7 決戦!幻獣イフリート(後編)
「冥府に眠りし力の源泉よ――」
彼方から静謐な声が響いて来る。
その淡々とした口調ゆえに一瞬分からなかったが、それは確かに聞き覚えのある声だった。
「この声はまさか――ルクス!?」
そう。なぜか死んだ筈のルクスの声が、辺りへと響いているのだ。
「敵を討ち滅ぼす無敵の闇の恩寵を――」
死者となり魂だけの存在となったプレイヤーの声が届くなど、本来は有り得ない事象なのだが、これは一体……?
そんな俺の疑問をよそに尚も声は紡がれていく。
「今こそ我に与え給え――」
気付けばいつの間にかルクスの魂が揺蕩っていた場所に、見覚えのない黒い棺が出現していた。
これはまさか――
「〈エターナルコフィン〉!」
そんな叫びと共に棺が開き、中から紫色の神官服を纏った黒髪の美女が現れる。
怪しく光る漆黒のオーラをその全身に纏いながら。
その姿を見て、俺はやっとで何が起きたのかを理解する。
今目の前で起きた現象は全て、ルクスのアバター"オシリス"が持つ、ラグナブレイクの力によるものだ。
……くそぉ。やけにあっさり命を捨てるなぁとは思ったが、そういう事かよ。
〈エターナルコフィン〉の効果について一応知識としては得ていたはずなのだが、実際に使用した姿をこれまで見た事が無かったせいか、その存在を完全に失念してしまっていたようだ。
両隣りへと視線をやれば、ネージュの方は俺と同様に驚いた表情を浮かべているが、一方でヴァイスはというと、平然な顔をしている。
……気付いてたなら、教えてくれよなぁ。
〈エターナルコフィン〉は、死亡時にのみ使用可能、敵にダメージは与えない、など一般的なラグナブレイクとは大きく異なった性質を持つ。だがその効果は絶大であり、現状では唯一、死亡状態からの蘇生が可能なスキルであり、蘇生後はそのHP残量が1となる代わり、20秒間敵の攻撃を完全に無敵化し、更に攻撃・防御・速度UPのバフが掛かる。
もっとも、このゲームではラグナゲージを貯めるのはかなり大変な為、ボス戦での発動は普通は1回限り、長期戦になっても精々2、3回が限度といった所だろう。だとしても十分に破格の性能である事はまず疑いようは無いのだが。
「ふふん、待たせたわね!」
さっきまで死んでいたというのに妙に明るい声で、Vサインを決めるルクス。
「おい――」
そんな彼女に対し、俺には言いたい事が山ほどあった。
だが、俺の言葉はあっさりと退けられてしまう。
「悪いけど話は後回し! まずは回復して態勢を整える方が先よ! 〈オシレイオン〉!」
そう言ってルクスは回復結界を張るとその中へと入っていく。
「あんた達も早く来なさいよ」
イフリートの動きを警戒しつつ、いそいそと俺達もまた結界内へと入っていく。
途端に減っていたHPがドンドンと回復していく。
……はぁ、やっとで一息つけたな。
『ほぉ、蘇生スキルとかいう奴かの。これは面白いものを見せて貰ったのぉ。……褒美にしばしの時間をくれてやろう』
余裕の表情で再び玉座へと腰掛け、なぜか俺達の回復を黙って見守るイフリート。
なんだか手加減されているような感じが少し気に食わないが、なんにせよ助かったのは事実だ。
それにAIの言う事をいちいち真に受けるつもりなど、俺には毛頭無い。
どれだけ高性能であろうとも、所詮奴らはプログラムによって動くただの装置なのだから。
「さてと、そろそろ反撃開始といこうぜ」
やがて全員のHPが全快しこちらの態勢が十分に整う。
『うむ。やる気十分といった表情じゃな。宜しい。其方らの全てをかけて、我を倒しに掛かるが良いぞ』
挑発を受けて怒り狂っていた当初の面影などもはや無く、今のイフリートからは女王たる存在としての威厳と余裕が、ありありと感じられる。
「あれは間違いなくユグドラシル以上の脅威だ。各々油断せずに戦うとしよう」
ネージュの言葉に頷き、いつものフォーメーションで俺達は戦闘を再開した。
◆
「〈フレイムアセンション〉!」
突撃したヴァイスが、スキルによってイフリートのターゲットを確保する。
そんなヴァイスに対し、イフリートはいつの間にかその手に持っていた炎の大剣によって、剣撃を次々と繰り出していく。
それに対し、ヴァイスは巧みな盾捌きによって対応しているが、激しい猛攻によって時折傷を負ってしまっている。
ヴァイスが完全に防御だけに徹すれば、恐らく傷を負う事はないのだろう。だが彼女はタンクとしての責務を果たすべく、時折反撃してヘイトを稼いでいるのだ。
「ヴァイスは私が支えるわ! こっちは気にせず2人は攻撃だけに専念して!」
前線での奮闘により徐々にHPを減らしていくヴァイス。そんな彼女をルクスが回復結界によって癒していく。
これによりあちらの戦況は膠着状態にあった。
「おらおらこれでも食らえ! ひゃっほー!」
一方で俺はというと、サーフボードに乗ってイフリートの周囲を自由気ままに旋回しながら、絶え間なく攻撃を仕掛けていた。
杖から魔力弾が飛ばすと、俺の周囲に浮遊している水玉模様の球体から次々と水流弾が放たれ、イフリートへと目掛けて飛んでいくのだ。
それらは個々の威力こそ低いもののその数は一度に10発と多く、また誘導性能もそれなりの為、与えるダメージは中々侮れないものだった。
『ぬぅ、鬱陶しい奴め!』
イフリートの最大のヘイトはずっとヴァイスへと向けられているが、2番目はどうやら俺らしい。
炎の大剣による直接攻撃こそ飛んで来ない無いものの、結構な頻度でイフリートが放つ炎の弾丸が俺へと飛んできている。
だが、今の俺にはそう簡単には当たらない。
◆◆◆
アバター名:[ビーチの女神]ソル Lv:80/80
クラス:ウィザード
属性:水
レアリティ:SSR
解放装備名:スプラッシュサマーワンド
アクションスキル
〈スプラッシュボール〉EX
ビーチボール型の魔力球を召喚する。同時召喚制限10。CT30秒、倍率70%。
〈セブンフロートバインド〉EX
浮き輪を7つ召喚し周囲の敵を攻撃・拘束する。攻撃DOWN(大)、防御DOWN(大)、倍率400%、CT15秒
〈レッツ・サーフィン〉EX
サーフボードを召喚しホバー移動を行う。移動速度UP(極大)、ダメージカット10%、CT10秒
〈アクアサンシャイン〉EX
上空に召喚した水色の太陽で、敵を押しつぶす。範囲(大)、CT35秒、倍率5000%
アシストスキル
〈女神の日光浴〉
昼間かつ温暖な地域にいる場合に限り、パーティ全体にリジェネ(中)を付与
〈陽光の加護〉
昼間かつ温暖な地域にいる場合に限り、パーティ全体に状態異常耐性UP(中)を付与
ラグナブレイク
〈スプラッシュサマー〉EX
サーフボードに乗ったソルが大波と共に突撃する。範囲(大)、倍率35000%
◆◆◆
パッと見る限りでは、SSRにしては攻撃倍率が全体的に低く、火力役としては控えめな性能のようにも思える。
だが実際に使ってみるとこの水着ソルのアバター、中々にぶっ壊れた性能をしている事がすぐ分かる。
〈スプラッシュボール〉は召喚系のスキルであり、ビーチボールのようなデザインをした魔力球を生み出すスキルだ。
これは最大で10個まで同時召喚可能で、俺の通常攻撃に合わせて自動で追加攻撃をしてくれるという優れものだ。
ウィザードのクラスが、杖を用いた通常攻撃で放つ魔力弾の威力は、倍率にして通常10%~30%程度のダメージしか与えられない。
だが、このスキルを併用する事で、最大700%の追加ダメージが与えられるのだ。
通常攻撃の魔力弾にはクールタイムなどは存在しない為、結果700%超の威力を連発する事も可能なのだ。
その上、魔力球は盾としても機能し、イフリートが放つ炎弾などの遠距離攻撃を身代わりとなって防いでくれる。
このスキル一つだけでも相当に壊れているのだが、他のスキルだって高い性能を有している。
〈レッツ・サーフィン〉は、サーフボードを召喚し、その上に乗る事で移動速度を大幅に上昇させるスキルだ。
あまりに早すぎるが故に、多少旋回性能が落ちるという欠点があるものの、移動スキルとしては文句なく優秀だ。
このスキルを使いながら高速移動を続ける事で、俺はイフリートの炎弾による攻撃を避けまくっているのだ。
またアシストスキル2種の性能もかなり有用だ。
〈女神の日光浴〉でパーティ全体にリジェネ(中)を常時付与する事で、SRヒーラーに近い回復力を発揮出来る。
これによりオシリスの結界外にいても、ミカエルの持つリジェネスキルと併せある程度の回復に預かれるのだ。
〈陽光の加護〉はパーティ全体に状態異常耐性UP(中)を常時付与し、状態異常の脅威を大きく削いでくれる。
効果は絶対では無いが、それでもかなりの高確率で状態異常になるのを防いでくれる優秀なスキルだ。
今対峙しているイフリートは、その攻撃全てに火傷や炎獄などといった追加効果が付与されており、もしこのスキルが無ければ状態異常祭りとなり、もっと苦しい戦いとなっていたのは想像に難くない。
こんな感じでずば抜けた性能を持つ水着ソルの力によって、俺はイフリートを翻弄していた。
……ソルちゃんマジ女神!
「うーん、案外ヒーラーも楽しいわね!」
俺が初めての全力戦闘を満喫してた頃、ルクスもまた楽し気にそう呟いていた。
「食らいなさい! 〈コフィンテキスト〉!」
彼女の杖の先からヒエログリフが敷き詰められた羊皮紙が飛び出し、イフリートへと張り付く。直後、ドォォンをいう破裂音と共にその紙片が黒い噴煙を上げながら爆発し、イフリートのHPを削り取るのが見える。
……いやいやお前、結界だけ敷いたら後はずっと攻撃してんじゃん。それのどこがヒーラーだんだよ。
そんな突っ込みを辛うじて喉元で呑み込みつつ、時折飛んで来る炎弾を躱しながら、俺はひたすらイフリートへと魔力弾を打ち込み続ける。
『おのれ、ちょこまかと……っ』
システム的なヘイトを最も稼いでいるヴァイス以外の3人は、互いに散開しつつ攻撃を仕掛けている為、イフリートが放つ炎弾もまたあちこちへと分散している。
だがそんな散発的な攻撃では、俺達の攻勢を止める事など不可能なのだ。
「よっしゃ! いい感じだな!」
などと調子に乗っていたら、イフリートから怨嗟の籠った視線を向けられてしまう。どうもその表情から察するに、感情的な意味での彼女のヘイトは俺へと向いているようだ。だとしても彼女はシステムには抗えないらしく、スキルによってヘイトを稼いだヴァイスから離れられないでいる。
いくらイフリートが俺に苛立ちを感じようとも、その炎の大剣で俺を直接殴る事は出来ないのだ。
……へっ、ざまあみろってんだ!
一見すれば、現在の戦況は、小康状態のようにも思える。
自分達のHPを維持しつつも、イフリートのHPを徐々にだが確実に削り取っている点を踏まえれば、俺達が押していると言えるかもしれない。
だが、イフリートの攻撃――特に炎剣を用いた攻撃はどれも強烈であり、防御に秀でたヴァイスであっても直撃を受ければ危険だろう。ましてや他の3人では下手をすれば一発で即死しかねない以上、決して気が抜ける状況では無かった。
懸念すべきは他にもある。それは最初にイフリートが放った万象灰塵炎だ。
あの技がもし再び放たれれば、今度こそ犠牲者が出るのは避けられないだろう。
今でさえ4人の力を併せる事で、どうにかギリギリ戦えているのだ。もし1人でも欠けてしまえば、それだけで勝敗の天秤は大きく傾いてしまうだろう。
そうした緊迫した状況のまま、イフリートのHPゲージが2本失われる。
『なかなかやるのぉ。ならば、これならどうじゃ!』
一旦後ろに大きく下がったイフリートが、片手を上へと向ける。
すると部屋中の至る所に、大量の魔法陣が次々と出現する。
『出でよ! 我が眷属たち!』
この場所へ辿り着くまでに俺達が幾度となく戦った火の玉娘型のモンスター達が、魔法陣より次々と這い出て来る。
「ちょっ、なんて数よこれ!?」
道中のモンスターハウスで出現したのも相当な数であったのだが、今回はそのスペースの広さもあって、それすらも遥かに上回っていた。
ハッキリいってこれ全部を相手取るのはどう考えても不可能だ。
俺達以外ならば――
「出でよ! ユグドラシル!」
俺は迷わずユグドラシル召喚という切り札を使う。直後、俺の前方に幻獣ユグドラシルがその姿を現す。
『〈アクシス・ムンディ〉』
玲瓏な声が響くと共に、世界樹の化身たる女性から超範囲攻撃が放たれた。
攻撃範囲(極大)というのは伊達ではなく、この玉座の間全てを大地の波濤によって呑み込んでいく。
こうしてイフリートによって召喚された雑魚モンスター達は、その全てを一撃のもとに葬り去られたのだった。
だがこれでもう俺達4人全員が、今回の探索において幻獣召喚を使う事が出来なくなってしまった。
また1つ切り札を失った事に不安を覚えるが、それでも俺はこの選択を後悔していない。
『まさか、その幻獣は……』
折角呼び出した多くの眷属たちを、一瞬で全滅させられた事によほど驚いたのか、イフリートの顔に驚愕の色がありありと浮かんでいる。
「今がチャンスだ! このまま押し切るぞ!」
それを好機と見て、俺はそう叫ぶ。
流れは今、確実に俺達の方へと来ている。ここで一気にイフリートのHPを削り取るべく、俺達は全力攻撃を仕掛けていく。
「うおぉぉぉ!!」
ラグナブレイクを含んだ、ありったけの攻撃スキルをイフリートへと叩き込む。
そうして動きに精彩を欠いていたイフリートに対し、攻勢を保ち続けた俺達は、更に2本ものHPゲージを奪い取る事に成功した。
そしてついにイフリートのHPゲージは残すところ後1本だけとなった。
『良くぞ……、良くぞここまで戦ったのぉ。……其方らには敬意を表して、この技によって今度こそ葬り去ってくれるとしよう』
至極感心したようにそう述べたイフリートは、ヴァイスから離れて玉座の前まで大きく後退する。
そして彼女は両の手を前へと構える。
……あの構えは!?
「あの技が来るぞ! 全員こちらへ集まるのだ!」
あの構え、イフリートは万象灰塵炎を使うつもりだ。
強烈なあの技の威力を前にしては、今の俺達では誰かを犠牲に差し出さなければ、全滅は避けられない。
「……私が時間を稼ぐわ」
前回と同じくルクスが再度の犠牲役へと立候補する。
だが今回はルクスのラグナゲージはまだ溜まっていない為、同じ手は使えないのだ。
「しかしな……。次死ねば今度こそルクス君は――」
「私以外だとヴァイスくらいしかあの攻撃には耐えきれないでしょ? だったらやっぱり他に選択肢は無いわ」
どうやら彼女が俺達の盾となった際に驚異の粘りを見せたのは、オシリスの持つアシストスキル〈ウンネフェル〉の効果によるモノだったらしい。
〈ウンネフェル〉は、死亡ダメージを食らった際にHP残量1で食いしばる効果があり、それによって彼女は命を長らえたようだ。だから俺やネージュが同じ事をやろうとしてもすぐに溶けてしまうのがオチだろう、とルクスは主張しているのだ。
そして、恐らく彼女のその意見は正しい。
「それに、今ここでヴァイスが死んじゃったら、確実に戦線は崩壊するわよ」
ルクスの代わりにヴァイスを犠牲に差し出しても、恐らく俺達3人は生き残れるだろう。だがヴァイスという優秀な盾役を失ってしまえば、今度は俺達3人が炎剣の脅威に直接晒される事になる。そして、俺達ではヴァイスのようにイフリートの猛攻を凌ぐ事は出来ないだろう。ならばその先に待つ未来はパーティの全滅しかない。
「だったら一番火力の低い私が犠牲になるべきでしょ。それにあんた達ならきっと私の回復がなくても、どうにかやれるでしょ?」
ルクスの結界による回復と支援が失われれば、例えヴァイスであってもそう長くは持たないだろう。
だがイフリートのHP残量もまた残り僅かであり、先に削り切ればこちらの勝利となる以上、勝算は0では無い。
実際、ルクスが提示した案以外に勝利へと繋がる道筋は、俺には思いつかないのだ。
仲間を犠牲にするのは決して気分の良いものではないが、だからといって勝利を捨てるなど俺達にとってはもっと論外なのだ。
ならばこの後に及んで俺達に選択肢など残されていないのだろう。
「……ルクス君、この借りは必ず倍にして返させて貰うからな」
「ええ、精々楽しみにしとくわ。……だから絶対に勝ちなさいよね」
苦い口調でそう言うネージュに、ルクスが笑って返事をする。
『良い目付き、良い覚悟じゃ。もう少し楽しみたかったのじゃが、もう我の体力も残り少ない。そろそろ終わりにさせて貰うぞ』
今のイフリートの表情には、当初に感じた怒りの感情などもはや無く、いっそ俺達との戦いに名残惜しさを覚えているようにすら見える。
そしてそれは、もしかしたら俺もまた同様なのかもしれない。
ユグドラシルとの戦闘以降、どこか緊張感の無い戦闘ばかり続いていた。折角手に入れた水着ソルのアバターだったが、全力運用する機会に恵まれず不完全燃焼な日々が続いていた。
『幽界に揺蕩う紅蓮の業火よ――』
彼女はそんな中で久しぶりに巡り合えた強敵だった。初めの方こそ人語を解する彼女に驚いたりもしたが、今では彼女が示す人間らしい反応を楽しめる程になっていた。
『願わくば我が招きに応じ――』
ああ、本当に楽しい時間だった。
だが、それももうすぐ終わる。
『全てを焼き尽くし給え!』
この攻撃によって、ルクスは間違いなく死ぬだろう。
その後、俺達3人がイフリートのHPを削り切るのか、それとも逆に返り討ちにあってしまうのか。
結果は分からないが、だとしても終わりは、もうすぐそこまで迫っていた。
『バーンアウト――』
終わりの始まりを告げる紅蓮の炎が、イフリートの両手から噴出される……その寸前。
ズガガガァァン!!
突如として巨大な雷の柱が、俺の眼前へと降り注ぐのが見えた。
「きゃぁぁぁ!?」
その雷柱は前に立っていたルクスへと直撃し、悲鳴の声が上がる。
雷柱に貫かれたルクスはHPを大きく削り取られ、同時にその頭上には麻痺を示すアイコンが浮かび上がる。
そうして身動きが取れなくなった彼女に対して、追撃の雷槍が無慈悲なまでに次々と突き刺さっていく。
「ああっ、一体何がっ……」
突然の変事を前にして何も出来ずに呆然としていた俺達の前で、ルクスの身体は蹂躙され、そしてその命を散らしていった。
「ルクスぅぅっ!!」
突然の出来事を前に、俺はただ叫ぶことしか出来ないでいた。
ルクスのアバターはもはや魂だけの存在へと変化し、目の前で揺らめいている。
もしその結末が彼女が望んだ末のモノだったならば、まだ俺は納得出来たかもしれない。
だが現実は違った。突然の謎の攻撃を前に、彼女はその身を無為に散らす事になってしまったのだ。
「くそっ、なんだよこれ!」
だが、ルクスの死に憤る暇は俺達には与えられなかった。
尚も続く雷槍による攻撃から必死に逃れながら、俺は奥の方へと視線を向ける。
やはりというか、この攻撃を行っているのはイフリートでは無いようだ。彼女もまた、こちらへ放つ直前だった技を止めて、虚空を見つめたまま呆然と立ち尽くしている。そしてその表情には、驚愕や困惑など様々な感情が浮かび上がっては消えていた。
「どこだよ! くそっ、出て来やがれ!」
ここまで一方的に攻撃を受けているにも関わらず、その発信源がどこにいるのか俺達はいまだ見つける事が出来ずにいた。
「くっ、雷とはマズイな……」
俺とネージュ、2人のアバターは水属性であり、雷属性は弱点となる。
そしてあの雷槍は、俺達ならば直撃すればたった数発で吹き飛ぶほどの威力を秘めている。加えて、どうやら麻痺の追加効果が付属しているらしく、一発掠っただけでも詰む危険性が高い。
麻痺とは状態異常の一つであり、食らうと一定時間身動きが取れなくなってしまう効果がある。また雷の属性を有しており特に水属性の相手に対しては、その成功率が大幅に上昇する特性も持っている。
「くぅっ、しまった!?」
そんな俺達の懸念は当たり、ついにネージュの身体を雷槍が掠め、彼女もまた麻痺状態へと陥ってしまう。
「ぐぅぅぅ!?」
動きを止めたネージュは恰好の的として、ルクス同様いくつもの雷槍によって串刺しにされ、そのHPをあっと言う間に消し飛ばされてしまった。
「……撤退しかない」
そう言うヴァイスの言葉には焦燥が色濃く滲んでいる。
確かに状況は彼女の言う通り、イフリートを倒す所では無くなってしまっていた。ならばここは一旦引いて態勢を立て直すしかない。その事は俺も理解している。だがいまだ続く雷槍による攻撃には、こちらの逃げ道を塞ぐ意図が籠められており、俺達は出口となる転移魔法陣へと近づけずにいた。
そして仮に転移魔法陣へと辿り着けたとしても、その起動は困難を極める。
魔法陣の起動にはいくつか条件があり、その1つとして戦闘行動中は使用不可能という制約が存在する。戦闘行動にはこちらから攻撃を仕掛けるのは勿論の事、逆にこちらが攻撃を受ける場合も含まれる。盾による防御もまた同じ扱いであり、もし襲撃者がその事をを理解していれば、転移魔法陣の起動はまず絶望的だろう。
「……失敗した」
そうやって俺が考えあぐねているうちに、機動力で劣るヴァイスの身体を雷槍が掠め、彼女は運悪く麻痺してしまう。
そしてそのまま、彼女もネージュ達の後を追う事になってしまった。
「ついに俺一人か……」
サーフボードの機動力のおかげでどうにか生き残れているが、それもどこまで持つか分からない状況だ。ここまで逃げ回りながらもずっと、俺は雷槍を放つ襲撃者の存在を探して続けていたが、今だその影さえ掴めていない。
だがその状況の不自然さこそが、俺に別の発想を与えてくれた。
ここ玉座の間は確かにかなり広いが、一方で身を隠せるような障害物はほとんど存在しない。にも拘わらず、その影すら見当たらないという事は、なんらかのスキルによってその姿を不可視にしているのだと推測出来る。
そして、ここまで雷槍を避け続けた事で、僅かだがその傾向が俺には見えてきていた。
「雷槍が発射されるのは、大体この円の内側の範囲からみたいだな」
かなり広い範囲からランダムで放たれていた為、発信源を中々絞り込めなかったのだが、それもようやくある程度の目星をつけることに成功した。もっとも、本当にその範囲内に襲撃者が姿を隠しているのか確信は無いのだが、もう俺の限界も近い以上、その判断に全てを託す事に決める。
「せめて一矢だけでも報いてやる!」
俺は水着ソルが保有する最高威力のスキルを放つべく、杖を構える。
本当はラグナブレイクを叩き込んでやりたかったのだが、生憎とラグナゲージが足りない。取っておけば良かったと少し後悔するが、あの時はそれが最善と判断したのだ。
すぐに雑念を振り払い、俺は杖を振り下ろしながら叫ぶ。
「〈アクアサンシャイン〉!」
杖の先から現出した水色の巨大な球体が、目星をつけた地点へと向けて飛んでいく。
「ぐふっ!」
だが大技を放ったことで無防備な隙を晒してしまった俺に対し、雷槍が容赦なく殺到しその全身を串刺しにされてしまう。
……くそっ、ソルちゃんの神々しい肢体に傷をつけやがって! いつか絶対ぶっ殺してやる!
身体が麻痺して身動きがとれない中、HPがあっと言う間に消し飛んでいく。
色が失われていく視界の中、水色が弾けた傍に、俺は何者かの影を見たような気がした。
だがそれが何なのか分からないまま俺のアバターは消滅し、ゆらゆらと揺れる霊魂だけがその場に残されたのだった。
◆
突然の事態に際しても、一人沈黙を保ち続けていたイフリート。
彼女はイツキ達が全滅しその魂がこの場から去ったのを確認すると、口の端を大きく歪ませて不快感を露わにする。
「……お主のような怠惰な獣ごときに、まさか水を差される事になるとはのぉ」
イフリートが見つめる先には、中空に浮かぶ女性の姿があった。
ウェーブの掛かった金髪は水に濡れ、そこから水滴がポタリポタリと落ちているが、それを気にした風でも無くただ気怠げな表情を浮かべている。
そんな彼女に対し、イフリートは怒りや憤りにも似た強い感情を込めて睨み付けるが、それに堪えた様子はまるで無い。
「もうよい……。ああ、なんと詰まらぬ結末じゃ。我はもう疲れた。少し休ませて貰うとしよう……」
やがて失意の表情へと変化したイフリートは、投げ出すようにして玉座へとその身を預ける。
そうして目を閉じた彼女の表情からは、ついには失意の色さえも失われるのだった。