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1 レギナとの出会い

 今年もハロウィンの季節が近づいて来ていた。それに合わせて日本各地で様々なイベントが催されるが、それは現実世界に限った話ではない。つい先日、ラグナエンド・オンラインでもハロウィンイベントの開催が運営によって発表されたのだ。

 イベント名は『提灯ジャックの収穫祭』。詳細な内容についてはまだ公表されていないが、2か月ぶりの大型イベントを前に多くのプレイヤー達がそれを今か今かと楽しみにしていた。

 しかしその中に、レギナという名のプレイヤーは含まれてはいなかった。


「ハロウィンイベントかぁ……。どうせ仕事が忙しくてログイン出来ないから関係ないや」


 そう呟いた彼女の名前は一色天(イッシキソラ)

 彼女はゲーム内では"レギナ"という名を用いてプレイしている。今でこそ一端のREOプレイヤーである彼女だが、元々はラグナエンド・オンラインに対しそこまで大きな熱意は持ち合わせていなかった。

 勿論ゲーム自体は割かし好きであったし、ラグナエンド・オンラインに対してそこそこの興味を持っていた。しかしそれは、多くの購入希望者達による激しい選抜争いを勝ち抜ける程では無かったのだ。

 だから彼女自身どうしてラグナエンド・オンラインを発売初日に手に入れられたのか、少し不思議に思っていた。


「うーん。多分ありのままの気持ちを書いた事が決め手になったのかもね~」


 彼女がミュトス社に提出した書類には、ラグナエンド・オンラインに関する内容について殆ど書かれておらず、もっぱら彼女の憧れの人物への想いが書き綴られていた。

 

「あの人と一緒にゲーム出来るかもって知っちゃったら、そりゃ本気にもなっちゃうよね」


 彼女はラグナエンド・オンラインというゲーム自体にはさほどの関心を持っていなかったが、憧れの人物と一緒にゲームをしたいという意味ではとても大きな情熱を持っていた。だからその想いの強さをミュトス社は認めてくれたのだと彼女は考えていた。


「でも、今のところまだ会えてないんだよね~」


 ラグナエンド・オンラインでは多くの他のゲームと同様に、大半のプレイヤーは本名とは別の名前を用いてプレイをする。またゲーム内ではアバターという固有のデザインの容姿であるので、見た目と現実の姿は結びつかない。その為ゲーム内で特定の人物を見つけ出すのは大変なのだ。


「でもまあ結構面白い人達にも会えたし、なんだかんだで結構楽しめちゃってるんだよね」


 リアルでの仕事がかなり忙しく休みが不定期な彼女では、いくら装備やアバターが揃っていても固定パーティを組むのは難しい。だがログインする度に彼女達は、そんなレギナの事を温かく迎えてくれた。

 勿論そうしてくれたのは、彼女達が常に4人と定員には1人足りない人数で行動しており、ソロであり腕も良いレギナが都合の良い存在であった事は理解している。

 だけどそれでも、レギナにとってあのパーティで過ごす時間はとても居心地が良かった。


「ネージュちゃん、ヴァイスちゃん、イツキ君、そしてルクスちゃん。皆、リアルではどんな子達なんだろね~?」


 だからレギナが彼女達に興味を持つのは、ある意味必然だったと言えるのだろう。



「あれ? もしかして来週の月曜って実は暇だったりします?」


 仕事のスケジュール表を眺めていたレギナはふとそんな事に気付き、尋ねてみる。


「そうねぇ。仕事が入っていないって意味ではそうね。でもその分レッスンを頑張って貰わないと……」


「えー、最近ずっと仕事ばっかりじゃないですかぁ! たまには1日くらいお休み下さいよ!」


 そんなレギナの願いに対し、相手の女性は渋い顔をする。


「お願いしますよぉ。レッスンは他の時にちゃんとやりますからぁ」


 だが続くレギナのお願い攻勢を前にして、ついに根負けしてしまう。


「はぁ……分かったわ。いいわよ休んでも。ただしその日だけよ」


「やったぁ!」


 こうして久しぶりの休日を勝ち取ったレギナ。

 彼女はその日の夜遅くに再びラグナエンド・オンラインへと赴く。


「ねぇ皆、来週の月曜って暇だったりしない?」


 そして、いつものメンバーに予定を尋ねる。


「ふむ。ハロウィンイベント開催前だし、特に予定はなかったはずだが……」


「私も別に暇よー」


「ボクもスケジュールは白紙」


「俺もゲームをやる以外、別になんもないな。いつもの事だけど……」


 レギナの予想通り、彼女達は皆予定は空いているようだ。

 もっともいつ来てもゲームにログインしている彼女達に、リアルでの予定など実在するのかは疑問であったが。


「ねぇそれじゃオフ会しない? 4人ともリアルで会った事があるのに私だけ除け者なんて、ちょっと寂しいんだよ~」


 子供がおねだりするような緩い声で、レギナがそう提案をする。


「ふむ。そうだな……。私は別に構わないと思うぞ。それにレギナ君が疎外感を感じてしまっていては、パーティの連携に支障を来たすやもしれぬしな」


 飽くまでゲーム中心な見解ながら、レギナの提案に同意の姿勢を見せるネージュ。


「そうねー。私もレギナのリアルには結構興味あったのよねー。レギナはちゃんと女の子みたいだし、私は賛成よ」


 当初は男の振りをしていた自身の事など棚に上げて、ルクスもまた賛成の意を示す。


「ボクは別に構わない」


 ヴァイスはいつも通りの消極的な同意だ。彼女はゲーム外の事については、場の流れに任せる傾向にある。


「それでイツキ君はどうなの?」


「……この雰囲気で俺だけ反対する訳にもいかないだろ? まあ俺も別に問題はないぞ。今更女性比率が増えたって大して変わらないだろうしな」


 現時点で女性3人と同居なんて、世の男から見れば大変羨ましいポジションにいるイツキだったが、彼としては周囲が女性ばかりなのはあまり本意ではないらしい。

 とはいえ別に反対という訳でもないらしく、彼は両手を上げて降参のポーズを取った。


「良かったぁ。これで断られたりしたら、私泣いちゃうとこだったよ」


 多分大丈夫だろうと思いつつも、万が一断られる可能性を考えていたレギナは、安心したようにそう言う。


「しかし、こちらも少し事情があってな。オフ会の開催場所については、こちらが指定しても良いだろうか?」


「うんそれは構わないけど。でもあんまり遠くだと無理だよ?」


 レギナが手に入れた休みは1日だけなので、日帰りである事は必須条件だ。


「その辺は安心して欲しい。都内在住ならばそう遠い場所ではないし迎えも寄越すつもりだ。当然、準備についての一切は全てこちらが受け持つとしよう」


「え? そこまでして貰っちゃっていいの?」


 オフ会の提案者である以上、レギナが幹事を務めるつもりだったのだが、どうやらネージュが代わりにやってくれるらしい。


「うむ。こちらの都合に合わせて貰うのだ。どうか何も気にせず任せて欲しい。それに……レギナ君は仕事の方が忙しいのだろう?」


 ネージュの提案は確かにレギナにとって渡りに舟であった。

 彼女のラグナエンド・オンラインへのログイン時間は一週間のうちに数時間あればいい方であり、それだけの時間を捻出するのにすら実はかなり苦労しているのだ。その上で、オフ会の幹事役を務めるのは確かに大変な事だった。

 

「ありがと、ネージュちゃん! じゃあお言葉に甘えてお願いするね!」


 なので、ネージュの好意にレギナは甘える事にしたのだった。


「うむ。任せておき給え」


 こうしてレギナ発案ネージュ主催によるオフ会の開催が決定したのだった。



 急遽開催が決まったオフ会ではあったが、以前にはネージュがもっと急な日程でオフ会を開催した事もあって、イツキ達は特に動じてはいなかった。


「店は前やったのと同じ場所を使うのか?」


「うむ。あの店の方が何かと都合が良いだろう。それにあそこならば確実にアリスリーゼの襲来は阻止できるからな」


 よほどアリスリーゼと顔を合わせるのが嫌なのだろう。ネージュは外出の際、常に彼女と出くわさない事を第一に考えて行動しているようだ。


「雰囲気はいいし何より食事も上手かったからな。俺は別に構わないぞ」


「そうねー。この屋敷の食事も美味しいんだけど、たまにはああいうお店で食事をするのもいいわよね」


 とはいえ、その事を彼らは全く不都合に感じている気配は無い。そういった点も彼らが仲良くやれている理由の一つなのだろう。


 そんな感じでネージュが裏で準備に奔走する以外、特に何事も無く日々が過ぎていく。

 そして迎えたレギナとのオフ会当日。


「ごめん! 悪いけど、ちょっと用事が出来ちゃったから、今回のオフ会はパスさせて貰うわ……」


 前日まで一番楽しみにしている様子だったルクスが、今朝になって突然そんな事を言いだしたのだ。


「ふむ。何か困りごとかな? 良ければ相談に乗るぞ?」


「ううん、そういうのとは違うのよ。ただちょっと昔、仕事でお世話になった人から連絡があって、今日会えないかって言われてね。事情は分からないんだけど、なんか深刻そうな雰囲気だったのよ……」


 恩人からの助けを求める声に応えたいという事なのだろう。ならばオフ会よりも優先されても仕方ない。


「そうか了解した。レギナ君にはこちらから事情を伝えておこう。ルクス君はこちらの事など気にせず行ってくるといい」


「ほんっと、ごめんね! レギナにも私から謝っていたって、伝えておいて!」


 そうして準備を済ませたルクスは、足早に出掛けていく。


「まっ、たまにはこういう事もあるさな」


 そんな彼女を見送ってからイツキ達も出掛ける準備へと戻る。


「ではそろそろ時間だ。店へと向かうとしようか」


 馬鹿デカい黒塗りのリムジンへと乗り込み、オフ会が催される店へと出発する。


「お待ちしておりました。お嬢様」


 そう出迎えを受けて、奥の席へと誘導される。

 店の中に他の客の姿は見当たらず、前回同様貸し切り状態のようだ。


「お嬢様、レギナ様がお越しになりました」


 席に座って待つ事しばし、レギナの到着が告げられる。

 入り口の方へと視線を向ければ執事の一人に先導されて、店の中をあちこち見回しながらこちらへと歩いて来る女性の姿があった。


「へぇー、すっごくいい店だねここ。なんだかゲームのオフ会で使うにはちょっと勿体ない感じだね!」


 そしてその女性はというとそんな事を言っている。多分、彼女がレギナなのだろう。

 ゲーム内とほとんど変わらないテンションの高さに、イツキ達は少し驚く。


 彼女の容姿は、タイプこそ違えどこの場にいる女性2人に勝るとも劣らない程に優れていた。

 ファッションセンスなんかは多分ルクスに一番近いのだろうが、彼女と比べれば背は高めだしさほど童顔という訳でもない為、受ける印象はまた異なる。

 

「初めましてだなレギナ君。私が今回のオフ会の幹事を務めさせてもらったネージュだ。今日この場で君に会えた事を嬉しく思うよ」


 ネージュが席から立ち、レギナに歓迎の意を示す。


「あははっ、なんかネージュってリアルでもそんな堅い感じなんだねっ」


「む、むぅ? そうか? 私は堅いのだろうか?」


「まあそうだな。若干、口調とかは堅いかもだけど、思考の柔軟性は普通にあるし、別に気にしなくてもいいんじゃないか?」


「そ、そうか! ならば良いのだ」


 イツキのフォローにネージュは顔を綻ばせる。


「こっちがネージュちゃんって事は、そっちの子がヴァイスちゃんかな?」


 レギナが今度はヴァイスの方へと顔を向ける。


「そう。ボクがヴァイス。宜しく」


 ヴァイスが素っ気なく挨拶するがそれが彼女の普通であり、特にレギナに対して悪感情がある訳ではない。でなければゲームの時間を削ってまで、わざわざこんな所までやって来ないだろう。


「そっかぁ。思った以上に可愛いくて、びっくりだよ!」


 実際、レギナの方も特に気にした様子もなくヴァイスへと抱き付いている。それに対しヴァイスも僅かな抵抗を見せるが、すぐに諦めてされるがままとなっている。


 一頻りヴァイスの事を愛でて満足したのか、最後にレギナはイツキの方へと顔を向ける。


「じゃぁ君がルクスちゃんかぁ。うーん、なんか思ってたイメージと違っててちょっと意外かも。でもとっても美人さんだね!」


「いやいや待て待て待て。俺はルクスじゃない、イツキだ」


 あらぬ誤解を受けて、イツキは慌ててそう否定する。


「ふぇ? でもイツキ君って確か男の子じゃなかったっけ?」


 イツキの指摘に対し、レギナが心底驚いた表情を浮かべる。


「はぁ……。なんで間違えられるのかな……。この服装でなぜ女に見えるのか……ズボン履いてるのに……」


 前回の反省を踏まえ、今回のイツキは男性用のスーツを着用していた。なので絶対に間違えられる事はないと彼は踏んでいたのだ。だが現実は彼に厳しかった。


「イツキ君。何やら勘違いしている様子だが、女性用のスーツにも普通にパンツ型のものは存在するぞ?」


「え、そうなのか?」


 ネージュの極当たり前の指摘に対し、イツキは非常に驚いた表情を浮かべている。

 どうやら彼は本当にそんな事すら知らなかったようだ。社会人経験があるとは思えない常識の無さだが、それだけ彼が仕事中は男女の別なく接していた証であるのかもしれない。あるいは単に周囲への興味が無さ過ぎたが故の事かもしれないが。


「嘘ぉ。ホントに男の子なんだ……? ちょっと信じられないな……」


 一方のレギナの方もイツキの全身を嘗め回すように眺めながら、その事実に対してショックを受けた様子を見せている。動揺のあまりかいつもの媚びたような口調は薄れており、どこか素に近い感じとなっている。


「はっはっは、まあイツキ君と顔を合わせた誰もが一度は通る道だ。最初は我々も見事に騙されてしまったからな」


「おい! 人聞きの悪い事を言うんじゃない、ネージュ! 俺は騙した覚えなんか一度だってないからな!」


「ボクも騙された……」


「ううっ、ヴァイスまでそんな事言うし……」


 ネージュとヴァイスにより更なる追撃を受けたイツキは、哀れ完全にノックアウト状態へと陥っている。


「てかネージュ。ルクスが欠席する事、レギナに伝えたんじゃなかったのかよ……」


 恨めしそうな目でイツキがネージュを睨むも、堪えた様子は微塵もない。


「ふむ。ちゃんとその旨、レギナ君に連絡したはずだが?」


「う、うん。メールでは聞いてたんだけど、いざこの店に来てみたら女の子しかいなかったからさ。来れなくなったのは実はイツキ君なのかなって勘違いしちゃった」


 てへっ。と動揺から立ち直ったレギナは、いつものように媚びた口調へと戻っていた。


「はぁ、ともかくもう分かっただろ? 俺はイツキだ。よろしくなレギナ」


「うん、よろしくねイツキ君」


 色々と誤解はあったものの、なんとか無事に初対面の挨拶を終えたイツキ達。


「さっ、そんなところで立っていないでレギナ君も席に着き給え。まずは腹ごしらえといこうじゃないか」


 時間はもうすぐ正午、そろそろ昼食の時間という訳だ。


「こんな風にゆっくりと食事を摂るのって久しぶりなんだよねぇ。すっごく楽しみ!」


「そうか。料理人達が存分に腕を振るってくれているはずだ。きっとレギナ君にも満足して貰えることだと思う」


 以前のオフ会もそうだったのだが、庶民のお財布ではそうそう手が出ない料理の数々が振る舞われるのだ。ネージュの自信も根拠の無いものでは決してない。


「そっかぁ、楽しみだなぁ」


「しかし、食事もゆっくり取れない程にレギナ君の仕事は忙しいのだろうか?」


「うーん……そだね。取れなくはないんだろうけど、その時間はほとんどREOに使っちゃってるから」


 少しでもラグナエンド・オンラインを長くプレイすべく、食事の時間さえ削っているというレギナ。そんな何気ない発言からも、レギナのラグナエンド・オンラインに対する想いの強さは読み取れる。


「そうか……。それでレギナ君はどのような仕事をしているのだ? 無論答え辛いのならば、言わなくとも構わないぞ」


「そっかぁ、やっぱり3人とも私の姿を見ても気付かないんだね。私もまだまだだなぁ……」


 それに対し何かを小声で呟いているレギナ。しかしその内容は聞き取れない。


「ん? 何か言ったかなレギナ君」


「ううん、なんでも無いの。いいよ、私のお仕事について教えて上げる。……ただし、他の誰にも内緒だよ?」


「うむ。決して他言はしない事を約束しよう。2人もそれでいいだろうか?」


 その言葉にイツキとヴァイスは頷く。それを確認してからレギナが意を決したような表情を浮かべ、口を開く。


「実はね――」


 そう言ってレギナが語り始めようとした矢先、懐の中で携帯端末が震え出したのにイツキは気付く。


「あ、悪い。電話みたいだ。……すまん、ちょっと席を外すな」

 

 イツキはそう言って、外へと出ていく。


「どうしたんだ、七海ちゃん?」


 その電話の主は、以前彼が勤めていた会社の社長の孫である漆原七海であった。


「お久しぶりです樹様。今お時間は大丈夫でしょうか?」


「うーん、まぁ少しだけなら……」


「あの、お忙しいようでしたら、またお掛け直しますが……」


「いや大丈夫だよ。それにわざわざ電話してきたって事は、何か急用だったんじゃないの?」


 遠慮気味にそう言う七海に対し、苦笑しながら続きを促すイツキ。


「……急用という程ではないのですが。あの今週の土曜日、お時間は空いておりませんか?」


 問われてイツキは、すぐさま頭の中でスケジュールを確認する。今週の土曜日とは、日付にして10月31日、ハロウィン当日だ。


「あー、ごめんね七海ちゃん。その日はちょっと用事があって……」


 正確にはその前後3日間、ラグナエンド・オンライン内で期間限定イベントが開催されるのだ。いまだイベント内容の詳細は発表されていないが、短い期間である以上、余程でない限りそれに集中したいとイツキは考えている。


「……そうですか」


 明らかに落ち込んだ声の七海に対し、イツキは少しの罪悪感を覚えるが、結局はイベントを優先する事を選択してしまう。そうして七海との通話を終えたイツキは、ネージュ達が待つ席へと戻っていく。


「何かあったのかイツキ君?」


「いや、知り合いからちょっと電話があっただけだよ」


「そうか。少し顔色が悪いようにも見えるが……」


「別になんでもないさ。……それよりレギナの仕事って結局なんだったんだ?」


 ネージュにそう言われたイツキは笑顔でそう返す。そして先程聞きそびれた話題についてレギナへと尋ねる。


「えー。もう一回説明するのはちょっと恥ずかしいかな……」


 しかし問われたレギナはというと、ただもじもじとするばかりで、イツキへの説明を拒む。


「ちょっ、俺にだけ内緒って事か? 隠されると余計に気になるじゃないか。なぁ、ネージュ教えてくれよ?」


 レギナが口を堅く閉ざした為、仕方なくネージュへと助けを求める。


「いや。流石にそれは本人の口から聞くべきだと思うぞ、イツキ君?」


 だがネージュはそう言ってイツキへと正論を説いてくる。しかしその表情はどうにも面白がっているようにしか見えない。


「何だよ……。俺だけ仲間はずれかよ……」


「安心したまえイツキ君。ルクス君も君の仲間だぞ」


 今日一番のいい笑顔でそう言われては、もはや何も言い返す気など起こらないイツキであった。


「あーもう、分かったよ。なぁレギナ、話す気になったらまた今度でいいから教えてくれ」


「はーい、イツキ君。またそのうちねー」


 そんなレギナの軽い応答に対し、イツキはまた微妙な表情を浮かべるが、結局それ以上の追及はしなかった。



 昼食を食べ終わりそこからは歓談の時間となった。とはいえその内容の大半は、やはりというべきかラグナエンド・オンラインに関する事ばかりであった。


「やっぱりあのユグドラシルって幻獣、かなり卑怯だと私は思うんだよね~」


 今話題に上っているのは、現状ではイツキ達4人しか所持していないSSR幻獣ユグドラシルについてだ。


「そうだな。使っている我々でさえそのように感じる時があるのだからな。だからこそ運営側もユグドラビリンスの復刻を宣言したのだろう」


 幻獣ユグドラシルの脅威の性能が知れ渡るにつれ、それを入手出来ない事に対する不満の声がプレイヤー達の間で高まっていく。そんな状況に対し、運営はユグドラビリンスの攻略難易度を調整した上で再度実装する旨を発表したのだ。


「でもさぁ。あれからもう1月以上経ってるけど、全く音沙汰が無いじゃない。運営はホントにやる気あるのかなぁ?」


 レギナの言う通り、ダンジョン復刻の発表自体は行ったがその時期に関しては一切触れられていない。時折発表される今後のアップデート情報の中にもそれらしき内容は影も形も無いのだ。

 

 もしかするとREO運営的には「虚偽は一切言わぬ。実装する……! 実装するが……今回、まだその時期の指定まではしていない。その事をどうか諸君らも思い出して頂きたい。つまり……我々がその気になれば、その実装は10年20年後ということも可能だろう……ということ……!」なんてつもりなのかもしれない。

 

 そんな疑いを持ってしまう程にREO運営とは多くのREOプレイヤー達にとって、もはや信用ならない存在なのである。


「ホントREOって、運営さえもうちょっとまともなら最高のゲームなんだけどなぁ」


 レギナのその言葉はきっと大半のプレイヤーが思っている事だ。だがそんな意思は生憎と運営にはまったく届いていない様子だ。


 そんな感じで愚痴の言い合いもたまに混じりつつも、それなりに会話は盛り上がっていた。

 しかし――


「あれ、ごめん電話みたい。ちょっと席を外すね」


 午前とは違い、今度はレギナがそう言って外へと出ていく。


「今日の主賓がいなくなっちゃったな」


「そうだな。まあレギナ君も色々忙しいようだから、仕方ないのではないか?」


 レギナの仕事内容を知っているネージュは、さも訳知り顔でそんな事を宣う。


「そりゃ、お前らは事情を知ってるみたいだから、いいんだろうけどさ。こっちは生殺しだぞ?」


 これがラグナエンド・オンラインに関する内容だったならば、意地でも聞き出そうとしたのだろうが、リアルの仕事というデリケートな話題である以上、イツキとしてもそう無理強いは出来ないのだ。


「なぁに、それほど隠すような内容では無いし、秘密にしたのは恐らくレギナ君の気紛れだろう。大方、帰り際にでも教えるつもりなのではないかな?」


 ネージュからすれば、レギナはちょっと意地悪をしているだけで、悪気などは全く無いそうだ。

 言われて確かにと、イツキも納得する様子を見せる。


「だといいけどな。これで最後まで秘密とかだったら泣くぞ、俺」


「はっはっは。そうやって素直な反応を返すからレギナ君が喜んでしまうのだよ、イツキ君」


 そう言われてしまっては、ぐうの音も出ないイツキ。ここでも彼は、建前を排した場における対人能力の低さを露呈してしまう。


 そうやって談笑しながら待つ事しばし、レギナが慌てた様子で戻って来る。


「ごめんね、ちょっと急用が出来ちゃって……。悪いんだけどこれで失礼させてもらうね」

 

 かなり動揺しつつ、またこちらに申し訳ない表情を浮かべてそう謝って来るレギナ。


「そうか。なに、気にせずとも良いさ。次の機会などいくらでも作れるのだ。今度はルクス君も含めた5人でまたゆっくりと語り合うとしよう」


「ありがとねネージュちゃん! ヴァイスちゃんもイツキ君も会えて楽しかったよ。じゃあまたねー!」


「ああ、またな」


「ボクも楽しかった。次はゲームの中で」


 互いに別れの挨拶を交わしてから、レギナが足早に店を去っていく。


「さてと、ではオフ会もこれでお開きかな?」


 予定より若干早いものの、今回のメインであるレギナが居なくなった以上、続行する意味もないだろう。そもそもイツキ達3人は普段から屋敷で顔を合わせているのだし。

 そんな訳でオフ会は終了となり、イツキ達は屋敷へと帰る事になった。


「あっ、結局レギナの仕事の内容について聞けなかった……」


 帰りのリムジンの中、一人そう嘆くイツキの姿があった。

 


「あっ、3人ともお帰りなさい。今日は本当にごめんね」


 どうやら先に帰宅していたらしいルクスが、イツキ達を出迎えてくれた。


「ルクス君が気にする必要など無いさ。それよりも恩人の呼び出しとは何だったのだ?」


「えっと、まあ昔の仕事に関する後始末がちょっとね。あとはそうね……まあ、旧交を深めてた感じかしら?」


 どうやら用事自体はさほど時間は掛からなかったらしく、残りの時間は恩人と会食をして過ごしたらしい。


「ただね、。一つ困った事があってね。なんか私に会いたがっている後輩がいるとか急に言い出してさ。でも私もう仕事を辞めちゃってる訳だし、その後輩の事も良く知らないじゃない? だから電話してる隙に逃げて来ちゃった」


 てへっ、と笑いながらルクスがそう言う。


「おいおい、その後輩の子が可哀想じゃね? お前に会えると思って出向いたら、当の本人が居なくなってたって事なんだろ?」


「うーん。まあそう言う事になるのかしらね? でも本当に私、その子の事なんて良く知らないし……」


 見た目がいくらリア充っぽくても、やはりルクスは彼女らの仲間なのだ。見知らぬ他人との接触を極力避けたがるのは、やむを得ない事なのだろう。


「はぁ、電話でもいいから逃げた事ちゃんと謝っとけよ」


 結局、イツキが同じ立場でも恐らく同じ事をしたと思える以上はそう強く言えるでもなく、結局それだけ念を押すのだった。


「ねぇ、それよりもレギナはどうだったの? 可愛かった?」


「うむ。中々の美人であると言えよう。それにルクス君とどうも服装の趣味などが似通っているように見えたし、恐らく気が合うのではないか?」


「へぇ、ああそうなんだ。あー、ホント私も行きたかったなぁ」


 そう言ってルクスが残念そうな顔を見せる。


「それにレギナ君は恐らく君と……」


「ん? レギナが私とどうしたの?」


 何やら言いかけたネージュに対し、ルクスが不思議そうに問い掛ける。


「いや、これは本人の口から聞いた方が良いだろうな。すまない、今のはどうか忘れて欲しい」


「ふーん。まあ、別にいいけど。それよりももっとレギナの事について教えてよ」


「うむ、勿論構わぬぞ。彼女は――」


 そうして、イツキ達4人はレギナに関するの話題で多いに盛り上がるのだった。


これにて閑話2は終了です。

今回で折角掘り下げたレギナなのですが、残念な事に3章では出番がありません。彼女の活躍は4章以降となります。


続く3章の開始時期ですが、3/6(月)を予定しております。

作中の時期としては、丁度クリスマスの頃となります。モンスターとばかり戦っていた前2章とは違い、3章では対人戦をメインに描く予定です。

ちなみに既に5万字以上書いているのですが、まだ予定の半分しか消化出来ておらず、他の章よりももしかしたら少し長くなるかもしれません。


投稿まで少し時間は空いてしまいますが、それまでどうかお待ち頂けましたら幸いです。

何か変更などありましたら活動報告に記載しますので、良ければそちらもご確認ください。

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