4 ユグドラビリンス
「しかし、レギナ君の抜けた穴は中々埋まりそうにないな……」
ラグナエンド・オンラインにおけるパーティ上限は、5人。
しかし今現在この場にいるのは、俺とネージュ、ルクス、ヴァイスの4人だけであった。
「フレンドリストを見るに、どうやらレギナ君は無事にこのゲームからログアウト出来たようだな。……その事自体は喜ばしいのだが、残念ながらパーティの戦力低下は避けられまい……」
元々このパーティはレギナが募集したパーティであり、自身もSSRアバター"サタン"を操る大変優秀な戦力であった。
そんな彼女が抜けた穴を埋めるべく、現在、俺達は新たなパーティメンバーの募集を行っていた。
幸いにして、パーティに最重要職であるクレリックがいる為、募集を行えば人自体はすぐに集まるのだが……。
「ったく、来る奴来る奴全員が地雷って、一体どういう事だよ!?」
鬱憤が積もりに積もったのか、そう怒りを露わにするルクス。
だが、それに関しては俺も全くの同意見であった。
なぜなら、ここまでレギナの代わりとしてパーティに加入したプレイヤーは、その全員が、レベルやプレイヤースキル、そして何よりも性格面において難有りのロクでもない連中ばかりだったからだ。
「おい、回復おせぇよ! 回復は俺に合わせて使えよ!」
例えば、ヴァイスがタゲを取るのを待たずに単独で突っ込み、勝手に死にかけておいてそんな発現を繰り返す、自己中心的な輩であったり。
「ぐふふ。皆、すっごく可愛いね。ねぇ俺と今度一緒にリアルで遊ばない?」
ゲームの攻略など捨て置いて、所かまわず口説きに掛かる出会い厨であったり。
大体このパーティの面子、全員が多分中身男だぞ?
そんなに女の姿が好きだと言うのなら、それこそ俺みたいに鏡に映る自分の姿で勝手にハァハァしとけばいいだろうに……。
「やれやれ、皆さん全くなっていませんね。ここは僕にパーティリーダーを任せてみては?」
Rアバターのクソ性能かつ、ゴミみたいなプレイヤースキルの癖して、なぜか頻りにパーティの指揮権を得ようとする身の程知らずであったり……。
ともかく、新しくパーティに加入してくる連中が悉く酷いプレイヤーばかりであったのだ。
そりゃ、ルクスも怒るわな。
「ふむ。残念なことに、どうもイツキ君の存在が逆にネックとなってしまっているようだな……」
数少ないクレリック――しかも最高位のSSRだ――が在籍するパーティという事もあり、俺達のパーティは非常に人気が高いようだ。
必然加入の競争倍率は高くなるのだが、そういった場合において枠争いに勝利するのは、大抵寄生虫のようなプレイヤーであるのが現実の悲しい所だ。
彼ら寄生虫共の多くは――恐らく無自覚なのだろうが――他人に寄生する事についての努力だけはなぜか怠らない性質を持つ。
どういった手段を使っているのか俺には知る由もないが、彼らはマトモなプレイヤー達をあの手この手で押しのけて、そのたった1枠に滑りこんでしまうのだ。
「ううむ。イツキ君には一旦パーティから抜けて貰って、その上で募集した方が良さそうだな」
思案の末、新たなパーティリーダーであるネージュがそう決断する。
「っておいおい。今度は、誰も来ないじゃねぇかよ!」
そうすると先程までとはまた状況が一転し、今度は誰も募集に応募してこないという事態が発生してしまう。
強制ログアウト処置によってプレイヤーの数は減るばかりの現状、新規にログインするプレイヤーがいない事もあってか、パーティ募集の需要に対して、供給が追い付いていないのだ。そのせいで、クレリックが居ないパーティに入ろうとするプレイヤーの数は希少な存在となってしまっている。
ゲームの仕様上、クレリックの存在が重要である為、多くのプレイヤーがそう考えるのは止むを得ない事ではあるが、これは非常に困った事態だ。
「さて、これはどうしたものかな……」
にっちもさっちも行かない状況を前に、俺達は何か打開策が無いか思案する。
「なぁ、いっその事、もう4人だけでやらないか?」
色々と考えた末、思い切って俺はそんな提案をする。
まだロクに情報も無い未知の新ダンジョンを、定数未満で攻略しようなどというのは、やや無謀な考えだと言う事は勿論、俺も理解している。
しかし、それ以上にダンジョン攻略にすら向かえずに足踏みしている現状に対し、俺はいい加減辟易としていたのだ。
折角の理想郷での日々を、ただ人を待つだけで消費する時間が耐え難かったのだ。
「……そうだな。このまま座して待っていてもジリ貧なのかもしれないな……」
普通の状況であれば、時間経過と共に人の入れ替わりが発生する為、待つ価値はあるのだが、現状ではプレイヤーの数は減っていくばかりで、状況の改善はあまり期待出来ない。
それに変な人間をパーティに入れて今の良い感じの雰囲気を壊すくらいならば、いっその事4人で攻略する方がマシなのでは? そう考えたのだ。
「んだな! なぁに、俺達は強えぇ。例え4人でだってダンジョンの1つや2つ、余裕だぜ!」
「ボクもその意見に賛同する。現状でもパーティは過不足無く機能している」
ルクスとヴァイスが賛成の意を示した事で、ネージュの表情は覚悟を決めたモノへと変わる。
「うむ、どうやら決まりのようだな。この4人で、"ユグドラビリンス"を攻略しよう!」
◆
古都ブルンネンシュティグを北に進む事しばし、ついに俺達は目的の地へと辿り着く。
そこには上空に浮かぶ雲すら突き抜け、天にも届きそうな大樹が悠然とそびえ立っていた。
「ふむ。これがユグドラビリンスか……。世界樹の名に恥じない威容だな」
そう言いながらもネージュの視線は、一心に大樹へと向けられていた。
いや、ネージュだけでなく他の2人も同じ様子である。
SDIの機能をフル活用して描かれたその大樹は、現実と全く区別が付かない程のリアリティを有していた。
それ故に俺の本能は、この大樹をさも現実の存在だと認識してしまう。
だが、その一方で常識がそれを否定していた。このような途方も無い大きさの樹など、現実世界ではまず存在し得ないと。
現実に有り得ない存在を、現実に有ると錯覚させてしまうこの異常なまでの現実感。
ラグナエンド・オンラインを始めてからこれまで何度も遭った感覚ではあったが、この大樹の存在は俺にその事を改めて痛感させてくれた。
その結果だろうか、俺のテンションが否応なく高まっていくのを感じる。
「よっしゃー。なんか燃えて来たなぁ、おい!」
「うむ! これは、強制的にログアウトさせられる前に、是非ともクリアせねばなるまいな!」
どうやらテンションが上がっていたのは、他のメンバーも同様だったらしい。
唯一無言を保つヴァイスですら、無表情ながらどこかワクワクとした雰囲気を漂わせているように見える。
「では早速中に入るとするか」
大樹の中心には、人が数人程度通れる程度の穴がポッカリと開いている。
恐らくこれが入り口なのだろう。
「ボクが先頭を行く」
タンク役であるヴァイスが率先して前へと進み出る。
ヴァイスの先導に続き、全員がダンジョン内へと入った直後、来訪客を盛大に歓迎するかの如く、俺達の行く手をモンスター達が遮った。
「ふむ。エントが2に、トレントが1、イビルツリーが2にウッドマンが3か」
「そしてやっぱり、全員女性型なのか……」
その見た目は、パッと見では歩く樹木といった様相であるが、その中心には女性型の本体が存在していた。
そしてそれら女性型のデザインは、モンスターの種類によってそれぞれ異なっているものの、その全てが非常に可愛らしい容姿をしていた。
無論、ソルちゃんと比べれば、その足元にも及ばない程度ではあったが。
一方で樹木部分についてだが、カラーリング以外には特に目立った違いは見受けられない。
「なんかさ。女性キャラのデザインにばっか気合い入れすぎじゃね?」
決して他が手抜きという感じではないのだが、こと女性キャラのデザインに対しては、やけに気合いが入り過ぎている印象だ。
「うむ。どうやら運営の上層部に、妙な拘りを持った人物がいるようだな」
これまでもそうであったが、たかが雑魚モンスターのデザインなのに、異常なまでに凝り過ぎているのだ。
一般的なゲームならば、全て単なる色違いで済ましてもおかしくは無いというのに、ここのモンスター達は、皆個性的な姿や表情をしている。
例えまったくの同種のモンスター同士ですら、それぞれが異なった表情を浮かべている為、個性すら垣間見える程なのだ。
「そう言えば、このゲームでまだ男のキャラって見た事無いな……」
現状、プレイヤーは女性型アバターしか使えないし、街にいるNPCもイツキが見た範囲に限るが、全て女性であった。
そして、今のように対峙するモンスター達も皆、女性の姿をしていた。
確か、事前に公開された映像なんかでは、普通に男性の姿もあったと思うのだが……。
「今はそんな事どうでもいいじゃねぇか! それよりも相手は土属性の敵ばっか! ならここは俺様の独壇場だぜ!」
ルクスの言う通り、闇属性であるイビルツリーを除き、目の前にいるモンスター達は皆、土属性である。
そしてラグナエンド・オンラインには、属性による相性というものが存在する。
水→火→風→土→雷→水
↑
光⇔闇
図で表すと、こんな感じである。
水は火に勝り、火は風に勝り、風は土に勝り、土は雷に勝り、雷は水に勝る。
有利属性から不利属性への攻撃には、プラス補正が掛かりダメージが大きくなる。
反対に不利属性から有利属性への攻撃には、マイナス補正が掛かりダメージが減衰する。
上位属性ともいえる光と闇属性同士は、互いに対するダメージが増大する関係だ。
そして、光と闇の属性が、下位の5属性へと攻撃を仕掛ける場合は、多少だがプラス補正が掛かり、ダメージが若干大きくなる。
逆の場合は、他の例と同様にダメージが小さくなるという寸法だ。
そんなシステム的な事情もあり、敵の多くが土属性である現状、風属性の"トリスタン”を使うルクスは、かなり有利な状況に置かれていると言える。
「ふっ、だが遅いなルクス君。〈マハーカーラ〉」
だが、そんな張り切るルクスを横目に、〈シヴァ〉のアバターを纏ったネージュが、敵の群れに対し先制攻撃を仕掛ける。
ネージュが持つ杖の先から、黒い波動が迸り敵全体を闇で包み込んでいく。
「ちょっ、おまっ」
「〈ガンガーダラ〉」
出遅れて間抜けな声を漏らすルクスに構うことなく、攻撃を続行するネージュ。
今度は杖から巨大な水の波濤が吹き出し、敵へと襲い掛かっていく。
その水流の圧力によって押し流され、敵の集団はあっさりと全滅したのだった。
「ああ……。折角の俺様の活躍のチャンスが……」
そうがっくり肩を落とすルクス。
「ふむ。どうやら外の敵と強さはそう大差は無いようだな」
そんなルクスを気にした様子もなく、ネージュは淡々と今の戦闘結果への感想を述べている。
「やっぱ、ネージュの火力はすげーな……」
こと対集団戦におけるネージュの火力は、パーティ内でも随一であった。
その理由はいくつも挙げられるが、やはり一番の要因は、ネージュの使うSSRアバター"シヴァ"の性能の高さだろう。
◆◆◆
アバター名:〈シヴァ〉 Lv:37/40
タイプ:ウィザード
属性:水
レアリティ:SSR
召喚装備名:〈トリシューラ〉
アクションスキル
〈マハーカーラ〉
大いなる暗黒で敵を包み込む。 闇属性、範囲(大)、一定確率で暗闇を付与、CT20秒、倍率2000%
〈ナタラージャ〉
パーティ全員の攻撃UP(大)、CT60秒、持続300秒
〈ニーラカンタ〉
パーティ全員の状態異常防止(1回)、CT60秒
〈ガンガーダラ〉
激流で敵を押し流す。 範囲(大)、倍率3500%、CT25秒
アシストスキル
〈バイラヴァ〉
自身の攻撃UP(大)、速度UP(中)
〈破壊の神〉
ダメージUP10%
ラグナブレイク
〈マハーデーヴァ〉
大いなる水による破壊とその後の再生。 範囲(大)、倍率27000%
◆◆◆
見ての通り、高威力の範囲スキルを2種類持っており、〈ナタラージャ〉とアシストスキル2種によって、その威力を更に強化する事が可能だ。
その威力の高さは、SSRアバターが持つ範囲スキルの中でも随一である。
加えてネージュは、パーティメンバー中最も課金ガチャを回しているだけあって、装備も一番充実している。
それらの相乗効果によって、今のように敵をたった2撃で全滅させる程の大火力を得たという訳だ。
その後も、ネージュの火力を主軸として、俺達は立ち塞がる敵をガンガンなぎ倒しながら大樹の迷宮を登っていく。
先に進むほどに、出現する敵も徐々に強力になってはいったのだが、生憎と俺達を苦戦させるには至れない。
勿論、ネージュのスキル2連撃に耐えた敵も少なからず存在したのだが、そういった連中も続く俺やヴァイスの範囲攻撃によって殲滅させられていく。
それらに辛うじて耐えた個体も少数居たが、そいつらはルクスによるとトドメの射撃によって儚くも沈んでいくのだった。
「ううっ、折角の有利属性の敵なのに、俺様ほとんど活躍してないぜ……」
決して役に立っていない訳ではないのだが、一方で敵の撃破数がパーティ中で最低なのも事実ではあった。
なので火力職としての自負が強いルクスにとって、現状はあまり満足出来るモノでは無いのだろう。
「ははっ、まあボス戦では、きっと活躍できるって」
落ち込むルクスを、俺はそう言って慰める。
ラグナエンド・オンラインでは、植物系のモンスターは――エビルツリーなどの例外は存在するもの――基本的には土属性に分類されるらしく、そこから推測すれば、ダンジョンのボスであるユグドラシルも、同様に土属性である可能性は高いと考えられる。
であれば、有利属性である風属性で、かつ単体攻撃に特化した"トリスタン"が活躍出来るという予想は、決して的外れとは言えないだろう。
「そ、それもそうだな! うっし、ボス戦は俺様に任せな!」
その後も俺達は順調にユグドラビリンスの攻略を進めていく。
そして、ついにその最奥へと到達した。
「うむ。マップを見る限り、恐らくこの扉の先でボスであるユグドラシルが待ち受けているのだろう」
「おっしゃー! 腕が鳴るぜ!」
「待って。バフの掛け直し」
気合い十分で今にも駆け出さんとするルクスに対し、ヴァイスが待ったの声をかける。
「そうだな。各々支援バフの掛け直しを頼む」
戦闘開始前のバフの掛け直しは地味ながら重要だ。
特にヴァイスのアバター"ミカエル"が持つ防御バフ〈サン・ミシェル〉は強力な為、その有無は生存力にかなり影響してくる。
◆◆◆
アバター名:〈ミカエル〉 Lv:34/40
クラス:ナイト
属性:火
レアリティ:SSR
召喚装備名:〈セフィロトの盾〉
アクションスキル
〈フレイムアセンション〉
神の炎によって周囲の敵を焼き払う。 範囲(中)、ヘイト値上昇(大)、CT15秒、倍率600%
〈サン・ミシェル〉
パーティ全員の防御UP(中)、リジェネ(小)付与、CT10秒、持続120秒
〈魂の天秤〉
パーティ全員のラグナゲージを20%上昇、CT300秒
アシストスキル
〈神に似た者〉
自身の攻撃UP(中)、防御UP(中)、速度UP(中)
〈大天使長〉
自身のダメージカット10%
ラグナブレイク
〈セラフィックブレイズ〉
断罪の炎による範囲攻撃。 範囲(中)、ヘイト値上昇(特大)、倍率24000%
◆◆◆
「では準備も整ったようだし、そろそろ突入するとしよう」
全員のバフ掛け直しが終わったのを見計らい、ネージュがそう告げる。
「よっしゃー。俺様の力、存分に見せてやるぜ!」
気合い十分にそう言い放ちつつ、ルクスが目の前の扉を強く押し込む。
すると、ゴゴゴッという擦過音と共に、左右へと扉がゆっくりと開いていく。
「って、ボスじゃないのかよ!」
開いた扉の先には小さな部屋が存在しており、その中心には転移魔法陣が鎮座していた。
どうやら、これを使ってボス部屋へと向かうらしい。
「よっしゃ、行く――」
「待って」
今度こそとばかりに意気込むルクスに、再びヴァイスが制止をかける。
「ったく、なんだよ、ヴァイス?」
「バフ、掛け直し」
「いや、さっき掛け直したばっかじゃねぇか?」
「ダメ」
どうやら、僅かな時間のロスであっても見逃せないらしく、再度のバフ掛け直しを要求するヴァイス。
ちょっと神経質な気もするが、恐らくこの後はボス戦である以上、その判断は間違っていないと俺は思う。
「うむ、そうだな。念には念を入れるべきであろうな」
という訳で、再度バフを掛け直し、今度こそ俺達は一斉に魔法陣へと飛び乗る。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「鬼でも蛇でもなくて、出て来るのは世界樹だけどな」
そんなどうでもいいツッコミをしている間に、転移魔法陣が発動し、周囲の景色がブレ始める。
「ここか……」
そして、ブレが収まった先に広がっていたのは、周囲を木々で覆われた巨大な空間だった。
いかにもボス戦用と言わんばかりに、広大なスペースである。
そしてその奥には、このダンジョンのボスだろうユグドラシルと思しき姿が存在していた。
シルエットこそ、これまでに出会った樹木型の雑魚モンスター達に近いように見えるが、こちらに与える印象は大きく異なる。
そもそもサイズが何倍も違う上、細かい部位の装飾などについてかなり凝られたデザインをしており、見る者に憧憬や畏怖の感情を抱かせるのだ。
ただ中心に女性型の本体が存在している事は、他のモンスター達とも共通している。
その女性は、赤茶色の美しい髪を葉っぱ型の髪飾りで纏めており、その内側には儚げで美しい素顔が存在していた。
そんな彼女が、両手を上に掲げながら、俺達に向かって微笑んでいるのが見えた。
「っ!?」
その微笑みに俺は妙な悪寒を覚え、反射的に身構えたが、時既に遅し。
『〈アクシス・ムンディ〉』
荘厳な響きを伴った美声が、その女性から放たれると同時に強烈な震動が、部屋全体を駆け巡る。
それに続いて周囲の地面が次々隆起し、俺達は身動きが取れなくなってしまう。
「くそっ、なんだこれっ!?」
そんな俺達の困惑など構わず、やがて隆起していた地面が、ドォォーンという巨大な音を伴いながら一気に破砕するのが見えた。
「くぅぅ」「きゃぁっ」
その衝撃によって俺達は吹き飛ばされ、視界がグルグルと回る。
それが収まり、ようやく周囲の状況に意識を向ける余裕が出来た時には、既に俺の視界は色を失っていた。
「……死んだのか?」
既にHPバーは0となっており、何かしようにも一切の身動きが取れなくなっていた。
視界は完全に彩度を失い、今は白と黒の2色だけで描かれている。
部屋の奥には、俺を殺したユグドラシルが、悠然と佇んでいるのが見える。
逆にすぐ傍には、仲間達の成れの果てと思しき魂がゆらゆらと浮かんでいた。
その数は3つ。先程のユグドラシルの攻撃によって、どうやら俺だけではなくパーティメンバー全員が死んでしまったようだ。
「おーい」
仲間達に呼び掛けるべく、何度か声を発っするが、反応は一切無い。
そもそも俺自身の聴覚にも現在物音一つ届いて来ない為、きっとこの魂だけの状態では、会話そのものが不可能なのだろう。
そうこうしている内に、一つまた一つと視界にあった魂が消えていく。
恐らく諦めて街へと帰還したのだろう。
仕方なく俺も、彼らと同じ選択を選ぶのだった。
◆
「ははっ。まさか、いきなり即死させられるとは思わなかったな」
死亡後、街の広場で再集合した俺達を前に、開口一番、ネージュがそう言い放つ。
「全くだぜっ! くそぉ、いくら何でもあんまりじゃねぇか?」
「死亡イベント……、って訳でもないんだろうな。特に何もメッセージとか無かったし……」
ありがちな展開だが、その場合はそうだと示す何かがある筈だ。
「受けたダメージは、ボクの最大HPをほんの少しだけ上回っていた。あと一つ防御手段が何かあれば、きっと耐えられる」
どうやらヴァイスは、あんな混沌とした状況下であっても、ユグドラシルに受けたダメージの値を一つ一つきちんと把握していたらしい。
冷静沈着な奴だとは思っていたが、まさかここまでとはな。
俺は内心でヴァイスに対し、賞賛の言葉を贈る。
「ふむ。だが現在我々が使える防御手段は、あの時全て使用していたと思うのだが……」
ダメージを軽減する類のスキルは、一通り事前に使用済みだった筈だ。
故に現時点のそれぞれの手札には、これ以上ダメージを減らす術は存在していないと思われる。
「そうだな……。何かネットに情報が出回っていないか、早速確認してみるとしよう」
ダンジョン内ではカンニング防止の為か、ウェブサイト等の閲覧が出来なくなっているが、街に戻ればその制限は失われる。
「って、なんだこりゃ。なんか滅茶苦茶炎上しまくってるな……」
ルクスの呟いた通り、ネット上では現在、ラグナエンド・オンラインに関する話題で、大きな盛り上がりを見せていたのだった。