3 殺戮の饗宴
「まずはアレに仕掛けるぞ!」
ネージュが一番近くに沸いた[暴食の大罪獣]ベルゼブブの一体を指差しながらそう叫ぶ。
「「了解」」
そうして俺達は一斉に攻撃スキルを放つ。それと時を同じくして周囲のプレイヤー達もまた各々にスキルを放っていた。
閃光が奔る。
あまりに多くのプレイヤーが同時にスキルを放ったせいかエフェクトが飽和し、視界が真っ白に染まる。
「やったか!?」
膨大な数のスキルが殺到した事で、幾人ものプレイヤーがそんなセリフを口走る。
……やめろ! その台詞は悪い方へのフラグだ!
などとフィクション作品に毒されたような事を考えてしまう俺だったが、しかし現実は予想外の方向へと転がっていく。
「あれ? ……もしかして本当に今ので倒しちゃったの?」
抜けた声でそう呟くルクス。言葉に出さなかっただけで俺もまた似たような想いを抱いていた。
俺の瞳は、蠅の王たるベルゼブブがその羽をもがれて地に横たわり、そのまま砕けて消えていく姿を鮮明に捉えていた。
「ふむ……少々意外ではあったが、どうやら無事撃破したようだな」
その証拠とばかりに大量のドロップアイテムがインベントリへと舞い込んでくる。
そしてそれらは倒すまでに掛かった所要時間を考慮すると、あまりに破格過ぎる報酬の量であった。
「うぉぉぉ!!」
「やべぇ! こいつらマジ美味ぇぞ!」
「よっしゃー! 次だ! 殺せ殺せぇ!!」
あっさりと倒せてしまった上に、その報酬がかなり美味い事に気付いたプレイヤー達は、俄然やる気を出していく。
新たな魔法陣が浮かび上がりそこからベルゼブブが出現する度に、雨あられとスキルが降り注ぎ次々と蠅の王は地へと転がり消えていく。
「ふむ。どうも以前戦った大罪獣たちと比べると明らかに弱いようだな」
その上、こちらの人数も以前とは比較にならない程に多く、またフレンドリーファイアーが発生しない為、その数の力を十全に活かすことが出来る状況だ。結果ベルゼブブは出現してからほとんど身動きを取れないまま、ただ黙って死んでいく有様であった。
「これは酷い……」
危惧していたのとは全く逆方向ではあったが、イベントはなんとも酷い状況となっていた。もはや適当にスキルをぶっ放すだけで次々とボス撃破の報酬が貰える為、一帯は派手なエフェクトがひっきりなしに飛び交う正に混沌の渦と化していた。
このような惨状となってしまったのは恐らくイベントバランスの調整ミスなのだろう。あの運営にしては珍しい事もあるものだと呑気に構えているとルクスがそれを咎めるような声を上げる。
「いいからあんた達も早く攻撃しなさいよ! 修正されちゃう前に少しでも稼いどかないと!」
あのロクでもない運営の事だ。このようなプレイヤーに極端に利する状況を座視している可能性は低いだろう。すぐさま修正が入りボスが超強化されるなんて事態も想定すべきだ。
「うむ、ルクス君の言う通りだな。精々今の内にたっぷりとアイテムを稼がせて貰うとしようか」
そうして俺達もまたこの狂気の真っ只中へと飛び込んで行くのだった。
◆
ボスモンスターをひたすら血祭に上げ続けるという、このなんとも退廃的な宴は夜を徹して行われた。危惧していた修正も今のところ入る気配はなく、ボスを倒すペースにもほとんど変化はない。もちろん途中で疲れて離脱したプレイヤーも数多くいたのだろうが、それと同じくらい新規参戦したプレイヤー達が居たのか、周囲の人数が特に減ったようには見えない。報酬が異常な程に美味い事が広まったせいか、まだ日の出前にもかかわらずむしろ増えているようにすら感じられるくらいだ。
「……気が付けばもう3万体以上も倒してるのね」
視界の右上には、現在倒した各イベントボスの数がカウントされている。まだ姿を見せていない2体はともかく、残りの4体の撃破数は似たり寄ったりの状況のようだ。
「このペースだと下手すれば、お昼前にはイベントが終わっちまいそうだな」
ハッキリと時間が明記されていた訳ではないが、事前資料の内容からはバレンタイン丸1日を使って、あるいはその翌日まで掛かりそうな雰囲気だったのだが、どうやらそんな事にはならない気配だ。もっともそれはこのまま何も起こらなければの話だったが。
「この感じだと、まだ出現してない2体が絶対に怪しいわよね。こいつらの弱さに油断したところをドーン! とか凄くありそうだわ」
いまだその姿を現していないのは[傲慢の大罪獣]ルシファーと[憤怒の大罪獣]サタンの2体だ。こいつらは前回のクリスマスイベントでは中身のAIが俺達と戦っていたせいかその姿を見せなかったため、その強さや形状などは不明であった。加えてこの2体は上位属性である光と闇を司っていることもあり、大罪獣たちのリーダー格だろうと目されている。
「うむ。とはいえ果たしていつ頃出現するのであろうな。このペースだと遠からず他の5体が全滅してしまいそうだが……」
などと言っていた矢先、突如視界にアナウンスが表示される。
『当初は討伐数5万体を予定しておりましたが、予想以上の討伐ペースを鑑みまして10万体へと変更させて頂きます。プレイヤーの皆さまにはご理解の程、どうぞ宜しくお願い致します』
これまた予想とは異なり、ボスモンスターの強化ではなく、まさかの討伐数を増やすという手段を運営側は選んだらしい。
「うぉぉぉ!!」
「よっしゃー! これでまだまだ殺れるぜぇ!!」
「運営やるじゃねぇか! ちょっと見直したぜ!」
この対応に対し、珍しくプレイヤー達から運営に対する称賛の声が数多く上がっている。
「なんとも大盤振る舞いをするものだ」
討伐数が増えればそれだけ入手できるアイテムの数も増えるのだ。普段の狩りでは到底実現不可能なペースで稼げている為、この機を逃すまいとプレイヤー達は更なるやる気を見せている。
「なんか普段と違い過ぎて余計に怖いんだけど……」
俺もルクスに同感だったが、どうも周囲のプレイヤー達のほとんどはこの事態をただ純粋に喜んでいるようだ。まあ彼らは久世創の考えを知らないので無理もない。
『また、これより[傲慢の大罪獣]ルシファーと[憤怒の大罪獣]サタンの2体のボスモンスターが以下の座標にて出現致します。どうかそちらの討伐にも振るってご参加下さい』
その発表に続き、ついに残るイベントボス2体の登場が発表された。
「ふむ。ここからだとサタンの出現位置が近いようだな。折角だし少し覗きに行ってはみないか?」
何か仕掛けられているとすれば、そちらが怪しい。後から何事か起きるのを人伝に知るくらいならば、自身の目で確かめた方が幾分気は楽だろう。
「そうね。最初の5体からはもう素材は十分に頂いたし、どうせなら今度はまた別のが欲しいところね」
各ボスが落とすアイテムの種類は異なっていた為、俺達を含めた多くのプレイヤー達は各ボスをローテーションしながら倒していた。
「まあ、そいつらのドロップアイテムが美味いかどうかは分からないけどな」
あの運営ならば敵は強いがドロップはマズイ、みたいな事をやって来ても全然不思議ではない。あいつらのやり口は、そうやって油断した心の隙にいつも付け込んでくるのだ。
「君たちが疑心暗鬼になる気持ちもわかるが、既にかなり稼がせてもらったのだ。何か仕掛けがあろうとも既に十分元は取れたと思うぞ?」
「まあ、それもそうだな」
今回ばかりは今更何が仕掛けられていようと、収支がマイナスに転じる事などまずあり得ない。これからの1日が全部無駄に終わったとしても問題ない程度には既に稼がせて貰っているのだ。
まだ少し身構えつつも楽観的な気持ちでサタンの出現位置へと俺達は向かう。
「おおっっ! ドロップ超やべぇぞ! 前のよりも更に美味いぞこれ!」
「しかも同時出現数倍とか、倒すペースも2倍になって最高にハイだぜ!」
「殺せ殺せ殺せぇ! ボス共は皆殺しじゃぁ!!」
俺達が到着した時、既に多くのプレイヤーが集まっており、既に虐殺の饗宴は始まっていた。
「一応、他の5体よりもHPなどは高いようだが、この様子では焼け石に水にしかなっていないようだな」
リーダー格だけあってか他の5体よりかは幾分強いようだが、それもあまり意味を為していない。日曜日の朝という事もあってか、イベント開始時よりも更に多くのプレイヤーが集まっているらしく、ボスが出現と同時に溶けていく惨状に何ら変化は無いようだ。いやむしろ、消えるまでの速度は更に早まってすらいる。
「今回はホントに嫌がらせとか無さそうみたいね?」
尚も訝しみながらも、ルクスがそう呟く。
「うむ、どうやらそのようだな。……などと油断していた所を突く作戦かもしれぬが、それまでに精々たっぷりと稼がせて貰うとしよう」
◆
現在は日曜のお昼前。各ボスの討伐状況は以下となっている。
[嫉妬の大罪獣]レヴィアタン :73620/100000
[怠惰の大罪獣]ベルフェゴール:75295/100000
[強欲の大罪獣]マモン :70025/100000
[暴食の大罪獣]ベルゼブブ :71391/100000
[色欲の大罪獣]アスモデウス :79239/100000
[傲慢の大罪獣]ルシファー :72568/150000
[憤怒の大罪獣]サタン :77239/150000
特筆すべきはやはり出現してからまだそれ程経っていないルシファーとサタンの討伐数が既に他と並んでいる点だろう。
同時出現数の多さやイベント参加プレイヤー数の増加、そして何よりそのドロップアイテムの美味さがこれ程までにプレイヤー達の討伐意欲を掻き立てたのだと思われる。
普段はイベントに参加しないプレイヤー達ですら、今回のお祭り騒ぎを聞きつけてか多数参加しているようで、過去に類を見ない規模の同時接続数を記録しているようだ。
「なーんにも問題起きないわね。何だかちょっと拍子抜けだわ」
過去に類を見ない程の激ウマイベントに怪しさを感じていた俺達だったが、人の警戒心というのはそう長続きするものではない。なんとか油断しないように言い聞かせてはいるものの、その実態は完全にボス狩りの虜となってしまっていた。
「このペースなら早ければ夕方前には終わりそうだな」
遅くまで寝ていた連中や、深夜の眠気に負けて一時仮眠を取っていた連中がそろそろログインしているらしく、プレイヤーの数は更に増加傾向にあった。当然、討伐ペースもそれに応じて上昇しているし、このままだと遠からず全滅するボスも出て来るだろう。そうなれば他のボスの討伐速度もまた更に加速するに違いない。
このイベントは本来、『七大罪の暗躍』と『聖なる夜の奉灯会』に続く、七大罪ボスとの最終決戦という位置付けであったのだが、巷では"採集決戦"などと呼ばれている始末だ。
どうしてこうなった、と思わなくもないが、こちらが得をしている以上、文句など言えるはずも無い。
「あ、遂に一体全滅したみたいね」
そして正午を回った頃、[色欲の大罪獣]アスモデウスの計10万体の討伐が完了した。
今まさに俺達が倒した個体が丁度10万体目だったらしく、それ以上新たなボスが出現する気配は無い。どうやらこれで本当に打ち止めらしい。御馳走様でした。
「殺したかっただけで死んで欲しくはなかった」
「人の罪深さを実感させられた」
「おいしい奴を亡くした」
などとネット上でもその死を悼む声で溢れかえっており、七大罪をテーマとしたイベントとしては、ある意味相応しい幕引きと言えるかもしれない。
人間とは本当に罪深くて欲深くて救いがたい生き物であるらしかった。もちろん俺自身も含めて。
「残りボス6体か。少しでも多く狩って素材を集めるぞ!」
次なるターゲットの元へと俺達は急ぎ移動を開始する。
その最中での出来事だった。背後から俺達を呼び止める声が聞こえてくる。
「げっ、おまえら……」
そうして振り返った先には立っていたのは、まったくもって嫌な予感しかしない連中の姿であった。




