6 ミュトス社
多くの隣国を失ったことで、増々ガラパゴス化が加速していく日本という国家。
その首都たる東京の中心部では、半世紀以上も昔からずっと林立しているビル群が、今なお増殖を続けている。
ミュトス社の本社ビルは、その一画にひっそりと建っていた。
VRテクノロジー関連事業の最大手であるミュトス社。
元々は世界有数の資産家でもあった現社長の語部森羅が、久世創という一人の天才の力を世へと知らしめべく設立された会社である。
ミュトス社は、創の持つ数多の最新鋭技術をフル活用し、既存のVRの常識を次々と塗り替えながら、僅か数年で業界最大手の座に君臨する。
そして現在、ミュトス社はVRマシンの究極系たるネオユニヴァースの販売を開始した。
それに僅か遅れる事3ヶ月。対応ソフトである世界初の本格VRMMO、ラグナエンドオンラインを世へと送り出したのだった。
◆
世のゲーマー達からの期待を一心に受けて、満を持しては販売が開始されたラグナエンド・オンライン。だが、その発売当日に、前代未聞の大問題を引き起こしてしまう。
開発チームの副責任者である私――北神陽子は、問題の発端となった人物に事情を問い質すべく、開発フロアの一室を貸し切っていた。
「創! あなた、一体なんて事してくれるのよ!」
部屋の入り口がきちんと施錠されている事を確認した私は、開口一番にそう叫んだ。
「まあそう怒るなよ、陽子。眉間に皺が寄ってるぞ? それじゃあ、折角の美人が台無しだぜ?」
対する創はというと特に堪えた様子もなく、寝ぐせ頭を掻きながら平然と笑みを浮かべている。
そんな彼の余裕な態度を前に、私のイライラは増していくばかりだ。
「あなたねぇ……。サービス開始直後のやらかしが今後にどれだけ響くか、全然理解してないでしょう!?」
私が創に対して怒っている原因は、突き詰めればただ一つ。
つい数時間前にラグナエンド・オンラインで発生した前代未聞の不具合を発生させたこと――では無く、その際に彼が被害者であるプレイヤーに対して取った、あまり酷い対応についてであった。
「そりゃあ、創だって人間なんだし、偶にはミスする事があるのは理解出来るわ。でもっ、だからって、閉じ込められたプレイヤー達を無駄に煽るような真似をしてどうするのよ!」
ラグナエンド・オンラインで発生した不具合とは、プレイヤーがゲームから自力でログアウト出来ないという致命的なバグだ。
だけど、私はその事自体には怒りを感じていないし、責めるつもりも全く無い。
今回のミスの責任は、責任者である創だけではなく、REO開発チーム全体の問題だ。私自身、副責任者という重要な役職についており、彼と共に責任を取る立場にある以上、その事で彼の糾弾など出来ない訳が無いのだ。
にも拘わらず、現在私が創に強い口調で文句を言っているのには、それ相応の理由があった。
あれは問題が発覚し、社内が大混乱に陥っている真っ最中の事だった。
対応を協議するべく責任者である彼の姿を探した私は、彼がゲームマスター専用アカウントを用いて、内部に干渉を仕掛けているのを発見してしまう。
そして事もあろうか彼は、ログアウトが出来ているプレイヤー達を一箇所へと集め、その不安を煽り立てるような行為に及んでいたのだ。
幸い、私がすぐに気付いたお蔭で、大問題に至るのはどうにか避ける事が出来たものの、一歩間違えれば、ミュトス社そのものを破滅させかねない行為であった。
「ああ、あの時の話か。折角あれだけ御膳立てしたんだから、どうせなら最後まで言わせて欲しかったぜ」
だが私の追及に対し、創は悪びれる様子もなくそう答える。
そんな彼の言い様から、私はある考えへと思い至ってしまう。
「ちょっ!? 創……。あなた、まさか……。あのバグをワザと発生させたの!?」
思わず身体を震わせながら確認の視線を送るが、彼の表情に特に変化は見られない。
だがそれが、無言の肯定を意味する事を私は過去の経験から知っていた。
「はぁ……。昔からずっとふざけた人だとは思ってはいたけれど、まさかここまでとはね……」
同時に、なぜそんな真似をしたかについて、彼が語るつもりは無いという事も察した私は、これ以上の追及は諦めて、問題の対処へと話を移す事にした。
「でもこれで少し納得がいったわ。大体こっちのサーバーを落としてしまえば、それで全員の強制ログアウトが出来た筈よね? なのにそれを実行しないって事は、そうする意味があったって事になるわよね?」
ミュトス社が出した公式見解では、なにやら最もらしい理由をつけて、それが不可能であることを発表していた。
だが、副責任者である私には、それが明らかな嘘である事はすぐに分かった。
創は、時に意味不明な行動を取る事も多いが、その際にはいつも私の理解の及ばない理由が存在しているのだ。そして今回も多分そうなのだろう。
結果、いつも私が胃を痛ませる羽目になる事実は腹立たしいが、その事に文句を言っても無意味なのは、嫌という程理解している。
結局、なんだかんだと言いつつも、私は彼に対しとことん甘いのだ。
「まっ、そういう事になるな」
私の問いに、創は淀みなくそう答えたことで、私はすんなり得心する。
まったく、創は昔からずっとこうなのだ。目的の達成の為ならば、周囲の迷惑など一顧だにする事は無い。
しかし、そんな図太い性格だったからこそ、ここまで実績を積み上げる事が出来たのだろう。
「……それで、このバグはどのくらいで直るの?」
今回の1件を彼が仕組んだのがハッキリした以上、問題の解決にどのくらいの時間が必要なのか、確実に知っている筈だ。
今後の対応を考える為にも、それは聞き出しておく必要がある。
「そうだな。大体1週間ってとこか。それで今必要なデータは一通り集まる予定だ」
彼が一体、何のデータを集めているのかかなり気にはなるが、多分それは私が踏み入っていい領分ではない。
「……この事を森羅さんは知ってるの?」
逸る好奇心を抑え、ただそれだけ確認しておく。
「ああ、他に飛び火しないよう、手を回して貰ってる」
うちの社長である森羅さんは、政財界やメディア関係者など、他にも表裏別なく様々な人物・団体に対して豊富な人脈を有している。
それらを十全に駆使すれば、この程度の問題でミュトス社が大きなダメージを負う事態にはならないと、創は考えているのだろう。
そしてその事に関して、森羅さんの持つ影響力の高さを鑑みれば、正直なところ認めざるを得ないと言うのが私の見解だ。
実際に今回の1件でも、やらかした問題の重大さの割には、各種メディアでのミュトス社に対する非難の声は、異常と表現して良い程に少なかった。
ただ私としては、森羅さんの力を宛てにして、自分からわざわざ問題を引き起こすなんて真似は、あまりして欲しくは無いのだが。
「そう……」
私としてはせめて、問題を起こす前に何か一言欲しかった。
「あー、そのなんだ。お前にも無断でやって悪かったな」
そんな私の心中を察したのか、珍しく創の表情からバツの悪いものへと変化する。
「……別にいいわよ。もし私が事前に知ってたら、絶対に止めてたし。なら、あなたにとって、どうしても必要な事だったんでしょう?」
ただ私は私で、それなりに面倒な性格をしているのも自覚している。
もし事前に知っていれば、例えそれが必要な事であると知ってもなお、私はあれこれ言いまくって、きっと彼を困らせていただろう。
なので悲しい事実ではあるけれど、創が私に対して秘密を持つ事を余り大きな声で批判する事は出来ない。
「……まあ、そういう事になるな」
「はぁ。だったらもういいわ。それよりもこの後、事件の対応についての緊急会議よ。一応責任者なんだから、顔くらいは出しておきなさい」
ただ責任者とは言っても、開発フロアの実質的な指揮者は私であった。
部下達は皆、私の指示によって動いている。なので、創本人が私以外の人間と直接やり取るする事は、ほとんどない。
もっとも、それは彼がラグナエンド・オンライン開発における最高責任者である事実とは、不思議と矛盾はしないのだが。
「はぁ、ったく、しゃーねぇな」
ボサボサの髪を更にクシャクシャと弄びながら、創が立ち上がる。
そんだだらしない姿では、世間のほとんどの人は、彼がかの有名な久世創本人であるとはまず分からないだろう。
それほどにメディアに露出した時の姿と、今の彼の姿は大きく乖離している。
……はぁ、素顔は普通に恰好良いのだから、普段からもう少しちゃんとしてくれればいいのに。
「ねぇ、創。最後にお風呂に入ったのは一体いつ?」
創はゲーム開発に夢中になると、すぐにその辺が疎かになる癖がある。
それが熱意の裏返しだとは理解はしているが、それでも限度はあるだろうと言いたくなる。
「さぁ? いつだったかな?」
「……」
そんな彼を無理矢理シャワー室へと放り込むのも、きっと私に与えられた使命なのだろう。
◆
ログアウトが出来なくなったあの一件――世間ではREO事件などと呼ばれている――から数日後、そちらの問題は概ね収束し解決へと向かっていた。
しかし、休むことなくまた新たな火の手が燻り始めており、その対処へと私は追われる事になる。
「創、ちょっといいかしら……?」
「ああ? 今ちょっと忙しいんだが……」
「いいからっ!」
作業の手を止めない創を無理矢理、机から引きはがす。
こうでもしないと、彼は動かないのだ。
「はぁ、どうしたんだ、一体」
「ねぇ。もしかして、課金ガチャの設定。無断で弄ったりしてないかしら?」
私のそんな指摘に対し、創はただ視線を逸らすばかりだ。
非常に分かりやすい反応だ。これは間違いなく黒だろう。
「はぁ。やっぱり……。その所為で、あちこちから苦情が来てこっちは大変なのよ」
元々課金ガチャについては、SSRの排出率が僅か0.5%というかなり渋い設定の為、ある程度の苦情の声が出る事については、私も覚悟はしていた。
しかし現実は、そんな私の想定など遥か彼方、最早対処さえままならない状況へと陥っていた。
本来、課金ガチャの排出率については、開発費や維持運営費用などを勘案し、社内会議で決定された割合が採用されている。
その内容については、私も事前にちゃんと目を通して、不明な点がないかはきちんと確認済みだ。
にも拘らず、排出率の設定がおかしいという声が方々から上がっているのは、一体どういう事なのか?
私の疑いの眼が、最終的な排出率の設定権限を唯一持っている創へと向けられたのは、ある種当然の成り行きと言えるだろう。
「……いや。俺は間違った設定を正しただけだぞ?」
創は胸を張ってそう反論するが、そんな言葉は言い訳にすらなっていない。
「ともかく、一体どんな設定にしたのか詳しく教えて頂戴」
創の反論を黙殺し更に強い口調で問い詰めると、渋々ではあったが自身が変更した課金ガチャの設定を吐いていく。
・本来の設定
SSRアイテム排出率: 0.5%
SRアイテム排出率: 4.5%
Rアイテム排出率:95.0%
・実際の設定
SSRアイテム排出率: 0.5%
SRアイテム排出率: 4.5%
Rアイテム排出率:95.0%
「成程ね。各レアリティの排出率については、特に弄ってない、と……」
SSRそのものが表記よりも出辛いのでは無いかという苦情も少なからずあった為、それについても疑っていたが、どうやらそちらに関してはプレイヤーの勘違いだったらしい。もっとも0.5%(1/200)などという低確率では、かなりの数を回さないと結果が収束しない為、人によっては排出率の設定に疑いを持ってしまう事自体は十分に有り得る話だ。
「一番問題になっているのは、各レアリティ間の排出率の格差よ。それについてはどうなの?」
「あー、まあ。確かにそっちは弄ったな。つってもSSRのを少しだけだぞ?」
「一番重要なSSRを下手に弄っちゃダメでしょ! そりゃ苦情も来るわよ……」
創の言い様に呆れつつも、その詳細について更に問い質していく。
・本来の設定
アバター解放SSR武器( 7種類):0.5%×20%=0.1%
アバター無しSSR武器(14種類):0.5%×40%=0.2%
幻獣(14種類):0.5%×40%=0.2%
・実際の設定
アバター解放SSR武器( 7種類):0.5%×10%=0.05%
アバター無しSSR武器(14種類):0.5%×45%=0.225%
幻獣(14種類):0.5%×45%=0.225%
といった具合に、本来ならば各アイテムの排出率は、同レアリティ間ならば全て同じという設定の筈だった。
しかし現実は、アバター解放SSR武器の排出率が、本来の半分に設定されていたのだった。
「半分とはまた思い切った事するわね……」
SSRの中でも、実質的な当たりであるアバター解放SSR武器の排出率を、創は独断で半分に下げてしまったのだ。
これにより、ただでさえ1/1000という酷い確率だったのが、1/2000へと更に下方修正されてしまっている。
この事実がもしプレイヤー達に知れ渡りでもすれば、苦情の嵐が私達へと襲い掛かるのは、まず請け合いだ。
だが、残念な事に今回の1件の根深さは、この程度ではなかった。
「でも、弄ったのはそれだけじゃないわよね?」
「ん? ああ、そうだな。各アバター毎の排出率について、俺がきちんと正しい値に調整しておいたぜ」
「何、自信満々に言ってるのよ! もうっ、お願いだから、あんまり勝手な事ばかりしないでっ!」
胸を張ってそんな馬鹿な事を言う創に対し、私は思わずそう叫ばずにはいられなかった。
「……それで、一体どんな風に弄ったのよ?」
そんな私の問いに対し、創の口から恐ろしい事実が語られる。
・本来の設定
ソル:0.1%÷7=0.0143%
ミカエル:0.1%÷7=0.0143%
シヴァ:0.1%÷7=0.0143%
トリスタン:0.1%÷7=0.0143%
ガイア:0.1%÷7=0.0143%
サタン:0.1%÷7=0.0143%
トール:0.1%÷7=0.0143%
・実際の設定
ソル:0.05%× 1%=0.0005%
ミカエル:0.05%×10%=0.0050%
シヴァ:0.05%×12%=0.0060%
トリスタン:0.05%×14%=0.0070%
ガイア:0.05%×21%=0.0090%
サタン:0.05%×21%=0.0105%
トール:0.05%×21%=0.0120%
「これは……。ちょっとどころじゃなく酷いわね……」
ビックリする程の無茶苦茶な設定に、ただ唖然とする他ない。
本来ならば均等である筈の、各アバターの排出率が、実際にはそれぞれ異なる値で設定されていたのだ。
特に注目すべきは"ソル"の排出率であり、なんとたったの0.0005%(1/20万)しか無いというのだ。
課金ガチャは1回500円であるので、確実に引けるよう20万回引くとすれば、なんと1億という途方も無い大金をつぎ込む必要があるのだ。
しかし、実際に20万円分の課金ガチャをやったとしても、それで実際にソルを引き当てる確率を試算すれば、せいぜい6割しか無いのが現実だ。
どうしてそんな事になるのか、その原因は課金ガチャの仕様のせいだ。
ラグナエンド・オンラインにおける課金ガチャは、現実に存在するガチャとは異なり、何度引いたとしても母数が減らない為、確率が変化しないからだ。
より分かりやすく言えば、現実に存在するガチャの場合、ガチャボックスの中に999個の外れと1個の当たりが入っていたとして、1個外れを引くことに当選確率が上昇していき、1000回引けば確実に当たりを引ける。だが、ラグナエンド・オンラインにおける課金ガチャでは、何度引こうとも箱の中身が減少しない為、当選確率の上昇が起きない。その為、もし運が悪ければ、何度回しても一向に当たりを引けないという事態が起こり得るのだ。
「ねぇ、創。あなたもしかして、実はもの凄く馬鹿なの?」
余りに酷い設定を臆面も無く実行した創に対し、私は酷く冷めた声でそう告げる。
「あー、いやだってさ。そう簡単に"ソル"を手に入れて欲しくないじゃねぇか。だって、あのアバターは俺が全神経を込めて作り上げた最高傑作だぞ?」
これは世間では知られていないが、実はラグナエンド・オンラインに登場するほぼ全てのキャラクターデザインは、その原案を創本人が描いている。
創が担当しているのは仕事はそれだけではなく、各キャラの能力やスキルの設定、基幹プログラムの開発など、多岐に渡っており、ハッキリ言って彼の手が入っていない要素など、どこにも無いと言えるほどだった。
だが当の創本人はというと、どうもその現状に対し不満を抱いているようなのだ。
というのも、彼は元々ラグナエンド・オンラインを、全てたった一人だけで作り上げるつもりでいたそうなのだ。
だが当たり前の話であるが、ラグナエンド・オンライン程の大規模なゲームを独力で作り上げる事など、まずもって不可能である。
必然、ある程度の作業を他人に任せる事になるのだが、その事が彼はどうにも気に入らないらしい。
そんな中にあって、"ソル"というアバターは、唯一原案だけではなく、彼一人が最初から最後まで手掛けたアバターだそうだ。
その所為なのか、創の"ソル"に対する思い入れは並々ならぬ物があった。
そういった裏事情も関係し、自分は間違った事はしていないと勢い良く主張する創。
「はぁ……。その様子だと、私がなんと言おうとも意見を曲げるつもりは無いんでしょう?」
今のように強硬な態度を取った創を説得する事の困難さを、私は良く理解していた。
単に口で言い負かすだけならば、多分出来るだろうが、それでは彼は納得してくれない。
そして最終的な権限の全てを創が握っている以上、きちんとした納得が得られなければ、口論の勝敗になどあまり意味は無いのだ。
「そうだな。俺は、あのアバターには、それだけの価値があると確信しているからな」
「ホントあなたって……。分かったわ。でも、このままだと間違いなく大炎上して、大騒ぎになるわ。それはどうするつもり?」
現時点ですら苦情のメールはかなり多いのだ。
対策無く放置すれば、こちらの対応部署がパンクする恐れもある。
「別にいいじゃねぇか、いくらでも騒がせておけば。個別の排出率について表記していない以上、なんとでも言い逃れは出来る筈だ」
各アバターの個別の排出率に関して、特に公表していた訳でなく、また特別、均等である事を謳っていた訳でも無い為、法律上はグレーであっても黒では無いという言い分だ。
「消費者庁なんかへの対応はどうするの?」
「そっちは森羅の奴に頼んでいる」
万が一にもこの問題に対して動かないよう、根回しをお願いしたという訳だ。
そしてそれが可能なほどに、森羅さんの持つ権力は強い。
政治の腐敗が感じられるが、凡庸な一国民たる私にはどうしようもない事だ。
「はぁ、森羅さんも大変ね……」
一回り以上も年下に良い様に扱われる森羅さんに対し、つい同情の声が漏れてしまう。
「頼ってやらないと、逆に凹むような奴だ。このくらい適当で良いんだよ」
「まあ、それもそうかしらね」
仮にも社の最高責任者に対し、こんな雑な扱いをしていいのかと思わないでもないが、本人がそれで満足している以上、余りとやかく言うのは野暮というモノである。
「さてと、事情も大体把握出来た事だし、私の方でも出来る範囲で手を打ってみる事にするわ」
水際での防止策がちゃんと事前に組まれている事が判明し、とりあえず一安心だが、それでも私の仕事が無くなる訳ではない。
私がちゃんと頑張らないと、会社は存続出来ても、このままでは部下達がストレスで倒れてしまう。
「悪いな。まあなんだ、その。陽子には色々と押し付けて済まないとは思ってる」
珍しく殊勝な表情を浮かべて、創がそう呟く。
偶にそんな表情を見せつけられるから、きっと私は彼から離れられないのだろう。
自分のちょろさに、嫌になる。
「いいわよ別に。もう慣れちゃったわ。それよりも、またちょっと匂うわよ?」
数日前に私がシャワー室に放り込んで以来、創が服を着替えた様子は見られない。
まったく、そんなズボラな所はいくら指摘しても一向に直る気配が見えないのが困りものだ。
「そうか。そうだな、ちょっと風呂行ってくるわ」
また無理矢理にでも連れて行く必要があるかな? などと考えていたら、意外な言葉が返ってきた。
いつもと少し異なる創の態度を訝しむが、生憎とその理由に心当たりは無い。
「そ、そう。それじゃ私は仕事に戻るわね」
結局、私はそう言って創の元から去るのだった。
そんな私の後ろ姿を、ジッと見つめる視線の熱に気づくことも無く……。