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9 ギャラルホルン

 4体1と俺達に有利な状況で始まった俺達と久世創との戦いであったが、予想に反してこちらが大きく押されていた。


「おらおら、その程度かぁ?」


 久世創が扱うアバター"ロゴス"のクラスはナイトであり、同じくナイトであるヴァイスが先頭に立って剣を交えている。

 だがレアリティの違いによる性能差のせいか、星属性というチート属性であるせいか、あるいは単にプレイヤースキルの差なのか、理由はともかくとして現実にヴァイスは防戦一方の状態であり、ルクスの回復が無ければすぐにでも死にかねない状況であった。


「くそっ! 当たらねぇ!」


 俺も[ビリビリショコラ]ソルのアバターを纏い、ハートの矢による狙撃で援護を続けているが、どれもこれも上手い具合に躱されてしまっている。


「くっ、こちらの攻撃などまるで意に介していないと言わんばかりの動きだな……」


 同じく離れた位置から攻撃を続けているネージュが悔しそうにそう吐き出す。


「ちょっと、これヤバいわよ!?」


 ルクスもまた結界でヴァイスを癒しながらも攻撃を仕掛けているが、同じく効果は認められない。


「むぅ、まるでこちらの行動が読めているかのような動きだな」


 そんなネージュの呟きに対し、久世創が反応する。


「その通りだぞ森羅の姪っ子。この世界を知り尽くしてる俺にとっちゃ、些細な挙動の癖から次の行動を予測するなんて朝飯前なんだよ」


 どうも俺達が思っている以上に久世創はラグナエンドオンラインに精通しているようだ。上位プレイヤーであるはずの俺達が4人がかりでも圧倒されている現実が、それを如実に物語っていた。


「はっ、この程度じゃ本気を出すまでもねぇな」


 大変悔しい話ではあったが奴の言葉に恐らく嘘は無い。

 というのも、奴はまだアクションスキルを一度も使っていないのだ。

 当然こちらは遠慮なく使っているのだが、どれもこれも盾で防がれるか、発動前に潰されるかであり、まともにダメージを与える事は出来ずにいた。

 一部の強力なスキルであれば、盾の上から多少なりとも削る事が出来たが、それも奴の高い自己再生能力の前ではほとんど意味が無かった。正直なところ、奴が本気となりスキルを解禁すれば、すぐにでも死者が出そうな戦況である。だがなぜか奴は必要以上にこちらを攻めようとはしてこなかった。


「くそっ、俺らを嬲るつもりかよ!」


「……だから俺にそんな趣味はねぇっての。ただな、もうちょいで喜劇の幕引きなんだ。こんな辺鄙な場所までわざわざ足を運んで貰ったんだ。折角だからその様子をお前らにも見せてやろうと思ってな」


「何を……」


 そう言いかけて俺は気付く。大罪獣が残り1体だけとなっており、その残機も僅かな事に。


「ほら見てみろよ。あっちの世界ではお祭り騒ぎみたいだぞ」


 その言葉に併せて宙にいくつものモニター画面が浮かび上がる。そこに映し出されていたのは、ゲーム史上最大規模のこのイベントを楽しむプレイヤー達の姿であった。ある者は夢中となってボスを狩り、またある者はそこら中を飛び交うスキルエフェクトの乱舞を、花火見物でも行うようにして遠くから眺めている。

 そしてそんな映像の中に、古都ブルンネンシュティグの中央広場付近の様子も混ざっていた。


「ほら、お前らのお仲間はまだ頑張ってるみたいだぞ。既に何度も死に戻りをしているようだが、まったくめげない連中だよな」


 13体の守護騎士達との死闘はどうやらまだ続いていたようだ。今からではどんなに頑張ってもこの戦いには間に合わないだろうが、それでも俺達の救援に向かうべく諦めずに頑張る彼女達の姿を見て、俺は胸が熱くなるのを感じる。


「こんな映像を俺達に見せて一体何のつもりだ、久世創!」


「俺がお前らの感情を揺さぶっているのは、もう理解しているんだろ?」


 感情を伺わせない表情で、そう尋ねて来る久世創。

 その顔がソルそっくりであるが故に、怒りの感情に身を任せる事が出来ない自分が今は恨めしい。


「くそっ……! そうやって人の心を弄んで何がしたいんだお前は!」


「それを知りたきゃ俺を倒すんだな。それよりもいいのか? イベントボスの残機はもう僅か。それが全て倒されればイベントは終わっちまうぞ。その際に俺が何かを仕込んでいるとは考えないのか?」


「……そういう事かよ。やっぱ最悪だよお前ぇ!」


 やはり、と言うべきなのだろう。久世創は現在進行中の『七大罪の降臨』イベント、その最後に何かしらの仕掛けを施しているらしい。

 確かにここまで順調すぎるとは俺も思ってはいた。イベントボスは拍子抜けする程に弱いし、その割にドロップアイテムは異常な程に美味い。

 結果、それに釣られて多くのプレイヤー達が手の平を返すようにして運営を称え始めている。そんな彼らをどん底へと突き落とすには、正に絶好のタイミングであることは認めざるを得なかった。


「言え! 何を仕組んだんだ!」


「だからさ。教えて欲しければ、俺を倒してみろよ」


 俺がそう問い詰めるのも、不敵に笑いながらそう返すのみだ。


「くそっ、何としてもコイツをぶっ倒すぞ!」


「ええ! これ以上好き勝手にはやらせないわ!」


「うむ。このままでは我々を送り出してくれた皆に顔向け出来んからな」


「今度こそ……負けない!」


「ははっ、気合いは十分みたいだが、果たして実力がそれに追いつくかな?」


 笑みを崩さない久世創に対し、俺達は気合いを入れなおして、更なる猛攻を仕掛けていく。



「はぁはぁ……。くそっ……」


「あとちょっとなのに……」


「いやぁ、いいねぇ。ちょっと精神的に追い詰めてやるだけでここまで強くなるとはな。ホントに煽り甲斐のある奴らだ」


 先程のやり取りから俺は久世創の事を、ソルの姿を弄びその存在を侮辱する怨敵だと認定した。そんな奴の大罪に対し鉄槌を下すべく脳内麻薬によって動きを大きく加速させたのだ。他の3人もまた、それぞれの類まれな対応力の高さによって久世創の動きに徐々に対応していく。その甲斐あって、徐々にだが形勢はこちらの方へと傾いていった。

 そして今、俺達は奴のHPを残り2割程度まで削るへと至った。だがそこまでが限界であった。


「残念だったな。お前たちはこっちの期待以上に頑張ったぜ」


 [傲慢の大罪獣]ルシファー  :149982/150000


 右上の表示にされた残機は残り20体を割ってしまっている。


「だがもう時間切れだ」

 

 [傲慢の大罪獣]ルシファー  :149995/150000


 残り残機は僅か5体。


「さぁ、パンドラの箱が開かれるぞ」


 その瞳を輝かせながら久世創がそんな事を宣う。

 その言葉は、この世界へと災厄がばら撒かれる事の暗示をしているのか。


 [傲慢の大罪獣]ルシファー  :150000/150000


 そしてついに今回のイベントボス、その全ての討伐が完了してしまう。


「さあ世界を蹂躙せよ! 死に至る病よ!」


 雄弁にそう語る久世創。七大罪を倒した後に俺達に残されたのは、新たなる罪――絶望であるとでも言いたげな口振りであった。


「さて、これからこの世界はどうなっていくかな」


 精神が高揚しているのか饒舌にそう語る久世創。


 ――だがそんな彼の身に突然の異変が訪れる。


「なぁミュト――ぐぅぅっ」


 語りの途中で突如として久世創が呻き声を上げ始める。


「くぅ、まさか……よ……」


「な、なんだ!?」


 苦しそうに胸を抑えた久世創が、そのまま膝から崩れ落ちて地面へと倒れていく。

 

 誰かが攻撃を仕掛けたのかと慌てて周囲を確認するも、皆が一様に驚愕の表情を浮かべたまま固まっている。

 その中にあって唯一、ミュトスだけが無表情を維持したままだ。


「おい! 奴は一体どうしたんだ!?」


 久世創のHPバーは2割を残した位置から微動だにしていない。にもかかわらず奴は地に伏せたまま苦しそうに表情を歪めて倒れている。そして時折漏れていた呻き声も、徐々に弱々しいものとなっていく。


「おい! くそっ!? 何が起きているんだ!? これが奴の言っていた死に至る病って事なのか?」


 まさかイベント終了時に仕組んだ結果が、今の奴の苦しむ姿だとでも言うのだろうか?

 確かに驚きはしたが、それはこちらの予想とは大きく異なる種類の驚きである。というか、そんな事を奴がする意味が分からない。


 どうにも何か嫌な予感が止まらない。


「……否定です。緊急事態につき、REOサーバーを停止します。プレイヤーの皆様は強制ログアウトに備えて下さい」


 俺の問い掛けに答えたのかどうか、ミュトスが突如としてそんな言葉を発する。


「な、何なのよ一体!?」


「分からんが……どうもただ事では無い事だけは確かのようだな」


「それは分かるけど!」


 ルクスとネージュのそんな間の抜けた会話が、俺の耳に届いた最後の言葉であった。

 直後、全ての音が世界から消失し完全な静寂に包まれる。それに続いて今度は視界から色が失われていく。そうしてモノクロとなった死んだ世界で、ついには俺は身動きすら取れなくなった。


 そうして俺の視界が真っ黒に染まる。


第4章はこれで終了です。

続きとなる第5章については4/24(月)より投稿開始予定です。

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