1 図書館での邂逅
予告通り第3.5章を投稿致します。全1話です。
クリスマスイベントが妙な結末で終わりを迎え、続くバラーディアとの邂逅で世界の闇を垣間見てしまった俺達。結果、処理しきれない思いを抱いたまま微妙な気分で新年を迎える事となった。
「では、すまないが私はこれより本家へと戻る。イツキ君は変わらずゆっくりと過ごして欲しい」
「一人だけ残すことになってごめんなさいね。この埋め合わせはきちんとするわ。じゃあ、良いお年を!」
「バイバイ、イツキ。またね」
「ああ、気を付けて帰れよ」
一緒に暮らしていた彼女達3人は、各々の事情により実家へと帰省していった。そんな中、親類縁者が一人も居らず帰る家など持たない俺は、一人ネージュの屋敷で寂しく過ごしていた。いや正確には屋敷の使用人の方々はいるのだが、彼らは変わらず俺を客人扱いし、その距離を縮めるつもりは毛頭無いようだ。プロ意識が高くて結構な事ではあるのだが、その一方でどうにも寂しさを感じてしまう。
……1人でいるのが落ち着かないなんて、俺も随分と変わったもんだな。
かつての俺ならば一人で過ごす時間にこそ至福を感じていたはずだ。だが今の俺は驚くべきことに、彼女達の居ない生活に不満を抱いているらしい。
「……しゃーない。REOでもやるか」
遊びに行くのではなく、逃避の為にあちらの世界へ出向くなど多分初めての事だ。それほどまでに彼女達の存在に依存していた事に気付きまた驚くが、不思議と悪い気分にはならなかった。
「しっかし、さすがに正月だと誰もいないな」
レギナやバラ―ディアなどといった数少ない俺のフレンド達は、誰もログインしていなかった。野良パーティに混ざる事も考えたが、どうにも今は狩りを楽しむ気分にもなれない。
「ああそうだ、この間ガチャの更新があったな。確かソルの新バージョンも追加されていたはずだ。ここは新年の運試しとでもいこうか」
という訳で俺は課金ガチャを回す事にした。決勝戦の動画は案の定きちんと録画されていなかったが、そこまでの各試合の動画をUPした事で、懐は十分潤っている。
「おっ、やっと来たか」
50連程回したところで、無事ソルの新アバター解放武器を引き当てる。
◆◆◆
装備名:オラクルナックル
種別:拳 属性:火 レアリティ:SSR
解放アバター:[太陽の巫女姫]ソル
◆◆◆
「しっかし相変わらずソル以外は出ないな。別に構わないんだけどさ。……でも絶対なんかあるよなぁ。これも久世創の仕業なんだろうか?」
別にソル以外のアバターが欲しい訳ではないのだが、ここまでソル以外を引けないとなると、やはり何かの意図を感じてしまうのだ。もっともその事を運営に問い合わせても「そのような事実はございません」としか返って来ないのだが。
「うん! 巫女服姿のソルもいいな!」
今回俺が入手した[太陽の巫女姫]ソルは、名前の通り巫女服姿のソルだ。正月限定だし、恐らく初詣あたりを意識した衣装なのではないだろうか。初の和装ソルだがこれはこれでとても良く似合っている。
「……さてこの後どうするかね」
このアバターの育成を行ってもいいのだが、なぜだか気乗りしない。やはり彼女達以外とパーティを組む気には今はなれないのだ。
「……そうだな。あそこに行ってみるか」
しばし黙考した末に俺が出した結論は、かねてより興味を抱いていた図書館都市セラエノへと向かう事だった。
◆
「ここがセラエノか。案外普通の都市みたいだな」
名前からてっきりもっとSAN値が下がりそうな場所を想像していたのだが、どうやら違ったようだ。
「さてと目的地へと急ぎますか」
本にまつわる様々な施設が立ち並ぶ中、俺は一直線に都市の中心部へと向かって歩き出す。幸い目的の場所は直ぐに視界へと映る。
「はー、あれが噂のセラエノ大図書館か。なんか思ってた以上にデカいな」
大図書館を名乗るだけあって物凄いサイズの建物だ。以前見たイフリートキャッスルよりも大きいかもしれない。
「あんだけデカけりゃ、時間を持て余す心配は無さそうだな」
聞いた話では、あの図書館には現在電子化済みの書籍のうち一部の新書などを除いたほぼ全てが収められているそうだ。著作権の問題からか持ち出しなどは禁止らしいが、絶版となった本も数多く収蔵されており、多くの読書好きのプレイヤー達が連日あそこへと詰めかけているらしい。
受付で簡単な注意事項の説明を受けてから、俺は建物の中を進んでいく。
「凄いなこの本の数。一体、何千何万の本が収められてるんだろうな」
ここにある本は全て電子の存在であるはずだが、現実の本と同様の姿で本棚へと収められている。本棚は手を伸ばしても到底届かない程に高くまで伸びており、それらが所狭しと部屋一杯に並べられている為、さながら迷宮のような様相を為していた。
「しかし、思ってたほどは人がいないな」
やはり正月だからだろうか? 無論それなりに数はいるのだろうが、それ以上にこの図書館が広すぎるせいで、予想よりも人とすれ違う事は少ない。
「折角だし色々と見て回るとするか」
何か特定の読みたい本があった訳でもなかった俺は、気分に任せて図書館内を散策していく。
「へぇ、結構古ぼけた本も多いんだな」
本の電子化などその長い歴史と比すればつい最近の出来事に過ぎない。それ以前に造られた本は当時の保存状況などをそのまま再現した状態で本棚へと収められている。だからこそその本に宿った歴史や趣が感じられるというものだ。
ある意味では人類の歴史の集大成ともいえるこの大図書館を巡る旅は、俺にとって中々楽しい一時であったらしく、あっという間に時間が過ぎ去っていく。
「もう夜か。大分見て回った気がするけど多分まだ全然だよなぁ」
想定以上に本棚の密度が高かったせいか、とても全フロアは見て回れてはいない。
「あれ……てかここどこだ?」
夢中になり過ぎたせいか気が付けば俺は現在地を見失ってしまっていた。周囲に人の姿は無く、ただ本ばかりで埋め尽くされている。それを意識してしまった瞬間、急に居心地の悪さを感じてしまう。
「……早く戻ろう」
一刻も早くこの場所から去りたいと、急な焦燥感を駆られて俺は走り出す。だが背の高い本棚で囲まれて視界が悪い中、急に走ったりすればどうなるか。
ドンッ、という音と共に誰かを突き飛ばしてしまった感覚が覚える。どうやら本棚の影から現れた少女の存在を見落としてしまったらしい。
「す、すいません。……怪我は無いですか?」
俺がぶつかったせいで倒れてしまった少女へと、そう声を掛けながら手を伸ばす。VRである以上、怪我などあるはずは無いのだが、焦った俺にはそんな事すら気が回らなかった。
「……」
対する少女はというと、特に気分を害した様子もなくただ無表情のまま、俺の手を取り起き上がる。
その事にホッとしたのも束の間のこと。起き上がった少女の姿を正しく認識した瞬間、俺の脳髄に得も知れぬ衝撃が奔る。
「……え?」
その少女の素顔は俺にとって非常に見覚えのあるモノだった。
白く透明感のある肌に太陽を具現化したようなオレンジの髪。その内側には未成熟でありながら完成された女神の如き造形が浮かぶ。鏡や動画の中で何度も見た事がある顔だ。
「……ソル?」
そう。その少女の素顔はソルそっくりだったのだ。
しかしソルのアバターの所持者は俺の知る限りでは3人しかいない。だが俺の知らない範囲で持っているプレイヤーがいても別におかしい話ではない。俺が驚いたのはもっと別の事だった。
それは彼女の纏う衣装が俺が知るどのソルとも異なるモノだったことだ。純白のウエディングドレスを纏ったその姿は、オリジナルのソルに近い印象だが、彼女の服には戦闘用に改造が施された形跡などなく、純粋に女性としての美しさを引き出すためのデザインをしていた。そしてそれは鏡の中で見るオリジナルのソルよりも更に美しく、俺の心を激しくかき乱すのだ。
このような姿をしたソルのアバターの存在を俺は知らない。正月に実装されたニューバージョンも含めて、全てをコンプリートしているはずの俺が知らないのだ。きっと他のどのプレイヤーも知らない事を俺は無意識に確信する。
「君は一体……」
纏まらない思考の渦に翻弄されつつも、どうにか絞り出した言葉がそれだった。果たして彼女がその意図を理解してくれたのかどうか、無言のまま小さく頷いた後、俺に一冊の本を差し出して来る。
「……これは?」
そう問い掛けるも彼女は何も答える事無く振り返り、そのまま部屋の奥へと去っていってしまった。
「ま、待ってくれ!」
唐突な展開の連続についていけずに反応が遅れてしまった俺は、今更ながらに追いかけるも再び彼女の姿を見つける事はついぞ叶わなかった。
「……なんだろうなこれ?」
彼女の捜索を諦めその場に残された俺は、手渡された一冊の本を見つめる。表紙にタイトルや著者などは記載されておらず、装丁も非常に簡素なものだ。本というよりはむしろノートか何かのように見える。
「中を確認してみるか」
この中に彼女の手掛かりがあるかもしれないと期待を抱きながら、俺は本のページを捲っていく。
『若くして大好きだった姉が死に、その後を追うようにして父と母も逝ってしまった。この世には絶望しか無いと思っていた俺を、あいつが救ってくれた。これからの人生はあいつが俺に示してくれた未来のために生きようと思う』
どうやら何者かが書いた日記か何かのようだ。雑な手書きの字で取り留めもない言葉が淡々と綴られている。ただなんとなく俺に境遇が似ているなと感じてしまい、つい先を読み進めてしまう。
筆者は宇宙関係の事業に携わっているらしく、それらしき内容が飛び飛びに綴られていた。仕事で行き詰った時のストレスを発散すべく書き綴っているようにも思える内容だ。
『火星のテラフォーミングは順調のようだが、それだけでは遠からず人類は行き詰まるだろう。早く外宇宙への進出手段は確立せねば……』
ここで俺は疑問を覚えてしまう。
俺の知る限り、火星のテラフォーミングなんてものはおろか、人類はまだ火星に到達すらしていない。それというのも2037年に起きたユーラシア大陸東部消滅事件が原因だ。ライバルを失った米国が宇宙開発への注力を取りやめ、以降は宇宙開発事業に目立った進展が見られないのだ。一説ではそのリソースがVR関連技術に注ぎ込まれたなんて噂もあるが、流石にそれは眉唾ものだろう。
『やはり宇宙開発をこれ以上進めるには、人間の力だけでは難しいと改めて実感した。かねてより思案していた自律進化型AIの完成を急ぐとしよう』
自律進化型AI? 人間の手がなくともひとりでに進化するAIといった所だろうか? 久世創の造ったとされるAIミュトスと何か関連があるのだろうか?
そこから先はAIの開発に関する筆者の苦悩がダラダラと綴られているばかりで、特筆すべき事は見当たらない。
『自律進化型AIがついに完成した。これをミュトスと名付ける事にする。素晴らしい! これで人類の未来は開けたのだ!』
どうやらついに完成したらしい。そしてやはりAIとはミュトスの事を指していたようだ。となると筆者は久世創という事になるのだろうか? ただ俺の知る久世創像とこの本の筆者がどうにも一致してくれない。
それから先はしばらく、長年の苦労が実った喜びが取り留めも無くズラッと書き連ねてあった。しかしそんなテンションの高さから一転、書かれる内容の雰囲気が徐々に暗く変化していく。
『ミュトスの分体を搭載した外宇宙探査船が全て消息を絶った。原因は全く分からない。一体なにがあったのだ……』
『何度送っても結果は同じだった。どうやら単なる無人探査機なら問題はないようだが、ミュトス分体を搭載すると必ずそうなってしまう。まったく訳が分からない』
筆者の苦悩を反映してか、書き綴られた文字には焦りの色が濃い。
『こうなれば私自らが出向く他無い。死の危険はあるがそれも覚悟の上だ。ただ私には伴侶も親戚もいない為、久世家の遺産をどう扱うかを考える必要がある。さてどうしようか……』
久世家か、やはり筆者は久世創である可能性がますます色濃くなった。ただこの日記に書かれた内容は、俺の知っている現実とのズレが多すぎて、妄想か何かに思えてならない。
『森羅とも相談した結果、奴の養子でもある彼女に遺産は全て残す事にした。私としても娘のように可愛がってきた子だ。その事に不満は無い。ただ成長した彼女が私に寄せる明け透けな好意に尻込みし、最近ではほとんどプライベートで会話を交わしていなかったのが悔やまれる。これが少しでも贖罪となってくれれば良いのだが……」
今度は森羅という名前が出て来た。恐らくミュトス社の社長の語部森羅の事なのだろう。だが彼には実の息子はいたはずだが、養女などは居なかったと記憶している。やはりこれはフィクションの類なのだろうか。
それからはしばらくは日記を付けていなかったのか、その日付が大きく飛ぶ。
『……人類は全て彼らの掌の上だった。だがミュトスならば、もしかしたら風穴を開ける事が出来るかもしれない。今はただその可能性に賭けるとしよう……』
最後のページにはただそれだけが綴られていた。やはり意味が分からない。
「……結局何だったんだ、この本? 日記? 小説?」
読んだ限りでは日記としか思えない纏まりの無さだったが、その日付は途中から未来を指し示していた。ならば日記風のフィクション小説か何かだったのだろうか。
「結局、彼女の正体については何も分からず終いだったな」
何を思って彼女がこの本を俺に渡したのか。最後までその中身を読んでも俺には理解出来なかった。
「ってなんだ!?」
そんな事を考えていると、突如として手に持っていた本がノイズを生じながら、その姿をブレさせていく。
「……消えた!?」
そしてそのまま歪みに呑み込まれるようにして、本は跡形もなく消え去ってしまった。
「ったく、訳が分からないぞ……」
本の内容は勿論、その本の実在すらもはや不明瞭となってしまった。この事を他人に話しても、とても信じて貰える気がしない。むしろ今の出来事は全て夢だったと言われた方が逆に信憑性があるようにすら思えてならない。
「はぁ、帰るか……」
受付で退館手続きを済ませ、建物の外に出た俺はそのままゲームからログアウトした。
これは余談となるが、その日の晩に布団に潜った俺は図書館で出会った謎の少女のあまりに美しい姿を思い出し眠れない夜を過ごす事になってしまった。人の煩悩とは全くままならないものであると、改めて俺は実感させられたのだった。
続きとなる第4章は、4/3(月)より投稿開始予定です。全9話予定です。
細かい話については活動報告に記しますので、興味がある方はそちらも御覧下さい。




