功したみたいだな……」


 魂だけの存在へと変化するその一瞬に、回復スキルが割り込んだ事で、俺達の死亡処理が中断されたのだ。

 結果、死ぬ運命にあった俺達は生き残り、そのHPを3割ほど回復させる。

 

「良くやったな! イツキ君!」


「ナイスだぜ!」


「感謝」


 口々に賞賛の声を贈られ、胸が熱くなるのを感じるが、まだ戦いが終わった訳ではない。


「おいおい落ち着け。奴はまだ生きてる。さっさと止めを刺してエンディングと行こうぜ!」


 眼前には、〈アクシス・ムンディ〉を放った反動で、ユグドラシルが無防備な姿を晒していた。

 そして、残りHPゲージは1割にも満たない有様だ。

 身動きすら取れず、もはや恰好の的である。

 

「そうだな、イツキ君の言う通りだ。奴が再び動き出す前に、終わらせるとしよう」


「そうしてくれ。流石にもう一度、同じ事やれって言われても、多分無理だ」


 攻略の合間にこっそり練習を続けていたものの、死に際で実行したのは、実は今のが初めてであったのだ。

 ぶっつけ本番で上手くいったから良かったものの、それが続くなどと思えるほど傲慢には成れない。


「よっしゃー。ぶっ殺すぜー!」


 動かないユグドラシルに対して、俺達は容赦ない攻撃を浴びせ続け、残り少なかったHPがみるみるうちに失われていく。

 そして、それも残すところ後僅か。スキル1発当てれば、確実に消し飛ぶだろう。


「うむ。トドメは今回の立役者であるイツキ君に譲るとしようか」


「オッシャー任せたぜ、イツキ! ぶちかませ―!」


「頑張って」


「……任された!」


 仲間達の声援を浴びながら、俺は〈ホワイトプロミネンス〉を発動させる。

 掲げた杖の上に、白い光の球体が形成される。


 そして、その白い球体がユグドラシルへと迫る。

 

「これで終わりだぁ!」


 直撃した白い球体が、ついにユグドラシルのHPを削り切った――かに思えたその瞬間。

 世界が、その歩みを止めた。


「な、なんだ!? 何が起こった!?」


 視界に映る景色全てが、まるで時を切り取ったかのように、完全に静止してしまっている。

 突然の事態に周囲を見回そうとするが、首が回らない。


「おいおい、なんだよこれ……」


 訳が分からずそう呟くも、実際は俺の口が動いていない事に気付いてしまう。

 俺の意思に反して、俺の身体は微動だにしてくれないのだ。


 それは仲間達も同じ様子であった。

 皆、ユグドラシル討伐を確信したのか、歓喜の表情を浮かべたまま、彫刻のように固まっている。

 それはユグドラシルすらも同様で、死に際の苦悶の表情のまま動きを止めている。

 

『DISCONNECTION』


 やがて俺の視界に、そんな表示が浮かび上がる。

 サーバーとの接続が切断された事を表すその表示によって、ようやく俺は何が起きたのかを悟る。

 

 どうやらユグドラシルを倒す寸前、ゲームから強制的にログアウトさせられてしまったようだ。


「チクショウ! こんなのありかよ!?」


 余りに理不尽な仕打ちを前にして 俺はそんな叫びを上げながら、自室のSDIの中で目覚めたのだった。


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