11 真実の一端(前編)
結局、クリスマスイベントはなんとも言えない結末を迎える事となった。
「なんていうか……これぞ死屍累々って感じだったわね」
その時の様子を振り返りながら、しみじみとした口調でルクスがそう呟く。
「うむ……。どうも我々が戻って来た段階で、既に半数以上が死んでいたそうだぞ?」
武闘会の決勝戦へと挑んだはずの俺達だったが、なぜか高性能AIを搭載したイベントボス――[傲慢の堕天使]ルシファーと[憤怒の悪魔王]サタンの2体と戦うことに。苦戦しつつもどうにか彼女らをあと一歩まで追い詰める事に成功した俺達。そこで彼らから交渉の申し出がある。情報やアイテムを提供する代わりに見逃して欲しいとの事だった。いくつかの駆け引きの末にその交渉は成立し、俺達は様々な利益を得ることが出来た。
そうしてホクホク気分で街へと戻った俺達を待ち受けていたのは、[大罪獣]と呼ばれる5体のイベントボス及びその取り巻き達だった。そいつらはボスとしての強力な力を活かして、イベント観戦にやって来ていたプレイヤー達を蹂躙していた。
「あの凄惨な光景を見た時は、私も思わず死を覚悟してしまったな」
「イツキなんかその場で倒れちゃうしね」
俺はというとサタンとの戦いで相当脳を酷使してしまってたらしく、街へと転送された直後に意識を失って倒れてしまったのだ。なのでその後の事については実は俺もよく知らない。
「逃げ惑うプレイヤー達を叱咤しながら、どうにか戦線を立て直すまでが大変だったのだ……」
「そうね。数の割にホント使えない奴らばっかりだったわ」
なんでも大半のプレイヤーはただでさえアバターや装備が適当で弱い上、戦力外どころか狂騒によって味方を攻撃し、むしろ足を引っ張るような連中ばかりだったらしい。結果かなり苦労させられたらしく、ルクスの物言いは辛辣なものとなっていた。
「その上、ようやくボスを一体始末出来るかもってところで、急に波が引いたようにしてモンスター達が全部いなくなっちゃうんだもの。あの時はホントイラッとしたわね。……まあどうせそれもワザとなんでしょうけど」
ルシファー達とのやり取りの中で、久世創がなんらかの理由からプレイヤー達に嫌がらせをしている事が判明した。そしてそれを問うべく、ネージュは自身の持つコネをフル活用して彼に接触を試みたようだが、結果は芳しくなかったようだ。
「父上や母上にも相談したのだが、どうも久世創という人物は我々が考えている以上に絶大な権力を有しているようだ。あの男とだけは敵対しないようにと、逆に釘を刺されてしまったよ」
日本でも有数の名家であり、屈指の権力を持つはずの白木院家でさえ敵対を避けるとは一体どういう事なのか。少なくとも語部森羅によって庇護されている技術者という立場は、ただの擬態に過ぎない事だけはまず間違いないようだが……。
「彼女達も言っていたように、叔父上の方はとても頼りになる気配ではないな。実質、久世創の傀儡に過ぎない可能性が高い」
そんな訳でネージュの持つコネは、ほとんど役に立たなそうな状況であった。
「レポート提出ついでに面会依頼もしてみたけど、そのうち時間を作るって返答があっただけだしな」
てっきり黙殺されるものかと思っていたが、一応俺達に対応する気はあるのかそんな回答が返って来た。ただその日時などはいまだ一切提示されておらず、実はただのブラフであった可能性も否定できない状況ではあったが。
「はぁ、何がなんだかなーって感じね。ねぇ、ヴァイスの方でどうにかなったりしない?」
ヴァイスは久世創の実の姪なのだ。ならば独自の伝手があるかもと、一縷の望みに縋るようにしてルクスがそう尋ねる。
「……ボクは叔父さんの連絡先を知らない」
残念な事に近年のヴァイス一家は、久世創とはほとんど会う事はないそうだ。ヴァイスが小さい頃は良く遊んで貰うほど交流は多かったそうだが、今はそうでも無いらしい。ただそうなったのは別に何かがあって仲違いした訳ではないようで、単に仕事で忙しい久世創をヴァイスの母が気遣った結果らしい。何でも小さかった頃の久世創は、それこそシスコンといって良いほどに姉大好きな少年だったらしく、最近では年末年始以外に直接顔を合わせる事はないようだが、連絡自体はいまだに頻繁に取り合っているらしい。
「母に頼んでもみたけど、ダメだった」
それほど仲が良い姉弟のようなので少し期待したのだがが、どうやらダメだったらしい。なんでもヴァイスの母がそれを強く拒否したようだ。
「叔父さんの邪魔をしちゃダメだって怒られた」
ヴァイスの母もまた久世創の事が大好きらしく、どうも彼に対してかなり甘いらしい。
「母は昔、叔父さんに命を助けられたらしいから」
ヴァイスの母は難病を患い成人まで生きられないと宣告されていたそうだ。そんなヴァイスの母を救ったのが実の弟である久世創だったらしい。具体的に何をどうやったのか気になるところだが、ヴァイスの生まれる前の話であり詳細は何も聞かされていないらしい。
「うーん。八方塞がりみたいね。あとは向こうから連絡が来るのを待つしかないのかしら……」
久世創本人は、年中ほぼずっとミュトス社の本社ビル内で生活しているらしく、偶然を装い彼と出会う事はどうも無理そうだ。かといってミュトス社に勝手に乗り込むなんて出来る訳もないしな。
そんな感じで困り切っていた俺達の下に一通のメールが届く。
「ふむ。差出人は耶雲織枝か。確か耶雲家の養女がそんな名前だったと記憶しているが……」
耶雲家とは白木院家と並び4大名家に名を連ねる古くからある名家の一つである。もっとも現在の権勢的には白木院家には遠く及ばないようだが。
「なに? またネージュの知り合いなの?」
同じ4大名家の立花家のご令嬢であるアリスリーゼとも知り合いだったのだ。そちらとも繋がりがあっても別に不思議な話ではない。だが、今回はどうもそう言う訳ではなさそうだ。
「……いや、あの家は少々特殊でな。当主以外の人間はあまり表に出てこず、その構成人員の多くが伏せられているのだ。私が養女の存在を知ったのも半ば偶然に近い。大体にして確か彼女はまだ彼女は小学生――今は9歳くらいだったはずだ。私とは歳も大きく離れているし接点など無いのだよ」
耶雲家はどうやら秘密主義の家らしく、白木院家でも諜報部門を使ってその実態の把握に務めているようだが、さほど成果は上がっていないらしい。
「ただあの家は昔から子沢山の家系として有名であり、後継者に困っている話などこれまで聞いた事も無かった。なので養子などの話題も出たことが無く、だからこそ養女である彼女の存在が悪目立ちする事となったのだ」
耶雲家の次期当主も優秀であるとの評判らしく、下の弟妹たちも予備としては十分すぎるほどに出来が良いらしい。なので後継者候補としての養女では無い事はまずもって明白なのだそうだ。
かといって政略結婚を行うような家でもなく、9歳の少女をわざわざ養女に迎えた意図が不明なのだそうだ。そんな理由から耶雲織枝という名の養女は他家の耳目を集める存在なのらしい。
「で、その名家の養女とやらが、一体あんたに何の用だったのよ?」
「少し待ってほしい。今その内容を確認している所なのだ」
そう言って真剣な表情でメールを読み進めていくネージュ。その途中、彼女の表情が何度か微かに動いたのは気のせいだろうか?
やがてその口が開かれた時、思いもよらぬ言葉が飛び出して来た。
「……どうもこのメールだが、私では無く我々4人全員に向けられたモノのようだぞ」
「……どういうことよ? そのメールって確かあんたのプライベートアドレスって奴に届いたんでしょう? なんか以前のリョーマの件といい、案外セキュリティが緩いわね。もしかして白木院家内に内通者でもいるんじゃないの?」
以前もリョーマという名の謎のプレイヤーに知られ、その情報を横流しされた事があった。その時からはアドレスも変え、セキュリティ対策も一新したと言っていたにもかかわらずこの現状だ。ルクスが勘ぐりたくなるのも無理はない話だ。
「いや、その辺の事も考慮して本家の方でも色々と調査を行ったようだが、結果は全員シロであったらしい。ただ、どうも父上や母上には犯人の心当たりがあるような雰囲気だったのだが、尋ねても誰かは教えてはくれなかった」
ただ今となってはその犯人について、ネージュの方でも何やら察しはついているようだ。もっともそれを確認する手段は今は無いのだが。
「それに耶雲家の諜報機関は白木院家よりも上なのだ。なんというかあの家はそちら方面に特化した家なのでな。餅は餅屋という奴なのだよ」
最後の方はネージュにしては若干珍しく言い訳染みた口調であったが、別に彼女が悪い訳はないのだ。気にする必要は無いと思うのだが。
「まあその辺は今はいいじゃないか。それよりどんな内容が書かれていたんだ?」
「うむ。その前に差出人の耶雲織枝についてだが、どうやら彼女は我々の知り合いだったようだぞ」
俺達4人の共通の知り合いなど、まずもってラグナエンド・オンライン関係しかあるまい。だがまだ9歳というのが引っ掛かる。……そもそもネオユニヴァースって制限年齢とか無いのだろうか?
「あーもう! まどろっこしいわね! で、その女の子の正体は誰なのよ?」
もっと気持ちに余裕がある時ならば推理ごっこを楽しむのも悪くは無かったが、生憎と今はそんな余裕は無い。俺もルクスと一緒で一刻も早く答えが知りたかった。
「そうだな。耶雲織枝のラグナエンド・オンライン内における名前はバラ―ディアというそうだ」
「へぇ、って、マジでアイツ俺らより年下だったのかよ!? しかも小学生!?」
「う、嘘ぉっ!?」
一人称は"わし"だしいつも妙な余裕を感じるしで、てっきり年上だとばかり思っていたのだが、まさかの一回り以上も年下だったとは少々どころではなく驚きであった。ネージュはこのような場面で下らない嘘を吐くような性格では無いのでそれは真実なのだろうが、やはりすぐには信じ難い話である。
「うむ。君たち反応はもっともだろう。かくいう私自身も随分と驚かされたしな。……それで肝心の用件についてだが、端的に言ってしまえば彼女――バラ―ディア君が、我々とリアルで直接会いたい旨が書かれていた」
レギナとは違い、単に俺達と親交を深めたいという感じでも無さそうだ。
「別に会うのは構わないけれど、一体何が目的なのかしら?」
同じような事をルクスも考えていたらしく、ネージュへとそう問い掛ける。
「詳しい話は全て直接顔を合わせてから、だそうだ。表向きには単に我々に興味を持ったからと書かれているが、どうも込み入った事情がありそうな事を言葉の端に匂わせている」
サタンやルシファー達との交渉の際、空気のようにその存在感を消していたバラ―ディアだったが、その内容についてはしっかりと耳にしていたはずなのだ。それから間を置かずに送られてきたこのメール。恐らくその辺が絡んだ話である事は容易に想像できる。
「今の我々としては少しでも何か手掛かりが欲しい状況だ。バラ―ディア君から情報が得られる可能性があるのならば、一度会ってみたいと思っている」
「俺も同感だ。それにまあ付き合いは短いが、あいつは悪い奴じゃないと勝手に思ってる。俺達を嵌めるような心配はしないで大丈夫だろうさ」
他人の悪意に対して敏感である事を俺は自負している。これまでの人生でもその勘に従う限りは決してそう悪い結果にはならなかった……と思う。ただ世の中で本当に怖いのは善意によって向けられる刃であるのだが。
ルクスやヴァイスも特に異論は無いらしく、バラ―ディアとリアルで会う事が決まった。3度目のオフ会という事になるのだろうか。何事も無ければ良いと思いつつも、言い知れぬ不安を抱いたまま、俺はそれを拭う事が出来ずにいた。
◆
「皆、準備は出来ただろうか? ……ではバラ―ディア君の指定した場所へと向かうとしよう」
バラ―ディアからメールが届いてから僅か2日後に、俺達は彼女と会食をする事が決まった。急な日程ではあったが、小学生のバラ―ディアにとって平日は忙しいらしく、そのため学校が休みの日曜である本日に急遽決まったのだ。もっともこれまでのオフ会だってどれも急な決定ばかりだったこともあり、今更特に動揺するような話でも無かったが。
「確かいつものお店は使わないのよね?」
今回はいつものネージュ御用達の店ではなくバラ―ディアが指定した場所で会う予定だ。その事に初めネージュが難色を示したようだが、アリスリーゼ対策を万全にするという確約を得たことで無事合意に至ったそうだ。
「それにしてもこんな朝早くから出なきゃって、そんなに遠い場所なの?」
ルクスの疑問ももっともだ。現在の時刻は午前5時前、いつもならばまだゲームをしている時間だ。……なんだかんだでやっぱり深夜から明け方の時間帯がもっともプレイヤーが少ないので何をやるにしても快適なのだ。海外プレイヤーの流入によってそのメリットも薄れつつあったが、まだまだ日本人プレイヤーの人口が最も多い事に違いはない。なのでまだ当分の間は昼夜逆転の生活は続いていくことだろう。
もっとも当の俺達はそれぞれが徹夜慣れしており、生活リズムが乱れようとも体調を崩す事など滅多に無い健康体だったので、その事を特別苦には感じていない。
「うむ。いや確かに都市部から外れた場所であるのは間違いない。だがここまで出立を急がねばならない程、そう距離が離れている訳でもないのだが……」
どうやら何か理由があってこんな早い時間をバラ―ディアは指定してきたようだ。もっともその意図が何なのかはネージュも知らないらしい。少し心配ではあるが彼女に俺達を害する理由など見当もつかないし、最悪の場合に備えて護衛の人達もいる。そもそも家の力を比較しても白木院家の方が耶雲家よりも明らかに上なのだ。いくら当主の養女とはいえ跡継ぎでもなくまだ小学らしいバラ―ディアが、わざわざ喧嘩を売るような真似は許されないだろう。
「ま、バラ―ディアが俺達に何かする心配なんてまず無いだろ」
「うむ。私も彼女が我々を陥れるような真似をするなどとは思っていないよ。疑問なのは……いやそれも全て行けば分かる話か」
そう言って何か考え込むようにして口を閉ざすネージュ。そんな彼女に釣られてかしばし車中は沈黙に包まれる。そうして車に揺られる事、およそ1時間程だろうか。エンジンの駆動音が鳴り止み完全に停車したのを感じる。
「雪音お嬢様、どうぞこちらへ……」
筆頭執事の影山さんが主である雪音を先導する。それに続いて俺達も車を降りていく。
「へぇ……。なんかホントに何もない場所みたいね」
都市部から外れた場所とは聞いていたが、正にその通りだった。
どうやら山の麓にある集落のような場所らしく周囲には建物は疎らにしかない。お嬢様方が会食を出来るような店などとてもありそうな感じには見えなかった。
「こちらです」
そんな俺達の疑問をよそに、影山さんに先導されて連れて来られたのは古びた公民館であった。
「ええ? ここで会食するの?」
広さ的にはなんとかこの人数でも入れなくはない感じだが、和やかな食事が出来る場所とは到底思えない。会食というのは実は俺の勘違いで、単に話し合いだけを行うつもりなのだろうか?
そんな疑問を内心に抱きつつも俺達は恐る恐る建物の中へと入っていく。
「おお、来たようじゃな。このような場所までわざわざ出向いて貰ってすまんの」
そこに待っていたのは、本当にまだ小学生くらいの小さな女の子であった。他にも護衛らしき大人の姿も見えたが、彼らはそこに居ないかのように振舞いその存在感を希薄にしている。
「ふむ。ということは君がバラ―ディア――いや織枝君と呼ぶべきかな?」
ネージュが俺達を代表するように一歩前に進み出てそう答える。
「そうじゃ。いかにもわしが今回の集まりの発案者である耶雲織枝じゃ。とはいえこれはラグナエンド・オンラインでの集まりであるし、いつも通りバラ―ディアと呼んで欲しいのじゃ。無論わしもそうさせて貰うからの」
ゲーム内ではロールプレイの一環として妙な口調を使うプレイヤーもいるのであまり感じなかったが、今のように可愛らしい少女の口から直に発せられると違和感が半端ない喋り方である。
「了解した。それでバラ―ディア君、本当にこの場所で良かったのだろうか? その、会食にはあまり向かない場所のように思えるが……」
せめて机や椅子などが準備されていればまだ違ったのだろうが、板張りの床にはただバラ―ディア達が立っているのみだ。
「その疑問はもっともじゃな。なに、ここはただの集合場所じゃよ。ここからは少々歩いての移動となる」
やはりと言うべきか。会食場所は別に用意されているらしい。
「それで相談なのじゃが、これから向かうのは耶雲家にとっても重要機密となる場所、すまんのじゃがお主らのみで来て欲しいのじゃ。それから電子機器の類は全てここに置いて貰う事になるのじゃ」
「ふむ……。事前の打ち合わせではそのような話は無かったと思うのだが?」
護衛を全てこの場に置き去りにし、連絡手段なども一切絶ってくれとバラ―ディアはそう言っている訳だ。ネージュが訝しむのも無理はない。
「それについては大変申し訳ないと思っておる。無論そちらの身の安全については耶雲家の威信を掛けてでも保証させて貰うのじゃ。だからどうかここは呑んではくれぬだろうか?」
「どういった理由かは聞かせて貰えるのだろうか?」
「今は言えぬ……。じゃが付いて来て貰えさえすれば、すぐにでも理解出来るじゃろう」
「なんとも急な話だな……」
そう呟くネージュとバラ―ディアの視線が交錯する。しばし重苦しい沈黙が場を支配する。
「……分かった。私はその条件を呑むとしよう」
「宜しいのですか、お嬢様?」
影山が表情を変えぬまま、ネージュに確認する。
「うむ。貴様はここに残り本家に状況を報告してくれ。もし1日経っても私が戻られねば……良いな?」
常には無いごく真剣な口調でネージュが指示を下していく。
「それで君たちはどうする? 話ならば私がちゃんと聞いてくるので、無理に付いて来なくとも良いのだぞ?」
俺達を気遣ってそう言っているのだろうが、やはり彼女も根っからのボッチであるのだろう。全然なっちゃいない。そんな事を言われて俺達が引ける訳ないだろうが。
「はっ、お前だけ行かせる訳ないだろうが。俺をあんま見縊るなよ」
「そうよ! 私ももちろんついて行くわよ!」
「ボクも行く」
特に迷いも見せることなく各々そう断言する。
「だが……明らかに危険だぞ?」
わざわざ護衛を排する以上その懸念は勿論あるのだろうが、そもそも庶民の俺としては護衛自体にあまり馴染みが無いのだ。見知らぬ土地に行く不安はあるにせよ、バラ―ディアの事をそれなりに信用している以上そこまで危険だとは思ってはいない。
「そうか……分かった。感謝する」
俺達の意思が固い事を感じ取ったのか、ネージュがそう言って頭を下げる。
「……どうやら話は纏まったようじゃな? ではそろそろ行くとしようかの」
公民館の外へ出た俺達は、バラ―ディアの先導に従い――正確には彼女の護衛らしき黒服が先頭であったが――歩いていく。
「ここから先は足場が少し悪いので、気を付けるのじゃぞ」
進んでいくうちに気が付けば、山中へと踏み入っていた。一応人が歩ける程度には整備されているようだが、歩きづらい事には違いない。ただ前を行く幼い少女――バラ―ディアが足取り軽く進んでいる以上、大人である俺達が先に根を上げる訳にはいかないだろう。
それからもう1時間近く歩いただろうか。いまだ目的地には辿り着いていない。朝早くに集合したのもきっとこれが理由だったのだろう。歩いた距離的にはそうでもないはずなのだが、久しぶりの野外活動であったせいか思った以上に疲れた気がする。
「宜しければこちらをどうぞ」
いつの間にか隣に立っていた影の薄い黒服の女性が、そう言って水の入ったペットボトルを差し出して来る。少し驚いたものの、それ以上に喉が渇いていた俺は彼女にお礼を述べてからすぐに口をつける。
「はぁっ。生き返るなぁ」
ラグナエンド・オンライン内では、どれだけ動こうとも肉体的な疲労を覚える事は無かったので、この疲労感は久しぶりの感覚であった。いや、むしろ新鮮ささえ感じてしまっていた。
「うむ。トレーニングは怠っていないつもりだったが、このような場所を歩くのには用いる筋肉が異なるのだろうな。疲れたが同時に爽やかな気分でもある」
ネージュの屋敷にはちょっとしたジム並みにトレーニング設備が充実している。俺達4人も健康維持を目的として普段からそちらで定期的に運動はしており決して体力が無い訳では無いのだが、山道を歩くのはやはり少し勝手が違うのだろう。
「さて、そろそろ見えてくる頃ではないかのぅ。ああ、あそこじゃ。あれが目的地じゃよ」
バラ―ディアが指差す先には、さほど大きくはない真新しい白い建物が立っていた。外観からするに何かの研究施設のような雰囲気が漂っている。
「このような山奥にこんな建物があるとは……。何の目的で建てられたのだ?」
研究施設をわざわざこのような人里離れた、しかも傾斜の多い山中に建てる理由などそうないはずだ。この近くに何か貴重な資源なり何なりが存在するのか、あるいは周囲に悪影響を及ぼす危険がある実験でもやっているのだろうか? 何にせよ怪しい事に違いはない。
「それについては中に入ってから話すとしよう。とりあえずわしについて来るじゃ」
そんな俺達の躊躇いをよそに、バラ―ディアはさっさと建物の入り口へと向かっていく。
「折角ここまで来たんだし、覚悟を決めて行きましょ」
ルクスの言葉に俺達は諦めたように頷き、バラ―ディアの後に続くのだった。




