5 イフリートキャッスル
差出人不明のメールがネージュの元へと届いてから数日ほどが経過したある日のこと。
「それで、交渉の方は纏まりそうなのか?」
「うむ。そちらは問題ない」
それが果たして本当に良い事なのかは俺には判断し難いが、何にせよ状況が動くのは嬉しい事だ。
世界扉の探索に進展が全く無いからな。
そろそろ、水着姿となってバージョンアップを果たしたソルちゃんの全力全開をお披露目したくて、うずうずしているのだ俺は。
「そういや、差出人の正体について何か分かったのか?」
「……うむ。こちらが拍子抜けするほどにあっさりと判明したよ」
マジですか。流石はネージュと言うべきなのか?
「差出人の名は、真田太一。……都内に住む普通の大学生のようだな」
「ん? なんでそんな一般人が、お前のプライベートアドレスなんて知ってたんだ?」
「うむ。そこが私にも不思議だったのだ。彼らについての身辺調査を行ったのだが、結果は完全にシロ。どう調べても、私のアドレスを知り得る立場には無かった」
うーん。イマイチ事情が見えてこないな。
知らないはずの人間が、なぜか知っている。
それが一体何を意味するのか?
「そこで、私は実際に彼らと接触を図る事にした」
などと考えていたら、突如ネージュの口から爆弾発言が飛び出した。
なんと彼女は、ユキムラとその仲間達とリアルで実際に顔を突き合わせたらしい。
「は? 何やってんだよ、おまえ!?」
「そうよ! バッカじゃないの!? いくらなんでも危険すぎでしょ!」
ネージュさんや。自称引き篭もりの癖して、ちょっとアクティブ過ぎやしませんかねぇ?
「それでだな……結論から言わせて貰うと、どうやら彼らは単に別の者に唆されていただけだった事が判明した。事前の調査通り、彼ら自身は、少し運が良いだけの一般人だったよ」
だが、そんな俺達のツッコミを軽く受け流して、ネージュは話を続ける。
「どういうことだ?」
「皆はREOCOという団体を覚えているだろうか?」
「ああ、あの古都の広場でしょっちゅう暴れてる連中の事か?」
「その通りだ」
どうも最近、古都ブルンネンシュティグの中央広場付近へと出向くと、数十人ものプレイヤー達が一斉にスキルをぶっ放しているという妙な光景を良く目にするのだ。
そしてその連中が名乗っているのが"ラグナエンド・オンライン浄化活動団体"、通称REOCOだ。
彼らは運営に汚されたラグナエンド・オンラインの世界を浄化するという名目を掲げながら、街中でスキルをぶっぱなして街の建物を破壊しようという意味不明な行動を取り続けている。まあ、はっきり言って頭のおかしい連中なのだ。
街の建物は魔力とやらで保護されているらしく、アバターが持つ大火力スキルを持ってしてもそう簡単には壊す事は出来ない。だが、建物の自動修復が間に合わない速度で、絶え間なくスキルをぶつけ続ければ、流石に不壊属性までは持ち合わせていないらしく、いつかは必ず壊れてしまう。
しかし街の建物が破壊されれば、街を守る使命を背負った衛兵NPC達が黙ってはいない。
彼らは、EIHEIというよりもむしろEIREIではないかと疑うような強靭な強さを持って、不遜なプレイヤー達の排除へと動き出す。
そのため現在の中央広場では、衛兵NPC達とREOCOの連中による飽くなき戦いが繰り広げられているのが、日常となりつつある。
そして中央広場は、古都ブルンネンシュティグを拠点登録していた場合、死亡時に復活する場所でもある。
その為、復活直後のプレイヤーにスキルが誤爆するとった事件も多発しており、それもあってREOCOの連中は多くのプレイヤー達から白い目で見られている。
ちなみに、衛兵NPCは倒しても経験値やアイテムは一切得られない上、彼らは敵を排除するまで延々と援軍を呼び続ける為、全滅させる事はまず不可能だ。それに苦労して壊した建物だって時間を置けば元通りになる。
なのでREOCOの連中の行動は、に意味など無いはずなのだが、何が彼らをそこまで掻き立てるのか?
これは飽くまで俺の予想に過ぎないのだが、REOCOに参加している奴らの大半は、きっとお題目である世界の浄化なんて多分どうでも良くて、単にどんちゃん騒ぎがしたいだけなんだと思っている。
衛兵NPC達は、それぞれに屈強ではあるが1体1体がユグドラシルのような理不尽な強さを持っている訳ではない。
そんな彼らと全力で戦う事自体はなかなか楽しい事だと思われるし、それでなくともスキルを遠慮なくぶっ放す行為にはある種の快感が伴うのは否定できない。傍から見ていても、煌びやかなスキルエフェクトの連なりは、花火大会のような楽しさを与えてくれるのだ。
……もし他プレイヤーにさえ迷惑が掛からないなら、実はちょっと参加してみたいなー、なんて考えているのは内緒だ。
現状では新ダンジョンへ行く方法がまだ見つかっておらず、唯一世界扉の座標が知られているニブルヘイムは、環境があまりに過酷過ぎて並のプレイヤーでは、お断りされるらしい。かといって未知の世界扉の探索もまた面倒だ。なんてそんな風に考えているプレイヤーは、実は潜在的にかなりの数が存在しているように思う。
だがそんな彼らであっても、ログアウトして現実に戻るという選択肢を選ばない辺りが、ラグナエンド・オンラインの世界がいかに魅力的かを示していると言えるかもしれない。
……まあ、ただのゲーム中毒とも言えるけどな。
特に、これは実際に体験した者でないと理解し辛い感覚なのだが、現実の肉体以上に機敏に動かせる身体というのは、それだけで何物にも代えがたく、また抗いがたい強烈な魅力なのだ。
「それで、そのREOCOとかいう頭のおかしい連中が、一体どうしたって言うのよ?」
ルクスがそう言って話の続きをネージュに促す。
「うむ。そのREOCO所属のリョーマというプレイヤーが、彼らを唆した犯人らしいのだ」
ネージュの語った所によると、偶然によってムスペルヘイムの世界扉を発見した真田太一――ユキムラ達に、ネージュへと情報を売りつけるように勧めたのが、そのリョーマというプレイヤーだったそうだ。
そしてその人物が所属しているのが、他ならぬREOCOなのだ。それも話を聞く限り、団体内でもかなりの発言権を有した人物だと推測されるそうだ。
「そのリョーマとやら。どうやったのか知らないが、私が語部森羅の親類である事まで知っていたようだな。私の素性やプライベートアドレスまで知っているとなると、その候補はかなり限られてくるのだが……」
ネージュ曰くその条件を満たすのは、彼女の親類の一部と屋敷の執事数名、それから俺達3人くらいだそうだ。
しかし彼女の調べた限りでは、その全員がシロであったそうだ。
その為、リョーマの正体についての調査は難航しているらしい。
「そのリョーマって奴、一体何者なのかしらね……」
確かに謎だ。
ネージュの個人情報にかなり精通していて、彼女への嫌がらせを示唆する割には、その行動は実に中途半端なように思えるのだ。
それだけの情報を有しているならば嫌がらせの方法など、他にいくらでもあるだろうに。
それに、ユキムラとかいう一般プレイヤー連中をわざわざ巻き込む意味も分からない。
何よりREOCOとかいう変な団体に所属して、精力的な活動を行っているのも謎だ。
そもそもあの団体の本当の目的は何なのか? 少なくとも彼らの掲げる世界の浄化が、ただの名目に過ぎない事は明らかである。
「調査は継続するつもりだが、簡単には尻尾は掴めないと思われる。もし、ゲーム内で奴と接触する事があったら、君たちもどうか気を付けて欲しい」
セキュリティが相当堅い筈のネージュの個人情報すら暴かれているのだ。
ならば一庶民に過ぎない俺の情報など、もっと簡単に調べられるはずだ。ならば気を付けるに越したことは無いだろう。
「さてと、暗い話はこれで終わりにして、そろそろ新ダンジョンの攻略へと向かうとしようか」
「おっ、てことはもしかして? そのユキムラって奴から、世界扉の位置なんかの情報を無事聞き出せたのか?」
「うむ。イフリートキャッスルの攻略競争では、これで我らが一歩リードという訳だな」
REOCOの連中のように、攻略など投げ捨てて好き勝手にやっている連中もいるが、所詮それはごく少数に過ぎない。
やはり大半のプレイヤーは俺達と同様に、イフリートキャッスルの発見・攻略を第一として活動している。
彼らも皆、俺達と同様に熱い思いの丈を綴りミュトス社の厳しい審査を乗り越えた同志であり、生粋のゲーマー達なのだから当然だろう。
ユグドラビリンス攻略においては、強制ログアウトによってやむなく脱落した者達も多かったが、今回は違う。
油断すれば、そんな彼らにあっさりと出し抜かれるだろう。
そういった意味でも、ここで大きなアドバンテージを得られたのは、朗報であると言えよう。
「だが、我々に残された時間はそう長くはない。明日には、全プレイヤーへとその情報をばら撒くのだからな」
「ええっ、どうしてよ?」
ルクスが疑問に思うのも当然だ。
一体、何でそんな結論になるのやら。
「うむ。リョーマとやらが彼らに提案したのは、私に情報を高値で売りつけた後、すぐさまネット上へと流してしまう事で、情報自体を無意味にする計画だったそうだ」
「なんだそりゃ……。金だけむしり取るつもりだったのかよ……」
リョーマという奴は、中々えげつない事を考える奴のようだ。
俺は内心で、彼に対する警戒度を更に引き上げる。
「でも、直にそのユキムラとかいう奴に会って、ちゃんと交渉したんでしょ? なのにどうして?」
「うむ。理由はいくつかあるのだが、一番はリョーマという男の正体を探るだな。表向きには出来るだけ彼の計画通りに進んでいるよう見せておき、彼がどのように動くか様子を見たい。幸いゲーム内で使える手札が増えた事だしな」
なるほど。どうやらそのユキムラとかいう連中らは、ネージュの手下へとなり下がったらしい。
一見、リョーマの思惑通りに事を進ませておいて、その裏でユキムラ達から情報を得る事で、奴の尻尾を掴もうという腹積もりのようだ。
……だが果たしてそんなに上手くいくかな?
「まあやるだけやってみる事にするさ。それに私としては、元々そうするつもりだったからな」
どうやらネージュとしては、ムスペルヘイムの世界扉の情報について、そう長く秘匿するつもりは無かったらしい。
彼女は元々、こちらがイフリートキャッスルへと到達した段階で、情報を全て世間に流してしまう予定だったそうだ。
「細かい理由はいくつかあるが、やはり競い合ってこそ、人間とは成長するものだと私は思うのだ」
大金を払って得た情報なのに勿体ない、などと思ってしまうのは、やはり俺が庶民だからだろうか。
だが、金を払った本人がそう主張する以上、俺は反対を述べるつもりは無い。
隣のルクスも納得がいかない顔をしているものの、彼女もまた口を噤んでいる。
そしてヴァイスはいつも通りの無表情だ。
「我儘を言っているのは理解しているが、出来れば君たちには承知して貰えると助かる」
結局、ネージュがそう言って頭を下げた事で、方針は決した。
彼女が掴んだ情報なのだ。なら好きに扱えばいいさ。
「なら時間もないし、早速ダンジョン攻略を進めないとね!」
ルクスが急かすようにそう言う。
こうして俺たちは早速、ムスペルヘイムの世界扉へと向かうのだった。
◆
「話によれば、確かこの辺りのはずなのだが……」
ユキムラ達から教えられた座標近くへとやって来た俺達。
だが辺りには草木が生い茂るばかりで、それらしき魔法陣の姿は見当たらない。
ネットで見た世界扉の画像を見る限り、それはかなり巨大な魔法陣であり、ここまで近くに来て視認出来ないのは、おかしいと思うのだが……。
「まさか、騙されたんじゃないでしょうね?」
俺の内心の不安を代弁するかのように、ルクスがそう呟く。
「ふむ。彼らにそのような度胸があるようには、とても見えなかったのだが……」
リアルでネージュと対面した彼らは、すぐに心胆を寒からしめられて、以後はほとんど言いなり状態になっていたそうだ。
もしそれが演技だったというのならば、彼らは実はかなりの役者なのかもしれない。
まあ、そんな事はまず無いだろうけど。
「見つけた」
色々な可能性を考慮しつつ、尚も周囲の探索を続けていると、ヴァイスからそんな声が上がった。
「あそこ」
ヴァイスが指で指し示した先には――やはり緑色の平原が広がっているばかりだ。
魔法陣らしき存在など影も形も見えない。
「……何も見えないわね」
どうやらそう思ったのは俺だけでは無いようだ。
その事に少し安堵する。
「こっちに来て」
言われるがまま、俺達はヴァイスの近くへと集まる。
すると、先程までただの平原だった場所に、いつの間にか巨大な魔法陣が存在しているのが見えた。
「あれ……? さっきまで、そこには何も無かったと思うんだが……」
こんな光輝いて目立つ存在など、絶対に見逃すはずがない。
「ふむ……。もしや、一定距離まで近づかねば見えないように、認識阻害でもされているのかもしれぬな」
「多分それが正解」
なるほどな。ようやく納得がいった。だから世界扉の発見にここまで手間取ったのか。
いくらミッドガルドの世界が広大とはいっても、その捜索には俺達を含め相当な人数が参加している。加えて最近では騎獣の実装により、プレイヤー達の探索能力もかなり向上した。にも拘らず、あんなデカい構造物を見つけ出すのに、ちょっと時間が掛かりすぎじゃないかと思っていたのだ。
だが、ここまで近くに来ないとその存在を認識出来ないのだとしたら、話は大きく変わって来る。
「これならわざわざ公表しなきゃ、かなり時間が稼げたわね……」
情報独占へとまだ未練があるのか、そんな事を言うルクス。
「そうだな。だがやはり予定通り、明日にはこの座標についての情報公開は行う事とする」
だがやはりネージュの決意は固いらしく、そんな彼女の姿を見てルクスはただ肩を竦めている。
「分かったよ。なら、さっさと向こうの世界に行って、ダンジョン攻略に取り掛かるとしようぜ」
時間が限られているならば、当然それを無駄には出来ない。
次の目標は、向かった世界でイフリートキャッスルを見つけ出し、そこのボスであるイフリートの下を目指す。
……そう考えると先はまだまだ長いな。
◆
世界扉を渡った俺達を待ち受けていたのは、一面が赤く染まった灼熱の大地だった。
雰囲気だけではなく、実際に気温も高いらしく、これが現実だったらすぐにでも熱中症にでもなりそうだ。
そう、この世界こそが灼熱の世界"ムスペルヘイム"である。
そしてこの世界に、俺達の目的地である新ダンジョン"イフリートキャッスル"も存在する。
「折角手に入れた新アバターを使いたい気持ちもあるのだが、ここはやはりシヴァで行くべきなのだろうな」
今回のアップデートで追加されたSSRアバターの属性は、闇、光、水の3種類だ。
そしてネージュは、水属性の[ビーチの女神]ソルについては所持していない。
闇や光属性のアバターでも別に問題は無いのだろうが、やはり火属性を相手にするならば水属性が一番であるのは間違いない。
そんな訳で、ユグドラビリンス攻略の時と同様に、ネージュはシヴァのアバターを使用しているのだ。
「俺のアバターは、勿論これだぜ!」
今の俺は、真夏の太陽さながらに輝くオレンジの髪が素敵な美少女の姿をしている。
そうこのアバターこそ、皆大好き、俺はもっと大好き、太陽の女神のソルちゃんだ。
だが以前とは纏う服装が大きく異なっている。今の彼女は――まあ俺なんだけど――純白の花嫁ドレスではなく、夏に相応しい魅力的な白ビキニでを着ていた。
その胸元はフリル状の布で覆われており、彼女の控えめな双丘を上手に隠している。また、ボトムスカートはヒラヒラした可愛らしいデザインであり、彼女のやや幼さの残る顔立ちと良く似合っているように思える。
その完成された未成熟な色気は、三千世界全てを魅了してなお有り余る程の神々しいオーラを放っていた。
「イツキ、さっきからなに鏡ばっかりジロジロ見てるのよ。ちょっと、いえ大分気持ち悪いわよ……」
紫の神官服姿――オシリスのアバターを身に纏ったルクスにそう冷たく言われ、俺は現実世界へと意識を引き戻される。
「いやぁ。ソルちゃんはやっぱマジ最高だなぁって、改めてその思いを噛み締めていただけさ」
「はぁ、あんたってホント……。ねぇ、それよりも、イフリートキャッスルはどっちなの?」
呆れた様子でルクスは俺から視線を外し、ネージュの方へと向き直る。
「うむ、案内しよう」
ネージュの先導の下、俺達は赤い荒野を騎獣に乗って進んでいく。
灼熱の世界というだけあって、草木が一切生えない不毛の大地がずっと続いている。
ミッドガルドが緑の世界だっただけに、そのギャップは凄まじい。
「どうやら、あれが目的地のようだな」
世界扉とは違い、こちらには認識阻害などは特に掛かっていないらしく、ある程度の距離まで近づけば肉眼でその全容が確認する事が出来た。
「……まさに炎の城って感じね」
俺達の視線の先には、炎に包まれた巨大な城がそびえていた。
ネージュの得た情報とも一致しており、あれこそがイフリートキャッスルであるのはまず間違いない。
「それで中の情報は?」
ネージュがユキムラ達から得たのは、雑魚モンスターに関する大雑把な情報だけだったらしい。
どうやら彼らはあのダンジョンの入り口付近ですぐに全滅してしまったらしく、中についてはロクな情報を持っていなかったそうだ。
果たして敵モンスターがそれ程に強いのか、あるいは……。
「ねぇ、そのユキムラとかいう連中は、どのくらいの強さなの?」
「ふむ……。そうだな。ゲーム内で顔を合わせた事は無いので、確度の低い情報になってしまうが、決して強い方とは言えないだろうな」
彼らは皆、無課金もしくは微課金らしく、Rアバターしか持たず装備も貧弱だそうだ。
まあそれは学生ならば仕方ないだろう。
だからこそ、情報を高値で売るなんて話に飛びついてしまった訳なんだろうしな。
「でもこのゲームってフルダイブVRだから、アバターのレアリティや装備の差なんて、ひっくり返す奴がいてもおかしくないのよね?」
フルダイブVRゲームの操作感覚は、実際の肉体を動かすのと酷似している。
である以上、現実で身に付けた身体技術はかなり有効なのだ。
実際、ミッドガルドの南西部に位置する"闘技都市アンフィテアトルム"に設置された闘技場では、リアルで武術や格闘技に秀でたプレイヤー達が、こと近接戦闘において、猛威を振るっていたりもするそうだ。
仲間達がどうかは知らないが、少なくとも俺は武術や格闘技の経験など特に無いので、正直そんな連中と斬った張ったは遠慮したいものである。
それに俺は、遠距離から一方的に魔法などをバンバン撃ったり、味方の支援をしたりする方が、どうも性に合っているようだしな。
「それはそうなのだが……。ただ、彼らは皆、本当に普通の大学生ばかりだから、そういった特殊な技術などは一切持ち合わせていないと思うぞ」
武術を学ぶには、一般的には然るべき人物から指導を受ける必要がある。だが、だからこそそういった経歴に関する調査などは非常に容易であり、それをネージュが見逃すはずもない。
勿論、独学で学ぶことは出来なくも無いのだろうが、それには弛まぬ努力が必要である以上、学生である彼らにそんな余裕は無いと思われる。
ただやはり現実とVR世界では異なる点がいくつもあり、そこを上手く突く事で、素人が格闘家たちを凌駕した例はいくつも存在する。
ただそんな連中は飽くまで例外であり、彼らがそんな特別な存在であるとは、ネージュの目には映らなかったようだ。
「要するに雑魚プレイヤーが、ペラッペラな装備で突っ込んで、あっさり返り討ちに遭ったってだけの話ね。悪いけど、それじゃあ何の参考にもならないわ」
ルクスの物言いは確かに辛辣ではあったが、同時に正鵠を射た言葉でもある。
「実際に戦うしかない」
結局、ヴァイスの言う通り、モンスターの強さについてはこの身で体験して知る他無いだろう。
ムスペルヘイムへの世界扉の位置。イフリートキャッスルの位置。生息するモンスター達の行動について。
彼らからこれだけの情報が得られた事で、もう満足すべきなのだろう。
もっともそれらの情報が、本当にネージュの支払った大金と釣り合うのか、俺にはやはり理解しかねた。
◆
「ボクが中の様子を見て来る。合図したら入ってきて」
そう言ってヴァイスが、燃え盛る扉を開き、一人中へと突入していく。
重厚な鎧を纏った彼女の後ろ姿は、やはり頼もしく見える。
『問題無い。来て』
やや待ってから、ヴァイスから連絡が来たので、俺達も城の中へと突入する。
するとそこには、エントランスらしき広い空間が広がっていた。
外よりも更に高温であるため不快指数がかなり高く、正直あまり長居をしたい場所では無い。
周囲を見渡せば、あちこちの壁や柱が燃えており、いつ崩れてもおかしくない雰囲気を感じる。
実際、ユキムラ達からの情報によれば、モンスター達の攻撃を受けて崩れた事もあったらしいので、注意が必要だろう。
「それで、どっちに行くんだ?」
ここから進む道は3つ。一つはこの部屋の奥へと伸びる通路。残り2つは、左右にある設置された上階へと続く階段だ。
果たしてどのルートが正しいのか? 残念ながらここから先の情報は一切無い為、俺達が選ぶしかないのだが、どうにも判断材料に乏しいのが現状である。
「……城という形を取っている以上、ボスが待ち受ける場所は、普通に考えればやはり玉座の間だと思われる。そして玉座の間というものは、一般的なRPGならば城の最上階付近にあるのが常だな。ならば、やはり上に向かうのが正道だと言えるだろうが……」
だが、上階へと向かうルートもまた2つ存在しているのだ。
そして2つの階段には、左右が逆になっている以外に特に目立った違いは見受けられない。
うーむ。何か他に判断材料は無いものか……。
「ふふん! なら右ね!」
場を包んでいた沈黙が、ルクスのそんな叫びによって破られる。
「ふむ。……してそのように主張する根拠は何だろうか、ルクス君?」
「右手法知ってるかしら? 右側の壁に手を付いて壁沿いに進めば、出口に辿り着けるって奴よ!」
それなら聞いた事はあるが、あれは確か……。
「ふむ。だがあの手法は別に左手でやっても、同様の結果が得られるのでは無かったかな?」
自信満々のルクスに対して、ネージュがそうツッコミを入れる。
その場合は左手法と言ったはずだ。
使うのが右手か、左手かの違いだけで本質的には同じ事である。
「ううっ」
「そもそもこの城のような立体型のダンジョンでは使えない」
そこにヴァイスがトドメの追撃を浴びせる。
……やめて! ルクスのHPはもう0よ!
俺の記憶が確かならあの手法は、飽くまで平面的なダンジョンにのみ適用されるはずだ。
そもそもからして俺達が目指すのは出口ではなく、ボスがいると思しき玉座の間だ。
その捜索に役立つ手法ではない。よって、今の状況ではその提案はほぼ無意味という訳だな。
「うううっ」
結局、俺が何か言うまでもなく、ネージュ、ヴァイスの2人から相次ぐ冷徹なツッコミを受けて、ルクスはその場に崩れ落ちてしまう。
……どんまい、ルクス。
「ふむ。とはいえ、他に良い案も浮かばない事だし、まずは右側の階段から探索してみてはどうだろうか?」
落ち込んだルクスをフォローするように、ネージュがそんな提案をする。
事前に検討を重ねるのは確かに重要な事ではあるが、そればかりでは話が進まない事も多々ある。
時には自分の足で情報を集めるべき場面だって、世の中には数多く存在するのだ。
「そうだな。俺は賛成だ。仮に間違ってたとしても、それはそれで次の判断材料になるしな」
ダンジョンのデザインは、大抵一つの方針に沿って行われるものだ。
だからこそ、その一部を知る事によって、全体の傾向がある程度分かったりもする。
「同意する。今は情報を集める時」
まだ落ち込んでいるルクスをよそに、俺達3人は右側へと向かう案にその意思を統一させる。
「……あんた達、ちょっと酷くない?」
散々ボコボコに言われた挙句に、大した理由もなく自身の案を採用されても、あまり嬉しくは無いのだろう。
物凄い不満そうな顔でこちらを睨みつけているが、軽く受け流しておく。
「では右側の階段へ――どうやら、その前に歓迎の宴が開かれるようだな」
ネージュが一歩前へと出た途端、奥からモンスターらしき影が次々と現れる。
情報通り、彼女達は皆、火の玉をモチーフにした姿をしている。
……可愛いな。
「では戦闘開始だ!」
襲い掛かって来る火の玉娘達を俺達は迎え撃つ。
◆
「ふむ。特に問題は無かったようだな」
イフリートキャッスルにおける俺達の初戦は、あっさりと終了した。
まだダンジョンに入り口だからか、あるいは俺達が強くなり過ぎたのか。ともかく、大した苦労もなく敵の殲滅に成功したのだった。
その際、危惧していた建物の崩壊なども発生せず、正直なところ少し拍子抜けな感覚するあるくらいだ。
「問題大有りよ! イツキ、あんた最初の方、ちょっと手加減してたでしょう?」
なんという言いがかりだ。そんな事あるはずがない。
「モンスター達がちょっと愛らしい姿をしていたから、少し観察をしていただけで、戦闘で手抜きをした覚えは一切ないぞ!」
魅力的な彼女達の姿をいくつかスクリーンショットに収めていただけだ。
動画も勿論撮影済みなので、後でゆっくりと見直す予定だ。
「……ねぇ? あんたってやっぱロリコンなの?」
ルクスがいつも以上に冷たい視線をこちらへと向けて来る。
「はぁ? なんでそうなるんだ? 俺の好みタイプはいつも言っているが、ソルちゃんみたいな子だぞ? そしてソルは別にロリじゃない」
まったく失敬な。人をロリコン呼ばわりするとは。
俺は現実の女性を愛せないだけで、それ以外は至ってノーマルである。
「ああ、そう……。ロリの定義がどこまでかについては、今は置いておくとしても、さっきのモンスター共はどう考えてもロリじゃないかしら?」
イグニスファトゥスはほほ笑みが素敵な幼女、ウィルオウィスプは気弱な感じが魅力の幼女、鬼火はその利発そうな目線が癖になりそうな幼女であった。
そんな幼い彼女達にもし恋慕の情を向けたとすれば、確かにロリコンの誹りは免れないかもしれない。
だが、俺が彼女達へと抱いている感情は、親愛や保護欲などといった穢れない純粋なモノなのだ。
だから、批難される謂れなど俺には全く無い。
「あー、なんかもういいわ。私が悪かったわよ……」
その事について懇々と語って聞かせる事しばし、どうにかルクスも理解を示してくれたようだ。
やはり、俺は間違っていなかった。
「ゴホン。あー、2人ともそろそろ攻略を再開したいのだが?」
ネージュの言葉で、俺は本来の目的を思い出す。
そう、今は大事なダンジョン攻略の真っ最中なのだ。
俺は自身の頬をパンと叩き、前を見据えて武器を構える。
さあ、俺達の戦いはまだ始まったばかりだ!




