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2 古は未来へと続く

 ラーメン店で十分に腹を満たした俺達はいよいよ当初の目的地である恐竜博物館へと向かう。


「ここのようだな」


 黒塗りの車内で揺られる事、僅か10分程。すぐに目的の建物の前へと辿り着く。


「ここが語部森羅が趣味で建てた博物館ねぇ。なんか思ったより普通ね」


 ルクスが建物を一通り眺めてからそう呟く。確かに外から見る限りでは特別何か変わった所は見当たらない。この建物で一体何が俺達を待ち受けているのか。


「いや、叔父上がこの博物館を建てたのはサービス開始よりも随分前だから、ゲームとは特に関係ない場所だと思うぞ?」


 いかんな。ついゲームと関連付けて考えてしまっていたようだ。ゲーマーの悪い癖だな。

 この博物館は語部森羅が趣味100%で建てた場所らしいし、そもそも博物館とゲームに関連性などある訳が無い。ここは俺も雑念を捨てて童心に返ったつもりで楽しむとしよう。


「白木院様ですね。お待ちしておりました。わたくし館長の竜村(たつむら)と申します」


 建物内に入ると、眼鏡を掛けた初老の男性が笑顔と共に俺達を出迎えてくれた。なんとも穏やかな雰囲気の方である。


「語部様より皆様をご案内差し上げるよう仰せつかっております」


「そうか。では宜しくお願いするとしよう」


 オーナーの姪っ子だけあって特別待遇のようだ。もっとも平日と言う事もあってか、人の数はまばらだ。もしかしたら単に暇なだけなのかもしれない。


「ではこちらへどうぞ」


 竜村さんの先導の下、俺達は館内を歩き始める。


「この恐竜博物館の展示フロアは、時代毎に3つのエリアに別れております」


 建物の奥へと進みながら竜村さんがこの博物館の構成について語ってくれる。


「恐竜が生きた時代を地質時代区分では中生代と呼びます。これは約2億5100万年前から約6600万年前に相当します。これが更に三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と細かく分類される訳ですね。そしてここが三畳紀――約2億5100万年から1億9960年前の時代についての展示フロアとなります」


 そう言って、いくつもの模型やパネルが並べられたフロアへと案内される。


「へぇ、なんか恐竜以外の模型が多いのね」


「そうですね。恐竜は三畳紀に誕生しましたが、当時はその種類も数も少なく地球の支配者とは程遠い存在でした。三畳紀の中頃までは生態系の5%程度しかなかったとも言われていますね」


 恐竜と言えば地球上に栄華を誇っていた印象が強いが、初期の頃はそうでもなかったらしい。


「あ、これアンモナイトね」


 オウムガイに似た古代の生物で、数多く出土する化石として特に有名な存在だ。


「厳密には中生代よりも以前――古生代の頃からの生き物ですが、絶滅したとされる時期が恐竜と重なって入る事もあり、恐竜を語る上では外せない存在ですね」


 そんな感じで三畳紀に生きた恐竜やそれ以外の生物についての解説を竜村さんが丁寧にしてくれた。ティラノサウルスやプテラノドンなどといった有名どころは居なかったが、それでも十分興味深い内容であったと言える。


「では次のフロアへと参りましょうか」


 次に案内されたフロアは、ジュラ紀のエリアだ。


「ジュラ紀は今から1億9960万年から1億4550万年ほど前の時代となります。恐竜が繫栄した時代であり、1つしかなかった大陸が分裂した事で多様性が生まれた時代でもありますね。最古の鳥類として有名な始祖鳥などもこの時代の終わり頃に誕生しております」


 その言葉通り、多くの展示模型の中に鳥のような姿も見受けられる。あれが始祖鳥なのだろう。


「あれが有名なブラキオサウルスよね?」


 ルクスが指差す中に首の長い一際巨大な恐竜の模型が存在した。


「確かかつては最大の恐竜とされていた種だな。今ではもっと大きい種が発見されたと聞いているが」


「仰る通りですね。体長は26m程で一時は最大の恐竜とされていた時期もありましたが、現在ではそれを上回る種がいくつも見つかっております。現在では35mを超えるサイズのモノも居たとされておりますね」


 35mといえば10階建てのビルに相当する高さだ。そんな巨大生物が陸上を闊歩していたなどあまり想像がつかない。


「ふむ。そのような巨体をどのようにして支えたのだろうな」


 ネージュの疑問は恐らく多くの研究者たちが議論し、しかし結論が未だ出ていない話だと思われる。


「そうよね。それだけ大きいと自重で潰れちゃいそうよね」


「そうですね……。当時の重力が今より小さかったとする説や、半水棲の生物だったとする説、骨などの密度が小さくサイズの割に軽かったとする説など諸説様々ですが、今の所これと言った結論は出ていないようですね」


「そうだったか……」


 竜村さんの答えに少しガッカリした様子を見せるネージュ。

 まあ、この程度のことは専門家に聞かずともネットなどで調べればすぐ出て来る話だ。その気持ちも理解出来なくはない。

 逆に言えば、専門家にとってもそれ程に難しい問題なのだろう。


「ここが最後の展示フロアとなります」


 そうして竜村さんに案内された3つ目のエリアには、恐竜時代を締めくくる白亜紀に関する展示物が並べられていた。ちなみに白亜紀とは約1億4500万年前から6600万年前頃を指すそうだ。


「あっ、あれティラノサウルスよね?」


「こっちはプテラノドンか」


 恐竜と言えば、まず思い浮かぶ有名な種の模型が数多く並んでいた。


「白亜紀の末期に絶滅してしまう恐竜ですが、中期頃まではむしろ彼らにとっての最盛期と言ってもいいかもしれません。大陸分裂による細分化がより進み、現在の地球に近い地図へと変わったことで、種全体がより一層の多様化を遂げました。その一つとして大型の種が多く誕生した事が挙げられますね。先程の話にありました現在判明している最大サイズの恐竜――アルゼンチノサウルスもこの白亜紀に誕生した種ですね」


 アルゼンチノサウルスは最大の恐竜であると同時に、地球史上で最も巨大な生物ともされているそうだ。特に大きな個体ともなれば40mを超えていたともされており、その重量は90トンを超える。大型トレーラーが限界まで荷物を積んだとしても、精々36トン程度である事を考えると、それがどれほどかはなんとなく想像が出来るだろう。


「アルゼンチノサウルスのような草食獣だけでなく、肉食獣の大型化も進みました。有名なティラノサウルスなどもそういった流れの中で生まれた種ですね」


 そのサイズは12mにも及び、現代の肉食獣とは比較にならない大きさではある。しかし近年の研究では、ティラノサウルスは俺達がイメージする肉食獣のような走り回る狩りではなく、待ち伏せによる狩りをしていたと言われているようだ。というのもその大きさや肉体の構造上、素早く走り回る事は物理的に不可能らしい。


「私のような年寄りとしては、なんともロマンの無い話ではありますがね」


 そう呟く竜村さんの表情には、古代地球の陸上を支配した王に対する憧憬が見え隠れしていた。


「その辺の学説についてだが、確か何度となく翻っているのだろう?」


「ええ、実は素早く走れたとする学説も昔は非常に多かったのですが、近年ではほとんど否定されているのが現状ですね」


 かつては陸の王者として崇められていたティラノサウルスも、最新の学説では策を弄して極力自分は動かずに獲物を狩る頭でっかちの肉食獣だったとされてしまっている。

 まあ走れなくても獲物を狩れるっていうのは、それはそれで凄い事だとは思うが、やはり王者としてのティラノサウルスのイメージが強い人達からすれば、憧れの存在が穢された気分なのだろう。


「他の恐竜よりも脳容量が大きく、また2足歩行であったこともあり、より知能を持った生物へと進化する途上であったという説もありますが、流石にこれは眉唾ものですね」


 人間も四足歩行から段階を経て2足歩行へと進化したのだから、絶対に有り得ないとは言い切れないのだろうが、それだけでは根拠としては弱すぎるだろう。せめてヒト以外では不可能な直立二足歩行であったとかならば、また話は別なのだろうが。というのも直立二足歩行の実現によって、ヒトは重いものを持ち運びが出来るようになり、それが進化へと繋がったとする説が有力だからだ。

 ちなみにペンギンなどは一見、直立二足歩行をしているように見えるが実はそうではない。直立二足歩行において重要なのは"脚と脊椎を垂直に立てて行う"という点であり、ペンギンの骨格を見て貰えれば一目瞭然なのだが、彼らは常に膝を曲げた状態で立っている。そもそも物を前足で持つという点が重要である以上、2本脚の鳥類であるペンギンにはそもそも当てはまらない話なのだが。


「もっとも仮にそれが真実だとしても、現実に彼らは白亜紀末期には全滅した以上、あまり意味の無い話ではありますがね」


 途中まで人類と似たような進化プロセスを辿っていようとも、結局その前に全滅してしまえば無意味という訳だ。なんとも厳しい話である。


「そういえば恐竜絶滅の原因はやはり全く不明なままなのだろうか?」


 恐竜は白亜紀末期のK-P境界と呼ばれる時期に絶滅したとされる。しかしその原因については諸説入り乱れているのが現状のようだ。


「残念ながら仰る通りです。有名な説としては巨大隕石の衝突による影響だという話がありますね。実際にメキシコにそれらしき痕跡が残っております。かなり巨大なものであったらしく、直接的な被害の外にも火山活動の活性化や地軸の変動による寒冷化などの影響も考えられますし、有り得ない話ではないでしょうね」


 そう語る竜村さんだが、その表情は酷く冷めている。


「ふむ。そう仰る割にどうも信じてないご様子だが」


「これはお恥ずかしい。表に出てしまっておりましたか……。ええご指摘の通りです。確かに巨大隕石が衝突すれば、大きな被害が生じた事には疑念の余地はありません。ですがその程度の試練に地球の覇者たる彼らが敗北してしまったなどとは、私は信じたくはないのですよ。なんとも手前勝手な話ではありますが」


 余程恐竜の事が好きなのだろう。そう語る竜村さんの瞳には不思議な熱が宿っているように感じられた。

 その後も竜村さんの案内で、白亜紀の様々な恐竜に関する説明を受けた俺達。


「本日のご案内は以上となります。ご満足頂けたでしょうか?」


「ええ。貴方に案内役を頼んでくれた叔父上にも感謝せねばなりませんね」


「そうですか。それは良かった」


 ホッとした表情でそう言う竜村さん。

 道中では気付かなかったが、やはりオーナーの身内の接待という事で緊張していた部分もあったのだろう。


「最後に一つだけお尋ねしても宜しいでしょうか?」


 後は帰るだけという段になって、ネージュが突然そんな事を言いだす。


「ええ、なんでしょうか?」


「竜村さん。貴方は叔父上の会社が作っているゲームの事は御存じですか?」


 ネージュが語部森羅にこの博物館に誘われたのは、ラグナエンド・オンラインのサービス開始よりも大分前の話だそうだ。だからこそ、そちらとの関わりは無いだろうと彼女自身言っていた訳だが、やはり疑いを捨てきれなかったのだろう。


「ええ。ラグナエンド・オンラインですよね? 勿論良く存じておりますよ」


 その疑問に対し、あっさりと竜村さんはそう答える。


「と言う事はやはり、ラグナエンド・オンライン関連で今回の案内を行った。そう言う事なのでしょうか?」


「は、はい? いえ、そのような事は……」


「ではどうしてラグナエンド・オンラインの事をご存知なのですか?」


 竜村さんは、見るからに恐竜一筋でゲームなど全く興味が無さそうな方だ。そんな人物の口からラグナエンド・オンラインの事を良く知っているなどという言葉が出てくれば、疑ってしまうのも無理はない話だろう。


「実はですね……、この博物館なのですがもうすぐ閉館の予定なのです」


「は、はぁ? それは何と言いますか……」


 それはちょっと可哀想な話ではあるが、一体何の関係があるのだろうか?

 突然の竜村さんの告白に対し、ネージュも何と言っていいのか答えあぐねている。


「あ、いえ。厳密には単なる閉館と少し違いまして……、移転といいますか……その……。実はですね、そのラグナエンド・オンラインというゲーム内に恐竜博物館を新たに設置するのだそうです。それでここの設備をよりグレードアップさせたものを、そちらで用意して頂けるそうなのです」


 なんとゲーム内に、恐竜博物館を新設する計画があるのだそうだ。そしてそこの館長を竜村さんが勤める予定となっているらしい。

 ミッドガルドのあちこちに国や民間企業などの研究設備なんかが作られているという話は聞いてはいたが、どうやらここのような博物館などにまでその手は及んでいるらしい。いや語部森羅がオーナーを務めている以上、むしろ必然と言えるのか。


「それは、おめでとうございます」


「ええ。とはいえ私はこの歳になるまでゲームというモノに触れた事がほとんどない人間でして。なので資料などを頂いて今は必死に勉強をしている最中なのですよ」


 良く知っているとは、単純に次の仕事先であるが故の発言だったようだ。どうも俺達は少し深読みし過ぎてしまっていたらしい。

 

 ……いかんな。久世創のせいでどうも疑心暗鬼になっちまってる。


「そうでしたか……。我々もあのゲームは良くプレイしておりますので、開館した暁には立ち寄らせて頂きますよ」


「それはもう是非、心よりお待ちしておりますよ。VRと言う事もありまして、新しい博物館はかなり大規模なモノとなる予定です。本日以上の満足を皆さまへとお届けする事をお約束致しますよ」


 そう答える竜村さんの表情はとても晴れやかなモノだった。色々と疑ってしまったのが申し訳なくなってしまう程に。



「結局、久世創に関する話は何も分からなかったわね」


「いやいや。そもそも今日はそれが目的じゃないだろうが」


 最後にラグナエンド・オンラインの話題が出て来てしまった事で、いつの間にかそっちに意識が引き摺られてしまっているようだ。


「ああ、そうだったわね。ごめんつい」


「まあ叔父上としては、当初の推測通り単にあの博物館を自慢したかっただけなのだろうな」


 それ程大きな建物では無かったが、展示物なんかの資料はとても充実していた。館長の竜村さんも大変博識であり、色々と興味深い話を聞けて満足な1日だったと言える。


「さてと少しは気分転換にはなっただろうか?」


「ええ! 充実した一日だったわよ!」


「ああ、俺も楽しませてもらったよ」


「そうか。ならば良かった」


 俺達を博物館へと誘ったネージュが、ほっとした表情を浮かべる。

 そうして俺達は晴れ晴れとした表情を浮かべながら帰路へと就くのだった。


次回からはゲーム内の話へと戻ります。

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