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6 予選(後編)

 現在、俺達は中心部からも外縁部からも距離を置いた場所をランダムに移動していた。


「2時の方向に敵集団あり」


 ヴァイスのそんな報告を受けて、すぐさま進路を変更する。


「はー、凄いわね。ホントにいたわよ」


 実際にそちらに敵影がある事を確認したルクスが、感嘆の声を呟く。だが彼女がそうやって驚くのも無理もない。ここまでヴァイスが行った報告はどれも的確であり、そのお蔭で俺達はまだ敵と鉢合わせするような事態には陥っていないのだから。


「でも思ったよりもあちこちで戦闘が発生してるわね……」


 俺達は一番プレイヤーが少ないルートを選んだつもりだったが、それでも結構な数のプレイヤーとニアミスを繰り返している。ただ幸いにもヴァイスの優れた敵感知能力のお蔭で、まだ一度も戦闘へと突入するには至っていない。もしそれが無けれ既に戦闘に突入していた可能性は高い。

 ただ一つ疑問なのは、ヴァイスのアバター"メタトロン"にはそんな能力など備わっておらず、どうやってそこまで正確な感知を出来るのかという点だ。


「……悔しかったから」


 それを尋ねたところヴァイスはそう答えた。どうも以前ベルフェゴールに奇襲を受けた際にそれを察知できなかった事が相当悔しかったらしく、あれから敵の気配を察知する修練を積んでいたようだ。もっともそれ自体は程度の差はあれ俺達も同じような事をしていたはずだ。なので一体どんな修練をすればそんな凄い能力が身に付くのか、俺にはやはり理解出来なかった。


「なんにせよ、今はヴァイス君の力に頼らせて貰うとしようか」


 理屈はともかく頼りになる事は間違いないのだ。ならば利用しない手は無い。


 その後も俺達は会敵を避けながらフィールド中を彷徨い続けた。そして6回目の砂嵐を無事に耐えきる。


「おーこりゃまた随分と数が減ったみたいだな」


 砂嵐前まではまだ300人以上のプレイヤーが残っていた。しかし現在の左上の表示カウントは、145/1123となっている。先程の砂嵐で150人以上もプレイヤーが一度に死んだ計算となる。


「うむ。だがこれは少々減り過ぎではなかろうか……」


 この状況に対しネージュが疑問の声を上げる。

 初回の砂嵐でこそ300人以上が死んだが、あれはお遊び参加のライトプレイヤー達が駆逐された結果に過ぎない。実際、以降の砂嵐においてはそこまでの犠牲者は出ていなかったのだからそれは正しいはずだ。


「……まさか、砂嵐に乗じて大規模な奇襲でも仕掛けた連中がいるのか?」


「そうだな……。そういった可能性も勿論あり得るだろう。だがどうもそれだけではない気がする。それに砂嵐が止んだはずの今尚、プレイヤーの減少が続いているのも謎だ」


 見ればいつの間にか表示カウントが108/1123となっている。僅かなお喋りの間でここまで減るとはちょっと尋常ではない。プレイヤー同士の殺し合いにしたってここまで人数が絞られれば、生き残った連中もかなり精鋭化しているはずであり、そう易々と殺せるような連中ばかりではないはずだ。なのに一体何が起きているというのか……。


「ねぇ、あれ見て!」


 そんな俺の思考を遮るようにして、ルクスが大声を上げて遠くの方を指差す。


「っあれは……っ!?」


 方角的には外縁部側だろう。視界の奥に巨大な砂嵐が発生しているのが見える。

 10分毎に吹き荒れる砂嵐は今しがた過ぎ去ったばかりにも拘らず、これは一体どういう事だろうか?


「こっちに近づいて来てる」


 ヴァイスがポツリとそう漏らす。

 その言葉に応じて注意深く観察をすれば、確かに砂嵐の効果範囲は徐々にだが広がっており、着実にこちらへと迫っているのが窺える。


「詳しくは不明だがどうやら緊急事態のようだ。あれに捕まると危なさそうだな。中央部側へと避難するとしよう」


 ネージュの提案に従い俺達はすぐさま移動を開始する。


「ねぇ、あれどんどんこっちに近づいて来てるわよっ!?」


 発見時にはかなり離れていたので判りづらかったが、どうも思った以上に砂嵐の拡大速度は大きいらしい。

 こちらが全速力で移動してもなお、その差がほとんどついていない。


「……どうやらあの巨大な砂嵐が、多くのプレイヤー達を殺した原因のようだな」


 恐らく俺達よりも外縁部側で逃げ回っていた連中はあれに巻き込まれて死んでしまったのだろう。俺達だって発見が遅れていたら危なかったはずだ。


「しかし、これはもう戦闘は避けられそうないな」


 プレイヤーの数がかなり減ったとはいえ、それ以上の勢いでフィールド内の活動可能範囲が一気に狭まっているのだ。当然、他のプレイヤー達も中央部へと続々と集結しているはずなので、遠からず鉢合わせするのは避けられないだろう。


「敵集団2時の方向、4時の方向に。11時の方向にも」


 そうしている間にもヴァイスから続々と敵集団の接近を告げられる。だがこうも多方向から来られたら回避しようもない。かといって砂嵐が迫っている以上、下手に迎え撃つべく足を止めるのも危険だ。


「ふむ、ともかく今は中央部へと逃げるのを最優先するしかあるまい。あとは会敵した集団が理性的であることを願おう」


 相手だってここで俺達と争えば危険な事くらい理解しているはずだ。そう思っていたのだが……。


「おっ、敵を発見! ぶっ殺すぜ!」


「ちょっ、馬鹿! 今はそれどころじゃないだろ!」


 俺達を視界に収めるや否や敵のウォーリアーらしき人物が、嬉々とした表情でこちらへと迫って来る姿が見える。一応、他のメンバーらはそれを制止しようとする姿勢を見せているが、生憎とそれが聞き入れられた気配は窺えない。


「願いは届かなかったみたいだな、ネージュ」


「うむ。相も変わらず現実とはままならぬものだな……」


 2人で顔を見合わせてため息をつく。


「よし、ここは俺が足止めする。3人は先にいってくれ」


「……大丈夫なの?」


 俺のその言葉を聞いて、ルクスが心配そうな表情でこちらを見つめてくる。


「ああ。移動速度なら俺がこの中で一番だ。適当にあしらってから逃げさせて貰うさ」


 移動速度を倍化させる〈レッツ・サーフィン〉のスキルは、こういった場面では打ってつけなのだ。


「……すまない。頼んだぞイツキ君」


 それをネージュも理解したのだろう、ややあって俺へと頭を下げる。


「任せとけ、それよりもそっちが先に死ぬのだけは勘弁な」


 それだけ言って俺は背後へと振り向き、追ってきている連中と対峙する。


「て訳だ。ここから先は俺一人で相手をさせて貰おうか」


「おいおい、俺ら4人を相手にたった1人でやろうってのか! くそっ、舐められたもんだぜ!」


「おい、馬鹿やめとけって。いいから逃げるぞ」


 どうも俺を殴りたくてたまらないウォーリアーとそれ以外で意見が分かれおり、パーティの意思統一が出来ていない状況のようだ。

 こうも付け込む隙をありありと晒してくれるとは、まったく助かる話だ。


 ……この様子なら、ついでにこいつらをまとめて排除するのも有りだな。


「おいおい。そいつの言う通りだぞ? まさか俺一人にびびっちゃってるのか? 全く情けない奴らだな」


 まずはテンプレートのような挑発の言葉を相手へと投げかける。


「はぁ? 言ってくれるじゃねぇかてめぇ! マジぶっ殺す!」


 あえて先頭のウォーリアーを無視するようにして発した事が幸いしたのか、見事に挑発に乗ってくれる。


「おいっ、安い挑発に乗るな!」


 他のメンバーが更に強く制止するも、敵ウォーリアーはかなり頭に血が上っているらしく、こちらへと一直線にダッシュしてくる。


 ……そんな単調な動きで俺との距離を詰めれると思うなよ!


 俺が杖から通常攻撃の魔力弾を放つと、俺の周囲に浮遊する水玉模様の魔力球体から次々と追撃が飛んでいく。


「ぐっ、ぐげげげげぇ!?」


 その全てを見事に食らったウォーリアーは、その場で仰け反って倒れる。


「はっ、トロイ奴だな。全弾まともに食らう奴なんて久しぶりに見たぞ?」


 これは半分嘘だが半分は本当だ。初見でこの技を避けれる奴なんて滅多にいない。ただ最近の俺の対戦相手どもは、各自対処法を身に付けており、ほとんど食らってはくれないのだ。


「くそっ、やむを得ない! 全員奴を速攻で排除するぞ!」


 どうやら味方が攻撃を受けたようで、ようやく他の連中も腹をくくったようだ。それぞれに武器を構えてこちらへと攻撃する姿勢を取る。


「おー。やっとでやる気になったか。……なぁでもいいのか? 後ろを見てみろよ?」


 俺の指摘に砂嵐の存在を思い出したのか、すぐにハッとした顔で奴らが一瞬だけ後ろへと視線を送る。


 ……だが、その僅かな隙が命取りだ!


「〈セブンフロートバインド〉!」


 俺の叫びと同時に、奴らの頭上から浮き輪のような物が降り注ぐ。そして奴らはその浮き輪よってに身体を拘束され、身動きが取れなくなる。


「くっ! 卑怯だぞ!」


「やられた!」


 このスキルによる拘束時間は僅か5秒。しかし5秒もあれば十分だ。


「ほらよっ! 〈アクアサンシャイン〉!」


 5人まとめて範囲スキルによってこの場から大きく吹き飛ばす。一応ここまで生き残った猛者だけあって、まだHPは十分に残っていたが、俺の狙いはダメージを与える事ではなかった。


 俺はその後の彼らの行く末を見守る事なく、すぐに踵を返してサーフボードへと飛び乗り、急いでこの場を後にする。


「くっ、うわぁぁぁ」


 背後から砂嵐に呑み込まれた彼ら4人の悲鳴が聞こえてくる。その事実に少しの満足感を覚えながら、仲間達の元へと急ぐのだった。


 ◆


「むぅ、キリが無いっ、なっ!」


「ホントっ、よっ!」


 俺がようやく追いついた時、仲間達は既に戦闘状態に突入していた。相手の数は……少なくとも20人は下らないだろう。


 どうやら混戦状態になっているらしく、迂闊に近づけば俺まで巻き込まれるばかりで事態を改善出来そうにもない。そう判断した俺はすぐさま切り札の使用を決意する。


「しゃーない、あれを使うか。……出でよ! 幻獣ユグドラシル!」


 俺の前に世界樹の化身が降臨した。いつも俺達を助けてくれる頼もしい召喚獣の姿だ。


『〈アクシス・ムンディ〉』


 その玲瓏な言葉と共に一帯の地面が隆起し、その場にいた仲間以外のプレイヤー達が一斉に呑み込まれていく。


「今だ! 下がれ!」


 いくら強力な召喚攻撃であっても、現在まで生き残っているようなプレイヤー達を1撃で葬る威力など当然無い。……と思っていたのだが、先程の乱戦で想像以上に消耗していたのか、今の一撃で数名ほどが死んだようだ。右上のカウントがいくつか減少している。


「イツキ君か……助かった」


「あんた一人だけみたいだけど、さっきの連中はどうしたの?」


 ルクスが少し不思議そうに尋ねて来る。多分こちらに来る途中で俺達にちょっかいを掛けてきた連中の事を彼女は言っているのだろう。


「ああ、砂嵐にお願いして始末して貰ったよ」


「……可愛い顔してやる事えげつないわよね、あんたって」


 ……可愛い顔言うな。いやソルちゃんが最高に可愛いのは間違いないんだけど、その言い方だとどっちを指してるのか分かんないんだよ!


 などと叫びたかったが、そんな場合では無い事は俺も理解しているのでどうにか自重する。


「それよりも、そっちは中々大変な事になってるみたいだな」


「ええ……。生き残りが皆この辺りに集まって来てるみたい。砂嵐の方はどうなってるの?」


「ああ。どうも途中で減速したみたいだな。ここまで到達するには、もう暫く猶予はあるんじゃないか?」


 連中が巻き込まれて死んだすぐ後、砂嵐の拡大が急に減速したのだ。それもあって俺は易々と逃げ切る事が出来たわけだ。


「多分あのギミック自体はプレイヤーを殺す事よりも、中心部にプレイヤーを追い詰める事で互いに殺し合わせる意図の方が大きいのだろうな」


 そうして今のように残存人数に合わせたフィールドの狭さとなった訳だ。


「そうだな。まあ、そう考えた方が筋は通るかな」


「ねぇ、でもそんなギミックがこのフィールドにあるなんて聞いた事無いわよ?」


「うむ……。だがこのようなバトルロイヤル形式の試合で、このフィールドが使われたのは恐らく初めてだろうからな。仕様が多少異なっても別段おかしな話ではないだろう」


 ラグナエンド・オンラインにおいて対人戦自体は多くのプレイヤー達が連日行っている。が、やはり一番メインとなるのは2チームによる対戦なのだ。バトルロイヤル形式の戦闘は個人単位ならばそこそこ盛んなのだが、チーム単位では滅多に行われる事はない。実際、俺自身も今回の大会が初めての経験であった。

 個人でのバトルロイヤル形式の場合、こんな広いフィールドを使う事などまず無いので、どういった仕様かを知り得る機会はこういうイベントでも行われない限りほぼ皆無だったのだ。もっともこの大会の影響で今後もそうかは分からないが。


「確かにそれも一理あるな。……さてと、もうちょいゆっくりしたい所だったが、あんまり喋ってる時間は無さそうだな」


 ユグドラシルによって一時的に距離を稼げたとはいえ、砂嵐によって囲まれている以上そう逃げ場はない。実際あちこちにプレイヤーらしき影が遠くに見えている。


「皆、ともかく無理はしないでくれ。生き残りさえすれば勝利なのだから」


 ネージュの言葉にそれぞれ頷く。こうやって話している間にHPの回復も完了し、左上に表示されている仲間のHPは全て満タンとなっている。


 それから程なくして、ついに俺達を遠巻きに見ていた影がこちらへと近づいて来る。その数11。最低3パーティは居ると見ていいだろう。そしてその先頭に立っているリーダーと思しきプレイヤーが一歩前へと進み出て来る。プレイヤーネームは"ナルカミ"。聞いたことが無い名前だが、SSRアバターであるトールを使っている事、その油断の見えない立ち振る舞い、何よりここまで生き残った事がその実力の高さを示している。

 そんな人物が俺達へと向かって口を開く。


「あんたらみたいな有名人相手だと、俺達が単独で相手するにはちょっと荷が重いからな。……悪いが先に排除させて貰うぜ」


 どうやら彼らは協調して俺達を排除する道を選んだらしい。レイドパーティを組めるわけでもないので、パーティ間でのフレンドリーファイアーは避けられないだろうが、それでもこちらとしては十分に厄介な事態であるのに違いはない。


「……どうやらここが正念場みたいね」


 見れば右上のカウントは16/1123となっている。どうやらこの場にいる連中で生き残りは全部のようだ。

 であれば一番強そうなパーティを最初に排除するべく動くのは、ある意味当然の帰結といえる。ただ問題なのはその対象が俺達自身である事だ。


「うむ。()人対11人か。こちらに分が悪いのは事実だが、我々は決して勝利を諦めないぞ!」


 ネージュが敵にも届くような大声で、そう宣言する。


「その意気込みは買うけどな。悪いがこっちも勝ちたいんでな。……やるぞ!」


 そんなネージュの言葉に対し、ナルカミがそう返した事が合図となって戦端が開かれた。


 ◆


「ちっ、しぶといなこいつら」


「ああ、やっぱ手を組んで正解だったみたいだな」


 俺達4人は圧倒的人数差を前にして、それでもどうにか一人の死者も出すことなく生き延びていた。その一番の要因はやはり彼らが急造のチームであった事だろう。

 ラグナエンド・オンラインでは、パーティを組んでいない相手に対しては敵と同様に攻撃判定が存在する。そのため下手に範囲スキルを放てば味方を巻き込むリスクが存在している。そして今の状況下でフレンドリーファイアーによって味方に被害を出すような真似でもすれば、そしてそれによって死者でも出てしまえば、彼らの協調は一瞬で瓦解してしまう危険を孕んでいるのだ。

 当然それは俺達の付け込む隙となり、実際それを狙って立ち回っているのだが、彼らもここまで生き残った強者達だ。攻撃スキルの使用は単体対象以外のものは極力控えて、こちらを倒すよりもゆっくりと追い詰めるような嫌らしい立ち回りをしてくる。

 結果まだ両者に死人は出ていないものの、徐々に俺達は砂嵐の方へと追い詰められていた。


「これはかなりマズイ状況だな」


 予想以上の敵の慎重な立ち回りに俺は焦りを感じていた。決して無理はせず、こちらの攻撃を受けてHPを減らせば、すぐさま後ろに下がって回復してしまうため、数を減らす事もままならない。


「うむ。このままズルズルと粘り続けても状況は悪化するばかりだな。何か手を打つ必要があるだろう」


 一時の勢いこそ衰えたものの、砂嵐による包囲は真綿で首を絞めるようにジワジワと狭まってきているのだ。その一方で相手はこのまま戦況を保つだけで俺達を始末出来る立ち位置にいる。早いうちに何か手を打たなければ詰んでしまう状況であった。


「でも実際どうするわけ? あっちに手を抜いてくれる気配は無さそうよ?」


 あちらはあちらで大人数相手にずっと耐え続ける俺達に対して、警戒心をますます高めている様子であり、一切の油断なくこちらを見据えている。敵ながら天晴な態度だがその事が俺達を余計に苦しめていた。


「もはや死を恐れては何も出来ないだろう。ならば……」


 対してネージュがそう言いながら、俺達3人に視線で何事かを問いかけて来る。


「そう言う事か……」


 そしてその意味を理解した俺達は、無言で頷き返す。


「……こうなれば我ら4人の命と引き換えに、あの場の11人全ての命を頂戴するとしよう!」


 ネージュが向こうにも聞こえるような大声でそう宣言する。


「ああそうだ! こうなった以上、俺達と一緒にお前らも死ぬんだ!」


「そうよ! あんた達覚悟しなさい!」


「……皆殺し」


 ネージュの言葉に乗っかるようにして、俺達もまた声を張り上げる。


「〈セフィラの守護〉」「〈セケト・イアル〉!」「〈オシレイオン〉!」


 そうして各自、温存していたスキルを次々に発動していく。特に〈セフィラの守護〉は30秒間被ダメージを40%もカットする強力なスキルだが、クールタイムが長いため使いどころが難しいスキルだ。

 これによって先程の言葉が本気である事が伝わったのか、奴らが目の色を変えている様子が窺える。


「では行くぞ!」


 ネージュの言葉を合図とし、ヴァイスを先頭に俺達は突撃を敢行する。


「ちょっ、本当に俺達を道連れにするつもりかよ!?」


「くそっ、まさか奴ら血迷いやがったのか!?」


 彼らの叫びは恐らく正しい。

 俺達の勝利条件はこちらが全滅する前に敵3パーティのうち2パーティを全滅へと追いやる事だ。だが俺の見立てでは4人の命を引き換えにしても尚、精々その半数ちょい――6、7人くらいを殺せれば上出来だと思われる。相手は4、4、3のパーティ構成だと考えられるので、上手く死者が偏ったとしても、条件達成には届かない。

 だが俺達はそんな事などお構いなしに、敵集団へと突撃しスキルを次々とぶっ放していく。


「〈トータルイクリプス〉!」「〈アクアサンシャイン〉!」「〈サモンアメミット〉!」「〈セラフィックトーメント〉」


 奴らの周囲が暗闇に包まれ、頭上では水色の球体が弾け、冥府の獣が荒れ狂い、地面から突き出した光の槍が敵へと襲い掛かる。


「ちっ、いきなり範囲ぶっぱとか、一体何を考えてやがる!?」


「くそっ! 散開するぞ!」


 セオリーを無視した範囲攻撃の連続に対し、奴らがバラバラに回避行動を取ったため、僅かにだが包囲網が緩む。


「いまだ! 〈レッツ・サーフィン〉!」


 その空いた穴を、俺はサーフボードに乗って潜り抜けていく。


「くっ、あいつは放って置け! 先にヒーラーからやるぞ!」


 一度スピードに乗った水着ソルを簡単には捕まえる事が出来ないのを彼らは知っているのだろう。そう言いつつも2人ほど俺への警戒要員として残している辺り、やはり油断ならない。

 そうして奴らは包囲網内に残った3人、特にヒーラーであるルクスへと攻撃を集中させる。


「甘い」


 だが基本に忠実な攻撃は受ける側にしても読みやすいものだ。ルクスの前に立ったヴァイスが、その大きな盾により敵の攻撃を悉く遮る。


「2人程度で俺を止めれると思うなよ!」


 そして俺の方はというと、サーフボードに乗って敵の背後を自由に徘徊しながら、魔力弾を間断なく飛ばし続ける事で敵を牽制していく。もちろん反撃のスキルがいくつも飛んできているが、俺の縦横無尽な機動に対し奴らは思うように攻撃を当てれずにいた。


「くそっ、ならあっちから先に始末するぞ!」


 ヴァイスの護衛を受けるルクスよりも、ネージュの方が与しやすいと判断したのか、今度はそちらへと敵前衛が殺到する。だが、それこそネージュが望んだ展開だった。


「やっとでこちらを向いてくれたようだな。〈天岩戸隠れ〉」


 瞬間、ネージュを覆うようにして石造りの小さな社が地面から這い出て来る。


「くそっ、やられたっ!」


 どうやら敵もこちらの狙いに気付いたようだがもう遅い。このスキルには敵のヘイトを集める効果がある。そして対人戦においてその力は、敵の視線を一時的に固定する能力となって発現する。これで奴らの視線は10秒間、天岩戸へ向けて固定されてしまう。もちろん視線を固定されただけで、移動や攻撃などが封じられた訳ではないのだが、視線を固定したままでの急な方向転換というの難しい。

 何よりこの瞬間の為に俺は奴らの逃げ道を塞ぐべく、その背後を陣取っていたのだ。


「世界を創りし無限の光よ、永遠不変の理よ――」


「真夏が今年もやって来た! 日光浴なんてしてる場合じゃない――」


 俺とヴァイスの2人が、同時にラグナブレイクの詠唱に入る。対人戦においては、その詠唱の隙の大きさ故に当てるのが難しい技ではあるが、その時間はネージュが十分に稼いでくれた。


「今こそ我が前に揺蕩う闇を打ち払え! 〈アインソフオウル〉!」


「いっくよ! 〈スプラッシュサマー〉!」


 メタトロンと水着ソル、2体のSSRアバターのラグナブレイクが敵へと襲い掛かる。

 メタトロンが召喚した10のセフィラから放たれた大いなる光が辺りを包み込む。それと時を同じくして、水着ソルが召喚したビッグウェーブが敵集団を呑み込んでいく。


「ぐぁぁぁ!?」


「くそぉぉ!」


 敵集団のあちこちから悲鳴が上がっており、その被害は甚大だ。特に運悪く両方の効果範囲に入ってしまった奴らのHPが著しく減少している。いや、今ので2人ほど倒せたようだ。


「いまがチャンスだ、ルクス君!」


「分かってるわよ!」


 いつの間にか天岩戸を解除したネージュとルクスが、ここぞとばかりに瀕死の敵へと攻撃を仕掛けて、更に3人ほどを撃破する。


「くそっ! まさか、あのタイミングでラグナブレイクを使うとはなっ!」


 対人戦でのラグナブレイクの使用は、本来あまり推奨されていない。

 その理由は2つ。1つは今のように事前に相手の動きを封じないと、その詠唱の長さから簡単に回避されてしまう事。

 そして、もう1つの理由は――


「最初からこれを狙っていたとは恐れ入るよ。だがこれでお前ら2人はもうお終いだっ!」


 天岩戸の視線拘束から逃れた連中が、俺とヴァイスを取り囲む。しかしラグナブレイク後の硬直によって俺達2人は動けず出来ずにいた。


「ここまでか……」「後は任せた」


 完全に無防備な隙を晒した俺達2人に対しここぞとばかりに攻撃スキルが殺到する。為す術もなく俺達は蹂躙され、そのHPは0となってしまう。

 これで相手は6人となったのに対しこちらは2人。人数差は大きく縮まったが、戦力比ではむしろ差が開いてしまっている状況だ。


 ……あとは頼んだぞ。


 モノクロとなった視界の中で、ルクスとネージュが3倍の数を相手に奮戦しているが、魂だけとなった俺にはもはやそれをただ眺めている事しか出来ない。とても歯がゆい状況ではあったが、あとは彼女達に任せるしかない。


 その後ルクスが一度死に、しかしラグナブレイクの効果によって復活。そこから彼女は命を捨てた猛攻を仕掛ける。一時的にステータスが大幅に強化されていた事もあり、どうにか更に一人を道連れにする事に成功した。


 これで相手は残り5人となった。しかしこちらで()に立っているのはもうネージュ1人だけ。


「まったく、あの状況から本当によくやったよ、お前らは」


 そう言って彼らは口では俺達の事を褒め称えつつも、その視線は互いに対し向いていた。

 それもそうだろう。彼ら3パーティはそれぞれ2、2、1とその数を減らしている。そして俺達を全滅させた後も、今度は残る2チームとなるまで彼ら同士で争う必要があるのだから。

 彼らにとっての脅威は、もはや俺達ではなくお互いへと変わっていたのだ。


「ふむ。どうもそちらはバランスに欠けた状況のように見受けられるな。して君は今の状況に納得しているのだろうか?」


 ネージュは、パーティ唯一の生き残りとなったらしい敵のリーダー格、ナルカミへと水を向ける。


「……」


「私を倒せば次は確実に君の番だぞ? どうかな独り身となった者同士、ここは一時手を取り合うというのは?」


 そう言ってネージュはナルカミへと共闘を持ちかける。


「……そうだな。おまえらを倒した後は、互いに恨みっこ無しで戦うと決めてはいた。だが今そうなれば俺が真っ先に狙われのはまず間違いないだろうな」


 彼も自身の置かれた危うい状況を理解しているらしく、そう吐き出す。

 2:2:1や3:2で争うよりも、4人で1人を潰す方が楽で確実である以上、その展開となる可能性は非常に高い。


「待ってくれ! 俺達は決してそんなつもりは……」


「そうだ! 今更、妙な口車に乗せられるんじゃない!」


 しかしそんな薄っぺらな引き留めの言葉は、ナルカミにとってどうやら逆効果だったようだ。


「……分かった。俺にも仲間への責任がある。あんたと手を組もう」


 こうしてナルカミはネージュの提案を受け入れ、一時手を組む事となった。


「くそっ、この土壇場で裏切りやがって! まずはテメェから始末してやる!」


「ふむ、だが私の存在を忘れて貰っては困るな」


 4人の攻撃がナルカミへと集中しようとするも、ネージュがそれを阻止せんと動く。


 それからの戦況は再び膠着状態へと陥っていく。

 一見すれば4:2でありこちらが不利なのは変わっていないようだが、裏切り者が出た事で彼ら同士にも疑心暗鬼が生じているらしい。敵のパーティ同士は先程とは打って変わりほとんど連携する様子を見せず、距離を保ったまま互いに先陣を押し付け合うような有様であった。そのおかげでネージュ達は倍の人数を相手に対して互角に戦えていた。


「とはいえ、このままでは埒が明かないのも事実であるな」


 戦いを継続しながら、ネージュがそう呟く。


「……そうだな。だが何かいい手はあるのか?」


 対して隣のナルカミがそう問い返す。その言葉に対し、良くぞ聞いてくれましたとばかりにネージュがその瞳を輝かせる。


「うむ! まずは私が大技によって奴らを攻撃するのだ。それを避けた所を雷撃(・・)によって攻撃してくれ給え!」


 そしてネージュは声高に作戦を語る。


「お、おい。作戦自体は結構だが、そんな大声で言ったら……」


 ナルカミの懸念通り、ネージュの声は相手にも明らかに伝わっており、ニヤニヤとしながら攻撃を待ち受けている。


「では行くぞ! 〈日輪の抱擁〉!」


 しかしそんなナルカミの制止の声も虚しく、ネージュはそのまま作戦を実行へと移す。彼女が構えた杖の先から小さな太陽が現出し、片側の敵パーティへと目掛けて飛翔していく。


「くそっ! もうどうにでもなりやがれ!」


 その様子を見たナルカミもまた、ヤケクソ気味にそう叫びながらも、作戦通りハンマーを持ってそちらへと特攻していく。


「おらぁ! 〈ブリッツドンナー〉!」


 敵2人が小太陽による範囲攻撃を回避した先に、雷光を纏ったハンマーが煌き、その先端に巨大な雷が落ちる。


「馬鹿かっ! そんなん当たるかよ!」


 しかしやはりというべきか、作戦を聞いていた彼らは、あっさりとその一撃を避けてみせる。


「……果たして本当にそうかのぉ?」


 だが、そんな彼らの後ろで突如としてそんな声が響く。


「だれ――」


「〈トニトルスコルムナ〉」


 その声に反応して振り返る間際、巨大な雷の柱が頭上から降り注ぎ、彼らを呑み込んでいく。


 俺はこの声の主が誰かを知っている。俺達のパーティメンバーの一人、バラ―ディアだ。彼女は今この瞬間の為に、ここまで一度も攻撃を行う事もなく、その姿を隠し続けていたのだ。


「いまじゃ!」


 突然の事態に呆気に取られているナルカミとは対照的に、ネージュはこの状況を予期していたらしく、既にラグナブレイクの詠唱を完了させていた。


「〈天照真経津鏡アマテラスマフツノカガミ〉!」


 ネージュの背後に出現した巨大な鏡から眩い光が照射され、敵の2人は為す術も無く呑み込まていく。


「くそぉぉ!?」


 そうして彼らは最後まで訳が分からないといった表情を浮かべながら、そのHPを散らしていった。


「さてこちらは3人、対してそちらは2人。どうやら形勢は逆転したようだぞ?」


 味方パーティが殺される様を見ていた残りの2人は、呆然とした表情を浮かべている。勝ちが確定していたはずの状況で負けてしまった事を脳が受け入れきれていないのだろう。


「ふむ。我を取り戻す前に急ぎ終わらせるとしよう」


 2人の反応が薄い事を悟ったネージュ達は、攻撃スキルを容赦なくぶち込んで彼らへとトドメを刺していった。


『WINNER1:SSRガールズ、WINNER2:ゴールデン』


 それと同時に俺の視界にそんな表示が現れる。どうやら長かったこの予選もやっとで決着が着いたらしい。1位にアナウンスされたのは俺達のチームだ。2位のゴールデンというのは多分ナルカミ達のチーム名なのだろう。

 ちなみにどうして俺達のチーム名がこんなのになってしまったのかというと、短くて浅いエピソードがあるのだが、本当にどうでもいい話だ。ただSSRはともかくとして、せめてガールズだけは止めて欲しかったと思う。ガールズなんて歳じゃないしそもそも俺は男だし……。


 こうして俺達は見事予選に勝利し、本選出場を決めたのだった。


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