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4 ガチャの結果

 手持ちの神授石を消費すると、俺の目の前に3色の球体が詰め込まれたガチャボックスが出現した。

 相変わらず見た目には虹色の球体の数が多く、プレイヤーを騙そうという意志がありありと感じられる……気がする。


「そういえばガチャを回すのは、まだ2度目なのか」


 開始直後に回して以来、まだ一度もやっていなかった事実を思い出す。


 俺としてはどうせ課金するならば、より効果的な場面で行いたいという思いがある。

 具体的に言うならば、今のように新たに欲しいアバターが実装した時などだ。


 最初のサービス開始から間もなくログアウト不能事件が発生。同時に課金処理が停止された為、戦力不足は感じていても課金は出来なかった。

 サービス再開後はユグドラビリンスが閉鎖により当面の目標が失われたので、急いで課金ガチャによって装備などを揃える必要性を感じなかった。

 そんな訳で、なんだかんだと今に至るまで、俺は一度もガチャを回していなかったのだ。

 

 しかし、それも今日で終わり。

 新SSRアバターが追加され、そのうちの一つがソルのバージョン違いで、しかもなんと期間限定。

 日頃から"Sol is Mai Waifu"と公言して憚らない俺としては、今回さずにいつ回すというような状況だ。

 

 そう、今の俺はソルへの揺るぎない愛を証明する為、課金ガチャを回すことを強いられているのだ。

 だから、ほんの30万円程度課金ガチャにぶっこむの、止むを得ない事なのだ。


 ……いやー、ガチャなんてほんとはしたくないんだけどなー。でも仕方ないんだよなー。


「さて。鬼が出るか、蛇が出るか……。頼むぞ……っ」


 初めてガチャを回した際には、SSRアバターを引く事の困難さを俺は理解していなかったが、今はもう違う。

 SSRが出ない度にいちいち凹んでいたら、きっと俺はガチャが終わった頃には、潰れてぺしゃんこになってしまうだろう。

 などと、運が悪くても仕方がない的な予防線を内心で張りまくりつつ、ガチャボックスから球体が排出される様子を見守る。


「金、銀、銀、銀、銀、銀、銀……」


 1発目からSRを示す金色の球体が出てきたのは僥倖だと言えるのだろうが、生憎と俺の狙いはSSR、しかも[ビーチの女神]ソルのアバター解放装備である"スプラッシュサマーワンド"の一点狙いだ。

 俺の目線は遥か高みへと向いている為、その程度の些事では素直に喜ぶ事など出来ないのだ。


「銀、銀、ぎ……いや虹!?」


 最後に排出された球体は、俺の眼には一瞬銀色のようにも見えたのだが、どうやらそれは俺の見間違いだったらしく、見事なまでに輝かしい虹色をしていた。


「おっしゃぁ! いきなりSSR来たぁ! いやいや待て待て、喜ぶのはまだ早い。問題は中身だ……」


 無言でひたすらガチャを回し続けている2人――特にルクスの方はなんだか瞳が濁っているようにも見える――をよそに、俺はホクホク顔でガチャの開封作業へと移る。

 前回同様、レアリティの低いモノから順に開けていき、最後に出た虹色の球体が手元へと残った。


「頼むからソル来てくれ! いや、早々に欲を掻き過ぎてはダメだな。ここはアバター解放装備ならどれでもOKとしよう。いやでもやっぱり、ソルは捨てがたい……」


 ブツブツと呟いている俺の姿は傍から見れば不審者そのものかもしれない。だが、今の俺にそんな事を気にしている余裕など無く、脳内は虹色の中身に対する興味で完全に占領されていた。


「うーん。すぐさま中を確認すべきか、あるいはここは開けずに運気を維持したまま、次のガチャを回すべきなのか。むぅぅ、悩むましいな……。ええい、ままよ!」


 色々と悩んだが、結局、中身を知りたい欲求に抗えずに、俺は開封を選択した。


 ◆◆◆


 装備名:〈スヴェル〉 Lv:1/40

 種別:盾 属性:火 レアリティ:SSR

 解放アバター:ソル


 ◆◆◆


「……いやさ。ねぇ、確かにソル来いとは言ったけどさ……」


 よりにもよって俺が引き当てたのは、水着ソルではなく普通のソルの解放武器であった。……要するにダブりである。


「はぁぁぁ、こんなん考慮しとらんよ……」


 思わず身体の奥から、深いため息が漏れ出てしまう。

 追加されたSSRの存在にばかり気を取られ、元々存在しているSSRが出る可能性を完全に忘れていた。

 

 そんな訳で、俺にも落ち度があるのは事実なのだが、にしたってこれはあまり不意打ち過ぎやしませんかね……。


「ああもうっ。なんという運の無駄遣いっ!」


 ネージュが莫大な資産を投じてなお、たった一つも引けなかった装備を、期せずして2つも引いてしまう結果となった。

 この事をネージュが聞けば怒るかもしれないが、俺的には期待した分だけ落胆も大きい結果であった。

 どうせならその運の良さで、別のSSRアバター解放装備を引きたかったものだと切に思うのだ。特に水着ソルのを。


「まっ、いいや。次いこ次」


 確かに少し、いや大分ガックリ来たものの、すぐに気を取り直す。

 最初の10連でイキナリSSRを引けたのだ。これ自体は決して悪い結果ではなく、むしろ確率的には大勝利なはずだ。

 手に入れたSSR装備自体も、新アバターの解放こそ出来なかったが、既に持っているものと合成する事でレベル上限の解放が出来る。

 戦力強化という面で考えれば、なかなか良い結果であるのだ。


「……少なくとも、アイツラよりは大分マシっぽいしな」


 ネージュの方は、淡々とガチャを回しては、その開封作業にひたすら勤しんでいるように見える。

 俺の様に1個1個の中身にいちいち頓着する事なく、流れ作業の如き手早さで次々と開封していく為、そのペースはかなり早い。

 ただ、その表情には僅かだが険しさが滲んでおり、彼女が目的として掲げていた新規SSRアバターの入手はまだ達成されていない事が察せられる。

 まあ彼女の場合、新規追加の3つとソルを除いた全てのSSRアバターを既に持っている事もあり、ダブる危険性は俺なんかより遥かに高いので、仕方が無い事なのかもしれないが。


 対してルクスの方はというと、物凄い形相を浮かべながら、時折声を荒げていた。


「ちょっともうっ! なんでこんだけ課金して、SSRアバターが一つも出ないのよ! 運営ふざけんじゃないわよ!」


 正確な数は不明だが、既にかなり課金したにも関わらず、どうやらSSRアバター解放武器をまだ一つも引けていないらしい。


「うううっ、もう火力のあるアバターがいいとか我儘言わないから、お願いよぉ……」


 先程の荒れた様子から一転、今度はさめざめと泣かんばかりに落ち込んでいる。

 その余りの変わり様に、見ていてなんだか哀れになってくる。しかしそんな彼女に掛ける言葉など俺は持ち合わせておらず、結局そこから目を逸らすのだった。


「さてと、次こそは頼むぞ~」


 彼女達の事は一旦頭の隅に放り投げておき、ガチャを回す作業へと戻る。

 再び神授石を消費し、ガチャボックスが目の前に出現する。


「銀、銀、銀、銀……」


 レバーを引くと、先程とは違い今度は銀色の球体ばかり排出されてくる。


 ……まあ、そうそう上手くはいかないか。


「あと3つか。銀、……虹!?」


 10連ガチャも残り2つという段になって、待望の虹色が視界へと映った。


「次ラスト! ちょっ、うおぉぉ! 虹2連続キター! よっしゃー!!」


 続いて排出された最後の1つも虹色であった事に、俺は思わず歓喜の叫びを上げてしまう。

 そう、10連ガチャでまさかのSSR2つである。SSRの排出率が僅か0.5である事を思えば、これは相当レアな現象だと言えるだろう。

 こんな事態を期待していなかったとは言わないが、それでも現実に起こるとやはり物凄く嬉しいものだ。


「いやいや、待て待て。浮かれるのはまだ早いぞ」


 ガチャでSSRを引いたとしても、そこから更にSSRアバター解放装備を引き当てる確率は、低い。俺のように1点狙いなら、尚更だ。

 一説では「SSRアバター解放装備の出現率はSSR全体の約1割程度では?」などとも言われている。

 大抵の場合はSSR幻獣か、もしくはただのSSR装備が出て来て残念な思いをするのだ。いや、今回のアップデートでSSR騎獣も追加されたから、そちらについても新たに考慮する必要がある。

 となると、最悪1割以下の可能性すら覚悟する必要があるかもしれない。


 俺は一旦、大きく息を吐いて深呼吸をし、興奮を収める事に努める。

 そして呼吸がある程度落ち着いたのを見計らってから、まずは8つある銀色の球体から開封していく。

 ここでも新規アバターを獲得出来たが、所詮そのレアリティはR。使うつもりは毛頭なかったのでその存在は、すぐに忘却の彼方へと消え去った。

 

 真の問題は、目の前に残された2つの虹色の球体の中身なのだ。


「じゃあ、まずはこっちから……」


 ゴクリと息を呑みつつ、恐る恐る左側の球体へと手を伸ばす。

 持った手が震えるのを感じるが、その一方で俺の中の期待感は否応なしに高まっていく。

 期待と不安、相反する感情がせめぎ合い、俺の心臓の鼓動が激しく踊る。


「そりゃぁぁ!」


 僅かな逡巡を経て、いよいよ覚悟を決めた俺は、勢い良く開封する。

 果たしてその中身は――


◆◆◆


 装備名:〈スプラッシュサマーワンド〉

 種別:杖 属性:水 レアリティ:SSR

 解放アバター:[ビーチの女神]ソル


◆◆◆


「……まじか。ホントに来ちゃったよ」


 欲しいな。来ないかな。ガチャを回しながらも、俺はそんな事ばかりをずっと願っていた。

 だが、現実とは決して優しくは無い事を、俺は短い人生の中で理解していた。

 だから、正直なところほとんど期待はしていなかったのだが――


「……ヤバい。嬉しすぎて逆にヤバい……」


 先程のように、もっと嬉しさで飛び跳ねるかと思っていたのだが、どうやら俺の喜びの容量(キャパ)を超えてしまったらしい。

 表情筋が上手く動かせず、無表情のまま立ち尽くしてしまう。


「……どうしたのだ、イツキ君? つい先程まで何やら喜んでいたように見えたのだが……」


 そんな俺の異常を心配してくれたのか、ネージュが声を掛けて来る。


「え、あ、いや……。実は――」


 動揺の余り、少々たどたどしい感じとなってしまったが、どうにか事情を説明する。


「……そうか「おめでとう」の言葉を贈らせて貰うよ。ちなみに私の方も、どうにか新規SSRアバターを2つほど入手出来たよ。ただ――」


 どうやら、ネージュはまたしてもソルのアバターを入手する事が叶わなかったらしい。

 バージョン違いを含めソルのアバターばかり手に入る俺とは真逆とも言えるかもしれないが、投入した課金額が違いすぎるので、流石にそれを口に出すのは憚られた。


「いいじゃないか。どうせ、同キャラでパーティは組めないんだしさ。俺は基本ソル以外使うつもりないし」


「ふむ……。そうだな、そう考えるしようか。……そう言えば、もう一つのSSRは何だったのかね?」


 そう言えば、水着ソルの入手を喜ぶ余り、すっかりその事を失念していた。

 

「そうだな。今から開けてみるよ」


 一番欲しかったものは既に手に入れたのだ。

 先程とは打って変わり、気楽な気分であっさりと開封する。すると出てきたのは――


◆◆◆


 装備名:〈スプラッシュサマーワンド〉

 種別:杖 属性:水 レアリティ:SSR

 解放アバター:[ビーチの女神]ソル


◆◆◆


「は? え? えぇぇ~……」


 それを見た瞬間、なんとも言えない感情が、俺の脳内を駆け巡るのを感じた。


 続いて湧いて出て来たのは「またダブったのかよ」とか「10連で同じSSRが同時に2個出現とかどういう偶然だよ」とか「さっきの俺の感動を返しやがれ」など、様々な雑多な思考だった。

 あまりの珍事を前にして、俺の精神はすっかり混乱の坩堝へと沈んでいた。


「どうしたのだね、イツキ君? 様子を見るに、あまり良い結果では無かったようだが……」


 そんな俺を心配そうに見つめるネージュに対し、スプラッシュサマーワンドをアイテムボックスから取り出し、彼女へと見せる。


「む。それは、確か水着ソルの解放装備だったかな? それがどうしたと――」


 ネージュの言葉を遮り、俺はヤケクソ気味にもう一つのスプラッシュサマーワンドを取り出して、彼女へと見せつける。


「ま、まさか……。ダブったと、そう、言うのか……?」


 俺が無言で頷いて見せると、ネージュは膝からガックリと崩れ落ちてしまった。どうやら余程ショックだったらしい。


「なぜだ……。あれほどガチャを回したというのに、私はただの1つも手に入れる事が出来なかった。なのにイツキ君は――。ああ、神よ。どうしてこうも私に試練ばかりを与えた給うのか――」


 彼女には珍しく張りの無い平坦な声でブツブツと呟くその姿は、日頃の姿とのギャップも相まって、かなり不気味に見える。

 いつもならばここで俺がフォローに回るのだが、今は俺自身も運の無駄遣いっぷりに気落ちしており、生憎とそんな余裕は無かった。

 結果、昏い雰囲気を纏った2人がその場に立ち尽くすという謎の絵面が出来上がってしまった。


「ねぇ、あんた達、何やってんの?」


 暫く2人で黙ってその場に立ち尽くしていると、背後から声が掛かる。

 無言で振り返ると、そこには赤髪の女騎士――ルクスが立っていた。

 そして彼女の表情は、先程まで百面相していたのと同一人物だと思えない程に、晴れやかなものであった。


「ソルが……、ソルをどうしてもお迎え出来ないんだ……」


「なぜか、ソルばっかりダブるんだ……」


 結果こそ真逆であれど、俺達2人を落ち込ませたのは、ガチャの排出物の偏りが原因だ。


「……ネージュ。あんたは既に沢山SSRアバター持ってるでしょう? いい加減アバターコンプリートなんて無茶な夢、捨てちゃいなさいよ」


「うぐぅ……」


 ルクスの淡々とした、しかし鋭いモノ言いを受けて、ネージュは槍で突きさされたようにその体を仰け反らせる。

 その様子をボーっと眺めていると、今度はその矛先が俺へと向けられる。


「イツキ、あんたはまだ大して課金してないでしょうが。それで落ち込むなんて100年早いわよ!」


「あうっ。その通りです……」


 運の無駄遣いを俺は嘆いていたが、良く考えればそもそもまだ一円たりとて課金していないのだ。

 その事を今更ながらに思い出し、ちょっと恥ずかしさで悶えてしまう。


「中々厳しい事言ってくれるなルクス君。しかし、つい先程まではあれだけ取り乱していたのに、今は妙に落ち着いているな。何か良い事でもあったのだろうか?」


 確かに、俺もルクスの変わり様は気になっていた。

 ただルクスにとって、いや俺達4人にとって良い事など、決まっている。


「ふふん。良くぞ聞いてくれたわね!」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりの勢いでルクスがそう叫んだ直後、彼女の周囲が光に包まれ、その姿が揺らいでいく。


「とぉ!」


 次の瞬間、そこに存在していた赤髪の女騎士は影も形もなくなっており、代わりにそこには黒髪をなびかせた麗しい美女が立っていた。

 彼女が身に纏うのは、紫を基調とした古代エジプト風の神官服を、更に現代風にアレンジしたような服装だ。

 それがまた一層、彼女の神秘性を引き立たせているように見える。


「ほう。それがオシリスのアバターなのか」


「そうよ! 凄いでしょ!」


 さっきまでの話を聞く限り、多分ネージュも同じアバターを持っているはずなのだが、ここは言わないが華だろう。


「そうか、それはおめでとう。だが……、たしかオシリスのクラスはクレリックでは無かったかな? ルクス君はてっきり、アタッカーに拘りがあるとばかり思っていたのだが……」


 ネージュ自身も当然気付いているのだろう。だからか慎重に言葉を選びながら、ルクスへとそう指摘をする。


「そうね。確かにあんたの言う通り、過去の私はそうだったかもしれないわ。だけどね、私は悟ったのよ。クレリックがアタッカーをやっても別にいいじゃない? って事をね!」


 言い方は少しあれだが、ルクスの言葉自体は、実は案外間違って無かったりもする。

 実際ソルがそうなのだが、立ち回り次第という条件は付くにせよ、そこらのSRアタッカー以上に高い火力を出す事は、決して不可能ではない。

 勿論、そんな事を実行しようとすれば、肝心の回復が疎かになる危険性が高い為、あんまり推奨される行為では無いが。


「で、実際のところは?」


「あんまりにもSSRアバターが来なくて心が折れそうだったので、つい妥協しました! えへっ」


 ……どうせそんな事だろうと思ってたよ。


 俺のツッコミに対し、指を頬に当ててポーズを決めるルクス。

 可愛く誤魔化そうとしているようだが、声が若干震えてしまっているのが、余計に哀れに見えてならない。


「ドンマイ」


 俺がポンッとその肩を叩いてやると、その瞬間、ガックリと膝をついてその場に崩れ落ちるルクス。


 ……なんかコイツら崩れ落ちてばっかだな。


「だって……。だってぇ! いくらガチャを回しても、出て来るのは銀、銀、銀、銀色ばっかり! 何が一面銀世界よ! ここは雪国じゃないっってのよ! 偶に違うのが来ても金色ばっかだし、私もう回すのに疲れちゃったのよ……」


 どうやらかなりの額を課金ガチャに突っ込んで爆死した事で、心に深い傷を負ってしまったようだ。普段のルクスからは想像できない程に、悲壮感に溢れた表情をしている。

 あまりの落ち込みっぷりに、慰めの声を掛けたくなるが、今の俺がそれをしてもきっと逆効果だろう。

 なので、この場の収拾はネージュに任せる事にする。


「ルクス君。辛く感じる気持ちは私にも良く理解出来るぞ。……うむ、やはり課金ガチャでの失態を取り戻すには、課金ガチャしかあるまい。ここは追加の御理解を――」


「待て待て待て! そこでどうしてそうなる!?」


 前言撤回。

 他はともかくとして、こと課金に関しては、こいつはまったく当てにならないのを忘れていた。

 

「ともかく2人とも一旦落ち着いてくれ!」


 やむを得ず、俺は2人の宥め役を演じる羽目になってしまう。


「なによぉー! 大体あんたは、自分の欲しいモノ全部手に入れられて、満足なんでしょうけどねー!」


「そうだ、そうだー! 私もソルが欲しいぞー!」


 結果、随分とやっかみを受ける事となったが、どうにかこうにか2人を落ち着かせる事に成功した。

 

 ……はぁ、かなり頑張ったよね、俺。



 課金ガチャに関する話題も一段落したので、俺達はヴァイスの元へと戻る事にした。

 だが、俺達が近づいても彼女はつっ立ったまま反応が無い。多分、まだ調査中なのだろう。


「待たせたな、ヴァイス」


 仕方なくヴァイスへと俺はそう呼び掛ける。

 すると、突然首だけがグイッと動いて、俺の方へと顔を向けて来た。

 なんかちょっと怖いぞ。

 

「構わない」


「そ、そうか。それで何か耳よりな情報は見つかったのか?」


 いきなりそう言われて、少々たじろぐもどうにか返事をする。


「調査結果を聞きたい?」


「ああ。頼むよ」


 するとヴァイスはコクリと可愛らしく頷き、そして語り始めた。


「結論から述べると、今のボク達では新ダンジョン"イフリートキャッスル"の攻略は不可能」


「へぇ。私達じゃ、実力不足だっていうの?」


 不可能という言葉に反応したのか、ルクスが食い気味でそんな事を言う。

 口調は女性らしいものになっても、好戦的な性格は相変わらずだ。


「違う。実力の問題ではない」


「……どういうことかしら?」


 淡々とそう述べたヴァイスに対し、ルクスは訝し気な表情を向ける。


「イフリートキャッスルが存在するのは、ここミッドガルドではなく、ムスペルヘイム。しかし、その世界扉は未発見」


「なるほどな……。ダンジョンに到達すら出来ないのでは、確かに攻略は不可能であると言えるな」


 要するに、ダンジョンが存在するムスペルヘイムへと渡る世界扉をまず見つけないと、挑戦する事すら不可能という訳だ。


「はぁ、って事はもしかして、世界扉(ワールドゲート)探しから頑張らないといけない訳? まったく面倒な話ね……」


 今いる世界"ミッドガルド"はかなり広さを誇っている。

 サービス再開後、俺達は世界各地を旅してきたが、自力で世界扉を発見した事はまだ一度も無い。騎獣の存在によって、これまで以上に探索範囲は広がるだろうが、それでも大変な事に変わりは無い。


 というかそもそも、俺の知る限りでは発見済みの世界扉はまだ2つしか存在しないのだ。

 そのうちの1つについては、ネット上に情報が流れたことで、世界扉の座標まで知れ渡っているが、もう一つについてはほとんど謎のままだ。

 その世界を映した画像がいくつか出回った事によってその存在が発覚しただけに過ぎず、画像の流出主を含め詳細は不明なのが現状である。



 結局、他に良い案も浮かばず、地道にムスペルヘイムの世界扉の捜索に励む事にした俺達だったが、残念ながらその進捗は芳しいとは言い難い。


「あーもう! なんでこの世界は、こうだだっ広いのよ!」


 ミッドガルドの特徴としては、基本的に平坦な土地が多く、草木が生い茂る平原がその面積の多くを占めている。

 全体的に遮蔽物が少なく、少し高い場所へと登れば、地平線すら拝むことが出来る程だ。 

 緑が多く眼の保養にはうってつけの世界ではあるのだが、その反面、ずっと旅をしているとどうにも変化が薄く感じられるのが、欠点と言えるかもしれない。

 各地には、ぽつぽつと小さな村や町も点在しており、スローライフを送っているNPC達の姿も見受けられる。

 勿論、モンスター達も生息しているのだが、ユグドラビリンスを乗り越えた俺達には、少々物足りない敵ばかりなのが実情であった。


 つまるところ、今の俺達は刺激に飢えていたのだ。


「いっそ、世界扉の捜索は一旦やめて、ニブルヘイムに行ってみるか? あそこはかなり過酷な環境みたいだし、退屈する事は無いと思うぞ?」


 イベントを放り出すのは少々気が引けるが、ただ呑気に捜索を続けるのも少し飽きが来る。

 偶には気分転換代わりにお出かけも悪くはないと思い、そう提案をしたのだが――


「ふむ、そうだな……。むっ……?」


 俺の提案に返事をしかけたネージュが、突如としてその動きを止める。


「……どうしたんだ、ネージュ?」


 何度か問い掛けてみるも、返事は無い。

 だが、微かに動きはあるので、ログアウトしたという訳では無さそうだ。

 それから様子をしばらく見守っていると、やっとでネージュが再起動をする。


「すまない。ちょっと気になるメールが届いてな」


「ふぅん。たかがメールであんたがそんなに動揺するなんて、珍しいじゃない?」


 彼女宛てのメールは良く届いているようだが、普段の彼女ならばゲームプレイ中にそれらについて一々頓着する事は無い。

 である以上、何か特別な事が書かれていたのだと推測出来る。


「うむ、実はな――」


 ネージュが語ったそのメールの中身は、なんとも判断に困るものだった。


 その内容を簡潔に述べれば、ムスペルヘイムの世界扉の座標を教える。イフリートキャッスルに関する情報も教える。

 代わりに、その対価を現金で支払えというものだった。


「そもそも、どうやって差出人がこのアドレスを知ったのかが、謎だな……」


 ネージュはいくつかのメールアドレスを使い分けているらしい。

 そしてそのメールが届いたのは、極一部の人間しか知らない筈のプレイベートアドレスにらしい。


「普段使いのアドレスに届いたならば、単なる悪戯だと切って捨てても良かったのだが……」


 どのようなルートからそのアドレスの存在を知ったのか、差出人の正体がネージュは気になるようだ。


「ふむ、私はこの取引を受けてみようかと思う」


「ええっ!? 嘘でしょ? いくらなんでもこんな馬鹿みたいな大金を支払うなんて有り得ないわよ!」


 ルクスが声を大にして、ネージュの言葉に反対する。

 勿論、俺もルクスと同じ意見だ。


 ムスペルヘイムの世界扉の位置座標という情報は、今現在のゲーム情勢において、かなり価値が高い情報である事は疑いようもない。

 だが、だからといって、それに100万円も支払うというのは、流石にどうだろう?

 いやまあネージュにとっては、100万円なんか端金なのかもしれないが、でもやっぱりなぁ……。


「ムスペルヘイムの座標情報について知りたいのは事実だが、何よりやはり差出人の正体が気になるのだ。それを探るべく、まずは色々と交渉を行うつもりだ」


「そういう事ね……」


 どうやら交渉でのやり取りから相手の情報を引き出し、差出人の特定を行う腹積もりらしい。

 その意図を察したルクスは、渋々ながら納得の表情を見せる。


「たかが100万を得る為に私に喧嘩を売った事、存分に後悔させてみせよう」


 フフフと、普段見せる事のない黒い笑みを全開にしているネージュの姿を見て、俺は決して彼女を敵に回さないよう心に誓うのだった。


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