3 実力確認
クリスマスイベントに向けてバラ―ディアを臨時メンバーとして迎えた俺達。
そして話題は最初へと戻る。
「さっきの話の続き、聞かせて貰ってもいいかしら?」
パーティに加入したばかりのバラ―ディアへとルクスがそう問い掛ける。さっきの話とは多分ベルフェゴールに関する情報についてだろう。どうやらずっと気になっていたらしく、随分とそわそわした様子を見せている。
「了解じゃ。しかし何から話すとするかのぉ。まずはそうじゃな、わしが身に付けとるこのアバター。名を"[怠惰の堕神]ベルフェゴール"と言う」
「へぇ、やっぱ俺達を襲った奴となんか関係あるのは間違いないみたいだな?」
[怠惰の堕神]というのが良く分からないが名前欄の表示名とアバター名の違いはあれど、同じベルフェゴールの名を冠しているのには何か意味があるに違いない。まあ見た目がそっくりな時点で、それ自体は予想の範囲内だったので特に驚きはない。
問題はそのアバターがどういったモノであり、どういう経緯で入手したのか、何より襲撃者とどういう関わりがあるのか、なのだ。
「あれは1週間ほど前の事じゃ――」
そう前置きしてから、バラ―ディアが語り始める。
「ニヴルヘイムで狩りをしようと世界扉を目指しておった時の事じゃ。ふと後ろに妙な気配を感じてのぉ。振り返りざまに反射的に魔力弾を放ってみれば、そこには見知らぬアバターが立っておった――」
◆
奇襲を阻止され、その姿を露わにしたベルフェゴール。彼女は自身の事をイベントボスであるとバラ―ディアに告げる。
しかし現在開催されているイベントは『万象焼き尽くす炎魔神』のみ。そしてそのイベントにはベルフェゴールなんてボスは存在していない。訝しむバラ―ディアに対し、彼女はイベント名が『七大罪の暗躍』であると教えてくれる。
「これは親切にすまんのぉ。して、お主はわしをどうする気なのじゃ?」
『奇襲を受けたプレイヤーを殺すのが、私に与えられた使命』
「まぁ、そうなるじゃろうな……」
そうして弓を構えたベルフェゴールと、杖を構えたバラ―ディアが互いに向き合う。
『けれど私の奇襲は失敗した。あなたは奇襲を受けていない。だから殺さない』
そう言ってベルフェゴールは弓を下ろす。その表情はやはり気怠げなままだ。
「ほぉ、わしを見逃してくれるという訳かのぉ? じゃが、わしとしてもレアボスを倒す折角の機会なのじゃ。このまま見逃す手はないのぉ」
対するバラ―ディアは戦意を維持したままだ。
『……わかった。私の負け。あなたを勝者と認める』
心底怠そうにしてそう言い放つベルフェゴール。
「ほぉ、して勝利の報酬はなんじゃろうか?」
『これをあげる。それじゃあ』
ベルフェゴールがそう言い放った直後、バラ―ディアの視界にアイテム入手を報せる表示が浮かび上がる。バラ―ディアがそれが何かを確認する前に、ベルフェゴールはそのまま踵を返して去っていく。
「あ……ま、待つのじゃ!」
突然の展開に呆気に取られてしまい反応が遅れたバラ―ディアは、ベルフェゴールへと制止の声を掛けるも時既に遅く、彼女の姿を見失ってしまった。
「やれやれ。それで奴は一体何をわしにくれたのじゃろうか……」
彼女がインベントリを確認するとそこに入っていたのは――
◆◆◆
装備名:ウェヌスアルクス
種別:弓 属性:雷 レアリティ:SSR
解放アバター:[怠惰の堕神]ベルフェゴール
◆◆◆
「なんじゃ? ふぅむ、どうも見た事無い武器じゃな? それに妙なアバターが解放されたようじゃ」
名前は少々怪しかったが、レアリティがSSRであることに惹かれて、入手したばかりのアバターへと姿を変える。
「ほぉこれは……。なんとも尖った性能じゃのぉ。しかし使いこなせれば間違いなく強力なのは確かじゃ」
初のアーチャーSSRという事もあって、バラ―ディアはこのアバターの事を気に入り、こうして今に至るまで使い続けているのだった。
◆
「という訳じゃ。お主らの話と併せて考えれば、お主らを襲った者と同一の存在であると見てまず間違いないじゃろうな」
バラ―ディアが語った内容が真実ならば、確かにそういう事になりそうだ。
「あの襲撃者がまさかイベントボスであったとはな……。しかし別のイベントボスとの戦闘中に乱入してくるとは、なんとも節操の無いボスなのだな」
笑いながらネージュはそう言うが、そんな軽い反応でいいのだろうか? 明らかに反則だと思うぞ。ボス戦中に別のボスが横槍入れて来るなんて話、他のゲームでは聞いたことも無い。
「然り。じゃが奴に関連するイベントがそういった主旨を含んでおる以上、ある意味仕方の無い話かもしれぬ」
「ああ、そういえばその『七大罪の暗躍』だったかしら? それって何よ? そんな名前のイベントなんて私聞いたことないわよ?」
勿論俺も知らない。公式の告知などは欠かさずチェックしているし、それ以外にも色々なルートから情報は仕入れているので、イベント開始なんてそんな重要な情報を見逃す訳はないと思うのだが……。
「うむ。わしもその言葉を聞いてからも、すぐには意味が理解出来んかった。じゃがな……そのなんというか確かに奴の言葉通りだったのじゃ。公式サイトにはそのイベントの事がしかと記載されておった」
「ええっ、うそよ! そんな重要な情報、いくらなんでも見逃すはずないわっ!」
「……普通ならそうじゃの。実際わしもベルフェゴールの話を聞くまでは、全く気付けんかったからの」
「……どういう事よ?」
「お主らは悪くないのじゃ。悪いのは全てREO運営なのじゃ」
まさか知らない内にまたあのクソ運営が何かやらかしていたのか。ついさっきのクリスマスイベントの事といい奴らは反省というものを知らないらしい。いくら久世創がただの研究者であるにしても、肩書上は最高責任者なのだからもう少し手綱を握って欲しい所だ。
「奴が言っておったイベント『七大罪の暗躍』なのじゃが、実は『万象焼き尽くす炎魔神』よりも更に1月ほど前に既に実装されておったのじゃ」
それに対しルクスが何かを言いかけたが、それを俺は手ぶりで制止する。興奮する気持ちも分かるが、まずは話を全部聞いてからだ。
「わしやお主らを含めて、誰もその事実に今まで気付けんかったのには理由がある。どうもそのイベント、公式サイトで告知されたのが実装からかなり時間が経過した後の事じゃったようじゃ」
「んん? どういう事だ?」
「本来イベントの告知というものは、何日も前に行われるモノじゃな?」
確かにそうだ。唯一『絶望を振りまく世界樹』だけは告知後即実装であったが、あれはサービス開始直後という事もあり例外としていいだろう。
「じゃがあのイベントは違う。実装されてからしばらくの間、一切公式から告知が行われた形跡は無かった。告知が行われた正確な時期は、わしにも詳しくは分からぬのじゃが、恐らくそう昔の事ではあるまい」
「しかし告知がきちんと為されたというのなら、我々が気付いていないのは少しおかしくないか?」
仮に実装から遅れて告知されたとしても、その時点で気付けるはずだ。
「確かにその通りじゃな。じゃが告知はされたが……きちんとした形では為されなかったのじゃよ」
少しだけ話が見えてきた気がする。その予測にまさかと自分でも思うが、同時にあの運営ならば有り得るとも思ってしまう。
「儂が見た時そのイベント開催の告知は、メンテナンス情報への追記という形で為されておった」
「……やっぱそういう事かよ。あのくそ運営っ!」
予測が見事に当たってしまい、思わずそう吐き捨ててしまう。
「え? え? どういう事なの?」
「はぁ……要するにだ。イベント実装時には告知しないで、かなり時間を置いてから誰も告知ページを見ない時期に、今更のように情報を追記したんだよ、あのバカ運営はっ!」
運営のあまりに酷いやり口に対し、俺は思わずそう吐き捨てる。
「ちょっ、何よそれ!? そんなのこっちが気付ける訳ないじゃない!」
ラグナエンド・オンラインの公式ページでは、大小様々な告知が毎日のように頻繁に行われている。1月程度前ならまだしも数ヶ月前の、しかもただのメンテナンス告知のお知らせなんて、今更わざわざ覗きに行く奴なんて普通はいないのだ。
「全くもってその通りだ。単に告知し忘れたのを誤魔化したのか、あるいは悪ふざけなのか、もしくは何か理由があってイベントの存在を知らせたくなかったのか。まあ運営の連中が何を考えているのかなんて俺には皆目見当がつかないな。それでも一つだけ言えるのは、やっぱりあいつらはどうしようもない大馬鹿野郎共だってことだ」
楽しんでやっているゲームの運営に対し、こんな事など俺も言いたくはないのだ。だがそう口にせずにはいられない程に、今の俺は奴らのやり口に心底あきれ果てていたのだ。
「ねぇ、なんでバラ―ディアはこの事を広めて欲しくないの? こんな運営庇う必要なんて無いんじゃない?」
淡々とそう言うルクスだが、その語気はナイフのように鋭い。
「そうじゃな。お主らにそう頼んだのは、儂の個人的な事情のせいなのじゃ」
どうやらバラ―ディアはリアルの事情によって、クリスマス以降はログイン時間が大幅に減る可能性が高いそうだ。なのでせめてクリスマスまではラグナエンド・オンライン世界を満喫したい。そして出来ればクリスマスイベントを思いっきり楽しみたい。そんな思いから俺達に口止めを願ったそうなのだ。
確かにこの事実が公表されればまたネット上などは大荒れになるだろう。ただでさえクリスマスイベントの内容変更によって、緊張が高まっているのだ。そこに新たな燃料を投入すれば、最悪イベント中止なんて事態も有り得るかもしれない。
「……事情は分かったわ。気持ちは理解出来なくもないし、何より約束をした以上それはちゃんと守るわ。でもだったらクリスマス以降なら、暴露しても問題ないのかしら?」
バラ―ディアの意思は汲みつつも、やはり黙ってはいられないらしいルクス。
まあ、当然っちゃ当然の話だな。
「それは構わぬよ。わしもいずれは公表せねばと思っておったしの。ただ出来れば、なるべく穏便な形で広めて貰えれば嬉しいのぉ」
バラ―ディア自身も運営には思う所が多々あるようだが、それでもなお平穏を望んでいるようだ。俺達もREOCOの連中みたいな過激派ではないし、運営がこれまでの行いを反省して心を入れ替えて励んでくれれば良い訳であって、別に運営への処罰やゲームのサービス停止などは望んでいないのだ。
「……分かったわ。皆もそれでいいかしら?」
ルクスの確認に皆が頷く。
その後の話し合いの中で、一度いつもの報告書経由で事情を問い質すことになった。それで納得のいく回答が得られなければ、その時に改めて公表するかどうかを再度話し合う事に決定した。
「そういえばこの『七大罪の暗躍』ってイベント。ボスがベルフェゴール以外にもあと6体いるのよね?」
ルクスがイベント内容へと言及する。
「みたいだな。運が悪ければ前の時みたいに、そいつらに奇襲を受ける危険もあるみたいだな」
ベルフェゴールを含む7体のイベントボスは世界中をくまなく徘徊しており、しかもプレイヤーを発見次第、奇襲を仕掛けてくるそうだ。そしてそれは俺達が実際に体験したように、例えボス戦の最中であっても例外ではないようだ。
「ふむ。そう言えば以前ベルフェゴールについて調査していた際、原因不明の死を遂げたプレイヤーの報告をいくつか見たが、今思えば彼らもその被害者だったのかもしれぬな」
いま俺達がいる世界ミッドガルドは今なお全容が掴めない程に広い。そしてそれは他の9つの世界も似たようなものだろう。ならばいくら7体も存在するとはいえ、奴らとの遭遇率はかなり低いだろうと予想される。
……よりにもよってボス戦の真っ最中に襲われた俺達は、実は相当運が悪かったんだな。
「なぁバラ―ディア。奴らがどこに出現するのかは分からないのか?」
「わしも奴に遭遇したのは全くの偶然じゃからのぉ。すまぬが期待に沿えそうにはないの」
「そうか……」
原因は分かったものの、現状こちらに出来る事はほとんど無い訳か。精々、奇襲を避けるべく周囲への警戒を怠らないよう、普段から気を付けておくくらいか。……いつもと何も変わらないな。
「まあ話を聞いてる限り、よっぽど運が悪く……いえ良くないと、そうそう出会う事なんてないんじゃない?」
「そうだな。出来れば万全の態勢で発見して返り討ちにしてやりたいんだが……」
見事イベントボスを倒せば、その報酬として専用のSSRアバターが手に入るらしい。イベント報酬でアバターが手に入るのはこのイベントが初めてであるし、出来れば入手したいところだ。
「うむ。私もコレクションを増やしたいものだ」
「ねぇそう言えば、そのアバターの性能ってどんな感じなの?」
ルクスがバラ―ディアに対し、ベルフェゴールのスキルやステータスについて尋ねる。
「そうじゃな。わしの感触では、使いこなせば他のSSRアバターすら凌ぐ性能があるように思えるの」
「へぇ。凄いわねそれ。出来れば具体的にどんな感じか教えてくれないかしら?」
「勿論じゃ。パーティを組む以上、互いの能力を知らねば連携など出来ぬだろうしの」
という訳で各自のアバターの性能について互いに共有し合う事となった。そして確かにバラ―ディアの言う通り、ベルフェゴールの性能は凄まじかった。
◆◆◆
アバター名:[怠惰の堕神]ベルフェゴール Lv:80/80
クラス:アーチャー
属性:雷
レアリティ:SSR
解放装備名:ウェヌスアルクス
アクションスキル
〈スキュアードスタンス〉EX
雷槍を連続で放つ姿勢をとる。移動不可。CT120秒、持続180秒、倍率600%、一定確率で麻痺を付与
〈フロートバッテリー〉EX
上空で滞空する。移動不可。CT60秒、攻撃UP(中)
〈インビジブル〉EX
移動しない限り、不可視状態を維持する。CT120秒、持続180秒、速度UP(中)
〈トニトルスコルムナ〉EX
巨大な雷の柱によって攻撃。範囲(中)、CT30秒、一定確率で麻痺を付与
アシストスキル
〈七大罪の暗躍〉
攻撃行動に移るまでずっと不可視状態を維持する。解除後は戦闘終了まで再発動しない。
〈怠惰の恩寵〉
移動停止時のみHPを徐々に回復
ラグナブレイク
〈ベルフェゴール・アケディア〉EX
周囲に雷光の雨を降らせる。範囲(大)、倍率35000%、速度DOWN(特大)、一定確率で麻痺を付与
◆◆◆
同時にあまりにもピーキーすぎる性能をしていた為、連携面で不安を覚えてしまうのもまた事実であったが。
……てか、芋プレイにあまりに特化し過ぎな気がするな。色々な意味で敵に回したくない相手だ。
「さて必要な情報も粗方共有した事だし、次の行動へと移らないか?」
「というと?」
「うむ。明日のイベントは5:5の対人戦だ。普段のモンスター戦とは少々勝手が違うし、何よりバラーディア君との連携確認は急務だろう」
一応俺達は、闘技場での模擬戦やハロウィンイベントなどで対人戦の経験はそれなりに積んでいる。しかしバラ―ディアが加わった事や、一部メンバーの使用アバターが変更されたこともあり、色々と確認すべき点は多い。何よりクリスマスイベント開催まで、もう僅か1日しか残されていないのだ。いつ出会うかも分からない相手の事を気にするよりも、今はそちらに専念すべきだろう。
「よっしゃ、じゃあ行くか!」
こうして俺達5人は来たるべき明日の戦いに備えて、闘技都市アンフィテアトルムへと向かうのだった。
◆
闘技都市アンフィテアトルムは、古都ブルンネンシュティグの南西にある巨大都市だ。名前からも分かる通り、闘技関連の施設が充実した都市であり、同時に今回のイベント開催地でもある。
「この街に来たのは初めてじゃが、なんとも剣呑な雰囲気だのぉ」
古代ローマのコロッセオのような建物が街のあちこちに立ち並ぶ様子を見て、バラ―ディアがそんな呟きを漏らす。
ミッドガルドの各地に点在する大都市の多くは、それぞれの都市に与えられた役割に応じた個性的な造りをしている。
例えば古都ブルンネンシュティグなんかは中世ヨーロッパの美しい街並みを再現しているし、研究都市ミーミスブルンなんかはファンタジーな都市ではなく、どちらかといえばSFチックな近未来都市である。
「つっても、あの辺の闘技場はほとんどただの置き物みたいだけどな」
ただの人間用に造られたコロッセオでは、派手なスキルを駆使するプレイヤー達が戦う場所としては少々手狭なのだ。それを考慮して対戦に使用出来るよう造られた巨大コロッセオも存在しているが、大半は都市の雰囲気作りの為の単なるオブジェクトに過ぎない。
「ほぉ。ではどこで模擬戦をやるのじゃ?」
「こっちだ」
乾いたレンガ造りの街並みを潜り抜けて俺達がやって来たのは、古い砦のような飾り気のない建築物であった。
「この中だ」
「どれどれ……ほぉこれはなんとも。外とはまた違った雰囲気じゃな」
建物の中には広い空間が広がっており、そこかしこに転移魔法陣が置かれている。そしてそれらは対戦に使用するフィールドへとそれぞれが繋がっている。
また魔法陣の目の前に設置されたパネルを操作する事で、転送先のフィールドの詳細設定が可能であり、その近くにはフィールド内の状況を示すモニターが設置されている。今も何人ものプレイヤー達が観戦を楽しんでいる姿がちらほら見られる。
「ここでの対戦形式は色々あるけど、さてどうするか。そういえばバラ―ディアって対人戦の経験はあるのか?」
「すまんが、一度も無いのじゃ!」
何故か胸を張りながらそう宣言するバラ―ディア。いや別に良いんだけどさ。
「……そうか。ならとりあえず、最初はシャドウと戦ってみるのが無難かな?」
「なんじゃ、そのシャドウとは?」
「シャドウってのは簡単に言えば、俺達そっくりの黒いNPCの事だ。大して強くないんで対人戦への入門としては持って来いの相手なんだよ」
シャドウはステータスもスキルも俺達と全く同じ存在であるが、それを操るのはごく普通のAI。スキルを使うタイミングもなんか適当だし、他の仲間との連携なんて一切考慮せずに戦う。いわばその辺の雑魚モンスター達と同じような思考パターンをしており、半ばモンスターを相手しているような気分で戦える。
モンスター戦はともかく対人戦におけるバラ―ディアの実力が未知数である以上、彼女がどの程度まで戦えるのか段階を経て確認すべきだと俺は判断したのだ。というのもモンスター戦と対人戦では何かと勝手が違うため、モンスター戦における強者が必ずしも対人戦においても強いとは限らないからだ。
一例を挙げると対人戦では各アクションスキルのクールタイムが最大もしくはその半分の値からスタートする事が多い。これは初手から大技のぶっぱなしによって勝負が決まるのを避けるために設定されており、必然的に強スキルにばかりに頼った戦い方をしているプレイヤーにとっては厳しいルールとなる。
他にも対人向けに装備を一部変更したりなどが必要だったりもするのだが、そちらはバラ―ディアのようにモンスター戦用の装備が十分に揃っていればどうとでもなるはずだ。
「なるほどの。それは助かる話じゃな。では、それで頼むとしよう」
「OK。じゃあ最初は1対1からな。俺達は脇で様子を見とくから」
決戦の舞台に用いるフィールドは"騎士の決闘場(SS)"を選択した。ここは一般的な闘技場を模した狭いマップであり、主にタイマン向けだ。障害物もなんかもほぼ存在しないため、初心者にも戦い易いマップだと思われる。
「じゃあ呼び出すぞ」
俺はメニュー画面を操作して、バラ―ディアそっくりのシャドウを出現させる。正方形状の石畳の上で、バラ―ディアとそのシャドウが向き合う。
「では試合開始!」
俺が合図をした次の瞬間、バラ―ディアの姿が掻き消える。それと同時にシャドウの姿もまた見えなくなった。
「……初手からお互い隠れるのか。そう言えばそういう能力だったな。さてどうなるやら」
どのような展開になるのかと期待したのだが、生憎と試合の方はバラ―ディアの無傷の勝利であっさりと決着した。
最初は〈七大罪の暗躍〉スキルによって両者が姿を消す所から始まった。だがシャドウの方はすぐさま闇雲に攻撃を仕掛けて折角の不可視状態をすぐに解除してしまう。こうなってしまうと後はバラ―ディアは隠れて〈インビジブル〉のクールタイムの回復を待つだけで良かった。結局、バラ―ディアは最初から最後までその姿を消したまま、一夫的に雷槍でシャドウをなぶり殺しにして終わった。
バラ―ディアの動き自体に特に問題は無かったのだが、それ以前に相手のシャドウの動きがあまりにもお粗末過ぎた。これではとても彼女の実力は測れない。
「しゃーないな、俺達とそれぞれタイマンでもするか」
バラ―ディアの実力を測るには、やはり俺達が直接戦ってみるしかないと考え直し、そう提案する。
「うむ。わしはそれで構わぬぞ。ではいつでも掛かって来るが良い!」
自身満々にそう宣言するバラ―ディアだったが……。
「むぅぅ。やはりお主ら強いのぉ」
結果は俺達4人それぞれの圧勝に終わった。
「……これでは、わしは足手まといかのぉ」
4人それぞれにあっさりと押し切られてしまったせいか、バラ―ディアが少し自信を失っている。
「いや。それは違うぞバラ―ディア君」
「ネージュの言う通りだな。バラ―ディアが俺達に負けた理由は明確だ。それは単純にこのフィールドがベルフェゴールには不向きだったからだ」
騎士の決闘場(SS)はタイマン用であるので非常に狭い。その為、射程を活かして戦うアーチャーのクラスにはそもそも不向きなフィールドなのだ。その上ベルフェゴールの得意な戦闘スタイルは、スキルによって姿を隠してから敵を攻撃する手法だが、フィールドがこれだけ狭いと隠れている場所の特定も容易いのだ。そして一度攻撃を当てて姿を暴いてしまいさえすれば、後は俺達の実力ならば力押しで勝ててしまうのだ。
それに付け加えて言うなら、あそこまで俺達があっさりと勝利出来たのは、ベルフェゴールの能力の全容を把握していたのも大きい。ベルフェゴールの能力は初見殺しに特化しており、詳細を知っていれば対策自体は容易だ。逆を言えば全く能力を知らない状態で戦っていれば、勝敗の行方は分からなかった。
「ふむ……。今回の大会ではいかにバラ―ディア君を温存するかが鍵となるかもしれないな」
タイマンでは俺達4人にあっさりと敗れはしたものの、これがチーム戦だとまた事情は大きく異なる。
チーム戦においては騎士の決闘場(SS)よりも広いフィールドが使われるのが常だし、仮に姿を暴かれても仲間のフォローが得られれば、再びその姿を隠す事も出来る。その為にもなるべく大会後半まで彼女の能力を温存して勝ち進むのが理想だろう。
「では、次は5人での連携訓練に入るとしよう」
こうして俺達は残された僅かな時間を費やして、チームとしての練度を高めていくのだった。




