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8 準決勝

 戦場へと転送された俺の視界には、鮮やかな緑を湛えた木々が立ち並んでいた。


「ふむ。どうやら今回の戦場は"スプライトガーデン"のようだな」


 スプライトガーデン(S)の特徴としては、まず高低差の激しい地形である事が挙げられる。特に互いのスタート地点の高低差はSサイズのフィールドの中でも随一であり、外観以上に広く感じられる。実際、そのまま真っ直ぐ敵陣へと向かおうとすれば見た目以上の時間が掛かるのだが、それを短縮する手段として随所に小型の転移魔法陣が設置されている。起動に若干の時間を要し、しかも一度の起動で1人しか転移できず、また使用後10秒ほどのクールタイムが存在するため連続しての転移が出来ないなど欠点も多いのだが、上手く用いれば敵の背後から奇襲を仕掛ける事も可能となる。そのため敵陣へと真っ直ぐ進んでいたらいつの間にか挟み撃ちを食らっていた、なんて事態もこのフィールドでは割と良く起こり得る話なのだ。


「奇襲にはうってつけのフィールドだけど、逆に相手を警戒させちゃうかもしれないわね……」


 ベルフェゴールのような隠形能力が無くとも奇襲が比較的容易な地形であるが故、相手に余計な警戒心を抱かせてしまう可能性がある。そういった意味では、果たして俺達にとって都合が良いのか悪いのか微妙なラインのフィールドであるともいえる。


「さて、わしはどう動けば良いかのう?」


 バラ―ディアがどこか試すような視線をネージュへと向ける。


「……作戦は予定通りに進めるとしよう。バラ―ディア君は背後から敵を追跡。我々が相手を発見した時点で合図を出すので、その時点で敵司令官を暗殺してくれ給え」


 司令官の死によって相手が動揺した隙を突き、そのまま一斉攻撃で押し切ろうという訳だ。


「了解じゃ。その後は固定砲台として敵の背後を抑えるとしようかの」


「うむ。任せたぞ」


 ここで一旦、俺達4人とバラ―ディアは別行動となる。彼女は敵陣の最奥へと繋がる転移魔法陣を利用して敵後方に回り込む手はずとなっている。本来ならば相手が同じ手を取る可能性も考慮すべきなのだろうが、ここまで観察してきた限りマッスルシスターズの面々はどうも正面対決を殊更好んでいるらしく、常に迷いなく真っ直ぐに敵陣へと進んでいた。なので恐らく今回もそうであると仮定して動くわけだ。もっとも仮にそれが違っていても、予選とは異なりパーティ通話が可能なため、その時は別途バラ―ディアから連絡があるはずだ。


「綺麗な場所だけど、視界は思った以上に悪いわね……」


 全体として木々などの遮蔽物が多くその上地形も険しいため、あまり先が見通せくなっている。


「そうだな。ただまあこっちは下りだからまだマシなんじゃないか?」


 幸いにして、開始地点は俺達が高い側へと振り分けられた。低い側からスタートした場合、どうしても上りが多くなるため進軍中の視界は更に悪くなる。このフィールドに転移魔法陣が設置されているのも、恐らくそのような試合開始時に発生する有利不利を軽減、もしくは逆手に取るような立ち回りを可能とする為なのだろう。そういった意味で読み合いが発生しやすいフィールドだとも言える。


「何にせよ対人戦においては相手の方が格上なのだ。油断せずに進むとしよう」


 それから慎重に行軍する事しばし、バラ―ディアから連絡が届く。


『敵の背後に無事に付く事が出来たのじゃ。こちらの想定通り5人一緒に行動しておる。じゃが……』


 そこまで言ってから彼女は少し言葉を濁す。


『どうしたのだ?』


『最後尾におるシヴァ使いの司令官――ハルカというプレイヤーなのじゃが、思った以上に警戒心が強いらしくての。あまり近づけぬのじゃ……』


 シヴァには探知スキルの類なんて存在しなかったはずだが……。

 うちのヴァイスといい一部のトッププレイヤー達は、チートとしか思えないような反則的な能力を持っている事がある。所詮一般人である俺には全くもって羨ましい話である。


『ふむ。それで狙撃は出来そうかな?』


『それ自体は可能じゃが、初撃で麻痺が入らねば仕留めきれるかは少し怪しいの……』


 暗殺の手筈としては、まず〈トニトルスコルムナ〉で雷の柱を落としてハルカのHPを大きく削り取る。その後〈スキュアードスタンス〉へと移行し、雷の槍による連続射撃で残りHPを削り切る予定だ。装備的にも属性的にもバラ―ディアが勝っている以上、その案は十分実行可能だと思われていたのだが、こちらの想定以上に敵の警戒が厳しく何やら暗雲が立ち込め始めている。

 いくら雷槍の飛翔速度が速いといっても本当の雷速には及ばない訳で――雷が雷速より遅いと言うと変に感じる人もいるかもしれないがゲームバランスを考えれば仕方がない事である――十分に接近できなければ回避される懸念が生じる。もちろん初撃で麻痺が決まってくれさえすればそんな心配は必要ないのだが、いくら有利な水属性相手とはいえ確実にとはいかない。


『そうか。ならば〈トニトルスコルムナ〉後の追撃がもし回避されたら、すぐさま撤退して欲しい』


『……そうなるとお主ら4人であ奴ら5人を正面から相手取る事になるが、大丈夫かの?』


『ふっ、その時はイツキ君に頑張って貰う事にするさ』


『……了解じゃ。さてもうそろそろ接敵する頃合いじゃな。後は合図があるまでわしは静かにしておくとしよう』


『ああ、ご武運を』


 そして通話が切れる。


「という訳だ。いざという時は頼んだぞイツキ君」


「はぁ、あれを使えってんだろ? 分かってるさ」


 現在の俺は3回戦まで使っていたアバター[ビーチの女神]ソルではなく、[闇夜の使者]ソルのアバターを纏っている。これは通称黒サンタソルとも呼ばれ、文字そのまま黒いサンタ服を着たソルのアバターだ。


 ◆◆◆


 アバター名:[闇夜の使者]ソル  Lv:80/80

 クラス:クレリック

 属性:闇

 レアリティ:SSR

 解放装備名:ニコラウスロッド


 アクションスキル

 〈ナイトフォール〉EX

 闇夜の結界を生成。範囲(大)、敵速度DOWN(大)、一定確率で暗闇付与、CT60秒、持続30秒

 〈レインディアクラッシュ〉EX

 黒いトナカイを多数召喚し、敵に突撃させる。範囲(中)、CT22秒、倍率1800%

 〈ダークドレイン〉EX

 闇夜の結界内の敵のHPを吸収し、味方へと分け与える。CT60秒、倍率1500%

 〈ブラックプレゼント〉EX

 周囲の敵に黒いプレゼントボックスを投げつける。同時攻撃数6、状態異常をランダム付与、CT18秒、倍率300%


 アシストスキル

 〈闇夜の祝福〉

 闇夜の結界内の味方防御UP(中)、HPを徐々に回復

 〈ルンプクネヒト〉

 自身の闇属性攻撃UP(中)、光属性耐性UP(中)

 ラグナブレイク

 〈ヒプノティックララバイ〉EX

 闇夜の結界内の敵を深い眠りへと誘う。範囲(大)、一定確率で睡眠を付与、持続30秒


 ◆◆◆


 現在のリスマスの時期にしかガチャから排出されない為、非常にレアなSSRアバターなのだが、俺はなぜか既に4回ほど引いてしまっている。知る限りその所持者は俺を含めて3人しかいない――しかも他2人も顔見知り――のだが、一体これはどういう偶然なのだろうか? なんらかの作為を感じた俺は運営に何度か問い合わせをしてみたものの(なし)のつぶてであった。


「〈ナイトフォール〉を俺が使ったら、即座にその中に逃げ込んでくれ。30秒しか持たないからその隙に脱出するとしよう」


 結界内に入った敵に対して強力なデバフを与えるスキルだ。常時発動は出来ないものの展開中は敵の攻勢に対し強力な抑止力となり得る。いざとなれば、それを隠れ蓑として戦場から一時離脱しようという訳だ。

 そうして最終確認を済ませ、いよいよ激突の時がやってきた。


「11時の方向に敵発見」


「ふむ、丁度良いタイミングだな。ここならば奇襲も仕掛けやすい」


 俺達の現在地はちょうど広場のように少し道幅が広くなっている。そこへと誘い込めば範囲攻撃でまとめて攻撃するのも容易なはずだ。仮に奇襲に失敗し逃げ出す事になった際、結界スキルの効果範囲で十分に覆える広さである事もプラスに働く。


 俺達は広場の隅にある茂みへと潜み、静かに敵の到来を待つ。


「うぅむ。敵の姿が見えんのぉ。ふぁぁ……」


 集団の先頭にはSSRアバター"ガイア"の姿があった。そしてなにやら眠そうに欠伸をしている。見た目そのものは母性溢れる大人の女性という感じなのだが、その言動や仕草は完全におっさんそのものである。あれこそがマッスルシスターズのリーダーにして、対人戦トッププレイヤーの一人である"烈鬼"だ。


「パパ! 油断しちゃだめだよ! あの人達、相当強いんだから!」


 最後尾に立つシヴァのアバターを纏った女性がそう窘める。彼女が烈鬼の娘であり、パーティの司令塔でもあるハルナだ。


「ううむ? そうなのか、ハルナ?」


「パパぁ、私、試合前にも何度も言ったわよね? まあ純粋な体術で比べるなら、こっちが負けることはまず無いと思うけど。でも総合力でみたら分からないわ。それにまだ何か隠し玉もあるみたいだし……」


 少し距離があるせいで何を話しているかははっきりとは聞き取れないが、バラ―ディアが言った通りハルナというプレイヤーからは強い警戒心が感じられる。本当ならばもう少しこちらに引き寄せたかったが、ここらが限界だろう。


 俺が視線を向けると、ネージュが無言で頷く。


『バラ―ディア君、頼む』


 ネージュがそう合図を出した次の瞬間、敵集団の後方でかすかに空間が歪んだような気がした。


「っ、なにっ!?」


 どうやってかはまったくもって不明だが、それに勘付いたハルナが背後を振り返る。その直後、ズガガガァァン!!という轟音が辺りに響き渡った。

 バラ―ディアが〈トニトルスコルムナ〉を使ったのだろう。ハルナが居た付近に巨大な雷の柱が降り注ぐ光景が見えた。そしてその直撃を食らったハルナは見事に麻痺状態へと陥っている。


「くぅ、しまったのじゃ」


 しかし彼女もまた然る者であった。振り返ると同時に反撃の一撃を放っていたらしく、しかも見事にバラ―ディアへと直撃させていた。雷属性であるバラ―ディアに対し、水属性の彼女の一撃は大したダメージを与えなかったが、しかしそれによりバラ―ディアの隠形が解除され姿を晒してしまう。


「大丈夫か、ハルナ!」


「私の事はいいから、パパとおじさんは前方を警戒してて! 両吉とジェイビーさんはあれを仕留めて!」


 麻痺によってマトモに動けない中、冷静にそう仲間へと指示を下すハルナ。それを受けて物凄い勢いで2人のモンクがバラ―ディアへと迫っていく。


「やれやれ。こうなれば相打ち覚悟じゃな……」


 隠形を解かれ無防備な姿を晒す事となったバラ―ディア。

 もはや彼女は逃げきれないと判断したのか、そのまま移動せずに射撃体勢を続行する。


「あとは任せたのじゃ」


 敵のモンク2人が迫っている事など無視して、彼女は麻痺して動けないハルナへと追撃の雷槍をひたすら連射する。


「ごめん、皆」


 バラ―ディアの猛攻を前にして、ついにハルナのHPが0となる。しかしそれと同時にバラ―ディアもまた敵のモンク2人に囲まれてしまう。


「姉ちゃんの仇ぃ!」「シンデクダサーイ!」


 接近戦に優れたモンク2人相手に、近接能力に乏しいアーチャーが捕まってしまえば果たしてどうなるか。為す術もなくボコボコにされ、そのHPをあっと言う間にすり減らしていくバラ―ディア。


「行くぞ!」


 もはやバラ―ディアを救う事は叶わないだろうが、同時にこれは敵が分断した好機でもある。

 ここぞとばかりに俺達は一斉に飛び出し、敵に攻撃を仕掛ける。


「〈トータルイクリプス〉!」「〈セラフィックトーメント〉!」「〈サモンアメミット〉!」「〈レインディアクラッシュ〉!」


 ネージュが前方の敵2人に対し弱体化を仕掛け、続いて残り3人が範囲攻撃を連続して放っていく。


「はっはっは! 温いわぁ!」


 だがこちらの放つスキルを難なく躱しながら、2人のモンクがこちらへと猛スピードで接近してくる。


 ……おいおいマジかよ。なんだよあの動き。


「やらせない!」


 その進路上に大盾を構えたヴァイスが立ち塞がり、彼らの行く手を阻む。


「ほぉ、貴様出来るなっ! わしはこれの相手をする! 豪弥(ごうや)は残りをやれ!」


「任せろっ、兄者!」


 烈鬼とヴァイスが対峙している横で、ハスターのアバターを纏った豪弥が俺とネージュ、ルクスの3人へと迫る。


「おいおい、3人相手にたった1人かよ。俺達も舐められたもんだな」


「まあ我らが近接戦闘が不得手なのは事実であるしな。仕方なかろう」


「……分かってはいても、やっぱムカつくわね」


 こうして俺達の方では3:1の状況となった。本来ならば各個撃破のチャンスなのだが、生憎とそう上手くはいかない。


「くっ、早いなっ」


「バラ―ディアへの援護に行かせないつもりみたいね」


 相手は完全にこちらの足止めに専念しているらしく、決して深追いはして来ないためこちらも決定打を与えきれない。こうしている間にも、バラ―ディアのHPはみるみる勢いで減少している。


「ハスターのアバターがここまで厄介だとはな……」


 ハスターは現存の全アバター中で最速とされており、敵の巧みな身のこなしと併せてこちらの攻撃がほとんど当たらない。しかも仮に被弾しても防御性能もそこそこ高い上、自己回復スキルまで備えているせいでなかなかHPを削れないのだ。


「その上、通常攻撃に猛毒付与とかっ、ホンット面倒なアバターよねっ」


 ハスターは機動性と耐久性が高い分、純粋な攻撃力にはやや乏しい。しかしその欠点を猛毒付与によって補っているわけだ。こちらにはクレリックが2人もおり回復面は万全なため、その程度で命の危機に陥る事は無いのだが、問題は回復スキルを使うことを強いられるせいで、余力をそちらへと割かれてしまう事だ。


「水着ソルにすべきだったかな……」


 あのアバターならば全員の状態異常耐性を高める事が出来るので、猛毒など大した問題にはならない。それに何よりボードに乗れば最高速度で上回れるので、ここまでたった1人相手に翻弄される事はなかったはずだ。


「司令塔を落としてなお、これほどあちらが動けるとは少々誤算であったな」


 そうして俺達4人が足止めを食らっているうちに、バラ―ディアがついに落ちてしまう。


「くそっ、助けられなかったか……」


 奇襲によって5:4と数的優位を確保したにもかかわらず、すぐに追いつかれてしまった。


「バラ―ディア君には後で謝らねばな。だがそれもこちらが勝利した上での話だ」


 別に逆転を許した訳ではなく現状は飽くまで五分だ。こちらは隠し玉を失ったが一方であちらも司令塔を失っている。どちらが有利とも言い難い状況のはずだ。


 バラ―ディアを倒した2人があちらに合流した事で、ヴァイスと烈鬼も一旦戦う手を止めてそれぞれ味方へと合流する。そして俺達と敵の4人が向かい合う。


「うちの娘を倒すたぁ、やるじゃぁなねぇかお前たち。やっと歯ごたえのある相手と出会えてわしは嬉しいぞ」


 烈鬼が心底嬉しそうな、しかし底冷えするような笑顔を見せる。


「ふっ、それはこちらのセリフだ。まさかこちらの切り札をあっさり倒されてしまうとは思ってもみなかったよ」


 それに対抗するようにして、ネージュもまた余裕の表情を浮かべながら応答する。

 実際、奇襲をうけたはずのハルナが、まさかの超反応によってバラ―ディアに対し反撃をするなどというおかしな芸当さえしなければ、こちらは5:4で数の有利を保ったまま押し切れたはずなのだ。あれはまさしく想定外の出来事であった。


「そうかい。それで今そこで逃げずにつっ立ってるてぇことは、わしらと正面から殴り合うつもりなのか?」


 期待一杯といった表情で、そう尋ねて来る烈鬼。


「さてな。我らが一方的に殴るだけの展開にならねば良いが」


「はんっ、言ってくれるぜ。だが、そうこなくっちゃなぁ」


 互いに挨拶は済んだとばかりに、武器を構える。


「……出し惜しみは無しで行くぞ」


 ネージュの視線は前を向いていたが、その言葉は恐らく俺に向けられたものだろう。意味はそのまま、俺にスキルの一切を出し惜しみせずに戦えと言っている訳だ。まあ黒サンタソルの性能は、決勝まで秘匿しておく意味は薄いので妥当な判断だろう。


「では行くぞ!」


「いつでもかかって来いや!」


 そうして互いに死力を尽くした決戦が始まった。


 ◆


「夜よ来たれ! 〈ナイトフォール〉!」


 これまで俺は黒サンタソルの戦闘動画をネット上に流すことは無かった。現状3人しか所持が確認されていないアバターの動画ならば、かなりの再生数を見込めたのだが、これまでの経験から暫く温存する事にしたのだ。

 その結果、黒サンタソルの保有するスキルなどの情報は現在に至るまでネット上などに出回る事は無かった。故に対策を練れないだろうという意味で、この準決勝でお披露目をしたのだが……。


「その程度で我らを止めれると思うな!」


 タイミングを合わせて奴ら4人を闇夜の結界内へと収める事に成功した俺だったが、しかし奴らは俺の想定の上を進んでいく。


「なんであいつら暗闇くらったまま普通に動けてるのよ!?」


 暗闇の状態異常は、視界の大半を黒で塗りつぶす効果がある。すなわち今の彼らは視覚に頼らず動いているはずだが、そんな様子など微塵も感じさせずに的確にこちらの動きを捕えている。


「……恐らく暗闇の状態に慣れているのだろうな。一応、視界がまったくの0になるという訳でもないし、訓練を積めば克服できるのかもしれぬな……」


 ネージュは口ではそうは言っているものの、その表情は半信半疑といった感じである。てか視界の黒塗りなんて、果たして慣れてどうにかなる問題なのだろうか? 少なくとも今の俺にはちょっと理解の及ばない境地である事だけは確かだ。

 とはいえ流石に速度DOWNの効果の方はちゃんと効いているらしく、結界展開中はこちらがやや有利に戦えている。

 しかし――


「結界が無いとヤバいわね。ちょっと敵の動きが早すぎるわっ」


 元々モンクは機動性にもっとも優れたクラスだ。加えて武術家である彼らは無駄のない動きによって、それをより早く見せている。

 敵の火力不足とヴァイスの的確なフォローのお蔭でまだ脱落者は出ていないが、不運やミスが重なればかなり危険な状況だ。その上、相手は全員自己回復スキルを持っている為、持久戦に持ち込んだとしてもこちらが別段有利になるわけでもない。火力ではこちらが確実に優っているはずだが、相手の立ち回りのせいでそれをロクに発揮出来てはいない。


「互いに決めてを欠いている状況だな」


 構成自体は大きく異なるものの、どちらのパーティも防御寄りである事に変わりはなく、多少火力を集中させたくらいでは誰も落ちてはくれない。この膠着した状況を覆すには強力なスキル――すなわちラグナブレイクの力が必要だ。だがこちらはオシリスのラグナブレイクが攻撃型ではなく、残り3人のスキルを同時に当てたとしても敵のHPを完全に削り取れるかどうかは微妙なラインだ。

 対してあちらのラグナブレイクは、全て攻撃型でしかも効果範囲が狭いぶん威力が高いものが多く、一人に集中されれば恐らく耐えきれない。とはいえ現実問題としてどうやってそれを1人に集中して当てるかという問題が存在するのだが……。そんな事を考えているとまさかの事態が発生する。


「世界を創りし無限の光よ、永遠不変の理よ――」


 なんとここでヴァイスが一人で勝手にラグナブレイクの詠唱を初めてしまったのだ。


「ちょっ!? 何やってるのよヴァイス!?」


 突然のヴァイスの暴走に対し、ルクスが焦ったような声をあげる。


「はっはっーぁ! 勝利を焦ったかぁ!」


 今がチャンスとばかりに動きを止めたヴァイスを取り囲み、敵もまた4人一斉にラグナブレイクの詠唱を開始する。ラグナブレイク詠唱中は敵の攻撃に対して無敵となる。その例外となるのは同じラグナブレイクだが、詠唱中にそれによってダメージを食らっても、死なない限りは技の発動がキャンセルされる事はない。

 要するに今の状況のまま進めば、彼ら4人はヴァイスのラグナブレイクを確実に食らうが、直後ヴァイスもまた硬直によって4人のラグナブレイクを食らってしまうのは避けられないだろう。そうなってしまえばいくらヴァイスでも耐えきれず、その死はほぼ確定的となってしまう。

 そんな単純な事が分からないヴァイスではあるまいし、一体何故だという思いを抱きつつも俺は思考を巡らていく。そして俺は一つの結論に辿り着いた。


「〈ナイトフォール〉! ミゼラブル・クリスマス――」


 闇夜の結界を張ってから、俺もまたヴァイスに習いラグナブレイクの詠唱を始める。


「あ、あんたまで!?」


 そんな俺の姿を見て、ルクスが更に焦った声でそう言う。そんな中にあって唯一ネージュだけがこの状況を座視していた。


「そういうことね……」


 そんな様子を見たルクスも遅ればせながら同じ結論に達したのだろう。そう呟いてネージュの隣へと立つ。

 敵が全員無敵と化しており結界スキルもクールタイムの回復待ちである為、彼女達に出来る事は何もない。2人の出番は敵のラグナブレイクが終了してからとなるだろう。なので今は武器を構えたまま状況の推移を見守っているのだ。


「今こそ我が前に揺蕩う闇を打ち払え! 〈アインソフオウル〉!」


 そしてついにヴァイスの詠唱が完了し、地面から湧いて出た無数の光槍が次々と敵へと襲い掛かっていく。光の槍によって串刺しの刑に処された彼らはHPを大きくすり減らしたが、死にはまだまだ遠い。


『〈グラウンドノヴァ〉』


 続いて今度は烈鬼が詠唱が終えて、ガイアの持つラグナブレイク〈グラウンドノヴァ〉を発動する。それと時を同じくして他の3人もまた詠唱を終えたらしい。4人分のラグナブレイクが硬直で動けないヴァイスへと一斉に襲い掛かる。


「掛かった」


 圧倒的な暴力を前にヴァイスがその身を散らす寸前、彼女はそれだけを言い残す。


「……なに?」


 ヴァイスが微かに口を歪ませていた事が気になるのか、何か考え込む様子を烈鬼が見せるがもう遅い。そちらの硬直が解ける前に俺の詠唱が完了する。


「ふんぬぅ! その程度の一撃、余裕で耐えきってみせるわ!」


 その台詞で確信した。やはり彼らは俺のラグナブレイクの効果を知らないようだ。だからどれだけ威力が高かろうとも凌ぎ切る自信が彼らにはあったのだろう。

 だがその判断は大いに間違っていた事をこれから身をもって教えてやるとしよう。


「こんな日はさっさと眠っちゃおう! 〈ヒプノティックララバイ〉!」


 その瞬間、ソルの口からこの世のものとは思えない美しい旋律が放たれる。


「くっっ、これは……」


「ふぁぁ……」


 黒いメロディーが闇夜の結界内を駆け巡り、彼らを眠りの世界へと誘っていく。


「く、そ……」


 結果、一人また一人と意識を失いその場へと崩れ落ちていく。そうして4人全員が夢の世界へと旅立っていった。


「ネージュ、ルクス! あとは頼んだ!」


「うむ!」「任されたわ!」


 絶好の攻撃チャンスだが生憎と俺は硬直で動けない。なので最後は2人に任せる事にした。

 彼女達2人は、攻撃に巻き込んで起こしてしまわないよう、慎重に1人づつトドメを刺していく。最後の1人は自力で夢の世界から帰還したものの、その時にはもう数の差は歴然となっていた。残った俺達3人にタコ殴りにあってあっさりと死んでいく。


「うむ。やはり黒サンタソルをこの試合まで温存しておいたのは正解だったな」


「そうだなー。でもこれだけ上手く行ったのは、最初にバラ―ディアがハルナを殺してくれたからだろうな」


 これまでのマッスルシスターズの戦いを見ていた限り、戦略的な判断については司令塔のハルナに任せっきりのようだった。しかしこの試合ではそんな彼女が早期に死亡したため、今のような単純な策の警戒すら怠り、結果このような結末を招いてしまう。

 彼ら4人も別に馬鹿という訳ではないのだろうが、普段からやっていない事というのは、いざやろうとしても得てして案外出来なかったりするものなのだ。特にそれが実戦の場であったならば尚更だ。


『準決勝第一試合を見事勝ち残ったのは"SSRガールズ"だぁ! 彼らに大きな拍手を!』


 試合が決着した今になって、実況の声や観客席の声が耳に届いてくる。


「……まあ反省会は後で良いか。我らは見事に強敵を打ち倒したのだ。その事を今は存分に誇るとしよう」


 ネージュが表情を緩めて、そう言うと、


「そうね。会場の皆ぁ! 応援ありがとー!」


 続いてルクスが声色を変えてアイドルのような声で、そんな事を叫ぶ。


「よっしゃー! このまま優勝するぞ!」


 俺もまた右拳を前へと突き出して今の喜びを表現する。きっと先に死んでいったバラ―ディアやヴァイスも同じ気持ちだろう。

 そうやって一頻り喜んでから俺達はこの戦場を後にするのだった。


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