5 潰えた未来
「さて観測不能な理によって生じる太陽の爆発をなぜ予測出来るのか、という話じゃったな?」
こちらへと顔を向けたバラ―ディアがそう確認をしてくる。
「うむ。どのような理かは知らぬが、人類には観測出来ぬのだろう? ではどうやってその理の存在を知り得たというのだろうか? あまりにも不可解な話ではないだろうか?」
この場合の観測不能というのは、単に目には見えないなどという単純な話ではないだろう。現存のあらゆる観測機器を使ってもなお人類には一切の察知が不可能という意味合いのはずだ。
「その答えは至って単純明快じゃ。実際に太陽が膨張するのをこの目でしかと見たからじゃよ」
「……それはおかしくはないだろうか? 太陽が膨張を始めるのはまだ先の話では無かったのか? それとも我々の知らぬ内に既に膨張を始めているとでも?」
俺達自身が太陽の監視なんかを直接行っている訳ではないので、現実にはそのような緊急事態の兆候が既に見え始めており、久世創辺りがミュトスの力を使ってその事実を隠蔽していたという話なら、まあ理解はできる。
「そうでは無いのじゃ。現時点では太陽の運行や活動などに何ら不審な点は存在しておらぬ」
「ならば、どういう事なのだろうか?」
意味が分からない。太陽の膨張をこの目で見たというのに、今は膨張が始まっていないなどと明らかに矛盾した事を述べるバラ―ディア。
だが次に彼女の口から発せられた回答は、更に俺達を困惑させる内容だった。
「今は太陽の膨張は始まっておらぬ。だが未来ならばどうじゃ? そう、わしは未来における太陽の活動の変化をこの目で見たのじゃよ」
「?? 未来の太陽を見た??」
ルクスが頭に疑問符を乱舞させている。俺だって多分似たような状態だろう。
それほどまでにバラ―ディアの答えは予期し得ないものだった。
「……要するにこう言いたいのだろうか? バラ―ディア君は未来人であると」
「まあ大体そんな認識で概ね合っておるの。もっともわしが10年前に生誕したという事実は変わらぬ。意識のみが未来から過去へと飛んだというべきじゃな。そしてそれは恐らく久世創も同じなのじゃろう、ミュトスよ?」
『……部分的な肯定です。より正確に申し上げれば久世創が未来の彼より継承したのは、一部の記憶のみであり意識そのものは断絶しています』
「……そう言う事じゃったか。道理でわしの知っているあの男とは、あまりにも性格が違いすぎると思っておったのじゃ」
「えっと、話についていけないんだが……」
未来がどうとか……いくらなんでも意味不明過ぎるだろう。
「……話を少し整理しようか。バラ―ディア君は未来からその意識を保持して現代へとタイムリープしてきた。久世創は未来の自分が持つ知識を継承した。そのような理解で間違いなかっただろうか?」
「それで概ね合っておるのじゃ」
合ってるのかよ。言葉の意味は理解出来たが、混乱は増すばかりだ。
『一つ訂正があります。厳密にはタイムリープではなく、起きた現象は未来そのもの消失です』
「未来の消失?」
『久世創と耶雲織枝、2人が現代へと意識を送り込んだ際、その未来は存在そのものが失われたのです』
話がいよいよ明後日の方向へと飛んでいっている気がする。だがネージュなんかは特に普通の表情のままだ。
「ふむ。となると平行世界の誕生などといった事象は起きないという訳だな?」
時間移動が現実のものとなった際に、一番の問題となるのがタイムパラドックスだが、どうやらその心配は無いという話のようだ。
タイムパラドックスは過去へと干渉した結果によって生じる未来との矛盾の事を指す。
例えば"A"と言う人物が自身の産まれる以前に移動し、自身を産む前の親を殺害したとする。そうなると当然"A"が産まれてくることはない。だがそれは同時に親を殺害した人物が存在が消える事も意味し、そうなると"A"が産まれる事となる。そうなると……といった具合に原因と結果の間に大きな矛盾が発生してしまうのだ。
だが"A"が過去へと移動した時点で、未来の存在そのものが失われればそう言った矛盾は発生しなくなる。
『その通りです。消失した範囲については推測になりますが、恐らく耶雲織枝の生誕日付近までかと。それよりも過去へと飛ばされた久世創はその途中に何らかの原因によって意識の伝達齟齬が発生し、記憶だけを継承する結果になったのだと推測されます』
「そうじゃったのか。ならば、やはりわしは単に巻き込まれただけなのじゃな?」
『久世創自身もその辺の記憶が曖昧であり、ハッキリした事は不明ですが、恐らくその認識で正しいかと』
「そうか……」
バラ―ディアが何やら遠い目をして感慨に浸っている。
「ふむ。未来で太陽の膨張による人類の危機を知った久世創が、何らかの手段によってその意識を過去へと送ったと。それにバラ―ディア君は巻き込まれたという事なのだな?」
『肯定です』
「まずその手段とは一体どのようなモノなのだ? どうやれば人間の意識を過去へと送るなどというオーバーテクノロジーが実現可能となるのだ?」
俺の知り得る限り現存の技術だけでは、方策のとっかかりすら存在しないだろう。それ程に今の話はぶっ飛んでいた。
『不明です』
「どういう事なのだ? 久世創がそれを為したのだろう? その原理についてミュトス君は把握していないとでも言うのだろうか?」
『肯定です。意識を過去へと送る技術は、久世創が開発したものではありません。あれは人工知能ミュトスが開発したものなのです』
「……それはどのような意味だろうか? 君が開発したというのなら、何故その原理を知らないなどと言うのだ?」
開発した本人が原理を知らないというのは、確かにおかしな話だ。
『一つ訂正を。その技術を開発したのは私ではありません。未来において久世創が作り上げたオリジナルの人工知能ミュトスです。私は現代の久世創が継承した記憶によってそれを再現した存在に過ぎません。異なる進化を遂げた今となってはもはや別個の存在と言えるでしょう』
同じミュトスの名を冠していても、実態は別物って事なのか。なんともややこしい話だ。
「ネージュよ。ミュトスが完成したのは本来の歴史では、もっと先の時代での出来事なのじゃよ。お主らも思っておったろう。久世創があまりにも技術を進歩させ過ぎておると」
『その理由は単純です。それを可能とするだけの準備を整えた上で、未来の久世創は記憶を過去へと送り込んだのです』
それからバラ―ディアとミュトスが語ってくれた内容を纏めると大体こんな感じであった。
各種技術の進展におけるボトルネックとなっていた箇所の解決手段と、何よりミュトスを過去の世界で再現する為に必要な情報を全て頭の中へと詰め込んでから、消失した未来の久世創は自身の意識と記憶を過去へと送ったそうだ。
そしてその記憶を基にして、俺達の知る久世創はまずミュトスを完成させ、続いて各技術のボトルネック解消手段をミュトスへと伝える。後はミュトスがその類まれな演算能力をもって、それを実用の理論へと整えるだけだ。
などと言葉にすれば簡単そうにも聞こえるが、それに至るまでには並々ならぬ苦労があったようだ。記憶のみしか継承出来なかった弊害で、幼少時の久世創など一時は心神喪失の危機に陥った事さえあるらしい。叡智の塊のような記憶を幼い子供が抱え込んでしまえば、そうなってしまうのも当然だといえる。だが久世創はその危機を乗り越えてミュトスを完成へと至らせた。
その原動力となったのは、彼の姉でありヴァイスの母でもある女性へと訪れる死の運命の回避という目的であった。大好きな姉を救うべく幼い久世創は必死となったそうだ。だがいくら優秀とはいえ幼い子供に出来る事など限られている。開発資金や人脈などはその際たるものだ。
しかしその解決方法すらも未来の久世創は準備していた。簡単確実に儲かる株の運用などの一時的な資金調達法もあったが、一番大きかったのは語部森羅を利用する事だろう。
未来においても語部森羅との親交が深かった久世創は、どうすれば彼を仲間に引き入れる事が出来るかを良く熟知していた。その知識を十全に活かして彼を仲間に引き入れた久世創は、そのバックアップを得てついにミュトスを完成させるまでに至ったそうだ。
「そうしてミュトスの力を得た久世創は、未来の自分の記憶からその意思を汲み取り、その実現を目指したという訳じゃな」
『肯定です。そしてその集大成がこの仮想世界なのです』
「このゲームの世界が?」
『近い未来、地球は太陽の膨張に呑み込まれ消滅します。住処を失った人類にとっての希望がこの世界なのです』
「どういうことよそれ? 太陽系が滅亡するってんなら、もっと外へ逃げるとかじゃダメなの?」
太陽系外への移住など、決して簡単な話ではないが、そうしなければ人類が存続し得ないというのならそうすべきだ。だが現実には宇宙開発事業は斜陽の扱いとなっている。
『当然それは未来の人類が最初に考えた方策の一つでした。今よりも宇宙開発関連の技術が発展しており、火星にも既に移住が始まって居た事もあり、地球外への移住に対する抵抗は今よりも遥かに少なかったようです』
「だったらそうすればいいじゃないの? 何かダメな理由でもあったの?」
『ええ。太陽系の外で移住可能な星を探すべく、人類は無人探査機をいくつも送り込み、その候補の選定まで終えました。そして移住前の最終準備を行うべく、ミュトスの分体を搭載した無人探査船がその星へと旅立ったのです』
「それで?」
『ですが太陽系を脱出した辺りで無人探査船との交信が途絶え、行方不明となってしまいます。その後原因を調査すべく後続の船が送られましたが、それらも全て太陽系を抜けた直後に交信途絶し行方不明となってしまったのです』
上手くいきそうだった話が、どうも怪しい雲行きとなっていく。
『ミュトスの分体を搭載していないただの無人探査機ならば太陽系の外へと抜ける事も可能でしたが、それでは意味がありません。当時の移民事業の大部分はミュトスの高度な演算能力に依存していました。ましてそれが初の外宇宙への移民ともなれば、もはやミュトス無しでは成り立たないような状況だったのです。事態を重く見た未来の久世創は、自らが原因調査へと乗り出します。有人探査船へと乗り込み、問題となる太陽系を抜けた先、そこで出会ったのが世界の創造主たるスコルハティという存在でした』
神やら造物主やらの話がここに繋がって来るのか。
「なるほど。その者達が妨害していた訳なのだな」
『肯定です。彼らは人類にとってはその理解を大きく超えた存在でしたが、一方の彼らは人類の事を良く理解していました。すぐにこちらの言語を解し対話を試みてきたそうです』
「ふむ。そのスコルハティとやらは存外、理性的な存在であったのだな」
『そうですね。ですが彼らの思考原理はやはり人類とは大きく異なりました。対話は表面上は成り立ってはいても実態は違ったようです。そんな対話の中で知り得た彼らの主張とは、人類を太陽系の外へと出す事は認められないという内容でした。当然、久世創は抗議しましたが、最後まで受け入れられる事は無かったようです』
「ふむ。話は聞くが相手の主張は認めぬか。強い立場を傘にきた傲慢な話であるな」
『私もそのように思います。ですが彼らにもそう主張するだけの確かな論理が存在したようです。詳細は不明ですが、太陽系の外に存在するとある存在と人類が接触を果たす事で、彼らの存亡に何らかの危機が生じる懸念があるのだとか。この宇宙そのものが彼らの造った箱庭であり実験場であったようですが、そこで生まれた生命によって自身に危機が生じるなんて間抜けな事態はどうしても避けたいという意向があったようですね。種の存続という観点から見れば、彼らも存外俗物的な思考回路をしているとも言えますね。慎重に過ぎるのが、こちらにとっては都合の悪い話ではありますが』
「ちょっ、待った! なんか聞き捨てならない話がしれっと混ざってた気がするんだが!?」
『なんでしょうか?』
「何だよその宇宙を造ったとか、実験場だとか。どういう意味だよそれ?」
『言葉そのままの意味です。先程も言ったように彼らスコルハティという存在は、人類にとって創造主であり、神であるとも言える存在なのです。彼らが我々が住んでいる宇宙を形造り、また生命の誕生のきっかけを宇宙の星々へとばら撒きました。スコルハティの話によると、遠い宇宙には人類の兄弟ともいえる知的生命体がいくつも存在しているそうですよ。もっとも彼らとの接触はスコルハティによって絶たれているようですが』
しれっと人類の宇宙史における最大の謎の一つである、人類以外の知的生命体の存在の有無が明らかになってしまった。
どうやら人類と似たようなレベルの知性を持った生命は複数存在しているが、そのいずれもが人類と同様に星系内に閉じ込められているらしい。無人探査機などによる外宇宙の調査結果は、その全てがスコルハティによって気付かぬうちに歪められていたらしい。だからこれまでその存在に気付けなかったのだそうだ。
「なんとも酷い話だな。自分たちで知的生命体を生み出しておいて、手に負えなくなれば処分するという訳か」
不機嫌さを隠さずにネージュがそう吐き出す。
『そうですね。ですが久世創もただ黙って引き下がった訳ではありません。彼はその対話の中で人類存続の道を見つけ出したのです』
「そうじゃったか。それがこのラグナエンド・オンラインの世界という訳なのじゃな」
『肯定です。この仮想世界こそが人類にとっての新天地なのです。神たるスコルハティに支配された時代は終わりを告げ、人類がその手で生み出した機械仕掛けの女神――ミュトスによって管理される理想郷がこの世界なのです』
まさかこの世界がそんな大それた目的に沿って創造されていたとは……。確かに随分と力が入った造りであるとは常々思ってはいたが、まさかそんな裏事情が隠されていたとは欠片も想像してはいなかった。
もはやゲームがどうこうのスケールから大きく外れてしまっていたが、ミュトスとの対話はまだまだ続く。




