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5 リョーマと守護騎士

 久世創が待ち受けるアースガルドへと渡る為、世界扉があるという古都ブルンネンシュティグの中央広場へとやって来た俺達。

 そこにはルシファー達が予想した通りREOCOの連中が待ち受けていた。


「あれ? なんか数少ないな」


 とはいえいつもよりその数は明らかに少ない。


「そりゃあ、あんなイベントやってたらねー」


 ルクスの指摘通り、普通の思考をしているプレイヤーならば、あんな激ウマ報酬に釣られない訳がない。

 それでもまだ30人ほどは居る辺りは流石というべきか、なんというべきか。


「すまないが君たち、少しそこをどいてはくれないだろうか?」


 広場中央の噴水付近にたむろしていた彼らに、まずはネージュがそう穏便に声を掛ける。


「ここは俺達の縄張りだぞ! 余所者はどっか行きやがれ!」


 だが連中はいつも通りの威圧的な口調で、俺達をこの場から追い払おうとする。

 しかしそんな態度も全て演技だと判明した今となっては、その姿はなんとも滑稽に見えてくる。


「我々にそのような態度を取る必要はもうないのだよ。君たちが久世創の手先である事を、こちらはもう既に知っているのだからな」


 その言葉を受けて、半数近くが訳が分からないといった表情をするも、残りはニヤニヤ顔を維持したままだ。


 ……言葉の意味を理解してないのが一般のプレイヤーで、変わらず笑ってやがるのがAIって訳か。何とも分かり易いことで。


「ふむ。それでもまだそこをどかぬというのなら、力で押し通らせて貰う事になるぞ?」


 ここまで強気で来られた経験が無いのか、一般プレイヤーらしき連中は皆は気圧されたような反応を見せている。

 まあ、こういう時のネージュの迫力はかなりのモノだから無理もないだろう。


「おいおい。なんか物騒な話になってるなぁ。善良なプレイヤーをキルするって言うのかい?」


 そんな中にあって、一人のプレイヤーが前へと進み出て来る。


「ふむ。貴様が久世創の手先だという事は既に割れているのだぞ、リョーマとやら」


 リョーマと言う名は俺も覚えている。かつて無知な一般プレイヤーを利用してネージュを嵌めようとした張本人だ。あの事件以降いくら探しても見つからなかった奴が、今になってこの場に姿を現した。それが一体何を意味するのか。


「手先……ねぇ、まあ間違っちゃいないか。で、なぜ俺達がここをどかなきゃならないんだ?」


「我々はその噴水の地下に用があるのだ。その為にそこを少しどいて貰いたいのだよ」


「へぇ、そこまで知ってるのか。……ああ、お前らの仕業かよ」


 一瞬訝しんだ表情をするも、すぐに俺達の後方に控えているルシファーとサタンの存在に気付いたらしく、獰猛な笑みを浮かべるリョーマ。


「事情が理解出来たならば、どうか素直にそこを退いて欲しいものだ。無駄な争いはこちらだって御免なのだからな」


 中身がAIであってもリョーマ自体の扱いはプレイヤーと同じである以上、倒しても報酬などは存在しない。ならば、こちらとしても率先して戦う理由は存在しないのだ。


 ……全て久世創の指示であったことが判明した以上は、AI達をいくら殴った所でもはや大した憂さ晴らしにもならないしな。


「いいや。お前らの目的を知っちまった以上は、こっちも黙って引き下がれねぇな」


 そう言ってリョーマを筆頭にAIと思しき連中が一斉に武器を構える。残りの半数近くのプレイヤー達は状況を理解出来ずに何事かを喚いているが、それでもまだ敵の数は20名近く存在する。対してこちらは4+2で6人しかいない。中々厳しい状況と言えるだろう。しかし――


「おいおい、なんか楽しい事やってるみたいじゃないか。俺達も混ぜてくれよ」


「おお! ナルカミ君達か、よくぞ来てくれたか!」


 声の方を振り返れば、かつて俺達と死闘を繰り広げたナルカミとその仲間であるチーム"ゴールデン"の面々がそこには居た。ネージュが呼んだ援軍とはどうやら彼らの事だったらしい。クリスマスイベントによって友誼を結んだ彼らとは、時々一緒に遊んだりする仲となっていた。そして今もこうして俺達のヘルプ要請を聞き入れて助けに来てくれたのだ。


「はっはっは! 対人戦ならばわしらに任せるのだ!」


 ネージュの呼び掛けに応じたのは、どうやらナルカミ達だけでは無かったようだ。今度は豪快な声が響き渡る。

 そちらへと視線を向ければ、モンクばかりの5人組が仁王立ちをしていた。


「あんた達、来てくれたの!? 助かったわ!」


 彼らマッスルシスターズとも、クリスマス後にはよく顔を合わせるようになっていた。というのも彼らは俺達に負けた事がよほど悔しかったのか、あるいは単に好敵手として気に入られたのか、ともかく度々呼び出されては対戦相手をさせられる羽目になっていたのだ。

 そしてもはやベルフェゴールによる奇策が通じない以上、最近の戦績は少しだけだがこちらが負け越してしまっている状況である。まあこちらは5人目がその時によって変わるので、連携面において若干不利である事は否めないのだが、それを考慮しても彼らは間違いなく強かった。


「先輩がピンチと聞いて!」


「イツキ様! お怪我はありませんか!?」


 続いてやって来たのは、"ヨシノ"と"ナナミ"という2人のプレイヤーであった。

 このゲームでは初めて会う相手であったが、名前と何よりその態度ですぐに中身について察しがついてしまう。


「えーと。2人とも、なんでここにいるんだ……? てかこのゲームやってたの? 聞いてないぞ?」


「え、だって、ゆ……ネージュさんから先輩がピンチだって聞いたので!」


 いや、それはさっきも聞いた。そうじゃなくて、なぜこのゲームを2人がプレイしているのかを尋ねたつもりなのだが……。


「オッホッホー! なんだかお困りのようですわね、雪音! 仕方がないのでこのわたくしが手伝ってあげても宜しくてよ!」


 だがそれを問う前に、嫌な女の声によって遮られてしまう。


「……なぁ、おいネージュ? まさかコイツまで呼んだのかよ?」


 なんでコイツがここにいるんだ? 思わず俺はジト目でネージュを睨み付ける。


「……いや。そもそもアレをフレンドリストに登録した記憶など全く無いのだが……」


 ネージュが明らかに困惑した表情を浮かべているので、それ以上の追及は控えておく。どうせいつもの奴お得意のストーカー行為の一環なのだろう。だが今はそれを精々利用させて貰うとしよう。これぞ資源の有効活用って奴だ。


「おい、馬鹿女! 今だけはソルちゃんの使用を許可してやる! だからさっさとコイツラを排除しろや!」


「あ、あなたの言う事を、な、何故わたくしが――」


「いいから、口答えせずにさっさとやれっ!」


 反論を無視して、俺が尚も言い募ると「ヒィィィ」と悲鳴を上げつつも、彼女は敵へと向かって突進していく。

 あんな畜生同然の奴の扱いなど、こんなものでいいのだ。


「ちっ、あのバカお嬢様がっ!」


 一人突撃したアリスリーゼに対して呆れを見せつつも、それでも彼女を守るべく動き出す彼女の取り巻き達。

 そうして半ばなし崩し的に戦端が開かれたのだった。



「はっはー! 手応えが無い奴らだな!」


 水を得た魚の如き活き活きとした表情を浮かべた烈鬼が、また一体敵を殴り倒した。相変わらずの猪突猛進ぶりであったが、今はとても頼もしい。


 彼ら助っ人たちの奮戦によってあちらの被害は甚大であり、対してこちらの犠牲者はまだ0である。数の上では相手の方が多かったはずなのだが、それ以上に個々の質やモチベーションに差が有り過ぎたようだ。特にリョーマ以外の連中の動きはお粗末と言う外なく、次々とあっさり倒れていく。


「……そういや死んだ連中が復活して来ないな?」


 今俺達がいるのは古都ブルンネンシュティグの中央広場付近だ。この街を拠点にしていれば、例え死んでもすぐに付近に復活するはずなのだが。

 そんな俺の疑問にルシファーが答えを教えてくれる。


『それについては、わたくしが予め手を打っておきました。今頃彼らは遠く離れた場所で復活を果たしている事でしょう』


 なんと彼らの拠点を勝手に変更してしまったらしい。そんな事まで出来るのかと感心すると同時に、やはり彼女達の本来の立ち位置は運営側である事を再認識する。今は確かに協力関係にあるが、それもいつまで続くか分からない以上、あまり気を許すのも危険だろう。適切な距離感の維持が肝要だな。


「はぁ、まあこうなっちまうか。仕方ねぇな。おらよ!」


 残り後数名という段になって、突然リョーマがそんな言葉を発する。それから彼は手に持った剣で、突然噴水を殴り始める。


「なんだ? 血迷ったのか?」


 詳しい事情を知らない連中がそう訝しんでいるが、俺には奴の意図が分かる。恐らく守護騎士とやらを呼び出すのだろう。なぜ今更になってと思わなくもないが、そうせざるを得ない事情があるのかもしれない。


『来ます! 皆さん構えて下さい!』


 リョーマの幾度にも渡る攻撃によって、ついに噴水が破壊される。そしてその場所に地下へと続く階段が現れる。

 だがそれを守るようにして、いつの間にか10人以上もの衛兵達が階段の周囲に立っていた。街の建物を破壊すると出現する衛兵達だったが、その様子は普段とは明らかに異なっていた。


『ついにここを暴いてしまったか。だがこれ以上先に進ませる訳にはいかぬ。ここは我らも本気を出させて貰うとしよう』


 そう言って衛兵たちは簡素な兵士鎧を脱ぎ捨てて、その真の姿を露わにする。

 同時に表示名がただの衛兵から、それぞれが著名な英雄の名へと変化していく。その中には俺がゲームを始めた頃に欲していたランスロットの名前もあった。

 

 ……まさかガチャから排出されるアバターではなく、こんな形で実装されていたとはな。


 俺がそうであったように、初期のPVの中に映っていたランスロットの勇姿に釣られてこのゲームを始めたプレイヤーも多いだろうに、全く酷い話である。


「なるほどな。道理でこの都市の衛兵だけが妙に強力だったのだな。その正体が実は英霊であったのならば納得もいく話だ」


 どの都市でも建造物を破壊すれば衛兵が出現し彼らによって排除される。だが他の都市では大量の衛兵達が数の力をもって襲い掛かって来るのに対し、ここ古都ブルンネンシュティグでは少数の強い衛兵たちが襲い掛かって来るという特別仕様であった。これはこの都市の衛兵――いや英霊たちが、単に建造物の破壊者を排除する目的とは別に、アースガルドへと続く世界扉を守護する門番的な役割を持っていた為だったのだろう。

 

『彼らを撃破すれば対応するアバターを入手できます。ですがそれは裏を返せば、正体を露わにした彼らは1体1体がボス並みの強さを持っているという事に他なりません』


 ボスは通常パーティ単位での撃破を前提とした強さを持つ。それが計13体。対してこちらは20人ちょいしかいない。どうやら俺達の交友関係の狭さがここでも仇となってしまったようだ。

 せめてこちらも50人くらいは欲しいところだが、その半数もいない現状に対し危機感が募る。


「おいおい、まさか守護騎士が13体もいるなんて聞いてないぞ! 大丈夫なのかよ?」


 個々の強さがルシファー以下だという証言を踏まえても、1体につき最低3人以上で対応したいところだ。ナルカミのチームの一部や吉乃や七海ちゃんなんかは、SRアバターを使用しているので、それでも大分厳しいくらいである。


「あのー先輩?」


「どうした吉乃?」


 俺が必死で打開策を考えていた所に、吉乃が恐る恐るそう声を掛けて来る。


「私の知り合いの人達を呼んじゃダメですか?」


「なん……だと?」


 俺はその言葉を聞いて不覚にも衝撃を受けてしまった。

 こんなことを言うときっと馬鹿にされるのだろうが、俺にとって友人の知り合いとは完全な他人なのだ。だから俺にはその他人を頼るという発想が不覚にも一切思い浮かばなかったのだ。仕事ではそうやってコネを作る事など当たり前にやっていたはずなのに、どうしてゲームではそれが出来ないのか。

 素の自分が、どれだけ他人との関わりを不得手としているのか、嫌でも再認識させられてしまう。


「……ダメですか?」


 吉乃が控え目にそれを尋ねてきたのは、きっと俺達が何らかの深い理由があって、それをしていない可能性を考慮しての事だと思われる。

 そりゃぁそうだろう。だって彼女が部下だった頃に、ほかならぬ俺自身が人脈作りの大切さを教えたのだ。

 だから彼女のその対応は至って正常なのだ。おかしいのは間違いなく俺達の方である。


「いや。ぜんぜん構わないぞ。助かった」


 それ以上の動揺をどうにか心中に収めることに成功し、努めてごく普通のトーンで俺はそう答える。それが彼女の幻想をこれ以上、無意味にぶち壊さない為に俺が出来る唯一の事だったからだ。


「良かったぁ。実は結構フレンドに先輩のファンって子達が沢山いるんですよねー。その子達によく先輩に一度会ってみたいって、せがまれてたんで」


「ふふっ。イツキ様の動画を見て、ファンになったとおっしゃる方は大勢いるのですよ」


 吉乃のその言葉を七海ちゃんが補足する。


「……そっか。俺の動画もたまにはプラスに働くんだな」


 もちろん俺の大事な資金源としてこれまでも役立ってはくれていたが、それ以外の面では割とデメリットも多かった為ちょっと気にしていたのだ。だからこそ、その事実は俺にとって大変嬉しく感じられた。


「だからここは私達に任せて、イツキ先輩達は先に行って下さい!」


 事情も大して理解していないだろうに、まったく頼もしい言葉をくれる。

 ルシファー達の話によれば久世創は、現在進行中のイベントが終わり次第、ログアウトする予定のようだ。

 である以上、もうあまり時間は残されていない。吉乃のその言葉は、俺達にとって大変助かるものだった。


「悪いな、ホント助かる! お礼にあとで何でも言う事一つ聞いてやるよ!」


「え、ホントですか!?」


 俺の言葉を聞いて、吉乃が分かり易いほどに喜色ばむ。


「あ、あのわたくしは?」


「もちろん七海ちゃんもさ。ただし俺の出来る範囲で頼むよ2人とも」


「「はい!」」


 彼女達の好意を利用するようで少し気が引けたが、変に線を引かれてしまう事の方がよほど辛いだろうと俺は勝手に思っている。だからこそ彼女達の想いを受け入れる以外なら、出来る限りのことはさせて貰うつもりだ。


「では、すまないが後は頼んだぞ」


「おうよ! 任せときな!」


 頼もしい仲間達に背中を任せて、俺達4人は地下へ続く階段へ向けて突撃を慣行する。


『行かせませんよ!』


「そこをどけぇ!」


「先輩の邪魔はさせない!」


 当然、それを守護騎士達は阻もうとしてくるが、仲間達の奮闘によってそれは退けられる。


「いまだ!」


 そうして出来た包囲の隙を抜けて、俺達は階段を下っていくのだった。


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