2 パーティ加入
俺がゲーム開始直後に転送されたのは、ミッドガルドの中心都市である"古都ブルンネンシュティグ"であった。
ここを拠点として、俺はひたすらレベル上げに邁進していた。
『ソルのレベルが25に上がりました。アシストスキル〈妖精の栄光〉を習得しました』
「お、新スキルか。どれどれ……」
◆◆◆
アバター名:〈ソル〉 Lv:25/40
クラス:クレリック
属性:光
レアリティ:SSR
解放装備名:〈スヴェル〉
アクションスキル
〈アールヴァク〉
パーティ全員の攻撃力UP(大) CT300秒、持続30秒
〈アルスヴィズ〉
パーティ全員の速度UP(中) CT60秒、持続60秒
〈ソーラーファーネス〉
参戦者全員のHP回復(大)状態異常全解除、CT60秒
アシストスキル
〈天の花嫁〉
自身のダメージカット10%
〈妖精の栄光〉
パーティ全員のダメージカット5% (NEW!)
ラグナブレイク
〈アールヴレズル〉
上空からの太陽の落下による範囲攻撃 範囲(大)、倍率25000%
◆◆◆
当初はアクションスキルを一つしか覚えておらず少々不安だったのだが、どうやらレベルを上げる事で逐次習得していく仕組みだったらしい。
Lv5になった時点で〈アルスヴィズ〉を、Lv15で〈ソーラーファーネス〉を習得し、Lv25になった今〈妖精の栄光〉を覚えた事で戦力は順調に強化されている。
「つっても、攻撃スキルは相変わらず0だけどな」
そんな訳で俺はここまでずっと通常攻撃と、クレリックの攻撃スキルである〈スマッシュ〉と〈ホーリーライト〉だけで戦ってきたのだ。
もっとも、SSRアバターの基礎性能の高さのせいか、あるいは単に古都ブルンネンシュティグ周辺の敵が弱いのかは知らないが、別段苦戦する事もなく順調にレベル上げをこなしていた。
「やっぱ〈ソーラーファーネス〉の存在がデカいよなぁ」
回復スキルとしては、元々クレリックのスキルに〈ヒール〉が存在するのだが、これがまたがっかりな性能なのであった。
再使用に60秒とそれなりに長い時間を要求するにも関わらず、総HPを僅か5%ほどしか回復してくれず、頼りない事この上無い。
現時点におけるゲーム内でのHP回復手段は、スキルによる回復と、時間経過による自然回復の2つしか存在しない。
本来はこれに加えてアイテムを用いた回復手段も存在するそうなのだが、現時点ではどうやら未実装らしい。
そして時間経過による自然回復は、非戦闘時かつその場から動かないという厳しい条件がある上、その回復量自体も微々たるものである為、正直余り宛てに出来るモノでは無かった。よって実質、スキルによる回復だけが頼りなのが現状であった。
にも拘わらず、〈ヒール〉の性能がしょぼいせいで、当初は被弾を避けて慎重に戦闘する必要があった為、狩り効率は決して良いとは言えなかった。
だがそれも〈ソーラーファーネス〉を覚えた事で、状況は一気に改善される。
このスキルは体感で大体3割程のHPを瞬時に回復してくれる為、多少の被弾は無視して戦う事を可能にしてくれた。
これにより、俺の狩り効率は大幅に向上する事となった訳だ。
「それになんだかんだいっても、やっぱSSRだけあって他のスキルも何気にかなり良い性能してるんだよなぁ」
攻撃力を一時的に大幅に引き上げてくれる〈アールヴァク〉に、常時、行動速度を上昇させる〈アルスヴィズ〉と、他のスキルも地味ながら有用であり、狩り効率の上昇に対し大きく寄与してくれていた。
「いやー、やっぱソルちゃん最高だわ!」
独り俺はそう叫びながらも、インベントリから鏡を取り出し、そこに映しだされた姿をウットリと眺める。
そこには、純白のウエディングドレスを纏った美しい少女の姿があった。
◆
時は、ゲーム開始直後まで遡る。
古都ブルンネンシュティグに降り立った俺は、あちこちよそ見をしながら、宛ても無く街中を探索していた。
「はー、これは凄いな……」
思わず感嘆の吐息が漏れる。
自身の理想とする中世ヨーロッパ像を再現したような、美しく幻想的な街並みを前にして、俺は完全に心を奪われていた。
「ファンタジーといったらやはり中世ヨーロッパ。とりあえず、そう言っとけば間違いないのさ」
それは一体誰に向けての言葉なのか、俺はそんな事を呟きながら、一人街を彷徨い歩いていく。
本来の目的は情報収集の筈だったのだが、気が付けばもはやただの観光客と化していた。
そんな時、一人の女性から声を掛けられる。
「あの。もしかしてそのアバター、ソルですか?」
「ん? ああそうだけど」
「わぁ、凄い! 初めて見ましたよっ! 感動です!」
「は、はぁ……」
女性の勢いを前に、思わずたじろいでしまう。
だが、そんな俺の態度に気づいた様子もなく、尚も言葉を続ける。
「顔の造りもすっごく可愛いし、衣装もとっても素敵ですねっ! 流石SSRですね……」
「あの、えっと……」
俺の戸惑いの視線など気にも留める気配もなく、女性は俺の周囲をグルグルと回りながら観察を続けている。
いや、まじなんなんすかねぇ、この状況!?
「はぁ……。いいなぁ、私も欲しいなぁ……」
一頻り観察を続け、やがてウットリした表情でそう呟いた女性は、やっとで満足したらしく、どこかへと去って行ったのだった。
「ったく、一体なんだったんだ今の。しかし、可愛いってなぁ……」
仮にも男性に対し、その言葉は流石に失礼じゃなかろうかと思いつつも、彼女の態度にどこか引っかかりを覚えた俺は、インベントリの中から鏡を取り出す。
ちなみにこの鏡は、自身の姿を確認する為のアイテムである。
「……はぁ?」
鏡を覗き込んだ俺の視界には、思いもよらぬ姿が映っていた。
そう。そこには、純白のウエディングドレスを身に纏った、美しい少女の姿が映し出されていたのだ。
「ちょっ!? 何で、女性型アバターなんだよ!?」
思わず大声でそんなことを叫んでしまい、周囲の視線を集めてしまう。
俺はそんな視線から逃れるようにして、半ば反射的に街の外へと逃げ出した。
「はぁっはぁっ……。なんで男性型アバターじゃないんだ? 男は自動的に男性型アバターになるんじゃなかったか?」
個人的には結構重要な事項だった為、事前情報などで何度も確認していた。
だから単なる記憶違いという事は流石に無い筈だ。
「くそっ、何がどうなってんだよ……」
何か情報が無いか探るべく公式サイトを開く。
すると案の定というべきかお知らせのページに、それに関する内容が記載されていた。
「なになに……。男性型アバターの開発が難航している為、女性型アバターしかご利用になれません、だと……」
どうやら、元々が男性の英雄や神であっても、なぜか女性型のアバターしか用意されていないらしい。
意味が分からない。
「いやいや……。何か? てことはもしかして男は全員、当分の間ネカマプレイを強制されるって事なのか?」
今になって思い返せば街中ですれ違ったプレイヤー達は皆、女性の姿ばかりだった事に思い至る。
美しい街並みを眺める事に夢中になる余りに、どうやらそんな事実にすら俺は気付けなかったようだ。
「くそっ、この世界に来てまで俺は、また女扱いされてしまうのか……」
リアルでの自身の容姿にコンプレックスを抱いている俺としては、正直かなり複雑な気分である。
だがこの時点で既に俺は、この世界の魅力にドップリはまりつつあった。今更男性型アバターが実装するまでゲームを休止するなどという選択肢はもはや選べない。
「はぁ。だがまあ、俺だけじゃなく男のプレイヤー全員がそうな訳だしな。はっ、日頃の俺がどれだけ微妙な気分になってるか、少しは味わえってんだ!」
色々考えた末、結局そんな風に思う事にして自身を無理矢理納得させることにした。
「これでよし! 復活!」
どうにか感情に折り合いをつけて落ち着きを取り戻した俺は、再び鏡を覗き込み今の自分の姿を見つめ直す。
「……あれ。もしかしてこの姿、めっちゃ俺の好み?」
冷静になってその姿を良く観察すれば、また違った事実が浮かび上がってくる。
鏡の中に映る少女の姿から溢れる魅力を前にして、気が付けば目を離せなくなっていた。
自身の容姿の影響もあってか、これまで現実の女性に対して余り興味を抱いた事が無い俺であったが、この時ばかりは違った。
今鏡の中に佇んでいる少女は、俺の深層心理における理想を余す事なく体現した究極の女性だとすら思える程に美しい。
白磁の肌に燃え盛る太陽のような輝きを帯びた橙の髪。顔の造形はやや幼さを残しつつも女神の如く整っている。また、慎まやかなその身を包む衣装は、純白のウエディングドレスをベースとしつつも、ある程度動きやすいように上手く改良が為されたデザインであり、あちこちに配置された赤い花飾りが彼女の清らかさを一層引き立てていた。
「ふぁっ……、ちょっ、ヤバいなこれ……」
余りに完成されたその姿に思わず、俺は全身のあちこちを撫でまわしてしまう。
――とここで、女性特有の膨らみへと手が触れてしまう。
「え、あ、お、おおおっ……」
かなり動揺を覚えつつも、未知の存在へと抱く衝動を抑えきれず、ゆっくりとその膨らみへと手を伸ばしていく。
――その先に待つのは、女性だけに存在を許された至高の柔らかさだと信じて……。
「あぁぁ……あれ? っておい。なんか硬くね?」
人としての尊厳やら何やらを投げ捨てて、勇気を振り絞って掴んだその手に返ってきたのは、予想に反してどこか硬い感触だった。
「ああ、そうか。そうだったな……」
俺に至高の柔らかさを伝えるのを拒んでいるのは、ほとんどの女性が身に付けているであろう女性用下着、ブラジャーの存在であった。
「くそっ、このブラ外せないのか!?」
だが生憎と、これまで世に発売されたほとんどのゲームにおいて、女性キャラクターの衣服の着脱には制限が存在していた。
そしてそれは、このラグナエンド・オンラインでも同じであった。
「ううっ。まあ、この手には届かないからこそ、尊いのさ……」
若干涙目になりながら、俺はまさぐる手の動きを止め前へと向き直る。
「何にせよ、ソルちゃんを引けて本当に良かった……」
至高の柔らかさを体感出来なかったのは真に残念であったが、それを差し引いてもソルという至高のアバターを手に入れた事は、俺にとって満足して余りある出来事だった。
俺はもはや自身がネカマプレイを強制されている事など忘れて、ソルという究極の存在の虜になってしまっていた。
◆
わざわざ街の外まで出向いた以上、折角なので俺は狩りに向かう事にした。
見た目が女性の姿であるという事実を脇に置きさえすれば、ソルのアバターを纏った今の俺は、現実世界よりも遥かに俊敏に動くことが出来る。
だからこそ、この感覚を実際の戦闘で確かめてみたいと思ったのだ。
「さてと、敵はどこかな?」
それから探し歩くこと数分、ついに初めての敵モンスターと遭遇する。
そのモンスターの名は、ゴブリン。
ゴブリンと言えば、緑色の肌をした醜悪な姿の小人であり、多くのRPGでは序盤に出現する雑魚モンスターとしても有名だ。
だが、今俺の目の前にいるのは、そのイメージから大きくかけ離れていた存在だった。
「は? なんでゴブリンが女性型!?」
肌こそ緑であるが、その姿は完全に女性のものであり、一般的なゴブリン像とは大きくかけ離れていた。
「しかも、なんか妙に可愛いし……」
その姿にはゴブリンらしい醜悪さは欠片も見当たらず、ただただ可愛らしい一言だ。
顔の造形などもそこらのアイドルより余程整っていると言えよう。勿論ソルには敵わないが。
ゴブリンらしい要素と言えるのは、精々が着ている服が粗末な布切れである事や、武器としてこん棒を扱っている事くらいだろう。
そして何より彼女(?)が浮かべる表情は非常に活き活きとしており、その魅力を否応なく増していた。
「……もしかして俺は、こんなのを何体も狩らないといけないのか?」
余りに人間らしく――もっとも人間では無くゴブリンだが――愛らしいその姿を前に、思わず気後れしてしまう。
「ううっ、無理っ!」
結局、その可愛らしさに負けて、俺はその場から逃げ去る事を選んだ。
だが――
「って、どいつもこいつも、女性型ばっかかよぉ……」
その後、俺はもっと狩りやすい見た目のモンスターを求めて街の周辺を彷徨い歩く。結果、コボルトやオークなどといった他の雑魚モンスターとも出会う事に成功した。だが、俺の思惑とは異なり、それらもまたゴブリンとタイプは違えども、各々魅力に溢れた女性の姿をしていたのだった。
なんだこれ。
「はぁ……。もしかして俺には彼女達を狩る道しか残されていないのか……」
結局、倒しても罪悪感を抱かない見た目のモンスターとは巡り合う事は叶わず、泣く泣くそれらを狩る覚悟を決める。
『キャウッ』
「ううっ。悲鳴を聞くのが辛い……」
更に悪い事に、どうやら彼女(?)らの声はプロの声優が当てているらしく、これまた可愛らしく魅力的な声をもって、迫真に迫る悲鳴を何度となくイツキの耳に届けてくれるのだ。
若干、声フェチの気がある俺にとって、これはとてもとても辛い仕様であった。
◆
「さてと、そろそろ他のプレイヤーともパーティを組んでみたい所だな」
可愛らしいモンスター達を狩る事にもすっかり慣れて――所詮ソルちゃんの素晴らしさの前には有象無象に過ぎないと割り切る事にしたのだ――レベル上げに邁進していた俺だったが、一方でソロ狩りにそろそろ限界を感じ始めていた。
いくらSSRアバターであっても所詮ソルは支援職。その本領は他と組んで初めて発揮されるのだ。
「ソルちゃんは、性能的には完全にパーティ向けだし、結構需要はあると思うんだよなぁ……」
そう呟きつつ、パーティ募集のリストを開く。
「ふむふむ。……っておい、なんだこれ。どこもかしこも、クレリック募集ばっかじゃねぇか……」
パーティ募集リストにはどのクラスをそのパーティが求めているかなども表示されるのだが、リストの大半のパーティがクレリックを募集していた。
そしてその多くのコメント欄には、回復が出来る者を募集する旨が書かれている。
クレリックは6つあるクラスのうち、唯一他者のHPを回復するクラススキルを所持している。
という事はこの募集リストにある彼らは、当たり前の話だが自分たちのHPを回復してくれる仲間を求めている訳だ。
「大方の予想通り、需要自体はかなり高そうだが。……さてどうするかね」
ソルのクラスはクレリックな上に、そのレアリティは最高であるSSRだ。
また、そのレアリティに恥じない優秀な回復スキル〈ソーラーファーネス〉を所持している。
この様子では、恐らくほとんどのパーティから歓迎される事請け合いであったが、そうなると今度は色々と選り好みしたくなる気持ちが湧いて来るのが人間の業の深さだ。
俺もまたその例に漏れずに、どのパーティに加入するのが得なのか、色々と思案し始める。
「……回復職を募集しているパーティは、裏を返せば他人から回復して貰わないとやっていけない連中の集まりって事なんだよな……」
支援職であるソルでも、被弾を抑えながらの戦闘は効率はともかく可能だった訳で、もう少し攻撃スキルの充実したクラスならば、回復が無くとも十分に効率良く戦えるんじゃないか、そういった考えが俺の中には存在していた。
「なら、狙いは特別回復職を欲しがっていないパーティだな。もっとも、既にクレリックがいるパーティは除く必要があるが」
なぜなら、俺の有難みが少なるからだ。
出来るなら、SSRクレリックである自分を高く売り込みたい。しかし、クレリック無しでは狩りが出来ない弱いパーティに入るのも、気が引ける。
となると理想は、やはりクレリック無しでも戦える強さを有したパーティだ。
そう目標を定めて改めてリストを眺めていると、一つだけクレリックがいないにも関わらず、どの職業でも構わないというパーティ募集があった。
クレリックこそいないものの、各メンバーのクラスが上手くばらけており、如何にもバランスよさげな構成であるのもプラス査定である。
「よし、ここが良さそうだな」
しばしの逡巡の末、そのパーティに加入申請を送る。するとすぐに許可が下り、無事加入する事が出来た。
俺はすぐさま指定された場所へと移動し、他のパーティメンバー達と合流を果たす。
「よろしく」
あえて素っ気なく、そう挨拶する。
もし外れパーティだと判断した場合、すぐに別のパーティへと移動する為、早期の慣れ合いは避けたいからだ。
「……なるほど。確かにレギナ君のいう事は正しかったようだな」
「えっへへー。そうでしょ、そうでしょ」
彼女達――少なくとも見た目は全員女性である――は、俺の姿を認めるやそんな事を話し始める。
訳も分からず俺が頭上に疑問符を浮かべていると、それに気づいたパーティリーダーがこちらへと話しかけて来る。
「あははっ。いきなりなんかゴメンね。私はレギナ。一応このパーティのリーダーをやらせて貰ってるの。よろしくねっ」
レギナと名乗ったその女性プレイヤーは、妖艶さが溢れる美女の姿をしていた。
黒を基調としたレーティングギリギリを攻めた露出度の高い衣装でその身を包んでおり、世の男たちを誘惑しまくってそうな悪女の気配が漂っている。
もっとも、現状では例え中身のプレイヤーが男性であっても、全員が女性アバターを使う事になるので、中身は実はおっさんなどという可能性も有り得るのだが。
というかレギナの妙に媚びた喋り方から察するに、きっと中身はネカマ野郎に違いないと、俺は内心で勝手にそう断定したのだ。
そんなレギナのアバター名は"サタン"。それはかの有名な悪魔の王の名であり、当然と言うべきかそのレアリティはSSRであった。
クラスはウォーリアーで、近接戦闘を得意とするアバターのようだ。
「ああ、よろしく。それで何の話だったんだ?」
「えっとね。私が下手にクレリックを募集するよりも、どの職でもOKで募集した方が逆に良い人が来易いよって提案したんだ。で、その予想が見事に的中したって訳」
成程。どうやら俺はレギナの思惑に見事に引っ掛かってしまったらしい。
とはいえ暗に良い人だと言われている以上、その事に文句をつける訳にもいかないだろう。
「……そ、そうか」
なので結局、ただそう返すだけが精一杯であった。
すると、今度は別の女性が声を掛けて来る。
「にしても、まさかソルのアバター持ちが来るとは思わなかったよ。私もそれなりにガチャを回したのだが、どうしてもソルだけは手に入らなくてな……」
そう言いながら、なんだか少し遠い目をしているプレイヤーの名は、ネージュ。
その顔立ちはレギナと似たタイプの美女であったが、反してその露出は控えめだ。
布を幾重にも重ねたデザインのエキゾチックな衣装でその身を包んでおり、そのため身体のラインが分かりづらい。
口調やその身の振舞いは非常にシッカリとしたモノで、如何にも出来るエリートサラリーマンといった印象だ。
となればその中身はやはり男性、それもそれなりの社会的地位を持った人物ではないかと予想する。
そんなネージュのアバター名は"シヴァ"。ヒンドゥー教における最高神の一柱にして破壊を司る神であり、当然そのレアリティはSSR。
ちなみにクラスはウィザードのようだ。であれば、多分遠距離からの範囲攻撃が得意なのだと思われる。
「ああ、よろしく。……ところでソルだけはって事は、もしかして他のSSRアバターは全部持ってるって事なのか?」
「ん? ああ、そういう事になるな。シヴァ、トリスタン、ガイア、トール、ミカエル、サタンは入手出来たのだが、唯一ソルだけはお出迎えする事が叶わなくてな……」
どうやらネージュの話を聞くところによると、現時点ではSSRアバターは各属性に1つずつ、全部で7種類存在するらしい。
「なぁ、ちなみにそれだけ揃えるのに一体いくら課金したんだ?」
「ふむ? 課金額か。……そう言えば特に気にした事が無かったな。恐らくガチャをした回数は1000は優に超えていたと思うのだが……。すまない、正直良く覚えていないのだ」
俺の記憶が確かなら、課金ガチャは1回で500円だった筈だ。なので課金ガチャを1000回するには、最低50万円は掛かる計算となる。
「……おいおい、一体どれだけ課金したんだよ」
その余りの金額を前に、思わず小声でそう呟いてしまう。
そんな俺に対し、また別の人物が声を掛けて来る。
「待望のクレリックでしかもSSRかよ。ったく、最高じゃねぇか! 俺様の名前はルクス。使用アバターは"トリスタン"でクラスはアーチャー。てな訳でパーティのメイン火力をやる予定だ。よろしく頼むな!」
そう言うルクスは、見た目こそ眉目秀麗な女騎士といった姿だが、そに似合わず若干口調はフランクな感じであった。
……コイツは分かりやすいな。完全に男だ。
中身が男である事を全く隠す素振りを見せないルクスに対し、俺は同士に巡り合えたような感覚を覚える。
いくらソルちゃんが可愛いからといって、口調をそれに合わせて女っぽくするつもりは、俺には全くないのだ。
「いやー。俺様、火力はばっちりなんだが、どうにも防御が紙だから回復出来る奴が欲しかったんだよな。お前がうちに来てくれてホントに助かったぜ」
そう言って俺の肩を叩くルクス。
そんなルクスのアバターである"トリスタン"は、かのアーサー王伝説で有名な円卓の騎士の中でも屈指の実力者であり、そのレアリティは勿論SSRだ。
「まあ、回復は任せてくれ」
ソルの持つ回復スキル〈ソーラーファーネス〉は、一定範囲内のパーティ全員に効果があるので、何も考えずともただクールタイム毎にスキルを使い続けるだけでも、十分な性能を持っている。
パーティの動きがよほど酷いとかでも無ければ、まず問題無くやれるはずだ。
そして残る最後の一人が、俺に声を掛けて来る。
「ボクの名前は、ヴァイス。よろしく」
どうやらそれで自己紹介は終わりらしく、それきりヴァイスは黙ってしまった。
無口だが、一人称がボクである以上、多分中身は男性なのだろう。
口調から若干の幼さを感じるので、恐らく大学生くらいではないだろうかと推測する。
そんなヴァイスが使用するアバターは"ミカエル"。最高位の天使であり、そのレアリティはやはりSSR。
その姿は"トリスタンが皮鎧で身に着けた軽騎士であるのに対し、金属製の重厚な鎧と大盾で固めた重騎士といった様相だ。
その見た目に準じてか、クラスはパーティの盾役を務めるナイトである。
「しっかし、全員がSSRなのか。案外SSRのアバターって出やすいもんなのか?」
ついでに言えば、中身のプレイヤーが俺を含めて全員男性っぽい印象だ。その事自体はラグナエンド・オンラインのプレイヤー層を考えれば、別段珍しい訳でも無いのだろうが、それでも女性の対応がやや苦手な俺としては、お蔭でかなり気が楽になった。
「うーん。それはどうだろうね……」
そんなレギナの微妙な反応が引っ掛かり、それぞれに課金額を尋ねてみると、恐ろしい事実が判明する。
「マジかよ……」
一番課金額が少ないルクスでも、なんと30万近くは課金しているそうだ。
どうやら無課金でSSRアバターを入手出来た俺は、かなり運が良い部類になるらしかった。
「だから多分だけどさ。全員がSSRのパーティって、ほとんど無いと思うよ?」
レギナのそんな捕捉に、俺は改めて自分の運の良さに気付かされる。
無課金でSSRを引き当て、更に入ったパーティのメンバー全員がSSRアバター持ち。
これは、近いうちに揺り返しでとてつもない不幸に襲われるじゃないかと、なんだか急に怖くなってしまう。
「さてと、自己紹介も済んだみたいだし、早速狩りに行こっか?」
リーダーであるレギナの促しに応じ、俺達は早速狩場へと移動を開始するのであった。