7 疑惑の実況
予選終了後、共に予選を勝ち抜いたナルカミがその仲間であるゴールデンの面々を引き連れて訪ねて来た。
「お前らのお蔭で予選を無事突破出来た。感謝する」
彼らはそう言って頭を下げる。案外律儀な連中であると俺は感心する。
「なに、こちらも君が味方についてくれて助かったのだ。感謝など不要だよ」
「そう言って貰えると助かる」
一時は殺し合った仲ではあったが無事試合も終わり、晴れて2パーティとも本選へと出場が決まったのだ。そしてトーナメントの都合上、彼らと次に当たるとすれば決勝となるので、暫くは休戦しても特に問題は生じないはずだ。
「そういやあの最後に雷を落とした奴、あれお前らの仲間だったんだろ? 姿が見えないようだが……」
「うむ。まあ彼女はうちのとっておきだからな。なるべく人目を避けさせて貰っている」
最後の最後で攻撃を行った事でその存在は知られてしまったが、隠形自体は解いていなかったので、姿はまだバレていないはずだ。バラ―ディアにはベルフェゴールとは別のアバターに一旦着替えてもらい、離れた場所で待機してもらっている。
「そうか。そっちにも礼を言いたかったんだが……」
どうやらナルカミのその言葉は純粋な気持ちから来ているように思えるが、かといって悪戯に姿を晒す訳にもいかない。改めて挨拶をするのはイベント終了後でも十分だろう。
「ならば、その旨こちらから伝えておくとしよう」
「ああ頼む。……ところで一つ訊きたいんだが、いいか?」
どうやらそちらの方が本題だったらしく、神妙な顔つきでそう切り出すナルカミ。
「ふむ。なんだろうか?」
「なぁ、あの試合展開だが、もしかして全部あんたらの想定通りだったのか?」
「……何故そのように考えたのだ?」
「試合中、あんたらは最後までほとんど動揺する様子を見せなかったからな。そりゃぁ、そう疑いたくもなるさ」
一から十まで計算通りとは言えないもののある程度想定の範囲内で収まったのは事実であった。だからこそ俺達はスムーズに動けたのだが、その事が彼らの疑心を呼んでしまったらしい。中々ままならないものだ。
「それにネージュ、あんたの声に時々だが妙な演技臭さを感じてた」
うちのパーティには4人しか残っていない事などを、ネージュが割と露骨にアピールしていたのを思い出す。その他にも彼女が声を大にして発言した時にはいつも何かしらの意図が込められていた。最後に敢えて大声で作戦をばらしたのが実はバラ―ディアへの合図であった事実に恐らくナルカミは勘付いたのだろう。俺達は普段のネージュを知っているからすぐに気付けたが、初見かつあのような混沌とした場面でそれを見抜くとは、やはり彼は良いプレイヤー、そして良い指揮官なのだろう。
「まあ一部で演技をしていたのは認めるが、流石に全部を掌で転がせるほど我らは優秀ではないよ」
それもまた事実だ。俺達の当初の想定ではバラ―ディアの存在は完全に秘匿しておくはずだった。しかしその計算は俺達を倒す連合が組まれた事で崩れてしまう。
「なぁ、あの3パーティでの連合、もしかしてあんたの提案じゃないのか?」
ふとそんな事が気になりナルカミへと尋ねてみる。当初はリーダー格のように振る舞っていたので、その可能性は高いと思われる。
「あ、ああ。まあそう言う事になるな」
と言う事はだ、彼らのお蔭で俺達は勝てたのは確かだが、彼らのせいで苦戦したとも言える訳か。なんともまぁコメントし難い状況だ。
それを言い辛そうに答えたナルカミだったが、まだ何か別の事を言いたげな表情をしているように見える。
「実は……イツキさん、前から俺はあんたの動画のファンだったんだよ。だからあんたらの事は良く知ってたんだよ」
「ほぉ……」「へぇ……」「……」
その言葉を聞いた瞬間、仲間の視線が俺へと集中する気配を感じる。どうやら今回の苦戦の原因には俺の責任も大きかったようだ。動画をネット上にUPしている以上それは覚悟の上であったが、やはりその実害を目の当たりにしてしまうと、我が事ながら微妙な気持ちになってしまう。
「そうか。まあ今後も色々と上げるつもりだから、是非ともチェックして欲しいな」
とはいえ、それを口に出して視聴者数をわざわざ減らすような真似は俺には出来ない。俺の毎月の課金額にも関わるしな。なのでいつも通りの無難な対応に俺は終始するのだった。
◆
「しかし、会場の方は物凄い盛り上がりようだな」
俺達の試合は終わったが予選そのものはまだ続いている。俺達も後々の本選で戦うかもしれないライバル達の雄姿を確認すべく、メイン会場にて試合観戦を行っていた。
そしてその模様は、司会進行役である紅白サンタの2人組――ツヴァイとドライによって実況されている。
『第7グループの勝者が決まったぞぉ! エアロポリスでの熱戦を制し、1位の座を手に入れたのは"マッスルシスターズ"だぁ!』
今も紅いサンタコスのドライがそんな事を叫んでいる。
「ふむ。試合中にはこのような声は聞こえなかったな」
選手には実況の声は聞こえない仕様なのだろう。隠密性が重視される試合で実況の声が選手の耳に届きでもしたら大変な事になりかねないので、それは妥当な判断だと言える。
『やはりあのパーティは優勝候補筆頭と噂されるだけあって、貫禄の立ち回りでしたね』
白いサンタコスを纏ったツヴァイが、そう解説する。
『そうだな! 足場が不安定なフィールド特性をものともしない、実に良い動きだったぜ!』
エアロポリス(LL)は、フィールドの全形自体はデザートストーム以上に大きいのだが、その一方でプレイヤーが移動可能な範囲は非常に狭くなっている。というのも足場が上空高くに浮かんだ多数の正方形状の岩盤によって形成されており、そこから足を踏み外せば即座に死が待っているというかなり危険なフィールドなのだ。
しかし1位となったマッスルシスターズは、そんな危険などものともせずにフィールド上を縦横無人に動き回り敵を次々と狩っていった。当然、他のプレイヤー達もそんな彼らを座視していた訳ではないのだろうが、フィールドの構造とフレンドリーファイアーの仕様のせいで、パーティ同士が連携を取るのは非常に困難であったようだ。
結果は俺達の試合とは異なり、最後までろくな協調を出来ないままマッスルシスターズの面々によって各個撃破されてしまっていた。
「やはり彼らは手強いな……」
マッスルシスターズは俺達とは違った意味で有名なプレイヤー集団だ。彼らは対モンスター戦闘にはほとんど興味を示さず、実際これまで行われた各種イベントなどでもその姿を見かけた覚えはない。そんな彼らの主な生息地はここ闘技都市アンフィテアトルムである。
そう彼らは生粋のPVPプレイヤー集団なのだ。その実力は折り紙つきであり、特にリーダーである"烈鬼"は個人戦においては最強候補の一角として良く名前が上がる人物でもある。
また彼らが有名なのはその特徴的なパーティ構成と戦闘方法にも起因する。
「一見バランスが悪そうに見えるけど、実際に相対するとかなり厄介みたいね」
ルクスが真剣な表情でそんな事を呟いている。
「モンク4にウィザード1など、対モンスター戦ではまず成立し得ないであろうな」
俺達4人は対人戦もそこそこやりはするのだが、やはりその主軸はモンスター戦に置いている。そんな俺達にはまず思い浮かばない発想のパーティ構成を彼らは採用していた。
「あれが上手く機能している要因は、メンバー全員がリアルでの知り合いかつ一流の武術家である事が大きいのだろうな」
マッスルシスターズは、リーダーの烈鬼――なんと本名らしい――を師範とする道場の一家とその門下生で構成されているパーティである事でも有名だ。ネット上で検索すればすぐに彼らの道場のウェブサイトが出て来てしまう。そんな状態で色々と大丈夫なのだろうかと少し心配なほどだ。
「全員が古くからの知り合いであるが故、連携は十分。手練れの武術家であるだけに、身体の動かし方も良く存じているという訳だな」
スキルなどが存在する以上、リアルで武術を使えるからといってイコール強者という訳ではないが、VRでのアバター操作の感覚が現実での肉体操作に近い以上は確実に関連性は存在する。特に接近戦での体術ではその影響が強く、だからこそモンク4という突飛なクラス構成を選択しているのだろう。
「現状、彼らと正面から1対1で戦って互角以上に渡り合えるのは、うちではヴァイス君くらいのものだろうな」
現状のREOの対人戦バランスは、1対1においてはどちらかと言えば近接職が有利な傾向にある。加えて彼らは対人戦に限っての話なら、ゲーム内においてすら俺達以上の熟練者なのだ。真向から戦えば恐らく俺達の勝ち目は薄いだろう。
「ただ正面から戦う必要など全くないし、何より我々にはバラ―ディア君という隠し玉が存在する。彼らとの決戦までに彼女を温存出来ればこちらの勝ちはほぼ確実だろう」
マッスルシスターズの面々は確かに強力だが、一方でその弱点もまた明白だ。それはただ一人の後衛職であるウィザードの存在だ。烈鬼の娘――ハルナというプレイヤーだ――らしいのだが、彼女がパーティの司令塔を担っている。なので彼女さえ倒せば、ほぼ勝利は近いとも言われている。
もちろんそんな事は彼ら自身も十分に自覚しており、実際にそれを成し遂げるのはかなりの困難が伴うようだが。
だがそこでバラ―ディアの存在が効いて来る。ハルナの使用アバターはシヴァであり水属性だ。対してバラ―ディアが使うベルフェゴールは雷属性であり、彼女の弱点を突く事が可能だ。故に実際の対戦までバラ―ディアの存在を秘匿さえ出来れば、奇襲によって彼女を倒す事自体は容易だと考えられるのだ。
「順当に勝ち進めば彼らとは準決勝で当たる。そこまで温存出来れば良いのだがな」
マッスルシスターズ程の猛者はそうそう居ないと思うが、まだ見ぬ伏兵が息を潜めている可能性もある。今後の対戦相手を分析する意味も兼ねて、俺達は真剣に試合観戦を続けた。
そうしてついに予選も残すところ最終グループだけとなった。ここで少し波乱が起きる。
『おおっとぉ! 第16グループは意外な試合展開となっているぞー! 優勝候補のシルバーフォックスがまさかの全滅だぁ!』
どうやら会場の方は優勝候補が予選敗退した事実に盛り上がっているようだが、俺達の関心は少し違うところにあった。
「ねぇ、あれって……」
「うむ……。リーゼの奴め。我々を倒すためならば、もはや手段を選ぶつもりは無いようだな」
ルクスの言葉に対し、苦々しい表情を浮かべながらネージュがそう頷く。
そう、第16グループを1位で通過したのはアリスリーゼ達のチームだった。
もともと彼女のパーティは全員がSSRアバターを纏いイフリートの初討伐を成し遂げる程には強かった。だがこともあろうか今回の大会に参加しているメンバーは、アリスリーゼを除き全員が別人となっていた。単に使用アバターの種類を変えたとかそういう次元の話ではなく、完全に別のプレイヤーと入れ替わってしまっている。
「どうやって彼らを仲間に引き入れたのか? 奴の性格から察するに恐らく金の力だろうが……何にせよロクな手段ではあるまい」
アリスリーゼのパーティの新メンバー達は、どれもこれも名前を聞いた事がある有名プレイヤーばかりであった。しかもその全員がPVP界隈においての有名人ばかりである。
「ネージュが愛されてるのかイツキが恨まれてるのか……。何にせよかなり面倒そうな相手ね」
いくら寄せ集めの急造パーティであっても、個々の腕は飛び抜けた連中ばかりが集められている。しかもマッスルシスターズとは異なり、クラス構成のバランスも十分に取れている。パッと見では隙らしい隙は見当たらない。
「救いは奴らが第16グループである事か。我々と当たるにしても決勝だ」
それまでに奴らの弱点を分析出来れば良いのだが、果たして……。
◆
予選の全試合が終わりいよいよ本選開始時刻が近づいて来る。既に日付が変わっており今頃は現実世界では性夜の名に相応しい悪習の宴が繰り広げられている事だろう。
……別に嫉妬している訳じゃないぞ? ソルちゃんと一緒にクリスマスを過ごせる以上の事なんて、この世には存在しないのだから。
「さて、これから1回戦じゃが、わしはどうすれば良いかの?」
バラ―ディアがそう尋ねてくる。多分、どのアバターを使うかについて言っているのだろう。
「……予選を見た限り、相手はたまたま運良く生き残っただけのようだし、さほど警戒が必要とは思えない。やはりここは温存だろうな」
バラ―ディア――いやベルフェゴールのアバターの存在は出来れば準決勝まで秘匿しておきたいのだ。そこまで温存して負けるリスクよりも、準決勝を前にベルフェゴールの能力を衆目に晒すリスクの方が高いとネージュは判断した訳だ。もちろんその事に俺も異論は無い。
「了解じゃ。ではわしはこのアバターを使うとするかの」
現在バラ―ディアが使っているのはSRアバター"ストリボーグ"だ。風属性のアーチャーであり劣化トリスタンといった感じの性能をしている。属性は違えどベルフェゴールと同じアーチャークラスなので、パーティーバランスを極力崩さない無難なチョイスであると言えよう。
「すまんのぉ。SSRアバターを使えれば本当は良かったのじゃが……」
バラ―ディアは課金額の割に所持しているSSRアバターの数が少なく、同名アバター同士ではパーティを組めない制限によって、SSRアバターを使えないのだ。
「なぁに問題はないさ。元々、準決勝までは極力バラ―ディア君の手は借りずに、我々4人だけで勝ち抜くつもりだったのだ。少しでも戦力になってくれるだけで十分だよ」
「そうよ、あんたにはマッスルシスターズの司令塔をきっちり暗殺して貰わなきゃいけないからね!」
「うむ、そちらは任せるのじゃ」
それから作戦の確認を終えいよいよ試合開始時刻となる。俺達は指定された場所にある魔法陣の上で待機し、試合開始の合図を待つ。
『ではこれより本選を開始するぞ! 予選と同じく実況はこの俺、ドライと』
『わたくし、ツヴァイの2人が務めさせて頂きますね』
『それじゃあ早速、本選第一試合ッ! スタートォ!!』
そんなテンション高い開始の合図とともに、足元の魔法陣が光り試合会場となるフィールドへと転送される。
「ここは……」
どうも石造りの建物の中のようだが、長い年月放置されたのか家具などはボロボロであり、地面にもあちこちコケが生えている。
「ふむ。どうやら今回の戦場に選ばれたのは"ロストテンプル"のようだな」
ロストテンプル(S)は、パーティ戦(5vs5)向けのフィールドである。かつての栄光は今は無く、人々の記憶から忘れ去られ寂れてしまった神殿が舞台だ。
ここの特徴としては、フィールド全てが暗い屋内である事、いくつもの通路が分岐合流を繰り返す複雑な構造である事などが挙げられる。そのため一般的な戦闘の流れとしては、各パーティが今俺達がいるような小部屋からスタートし、フィールドの逆側にいる相手パーティとの会敵を目指して進む事になる。しかし途中いくつも存在する分岐路のせいで、運が悪かったり片方のチームが逃げ回ったりすれば、戦闘に発展するまでかなり時間が掛かることもあるのだ。
「なんか不気味な感じの場所ね……」
薄暗い神殿の通路を進みながら、ルクスがそんな事を呟く。
「そうだな。ゲームだとは分かっていても、これだけリアルだとなんか心寒い気分になるな」
かつては誇っていたであろうその神秘性も、廃墟となってしまった今ではその意味が逆転したようにさえ感じられてしまう。
「さて、そろそろヴァイス君の感知に引っ掛かっても良い頃だと思うのだが……」
そろそろフィールドの中央付近は超えたはずだ。特に急いできた訳でもないし、そろそろ敵の気配を感じてもおかしくはない頃合いなのだが……。
などと思っていたら突如として、彼方から大きな声が聞こえてくる。
『おおっとぉ! チーム"ラムネファイアー"! スタート地点から全く動く気配を見せないぞぉ! やる気が無いのかぁ!?』
『どうやら相手にばかり動き回らせて消耗させてから、苛立ったところを襲う作戦のようですね』
元々フィールド自体が静かな上、隠密行動中だったため、急なデカい声に心臓が跳ねるのを感じる。
「……むぅ。なぜ突然、実況の声が聞こえてきたのだ?」
少なくとも予選では実況の声を耳にする事は一度もなかったし、この試合においてもここまでは一切聞こえなかった。それがどうして今になって突然……?
「何にせよ、この実況の声が嘘をついてないなら、向こうはリスポーン地点からほとんど動いてないみたいね。こっちにばかり動かさせて消耗を狙うなんて、物凄い姑息で嫌な感じよね」
「そうだな。それが本当かどうか確認の意味も兼ねて、少し先を急ぐとしようか」
あの声が何かの間違いである可能性もあったので警戒は怠らなかったが、それでも行軍ペース自体はかなり早くなった。そして、そのまま敵と遭遇することなく、相手のリスポーン地点付近まで辿り着く。
「どうかな、ヴァイス君?」
「5人全て確認、何か談笑している気配」
どうやらあの実況が言っていた事は本当だったようだ。しかも俺達がここまで来るにはまだ時間が掛かるだろうと、どうも油断しきっている様子だ。
「ふむ。少し腑に落ちないが、これは紛れもないチャンスなのだろうな。一気に奇襲を掛けてさっさと終わらせるとしようか」
そして、相手チームの「たまたま勝ち残った運が良いだけのチーム」という俺達が下した評価はどうやら正しかったらしい。
「ちょっ!? もう来たのかよ!?」
「嘘だろ!? 早すぎじゃね!?」
地面に座っていた彼らがこちらに気付きそんな叫び声を上げた時には、既にこちらから一斉に範囲スキルが放たれた後の事だった。
「……やれやれ。本選出場者にもこのような輩がおるとはのぉ。案外この大会のレベルも低いのかもしれぬな」
決着が着いた後、何とも言えない表情を受かべてバラ―ディアがそう呟く。
「そうだな。これなら俺達が予選で倒してきた連中の方がよっぽど手応えはあったな」
結局のところあのような混沌としたバトルロイヤル形式では、常に強者ばかりが勝ち残る訳ではないという事なのだろう。本選出場者の選定方式に今更ながらに疑問を感じるが、今回はそれが俺達に有利に働く結果となったので、まあ良しとしておくことにする。
「でもあの実況の声、嘘じゃ無かったみたいだけど、一体なんだったのかしら?」
それは続く本選の試合を観察していく中で、朧気ながら判明した。
「……どうやら試合に積極的でない姿勢を見せたプレイヤーに対して、不利な情報を意図的に相手チームに流しているようだな」
つい先ほど観戦した試合では、遠距離攻撃主体のパーティが下手くそなヒット&アウェイを繰り返し試合を無駄な長引かせていた。
より具体的に言うならば遠距離攻撃スキルのクールタイムが溜ったらそれを適当にぶっぱなし、相手が死んだかどうかの確認もせず一目散に逃げ出し、またクールタイム回復まで物陰に身を潜めるというなんとも姑息な戦法を採っていたのだ。ターゲットの集中もロクに出来ておらず、当然その程度の攻撃で相手に崩れる気配は一切無かったのだが、にもかかわらず愚直にそればかりを繰り返し試合は膠着状態に陥っていた。
そんな中で突如として戦況に変化が起きた。これまで逃げ隠れする相手を追い切れずにいた相手チームが突然、彼らの隠れた場所を知ったかのような速さで一直線に突撃を敢行したのだ。
そしてその出来事の直前、実況が隠れた位置を特定可能な内容を叫んでいたのを、確かに俺達は耳にしている。
「実況の内容をわざとプレイヤーに聞かせてるって訳か」
試合の予定が少々押しているのが原因なのか、あるいは単に消極的なプレイヤーの存在が気に食わないのか。理由はまったくもって不明だが運営側が一部のプレイヤーに対し、何らかの肩入れをしている可能性が浮上してきた。
「となると、我々もバラ―ティア君の活用方法について、よく考える必要があるだろうな」
彼女の隠密性能の高さに頼り過ぎて悪戯に試合を長引かせれば、実況を敵に回してしまう懸念があるという訳だ。特にベルフェゴールはその位置がバレてしまえば一気にその優位性を失ってしまうのだから死活問題である。
「そうだな。バラ―ディアに全員暗殺して貰うとかは、無しって訳だな」
流石のバラ―ディアでもそんなのは不可能だと思いたかったが、1回戦のような相手ならば多分出来てしまう気がする。だが、そんな事をやれば別のリスクが発生する事が判明したわけだ。
「その辺の心配は恐らく不要だろう。どのみち彼女のベルフェゴールは準決勝まで温存なのだ。その事がより明確になっただけと考えれば、今後の戦略に大した影響はない」
「うむ。わしもそのような姑息な手段は遠慮したかったので、正直助かるのじゃ」
あんな暗殺特化のアバターを使ってはいるものの、バラ―ディア自身は別にそれが好きという訳でもない。もちろん必要があればやるのだろうが、だからといって進んでやるつもりは無いようだ。
「そうなると、現状では目立って強いチームがいないのも助かる話だな」
「そうね。マッスルシスターズにスノウトーンに、あとナルカミのチームも思った以上に強いわね」
他については隠れた実力でもない限り、俺達ならばまず余裕そうだ。その予想は見事に的中し、その後の俺達は大した苦戦もなく準決勝へと駒を進める事となった。
「次はいよいよマッスルシスターズとの対戦ね」
「ついにわしの出番という訳じゃのう」
全力全開のSSRガールズ、その実力をいよいよ本邦初公開という訳だ。だが対戦相手のマッスルシスターズも俺達と同様に特に苦戦する事なく準決勝まで駒を進めた猛者達である。対策は十分に練ったとはいえ決して油断ならない相手だ。
俺は鏡を取り出して、その中に映るソルちゃんの素晴らしい黒サンタ服姿を眺める事で逸る心を鎮める。それから準決勝の会場へと向かうのだった。




