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6 決戦!幻獣イフリート(前編)

 イフリートキャッスル攻略の進捗は、今のところ概ね順調と言っていいだろう。

 その一番の要因となるのはやはり、SSRアバター4体によるバランスの取れたパーティ構成にある。


 俺が使用している水着ソルのアバターは普通のソルとは異なり、そのクラスはウィザードである。

 そのため代わりの回復役(ヒーラー)を、オシリスのアバター使うルクスが務める事になった。


 ◆◆◆


 アバター名:オシリス  Lv:80/80

 クラス:クレリック

 属性:闇

 レアリティ:SSR

 解放装備名:冥王杖ウアス


 アクションスキル

 〈コフィンテキスト〉EX

 紙片を飛ばして敵を攻撃する。速度DOWN(大)、CT5秒、倍率600%

 〈セケト・イアル〉EX

 周囲に円状の大結界を作成。結界内の味方の状態異常を全て無効化、防御UP(大)、CT120秒、持続30秒

 〈オシレイオン〉EX

 正方形型の小結界を作成。結界内の味方のHPを徐々に回復、ダメージカット30%、CT60秒、持続60秒

 〈サモンアメミット〉EX

 冥府の獣アメミットを召喚し、一帯の敵を貪り食わせる。範囲(小)、CT15秒、倍率2900%


 アシストスキル

 〈豊穣神の祝福〉

 味方のHP回復量を増加

 〈ウンネフェル〉

 死亡ダメージを受けた際、HP残量1で食いしばる。CT600秒


 ラグナブレイク

 〈エターナルコフィン〉EX

 死亡時のみ使用可。HP残量1で復活。20秒間無敵化、攻撃UP(特大)、防御UP(特大)、速度UP(特大)


 ◆◆◆


 オシリスは、ヒーラーにしては若干変わったスキル構成をしており、結界を用いて回復や支援を得意とする。

 回復スキルである〈オシレイオン〉は、小結界内に留まり続ける必要がある為、少々使い勝手が悪いが、純粋な回復量ならばソルの〈ソーラーファーネス〉すら上回る優秀なスキルだ。

 火力もそこそこあり、ここぞという時の〈セケト・イアル〉による防御支援も中々便利であり、SSRらしいスペックを有した強力なアバターである。


 以前のパーティ構成と比べると、アーチャーであるトリスタンがいなくなった事で、単体火力こそ若干落ちたものの、範囲火力については大幅に強化されたと言っていい。

 そのせいか、以前にも増して敵の殲滅速度が早く感じられる。


「ふむ。そろそろ感覚的にはかなり上の方までやって来たと思うのだが……」


 右側の階段を選択した俺達は、行く手を阻む雑魚モンスター達をなぎ倒しながらひたすらに上へと登ってきた。

 幸いなことに多少の分岐路こそあったものの概ね一歩道に近い構成であった為、大した時間のロスも無くここまで進んで来れた。


「むっ、扉か……」


 そんな俺達の行く手を、金色に輝く扉が塞いでいた。

 他よりも派手な色合いをしていて明らかに周囲の景観から浮いており、それが特別だと一発で分かる。

 であれば、この先には一体何が待ち受けるというのだろうか。


「この先が玉座の間って事かしら?」


「……どうであろうな。もうボス戦というには、少々早い気もするが……」


 前回のユグドラビリンスでは、こんなに早くボスの所までたどり着く事は出来なかった。

 その経験を踏まえれば、確かにもうボス戦というのはやや尚早に思える。


「んー、考えても分からないなら、さっさと開けましょう。ここでうだうだ悩んでても始まらないわよ」


「うむ。ルクス君の言う通りだな。どの道ここで引き返す選択肢は我々には無いのだ。ならば進むだけだ」


「待って。ボクが先に行く」


 最も耐久力に秀でたヴァイスがそう手を挙げる。


「いつもすまないな。任せたぞヴァイス君」


 コクリと頷いたヴァイスが扉を開き、一人中へと入っていく。

 彼女が手ぶりで合図したのを確認してから、俺達もそれに続く。


「ここは……」


 意を決して扉を潜った俺達を待ち受けていたのは、ただ広いだけのごく普通の部屋であった。

 勿論、玉座などは設置されてなく、ボスどころか雑魚モンスター1匹すら見当たらない。

 パッと見る限り、家具がいくつか置かれているくらいで、特に目新しいモノは存在しない。


 ――奥にある妙なレバーを除いては。


「……怪しいわね」


 いかにも罠だと言わんばかりの存在感だ。

 普段ならばこんなあからさまなのは無視するのだが――


「でも、ここで行き止まりなのよね?」


 そうなのだ。この部屋が右側階段から続くルートの最奥なのだ。脇道などの存在も注意深く確認してきたので、まず間違いないと思われる。


「どうやら我々に与えられた選択肢は2つ。1つはこのまま引き返し別ルートの探索に向かう事。もう1つはこのレバーを引く事だ」


 前者を選べばここまでやって来た苦労の多くが水の泡となる。全員のレベルがカンストしている現状、道中で得られた稼ぎはモンスターが落としたアイテムだけだ。もっとも、このダンジョンで初めて見た貴重なアイテムがいくつもあったので、それはそれで充分な成果だと言えるかもしれないが。

 対して後者を選えば、何が起こるのか不明だ。それは大きなリターンへと繋がる可能性も秘めているが、逆もまた然りだ。罠でパーティが全滅、なんて最悪の事態すら俺は想定している。


「悩むだけ時間の無駄」


 だがそんな風に悩む俺達を一蹴し、ヴァイスはレバーの方へとスタスタと歩いていく。


「なっ、待つんだヴァイス君!」


 ネージュがとっさに制止の声を上げるも時既に遅く、ヴァイスはレバーを引いてしまった。

 その直後、ゴゴゴッと城全体が大きく揺れるのを感じる。


「な、なんだ?」


 だがその揺れによって一体何が起きたのか、それを追求する暇は与えられなかった。

 いつの間にか周囲にモンスターの大群が出現しており、俺達を取り囲んでいたからだ。

 四方八方どこを見ても火の玉娘たちで埋め尽くされている。まさにモンスターハウス状態であった。


「くそっ、やっぱ罠じゃねぇか!!」


 そんな俺の虚しい叫びと共に、戦闘の火蓋は切られたのだった。


 ◆


「〈フレイムアセンション〉!」


 一人レバー付近にいたヴァイスが、周囲の敵のターゲットをスキルによって次々と集めていく。

 だがその数はあまりに多く、いくら彼女が優秀なナイトであっても、たった一人で受け持つのは厳しいだろう。


「ヴァイスの援護は任せて! あんた達は今のうちに敵の数を少しでも減らしてっ!」


「くそっ、それしかないよなっ。ああもう、やってやるさ!」


 ある意味ではこの状況は、水着ソルの本領を発揮する良い機会であると言っていい。


 ……俺の嫁をあまり舐めてくれるなよ、幼女たち!


 そう意気込む俺だったが――


「いでよ! 幻獣ユグドラシル!」


 隣にいたネージュがそう叫ぶのを聞いて、思わず目を剥いてしまう。


「ちょっ、今それ使うのかよ!?」


 まさかボス戦用の切り札として温存していたのを、今ここで使うとは思いもよらなかった。

 

 ……ぶっちゃけ、温存し過ぎて存在を忘れていたというのは内緒の話である。


 驚きのあまりつい動きを止めてしまっていた俺をよそに、ネージュの前方には巨大なシルエットが浮かび上がってくる。

 かつて幾度となく俺達を葬ってくれた世界樹の化身が、今この場所に顕現したのだ。


『〈アクシス・ムンディ〉』


 巨大な樹の中央で、両手を掲げながら微笑む女性の口から、荘厳な声が響いて来る。

 俺達を何度も殺してくれた脅威の攻撃が、今度は俺達の敵を討ち滅ぼす剣となって、敵の大群へと襲い掛かる。


 ドォォォンという強烈な破砕音と共に部屋全体が大きな振動に見舞われ、床からは無数の岩槍が次々と隆起していく。

 そんな大地の波濤は、瞬く間に敵の火の玉娘達を覆い尽くし、彼女達は為す術もなく大地へと呑み込まれていく。


 やがて岩の隆起が収まり、部屋が元の様相を取り戻す。しかしその時にはもう敵の姿はただの1体も見えなくなっており、後には沢山のアイテムだけが残されていた。


「おいおい。やっぱ反則だよなその召喚攻撃……」


「うむ。だからこそ、再使用時間が長いのだろうな」


 ◆◆◆


 幻獣名:〈ユグドラシル〉 

 属性:土 レアリティ:SSR


 幻獣効果:土属性攻撃力50%UP


 召喚攻撃:〈アクシス・ムンディ〉 

 土属性の範囲攻撃。範囲(極大)、CT86400秒、倍率60000%


 ◆◆◆


 俺達が久世創との交渉によって手に入れたSSR幻獣ユグドラシル。

 その性能は、課金ガチャで入手可能なSSR幻獣すら超える、とてつもない能力を有していた。

 特に召喚攻撃は、SSRアバターのラグナブレイクの威力すら上回り、しかも効果範囲が他に類を見ない程に広いという、超級の一撃である。

 その代償としてか、再使用時間が86400秒――24時間と非常に長い。

 だとしてもやはり破格の攻撃である事に違いはない。


「でも、これで後3回しか使えないわね」


 情報公開という時間制限がある以上、ネージュはもうこの召喚攻撃を使えないと考えた方がいいだろう。

 当初の予定では、前回のユグドラシル戦での経験を踏まえて、ボスのHPゲージをある程度削ったら、ラグナブレイクとこの召喚攻撃の連続で畳みかけて一気に殺す腹積もりであったのだ。

 だがここで使用してしまった事で、その算段に狂いが生じてしまった。

 とはいえまだ俺、ルクス、ヴァイスと後3回は使える為、本来なら焦りを感じる必要は無いのだろう。

 だがこの時、俺の中では嫌な予感が芽生えていた。


 ……もし他の2ルートでも同様の事態に陥った時、俺達はこの召喚攻撃に頼らずにいられるだろうか?


 そして、そんな俺の懸念は残念ながら現実のものとなってしまう。


 右側階段を進んだ先にあったレバーを起動した事で、モンスターの大群に襲われる事になった俺達。

 だが残る左側階段、そしてエントランス奥の通路の先にも、同様の仕掛けが存在していたのだ。


「はぁ、レバーを引くしかないんだろうな……」


 ダンジョン内を隈なく探索したものの、結局ボスの待つ部屋へと向かうルートの発見は叶わなかった。

 となれば俺達に残された選択肢は、残る2つのレバーを引く事で何かが起こる可能性に掛ける事だけだ。


「あの大群を相手にユグドラシル無しじゃ、正直勝つ自信無いぞ?」


 流石にあの数を相手に、ヴァイス一人でタゲを受け持つのはまず不可能だ。

 せめてもう1人前衛が居れば話は違ったのだが……。

 今更ながらに、メンバーを補充しなかったことが悔やまれる。


「うむ……。同様の事態が発生した場合、その使用も已む無しだろうな」


 結局他に良い案は浮かばず、最悪の場合はユグドラシルの召喚攻撃に頼る事となった。

 そして案の定というべきか、レバーを起動する度に同様の事態が見事に発生してしまい、結果、俺達は切り札を更に2つ失ってしまったのだった。


 ズゴゴゴゴォォ!!


 最後のレバーを引き、出現した敵の大群を全滅させた後、これまで以上の巨大な振動が城全体を揺らしたのを感じる。


「うむ。やはりこれが正解だったようだな」


 切り札を消費してまで3度もモンスターハウスを潜り抜けた俺達の苦労は、どうやら無駄では無かったらしい。

 城のエントランスへと戻った俺達の前に、巨大な転移魔法陣が出現していた。


「この先にボスがいるのかしら?」


「多分そうだろうな」


 これでもし違ったら、流石に詐欺というものだろう。

 その時は報告書と一緒に苦情を提出してやる。


「皆、準備は整っただろうか?」


 HPもラグナゲージも満タンだし、スキルも全て使用可能だ。

 惜しむらくは、俺以外はもう召喚攻撃を使えない事くらいか。


「うむ、問題無いようだな。では行くぞ!」


 その言葉を合図に、全員で一斉に転移魔法陣へと飛び乗る。

 すると視界が揺れて、別の空間へと転送される。


「……ちゃんと当たりだったみたいね」


 転移させられた俺達は、この城の中で一番広い空間へとやってきていた。

 天井は高く、壁を飾る装飾品は道中のものより1ランク上の豪奢さだ。中央の通路には赤い絨毯が引かれており、その先には人間には大きすぎるサイズの玉座が存在している。

 そしてその場所に腰掛けていたのは、全身に炎を纏った巨人の姿であった。


「あれが幻獣イフリート……」


 ユグドラシルよりは若干そのサイズは小さいようだが、それでも俺達プレイヤーと比較すれば明らかに大きい。

 そして彼女は、これまでの例に漏れず女性の素顔を持っていた。

 やや鋭い目つきの、しかし美女と言っても遜色の無い整った顔立ちをしている。

 その身に纏った炎は良く見れば服の形状を為しており、黒混じりの長い炎髪と併せてアラビア風の雰囲気を醸し出している。


 さて、このボスをどうやって攻略しようか、そんな事を考えていると、不意に俺の耳に高貴な響きを伴った女性の声が響いて来る。


『良くぞここまで参ったの。神の化身をその身に纏いし、不遜なる輩よ』


 え? は? 喋った??


 その声に驚いたのは俺だけでは無かったらしく、ネージュやルクスもまた、口を開けたまま絶句している。


『どうした? (われ)が其方らと同じ言の葉を口にするのが、それほどに珍しいか?』


「ねぇ、どういう事なのよ、これ?」


「ふむ、かなり高性能なAIが搭載されているのだろうか? しかし、これは驚きという他に言葉が見当たらないな……」


 ラグナエンド・オンラインにおいて、モンスター相手はともかくとして、街のNPC達と会話を交わす事自体は可能である。

 だが、ここまで人間味の溢れた喋りをするNPCなど、これまで見た事も無い。


『何を我を無視して、ヒソヒソ話をしておる。……まあ良い。それよりも其方ら、ここに一体何の用じゃ?』


 予想外の事態を前に、誰が彼女(イフリート)の相手をするか、アイコンタクトでやり取りをする。

 結果、何故か俺に全員の視線が集中してしまう。


 ……くそぉ、分かったよ。俺がやればいいんだろうが!


「聞け! 俺達の目的はただ一つ! 幻獣イフリート! お前の討伐だ!」


 一歩前へと進み出た俺は、半ばヤケクソ気味にそう言い放つ。


『ほう。我を討滅すると言うか。してその理由はなんじゃ?』


 ……理由。敵を倒す理由か。考えたことも無かったな。


 建前としてのゲームの目的は、世界の危機を救うとかそんな曖昧な感じだったと記憶している。

 だがその危機が一体なんなのかについて、公式からは何一つ提示されていない。

 ミッドガルドの各地を旅した限り、偶にモンスター達に襲われて困っている村なんかもあったが、そこまで切羽詰まった様子でもなく、世界の危機なんて大げさな事態とは程遠い印象であった。

 前回や今回のイベントにしたって、ダンジョンが出現しました、攻略頑張って下さいね、で丸投げされており、何故攻略するのか、などのストーリー上の必然性は何一つ語られてはいない。

 というかそもそもこのゲーム、果たして明確なストーリーが存在するのだろうか?

 大抵のMMOはメインクエスト的なものが存在するのだが、このゲームにはそれらしき存在は今のところ見当たらない。

 ラグナエンド・オンラインは、プレイヤーが自主的に楽しみを見出すよう設計されている節があり、実際クエストなどなくともいくらでも遊びようがある。自分で目的を設定できない人にも、こうしてイベントが用意されている訳だし、このゲームではクエストなど不要なのかもしれない。


 結局、短い時間の中で色々と考えを巡らしたものの、俺が思い至った答えは一つだけ。


「そこにダンジョンがあるから……そして、お前がそのボスだからだ! だから俺達はお前を倒し、その報酬を手に入れる!」


 ゲームである以上、どう取り繕ってもやはりそれが一番の理由だろう。

 何かを手に入れる為に戦う。これ以上に分かりやすい理由もそうは無い。


『なるほどのぉ。こうして意思を持ち、言の葉すら操る我を、其方らはただ己の私利私欲によってのみ討滅すると申すのか?』


 俺が提示した理由に対し、モンスターらしくない人道的な言葉をイフリートが投げ掛けて来る。

 だが――


「愚問だな! 高性能AIだかなんだか知らないが、そんなんで俺達が怯むかよ!」


 一般的な感覚を持ち合わせていれば人間同様の意思を持つ存在に対し、それなりの配慮を考えるのが普通の思考かもしれない。

 だが、生憎と俺はそんな出来た人間じゃあない。ただの廃ゲーマーなのだ。


「うむ。良く言ったぞイツキ君! ゲーマーたるもの、やはりそうでなくてはな」


「うーん。なんか良く分かんないけど、さっさと戦いましょうよ!」


「戦利品に期待」


 やはりコイツラは俺と同類だ。

 現実の人間とすらまともに付き合えない爪弾き者達に、AIへの配慮を期待するのがそもそもおかしいのだ。


『やれやれ。我は争いなど好まぬのだがな。しかし、振って掛かる火の粉があれば……払わねばなるまいて!』


 そんな言葉と共に、炎の女巨人は玉座から立ち上がり戦闘態勢へと移行する。

 彼女が纏った炎が勢いを増し、何やら赤いオーラが立ち昇るのが見える。


「やれやれ、やはりこうなってしまったか。こういう輩は何かあるとすぐに暴力に訴えるんだから困るな。まったくこれだから知性に乏しい獣の相手は疲れるんだよ」


 そんな炎巨人に対し、つい出来心から俺は更なる挑発の言葉を投げかけてしまう。

 だが、これはかなりまずかった。


『其方ら! ここから生きて帰れるとは思わぬ事だ!』


 イフリートの纏う赤いオーラが、一目で分かる程にその激しさを一気に増していく。


 ……あっ、これあかん奴や。


 なぜか思考が関西弁になる程に混乱した俺の前で、イフリートが両手を前へと掲げる動作をする。

 そして、○メハメ波っぽい構えをしたイフリートが、何やら唱え始めた。


『幽界に揺蕩う紅蓮の業火よ――』


「マズイ! 全員ルクス君のそばへ!」


 かつてユグドラシルが放った〈アクシス・ムンディ〉以上の悪寒を感じた俺達の動きは、実に素早かった。


「〈セケト・イアル〉! 〈オシレイオン〉!」


 ルクスが続けざまにスキルで結界を張り、その中で俺達は小さく固まる。


「〈神の啓示〉!」


 そこに先頭に立ったヴァイスがバリアスキルを重ね、更に大盾を構えて防御姿勢を取る。


『願わくば我が招きに応じ、全てを焼き尽くし給え! 万象灰塵炎バーンアウトクリエイション!』


 血よりもなお赤き紅蓮の炎がイフリートの両手から噴出し、俺達へと襲い掛かる。

 そのあまりにも強烈にして強大なるその業火は、俺達だけではなくここ玉座の間にある存在全てを焼き尽くさんばかりの勢いだ。


 ……ただでさえこの城くそ暑いってのに、ますます暑くなる一方じゃねーか!


 若干現実逃避ぎみにそんな事を内心で呟きつつ、ただ俺はヴァイスがこの攻撃に耐えてくれる事を祈るばかりだ。

 だが現実は非情であり、ヴァイスのHPは見る見る勢いで減少していく。ここでヴァイスが堕ちれば、俺達の全滅は必至だろう。


 ……くそっ、何か手はないのか!?


「はぁ、しょうがないわね……」


 そうため息をつきながら、ルクスが一歩前へと進み出る。


「何をするつもりだ、ルクス君!?」


「ここでヴァイスが死んだら、実質ゲームオーバーでしょ? なら私が代わりになるわ」


 確かにパーティの支柱たる盾役であるヴァイスを失えば、仮にこの場を凌げてもジリ貧になるのは間違いなかった。

 だが、それはヒーラーである彼女にも同じ事が言える。


「じゃあね。後は頑張りなさいよ」


 そう言って微笑んだルクスは、ヴァイスを庇うようにしてその前へと立ち、イフリートが放つ業火にその全身を晒す。


「馬鹿! やめろルクス!」


 ルクスの耐久力はSSRアバターである以上、それなりには高いのは間違いないのだが、それでもヴァイスと比較すれば明らかに劣っている。そんな彼女が先頭に立ち、イフリートの攻撃をその身一つで受けたら果たしてどうなるのか……。


 俺の視界の中で、ルクスのHPが物凄い勢いで減少していく。


「くうぅぅぅ」


 ルクスが必死に食いしばるような声を上げながら、その耐久力に見合わない驚異の粘りを見せる。


 だが業火にその身を晒し続けたルクスのHPは、ついに0となってしまう。

 そして、俺の眼前で彼女のアバターが砕け散る。


「ルクスぅぅぅ!」


 ルクスの肉体(アバター)が消滅し、後にはその魂だけが残される。

 しかし、彼女の犠牲は決して無駄では無かった。


 彼女の死と時を同じくして、イフリートの放つ業火がその勢いを失っていく。


「耐え、れた」


 ずっと前で盾を構えていたヴァイスが、疲れたようにそう呟く。

 ルクスの献身とヴァイスの努力によって、俺達3人はどうにか生き残る事が出来たのだ。


『ほぉ、これはまた……。まさか一人を生贄に捧げる事でアレを凌ぐとはの……。やはり、其方らの業は実に深い』


 ルクスの尊い犠牲を、生贄などと表現するイフリートに対し、怒りに属する感情が湧き出て来るのを感じる。


「幻獣イフリート! 俺達3人がお前を倒して、ルクスの仇を討つ!」


 普段の俺からは絶対に出てこないような熱い台詞を、イフリートへと投げつける。


『その意気込みは買ってやろう。だが、お主らにはもはや回復手段があるまいて。そのような有様で我の相手が果たして務まるのかのぉ?』


「くぅっ!」


 まさか、そこまで俺達の事情を把握しているとは……。実際、イフリートの指摘はほぼ正しかった。

 ルクスというヒーラーを失った事で、今の俺達にはHP回復手段が乏しい。

 その上、それぞれの状態――特に盾として頑張ったヴァイス――は決して万全とは言い難い酷いものだ。

 対して眼前のイフリートは、そのHPをまだ欠片も失っていないのだ。どちらが優勢であるかなど一目瞭然だ。


 流石に、先程の強烈な一撃をそう何度も放ってくるとは思いたくはないが、ユグドラシルの時の前例もある。

 この戦いは正直、俺達にはほとんど勝ち目が残されてないのかもしれない。


「だがな! それでも、俺達は死んだルクスの為にも、絶対に負けられないんだ!」


 自分を鼓舞するかの如く、俺はそう雄叫びを上げる。

 

 丁度その時だった。俺達の目の前で、思いもよらぬ事態が発生したのは。


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