8 世界を巡る
ルシファーとサタンの2人と合流し、10の世界それぞれにあるダンジョンに隠された鍵を探す事となった俺達。
「やっぱヴァイスとは連絡が取れないのか?」
「うむ。葬儀は既に終わっていると思うのだが、まだ何かと忙しいのだろうな。一応事情を簡単に記したメールを送っておいたので、そのうち連絡があるだろう」
今回の攻略にはダンジョン探索に際して最も頼りになるヴァイス抜きで行う必要があるらしい。代わりの盾役はルシファーが務める事となるが、やはりどうしても不安は残る。
『今回の攻略に際しては、わたくしたちの支援にはあまり期待しないで下さいね』
追い討ちを掛けるが如く、攻略前の打ち合わせの際に突然そんな事を言い出すルシファー。
『目的のダンジョンの入り口までは案内できますが、以後は私達もあなた方と何らか変わりない立場となります』
「……なるほど、我々と同じプレイヤー用のアバターを使っている訳か」
『ええ。今回の目的地は女神様の統制外ですので、ボスの身体のままでは侵入出来ないのです』
まあボスキャラが簡単に味方に加わっていたこれまでの方が逆に異常だったと思うべきだろう。
「……うーん、それだと時間足りなくない? 私達にえっと、アダプなんたらとかいうアイコンが活性化するまで、あんまり時間が無いんでしょう?」
概算になるが後10時間も猶予は無いはずだ。
『アダプテーションですね。それについてはご安心を。女神様が活性化を一時的に防止する処置を講じていますので』
「ふむ。そのついでと言ってはなんだが、現在の被害者たちの救済は出来ないのだろうか?」
後々にはプラスになるとは言っても、現状では単なるクソ厄介なDEBUFFに過ぎないのだ。それが出来るに越したことは無い。
『……難しいでしょうね。あなた方のように活性前ならばどうにかなるかもしれませんが、既に活性化してしまった方はセカンドアースへと移動するまでは我慢してもらうしか……』
「ねぇ、ちょっと思ったんだけど、そのセカンドアースとやらに移動して症状が治ったとしてもさ、もうこっちの世界には来れなくなるんじゃない?」
話を聞く限り、アダプテーションのBUFFを得る事で、セカンドアース内での活動は自由になるかもしれないが、こっちの世界での活動が出来ない事実には変わりがなさそうに思える。
『ルクス様の御懸念は尤もかと。……本来の計画では、セカンドアースの移住の際にはこの世界は破棄される予定でしたので……』
まあこの世界群はかなりデータ容量を食ってそうだからなぁ。人類が新天地へと移動したとして、その拡張の余地となるデータ容量の空きはいくらあってもいいだろうしな。
「ふむ。感染してしまえば、どう足掻こうともゲームプレイの続行は難しいという事なのか」
セカンドアースへと連れて行けさえすれば、アバターを消滅から救う事は出来るが、ゲームが続けられなければ意味がないと思うプレイヤーもきっと多いだろう。
『……少々お待ちを』
ミュトスか、久世創の代わりを務める事になったバラ―ディア辺りとでも連絡を取っているのだろう。しばしルシファーの動きが固まる。
『……詳細は不明ですが、その辺の問題は女神様とバラ―ディア様がどうにかするそうなので、今は鍵の探索に集中して欲しいとの事です』
「了解した。我々は余計な事は忘れて、ゲーム攻略の事だけを考えるとしよう」
「そうね。それがいいと思うわ」
『んだなー、全くだぜ!』
「お前はちっとは考えろよ!」
しれっと他人事のように抜かすサタンへと鋭いツッコミの一撃を入れる。
『いってぇなー。女の子には優しくしろよなー』
「ミュトスならいざ知らず、お前を女の子とは認めん!」
『ちょっ、酷いなぁおい。一応俺も女神様の分体なんだぜ?』
らしいな。だがそれがどうした。
「悪いな。ぶっちゃけ見た目があんま好みじゃないんだ」
見た目は悪女スタイルなのに、中身はサバサバ系なサタン。好きな人は好きなのもかもしれんが、ちょっとニッチ過ぎる嫌いがあると思う。少なくとも俺のストライクゾーンの遥か彼方の存在である事だけは間違いない。
『……ホントにぶっちゃけやがった。実はかなり酷い奴だよなお前……』
俺の明け透けな言葉に対し、なんだか少し凹んだ様子のサタン。
『と、ともかく目的のダンジョンへと向かうとしましょうか!』
微妙な空気を払拭すべく、ルシファーがそう促す。
「そうだな。まずはどこへ行けばいいのだ?」
『そうですね。幸い入り口が近くにありますし、まずはそこから攻略しましょうか』
◆
ルシファーの案内に従い俺達が最初に向かったのは"天空城"と呼ばれるダンジョンだった。アースガルドの南の果てに位置し、その名の通り空高くに浮遊する巨大な城であった。
「ふむ。しかし天空城が浮遊する地域とは全く真逆の場所に入り口の転移魔法陣があるとは、またなんとも嫌らしい配置だな」
飛行系のスキルで届くような高度で無い為、直接乗り込むことは不可能であり、だからこそ別の入り口の存在を周辺に求めるのはセオリーであるだろう。だが実際は天空城へと通じる転移魔法陣はまったく逆方向となる北側の地域に隠されていた。
「しっかも、随分と手の込んだ事をしてくれるわね。これって、もしも案内無しだったら、起動するのに下手したら年単位掛かってたわよ」
ルクスが呆れたようにそう言うが、それも無理はない。
天空城の転移魔法陣は、俺達が見つけた時点では不完全な状態にあったのだ。
台座だけが存在し、魔法陣が刻まれた岩盤がそこには存在しなかった。いくつもの断片に分割されて、アースガルド北部全域へと散らばっていたのだ。
「そうだな。普通はこれらが転移魔法陣の断片だとは気付けはしまいよ」
それら断片の一つ一つは一見すれば、何か傷があるただの岩にしか見えないのだ。そしてそれらが、そこらの石ころなどと相混ぜとなって乱雑に放置されていた。よほど注意深い人間でないと、路傍の岩だと判断し重要な存在だと気付けはしないだろう。そもそもこの一帯に出現するモンスター達はかなり強力であり、普通はそこらに転がる岩にまで意識を向ける暇などない。
実際に俺達は、事前に一通りの事情をルシファーに教えられてすら、その探索にはかなりの苦労をさせられたのだから。
『ふぅ、どうにか魔法陣の修復が完了しました」
バラバラとなった大量の断片をパズルのように組み合わせる作業だ。単純ながらピースが多く、、しかも個々の断片の区別があまりつき辛いため、地味に面倒な作業である。
そんな訳で俺やサタンは周辺の警戒を理由にして、その作業をルシファーへと押し付けていた。
「おお、お疲れ。これでやっとで天空城に行ける訳だな」
『はい。ですがここからが本番です。内部の構造については私達も存じていませんし、かなり厳しい戦いになる事が予想されます』
そのルシファーの言葉は正しく、俺達は天空城の攻略に際して何度も死ぬ事となった。それはルシファー達も同様であったが、通常のアバターを使っている場合は、死んでも特に悪影響はないらしい。安心してゾンビアタックが出来るという訳だ。
宙に浮いた不安定な足場での戦闘や、城に仕掛けられたいくつものトラップに苦しめられた俺達だったが、どうにかボス部屋へと到達する。
「その鍵とやらは、この先のボスが持ってるって事でいいんだな?」
『断言は出来ませんが、恐らくそう考えて宜しいかと』
セオリー通りならそうなのだろうが、久世創が造ったダンジョンである以上、ボスを倒しても鍵が手に入らない可能性は考慮する必要がある。
これまでの行いのせいで、この手の事に関する奴の信頼度はマイナスへと振り切れている。いくら疑っても足りないくらいだ。
「何にせよ実際に挑んでみるしか打つ手は無いんだけどな」
俺達以外にまだ誰も訪れた事が無いダンジョンである以上、ボスに関する情報をネット上などで入手する事は不可能。天空城というダンジョン名と、道中の敵に比較的飛行系のモンスターが多かったことから、恐らくボスも飛行系か? といった予測を立てるのが精々なのだ。
「はぁ、そうよね。他のプレイヤーに協力を仰げないのが痛いわね」
鍵はどうやら1個ずつしか存在しないらしく、その全てを俺達が一度に手中に収める必要があるのだ。下手に情報を流して、他のプレイヤーに取られてしまった場合、奪取するのが非常に困難となる。
対価を支払う事で譲ってくれる相手ならばまだ良いのだが、鍵を入手した後でゲーム内にログインしないなどで交渉すら出来ない場合、非常に厄介な事となる。特に絶望病――もといアダプテーションが蔓延している現状、そうなってしまう可能性は決して無視出来ない程に高いのだ。
結局、覚悟を決めてボスへと戦いを挑んだ俺達だったが、案の定と言うべきか、ものの見事に返り討ちにあってしまった。
「何よあれ!? ホンットめんどくさいわね!」
天空城のボスの名はネフティス。怪しげな衣装を纏った妙齢の美女であった。
『彼女はネクロマンサーという未実装のクラスのようですね。アンデッドを使役して戦う少々特殊なクラスです。そのせいか調整が難しく、実装は見送られていたのですが、まさかこのような形で既に実装されていたとはわたくしも存じてはおりませんでした』
常に護衛のヴァンパイア10体を侍らせている上に、倒しても無尽蔵に再召喚を行って補充する。しかもそいつらを1体倒す毎に、ネフティスのHPが大幅に回復してしまうのだ。いかにヴァンパイア共を殺さずにネフティスを攻撃するかが謳われし勝利への鍵となるのだが、このヴァンパイア共、こちらへと鬱陶しい程に纏わりついてくる癖に、物凄く虚弱体質なのだ。範囲スキルは勿論のこと、武器をちょっと振り回しただけで下手すれば巻き込んで殺してしまう程だった。その癖して攻撃力だけは1人前であり、無視する事すら許されないという、なんとも面倒くさい相手なのだ。
「サタンがアホみたいに斧を振り回したせいで、大変な目に合わされたからな」
長い時間を掛けて削り取ったHPが一瞬で回復するなんて事態を何度も繰り返されると、流石に心が折れそうにもなる。
『いやぁ、ははっ、マジすまねぇ……』
本人も今回ばかりは足を引っ張った自覚があるのだろう。すっかり項垂れてしまっている。
「取り巻きも勿論厄介なのだが、それに加えて本体も中々に手強い相手であるからな。攻略にはかなり時間が掛かりそうだ」
『本来のネクロマンサーは、取り巻き以外の戦闘手段は希薄なのですが、恐らくイベントボスとしての能力が加わった結果、あのような厄介な相手になったのだと推測されます』
特に面倒だったのが結構な頻度で放ってきた毒魔法のスキルであった。艶めかしい声を伴って放たれるそのスキルは、発生の予兆がほとんど存在せず、非常に回避が難しい。その上、食らってしまうと確定で猛毒の状態異常に陥ってしまうというおまけ付きだ。
「その上、ラグナブレイクまで使ってきたしね」
ラストチェリオという名の、巨大な漆黒の槍を天空より振り下ろすど派手な技だ。
ラグナブレイクの特徴と言える長い詠唱はそのまま存在し、故に回避するだけなら簡単なのだが、そうした場合別の厄介な問題を生じる事になる。奴のラグナブレイクは特別仕様なのか、詠唱中に無敵状態とならない代わりにHPが高速で回復する状態となるのだ。回復を阻止するには、継続して攻撃を加えればいいのだが、退避のタイミングを見誤ると天空より舞い降りた槍によって押しつぶされて、一瞬でHPを消し飛ばされることになるのだ。というか今回の俺達の死因は正にそれだった。
「ともかく何度も挑戦して、慣れるしか手は無いだろうな」
物凄くウザったい相手ではあるものの、ゲームのボスとしては割と真っ当な相手とも言える。そして真っ当な相手には正攻法で挑むのが多くの場合に最短ルートとなる事を俺は経験から知っている。
◆
苦労の末、天空城の攻略を見事果たし、セカンドアースへと向かう為の鍵となる"アースガルドの種子"というアイテムを手に入れた俺達は、続いて他の世界のダンジョン攻略へと向かう。
ニヴルヘイムのダンジョン――氷晶雪原のボス"スカジ"を撃破して"ニヴルヘイムの種子"を入手。
ムスペルヘイムのダンジョン――溶岩洞窟のボス"ロキ"を撃破して"ムスペルヘイムの種子"を入手。
ヘルヘイムのダンジョン――暗黒神殿のボス"ハデス"を撃破して"ヘルヘイムの種子"を入手。
アルフヘイムのダンジョン――妖精回廊のボス"ティターニア"を撃破して"アルフヘイムの種子"を入手。
スヴァルトアールヴヘイムのダンジョン――闇精洞穴のボス"エレボス"を撃破して"スヴァルトアールヴヘイムの種子"を入手。
ヨツンヘイムのダンジョン――星霜山脈のボス"スリュム"を撃破して"ヨツンヘイムの種子"を入手。
ニタヴェリールのダンジョン――金剛鉱山のボス"ユミル"を撃破して"ニタヴェリールの種子"を入手。
ヴァナヘイムのダンジョン――奉竜殿のボス"ザッハーク"を撃破して"ヴァナヘイムの種子"を入手。
そして最後に向かったのはミッドガルドの世界だ。かつてその地に存在していたユグドラビリンスは、今はその名を世界樹迷宮と変えており、最奥のボスも"ネオ・ユグドラシル"へと進化を果たしていた。
ただでさえ極悪だった各種攻撃に磨きが掛かっており、かつAIもかなり優秀なものへと切り替わっているらしく、俺達を大いに苦しめてくれた。
だが度重なる挑戦を経て、俺達は今度こそ本当に奴に対して、勝利を得る事が出来たのだった。
惜しむらくは、その傍らにヴァイスが居ない事か。出来れば4人でリベンジを果たしたかった所である。
こうして俺達は10の世界に隠されたダンジョン全てを攻略し、無事セカンドアースへと渡る為の鍵をその手中に収めたのだった。




