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9 不透明な結末

 俺達一行は現在古都ブルンネンシュティグにある宿屋の一室にいた。

 アリスリーゼに対する怒りで我を失っていた俺を宥めながら、3人がここまで引っ張って来てくれたのだ。


「どうやら落ち着きを取り戻したようだな、イツキ君」


 アリスリーゼが視界から完全に消えた事で、燃え滾っていた怒りがようやく沈静化し、俺も冷静さを取り戻す事が出来た。


「……悪かったな。その、お前らには大分迷惑をかけた……」


 冷えた頭で思い返せば、自分がとった行動のまずさがよく理解出来る。

 あの女を排除するにしても、やりようはいくらでもあったはずだ。


「ホントよ……。あんな公衆の面前で喧嘩を売るなんて、いくら何でも考え無さ過ぎよ」


 ルクスが少し疲れた顔で、俺へとそう釘を刺す。


 実際、俺のとった行動はまさしく酷いの一言であった。

 一歩間違えればパーティ全員が周囲からタコ殴りに遭って殺されていてもおかしくはなかっただろう。

 まあこのゲームにはシステム的な意味でのデスペナルティはほとんど無いに等しく、死んでもただ拠点の街に戻されるだけではあるのだが、だからといってわざわざ無駄死にするような真似は慎むべきだろう。


 ……死ぬのって実は案外、精神的な負担が大きいみたいだしな。


 それに多くの衆人環視の中でPKを仕掛けるなんて行為は、どう考えても体面は宜しくない。下手をすれば俺達の悪名が知れ渡ってしまう危険もあるのだ。そんな意味でも、俺がとった行動はリスクばかりが大きくリターンの少ないものであったと言わざるを得ない。


「しかし、イツキ君があそこまで感情を露わにするとはな……。リーゼの何がそこまで君を怒らせたのだろうか?」


「そんなの決まってるだろう? あの女は俺の女神を穢したんだ。許せる訳がない!」


 ソルという俺が愛してやまないアバターを纏っておきながら、アリスリーゼが繰り返した愚行の数々。

 その報いはいずれ絶対に受けさせるし、これ以上奴にソルのアバターを使わせるのも阻止する。


「あんたねぇ、いくらなんでもソルの事ちょっと好きすぎじゃない……? たかがアバターなのよ?」


「はぁ!? たかがアバターだと!? 俺の女神に対してなんてことを言うんだ、ルクス!」


 例え親友であるルクスといえども、その発言は流石に見逃せない。 


「はぁ……。これは大分重症みたいね……」


 だが憤る俺を無視して、ルクスは肩を竦めるばかりだ。


「しかし、まさかリーゼの奴が水着ソルのアバターを入手していたとはな。イツキ君以外で見たのは初めてだよ」


「そうね……。ホント、ソルって普通のも水着のも出にくいみたいだもんね。あれ絶対、設定おかしいわよ」


「アバター個別の排出率が運営側から公表されてない以上、十分あり得る話」


 アバターの排出率に明らかな偏りが存在するのは、俺も実感している。

 ただ俺の場合は皆とは逆で、なぜかソル以外のアバターが一向に入手出来ないという違いはあったが。


「ところでネージュ。あの水着ソルの人――アリスリーゼとかいう? あれ、あんたの知り合いなの?」


 我を失っていたせいですっかり忘却していたが、そう言えば確かにそんな感じの雰囲気だった気がする。


「うむ……。リーゼとは幼い頃からの知り合いであるのは確かだ。あれは立花家の娘だ、と言えば少しは事情も理解して貰えるだろうか?」


 立花家――たしかネージュの実家である白木院家と並ぶ四大名家の一つだった筈だ。

 といっても、庶民である俺にとっては雲の上のような存在である為、あまり詳しい訳ではない。

 多分世間一般の認識としては、すっごい金持ちの家だという事くらいしか知られてない気がする。


「同じ名家のお嬢様だから、小さい頃から親交があったって事なの?」


「まあ有体に言ってしまえば、そう言う事になるのだろうな。ただより実情を正確に述べれば、親交があったというよりも、私が一方的にアレに付き纏われていただけの関係だがね」


 そう語るネージュの眼には疲労の色が濃い。

 暴走した俺の対処に疲れたのだろうか、にしてもちょっと疲れすぎなように見える。


「あれはな。何故か私をずっと目の仇にしているのだ……」


 そう前置きしてからネージュの口から語られたのは、これまでの彼女の人生で、アリスリーゼによって受けた被害の数々であった。


「幼少の頃からなぜかアレとはずっと同じクラスでな。おかげで学校にいる間は、休まる時間もほとんど無かった……」


 幼稚園からずっと同じ学校に2人は在籍しており、クラスも一緒で座る席なんかもいつもすぐ隣。グループ分けなどでも同じ班に入れられ、休み時間などもずっと傍に纏わりつき、誰かがネージュへと話しかけようとすれば、即座に威嚇して追い払っていたそうだ。

 当然、ネージュもその事を何度となく抗議はしたのだが、いくら迷惑だと伝えてもアリスリーゼには一切聞き入れて貰えなかったようだ。


「当時の私は少し青臭い思考をしていてな……。親の持つ権力に頼る事をを、どうにも恥ずかしい事だと感じていたのだ」


 ネージュの実家である白木院家が持つ権力は絶大だ。

 だからこそ、名家の令嬢としてシッカリとした教育を受けていたネージュは、悪戯に権力を振りかざす事を忌避していた。


「だがリーゼは違った。あれは権力をオモチャのように好き勝手に振るう。気が付けば私の周囲は皆、リーゼの操り人形ばかりになっていた」


 ネージュはクラスメイト達から避けられ、リーゼ以外とはロクに会話すら出来ない状況へと追い込まれる。

 あろうことか、その圧力は学校の教師達やネージュのお目付け役の大人達にまで及んでおり、ネージュの両親には歪められた報告しか届いていなかったそうだ。加えてネージュがなまじ我慢強かった事も災いし、彼女は両親へと助けを求める事もなくまた両親もその事実に気付く事は無かった。その結果、ネージュの孤立した状況は大学卒業間際まで続いたそうだ。


「大学3年生の時だったか……。そんな状況に耐えかねた私は、ついに両親へと助けを求めた」


 ネージュの両親はその事実を知って多いに憤慨したが、しかし直接彼女を助ける事はしなかった。

 

「白木院の持つ権力全てを自由に使って構わないから、自力で問題に対処せよ。そう命じられた私は、次期当主として育てられた兄上に教えを乞い、権力の扱い方を習った。そしてその教えに習い、教師から何からリーゼの息が掛かった連中を完全に排除する事に成功したのだ。もっとも、そうなるまでに1年以上かかったがな」


 最終的には、リーゼ本人すらも自主退学へと追い込み、晴れてネージュは自由を勝ち取ったそうだ。


「そういった経験のお蔭で私は力の振るい方を学べたというのだから、皮肉なものだ」


 抑圧された環境で育ったが故に、得られたモノも勿論あるのだろう。

 だが悲しげなネージュの表情を見ても尚、それを無条件に肯定する事は俺には出来ない。


「リーゼが居ない大学生活を謳歌していた私だったが、それもあまり長くは続かなかった」


 大学を追い出されたリーゼだったが、しばらくすると再びネージュへと付き纏うようになったそうだ。

 以前ほどでは露骨ではなくなったらしいが、それでも行く先々で待ち伏せをされては、あまり気が休まらないのは仕方がない。


「だから私があまり外出しないのも、それが原因なのだ……」


 ネージュは普段は屋敷に引き篭もっている。たまに外出する時も、思えば白木院家と縁の深い施設にしか立ち寄っていなかった。

 そうするのは、てっきり名家のお嬢様であるが故の防犯意識の高さからだと思っていたのだが、どうやら実態は少し違ったらしい。

 勿論そう言った意味合いもあるのだろうが、一番の目的はアリスリーゼとの接触を避ける事にあるのそうだ。


「結構アクティブな性格をしてる癖に、妙に外に出たがらないのは、そういう事だったのね……」


 ルクスが納得のいった表情で頷いている。


「うむ。リーゼと関わり合いになるのはもうコリゴリだからな。幸い私は外に出なくとも、そう困る事の無い恵まれた環境にあるのだ。ならば思う存分引き篭もり生活を満喫しようと思うのだよ」


 果たしてそれが前向きなのか後ろ向きなのかは良く分からないが、それでも今のネージュは楽しそうにしているので、別に良いのではないかと俺は思う。

 

「私にはリーゼが何を考えているのか全く理解できない。会えば友達のように気安く接してくる癖に、口を開けば出て来るのは私への文句や嫌味ばかり。一体あれは何がしたいのだろうか?」


 これまでは屋敷に引き篭もる事で、リーゼとの接触を断っていた。

 だがここで問題となるのは、リーゼがラグナエンド・オンラインのプレイヤーであるという事実だ。

 ゲーム内とはいえ、リーゼと接触する機会が増えれば、またネージュは穏やかな日々を過ごせなくなるかもしれない。


「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。君たちのような素晴らしい親友を得た今の私には、リーゼの存在などもはや虫けらも同然なのだ。……もっともあれは虫は虫でも触りたくない害虫の類だがな」


 そんな俺の視線を察したのか、ネージュは余裕の表情を浮かべてみせる。

 その瞳に宿る光は力強く、少なくとも俺には虚勢を張っている感じには見えない。その事に少し安心する。


「それよりも問題はリーゼ達がイフリートを討伐したという事だ。実際に幻獣を召喚してみせた以上それは事実なのだろうが、やはりどうにも引っ掛かる」


「ふぅん、それでどの辺が引っ掛かかってるのよ? 先を越されたのは悔しいけど、全員がSSRアバターを持ってた訳だし、人数も私達より1人多いのよ? 別に有り得ない話じゃないと思うけど?」


「うむ。確かにルクス君の言う通りである。だがリーゼはイフリートの事を大したことない相手だと言っていた。その事がどうにも私には気にになるのだ」


 なんかそんな事を言っていたような気もする。ただ当時は別の事に完全に意識を取られおり、全く気にも止めていなかった。

 多分ネージュに言われなければ、思い出す事も無かっただろう。


「うーん。あの発言って、単にあんたを挑発する為に言っただけなんじゃないの?」


 ネージュの語ったアリスリーゼ像から判断すれば、それが妥当のように思える。


「……だといいのだが。ただ私にはどうも少し感触が違うように感じられたのだ」


「ふぅん……?」


 どうもネージュの主張がイマイチピンと来ないらしく、微妙な表情を浮かべるルクス。


「我々が戦ったイフリートの強さは尋常では無かった。それは皆も良く理解している事だと思う。それを1人分の数の優位だけで、果たしてそう楽に倒せるものなのだろうか? いくらリーゼが愚か者でも、苦労の末にやっとで倒した相手を無駄に貶めるような発言はしないのでは? そう感じたのだよ」


 その辺の感覚については結局のところ人によるとしか言えない為、アリスリーゼの人となりを大して知らない俺達からはなんとも言えない。

 ただ彼女の事を良く知っているはずのネージュがそう主張する以上、有り得ないと切って捨てる事は出来ないだろう。


「でもだとしたら、一体どういう事なのかしら? 私達が戦ったイフリートとは別物って事なの? でも召喚した幻獣の姿はそっくりだったわよ?」


「……その辺は私にも分からない。だが何かしら思いもよらぬ真実が隠されているのではと、そう思えてならないのだ」


 具体的な事は何も言えないが、確かに少し妙な感じはするな。


「……そういえば、あの連中がイフリートと戦ってる時、ベルフェゴールとかいう奴の邪魔は入らなかったのかね?」


「そうね……。あの邪魔が無ければ、私達も倒せてたかもしれないのよね」


 実際のところ冷静な頭で改めて状況分析をすれば、9割方俺達の負けだったと思う。

 まあ今そんな事を口にしても場の空気を悪くするだけなので、それを言葉にはしないが。


「イフリートだけでもかなりの難敵だ。その上得体の知れぬ相手を同時に相手どって、初見で勝利を得られるとはやはり思えぬな……」


 俺もそう思いたいが絶対とは言えない。

 というのもイフリートとベルフェゴールは、互いに協力する気配が全くなかったからだ。

 ならばベルフェゴールの奇襲さえ凌ぎ切れれば、その後の立ち回り次第では両方まとめて討伐する事も、あるいは不可能では無いのかもしれない。

 いややはりネージュの言う通り、それを初見で成し遂げるのは流石にハードルが高すぎるか?

 情報が少なすぎてイマイチ考えが纏まらない。


「リーゼ達の戦闘にはベルフェゴールの介入は無かったと判断するべきだろうな。そもそもあのベルフェゴールというのは、一体何者なのだろうか?」


 プレイヤー達が扱うアバターに近い容姿を持つが、ヴァイスが語った容姿に合致するアバターの存在は確認されていない。

 だがAIには思えない知性的な行動を見た後では、プレイヤーが操作していたと言われた方がしっくりくるのも確かなのだ。


「ねぇ、実は超激レアアバターとかなんじゃない?」


 ルクスがふと思いついたように、そんな事を言いだす。

 

 ……なんだよ、超激レアアバターって。


「しかし運営からの発表には、そのようなアバターは存在していないが……」


「それはあの問題ばっか起こす運営の言う事でしょ? 実はこっそり実装してましたー、なんて後から言い出しても私は全然驚かないわよ?」


「むぅぅ、それは確かに……」


 ルクスも明け透けな物言いを前に、ネージュも反論の言葉が無いようだ。


 俺の印象として、名目上の責任者であるらしい久世創本人は、割と話が分かる男だった。だが彼自身はあくまで一介の技術者に過ぎないのだ。そうである以上、運営方針の決定には彼以外の他者の意思が大きく影響を及ぼしているのだろう。恐らくその結果の一つが、拝金主義の極みともいえる極悪ガチャなのだと思われる。

 改めて思い返してみても、やはりあの運営がやらかした所業の数々は、とても信頼が置けたものでは無かった。


「叔父上も一体何を考えているのだろうな……」


 一応、ネージュはミュトス社の社長の姪に当たるのだ。

 そのせいか、ミュトス社の悪辣なやり口に対し、どうも責任を感じている節がある。


 ……別にネージュ自身は運営に全く関与してないんだし、そんなの気にする必要は無いと思うんだけどな。


「俺もルクスの意見には一理あると思う。だがその線で考えたとして、俺達が知らないアバターが存在するなんて事、本当に有り得るのか?」


 取り分けネージュの課金額は桁違いであり、彼女以上の重課金者の存在を俺は知らない。これまでプレイした他のゲームを含めてもだ。


 ……ぶっちゃけその点では彼女の頭はかなり逝っちゃってると俺は思っている。普段は凄くいい奴なんだけどな。


「……そうね。うちのパーティが回した課金ガチャの数を考えると、ちょっと考えにくいというか、考えたくないわね」


 ネット上でも情報を集めてみたのだが、ベルフェゴールらしき目撃証言はついぞ見つからなかった。

 ただその過程で、戦闘中に正体不明のアバターらしき存在に奇襲を受けて全滅した、なんて話をいくつか見つけた。

 もっとも、それらが本当だと示す画像や動画は一切提示されておらず、加えてベルフェゴールとは容姿や攻撃方法などが明らかに異なっており、その関連は不明であった。

 

 それにもしそんな未発表のレアアバターが本当に存在したのなら、一般的なゲーマーの思考であれば、手に入れれば嬉々として自慢すると思うのだ。だがそういった事が一切無い以上、襲撃者はプレイヤーで無い可能性が高いと判断すべきなのだろうか?


「いや、それはどうであろうな? 私がいくら課金していようとも、いまだソルのアバターの入手は叶っていない。もしその謎のアバターの排出率がソル以下であったと仮定すれば、入手したプレイヤーが現状では1名しか存在しない、なんて事態も十分あり得るのだ」


 それならばその一人が存在を秘匿すれば、確かに世間に情報が流れる事は無い。理屈の上では確かに否定出来ない可能性ではあったが、同時にそんな偶然に次ぐ偶然、本当に有り得るのだろうかと疑問にも思う。

 仮にそれが真実であった場合、サービス開始直後ならいざ知らず、これだけプレイヤーの数が増えた現在において、1人しか入手出来ていない排出率ってどんだけ低いんだよ、などとも思ってしまう。


「ふむ。何か判断を下すには情報がまだ全く足りていないようだ。この件については、結論を焦らず調査を続行するとしよう」


 その後も色々と意見は出たものの、やはり答えには辿り着けなかった。


「では当面の行動方針についての話に移ろうか。もはや初討伐の栄誉は得られないが、それでもイフリートへと挑戦するのか、についてだ」


「勿論、今度こそ勝って見せるわよ!」


 これについては議論の余地なく満場一致で決した。

 という訳で、俺達はイフリートへと再挑戦をする事となったのだ。



 イフリートとの再戦は、当初の予想とは裏腹に非常にあっけなく終わった。


「えぇー。何か色々納得いかないわね……」


 いつもの宿屋に集まった俺達だったが、その心境はなんとも複雑だ。


「そうだなぁ。前回の戦いでの俺達の苦労は、一体なんだったんだろうな……」


「うむ……。確かに驚く程に手応えが無かったな。行動も単調そのものであったし、一撃も軽い」


「タゲ取りも簡単だった」


 ヴァイスなど、途中で何度もあくびをする程に余裕があったくらいだ。

 

「あれが相手ならば、リーゼが大した事は無かったと言い切るのも、無理はないのかもしれないな……」


 それ程に、俺達が今回戦ったイフリートは弱かったのだ。

 念を入れて、ユグドラシル召喚のクールタイムが回復するのを待ってから万全の状態で挑戦したのだが、そんな必要が全く無かった程だ。

 そのせいで多くのパーティに先を越されてしまったのだから、結果論になってしまうが完全に判断ミスであった。


「手に入ったSSR幻獣イフリートも、なんかイマイチな性能だし……」


 ユグドラシルとは比べるべくもなく、明らかにショボい性能であった。

 それどころか、ガチャで入手可能なSSR幻獣にすら大きく劣り、SR幻獣よりも若干強い程度でしかなかった。


「これは我々にとっては、コレクション的な意味以上の価値は無いようだな」


「……いやいや、流石にそれはお前だけだと思うぞ?」


 一応SR幻獣よりは強いので、メイン幻獣としては使えなくとも、5つ装備可能なサブ幻獣としてはそれなりに優秀だ。

 ネージュのように、サブ枠全てをレベルカンストSSR幻獣で埋めているような、廃課金でもなければな。


「しかしこうなると、前回我々が戦ったイフリート、あれは一体何であったのだろうな」


 その疑問は多分、俺達全員に共通したものだ。

 今回戦ったイフリートは、会話なんかは勿論の事、スキル使用時以外でちゃんとした言葉を発する事すら一度無かった。

 また行動パターンも分かりやすく、しばらく観察に徹すれば対処は楽であった。

 そして誰かを犠牲に捧げないと全滅してしまうような高威力超範囲スキルなど、放つ気配は一切なかった。


「あのベルフェゴールとかいう奴も、結局現れなかったわね」


 前回の戦いで俺達を殺した張本人も今回は姿を見せず、結局苦戦らしい苦戦もないまま、あっさりと勝利してしまったのだ。


「うむ。勝ったには勝ったが、色々と謎が残ってしまったようだ。……なんともスッキリしない結末であるな」


「まあ、最低でも後4回は挑まなきゃいけないんだし、その間になんか分かるんじゃないか?」


 幻獣イフリートの性能を最大限に引き出す為には、合計4回の限界突破が必要となる。しかし、限界突破のためには同じ幻獣イフリートを合成してやる必要があるのだ。そのため後4回程討伐を繰り返して、追加で4体のイフリートを入手する必要がある。


「そうね。今更焦っても仕方ないし、のんびりとやりましょ」


 その後、4回に渡るイフリート討伐を成し遂げた俺達だったが、その間、お喋りで強いイフリートと出会う事も、ベルフェゴールという名の襲撃者の姿を見る事も無かった。



 イフリート討伐戦の熱もようやく冷め、プレイヤー達が少し落ち着き始めた頃。

 俺は、自身が感じた疑問の答えを求めて、一つの動画を投稿した。


「ふむ。これは初めて我々がイフリートと対峙した時の動画か」


 初対戦とそれ以降では、イフリートの強さが明らかに異なっていた。その事に対し運営に事情の説明を求めたのだが、返答はそんな事は有り得ないの一点張りであった。そして今回はネージュがコネを駆使しても尚、俺達の苦情は退けられてしまう。

 業を煮やした俺は動画を世間へと公開し、その是非を広く問う事にしたのだ。


「でもあの戦闘の動画って、何故かイフリートの声だけ録音されて無かったのよね?」


 ルクスの言った通り、俺達と確かに会話を交わしたはずのイフリートの声は、一切録音されていなかった。しかも言葉を発していた際に動いていたはずの口の動きすら、完全に無かった事にされている。

 俺達全員が集団催眠の被害にでも遭っていない限り、明らかに動画に対し何らかの改竄が為されているのは、まず間違いないだろう。

 

 俺達4人が使用するSDIは、ミュトス社から支給されたモノだ。

 ならば機械そのものに何か仕組んであっても全然不思議ではないし、ミュトス社から定期的に派遣されるメンテナンス担当社員が何かやったという事も十分有り得る。仮にSDIや社員がシロだったとしても、そもそもがミュトス社のサーバーでゲームが行われている以上、動画データの改竄などいくらでもやりようはあるだろう。

 

「あのイフリートは会話だけじゃなく、その行動だって明らかに特殊だった。その事を指摘して問題が大事になってくれれば、ミュトス社を動かす事が出来るかもしれない」


「ふむ……。理屈は分かるのだがやはり難しいと思う。それよりも私としてはイツキ君が傷つく結果にならないか、それが心配なのだ」


 そんな俺の行動に対してネージュは難色を示す。

 

「俺だって上手くいかない可能性が高い事は理解してるさ……。だが、このまま黙って奴らに従うのも性に合わないだけだ」


「そうか。ならば私からはもう何も言うまい。……上手く行くことを祈っているよ」


 そうして全世界へと公開された動画だったが、やはりネージュの懸念は的中し、動画のコメント欄は大荒れとなった。


『別に何も変わらなくねぇ? どこがおかしいの?』


『おまえ、もしかして自分が特別とか思ってるの? ちょっと運が良いだけの癖にあんま調子のんな』


『単にお前が下手くそなだけだろ。何でも運営のせいにすんなよ、このゴミ』


 などなど以前の動画とは打って変わり、叩きコメントが非常に多く寄せられたのだ。


「はぁ、やっぱりこうなるか」


 動画を編集しつつも、薄々はこうなる予感が俺にはあったのだ。

 というのも俺達が所持している動画の改竄度合いは、単にイフリートの声の消去だけに留まっていなかったのだ。。

 俺達自身の行動に明確な改竄は無いと思われるが、イフリートが放つ攻撃のエフェクトなんかが、明らかに弱いものへと差し替えられていた。そのせいで攻撃をギリギリに回避しているはずが、無駄な動きをしているように映っていたりするのだ。

 一応、動画が改竄されている可能性についても説明文の中で触れたのだが、多くのプレイヤー達には単に下手である事の言い訳にしか思えなかったらしい。

 そもそも動画が改竄されている事自体、正解が俺達4人の記憶の中にしか存在しない為、答え合わせなど不可能である。そういう意味でも、他人を納得させるのは、やはり無謀だったという事なのだろう。

 

 悲しかったのは、俺達が幻獣ユグドラシルを入手した事や、全員がSSRアバターを持っている事などに対する嫉妬からだと思われる、謂れのない批判の声が沢山寄せられたことだ。


 逆に有り難かったのは、そんな数多くの批判が吹き荒れる中にあって、決して少なくない人数が俺の主張に賛同を示してくれた事だ。そうしてくれたのは多分俺への信頼というよりは、運営に対する積み重なった不信感故なのだろうが、だとしても俺には嬉しかった。


 これは余談だが、かなり炎上した事によって結果的に、動画再生数は前回に近い数字を叩き出し、俺はそれなりの利益を手に入れる事が出来たのだった。


「うむ。この件の解決にはまだまだ時間が掛かりそうだな。しかし、めげずに地道に頑張ろうじゃないか」


「そうよ。あんたは間違った事は何も言ってないわ。それはこの私が保証してあげる。だから、もっと胸を張りなさいよ!」


「ボクも協力する。頑張ろ?」


 俺がコメントで理不尽に叩かれまくった事で、結果的に彼女達のやる気に火がついてくれたようだ。

 頼りになる仲間達の援護があれば、そのうち運営から真実を暴き出せる日もきっとやって来るのではないだろうか?


 そうして多くの謎を残したまま、季節は移り変わっていく。


この章の本筋はこれで終わりです。

明日投稿予定の最終話は、陽子視点から見た物語の裏側を描く予定です。

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