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9 黎明の決戦(前編)

 準決勝を終え街へと帰還した俺達を待っていたのは、先に死んだバラ―ティアとヴァイスの2人だった。


「良くやってくれたのじゃ」「お疲れ」


 そう言って彼女達が労ってくれる。


「うむ、しかしバラ―ディア君にはすまない事をしてしまったな」


 やむを得ない事情はあったとはいえ結果的に彼女を見殺しにする事になってしまった。その事をネージュは少し気に病んでいる様子だ。


「なに、お主らが気にする必要などどこにも無いのじゃ。無事に勝利したのだからもっと胸を張るが良い」


「……そうか。ありがとう」


 バラ―ディアのあっけらかんとした言葉を受けて、ネージュの顔の曇りもようやく晴れる。


「ヴァイスもサンキューな。あそこでお前が仕掛けてくれなきゃ勝負は分からなかった」


「別にいい。イツキはちゃんとボクの考えを汲み取ってくれたから」


「まあお前ならそう言うと思ったけど、それでも感謝してることだけは伝えたくてな」


「……そう」


 そう言うヴァイスの表情は相変わらず動かないが、それでもどこか照れたような気配を感じるのは俺の気のせいだろうか?


「さて話したい事は色々あるだろうが、まずは観客席へと向かおうか。そろそろ次の試合が始まるはずだ」


 これから行われるのは準決勝第二試合。ここの勝者が決勝で俺達の対戦相手となる以上、見逃す訳にはいかない。


「そうね、急ぎましょ」


 駆け足でメイン会場へと辿り着いた直後、俺の耳に大きな歓声が届く。


『それではこれより準決勝第二試合、ゴールデンとスノウトーンの試合を開始致します』


『会場の皆ぁ! 両チームに熱い声援を頼んだぜぇ!』


 今まさに試合が始まるところだったようだ。ギリギリ間に合った事に安堵する。


「明け透けに私情を吐露させて貰えば、ここは是非ともゴールデンに勝利して貰いたいところだが……」


 予選で俺達と敵対し後に手を組んだナルカミ率いるチームだ。話してみれば彼は案外良い奴だったし、それに苦戦した相手が勝ち進んだ方が俺達の株も相対的に上がるというものだ。

 だがネージュの言葉はそういった迂遠なものではなく、もっと直接的な意味を孕んでいる。


「だなぁ。あいつとまた試合する事になったら俺は自分を抑える自信がないぞ……」


「あんたねぇ……。なんであれ相手だとそこまで暴走するのよ……。確かに嫌な感じの女ではあるけどさ……」


 ナルカミ達の大戦相手であるスノウトーンはアリスリーゼ率いるチームだ。そして彼女は俺やネージュの天敵でもある。


「あの女がソルのアバターを使うのが全て悪い」


 ルクスの疑問に対し、俺はいつも通りの答えを返す。


「それは知ってるけど、いくらなんでも度が過ぎるって言ってるのよ……」


 そう言われても自分でもコントロール出来ない感情なのだ。どうしようもない。もっともコントロールする気自体あんまり無かったが。


「リーゼばかりに気を取られてしまっているが、本当に厄介なのは他の4名だろう」


 アリスリーゼがこの大会の為だけに急遽集めた精鋭PVPプレイヤーたち。いずれもSSRアバターを使いその名が知れ渡っている連中ばかりだ。


聖壁(せいへき)のアリーシャはミカエル使いのプレイヤーだな。野良のPVPチーム戦に良く出没し、常に最前線に立って粘り強い戦いで仲間を引っ張る事で有名だな」


 ミカエルは最近までヴァイスが愛用していたアバターでもあり、その強さの程は良く知っている。またアリーシャという名も確かに耳にした事があった。


雷帝(らいてい)シャクラサッカは、我々と同様に対人・対モンスター戦問わずにこなすことで有名なソロプレイヤーだな。確か以前に一度だけだが我々とパーティを組んだこともあったはずだ」


「そうなのか。……悪いが俺には覚えが無いな」


 そんな強いプレイヤーならば印象に残ってそうなものだが。


「パーティを組んだ時間はそう長くはなかったし、当時はそれほど有名では無かったからな。たしか使用アバターもまだSRだったはずだ」


 しかし現在はSSRであるインドラのアバターを使っているそうだ。そしてどうもその性能と彼の性格が上手くマッチした事で、メキメキと腕を上げたそうだ。なので名を上げたのはごく最近の事のようだ。だったら俺が覚えてなくても当然か。


放火魔(アルソニスト)ジェミーは、野良のPVP個人戦を荒らし回った事で一躍有名となったプレイヤーだな。アグニのアバターを使い、火傷をばら撒き捲きまくるプレイスタイルによって、その強さと共に悪名も広まったようだな」


 そう言えば一時期そんな奴の事が話題になった事を思い出す。たしか性格に難のあるプレイヤーであると噂されていたはずだ。


「もっとも現在はアマテラスのアバターを使い、ごく普通にプレイしているようだが」


 結局のところ試合に勝てればそれで良いのだろう。必要がなければ特に変な事をする訳でもないって事か。逆を言えば必要さえあればなんでもやるタイプであるのかもしれない。

 そんなのでも平気でチームに引き入れてしまう辺りが、なんともアリスリーゼらしい気もする。


嵐拳(ストームナックル)のブラックマーシュは、どうやらリアルでも武術家らしく、その鍛えた体術を活かして戦うプレイヤーだな。マッスルシスターズの面々と非常によく似た戦い方をするらしく、何やら彼らとは浅からぬ因縁があるようだな」


 実力的には烈鬼にすら匹敵すると言われているらしく、かなり厄介なプレイヤーである事はまず間違いないなさそうだ。


「……しっかしあれね。プレイヤー名はともかく聖壁だとか雷帝だとかいう2つ名は一体なんなの? 漫画やアニメじゃあるまいしそんなの初耳なんだけど?」


 ルクスの言う事に俺も同感だった。

 フィクションの世界では畏怖や敬意を込めて付けられる2つ名も、現実――特にネット界隈においては相手を誹謗中傷する目的で名付けられる事の方が非常に多い。だが放火魔はともかくとして、他の3人の2つ名にはそういったネガティブな要素が窺えないのがちょっと不思議なのだ。


「うむ。その指摘はもっともだろうな。……これはまだ未確認情報なのだが、どうもリーゼの奴が裏で動いたようだな。恐らく彼らに箔付けをするつもりなのだろう。調べたところアレの手先がそのような情報をネット上でばら撒いたらしい痕跡が見つかっている」


 要するにアリスリーゼは自分の仲間を少しでも強く見せるべくそのような風説を流布したという訳だ。武闘会の開催発表から僅か1日ちょっとでそこまでやるとは。いかにもマウンティングが好きな彼女らしい行動過ぎて、俺は呆れて物も言えなくなる。


「なので、まだその呼び名はあまり定着していないようだぞ」


「ええ!? だったら何でわざわざ言ったのよ?」


「まあ、その方が分かり易かろう?」


 確かに個性があった方が人を覚えやすいのは事実だが、なんだかなぁという感じは拭えない。そもそもそんなのいつ調べたんだよ、という疑問もあるしな。


「まあ呼び名などどうでも良いのだよ。問題は彼らが決勝に進むに相応しいだけの確かな実力を有しているという事実だ」


「……そうね。マッスルシスターズみたいに目立った弱点も見当たらないし、かなり厳しい戦いになりそうね」


 個人個人の実力で比べれば、どうにも相手側に軍配が上がりそうなのは認めざるを得ない。


 ……あの女にだけは、絶対に負けたくないんだがな。


「さて、そろそろあちらも勝負が決まりそうだな……」


 俺達はお喋りに興じつつも、目の前の試合からは一切目を離していない。


「はぁ、やっぱあいつらが順当に勝ち進んだか」


 大方の予想通りアリスリーゼ率いるスノウトーンが、ナルカミ率いるゴールデンを下し決勝進出を決めた。ナルカミ達もかなり頑張ったようだが、やはり地力の差はいかんともしがたかったようで、一人また一人と各個撃破されてついには全滅してしまった。


「教本通りの戦い方だったな。だからこそ厄介とも言えるが……」


 奇策などに頼る事なくその実力を全面に押し出しての、ある意味力押しによる勝利だ。下手な誘いに乗る事も無く、自分たちの戦い方を固持するが故、簡単には崩せそうもない。


「さて、そろそろ我々も転移魔法陣へと向かわねばな」


 この後すぐに3位決定戦が行われる。そしてそれが終わればいよいよ決勝戦だ。この2試合は連続して行われるので観戦する暇が無いのが少し残念であった。


 その後、控室にて時間ギリギリまでスノウトーン対策を練っていたが、結局確実に勝てる見込みのある作戦は浮かばなかった。正直、時間が足りないと言わざるを得ない。こうなったのは予想以上にマッスルシスターズ対策に時間を取られた事が影響しているのはまず間違いないだろう。それはある意味、個々の実力不足を戦略で補おうとしたが故に生じた歪みかもしれない。

 もはや勝敗の趨勢は天に委ねる他にない状況だが、それでも俺には一切負ける気など無かった。


 ……あの女だけは、絶対に俺がぶっ殺す!


 ◆


 三位決定戦は死闘の末マッスルシスターズの勝利で終わり、長かった武闘会も残すは決勝戦だけとなった。


『会場の皆! これまで長い時間、沢山の声援をありがとうなぁ!』


 司会進行役のドライが会場に集まった多くの観客たちへと大声でお礼の言葉を述べている。

 リアルではもうすでに朝日が昇っていてもおかしくない時間だ。平日の朝にこれほどの数のプレイヤー達が観戦をしている事実に少々複雑な想いを抱くが、それは決して俺達が口に出していい事ではないだろう。


 ……だって確実にブーメランだからな。


『この大会も残すところもうあと僅かですが、お集まりの皆様にはもう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。きっと素晴らしい終わりがあなた方を待ち受けている事でしょう』


 ドライに引き続いて今度はツヴァイが観客たちにそう述べる。その優しい響きを伴った声が今日という日の熱狂がもう終わりに近づいていることを嫌でも俺達に実感させる。


『この聖なる夜の戦いを制するのは一体誰なのか! それはこの後すぐに判明するぞ!』


 果たして勝つのは俺達か、それともアリスリーゼ達なのか。


『それでは、これよりクリスマスイベント"聖なる夜の武闘会"――』


『――その最後の戦いの開始をここに宣言するぜぇ!』


 そんな言葉と共に、俺達は決勝の舞台となるフィールドへと転送された。


 ◆


「はぁ、まじか……」


 俺は視界に広がる光景に思わず、ウンザリした声を漏らしてしまう。

 というのも見回す限り辺り一面が白い濃霧で埋め尽くされていたからだ。先がほとんど見通せず一寸先は真っ白といった状況である。


「むぅ。ここはどうやらミスティバレーのようだな……」


 呟くネージュの声にも少し嫌そうな響きが伴っていたが、それも仕方がない。それ程までにここでの戦闘は面倒であり、そのため野良PVPでは滅多に採用される事が無いフィールドでもあるのだ。

 ミスティバレー(S)の形状自体は割と分かり易い構造をしている。傾斜のある地形を深い谷によって2つに分断されており、その上下が吊り橋によって接続されている。なので上空から見下ろせば中抜けの四角形のような形に見えるはずだ。特に入り組んだ地形などは存在せず、形状の単純さはSサイズフィールドの中でも随一であると言える。

 では何が問題なのか? それはもちろん今俺達の視界を覆っている白い霧の存在であった。この霧はフィールド全体にくまなく散布されており、常にプレイヤーの視界を奪い続ける。先が全く見通せずしかも地形的に音が反響しやすい事も影響してか、互いの位置の把握が難しく、気が付いたら隣に敵が立っていたなんて事態もたまに起こる程なのだ。


「……よりにもよって決勝がここかよ。戦闘経験なんてほとんど無いぞ?」


「それは私だってそうよ。……でもこれはホントどうしたものかしらね」


 俺達4人はゲーム内では大抵行動を共にしているのだ。俺が経験が少ないならばそれは彼女達もまた同様であるのだ。そんな分かり切った事実をつい失念してしまう程に俺は動揺していた。


「安心するが良い。わしなど完全に初めてじゃぞ」


 ふふんと半透明の身体で胸を張りながらそんな馬鹿な事を言っているのはバラ―ディアだ。その言葉で一体何を安心しろと言うのだろう。


「そうか初めてか。そりゃそうだよな。……それでここの情報はちゃんと調べてきたのか?」


 バラ―ディアには事前に対人戦用の各フィールドについて一通り頭に入れて置くようにお願いしていた。少なくともこれまでの各試合のフィールドについては、ちゃんと彼女は概要を把握していたように思う。


「それは(しか)と。じゃが今日の試合の中で、見聞きした情報と実際では大いに違いがあることを改めて実感させられておるよ」


 これは当たり前の話だが、やはり見聞と実践は別物なのだ。だからといって下調べを怠るなどは論外だが。


「フィールド的には奇襲向きなんだけど、それがバラ―ディアには逆に不利になっちゃってるわよね」


 フィールド全体を覆う濃霧のせいで、別にベルフェゴールの隠形能力が無くとも姿を隠す事は容易なのだ。ここで重要となるのはどちらかというと敵を察知する能力の方だろう。


「そうだな……ヴァイス君、行けそうかな?」


「問題無い」


 これまでも十分頼りになっていたが、ここミスティバレーこそがヴァイスの高い察知能力が最も活きるフィールドであるだろう。その事実は確実にこちらへと有利に働く。もっとも相手にも似たような技能を持つプレイヤーが居る可能性も0では無いのが気掛かりではあるが。


「では陣形を保ったまま、ゆっくりと進軍するとしよう」


 範囲攻撃の的にならないように適切な距離を保ちつつも、互いを見失わないように俺達は慎重に坂道を下っていく。敵の初期位置は下り切った先にある吊り橋の向こう側のはずだ。

 先に上側の吊り橋を渡ってから坂を下るという選択肢もあったが今回はこちらのルートを選んだ。その選択に大層な理由は無いのだが、強いて言えばこのフィールドにまだ慣れていないバラ―ディアに、あの不安定な吊り橋を渡らせるのを後回しにしたかったからだ。


「……なんとも落ち着かぬフィールドじゃな」


 ハッキリと物が見えるのはせいぜい5m以内といったところか。それ以上は白に紛れてぼんやりとしか見えない。光を照らしても先が見通せない分、夜闇よりも性質が悪いと言えるかもしれない。


 言い知れぬ不安を胸に抱えたまま坂道を半分ほど下った頃、突如先頭のヴァイスが足を止める。


「ん? どうしたんだ、ヴァ――」


「後ろっ!」


 その行動を不思議に思い俺が問い質そうとするも、そんなヴァイスの叫びに遮られる。かつてない程に焦った彼女の声に応じて後ろを振り返れば、仲間のものとは明らかに異なる見知らぬ影が薄っすらとだが浮かんで見えた。


「下がって!」


 ヴァイスが最後尾のバラ―ディアを庇う位置へと猛然と躍り出たその直後。


『〈サタン・イラ〉!』


 そんな声と共にその影から黒い波動が迸る。


「くそっ、敵の奇襲かっ!?」


 それしか考えられないはずだが、どうにも腑に落ちない。

 なぜ敵が俺達の背後をこうも簡単に取れたのか。ここまでの道幅は然程広くなく警戒も密にしていたのですれ違った可能性はまず無いと考えていい。となると反対ルートから回り込む他に手は無いのだがそれはそれでおかしいのだ。。

 確かに俺達は慎重に状況確認をしていたので、その動き出しは少し遅かったかもしれない。だがそれを考慮に入れてもなお早すぎるのだ。今の時点でここまで到達するには、試合開始直後から脇目も振らずに移動しないとまず不可能だろう。

 それに何より今俺達を襲っているのが初めて見るスキルであるという事実が、俺に言い知れぬ違和感を募らせている。


 俺がそんな取り留めも無い思考を巡らせている間にも、黒い波動の放出は続いている。しかし俺はその被害をほとんど受けてはいない。ヴァイスが盾を構えて防いでくれているからだ。。

 だが俺達を庇った彼女はそうもいかなかい。HPが見る見るうちに擦り減っていく。


「〈オシレイオン〉!〈セケト・イアル〉!」


 急いでルクスがそのフォローに入るも、その減少速度を僅かに緩めただけに終わる。


「ヴァイス君!?」


 そうして俺達の見ている前で、ヴァイスのHPがついに0となってしまう。それと時を同じくして黒い波動の放出も収まる。


「良くもヴァイスをっ! 〈パンプキンスマッシュ〉!」


 俺はカボチャをモチーフとした両手斧を構え、その影へと向かってスキルを放つ。


『おおぅ、まじか。4人も生き残ったのかよ。……やるじゃねぇか!』


 だがその一撃をあっさりと回避して、その影は余裕に溢れた言葉を漏らす。


「なっ、その声は……」


 俺はこの声に聞き覚えがあった。そして多分それは仲間達も同じだったのだろう、背後から動揺する気配が伝わって来る。


『ああそうか。そっちからは俺の姿は見えないんだよな。まあそうだな、さっきの一撃に耐えきったご褒美だ』


 そう言ってその影から指を鳴らしたような音が響いたかと思うと、辺りを覆っていた白い濃霧が一瞬で消え去った。


「なんで!? どうしてお前がここにいる!?」


 そして霧の晴れた先に立っていたのは、対戦相手であるアリスリーゼたちの誰でも無かった。


 そこには真紅のサンタ服を纏った黒髪ロングの美女が立っており、俺達へと不敵な笑みを向けていた。


『どうしてって……そりゃお前、イベントの進行の為に決まってるだろう?』


 至極当然といった表情を浮かべながら「なんてったって俺は進行役だからな」と続ける彼女の名はドライ。今回のクリスマスイベント"聖なる夜の武闘会"において実況を務めていたNPCもしくはGMだったはずだ。


「ふむ……。ではその貴様が、なぜ我々の戦いに手出しをする?」


 そんな彼女に対してネージュが当然の疑問を口にする。


『まあ、お前らが知らないのは無理ないんだけどよ。公式サイトを見れば一目瞭然なんだが、もう武闘(・・)会なんてイベントは無くなっちまったんだよ。で、今俺が進行しているのは"聖なる夜の奉灯(ぶとう)会"ってイベントな訳だ。なんかお前らの命の灯火を奉げるって意味らしいぜ。これってちょっとこじつけ感酷いよなぁ?』


 笑いながら「お前らもそうは思わねぇか?」などと気安い口調で尋ねて来る。


「……貴様は一体何を言っている?」


『何って言われてもなぁ、俺はただ事実を口にしてるだけだぜ? いつもの如くアイツのオモチャにされたって訳さ、お前らは』


 笑みを浮かべて軽くそんな事を言うドライだったが、口調に反しその目は笑っていない。


「……アイツとは誰の事を言っている?」


『んん? そんなのは分かり切った話だろ? アイツってのは――』


『ドライ、少しお喋りが過ぎますよ。あなたがお叱りを受けるのは勝手ですが、わたくしまで巻き添えを食らうのは御免です』


 ドライの言葉を遮ってその背後から現れたのは、白いサンタ服をその身に纏い柔らかい笑顔を浮かべるた美女、ツヴァイであった。


『ははっ、そんぐらい付き合ってくれよな』


『謹んで御遠慮させて頂きますわ』


『そうかよ。で、こっちに来たって事は、そっちの始末はもう済んだのか?』


『ええ、予定通り背後からの奇襲で全員一撃でした。……むしろこちらがまだ決着がついていないのが不思議なのですが? もしかしてドライ、手を抜いたりしていないでしょうね?』


 完全に俺達の事など置いてけぼりで2人だけで話を進めていく。彼女達の発言の意味が俺にはほとんど理解出来ないでいた。ただそんな中で一つ分かったのは、アリスリーゼ達が既にツヴァイの手によって殺されてしまったという事実だ。


『いやいや、流石の俺でもそんな真似はしねぇよ。それじゃ我らが女神様に申し訳がたたねぇ』


『ならば良いのです。所詮我らはあの御方の従僕に過ぎないのですから、そのことはちゃんと弁えねばなりません』


『分ーってるさ』


 このまま黙っていても埒が明かない。一瞬会話が止まった隙を見計らい、俺は彼女達に割り込む事にした。


「なぁ、決勝戦はどうなるんだ? お前らの口振りから判断するにアリスリーゼ達はもう死んじまったみたいだが……」


「そうよ! なら私達の優勝って事でいいの? それとも今度はあんたらを倒せなんて、馬鹿みたいな事を言わないでしょうね?」


 俺に続いてルクスが追及の言葉を発する。


『ははっ、ご明察だな。そうだよ俺達を倒せば今夜のイベントはお終いだ。つってももう夜明けだけどな』


『より正確に申し上げれば、あなた方が倒すべき相手はわたくし達だけでなく、メイン会場に出現したイベントボス全てと言う事になりますね』


「……ふむ。つまりは貴様ら以外にも敵が存在し、そやつらが観戦に訪れたプレイヤー達を襲っていると、そう言うのだな?」


『ええその通りです。わたくしとドライ――いえ、ここはちゃんと自己紹介を致しましょうか。わたくし[傲慢の堕天使]ルシファーと――』


『[憤怒の悪魔王]サタンである俺を除いた5人の大罪連中が、今頃場内のプレイヤー達を虐殺してる頃だぜ』


 彼女達がそう言った瞬間、2人の表示名が変化する。


「……なるほどのぉ。お主たちもベルフェゴールと同類という訳であったか」


 得心のいった表情でバラ―ディアがそう発言する。

 どうやら彼女達2人は運営の悪意によってひっそりと実装されていたイベント[七大罪の暗躍]のボスモンスターそのものであるらしかった。それが一体なぜこんなところに? などと思わなくもなかったが、他にもツッコミどころが多すぎて今はそれどころでは無い。


『ええ。……そういえばそうでした。貴方はあの子と以前に戦った事があるのでしたね。しかもこんな早期にアバターを譲り渡してしまうなんて……。まったく、あの子の気紛れにも困ったものです』


『ははっ、いいじゃねぇか。それくらいの方が逆に女神様の意に沿えるってもんだぜ』


『……本当にそうなのかしら?』


「あーもう! 何訳わからない事ばっかり言ってるのよ! 何よその女神様って? そいつがあんたらにこんな馬鹿な真似を指示してるって事なの?」


 ルクスのその憤りは俺達の心情の代弁でもあった。


 ……分かったような口で色々言われても、こっちには全然理解出来ないんだよ!


『おいおい、女神様がそんな事するはずないだろ? こんな馬鹿な真似を指示する奴なんて――』


『お止めなさい! あの男の事などいくら侮辱しても構いませんが、それ以上は女神様の意に反しますよ』


『そうだな。悪ぃ……』


 ……だから、その思わせぶりは止めろって。


「おいっ! もうこんなん付き合ってられるか! 俺はもう帰らせて貰うぞ!」


 1度目はまだ許せたが2度目のどんでん返しは流石に芸が無いと思うのだ。何よりここまでの苦労が全部否定されてしまった気がして、今の状況を非常に腹立たしく感じていた。


 俺は苛立ちを抑えながらメニュー画面を表示し、ログアウト操作を行う。


「……っておい? くそっ! ログアウト出来ないぞ!?」


「え!? うそ!? ……ホントね。こっちも反応しないわ」


 何度ログアウトボタンを押しても、ゲームから脱出出来る気配が無い。


『ははっ。実はなぁ、どうやらたまたま、これはほんとぉに偶然なんだが、一時的にゲームからログアウト出来ない障害が発生してるみたいなんだよなぁ。まああれだ、サービス開始直後にあった不具合と同じ現象だから、ほっとけばそのうち直るだろうさ』


 そのワザとらしい言葉には暗に「イベントに参加したプレイヤーが全滅したら」という意味が含まれているように聞こえた。また、もしかするとあのREO事件も運営側が故意に起こしたのかもしれない、そう疑わせる言葉でもあった。


「くそっ! ユグドラシルの時といいイフリートの時といいハロウィンの時といい……一体どれだけ俺らを弄べば気が済むんだよ!」


 ラグナエンド・オンラインは完成度が高く非常に優れたゲームだ。だからこそ無駄にプレイヤーの神経を逆撫でするような運営のやり口に、いい加減その苛立ちも限界に来ていた。そんな中にあって今日こいつらの言葉を聞いた事で、いよいよ俺は確信してしまう。

 何者かが何らかの意図をもって、わざとそうやっているのだと。


 本来プレイヤーに対して配慮する立場にあるはずの運営側がわざわざそんな事をする意味が見出せず、だからこれまであえて考えないようにしていた結論であったが、流石にもう目を逸らす事は出来そうもない。

 ここで問題となるのはそのような舵取りを主導しているのが、社長である語部森羅なのか、あるいは開発責任者の久世創か、もしくはまだ見ぬ第三者であるのかだが、それを追及するのは今は後回しだ。

 先にこの溜まりに溜まった鬱憤をこいつら2人を使って晴らさせて貰うとしよう。


「こうなったら、お前らのお望み通り存分に戦ってやろうじゃないか! 負けて泣いても後悔すんなよ!」


 両手で斧を構える奴らへと先端を向ける。俺の怒りに応じてか、その両刃の中心にあるカボチャ頭の目が怪しい輝きを見せる。


「……そうね。あいつら運営とグルみたいだしね。それにヴァイスの仇も討ってあげないと……」


 ルクスもまた杖を構えて戦闘態勢に移行する。

 確かにこのままだとヴァイスの死が無駄に終わってしまう。それもまた許せるものではない。


「仕方ないのぉ、わしももうひと頑張りするかの」


 バラ―ディアが雷を纏った金色の弓を構えて、ドライ――サタンへと狙いを付ける。


「この件は後で叔父上に問い合わせるとして……まずは目下の敵を排除するしかないか」


 最後まで悩む様子を見せたネージュだったが、結局奴らを倒す選択をしたようだ。


『いいねぇ。俺たちにとってもこれが初めての実戦ってな訳だ。腕が鳴るぜ』


『サタン、あまり油断してはいけませんよ。彼らは――いえ彼は女神様が一目置く人間なのですから』


『分かってるよ。せいぜい胸を借りるつもりで挑ませて貰うさ。ああ……そのアバターには貸せるような胸なんて無かったかな』


 俺の――いやソルの胸を見て「こりゃ悪い事言っちまったな」などと笑いながら宣うサタン。

 彼女にとってこちらのやる気を引き出す為の軽い挑発の一環に過ぎなかったのだろうが、その言葉は俺の逆鱗に触れた。触れてしまった。


 軽口の中から確かな蔑みのニュアンスを嗅ぎ取った俺は次の瞬間、脳みそが沸騰したような感覚に襲われる。


「テメェッ!! ソルちゃんの事ディスりやがったな!! 絶対に許さねぇ!!」


 怒りのあまり気が付けば、俺はそんな事を叫びながらサタンへと向かって駆け出していたのだった。


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