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9 新天地へ

 各世界のダンジョン攻略を終え、ついに新天地セカンドアースへと向かう為の鍵を完成させた俺達。


『お疲れ様です。こちらの予想よりも随分早く終わりましたよ。流石ですね皆様』


 ルシファーがそう誉めそやすも、あまり浮かれる気分にはなれない。

 なんだかんだといいつつ、あれからもう1ヶ月以上が経過してしまっていた。アダプテーションによる被害者は恐ろしい数となっており、各都市はもはやどこも廃都と化していたからだ。ネット上でのプレイヤー達の怒りはついに爆発し、現実へと波及してしまっていた。

 勿論それらも大いに心配ではあったのだが、しかしそれ以上の心配事が今の俺達には存在していた。


「結局、ヴァイスとは連絡が取れないのよね。心配だわ……」


 そう呟くルクスの表情は目的を達成したばかりとは思えない程に暗い。

 だがそれも無理からぬ話だろう。俺達の大切な仲間であるヴァイスの行方が分からなくなっていたのだから。


「白木院家の方でもヴァイス君の行方は掴めないようだからな。一体何処へ消えたというのか……」


 心配になったネージュがヴァイスの捜索を本家へと依頼するも、成果は芳しくなかった。

 そこで俺達はルシファーを通じてミュトスへと助力を依頼する。世界を支配下に置く彼女の力であれば、ヴァイスの行方を探るのは容易だろうと思ったからだ。

 幸いにしてその願いは聞き入れられたのだが、しかし結果は無情なものであった。


『まさか女神様でも見つけられねぇとはなぁ。あいつホントにこの地球上にいるのか?』


 サタンの冗談めいた呟きも、ミュトスの権能を鑑みれば冗談には聞こえない。


「けど、そんな事有り得るのか?」


『わたくし達には何とも。現実世界の情報については基本的な事項以外は共有しておりませんので……。ただ女神様の裏を掻ける相手など限られていますね』


「……スコルハティかっ」


 ネージュが苦虫を嚙み潰したような表情でそう吐き捨てる。


『ええ、恐らくは……。ただ彼らがヴァイスさん――いえ天河家の皆様を誘拐するような動機は何なのか……。あるいは……』


 行方が知れなくなったのは、ヴァイスだけでなくその両親さえも同様であったのだ。


「なぁ、ヴァイスの両親に何かあるのか?」


 特に母親については久世創の実の姉なのだ。何らかの特別な事情が存在する可能性も十分あり得る。


「……諜報部の身辺調査では特筆すべき事は何も無かったはずなのだが、正直あまり当てには出来ぬだろうな」


 本人たちに言われるまで久世創とヴァイスが叔父と姪の関係である事すら掴めなかった訳だしな。とはいえその事で彼らを無能と責めるのは酷な話だろう。何と言っても相手は生粋のチート野郎な訳だしな。


『やや裕福ではありますが、それも一般家庭の範疇に十分に収まる範囲かと。どちらかというとヴァイスさん個人の経歴の方がよほど特異だと言えますね。恐らく久世創から何らかの指導を受けたのでしょうが、複数の特許を取得しており結構な個人資産を有しているようですし』


 何気に仲間内ではネージュの次に課金していたのはヴァイスであったのだ。その資金の出所が今更ながらに判明する。そういったリアル関連の話は基本あまりしないようにしていたし、元々無口な事もありヴァイスのそう言った話を聞いた事はこれまで無かったのだ。


『女神様が本腰を入れて目下再調査中ですので、もう少しお時間を頂ければある程度事態はハッキリするかと思います。少なくともスコルハティの関与が本当にあったかどうかは確実に』


 バラ―ディアが耶雲家の力を借りて建てた山奥の研究所がそうであったように、ミュトスの監視の目も決して完璧では無いのだ。万全を期するには多少の時間が掛かってしまうのも已む無しか。


『まっ、そう言う訳だから俺達は俺達でやるべき事をちゃっちゃと済ませちまおうぜ』


 俺達のやるべき事。それはセカンドアースへと至るルートの確立だ。


「……そうだな。ヴァイス君の事はミュトスに任せるとして、そうすべきが建設的であろうな」


 鍵は既に手に入れた以上、後は入場門を開きそこを潜るだけなのだが、恐らくそう簡単には進まない事が予想される。


「十中八九、扉を守るボスとかがいるわよね……」


「だな。それもかなりヤバい奴だろうな」


 鍵を守るボス達はどれも大概な敵ばかりであったが、恐らくはそれ以上だと見積もるべきだろう。一体何度死ぬことになるのか、それを思えばもうすでに気が遠くなってしまいそうだ。


 ◆


 そうして俺達がやって来たのは、タワーオブバベルの最上階だ。

 ルシファー達によれば、ここからセカンドアースに繋がる門へと向かえるのだそうだが。


「ねぇ、その門ってのがどこにも見当たらないんだけど?」


『実は鍵というのは言葉の綾なのです。この"世界樹の種子"をこのタワーオブバベルの最上階へと植える事で、セカンドアースまで続く巨大な世界樹が誕生するのです』


 各世界から集めた種子を合成し"世界樹の種子"というアイテムが生まれた。


『この大樹は世界の境界さえも超えて際限なく成長します。そうして2つの物理法則すら異なる世界を接続するのです』


 どうもこのアイテムは扉を開く鍵などではなく、それ自体が世界間を繋ぐ存在だったようだ。

 てっきり世界間の移動には、転移魔法陣を用いるのだとばかり思っていたので、少し意外な事実であった。


『転移魔法陣なんて魔法的な物が通用するのはこちら側の世界だけです。セカンドアース側はほぼほぼ現実に即した世界ですから』


 分かったような分からないような微妙な話である。現実には世界を繋ぐような馬鹿デカい大樹は存在し得ないだろうよ。


「ふむ。人工物であるバベルの塔は、神の領域へと到達する前にその怒りに触れて倒壊したが、世界樹のような天然の存在であれば、神の眼を掻い潜る事も可能と言う事か」


 何やら神話と目の前の事象をごっちゃにして良く分からない考察を述べているネージュ。


「なんでもいいから、サッサとその虹の橋やらを出してよ。どうせその先に門番とかいるんでしょうし、早めに一度戦って情報を得ておきたいわ」


 一方でルクスなんかは理解を放棄して、完全にゲーム攻略モードへと移行している。


『そうですね。では早速種子を植えるとしましょう。成長までに多少時間が掛かるはずなので、なるべく早い方が良い事は間違いないでしょうし』


 一応は植物である以上、いきなりドーンと成長する訳には流石にいかないようだ。そういう所ばかり無駄に細かいのがこのゲームの良い所だが、時には欠点にも成り得る。


『イツキ様、お願いします』


「はいよ」


 俺はインベントリから"世界樹の種子"を取り出す。


「どうするんだ?」


『ここら辺に埋めて下さい』


 俺はルシファーに指示されるがままに、世界樹の種子を埋めていく。

 前回ここに来た時は気付けなかったが、実は天井がちゃんと開閉式になっていた。どうやら建造時点で既に世界樹を植える予定が存在していたようだ。


「っておおっ!?」


 埋めてから僅か数十秒もしないうちに発芽が始まり、みるみるうちにその背を伸ばしていく。


「……もう天井まで届いたのね。どんな成長速度よ」


 まあ仮想世界だからなんでも有りなのかもしれないが、リアルな造形の植物がうねるように成長していく様は、少し不気味であった。


「もう天辺が見えなくなってしまったな」


 30分程そんな光景を眺めていたら、上部分が完全に見えない高さまで到達していた。


「なぁ、後どのくらいでセカンドアースとやらに繋がるんだ?」


『そうですね。後1時間くらいかと』


 まだ1時間もあるのかと言うべきか、あるいは後たったの1時間と言うべきなのか。

 2つの世界を隔てるのが単なる距離だけならば、成長速度からその推測も容易いのだろうが、全く別の世界を繋げるというのだから、抽象的過ぎて想像が及ばないのだ。


 結局、雑談などをして時間を潰した俺達。

 そして遂に世界樹は目的の場所まで成長を果たしたのか、そのうねりを止めた。


「お、なんか変化し始めたぞ」


 動きを止めた世界樹に今度はその構造そのものの変化が生じ始める。樹木そのものであった表面が、徐々に岩石にような質感へと変化していく。

 そしてそれはゆっくりと石橋のような形状へと変貌を遂げていく。


『これこそが、2つの世界を繋ぐ架け橋――ビフレストです』


「ふむ。神話を体現したかのような美しさだな」


 虹の橋という異名そのまま、7色に彩られた美麗な吊り橋がそこに屹立していた。


「でもこれって、渡るのかなり大変じゃない?」


 そうなのだ。上へと真っ直ぐに伸びた世界樹がそのまま変化したため、橋は90度に傾いてしまっており、このままではとても渡れそうにない。


『ご安心を』


「そんな事言われてもねぇ」


 先が見えない橋をよじ登る事を想像すると、不安を覚えるなというのは無理な相談だ。


『実際に渡り始めればすぐに分かりますよ』


「けどねぇ」


「ルクス君。ここは一つ、ルシファー君の言葉を信じてみるとしようじゃないか」


 ネージュの執り成しもあり、俺達はとりあえず橋の入り口へと移動する。


「ってあれ、何これ!?」


 そこへ移動した瞬間、突如天地が横倒しになったような感覚に襲われる。


「なるほど、その付近のみ重力が橋に対して垂直に働いている訳か。これならば確かに心配はないな」


『ええ、これだけ長い橋ですから、それなりの配慮は当然為されている訳です』


 まあじゃないとわざわざ橋の形状に変化した意味無いしな。単によじ登るだけならば、樹木のままの方がとっかかりが多い分マシだろうし。


「それじゃあ早速出発しましょう」


 俺達は虹の橋を歩いていく。

 天へと歩いて登っていく事に違和感を覚えたがそれも最初のうちだけだ。高度が上がるにつれて、アースガルドの大地の全容が徐々に見えてくる。


「やはり球状だったのか」


 遠くに見える大地が僅かずつだが丸みを帯び始める。


『ええ。10の世界はそれぞれが球状の星となっています。そしてそれらはいわば一つの宇宙の中に存在しています。対してセカンドアースは全く別の宇宙に存在している訳ですね』


 そんな呑気な会話を交わしつつ俺達は更に橋を進んでいく。


「……これはすごいな。初めて宇宙に出た者も同じ想いを抱いたのだろうか」


 気が付けば惑星全体を一望できる程の高さまで俺達は到達していた。眼下へと視線を送れば、そこには様々な色で彩られた美しい球体が存在していた。アースガルドはミッドガルド同様に緑が多い土地であり、だからかその美しさは形容しがたい神秘性さえ伴っているように感じられる。


「ふむ。アースガルドにも海は存在するのだな」


 多くが緑に染まっている中に、水の存在を示す青も確かに存在していたのだ。


「そう言えばアースガルドってまだほとんど探索してないのよね」


 俺達以外のプレイヤーに至っては、まだ足を踏み入れてすらいない以上、その全容はいまだベールに包まれたままだった。だがこうして高みから見下ろす事で、それもある程度は知る事が出来た。


「攻略を楽しむ時間があればいいんだけどね」


 折角広大な未開の地が存在しているのに、今後の展開次第ではもう探索をする事が叶わなくなる可能性があるのだ。

 そうなってしまえば寂しいと感じるのは、ゲーマーとしてはある意味当然の思考とも言える。


「おっ、あれってまさか?」


 更に橋を進みより高みへと登れば、アースガルドだけでなく、それ以外の星々の姿が見え始める。


「あの赤いのは多分ムスペルヘイムよね?」


 炎の色で真っ赤に染まった球体がそこには見える。


「うむ。あっちの青白いのは恐らくニヴルヘイムだろうな」


「何というか……ただただ壮観という他ないな」


 一つの宇宙の中に複数の世界が共存を果たしている。いつかは転移魔法陣を使わずとも、10の世界間それぞれの行き来が可能になるかもしれない。そんな予感を覚えるような希望に満ち溢れた美しい光景がそこには広がっていた。


 こうして初めて遠くから眺めた各世界の姿だったが、不思議と既視感を俺は覚えていた。


『ああ、チュートリアルでチラッとだけだが、全プレイヤーが見た事あるはずだぜ?』


「ああ、あの時か」


 そう言えばゲーム開始時にいくつもの世界の全容を見せられたが、その光景が今眺めているものと正に同じであった。


「そう言えばあの時、ガイドの声から『どうか世界を危機から救って下さいませ』なんて言われたけど、まさかホントにそうなるとはな」


 あんまり実感は薄いのだが、セカンドアースへと繋がる道が確保されなければ、この先の人類に生きる道は無いのだ。


「そうね。ゲームのストーリーの話とばかり思っていたけれど、まさか現実の話なんてね」


『恐らくですが久世創の意向によるものでしょうね。このゲームにメインストーリーが設定されなかったのも、恐らくそれが原因です。久世創にとってのこのゲームのメインストーリーはきっと現実での出来事そのものだったのでしょう』


 久世創にとっては、ゲームと現実の境など無いに等しかったのかもしれない。いや、その境界を取っ払うべく彼は必死に動いていたのだから、むしろ意識的にそんな態度を取っていたと見るべきか。


『各アバターについても同様です。現実の神話をモチーフとしながらも、敢えてそれぞれにキャラクター性を持たせなかった。これはプレイヤーに当事者意識を持って欲しかったからなのでしょう。久世創は神々を敢えて単なるアバターとして扱う事で、その存在を低次元へと貶めました。そしてプレイヤー達にそれを纏わせる事で神へと成り代わった感覚を与え、新たなる神話がこのゲーム内で紡がれる事を望みました。そうする事によって人類は古き時代の神々と同じ立ち位置へと上り詰める事が出来るのではないか、そう考えたのでしょう。だからこそこのゲームは、ラグナロク――神々の運命を意味するその言葉に、終わりを意味するエンドを加えて"ラグナエンド"と名付けられたのです』


 そこには恐らくは、スコルハティという神々による支配を終わらせたいという意図も含まれている、そんな気がする。


 なんというか、色々と考えさせられる話だ。

 結局のところ人が神に縋るのは、自分では成し得ない何かを代わりにやって欲しいからだ。だがそうして何かに頼っている限りは、決して自身では何も成し得ない。スコルハティという神々の楔を解き放つには、自らが彼らと同列の存在へと上り詰め、宇宙やより高次な空間を統べる事が出来る存在となる必要があるのだ。

 そうでなくては、本当の意味での人類の自立はきっと成立し得ないのだろう。久世創はその事を理解していたからこそ、ただ人類を救うだけでは満足せず、更にその先の展望を開くべく足掻き続けたのだろう。


『さて、そろそろ終着点も近いようですね』


 タワーオブバベルが存在するアースガルドの大地もすっかり遠くなっていた。

 一方で橋の遥か先の方には、何か空間の歪みのようなものが見えていた。


『あの歪みこそがセカンドアースが存在する世界との接触点です。そこを抜けた先には現実のものにより近い別の宇宙が広がっているはずです』


 歪みを抜けた先に、セカンドアースが存在する。即ちあの歪みこそが世界間の境界門と呼ぶべき存在のようだ。


「だがその前に一仕事果たす必要があるようだな」


 ネージュの言葉の意味は俺にもすぐに理解出来た。歪みのすぐ手前に人影が存在していたからだ。

 あれを倒さないと、きっと俺達は先には進めないのだろう。いわば最後の試練という訳だ。


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