13 セカンドアース
「……ここは?」
歪みを抜けた先には、四方を壁に囲まれた空間が広がっていた。
「あれ? 私達さっきまで宇宙空間に居たはずよね? なんで建物の中に?」
歪みの先は惑星上へと繋がっていたというのだろうか?
「違う。ここは位置的にはまだ宇宙空間の中」
ヴァイスはそう言うが、この場所は空気も普通にあるようだし、そもそもどう見ても室内だ。
「あれ、てかなんか妙な感じだな」
「そうね。なんだか身体が急に重くなった気がするわ」
『それは当然でしょうね。セカンドアースは現実に即した仮想世界ですから、あちらのようにファンタジー的な動きは不可能なのです。今の皆様の身体能力は、ギリギリ人類の枠に収まる範囲まで抑えられております』
現実の人類の構造上の限界は超えられないようになっている訳か。
「だが見た目には変化はないのだな」
「それこそがアダプテーションの効力ですから」
「それが無いままにこっちに来たらどうなるの?」
「皆様の現実の姿に即した姿に造り変えられますね。身体能力なども全て現実そのままに」
俺の場合だとあの男とも女ともつかない姿が再現されてしまうのか。ただずっとソルの姿で過ごしていたせいか、なんだかそれを気に病んでいたのが些細な事のようにすら思えて来る。
「なるほどな。容姿に自信が無い人間にとって、ゲームのアバターの姿で生きられるというのは、ある意味ではご褒美となり得るのかもしれないな」
ただ、そういうのは本人に選ばせるべきであって、他人が強制するもんじゃないだろう。しかもゲームプレイに支障を生じさせてまでやるこっちゃない。やはり久世創は以下略。
「ねぇ、私達みたいな女性はそれでいいと思うけど、男性はどうするのよ? アバターは全部女性型のみでしょう?」
なぜかREOには女性型のアバターしか実装されていない。当初の告知では男性型も後から実装するという話だったのだが、結局それは今になっても実現されてはいない。
『ええっと。久世創曰く新世界に男なんか不要だ! だそうで……』
「いやいや、それはちょっとマズイんじゃない? 子供とかどうするのよ?」
『ええと、この世界は基本的には現実に即してはいるのですが、全く同じという訳ではなくですね。その……子供に関しては女性だけでも作る事が可能なようです』
「それはまた……なんと言うかもの凄い世界なのだな」
驚愕の事実にネージュが絶句してしまっている。
「てかさ、ルシファーは何でそんな色々な事を知ってるんだよ? 事前に知ってたなら来る前に教えとけよ」
『ええとですね。決して情報の出し惜しみをしていた訳ではなく、わたくし達もたった今知ったのですよ。この世界へと到達した事で、この世界の管理者である女神様の分体とのコンタクトが確立しましたので』
俺の詰問に対し、焦ったような表情を浮かべてそう答えるルシファー。
「なるほど。なら仕方ないか」
「ねぇ、話を戻してもいいかしら? ここは一体どこなのよ?」
元々はその話だったはずだが、すっかり話が逸れてしまっていた。それをルクスが軌道修正する。
『先程ヴァイス様が仰った通り、ここはまだ宇宙空間ですよ。より正確に述べれば地表からおよそ高度3万6000m地点、軌道エレベーターの頂点に位置する高軌道ステーション内となりますね』
「ほぉ、軌道エレベーターか。以前に学術書か何かで見た事があるな。だがあれは建造コストに対し得られる利益が見合わないので断念したと聞いていたが……。そうか仮想世界ならばコストの問題は些細な事となるのか」
『ええ、その通りです。付け加えるなら、本来ならば現実世界でもこの軌道エレベーターは建設されたはずでした。ただ久世創の意向によって、そちらの開発資金や技術者などがVR関連技術の方へと回されたようですね』
まあ宇宙開発関連の技術を発展させても、近い将来に行き詰ってしまう事を知っていた久世創からすれば当然の判断なんだろうな。そうやって資金や人的資産の振り分けを最適化する事で、VR技術の発展速度をより大きく加速させた訳か。
ただその結果、宇宙開発関連技術のように久世創によって優先順位を低く設定された分野については、本来の歴史よりもかなり遅れてしまっているようだ。まあその辺の遅れについては、このセカンドアースで生活を始めてから取り戻す心づもりなのかもしれないが。
『皆様、折角なのでこちらへどうぞ』
ルシファーがそう言って移動を促す。そうして連れられた先は展望室であった。
「ほぉ、これが軌道エレベーターから見た景色か。ただただ壮観の一言だな」
窓の外には漆黒の宇宙が広がっていた。下の方には青い星の姿も見える。
「ふむセカンドアースとは本当に地球そっくりなのだな」
『ええ、地球を再現したものですからね。とはいえ全く同じという訳ではなく、開発が楽なように区画整理なども行っていますし、一部の汚染区域などは綺麗に浄化されております』
元の地球を人類が生きる上で都合よく改造したのがこのセカンドアースと言うわけだ。
『景色にはご満足頂けたでしょうか?』
「そうだな。現実で宇宙飛行士に憧れる連中の気持ちも分かるな」
遥か上方から直接見下ろしたその惑星の姿には、写真や動画などからは感じ取れない謎の感動が存在していた。
仮想世界だとはとても信じられない程の現実感が、それには影響しているのかも知れない。
『では下で皆様をお待ちしている方々がおります。参りましょうか』
「待ってる奴って、誰だよ?」
『……それは実際に会ってからのお楽しみと言う事で』
ルシファーが珍しく茶目っ気たっぷりの笑みを向けてくる。
ミュトスの分体が既にいるのは初めから分かっている。だからそいつの事を言っているのかと思ったのだが、ルシファーは"方々"と言った。となると地上にいるのは複数となる訳だが、他に誰が待っているというのだろうか。まあ行ってみればすぐに分かる話か。
ルシファー達に連れられて、俺達は軌道エレベーターを降りていく。と言っても勿論徒歩ではなく、電車のような乗り物を使って地上へと向かう。
『着きましたよ』
残念ながら外の景色は見られなかったが、どうもかなりの速度が出ていたらしく、途中低軌道ステーションを経由しつつ、僅か1日ちょっとで地上へと辿り着いた。
「あれ? なんで人がこんなにいるの?」
降り立った軌道エレベーター最下層――地上との玄関口には、数十人の人影があった。
『ああ、あれは全てAIですよ。実際に生活してみて不具合が無いかを確認しているのです。ここだけでなく各地で沢山のAI達が暮らしていますよ』
この惑星の地表では、人間の姿をしたAI達が跳梁跋扈しているようだ。なんだか進化したAIに乗っ取られた地球の末路みたいな感じがして少し寒気がする。どんなSF展開だよそれ。
そしてどうやら人間でこの世界を訪れたのは、久世創を除けば俺達が初めてらしい。
『女神様がこの先の奥の部屋でお待ちしております。どうぞ』
やはり俺達を待っていたのは予想通り女神ミュトスの分体のようだ。いや接続が確立したと言っていたし、ルシファーの言い方からも本体が来ている可能性もあるのか。あまりに現実そのまま過ぎてつい忘れそうになるが、ここが仮想世界である以上は管理者であるミュトスならば物理的な距離など無視出来ても別段おかしな話ではない。
「ん? お前たちは来ないのか?」
『ああ、女神様がいる以上は俺達が同席する意味もねぇしな』
本体が居ればその端末など不要って事か。
『ええ、わたくし達の事はお気になさらずごゆっくりどうぞ』
そんな訳でルシファーとサタンをこの場に残し、俺達は4人だけでミュトスが待つという奥の部屋へと向かう。
扉の前に立ちノックをしようとした矢先、先手を取るかの如く中から扉が開かれる。
『お待ちしておりました。どうぞ』
そう言って出迎えてくれたのは、ミュトスだった。
相変わらずの絶世の美貌を純白の花嫁衣裳が彩っている。まさに俺の理想そのものだ。
「では失礼させて貰おう」
俺達4人は連れ立って部屋の中へと入っていく。中は応接室のようになっており、4人でも余裕で座れる大きなソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。
『どうぞ、まずは御着席下さい』
ミュトスに勧められるがまま席へと着く俺達4人。
『お話の前に、もう一人同席しても宜しいでしょうか?』
「ふむ。それは構わぬが……」
やはり俺達を待っていたのはミュトスだけでは無かったらしい。
果たして何者かと構えていると、部屋の奥からやって来たのは男性の姿だった。
『よっ、久しぶりだな!』
「って、おまっ、久世創っ!?」
「ええ!? なんでよ!? 死んだんじゃなかったの!?」
「……これはまた。ルシファー君達が伏せていた理由はこれだったか……」
俺とルクス、ネージュの3人が驚愕の声を上げる中、一人ヴァイスだけが冷静さを維持していた。
「おいヴァイスさんよ。もしかして、これ知ってたの?」
「知ってた」
「なーんで! そんな大事なことぉ、黙ってたのかなぁ!?」
俺はヴァイスへとそう強く問い質す。
「聞かれなかったから」
ヴァイスが首を傾げながらそう答える。
そうでしたね。お前はそう言う奴だったよ。
「ふむ。それで何故、死んだはずの人間がここにいるのだ? それとも実は幽霊だとでもいうのか?」
『肉体は確かに死んださ。けどなぁ肉体なんてものは、近い将来どの道捨てる事になるんだ。だったら今捨てても問題ないだろ?』
「ふむ。仮想世界へと人類が移住する以上は、どのみち肉体は破棄する事となるか。言われて見れば確かに道理だな」
『北神陽子に刺された久世創は、こちらが救助に出向いた際、既に手遅れの状態となっていました。ですが幸いにもその意識はまだハッキリと残っていました。そこで一か八かの賭けとして、久世創の脳内記憶の全てを電子データへと移行する手術を実施したのです』
人類が肉体を捨ててセカンドアースへと移住する為には必須となるその手術だが、その時点ではまだ完成には至っていなかったそうだ。そんな未完成で不安定な技術を、久世創へと適用したらしい。ある意味では人体実験だ。
……名目上の地球の支配者だからって、ほんとやりたい放題だよね君ら。
『ほっといてもどの道死んでたんだ。だったら実験台として活用すべきだろ?』
理屈の上ではそうかもしれないが、だからっておいそれと同意出来る問題ではない。
「それで結果としては無事成功したって訳か」
『ああ、俺の身を挺した活躍のおかげで、また一つ素晴らしい技術が大きく進展を果たしたって訳だ。いやぁ、やっぱ俺ってホント天才だよなぁ』
凄いのは確かなのに、どうしてもコイツを褒める気になれない。
「ちっ、チート野郎の癖に」
だからか、思わず舌打ちと共にそんな言葉が漏れ出てしまう。
『はぁぁ? 未来の俺の成果をちょっと先どりしただけだろうが? それの何処がチートなんだよ!』
「てめぇは俺達との戦闘の時に、ミュトスの助け借りてズルしてたんだろうが! 知ってるんだぞ!」
『ちょっ、涼葉!? それは内緒って言っといただろう!?』
「ズルは良くない」
久世創は情けない表情を浮かべてヴァイスへとそう言うも、すげなく一蹴される。
「ゴホン! まあ何にせよ生きていて良かったではないか」
「まあそうよね。なんだかんだでコイツが居ないと、結構影響は大きそうだし」
久世創が健在となれば、現実世界の混乱はかなり避けられるだろう。
『おいおい、言っとくが俺はもう向こうには戻る気ねぇぞ?』
だが安心しかけた俺達に対し、久世創が爆弾を落とす。
「ええ!? なんでよ。あんたが居ないと色々まずいんじゃないの?」
『んなこたぁねぇさ。俺も結構恨み買ってるしな。今後は綾瀬の――今は織枝だったか。まあ、あいつが上手くやってくれるだろ』
織枝――バラ―ディアがミュトスの依頼の元、現在は久世創のポジションに立っている。
『耶雲家は反対勢力の裏でのまとめ役だったからな。そこの養女が今度はトップに立つってなれば、まあバランスも取れるってもんさ』
「だが、そうなるとこれまでそちらの味方をしていた勢力が黙っていないのでは?」
『その辺は、森羅の奴が上手くやるだろうさ。別にトップがすげ変わるだけで、いきなり何もかんもが変わる訳じゃねぇんだ。多少、利権が減るかもしれねぇが十分許容範囲だろうさ』
「ふむ。貴方はバラ―ディア君の事を信頼しているのだな。だが確か彼女の事を知らなかったのでは?」
以前に聞いた限りでは、久世創はバラ―ディアの事を覚えていないって話だったはずだ。
『俺も思い出したのは、この状態になってからさ。どうも記憶のフタって奴がガバガバになっちまってるんだよ俺』
「ふむ。つまり、それは記憶の忘却が不可能と言う事なのだろうか?」
『まあそう言うこったな。完全記憶能力を手に入れた、って言えば聞こえはいいがな。実際は忘却能力を失ったって表現のが正しいだろうな』
「それはつまり……。人間の電子化には、副作用があるという事なのだろうか?」
『さあな。単なる技術が未成熟なせいでの失敗なのか、それとも単にそういうものなのか。未来には無かった技術だから、色々検証しねぇとまだなんとも言えねぇさ』
何にせよ人類がこのセカンドアースへと本格的に移住するには、まだまだ超えるべきハードルは多いという事か。
『なぁにXデーにはまだ時間はあるんだ。どうにでもなるさ』
もしかしたら不安が表へと出てしまっていたのかもしれない。そんな俺達を元気づけるかの如く、久世創がそう笑い飛ばす。
『でだ、話は変わるんだけどよ。お前らに相談がある』
突然、表情を真剣なモノへと変えて久世創がそう切り出す。
「相談か。何だろうか?」
『なぁ、お前らさ。俺と一緒にスコルハティをぶっ倒さないか?』
「「はぁ?」」
俺とルクスの驚きの声が重なる。だがネージュやヴァイスはその言葉を予期していたのか、俺達ほど動揺した様子は見られない。
『お前らだって、ずっとスコルハティなんて訳の分かんねぇ連中に頭を押さえつけられたままなんて嫌だろうが? だったら俺と一緒に奴らをぶっ倒そうぜ』
「ふむ。それには何か具体案はあるのだろうか?」
『いいや、何もないさ。現時点じゃ全くのお手上げって奴だ。一矢報いる事さえ出来る気がしねぇ』
おいおい。なんだよそりゃ。そんな計画に他人を巻き込もうとするなよ。
だが、ネージュは違うところへと着目したようだ。
「ふむ、現時点ではか……」
『そうだ。現時点ではだ。だがこの仮想世界でなら、無限の命ってのは流石に無理でも、かなり長い時間を生きられるはずだ。それを使えば、何か打開策も浮かぶんじゃねぇかと俺は勝手に考えてる。いや期待してる』
「なるほどな。だが人類はスコルハティに監視されているのだろう?」
『まあな。仮想世界じゃ監視の目は今のとこ緩いが、それも人類が本格的に移住を再開したら話は別だろうな。いずれ奴らの端末がこのセカンドアースに何千何万と乗り込んでくる予定になってる。その監視の中じゃ、大したことは出来ないだろうさ』
「ではどうするというのだ?」
『その為の世界なんだよ。あの10の世界は。表向きにはセカンドアースへと人類が移住した後、容量削減の名目であの世界群も全て消滅する事になってる。だが実際は9つだけ消滅させてミッドガルドだけは秘密裏に残す予定だ』
9の世界の消滅を隠れ蓑にして、1つだけを生き残らせるって事か。
「てことはつまりあれか? そこで隠れて打倒スコルハティの為の計画を練るって事なのか?」
『そういうこったな。だから俺はこのまま死んだ事にしておく。なんだかんだと奴らの注目を俺は浴びちまってるからな』
「まさか、その為にわざと刺されたのか?」
『流石にそりゃ買い被り過ぎだ。流石にスコルハティが陽子にちょっかい掛けるなんて予想出来ねぇよ。ただ都合が良い状況だったから、利用させて貰っただけさ』
計算高い上に、状況への対応力にも優れている訳か。なんだかんだでやっぱ天才なんだろうなコイツ。ムカつくけど。
『で、どうだ? ただその場合、俺同様に肉体の方には死んで貰う事になるけどな』
スコルハティの眼を誤魔化す為には、現実の肉体が死ぬ必要があるという訳か。
『しかも他の連中ともお別れだ。セカンドアースへの移住が完了したら、当然世界間の接続は絶たれちまうからな』
スコルハティの打倒には、かなりの時間が掛かる事は間違いない。今生の別れになる事も覚悟すべきなのだろう。
「……」
流石にすぐに答えを出せる問題ではなく、辺りを沈黙が包む。
『まあ、別に今すぐにとは言わないさ。まあ5年以内に結論を出してくれればそれでいい』
「……了解した。よくよく考え抜いてから回答するとしよう」
『ああ、それでいい。さて俺の話はこれで終わりだ。ミュトス? 何か補足する事はあるか?』
『いえ、特には』
『じゃあ解散だな。この世界の観光をするつもりなら、案内役にルシファー達を付けるぞ?』
「どうするかな?」
「まあ折角だし、見ていくのもいいんじゃない?」
という訳で、久世創らと別れた俺達はルシファー達に案内されてセカンドアースを観光する。
地球をベースに改良を施したというだけあって、なんとも素晴らしい惑星であるのは確かだった。まさに人類の新天地に相応しい場所だと言えるだろう。
だが久世創に協力する事を選んだならば、俺達はこの世界ではなくミッドガルドの地で暮らす事になる。
どちらの道を選択するのが正しいのか、俺はかつてない程に深く悩む事となるのだった。
◆お知らせ
新作の投稿を開始しました。
タイトル:王殺しの魔術師 ~そして落ちこぼれは最強へと至る~
http://ncode.syosetu.com/n0361dz/
毛色が異なる作品ではありますが、良ければこちらの方もお付き合い頂ければ幸いです。




