14 エピローグ
あれから20年程の時が流れ、現在は西暦2097年。
予定より早く人類のセカンドアースへの移住は無事完了した。
とはいえ母なる星を捨てられないという層はやはり根強く、全人口の1割近くは現実世界へと残る事となった。
ちなみに人類以外の生命体についてはスコルハティが移住先を用意しているらしく、そちらで種を繋いでいくことになるだろう。
仮想世界へと移住した人類は、それを維持する巨大装置をスコルハティの管理下へと委ね、無事保護された。これで太陽の膨張に巻き込まれて人類が滅ぶという最悪の結末は避けられた事になる。
セカンドアースに移住完了を確認した後、10の世界との接続は断たれ、それらは電子の海へと沈んでいった。9つの世界が崩壊していく中ミッドガルドだけは秘密裏に生き残り――現在は反スコルハティを掲げる俺達の活動拠点となっている。
『思ったよりも協力者が集まったな』
『そりゃ、こっちもかなり頑張ったからな』
久世創のそんな呟きに対し、俺はそう返す。
『分かってるさ。これから長い間一緒にやってくんだから、仲良くやろうぜイツキ!』
『はいはい。分かったから引っ付くな』
『いやー、女の子に引っ付くと怒られるじゃんよ? けどお前なら許されるかなぁっと思ってな』
俺が女みたいな容姿をしてるからそんな事を言っているのだろう。
それに対し俺がイラつく事も分かっていてワザとやっているのだから、ホント性質が悪い。
『ったく。お前の性格の悪さはミュトスの為とか関係なく元々だった訳だな』
ラグナエンド・オンラインのプレイヤー達に対し、コイツが様々な嫌がらせを行っていたのは、そうする事でプレイヤー達の感情を想起させる為であり、本人は仕方なくやっていたと言っていたが、それはやはり嘘だったのだろう。
『おいおい。人類の未来の為に、こんだけ必死に頑張った俺が性格悪いとかありえないだろうが! むしろ聖人かなんかだと称えられてもいいくらいだぜ?』
『ぐっ、お前の功績は認めるけどな。それとこれとは話が別だっての』
ったく。黙って仕事だけしてれば有能な奴なんだから、お願いだから無駄に口を開かないで欲しいものだ。
『ハジメ、イツキに絡むのは止めて下さい。彼は嫌がっています』
そんな鬱陶しい奴を止めてくれたのは、俺の理想の女性であるミュトスであった。ただし、あの素晴らしき花嫁姿ではないが。
『ああ、ミュトス! やはり君はなんて素晴らしい女性なんだ! どうか俺と結婚して欲しい!』
久世創の嫌がらせが功を奏したのかどうかは知らないが、最近のミュトスには人間らしさが備わったように俺には感じられた。
理想の姿に女神の如き清らかな人間性が加わる事で、俺の理想を超えた女性へと彼女は変貌を果たしたのだ。
そうして、俺は本当の意味での恋を知る事となる。
だからこうして何度も結婚の申し込みをしているのだが、残念ながら相手にされていないのが現状だ。だが俺は負けないぞ!
『あの、イツキ。冗談は結構ですから。それよりも皆様がお待ちですよ』
『ああ、そうだったな。おい行くぞハジメ』
これから第1回のスコルハティの対策会議が開かれるのだ。
ミッドガルドに移住して暫くは、各々の生活環境を整えるべく先延ばしになっていたこの会議だが、開催する事が出来る程度には各自の状況がようやく落ちついたようだ。
◆
『ではこれより記念すべき第一回スコルハティ対策会議を開催する。と言っても現時点では俺には何も案が思い浮かばない。なので皆の知恵を借りてまずは大まかな方針だけでも決めたいと思う!』
久世創ほどの天才であっても全く具体案が浮かばない程に、人類とスコルハティとの間に横たわる技術格差は大きかった。久世創の見立てでは、人類が独力で現時点の彼らの技術力に追いつくには、どれ程少なく見積もっても千年程は掛かるそうだ。
だが、その千年の間に彼等もまた進化を続ける。彼らは人類から見れば神の如き存在であるが、彼等は自身を未だ未完成な生命体であると認識しており、だからこそ貪欲に知識を技術を得ようとしていた。仮にセカンドアースで生きる人類が、スコルハティにすら思いつかない画期的な技術を生み出したとしても、それはすぐさま彼らによって接収を受けるだろう。なのでその差は決して縮まらない。
俺達がスコルハティへと追いつく為には、彼らの認識の外に存在するこの場にいる僅か数百名の力だけで、セカンドアースへと移住した数十億人に勝る成果を上げ続ける必要があるのだ。要するに、まずは人類同士での戦いに勝利しなければ戦う土俵にすら立てない訳だ。
幸い久世創を筆頭に、多くの優秀な技術者たちがこちらへと移住したものの、それだけで簡単に覆るような数の差ではないだろう。ちょっとでも油断すれば、大きく引き剝がされる結果にさえ成りかねない。
『その辺については一応ちゃんと考えてるぜ。セカンドアースに残してきたミュトスなんだが、ありゃぁ実は旧式だ。演算能力は高いけどただそれだけの機械に過ぎない。こっちのミュトスの方が大分優秀だぜ』
セカンドアースとここミッドガルドとで別れる際に、管理者たるミュトスも2つに分離した。その際にセカンドアース側のミュトスを旧式へとこっそりダウングレードさせておいたらしい。
『おい? それって向こうは大丈夫なのか?』
『世界を維持するだけなら特に問題ねぇよ。大きく発展させるとなればまた別だけどな』
相変わらず裏で色々やるのは、昔も今も変わらないらしい。
『ならば良いがの。わしのこの20年間の努力が水の泡じゃと困るからのぉ』
久世創の代わりに現実世界のトップに立ったバラ―ディアだったが、その移住に際してセカンドアースへとダミーを置いて、本人はこちらへとやって来ていた。
そして久世創が彼女の事を思い出した事を契機として、今ではすっかり彼へと懐いてしまっていた。もっとも、このような公の場ではそのような素振りは一切見せないが。
『そうよね。バラ―ディアはかなり大変そうだったもんね。……誰かさんのせいで』
『そうだな。バラ―ディア君の頑張りが無ければ、この移住計画は10年は遅れていた事だろう』
ルクスとネージュもまた色々と悩んだ末、久世創の話に乗る事にしたらしい。
『叔父さん、結婚はいつするの?』
当然、ヴァイスも一緒だ。俺達の仲間は全員がこちらへの移住を選択した事になる。そしてそれは俺にとって大変心強い話であった。
『あー、いや……』
『ふむ、わしはいつでも良いぞ? 式場はどこにするかのぉ? やはりユグドラシルの最上層あたりかのぅ?』
しどろもどろの久世創に対し、バラ―ディアは澄ました顔でそんな事を言っている。
『ダメ! ハジメは私と結婚するのよ!』
だがそれに待ったをかける女性が居た。彼女の名は北神陽子。そう、久世創を刺したというAIであった。
どうも彼女は自身の事を人間で、しかも久世創の幼馴染だという記憶を植え付けられていたらしく、その事をスコルハティによって意図せず暴露されてしまったらしい。
結果、その事実を知った彼女は絶望して、そのまま衝動的に久世創を刺してしまう。
その後我に返った彼女は処分されそうになるも、感情が芽生えている事に気付いた当の久世創がそれを止めた。そして現在、彼女もまたこの世界へと移住してきたのだ。
偽りの記憶についてはどうやら吹っ切れたらしく、そして殺されて尚、自身を救おうとした久世創に対し、今度こそ本心から惚れてしまったらしく、今のようにバラ―ディアと2人で仲良く久世創を取り合っていた。
その事に当の久世創は大分お困りのようだが、俺としては「ざまぁ」の一言しかない。
◆
結局、第一回の会議ではロクな意見は出てこなかったが、それは想定済みの話だった。
ちょっと話し合った程度で先が見える程度の話ならば、きっと久世創とミュトスがどうにかしていただろう。
だが時間はまだたっぷりとあるのだ。
電子の存在となった人類は、理論上1万年を超える年月を生きる事が出来るとされている。
ただし、それには定期的な記憶の整理が必要となる。
久世創が電子の存在と化した際、記憶の忘却機能が失われたのは、どうやらただの不具合ではなく、電子化する上でどうしても避けられない問題だったようだ。
だが人間は嫌な記憶を忘れなければ生きてはいけない弱い生き物だ。だから定期的に記憶の整理を行う必要があるのだ。
ただこれは一般的な忘却とは大きく異なりいわば記憶の完全消去となる。そして一度消え去った記憶は、完全に世界から失われ二度と蘇る事はない。セカンドアースとここミッドガルドを維持する巨大サーバーの容量には相当の余裕が持たれてはいるが、それでも消去した記憶のバックアップをわざわざ残しておく程の余裕は存在しないのだ。
だからこそ記憶の消去には慎重さが求められる。例えトラウマの原因となるような嫌な記憶であっても、それがその人の人格を構成する鍵となっているケースも十分にあり得るからだ。
『まっ、俺に忘れたい記憶なんて――あんまり無いけどな』
学生時代の黒歴史的な記憶なんかは、正直消し去りたい気もするが、そうすると俺が俺でなくなるのは必然だ。それに実は正直なところ、忘れたいと思う一方で、その過去を変えたいとは思っていない自分もいるのだ。
馬鹿な事をやって来て沢山の失敗をしたからこそ、今の自分はきっと成り立っているのだろう。そしてそれはきっとラグナエンド・オンラインで過ごした日々だって同じことなのだ。
傍から見れば、たかがゲームに馬鹿みたいにハマり込んで堕落した生活を送っていたように見えたかもしれない。だが俺はあの日々の中で、輝かしい何かを手に入れた気がする。
それが何なのか今はまだ言葉に出来ないけれど、これから先ずっと生き続けていく事でそれが確かな形に変わっていく。そんな予感がしていた。
そんな事を考えながら、一人がらんとした古都ブルンネンシュティグの街並みを歩いていると、後ろから足音が聞こえてくる。
振り返るとそこには俺の理想の女神が優しく微笑んでいた。
これにてこの物語は完結です。
ここまでお付き合い頂いた皆様、どうもありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。
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◆お知らせ
新作の投稿を開始しました。
タイトル:王殺しの魔術師 ~そして落ちこぼれは最強へと至る~
http://ncode.syosetu.com/n0361dz/
毛色が異なる作品ではありますが、良ければこちらの方もお付き合い頂ければ幸いです。




