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6 行く手を阻む怪猫

 中央広場の噴水の下に隠されていた地下へと続く階段を降りていく俺達一行。

 その先には巨大な地下迷宮が隠されていた。薄暗く、しかしどこか神秘的な雰囲気が感じられる不思議な空間がそこには広がっていた。


「古都の地下にまさかこのような場所が存在したとはな……」


 古都ブルンネンシュティグは多くのプレイヤーにとって馴染み深い都市である。まさかその地下にこのようなダンジョンが隠されているなど、誰も予想はしていなかったはずだ。

 これまで未発見であったのは、その付近をREOCOの連中が常時占拠していた事で原因だった。そしてそれは久世創の指示によるものであったのだ。運営側によって意図的に秘匿されてしまえば、その発見はやはり困難であるという事なのだろう。なんともやるせない話であった。


「なぁ、このダンジョンの奥にアースガルドの世界扉があるって話だけど、そこまでどれくらい掛かるんだ?」


『あー、まぁそうだな。普通に攻略すれば最低10時間以上は掛かるんじゃねぇのか?』


「おいっ。それ間に合うのかよ?」


 俺達がここへと向かう直前、既に2体目の大罪獣が全滅間近となっていた。そして敵の数が減れば、戦力の集中が進み更にその討伐速度が加速するだろう。10時間などとてもじゃないが持ちそうには無い。


『ええ。ですがそれは飽くまで何の準備も無く攻略した場合ですよ。わたくし達は世界扉までの最短ルートを知っていますから、恐らく30分も掛からないはずです』


 その言葉通り、俺達を先導する2人は、道中にいくら分岐が存在しおうとも迷いなく先へと進んでいく。


「おい、行き止まりみたいだぞ?」


『少々お待ちを』


 途中いくつか扉で塞がれていた箇所が存在したが、傍にある入力パネルに何かを打ち込むと、すぐに道は開かれる。


『本当なら入力するキーワードを探したりとかで、かなり時間を取られるんだけどよ。今はそんな悠長なことをやってる暇なんかねぇからな』


 どうやらこのダンジョン本来の仕様としては、随所に存在している分岐路を巡りながら扉を開く鍵となるワードを探す必要があるらしい。だがルシファー達はそれらについて予め知っており、その過程を全てスキップしていた。

 そこまで出来るのなら、もういっそ直接久世創の所に転移でもしてくれればとも思うのだが、残念ながらそれは不可能らしい。彼らのチートが及ぶのは、あくまでその権限の範囲内に限られるらしい。それ以外に関しては、彼女達もまた定められたルールの上でしか動けないそうだ。

 そしてそれは久世創本人であってすら同様らしい。例え開発者であっても、全てを自由にする権限を有している訳ではなく、この世界に置ける絶対の存在という訳でもないそうだ。少し妙な話にも思えるが、そうでもないとこちらに勝ち目は無い以上、それは歓迎すべき事だろう。


「いつもこんな感じなら楽なんだけどねー」


 ルクスの言わんとする事も分かるが、ここまで苦戦なく進めるダンジョンなんて、それはそれでゲームとしては問題だろう。

 ダンジョン内に徘徊するモンスターとの接敵さえもルシファー達が回避しているのか、今のところほとんど発生しておらず、いっそ退屈とすら言っていい状況なのだ。たまにならともかく毎回こんな感じであったなら、きっと俺はこのゲームにここまで嵌っていなかったと思う。


『最奥までもう少しですよ』


 暗い地下迷宮探索は早くも終わりを告げるようだ。

 この間、ホントに彼女達の後ろをついて歩いただけであり、達成感など微塵も感じられなかったが、それについてはこの後のボス戦を頑張る事で埋め合わせをするとしよう。


『この扉の向こうが、ボスの待ち受ける大部屋となっています。そしてその奥に世界扉は存在するはずです』


 扉の前にも50人以上は待機出来そうな広いスペースが存在していた。だがルシファー達はそこで立ち止まったまま、先に進もうとはしない。

 彼女達の視線は後ろの俺達の方へと、しかしその意識はもっと遠くへと向けられているように感じられる。


「ん? 行かないのか?」


『少々、お待ちを……来ます』


 そうルシファーが呟くのとほぼ同時に、ヴァイスが剣を構えて臨戦態勢へと移行する。


「なんだ!?」


「どうしたのよ、ヴァイス?」


「〈ブリリアンスキャレス〉!」


 俺やルクスの驚愕にも構わず、突如としてヴァイスがスキルを放つ。

 彼女が地面へと突き刺した剣から、光の波動が迸っていく。


『ヴァイスさんお待ち下さい! 彼らは仲間です!』


 ヴァイスの放ったスキルの先には、5人の人影が存在していた。


「なっ、いつの間に!?」


 ちゃんと背後への警戒は続けていたにもかかわらず、こうもあっさりと接近を許してしまった事にまず驚く。しかし、それは5人の名前を確認した事ですぐに納得へと変わる。


 彼女達の頭上に表示された名前は、右から順に[嫉妬の海魔]レヴィアタン、[怠惰の堕神]ベルフェゴール、[強欲の邪神]マモン、[暴食の蠅王]ベルゼブブ、[色欲の魔神]アスモデウスとなっていた。

 この名前が示すのは、彼女達がルシファー達と同じ七大罪のメンバーである事だ。


「なるほど、君たちが言っていた助っ人とは彼らの事であったか」


『ああ、一応こいつらは俺達と同じで、どっちかと言えば女神様側になるからな』


「てかやっぱベルフェゴールの奴もいるんだな……」


 昔こいつに奇襲を受けて俺達は殺された事があった。その時の事は今でも鮮明に覚えている。


『あぁ~、まあ今は仲間同士って事でここはひとつ、水に流しちゃくれねぇか?』


 俺達の間に漂う微妙な雰囲気で察したのか、サタンがそう執り成しをする。


「はぁ……まあもういいさ。過ぎた話だ」


 結局はあの出来事さえも、久世創のプレイヤーへの嫌がらせの一環に過ぎなかったのだ。ならばこの胸に燻る怒りやら不満やらは全部あの男へとぶつけるべきだろう。


「……にしてもなんか妙に無口な連中だな」


『あーな。こいつらは俺達とはちょっと違うからな』


 思えばリョーマを除いたREOCOの連中や守護騎士の大半も、彼女らと同様に自ら発言をするところを見かけなかった。一応話しかければ普通に受け答えはするようだったが、やはりそれもサタンやルシファーと比べると若干違和感がある。どうやらAIも単に一括りしていい存在って訳でも無さそうだ。

 

「さてと、これでメンバーは揃ったという事で良かったのだろうか?」


 上で守護騎士達と戦っている連中は、まず間に合わないと考えていいだろう。仮に援軍の力を借りて守護騎士達を撃破出来たとしても、地下迷宮の突破にはかなりの時間を取られるはずだ。

 である以上、今ここに居るメンバーだけでこの先のボスと戦う必要があるという訳だ。


「ねぇ? そんなにここのボスって強いの? 一応、あんたら7人ともボス級なんでしょう?」


 現在この場には俺達4人の他に、彼女達イベントボス7体が戦力として存在する。

 彼女達の戦力は1パーティ5人分に相当するらしく、単純計算でも39人分の戦力がここには揃っている計算となる。普通のボス相手ならば、まずもって余裕だと思えるのだが……。


『ああ。なんたって奴と戦う時の推奨人数は最低10PTだからな。これでもまだ足りねぇくらいだぜ』


 なるほど。人数換算では10人分以上も足りてない訳か。個人の質の高さである程度は補えてるにしても、かなり厳しいラインだと言える。本来ならばここはエンド(最難関)コンテンツなんだろうし、挑戦者たちへの要求水準は元々かなり高めに設定されているはずだしな。


「それでそのボス――キャスパリーグとは一体どのような相手なのだ?」


 それほどの強敵ならば、事前情報はいくらあっても良い。だからこそネージュもそう尋ねたわけだが……。


『……申し訳ありません。こちらも詳しくは殆ど知らないのです。一応、巨大な猫型のモンスターである、と言う事だけは把握しておりますが、それ以上については何も……』


 だが、どうやら彼女達も知らないらしい。いわゆる管轄違いという奴なのだろう。全くままならないものだ。


「……そうか。となると初めは生存優先で行動し、敵の戦力分析に専念すべきだろうな」


『そうですね。わたくしとヴァイスさんの2人でメインタンクを務めましょう。マモンは予備として、いざという時のフォローをお願いします』


 水を向けられた[強欲の邪神]マモンは無言でコクリと頷く。彼女はSSRのモンクである。ならば十分に役目を果たしてくれるはずだ。


「ヒーラーはルクス君と……アスモデウス君で良かったかな?」

 

『ええ。残りの火力役(アタッカー)の皆様は、相手の攻撃方法がある程度分かるまでは様子見ですね。決して無理はしないでください。……特にサタン!』


『わ、分かってるって……』


 ジト目で睨むルシファーに対し、顔を引き攣らせながらそう答えるサタン。どうやら何か前科があるようだ。


「なぁ、そう言えばそのキャスパリーグの属性は何なんだ?」


 このゲームの戦闘において属性はかなり重要なファクターとなる。レアリティがSSRとSRではかなりの性能差が存在するのだが、属性の有利不利はそれすらも覆す程に影響が大きい。

 今回のようなボス戦では、相手に対して不利な属性のアバターを使うなど自殺行為にしかならない以上、それ次第でこちらも使うアバターが変わってくるのだ。

 だが、今回はどうもそんな心配は不要らしかった。


『……これは推測にしか過ぎませんが、キャスパリーグは恐らく星属性だと思われます。星属性とは同属性以外の全ての属性に対して有利を得る事が可能な最上位の属性となります』


 初めて聞く名前の属性だ。そして全ての属性に有利とか、ちょっと反則臭い属性でもある。


『なので相手に与えるダメージは減衰され、逆にこちらが受けるダメージは増えます。またデバフや状態異常なども効き辛くなります。その点よくよくご注意を』


 属性の有利不利は、今ルシファーが述べたようにその影響はかなり大きい。加えて星属性という未知の属性であるがゆえ、装備などで対策をとる事もままならない。その一事だけ抜き出しても十分に厄介な敵であると言えるだろう、そのキャスパリーグというボスは。


「了解だ。あとはまあ実際に戦ってみるっきゃないか」


『では皆さん準備は宜しいですか?』


 その言葉にそれぞれが無言の頷きで返す。場にジワジワと緊張感が高まっていくのを肌で感じとれる。


『では行きますよ』


 先頭のルシファーが扉を開くと、そこには如何にもボス戦用といった広々とした空間が広がっていた。

 そしてその奥には巨大な獣の姿が見える。

 

「……あれがキャスパリーグか」


 そのあまりの巨体に俺の喉がゴクリと鳴る。


 顔立ちはネコ科のそれだが、脚が長くスレンダーな体形をしており、日本人がイメージするイエネコとは少し異なった印象を受ける。体毛も美しいヒョウ柄であり、その佇まいもどちらかと言えば肉食獣に近いように見受けられる。

 またこれまで戦ったモンスター達と同様に、その背には本体らしき姿が見える。小柄な猫耳少女だ。手も身体も尻尾もその大半がモフモフで覆われており、好きな人には堪らない造形なのだろう。生憎と俺は獣属性など持ち合わせてはいなかったが。


『にゃにゃ! お前たちは一体何者だにゃ? ここがうちの縄張りと知っての狼藉かにゃ!』


 驚き、訝しみ、そして憤慨する。怪猫の背中に乗った少女が表情を千変万化させながら変えながらそう叫ぶ。


「おいおい、猫耳だからって語尾に"にゃ"とかちょっと安直すぎやしねぇか?」


 俺は彼女のあまりのテンプレートな喋り方に対しついそう突っ込んでしまう。だが対するキャスパリーグの反応は、予想外になんとも冷めたものであった。


『あはは、やっぱりそう思います? 一応こうしないとわたしも上に怒られるんで、すいませんが適当に流して下さいね』


 作り笑顔を微動だにさせずに、そう平然と宣うキャスパリーグ。

 あまりの言い草に俺が呆気に取られていると、すぐに時が動き出したかの如く、その表情がまた多彩な変化を見せ始める。


『そうか、分かったのにゃ! お前たちもしかして後ろの世界扉を使いたいのかにゃ? にゃらば、まずはうちを倒すんだにゃ!』


 ふふんっ、と得意そうな笑顔を浮かべて、薄い胸を張るキャスパリーグ。

 だがそれも全部演技だと知ってしまった以上、なんと応対すれば良いのかこちらには微妙な空気が流れる。


「なんか、AIってのも色々と大変なのね……」


 ルクスがそうボソッと呟くと、益々気まずくなってしまったのか、ルシファーが慌てた様子で前へと進み出る。


『と、ともかく彼女を倒さなければ、久世創の下には辿り着けません! ここが正念場なのですよ。……それに皆様、あの可愛らしい見た目に騙されてはいけません。油断すればすぐに足元を掬われますよ』


 まあ色々と突っ込みたいことはあったが、確かにルシファーの言う通りだ。今はキャスパリーグを倒す事にのみ集中すべきだろう。


『ふふんっ、身の程知らずな連中なのにゃ! 良いのにゃ! かかってくるのにゃ!』


 そうして微妙な雰囲気のまま半ばなし崩し的に、キャスパリーグとの戦闘が始まるのだった。


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