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5 予選(前編)

 魔法陣によって戦場へと転移した俺は、厳しい日差しが降り注ぐ砂漠のど真ん中に立っていた。視界一面には砂地が広がっており、その表面には美しい風紋が描かれている。


「ここはまさか。はぁ、よりにもよって"デザートストーム"かよ」


 どうやら何種類もあるLLサイズのフィールドの中でも、特に面倒な場所を引き当ててしまったようだ。唯一救いと言えたのは時間設定が昼間であった事だ。もしこれが夜間だったならもう目も当てられない所であっただろう。


 デザートストーム(LL)は、フィールド全面が砂地によって覆い尽くされている。中心部に近づく程にその地形は平坦になっていき、一部にはオアシスなども存在する。反対に外縁部へと向かえば、露出した岩盤によって入り組んだ地形が増えていく。それだけならば生き残る為には障害物が多く身を隠しやすい外縁部に居た方が有利に思えるが、事はそう単純なものではない。

 というのもこのフィールドでは"デザートストーム"の名の通り、一定時間毎に強烈な砂嵐が吹き荒れプレイヤー達のHPを削り取っていく。そしてこの砂嵐は外縁部へと向かう程に受けるダメージが増大する性質を持つ。逆に中心部に近づく程にその威力は弱まり、オアシスへと退避すればその被害から完全に逃れる事も可能だ。

 そういった事情から外縁部で行動する際にはヒーラーを伴うか、自身でHPを回復出来る必要がある。だが今回は全員がソロでのスタートの為、回復手段を持たないプレイヤー達はなし崩し的に中心部を目指す事になるだろうと予想されるのだ。


「一応メンバー全員が自己回復持ちで良かった……。それにもしこれが夜の戦場だったら恐らく俺が一番ヤバかっただろうな」


 ◆◆◆


 アバター名:[ビーチの女神]ソル  Lv:80/80

 クラス:ウィザード

 属性:水

 レアリティ:SSR

 解放装備名:スプラッシュサマーワンド


 アクションスキル

 〈スプラッシュボール〉EX

 ビーチボール型の魔力球を召喚する。同時召喚制限10。CT30秒、倍率70%。

 〈セブンフロートバインド〉EX

 浮き輪を7つ召喚し周囲の敵を攻撃・拘束する。攻撃DOWN(大)、防御DOWN(大)、倍率400%、CT15秒

 〈レッツ・サーフィン〉EX

 サーフボードを召喚しホバー移動を行う。移動速度UP(極大)、ダメージカット10%、CT10秒

 〈アクアサンシャイン〉EX

 上空に召喚した水色の太陽で、敵を押しつぶす。範囲(大)、CT35秒、倍率5000%


 アシストスキル

 〈女神の日光浴〉

 昼間かつ温暖な地域にいる場合に限り、パーティ全体にリジェネ(中)を付与

 〈陽光の加護〉

 昼間かつ温暖な地域にいる場合に限り、パーティ全体に状態異常耐性UP(中)を付与


 ラグナブレイク

 〈スプラッシュサマー〉EX

 サーフボードに乗ったソルが大波と共に突撃する。範囲(大)、倍率35000%


 ◆◆◆


 アシストスキル〈女神の日光浴〉は、昼間かつ温暖な地域にいる場合に限りパーティ全体にリジェネを付与する能力だ。幸いにして現在は昼間で、このフィールド自体も温暖な地域と見做されており、その効果は発揮されている。

 視界の左上には仲間のHP等が表示されており、一応パーティ自体は維持されているようだ。ただこのアシストスキルの効果が一体どの程度離れた距離まで有効なのかを検証しておらず、仲間達にまで効果が及んでいるかどうかは現状では確認出来ない。だが少なくとも俺自身には発揮されている為、現状これが唯一の回復手段となる。回復量自体はたかが知れているが常時発動しているので、長い目で見れば決して馬鹿に出来ない量のHPを回復してくれる。

 流石にずっと外縁部に留まるような真似は出来ないにしろ、このスキルの存在のお蔭で行動範囲の選択肢が大きく広がったのはまず間違いない。


「さてと、これからどうするかね」


 今のところ周囲に他のプレイヤーの姿は見えない。

 視界の右側には1123/1123というカウントが表示されている。これは残存プレイヤーの数を示しており、2PTしか生き残れないという制約上、その数が最低でも10人以下となるまで戦いは続くはずだ。これだけの数が1つのフィールドに詰め込まれているにもかかわらず、互いが有視界内に収まるほどの密度とはなっていないようだ。逆を言ってしまえばそれだけこのフィールドが広大である事の証左でもあるのだが。


「合流するにしても、まずどっちに行けばいいか全然分からんな」


 一応フィールドの大まかな形状は把握しているものの、肝心の現在地がまったくもって不明なのだ。

 またパーティ通話が使用出来ないので仲間達との連絡手段は無い。事前の打ち合わせの中でこういった場合は、まずフィールドの西側へと集まろうと決めていた。ただ現状ではその西が一体どちら側なのかすら分からない。


「しゃーない。まずは現在地の確認からやりますか」


 周囲の景色から中心部に近いのは大体予想がつくのだが、一言に中心部といってもその範囲は相当広く、それだけではとても絞り込めない。ただこのフィールドの形状は比較的分かりやすいので、周辺の地形をきちんと確認する事である程度の目星は付けれるはずだ。


「〈レッツ・サーフィン〉」


 俺はサーフボードに乗って移動を開始する。少々姿が目立ってしまうのが気掛かりだが、速度が大きいので振り切る事自体は比較的容易なはずだ。もちろん複数人に囲まれてしまえばそれも定かでは無いが、まだ仲間と合流出来たプレイヤーなどほとんどいるはずもなく、その辺の心配は今は無用だろう。それよりも多少のリスクを背負ってでも今は一刻も早く現在地の特定を急ぐべきだと俺は判断した訳だ。きっとそれがメンバーの中で一番機動力に優れた俺の役割だろう。


「おっと、早速おっぱじめてる奴らがいるみたいだな。まったく元気な事で」


 移動を開始してからすぐに視界の端でスキルのエフェクトが飛び交うのを発見する。少し足を止めてそちらを窺えば、2人のプレイヤーが戦っている様子が見える。それを冷めた目で一瞥してから、すぐにその場を後にする。


 この予選、単に突破するだけならば最後の2チームに残れば良いのであり、極端な話をすれば敵を1人も殺さずに勝ち抜く事だって可能だ。だが残った2チームの順位付けについては少々ルールが特殊で存在している。というのも試合終了までにチームメンバーが殺したプレイヤー数の合計によってその順位が決まるのだ。そして予選の順位によって本選トーナメントにおける配置が変動する。予選を1位で突破したチームは1回戦では必ず予選を2位で突破したチームと当たる仕組みとなっている。例えば俺達がこの予選第1グループを1位で勝ち抜いたとすれば、1回戦の対戦相手は予選第9グループを2位で突破したチームとなるといった具合だ。

 そういった理由から敵を殺す事によって、本選での組み合わせが多少なりとも有利になる可能性は否めない。恐らく先程のプレイヤー達もそれを目的として張り切っているのだとは思うのだが――


「あいつらはダメだな」


 生存がまず第一となるこの予選においては、よほど自分の実力に自信がなければ序盤から積極的に戦闘を行う意味など無い。だがあの2人のプレイヤーが纏うアバターのレアリティはR。有体にいって貧弱だ。立ち回りも素人同然であり、しかも俺の存在に気付く様子も一切なかった。正直な話、あそこで奇襲を仕掛ければ2人まとめて始末出来た自信は十分にあった。


 だが俺はこの予選で1位突破する事など目指してはいない。無論そうなれば良いかな程度には思っているが、かといってその為にわざわざ動くつもりも無かった。故に仲間達と合流するまでは戦闘は極力回避する方針である。


 またこのゲーム、なまじスキルエフェクトが派手なせいで戦闘などを行えばすぐに目立ってしまう。そしてこの予選で悪戯に目立つ事など、まずマイナスにしかならない。目先の利益に眩んで無駄に命を危険に晒すなど、ただの愚行に他ならないのだ。


「なるほどな。大体分かってきたぞ。今は北西付近か」


 移動を繰り返し丁寧に地形を確認していった事で、大雑把な現在地を割り出す事に成功した。途中、他のプレイヤーとも何度かニアミスしたが今のところ戦闘は全て回避している。ただ既に合流して2人組となったプレイヤーの姿もいくつか見かけたので、仲間達の事が少し心配となる。


「まあその前に、まずは自分の身を守らないとな」


 仲間達の事は確かに心配だが、同時に彼女達ならばきっと大丈夫だろうという安心感もある。それよりも今はこれから自身を襲う脅威に対し備える事の方がよほど重要だろう。目標の合流地点はここから西南西に進んだ先にありもうすぐ傍と言っても良かったのだが、そちらへと向かうのは一旦後回しだ。


「さて、もういつ来てもおかしくない時間だが……」


 手近な岩陰へと身を潜め、俺は杖を前に構えて防御姿勢を取る。盾を持たないので大したダメージ減衰効果は期待出来ないが、それでもやらないよりはマシなはずだ。

 その態勢で待つ事しばし、ついにアレがやって来た。


 ゴォォォォッッ!!


 周囲の砂が一気に捲り上がり砂塵が視界を覆い尽くす。身体ごと持ってかれそうな程の強い風の奔流に見舞われ、その場で必死に俺は耐え忍ぶ。

 この現象こそがこの"デザートストーム"名物である砂嵐だ。一定時間ごとに発生しプレイヤー達のHPを大きく削ってくれる。このフィールドが不人気なのは、この面倒なギミックによるところが大きい。


「くぅぅ、思った以上に減るなぁ」


 この辺はまだ岩盤の姿も少なくどちらかと言えば中心部寄りのはずなのだが、それでも2割くらいのHPを持っていかれてしまった。

 水着ソルは防御系のスキルを持っておらずクラスもウィザードであるので、同レアリティのアバターと比較すれば確かに柔らかい。ただそれでもSSRである以上は、全体を見ればむしろ硬い方に分類されるはずだ。

 それであってもこれだけ削られるのなら、外縁部にいたRアバターの連中などは下手をすれば即死しているのでは無いだろうか。実際、右上の表示カウントを見てみれば781/1123と大きく減少していた。これで開始僅か10分ほどで300人以上のプレイヤーが脱落した事になる。

 仲間の中にRアバターを使っている奴はいないため、別に俺がその事で思い悩む必要など無いのだが、それでも戦闘ではなくフィールドギミックによって死んだ彼らに対して哀れみを感じてしまうのを、どうにも俺は抑えきれなかった。


「まぁでも、このゲームって割とこんなもんだよな」


 運営の露骨な課金者優遇など今に始まった話ではないのだ。それに運営が集金に走る気持ちそのものは俺にも理解出来ないでもない。

 ラグナエンド・オンライン程の大規模かつ精微な仮想世界を作成・維持するのに、一体どれだけの人員や資金が投入されているかを想像すれば、俺達がこれまで課金によって支払った金額など微々たるものではないか、とも思ってしまうのだ。

 無論、運営のやりように問題が多いのも事実だが、プレイヤー側も十分にゲームを楽しませて貰っている以上、もうちょい気持ち良くお金を支払っても良いのではないか、などと俺は思ってしまうのだ。

 こんな妙な考えを持つようになったのは、きっとネージュの影響が大きいだろう。あの女はそう言って毎月、毎月、バカみたいな金額を惜しみなく課金しているのだ。そんな姿をずっと間近で見ていたら多少なりとも感化されてしまうのはきっと仕方がない事なのだ。


「さてと、今度こそ合流ポイントを目指すとしますか」


 砂嵐で削られたHPは徐々にだがスキルによって回復しており、放っておけばそのうち全快するだろう。とはいえ一応念を入れて、目立たないよう歩いて移動する事にした。それに俺は元々合流ポイントに近い位置に居たので、早く来過ぎてもまだ誰も居ない可能性が高い。ならばそう慌てる事も無い、とその時はそう判断したのだ。

 だがこの後、その判断が少し裏目へと出てしまう。


 ◆


 西南西に進むにつれて隆起した岩盤の姿が多く見られるようになる。それに伴い道がドンドンと入り組み始め、先の見通しも悪くなっていく。

 その分、より警戒を強めたつもりではあったのだが、どうやらそれでも不足していたらしい。


「あっ……」


 前方の岩陰からこちらへと移動していたプレイヤーの存在に気付かず、鉢合わせとなってしまう。


「げっ! てめえはっ……!?」


 目の前に立つプレイヤーは、俺の姿を見るやいきなりそう叫び出す。

 その雰囲気から察するにどうも向こうは俺の事を知っているようだが、生憎と俺はあちらの事など全く存じ上げていない。もっとも動画投稿やハロウィンの1件などによって俺の名が知られている事は自覚していたので、それ自体は特に驚く話ではない。


 ただ問題だったのは、なぜか俺に対し強烈な敵意を向けて来た事だった。


「ちっ、ここで出会っちまった以上、てめぇだけはぶっ殺す!」


「あー、俺は君に恨みを買うような真似をした記憶はないんだが……」


 無駄な戦闘を避けたい俺は、まずはそう言って翻意を促すことにしたが、あちらに聞き入れる気配は微塵も無い。


「やれやれ仕方ない。……殺すか」


 相手は所詮Rアバターであり、動きも至って単調だ。みたところ俺が苦戦するような相手ではない。……もしそれが一人だけであったならば。


「ああっ、シンゲン君、こんなとこにいた!」


「むむっ、交戦中ですか」


「大丈夫かシンゲン! 今助けるぞ!」


 前だけではなく後ろや横から、次々とそんな声が聞こえてくる。


 どうやら説得に時間を浪費したせいで、仲間と合流する暇を与えてしまったようだ。

 しかもその数なんと4人。よくこんな短期間でその人数と合流出来たものだと感心するが、今の俺が置かれている状況を思えば、そんな呑気な事を考えている場合ではない。


「〈レッツ・サーフィン〉!」


 相手は全員RアバターかつそのHPが半分以下となっているが、それでも流石に4人を同時に相手取れば万が一も十分あり得る。そう判断した俺はこの場から逃げようとしたのだが、囲む彼らがそれを許してはくれない。


「おらぁ! 死ねやごらぁ!」


「僕たちにはもう生き残る道がありません! ならせめて一矢くらいっ!」


「その首、置いてけ~」


「くそっ、訳わからん! もうどうにでもなりやがれっ!」


 そんな事を口々に叫びながら、奴らが襲い掛かってくる。


「ちぃっ!」


 近接職らしい2人の攻撃を杖で受け止める。だが後ろから飛んで来た攻撃までは捌き切れず、被弾を許してしまう。


「おい! 4対1とかちょっと卑怯じゃないか?」


「うるさい! お前のアバターの方がよっぽど卑怯だよ!」 


 このままではマズイと油断を誘うべくそう叫んでみるも即座にそう返されてしまい、俺はぐうの音も出ない。

 実際これ程にこちらが不利な状況であっても、俺にはまだ十分勝ち目は残っていた。それは確かに卑怯だと言われても仕方が無い格差だと言えるだろう。


 だからと言って、この場で黙って死んでやる訳にもいかない。俺はついに戦う覚悟を決める。

 旋回性に劣るサーフボードが降りて、奴らに対し徹底抗戦の構えを見せる。


「はぁ、いいさ。相手になってやるよ。俺に喧嘩を売った事をたっぷりと後悔させてやる!」


 俺が杖を構えそう宣言すると、その勢いに気圧されてか奴らが一歩後ろに下がる。もはやここに至っては、これ以上下手に出てもただ相手を調子づかせるだけだ。どんなに不利な状況であって強気に接する事で自身の余裕を演出し、勝利の糸を少しでも手元へと手繰り寄せる事こそが重要となる。これがプレイヤー同士の戦いである以上、戦意の強弱というものは勝敗の趨勢に確実に影響を及ぼすからだ。


「くそっ、怯むな! 相手は1人でこっちは4人。負けるはずがない!」


「ユキムラの野郎の言う通りだぁ! 俺が突っ込む! おまえらは援護しやがれ!」


 互いの鋭い視線が交錯する。

 そうしていよいよ決戦の火蓋が切られようとしたその瞬間、彼方から声が響いて来る。


「全てを見通す日輪の神鏡よ――」


 この声はまさか……。


「え、ちょっ、この声って!?」


「ちょっ、マジかよ!?」


 どうやら声に聞き覚えがあるのは彼らも同じらしく、分かりやすい程に動揺した様子を見せている。


「我が願いに応じ、真実を暴きて行く道を照らし給え――」


 しかし突然の事態に対し、どう対処していいのか分からないのか、彼らはただオロオロと周囲を見回すばかりだ。

 このチャンスを逃す訳にはいかないと、俺はスキルをいつでも放てる態勢を取る。


「〈天照真経津鏡アマテラスマフツノカガミ〉!」


 一瞬眩い閃光で視界が白く染まったかと思うと、次の瞬間には巨大な光の柱が俺もろとも彼らを貫いていた。


「おー、HPが減ってたとはいえ全員を一撃かー。相変わらず馬鹿みたいな威力だな」


 SSRアバターの放つラグナブレイクの直撃を受けた彼らは、そのHPを消し飛ばされてあっさりと全滅していた。そのため追撃の必要すら無かった。

 一方で俺の方はというと、その一撃によって何らダメージを受けてはいない。


「ふむ。どうやら無事のようだなイツキ君」


「ああ、助かったよネージュ」


 岩陰の向こうから、和装を纏った太陽の化身がこちらへと歩いて来るのが見える。


 もうお分かりだろうが俺が先程の攻撃によって被害を受けなかったのは、攻撃を放ったのがネージュだったからだ。今回のルールではフレンドリーファイアーは無効なので、同じパーティの仲間からの攻撃によってダメージは発生しない。


「なら良かった。ここへと向かう途中でイツキ君のHPが減少し始めたので、心配になって急いで駆け付けたのだ」


 今回のルールでは、なまじパーティメンバーのHP残量を把握出来てしまうため、余計にヤキモキさせられる仕様となっている。

 幸い今のところ俺以外のメンバーで、砂嵐以外でHPを減らしたのメンバーはいない模様だ。だが今後そういった事態が起これば、やはり焦燥感は募ってしまうだろう。一刻も早くメンバー全員と合流を果たしたいものだ。


「そういや、あいつらお前の事をなんか知ってるような素振りだったけど、もしかして知り合いだったのか?」


 ふとそんな事を思い出す。もし彼女と仲が良い相手だったとしたら、俺を救う為とはいえ、少し嫌な役目をやらせてしまったかもしれないと心配する。


「うむ。……まあ、知り合いといえば知り合いなのだが、別に友人という訳でもない。なので殺した所で特に何も思わんよ」


 だが当のネージュ本人には、本当に全く気にした様子が見受けられなかったので、どうやらそれはただの杞憂だったらしい。


「ならいいさ。……そういや、どうして俺がここに居るって分かったんだ?」


 合流ポイントの指定自体は一応していたものの事前にどのフィールドが選ばれるかは不明であり、しかも打ち合わせ時間もほとんど無かったせいで正確な位置の指定は出来ていない。実際、俺自身も大体の位置に当たりをつけてこの場所にやって来たに過ぎないのだ。にもかかわらず、ネージュは迷いなく一直線に俺のところへとやって来た様子であったのが、少々気になったのだ。


「うむ。それは単純な話だよ。この付近へと向かう途中で、イツキ君のアバターの持つアシストスキルが有効化されたのだ。そのお蔭で君の大体の居場所はすぐに特定出来たのだ」


「ん? どういう事だ?」


 それだけではイマイチ分からなかったので、より詳しく事情を尋ねたところ、以下のような理由であった。


 俺のアバターにはパーティ全体に常時影響を及ぼすアシストスキルが2種類存在する。そしてその有効範囲は種類によって実は異なるらしい。


 挿絵(By みてみん)


 ネージュはその特性を利用し、スキルAの有効範囲内からスキルBの有効範囲へと入る為の最短距離を調べ、その情報から俺のいる方角を割り出したそうだ。


 こうして説明を受ければ至極単純な理屈ではあるのだが、実際には俺が移動している場合などを考慮して、更に複雑な計算が必要となるはずだ。それを実戦で迷いなく実行出来る辺りが流石と言えよう。


「お蔭で助かったよ。4人相手だと少し分が悪かったからな」


「うむ。私も無事に間に合ってホッとしたよ」


 このバトルロイヤル戦、このまま単独行動が続けばこの先かなり厳しい戦いになるのが予想された。しかしその前にネージュと合流出来た事で大分先の見通しが立った。このまま残り3人とも無事に合流出来れば良いのだが……。


「そう言えばネージュ。天岩戸は使ったのか?」


 アマテラスにとっては、ある意味ラグナブレイク以上に強力な切り札的スキルだ。しかし一度使ってしまえば、しばらくは再使用出来ないというデメリットも存在している。


「安心した給え。まだ温存してあるよ。幸いにもここへ来るまで他のプレイヤーとの交戦は上手く避けれたのでな」


 HPゲージの挙動から恐らくそうだろうとは予想していたが、ちゃんと確認出来た事で一安心だ。


「さて、これからどう動くべきかね」


 どうやらまだ多くのプレイヤー達が生存第一に行動しているらしく、戦闘行為は思った程には行われていない模様だ。だがそれも恐らく時間の問題だろう。先程の連中のように早くも4人合流したパーティが既に存在するのだ。数を増やしたパーティが、単独行動のプレイヤーをここぞとばかりに狩り出すのは目に見えている。一度戦う空気が醸成されれば、遠からずフィールド全体が混沌の坩堝と化すのはまず間違いないだろう。


「もうしばらくはこの場所に留まって待つべきだろうな。イツキ君のアシストスキルのお蔭で近くまで来れば合流も容易いしな」


 他の仲間達がネージュのように即座に方角まで割り出せるかは不明だが、少なくとも近くにいる事自体はすぐに分かるのだ。集合地点の目印としては十分だろう。


「とはいえ一箇所にあまり長く留まり過ぎるのが危険なのも事実だ。そうだな……次の砂嵐が終わるまでを期限としようか」


 この辺りは周囲を岩壁に囲まれており、簡単に敵に発見される事は無いと思われる。しかしその反面、一度見つかれば敵に包囲されやすい地形であるとも言えるのだ。なのであまり長居をするのも良い選択とは言えないだろう。

 それにそれだけ待てば、フィールドの反対側からでも十分にこちらに来れる時間はあるはずだ。何事も無ければと但し書きは付くが。


 なので俺とネージュは周囲の警戒をしながらこの場に留まり、仲間達がやって来るのを待つ事にした。


「はぁー、やっとで見つけたわ」


「合流成功」


 それからさほど待つ事も無く、ルクスとヴァイスの2人が相次いでこちらへとやって来た。

 こうして4人揃ったことで随分と安心感が増したように感じられる。


「ふむ。残るはバラ―ディア君だけか……」


 彼女のHPは微動だにしていないので、別段危機に陥っている訳ではなさそうだが、さりとてこちらへと向かっている気配も感じられない。


「うむ。残念ながらそろそろ限界だな……」


 2度目の砂嵐をやり過ごしてから更に5分程待ってみるも、結局バラ―ディアがこちらへやって来る事は無かった。やむを得ず俺達はこの場から移動する事に決める。


「なに、純粋な単独行動能力ならば、我々の中で彼女が最も秀でているのだ。きっと彼女ならば上手く生き延びて我らと合流してくれるはずだ」


 実際、それほどにベルフェゴールのアバターの隠形能力は群を抜いている。これだけ広いフィールドにおいて、彼女に逃げに徹せられれば、そう簡単には捕捉する事など出来ないはずだ。


「そうね。それよりも私達は自分たちの心配をしないとね……」


 無事4人が合流を果たし粗方の態勢は整ったとはいえ、恐らく他のパーティだって似たような状況にあるはずなのだ。この状況で複数のパーティと同時に出くわした場合を想定すると、知名度の高さが足を引っ張り、俺達が狙い討ちにされる懸念も大きい。強い相手から潰すのは常套手段とはいえ、俺のやらかしがパーティに不利を齎している事実に少しだけ心が痛む。


「それで、この後はどっち側に向かうつもりなんだ?」


 現在の位置はフィールド西側の真ん中付近だ。周囲には盛り上がった岩盤が散見されるが、まだ多くは砂地であり多少は見通しも利く。ここから更に西に進んでフィールド外縁部へと向かえば、周囲が完全に岩盤に覆われた迷路のような地形へと変化する。隠れるにはうってつけの地形ではあるが、フィールド特性がそれを簡単には許してくれない。ヒーラーであるルクスと合流出来た事で、砂嵐自体には恐らく耐えられるだろうと推測されるが、それでも一時的なHP減少は避けられない。その状況下で他パーティーから奇襲でも食らった場合、非常に危険である。

 では逆に東へ進んでフィールド中央部へと向かった場合はどうなるだろうか? その場合は砂嵐の脅威はほとんど無くなるが、同時に身を隠す場所も少なくなる。特に中心付近にはオアシス以外の障害物が一切存在せず目立つ事請け合いだ。何より回復手段を持たないアバターや耐久力に乏しい低レアアバターを使うプレイヤーの多くがこちらへと殺到し、すでに混沌とした状態になっている可能性が高いと思われる。


「要するに、どっちを選んでもリスクはあるって事ね」


「ふむ。ならば、いっそのこと今のような地形をランダムに周遊するのはどうだろうか?」


 今俺達のいる場所は、中央部からはそこそこ距離が離れており身を隠す場所はそれなりに存在する。しかも外縁部からも距離があるので、砂嵐によって受けるダメージもルクスと合流を果たした今ではそう大きな障害とはならない。そう考えれば割とバランスの良い位置であると思われる。

 要は一箇所に留まるからいけないのであって、定期的に潜伏場所を変更すれば、包囲されるリスクは最小限に抑えられるはずだ。


「そうだな。その案が一番マシな気がするな」


 同じ事を考える連中は他にもいるだろうし、バラ―ディアと合流出来る可能性が更に減る。とはいえ、リスクばかりを考えていても仕方がないだろう。この場に留まり続ける事の方が危険な事だけは間違いないのだから。


「そうと決まれば早速出発するとしよう」


 仲間達の賛同を得た事で、すぐに移動を開始するのだった。


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