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4 頼み

『おー、やっと見つけたぜ。久しぶりだなぁ、おい』


 新たなるターゲットの下へと移動中だった俺達の背後にそんな声が届く。俺は移動に夢中になっていたせいで直ぐには気付けなかったが、特に気配を隠していた訳でもないらしく、ヴァイスなんかは既に戦闘態勢へと移行していた。


「お、おまえらは……」


『おうよ、俺だよサタンだよ』


『ふふっ、わたくしも一緒ですよ』


 クリスマスイベントの際に俺達と戦った2体のイベントボス、[憤怒の悪魔王]サタンと[傲慢の堕天使]ルシファーの2人がそこには立っていた。


「はぁ……なぁおい、お前ら今回のイベントボスじゃなかったのかよ?」


 てっきり彼女達は今、数多くのプレイヤー達によってアイテムをむしり取られている真っ最中だと思っていたのだが、どうもそれは俺の思い違いだったらしい。


『いやいや、あんなのに入ってたら絶対に死んじまうじゃねぇか』


 そういえば彼女達は何故かゲーム内にもかかわらず、自分たちの死を忌避していた事を思い出す。


「あー、やっぱ死んだらAIはゲーム内で死んだら、ホントに死んじまうとかそんなんなのか?」


『……まあ大体そんな感じだな』


 AIがどのような思考回路を持っているのか俺は詳しく知らないが、人間を模している以上は、死を忌避するのは当然だと言える。


「それで、ここで何をしてるんだお前ら? 一体何を企んでる?」


 別に彼女達を殺したい訳ではないので、イベントボスを操作していない事に対し何か文句を言うつもりは無い。実際、大罪獣の操作をしてたのが彼女達ならばもっと苦戦した可能性も高かった訳だし、こっちとしては助かる話なのだ。

 ただ問題なのはわざわざこのようなタイミングで俺達に声を掛けてきた事であり、悪い予感を覚えない訳にはいかなかった。


『おいおい、俺達の事をそんな風に思ってたのかよ? 分かり合えたと思ってたのに悲しい話だなぁ、おい』


 ……いやいやお前ら以前に思いっきり暗躍してましたよね? 司会進行役を装って思いっきり後ろから殴りかかってきましたよねぇ?


 そんな想いを込めてジト目で睨み付けると、2人はサッと目を逸らす。相変わらずいい性格をしている連中だ。


「それで我々に一体何の用なのだ? 何らかの必要性があったからこそ、こうしてわざわざ声を掛けてきたのだろう?」


 ネージュの真剣な響きを伴った問い掛けを受け、2人は姿勢を正してこちらへと向き直る。


『ああ……その、なんだ。お前らにちょっと頼みたい事があるんだよ』


「頼み?」


『ええ、実はですね。あなた方の力をお借りしたいのです』


 裏で色々やれるはずの彼女達が俺達に頼みたい事なんて、どう考えても彼女らの上位者――久世創か人工知能ミュトス絡みの話だとしか思えない。嫌な予感しかしない。


「断る。じゃあな」


 なので俺は即決でそう言い捨ててから、すぐさま踵を返す。

 それに今は一刻も早くボスモンスター狩りに戻りたい。そして少しでも多くのアイテムを手に入れたいのだ。

 既に1体が完全討伐されており、残り6体が全滅するまでそう猶予も無い状況だ。ここで無駄話をしている時間など俺達には無いのだ。


『ちょっ、おい待ってくれよー。こっちは色々とプレゼントしてやったじゃねぇか? なぁ、せめて話くらい聞いてくれよー』


 確かに彼女達から得たアイテム類はどれも素晴らしく、俺達の戦力強化に大いに貢献してくれた。だがそれは飽くまで俺達が努力によって勝ち取った報酬に過ぎない。なのでそんな恩着せがましく言われる筋合いなど無いのだ。


『サタン……もう少し言い方を考えなさい。ですが、これはあなた方の今後にも関わる事なのです。どうかまずは話だけでも聞いては頂けませんか?』


 サタンの態度を咎め、ルシファーがへりくだった態度でどうにか俺達を引き留めようとする。


「まあイツキ君、話くらいは聞いてやっても良いのではないかな? それにどうせ久世創絡みの話なのだろう? ならばどの道我らは無関係では居られぬだろうさ」


『ああ、その通りだぜ』


 だからこそ聞きたくないんだがな。

 しかしここで逃げたとしても、後でもっと面倒な事になるのは俺だって理解はしているのだ。結局、渋々ながらに彼女達の話を聞く事にする。


「で、その頼みってのはなんだ? 俺達も忙しいんだ、手短に頼むぞ」


『分かりました。では単刀直入に申し上げます。……久世創を倒して下さい』


「「は?」」


 つい漏れ出た声にルクスやネージュのものが重なる。


「いやいや、意味分からないんだが? 久世創を倒すってどういう事だよ?」


 手短にとは確かに言いはしたが、短すぎて流石にこれでは理解出来ない。


「もう少し詳しい事情を教えてくれないか? ただ久世創を倒せと言われても、こちらは何をすれば良いか全く分からないのだ」


『ゴホン、失礼しました。では順を追って説明致しますね』


 気付けば完全に話を聞く流れになってしまっている。さっきのサタンの言葉も実はその為の作戦の一環だったのだろうか? だとすればAIだといって侮れないなと、内心で気を引き締め直すしてから、彼女達の言葉へと耳を傾ける。


『現在とある目的のため、久世創がこのゲーム内にログインしています』


 開発者が自分のゲームをプレイするというのは割と聞く話ではある。ただこの場合に問題となるのはその目的が一体何かだ。


『その目的について語る権限をわたくし達は持ちません。ただ一つ言えるのは、それによって女神様への悪影響が懸念されるという事です』


「ふむ。要するに女神ミュトスに悪影響が及ばぬ内に、ゲーム内の久世創を倒せという話だろうか?」


 ゲーム内で倒してもリスポーン地点へ送られるだけのはずだが、それでも十分という事なのだろうか? まあ女神様とやらがどうなろうとも、俺には知ったこっちゃない話なので今はどうでもいい。


『ええ、おっしゃる通りです。あなた方も望んでいた久世創との対話の機会が得られますし、決して悪い話ではないと思うのですが……』


 確かに現状は向こうからの連絡待ちの状態であり、それがいつになるかは全くもって不明な状況だ。それが覆されるというのは精神衛生上助かる話なのは事実だ。


「まあそうだな。話は理解した。それで報酬はなんだ?」


『は? いえ、あなた方も久世創と対話の機会を得られるという利点が……』


「いいや、それだけじゃ足りないな。だってあの久世創が相手なんだぞ? どうせ専用アバターとか使ってるんだろうし、絶対にチート級の強さに違いないだろ? となると報酬の上乗せが必要だとは思わないか?」


 俺の強い言葉を受け逡巡した様子を見せるルシファー。ここはもうひと押しだな。


「それにさ。報酬がそれだけだと久世創の居場所を聞き出した後で、こっちが約束を反故にしたらどうするよ? それよりかはちゃんとした成功報酬を用意しておいた方がそっちとしても逆に安心だと思うけどな」


 もちろん俺は一度交わした約束を破るような真似をするつもりは決して無い。しかし俺もネージュ程では無いにしろ、貰えるものは貰っておく主義でもある。

 それに実際問題、報酬が釣り合わないと思うのも本心なのだ。これが平時ならばともかく今は空前絶後の激ウマイベントの真っ最中なのだ。それを投げ捨てて彼女達の頼みごとを聞く以上、それを補填するくらいの報酬が出て然るべきだろう。

 彼女達の言いなりになって動くのが単に癪なだけだというのも、まあ否定はしないが。


『はぁ、分かりました……。またイベント報酬で宜しいですか? こちらの自由に出来る物で、あなた方に価値がありそうなモノは今はそれくらいしか……』


「ああ、構わないぞ。出来ればイベントに参加するよりも遥かに美味かったと思えるくらいの量を用意して欲しいところだな」


『……分かりました。少しお待ちくださいね』


 前回のネージュに引き続き、今度は俺からむしり取られる事になったルシファー。その後ろ姿なんだか妙に煤けて見えたのはきっと気のせいだろう。


『お待たせしました。成功報酬はこれくらいでどうでしょうか?』


 よほど俺達を逃したくないのか、想定以上の多くのアイテム類が報酬として提示される。これだけ貰えるなら、以後のイベント報酬を全放棄しても十分釣りあい取れるだろう。


「いいんじゃないか? 俺はこれで問題ないぜ」


 そう言って他のメンバーにも目線で確認を取るも、特に問題なさそうだ。


『話は纏まったみたいだな。んじゃ早速行こうぜ』


「そうだな。それで肝心の久世創は今どこにいるんだ?」


『タワーオブバベルだな』


「……どこだよそれ?」


 また聞いたことないダンジョン? の名前が出て来る。いや元ネタは知ってるけどさ。


『まあ知らないのは無理もねぇな。その塔があるのは世界扉(ワールドゲート)がまだ未発見の世界だからな』


 世界扉が解放されていない世界など、俺が知る限り一つしかない。


「……アースガルドか」


『正解だ。奴はその世界にある塔の最上階にいるはずだ。女神様と一緒にな』


「そうなると、もしや世界扉を探すところから始めなければならないのだろうか?」


「ええー。そんなのすぐには無理じゃない!?」


 世界扉の探索は非常に労力が必要とあんる。特に最近になってようやく見つかった世界扉なんかはどれもかなり予想外の場所に隠さていたからな。


『その点はご安心下さい。本来は許されないのでしょうが、今回は我々がそこまで案内致します』


『つっても、お前らも良く知ってる場所の近くだけどな。灯台下暗しって奴さ』


 一体どこの事を言ってるのだろうか?


『もったいぶるなと怒られそうですので、早速お教え致しますね。アースガルドへと繋がる世界扉は、古都ブルンネンシュティグの中央広場、その地下に存在します』


「なんと……!」


「ホントに灯台下暗しって訳ね。でもあそこに地下なんてあったかしら?」


 ルクスが「ねぇ知ってる?」とこちらへと視線を向けてくる。


「いや知らないな。大体いつもあの辺はREOCOの連中が暴れてるじゃねぇか。のんびり探索なんてした記憶は無いぞ?」


 そう言ってから、ふと何かが引っ掛かる。


「なぁ、お前らリョーマってプレイヤーの事を知ってたりするか?」


 リョーマとは、以前にシンゲンとかいう世間知らずなプレイヤーをけしかけてネージュを嵌めようとした奴の事だ。同時に奴は確かREOCOの幹部格でもあったはずだ。


『ああ、アレの事か。知ってるぜ。久世創が何体も紛れ込ませてるAI操作のプレイヤーの事だな」


『彼らはわたくしたちNPCとは異なり、システム上はプレイヤーと同じ枠に分類されています。なのでその操作を人工知能が行っている点以外は、他の一般プレイヤー達と所有する権限などになんら変わりはありません』


 ルシファー達からより詳しく聞いた話を纏めるとこうだ。 

 ルシファー達はNPCであり、ゲームシステムを統括する女神ミュトスの配下のAIである。なので先程のように与えられた権限の範囲内であれば、アイテムなどの扱いを自由に出来るし、プレイヤーには知り得ない情報をいくつも持っている。

 対してリョーマを筆頭としたAI達は、プレイヤーアバターを操作し、一般プレイヤーと同じ権限しか持ってはいない。しかし彼らは久世創の意思に沿って動いており、その意味ではシステム側の存在とも言えるのだ。


『わたくし達も詳しい事情は存じ上げてはいませんが、どうも彼らにはプレイヤー達の行動制御の役割が与えられているようです』


 そうしてルシファーの口から語られたのは驚くべき事実だった。


『これは推測になりますが、恐らくREOCOという団体の真意は、定期的なプレイヤーのガス抜きにあったのではないでしょうか?』


 ルシファーに「何か心当たりはありませんか?」と問われ、俺達は思案する。


「うむ……。今になって思えばそのような意図があったのは否めないな。中央広場などで幾度となく運営に対し抗議の声を上げていたのも、その一環だと考えれば納得がいく話だろう。思えばREOCOの活動は過激なものが多かったように思えるが、しかしどれも実際に運営へとダメージを与えたことは無かったようにも思う」


「そうね。署名活動なんかもやってたみたいだけど、署名に個人情報は必要だったし、なんか要求もやけに過激すぎて現実味がないしで、結局全部ダメになっちゃったのよね」


 REOCOのような得体の知れない連中に個人情報を渡したいと思う連中は少ないはずだ。運営に対する要求も度が過ぎれば、モンスタークレーマーのような存在となってしまう為、良識ある人間ならば賛同は控えるだろう。


『もしかすると、そのように敢えて過激さを演出する事で、運営側への同情心を煽っていたのかもしれませんね……』


 いくら正しい主張をしようともそのやり方が間違っていれば、大衆の反感を買ってしまう結果とも成り得る。いくら運営に悪感情を抱いていても、俺達のようにREOCOの連中とはやっていけない、といった連中だって実際に数多く存在する訳だしな。

 恐らくそうする事で反運営側プレイヤー達の分断を図っていたのだろう。


 なんとも酷い話だ。まさか運営糾弾の急先鋒の団体が、久世創の手先によって結成されていたとは。同時にいくら俺が動画などを使って反運営感情を煽っても、その効果が薄かった理由が今更ながらに理解出来てしまった。


「ホントもう何がしたいのよ? プレイヤーに嫌がらせばかりしてワザと反感を集めてる癖に、手先を使ってその火消しとか。マッチポンプもいいとこじゃない」


 そう呟きながら、ルクスが静かに怒りの炎を滾らせている。


『まあその辺の不満については、久世創本人に直接ぶつけてくれや。それにそのリョーマって奴も、どうせこれからぶっ殺す事になるんだからな』


「どういう事だ?」


『まあこれは飽くまで俺の予想に過ぎない話だが、そのREOCOって団体――少なくとも中身がAIの連中は、アースガルドの世界扉へと向かおうする俺達をきっと邪魔してくるぜ?』


 言われてみればそうだ。彼らが久世創の手先である以上、その邪魔をしようとするプレイヤーがいれば、妨害に動いても不思議ではない。


『それに守護騎士達も動きます。だからこそわたくし達はあなた方に協力を仰いだのですから』


「んん? その守護騎士ってのは一体何だ?」


『古都ブルンネンシュティグを――正確に言えばそこにある世界扉を守る騎士達の事です。普段は衛兵の姿に扮していますが、その実態は強力なボスモンスターです』


 そうしてルシファーがそいつらの詳細を語っていく。ただ最後に「もっとも個々の能力ではわたくし達の方が上ですが」などと付け加える辺り、案外彼女も負けず嫌いな性格をしているのかもしれない。ほんの少しだけだが親近感が湧いてくる。


「ふむ。どうも話を聞く限り、我々だけでは少々戦力が厳しいのではないか?」


『そうだなぁ。一応援軍も呼んじゃいるんだが、正直ちょっとキツイのは否定できねぇな』


「そうか、ではこちらも助っ人を呼んでみるとしよう」


『……そうですね。その方がいいかもしれませんね。宜しくお願いします』


 やや迷った様子を見せていたが、結局、彼女達はネージュの提案を受け入れる。

 そうして俺達はアースガルドへと繋がる世界扉が隠されている古都ブルンネンシュティグへと急ぎ移動を開始するのだった。


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