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12 決戦(後編)

「中々仕留めきれない。やっぱり皆強いね」


 ルクスが一度瀕死に追い込まれて以降、戦況は膠着状態へと陥っていた。


「ねぇっ、このままじゃ不味いんじゃない!?」


 そしてそれは俺達の敗北までのタイムリミットが近づいている事を意味する。あちらのラグナブレイクが発動してしまえば、こちらの負けはほぼ確定してしまう以上、時間の経過はヴァイスへと味方するのだ。


「うむ。それは分かっているのだが……」


「かと言って一か八かで仕掛けても、まず通じねぇぞ」


 かといって無理押しをした所で、ヴァイスはどうにかなる相手ではない。むしろ俺達がそうして逸るのを手ぐすねを引いて待っている事だろう。実際ヴァイスもまた俺達をすぐには仕留めきれないと判断したのか、その行動には後出しが多くなりつつあった。攻撃スキル2種についても、いざという時の為に温存している様子である。


「くそっ、ちょっと動きが手堅過ぎるんじゃねぇか、ヴァイス?」


「誉め言葉と受け取っておく」


 ちょっと揺さぶりをかけるつもりで、そんな言葉を投げかけてみるも、ヴァイスに動じた様子は見られない。ここで更に言葉を続けたとしても、あまり意味は無さそうだ。


 尚も膠着は続く。


「やっぱり並大抵の攻撃じゃ、あいつのHPを削り切るのは無理そうだな」


 回復スキルの回転が速すぎるせいで、削り切る前に回復されてしまうのだ。その対策として思いつくのは、回復スキルの発動時に殴る事でその発生をキャンセルさせて空振りを狙う事だったが、ヴァイスもそれについては良く警戒していたし、守りを堅め始めてからはそれがより顕著となりつつあった。


 こうなってくるともう俺達に残された手段は、先にラグナゲージを貯めてから、その直撃によってHPを大きく削り、そのまま回復する暇もなくスキルでごり押しするくらいだろうか?


「うむ! ゲージが溜ったぞ! ラグナブレイクの詠唱に入る!」


「こっちもだ!」


 幸いにして、ヴァイスの先手を無事取れたらしい。俺とネージュは我先にとラグナブレイクの詠唱へと入る。


「終焉の時、来たれり」


 だが、それに僅か遅れてヴァイスもまたラグナゲージが溜まったらしい。彼女もまたその詠唱を開始する。

 一人ラグナブレイクを使えないルクスは、その様子をネージュの傍でただ黙って見守るばかりだ。


「全てを見通す日輪の神鏡よ――」


 日輪を体現した巨大な神鏡がネージュの背後の地面からせり上がり――


「おいでージャック達――」


 ジャック頭のカボチャが周辺に大量に降り注ぎ――


「見よ! あまねく全てを支配する理の気高さを――」


 数字だけで構成された巨大な剣が2振り、上空へと現出する。


「我が願いに応じ、真実を暴きて行く道を照らし給え――」


 神鏡が日輪の眩き光をその鏡面へと集め――


「今日は年に一度のお祭り騒ぎだよ――」


 ハロウィンソル手に持った巨大な斧を大きく振りかぶり――


「その言の葉は全てを断ち斬る咎人の剣なり――」


 2振りの剣が役目を今かと待つかの如く蠢動する。


「〈天照真経津鏡〉!」


 そして神鏡に集められた光が、ついに解き放たれた。それらはまだ詠唱中のヴァイスへと一直線で襲いかかり、そのHPを大きく削り取る。だがその死にはまだ遠い。


「〈フェスティブハロウィン〉!」


 続いて俺が振りかぶった斧をヴァイスへと向かって打ち付ける。衝撃と同時に周囲にばら撒かれたカボチャ達が花火のような煌びやかなエフェクトと共に連鎖爆発していく。


 これでヴァイスのHPを半分以上削り取る事に成功したが、彼女がラグナブレイク詠唱中である今、それ以上の追撃は出来なかった。

 

「神意を受け入れよ――」


 そしてついにヴァイスのラグナブレイクが発動しようとする直前。


「ネージュ!」


 ラグナブレイク発動の副作用によって硬直していたネージュを、ルクスが手に持った杖で殴りつける。それにより、ネージュが硬直から解放される。


「任せてくれ給え!」


 硬直から復帰したネージュは、すぐさま温存していたスキルを発動する。


「〈天岩戸隠れ〉!」「〈論理の剣〉!」


 ネージュのスキルとヴァイスのラグナブレイクがほぼ同じタイミングで発動する。


「まさかっ!?」


 彼女達の意図を理解したヴァイスが珍しく驚愕の声を上げるが、もう遅い。


 上空に浮かぶ2振りの剣は、ネージュとルクスの方へと向かう。


 しかしネージュは天岩戸内に隠れており、論理の剣のターゲットはヴァイスの視界内の存在へと限られる。

 結果、その剣が貫いたのは天岩戸とルクスの2つであった。その両方のHPが0へと書き換わる。


「無事かネージュ!」


「ああ、天岩戸がちゃんと身代わりになってくれたようだ」


「……最初からこれを狙っていたの?」


 ラグナブレイクの硬直で動けないヴァイスが、俺達へとそう問い掛ける。


「ああ、お前を3人でボコる為には、この方法しかないと思ってた」


 その前に仕留めようとも頑張ってはいたのだが、ヴァイスが消極策に出たことで、やはりこれしかないと俺は思い至っていた。


「〈〈エターナルコフィン〉〉」


 ルクスももまたラグナブレイクの発動によって、ステータスを大きく上昇させて復活する。


「動けないとこ悪いが3人でボコらせてもらうぞ」


 そうして俺達はヴァイスを囲んで一斉に攻撃スキルをぶち込む。


「……勝てなかった。残念」


 ヴァイスのHPがついに0となり、そう言い残してヴァイスの身体が消えていく。


「……勝ったな」


「ああ。これで人類の命運は繋がったという訳だな」


「それに一応これでロゴスにリベンジ出来た事になるしね」


 久世創が操るロゴスを相手に、俺達は4人がかりでもスキルすら使う事無く負けてしまった。何気にあの出来事は廃プレイヤーとしての俺達の自負を大きく傷つけていたのだ。まだ全部を取り返せて訳ではないにしろ、これで少しは気分が晴れるというものだ。


 そんな感じで、勝利の美酒に浸っていた俺達の背後から声がかかる。


「お疲れ様、3人とも」


「ん? あんた誰よ? ってヴァイスじゃない!? 何で生きてるのよ?」


 そこには、先程倒したばかりのヴァイスが立っていた。但しそのアバターはいつものメタトロンへと変わっている。


「ボクの拠点はこの歪みの目の前。だからここで復活した」


 どうやら倒しそこなった訳ではなく、一度復活しただけのようだ。ちょっと安心する。


「じゃあちゃんと俺達の勝利でいいんだな」


「そう。貴方達はロゴスの勝利した」


「ロゴスに勝利かぁ……。つっても久世創が使っていた時には4人でぼろ負けてだったからなぁ」


 どうも本当の意味での勝利にはまだ足りてない気がするのだ。


「それは違う。叔父さんは卑怯な手を使っていた。あの時のは本当の実力じゃない」


「卑怯な手?」


「そう。ミュトスにボク達の行動予測をさせていた。叔父さんはただそれに従って動いていただけ」


 マジかよ。「この世界を知り尽くしてる俺にとっちゃ、些細な挙動の癖から次の行動を予測するなんて朝飯前なんだよ」なんてしたり顔で語っていた久世創が、その実ただのチート野郎に過ぎなかったとは。


「何よそれ! あれだけ偉そうな事言っといて! ホントムカつく奴よねアイツ!」


 全くもって同意だ。人類にとっては救世主なのかもしれんが、あれほどムカつく男もそうはいない。


「そもそも叔父さんはゲーム開発だけでなく、セカンドアースの開発なんかでも忙しかった。ゲームを実際にプレイしている時間なんてほとんど無かったはず」


 言われて見れば確かにそうだ。奴が手掛けている分野は多岐にわたる。その上ゲームを極めるなんて真似はいくら天才であっても無理だろう。


「なるほど、確かにそれは道理であったな。どうして我々はそれに気付かけかったのか……」


 そこには世紀の天才である久世創ならば、もしかしたらそれくらい出来るかもしれない、なんていう卑屈な思い込みが存在したのかもしれない。

 だとしたら少し情けない話でもある。俺達は自身が積み重ねた日々を自ら否定していた事になるのだから。天才と言うだけで簡単に乗り越えられる程、俺達の過ごした時間は決して軽くはないはずだったのに。


「そう深く考えなくていいんじゃない? 次に久世創と会ったときは、卑怯な手を使わせないでボコればいいだけよ!」


 もっとも奴は既に死んでしまっているんだがな。


「まあ、それもそうか」


 そもそも久世創の事で一々思い悩むだけ損というものだろう。それこそ奴の思う壺かもしれないしな。


「……あれは放っておいていいの?」


 そうして納得している俺達に対し、ヴァイスがポツリとそう呟く。

 その指差した先には、鎖に縛られボールギャグで口を塞がれたルシファーとサタンの姿があった。


「「「あっ!」」」


 勝利の余韻に浸り過ぎてか、3人とも彼女達の事をすっかり忘却の彼方へと追いやってしまっていたようだ。慌てて拘束を解いてやる。


『ぷはぁー、やっとで解放されたぜ』


『流石にこの扱いは少々酷くはありませんか? というか絶対にわたくし達の事を忘れていたでしょう?』


 ジト目で睨み付けて来るルシファーに対し、俺達はただ目を逸らすしか出来ない。


『はぁ、まあいいです。兎も角おめでとうございます。これでセカンドアースへ向かう為の障害は完全に取り除かれましたね』


「……だといいけどな」


 こうして油断した所を狙うのが、久世創のやり口だ。いやまあ死んでまで流石にそれは無いとは思うのだが、どうにも警戒するのが癖になってしまっているな。


「安心して。叔父さんはもう悪さは出来ない」


 だがそんな疑心暗鬼に俺達にヴァイスがそう告げる。


「それはどのような意味なのだろうか、ヴァイス君」

 

 普通に受け取れば、死人には何も出来ないという意味なのだろうが、どうにも言い方からして少し違うように感じられる。


「……行こう。人類の新天地、セカンドアースへ」


 だがその質問にヴァイスは答えず、歪みの方へと指を差す。


「……そうだな。我々の本来の目的はそれなのだからな」


 通行ルートの確保という目的は、もうほとんど達せられたと言っても良かったが、ここまで来た以上、セカンドアースの世界へと行かずに帰るなんて選択肢はもはや無かった。


「どんな世界なのかしらね。現実に近いとは聞いてはいるけれど」


「まあ実際に行ってみれば分かるさ」


「それもそうね。じゃあ、ちゃっちゃと行きましょ」


「だな。じゃあ行くぞ、それっ」


 歪みの前に並んだ俺達は一斉に、その中へと飛び込むのだった。


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