3 共同生活開始
今回からイツキ視点へと戻ります。
「……イツキ! ……イツキ!!」
夢すら見ることもなく熟睡していた俺の脳裏に、そんな言葉が響いてくる。
安眠を邪魔されたにも関わらず、不思議とその事に怒りを覚えない。
それはきっと彼女の発する声色に、人気アイドルが持つような魅力が内包されていたからだろう。
「……イツキ! あんた、いい加減に起きなさいよ!」
「ふあぁ……。おはようルクス」
そうして目を開いた俺の視界に映っていたのは、ツインテールの美少女だ。
若干不機嫌そうな表情を浮かべながら、彼女はこちらを睨んでいる。
「あんた、ちょっと寝すぎじゃないの? ゲーマーとして、いえ、テストプレイヤーとしての自覚はあるの?」
「……ん? いやいや、ちょっと待ってくれ! 言う程、俺そんなに寝てないからな?」
今の時刻を見ればまだ朝の6時頃。そして俺の記憶が確かなら、就寝したのは朝の3時過ぎだったはずだ。
それからまだ3時間も経っていない。
「これだけ寝れば十分でしょ。それよりさっさと顔を洗って、朝ごはんを食べて来なさいね。私は先にREOに行ってるから」
ルクスも多分俺と同じくらいしか寝ていないはずなのに、至って元気そのものだ。
その活力は一体どこから湧いて出て来るのか。正直、ちょっと羨ましく思える。
……多分、歳は俺と大して離れてないと思うんだけどな。
そんな事を考えつつも顔を洗った俺は、食堂へと向かう。
「2人とも、おはよう」
「おお、イツキ君か。ちゃんと起きれたようだな」
既に食堂で席に着いていたネージュが、そう声を掛けて来る。
……しっかし、いつ見ても妙な和服着てるんだな。毎回着付けとか面倒じゃないんかね?
「ああまあ、誰かさんにあんだけ騒がれたらな」
「まあ、そう言ってやるなイツキ君。彼女は彼女なりに、君を気遣っているのだよ」
一応それはちゃんと理解している。
ちょっとツンデレ入ってるだけで、基本あれはいい奴なのだ。
「ボクはルクスの事、少し苦手……」
ヴァイスがいつも通りの無表情を保ったままそう呟くが、心無しその目は泳いでいるようにも見えなくもない。
「はは、まああんだけ構われたらそうなるわな……」
ルクスはどうやらヴァイスの事を痛く気に入ったらしく、何かと彼女に構おうとするのだ。
対してヴァイスはというと、やや無口な事からも察せられるように、どちらかといえば人と距離を取りたがる方だ。
結果として2人はイマイチ噛み合わず、ヴァイスはルクスに対し若干苦手意識を持つようになってしまったようだ。
もっともそれは現実においてのみに限定された話らしく、ゲーム内ではお互い普通に接しているようだ。
「ま、まあ、彼女も悪気は無いのだよ……」
ネージュのフォローの言葉が今度は空しく響く。
「そうだ。2人とも、ここの生活にはそろそろ慣れたかね?」
妙な感じになったこの場の空気を変えるためか、ネージュがそんな当たり障りの無い事を尋ねて来る。
「そうだな……。俺以外が女性ばっかってのは少し落ち着かないが、まあ割と慣れたかな……?」
そもそも、何故俺が彼女達と共同生活をしているのか。
その理由を語るには少し過去へと遡る必要がある。
◆
これは俺達4人がミュトス社へと突撃した翌日の事だ。
『そういう事だからイツキ君。数日中に荷物を纏め、引っ越しの準備を整えておいてくれ給え』
『……はぁ?』
突然のネージュからの連絡に対し、俺はただそう返す事しか出来なかった。
昨日は帰ってからもラグナエンド・オンラインにログインしたせいで、かなり夜更かししてしまっており、正直まだ頭が回っていなかったのは否めない。
だがそれにしたって、ネージュの発言はあまりに突飛すぎるように思える。
『ああ、業者の手配などは全てこちらで取り計らっておくので、心配は不要だぞ?』
『いやいや、待て待て。なぁ、ネージュ。お前は一体、何の話をしてるんだ?』
事情が全く分からないせいで、彼女が何の話をしているのか露程も理解出来ずにいるのだ。
『ふむ? ああ、そういう事であったか。すまない。どうやらまだメールを見ていないのだな』
何のことだ? そう思いつつも俺は携帯端末を確認する。そこには確かにネージュからの連絡が届いていた。
ただし、その受信時刻は明け方の午前4時過ぎであったが。
……寝てるっつうの。
『なになに……』
まだ半覚醒状態の脳をどうにか稼働させて、そのメールの内容を読み解いていく。
そこには、驚くべき内容が記されていた。
『はぁ? テストプレイヤーは全員ネージュの家で共同生活をするって? おい、これどういう事だよ? 全く聞いてねぇぞ?』
『ふむ、それは当然だろうな。なぜならその事は、そのメールで初めて伝えたのだからな』
自信満々に堂々と言い切らないで欲しい。
『それで……なんでまたそんな事に?』
『うむ。昨日、君たちと別れた後の話になるのだが、ミュトス社の担当者とテストプレイの詳細についての打ち合わせを行ったのだ。そこで彼らが新型SDIの社外持ち出しに対して難色を示してな』
テストプレイの実施については、新型SDIの開発責任者である久世創が決定した事なのだが、だからと言って彼らの立場としては、その言葉をただ鵜呑みにする訳にはいかなかったのだろう。どことなく上の我儘に振り回される下っ端の悲哀を感じてしまうのは、俺の考え過ぎだろうか?
『そこで妥協案として挙げられたのが、我が家でテストプレイを実施するという案なのだ。私が社長の縁戚という事もあって信頼関係が元々あるため個々で管理するよりは、遥かに情報流出の危険性は少ない。また私の屋敷で管理すれば新型SDIを物理的に盗まれるという心配もほとんど無い。うちの警備担当者は非常に優秀だからな』
なるほどな。確かに理には叶っている。
いや、でもだったら最初っからテストプレイを社外の人間にやらせようとすんなよ、と言いたくなるな。
『えっとな。ネージュは忘れてるかもしれないから改めて言っておくが、一応俺は男だぞ? いいのか? 未婚の男女が一つ屋根の下で共同生活だなんて……』
『なに、イツキ君ならば問題ないと私は考えているよ』
なんだその妙に重たい信頼感は。
『おい。それはあれか? もしかして俺の見た目が女みたいだからって、同性扱いするつもりなのか?』
思わず口調に微かに怒気が混ざってしまう。
見た目はともかくとして、俺の心は完全完璧に男そのものなのだ。
だからこそ、もし外見だけで判断してそう言っているのならば、流石に俺も黙ってはいられないのだ。
『ははは、それは誤解というものだよイツキ君。……確かに君の中性的ともいえる容姿は、我々に安心感を与えてくれるが、それよりも我々にとって重要なのは、実際に顔を合わせた際の君の態度だ。君は我ら3人が皆女性だと知ってもその態度を何ら変える事はなく、そのままの君で接してくれた。君のソルに対する熱愛ぶりから察するに、単に我らを女性として見ていないだけかもしれないが――それでもやはり、私は嬉しかったのだよ』
拳に入れていた力が、フッと抜けていくのを感じる。
『そう、か。その、なんだ。……変に疑って悪かったな』
『なに、気にする必要は無いさ。イツキ君がその容姿のせいで色々と苦労してきたのは、一応理解しているつもりだ』
『ネージュ、お前なかなかいい女だな』
もともと良い奴だとは思っていたが、その評価を改めて再認識する。
『ふむ、もしかして私に惚れたかな?』
そんな俺の反応に対し、画面越しのネージュが、胸を張ってこちらへと不敵な笑みを向けてくる。
『馬鹿言うな。俺はソルちゃん一筋だ』
確かにそれなりにグッと来た事は否めないが、やはり俺の心中で滾る熱の大半はソルへと向けられている。
その事実がそうそう揺らぐ事は絶対有り得ないのだ。
『はははっ、それは残念だ』
ネージュが大して残念でも無さそうな声で、そう返して来る。
別にいいけど、なんかその余裕っぷりは少しムカつくな。
『それで、お前の方はそれでいいとして、他の2人は了承したのか?』
ヴァイスの方はその辺へのこだわりが薄そうなので問題なさそうだが、ルクスは違う気がする。
『うむ。ルクス君の方は少し渋っていたが、こちらがきちんと話したら納得してくれたよ』
『そうか……』
なんだかんだいいつつも、ルクスも俺の事を信頼してくれたって事なのだろうか? だとすれば嬉しい話だな。
『さて、そろそろイツキ君の答えを聞かせて貰えるかな?』
ネージュの問いに対し、暫し俺は黙考する。
思えば俺の人生において、彼女達ほど気が合った連中は他に居なかったと思う。だからこそ、親友と呼ぶ事に抵抗が無かったんだしな。
そんな奴らと、一つ屋根の下で共同生活を送る。
よくよく想像を巡らせてみれば、俺が彼女達を異性として意識しない限りは、存外上手くやれそうな気がする。
学生時代の修学旅行でのたった数日間ですら苦痛でしかなかった俺が、家族以外との共同生活を楽しく過ごせるビジョンを想像出来るなんて、自分でも正直驚いている。
そしてこういう時の直感というのは、中々当てになるものだと俺は自負している。
ならば、それに今回も従うとしようか。
『分かった。俺もネージュの家で、お世話になる事にするよ』
『そうか! いやぁ、本当に良かった。これから宜しく頼むぞ、イツキ君!』
華が咲いたような声で、ネージュが素直な喜びを示してくれる。
それがなんだか妙にこそばゆく感じられた。
『ああ、こっちこそよろしくな』
こうして俺達4人は、ネージュの家で共同生活を送る事になったのだ。
◆
4人での共同生活とはいったものの、実のところネージュの家――いや屋敷と呼ぶべきか――には、かなりの数の人間が滞在している。
以前、店で俺達を歓待してくれた執事やメイドの方達もその中に含まれている。
その他にも、警備員らしき人の姿や専属の料理人など多くの人が屋敷には滞在しており、先日までネージュ一人で暮らしていたとはとても思えない。
勿論、それだけの人数が滞在出来る以上、屋敷そのものもかなり大きい。
全員分の個室は当然として、それ以外にも応接室や会議室、トレーニングルームなどといった部屋が数多く存在している。
食堂なんかも、俺達が普段使いしているものとは別に従業員用のものが用意されていたりと、ちょっとした会社のような充実ぶりだ。
また、建屋部分を除いたの敷地面積も相当な広さを誇っている。中心部から外れているとはいえ、都内でこれだけの土地を持っているのは、驚きの一言だ。
ちなみに野外には屋外プールや日本庭園などが和洋の別無く併設されており、妙なミスマッチ感を演出していたりもする。
そして何より一番の驚きなのが、これほどの規模の屋敷をネージュ一人の為だけに用意したというのだから、その一事を持ってしても、彼女の実家である白木院家の財力が凄さが窺えるだろう。
ちなみにこれは後から知った話だが、白木院家は4大名家の1つに数えられるらしい。4大名家の名前くらいは俺も聞いた事はあったが、庶民である俺には、それがどれ程凄いのかイマイチちゃんと理解出来ていない。
さて仮にこの屋敷の一室に、もし家賃を支払って住むとなった場合、果たしてどのくらいが相場なのだろうか?
一応正式な屋敷の住人として認められている俺達には、それぞれに専属のメイドが付けられており、その辺の維持に掛かる費用も含めればかなりの額だとは予想される。
勿論、ネージュが俺達に対し、家賃や生活費などを要求するような素振りを見せた事は一度も無い。
ただ流石に何の対価も支払わないまま、ここで生活をするのは気が引けたので、テストプレイの報酬から差し引いて欲しい旨を伝えたりもしたのだが――
「何、君たち3人が増えた所で、我が家の維持費への影響はほとんど無いに等しいのだから、どうか気にしないで欲しい。むしろ、暇を飽かしていた人員に仕事を与える事が出来て、こちらとしても助かっているのだ」
まあ、俺達が宛がわれた部屋も元々は空き部屋のようだし、食費なども元々の大人数に3人増えた程度では、ネージュの感覚では多分誤差の範囲でしかないのも理解出来てしまう。
その他の雑費についても言うに及ばずであり、俺達がいくら言ってもネージュは一切家賃や生活費などを受け取ろうとはしなかった。
むしろその事をあんまりしつこく言うと、彼女にしては珍しく不機嫌な表情を向けてくるので、結局うやむやの内に彼女の厚意に甘える事になってしまっているのが現状であった。
「君たちは我が家の正式な客人なので、遠慮は一切不要だぞ。ああそうだ。課金ガチャを含めゲームプレイに掛かる費用についても、勿論こちらで負担するつもりだ」
挙句にはそんな事まで言い出す始末である。
「ネージュ、あんたねぇ……。いくらなんでも、そこまで世話になれる訳がないでしょう!? 大体、人の金で回したガチャに何の価値があるのよ? ああいうのは自分で稼いだお金でやってこそなのよ? 分かる?」
「そ、そうか。その、なんだ、すまなかった……」
もっとも、元々俺以上に現状に対して、ある種の居心地の悪さを感じているらしいルクスから説教を受けた事で、その提案だけは取り下げられる事となった。
◆
俺達4人が共同生活を始めてから、1ヶ月ほどの月日が過ぎ去った。
久世創直々に依頼された新型SDIのテストプレイについても、今のところ特に問題らしい問題は起こっていない。
その為、定期的に提出している報告書の作成にも大した手間は掛かっておらず、むしろたったこれだけの作業で月ウン十万円の報酬が貰えるなんて、逆に不安になってくる程であった。
おかげで俺が当初危惧していた、テストプレイを引き受けたせいでプレイ時間が減るという心配は、ただの杞憂で終わっていた。
むしろネージュの屋敷に住む事になり料理や家事などに費やす時間が無くなった事で、プレイ時間が逆に増えた程なのだ。
そんな事情もあって、俺はラグナエンド・オンラインの世界に増々没頭する日々を送っていた。
そんな中、ついに待望の新イベントの実装が告知される。
イベント名は『万象焼き尽くす炎魔神』。
前回開催された『絶望を振りまく世界樹』と同じく、ダンジョン攻略型のイベントらしい。
前回とは異なる点として、今回のイベントは期間限定では無く、いつでも挑戦可能らしい。そういった意味で、少し気が楽なイベントだ。
またそれに併せて課金ガチャがリニューアルされる事も予告された。
大きな変更点は2つ。
一つは、騎獣という新たなカテゴリーのアイテムが追加される事だ。
「へぇ、これで大分移動も楽になるって訳ね」
これまで、ゲーム内での移動は全て自分の足を使って行っていた。
アバターの身体能力はかなり高く、また肉体的な疲労が無い為、かなりの速度を維持したまま長距離を走る事も可能だ。
しかしやはりずっと走るという行為は、いくら肉体が疲れなくても精神の方が消耗してしまう。
だが、今回追加された騎獣に乗れば、その移動が随分と楽になるようだ。
「こちらも全てコンプリートせねばなるまいな」
レアリティがRの騎獣は、普通の馬みたいな奴が多いようだが、高レアリティになれば、ドラゴンなんかの幻獣もいるようだ。
当然SSRの騎獣も存在しており、SSRの種類が更に増える訳だが、それによってSSRアバター解放装備の出現率が下がったりはしないか、少し気になる。
ちなみに騎獣に乗っている最中は、スキルや攻撃などの戦闘行為は一切出来ないらしく、戦力の増強にはあまり寄与しないようだ。
……あれ? これ、もしかして外れアイテム追加しやがったの?
そんな疑い頭を過ぎるが、その是非は、実際に実装してみるまでは分からない。なので今はその事は忘れておく。
もう一つの変更点は、新アバターの追加だ。
「ふむ。追加SSRアバターは3種類か。これも全て入手せねばなるまいな……」
サービス再開後、ネージュは唯一彼女が入手していないSSRアバターである"ソル"の入手の為、更に多額の資金をつぎ込んだのだが、結果は見事な爆死であった。ちなみに、どのくらい彼女がつぎ込んだのかというと……まあ、乾いた笑いさえ出ない金額とだけ言っておこう。
そんな事情もあってか、彼女は今度こそとばかりにリベンジに燃えているようだ。
特に今回の実装SSRアバターのうちの一つは、夏限定らしく、今の時期を逃すと来年の今頃まで手に入らなくなるそうだ。
しかし期間限定アバターとは、ミュトス社も随分えげつない手を使ってくるものだ。
「ううー、私も新しいSSRアバターは欲しいのよね。だってさ、次のイベントの相手って、どう見ても火属性っぽいじゃない? 風属性のトリスタンじゃ流石に厳しいと思うのよね……」
トリスタン以外のSSRアバターを持たないルクスが、悩まし気な表情でそんな事を言う。
「確かになぁ、イフリートで火属性以外って、流石に考え辛いしな」
幸い、俺の愛しのソルちゃんは光属性だから、どの属性が相手でも戦える為、そういった意味での不安はほとんど無い。
今のところSSR唯一のクレリックというオンリーワンの存在でもある事だし、その地位は当分は安泰だろう。
「ふむ? だが、新SSRアバターの一つは、ソルのバージョン違いのようだが? てっきりイツキ君は意地でも手に入れようとすると、私は思っていたのだが……」
ネージュの言葉に、俺は思わずウッとなってしまう。
そうなのだ。今回追加された新SSRのうちの一つは、[ビーチの女神]ソルというアバター名である。名前からも分かる通り、ソルのバージョン違いのアバターだ。
既に公開されている情報によれば、今回のイベントで有利な水属性で、しかもなんと水着姿なのだ。
ソルを愛してやまない俺としては、無論の事、是が非でも欲しいアバターなのではあるが……。
「まあ、一応30万くらいは課金する準備はしてるけどさ。その程度で手に入るとはとても思えないのが、このゲームの怖い所なんだよなぁ……」
誰とは言わないが俺のつい身近に、そのウン倍ウン十倍もの資金をつぎ込んで、見事に爆死した人物がいるのだ。
俺が尻込みしてしまうのも、無理はない話だと思う。
まあそう言いながら30万円も準備してしまう辺り、俺自身の金銭感覚が壊れ始めている疑いは濃厚だ。
実際、前回のガチャでソルを入手出来ていなかったら、もっとつぎ込んでいた可能性は高いしな。そういった意味でも自分のガチャ運の良さについて神に感謝するとしよう。
もっとも俺自身は無宗教の為、祈るべき特定の神なんて存在しないのだが。
そうそう宗教と言えば、今回のSSRアバターの一つにちょっとヤバそうな存在がいたな。
あれ、本当に大丈夫なんだろうか? 苦情とか来ないのかね?
実際、ネット上ではその事についてかなりの大騒ぎになっているようだしな。
俺個人としては、そのせいでREOの運営に悪影響が出ない事をただ祈るばかりだ。
……宗教団体って敵に回したらなんか怖いイメージあるしね。
「ボクはミカエルがいるから、他は要らない」
唯一、ヴァイスだけは新ガチャに対して、特に関心を示していないようだ。
彼女はタンク職に対して何やら拘りがあるらしく、その役割にもっとも向いているナイトのクラス以外には興味が無いらしい。
今回実装の新SSRアバターにナイトはいないしな。
一応ナイト同様にタンクの役割をこなせるモンクのSSRはいるのだが、ヴァイス的にはナイト以外は眼中に無い感じだ。
黄金の鉄の塊で出来ているナイトが、他のクラスに遅れをとるはずは無い、とか考えているのかもしれない。
そんな会話を交わしつつ、俺達は待ち遠しい気持ちを抱きながら、その日を今か今かと待ち続けた。
そうして、ついにやってきたアップデート当日。
現在は、メンテナンスの為、一時サーバーが閉じられており、ゲームにログイン出来ない。
「予定通りならば、あと1時間程でサーバーが開くはずだ。各自、それぞれのSDI内で待機して待つとしよう」
俺達はSDI専用の部屋へと移動し、それぞれに割り当てられた個室へと入っていく。
その中には、シャワールームやミュトス社から貸与された専用の新型SDIなどが設置されている。
俺は、とりあえず服を全て脱ぎ捨て全裸となり、シャワーで汗を流す。
乾燥を済ませた後、SDIのセットアップを済ませ、いよいよ装置の中へと入っていく。
SDIの点検は、ミュトス社から派遣された専門のスタッフが担当している為、今の所トラブルが発生した事は一度もない。
SDIの中で待機する事しばし、ついにメンテナンスの終了時刻が訪れ、同時にラグナエンド・オンラインのサーバーが開いたのを俺は感じ取る。
その瞬間、急いで俺はラグナエンド・オンラインへとログインするのだった。
「ちぇっ、俺は2番目か」
同じ回線、同じ場所からログインしている以上、俺達4人に環境的な条件の差は無いに等しい。
なので、俺達はメンテがある時などはいつもこうして、ログイン速度の速さを競ったりしていた。
そして今回はというと、俺がログインした時点で、残念なことに既にヴァイスの姿が俺の視界には存在していた。
「ボクの勝ち」
無表情のまま、Vサインを決めるヴァイス。
天使がVサインってどうなん? と思わないでもないが、まあ可愛いので良しとしよう。
これで笑顔だったら、もっと素敵だと思うんだけどな。
「むぅ、2人とも相変わらず早いな」
「あーもう! また負けたわ!」
俺に僅か遅れて、残りの2人もすぐさまにログインしてくる。
そして、俺達2人の姿を認めて悔しがるまでが、いつもの流れだ。
「さて早速だが、課金ガチャを回すとしようか」
悔しさをすぐに収めて、ネージュがそう提案する。
「ネージュ、あんたねぇ。まあ、でも今日はいいわ。私も新SSRが気になるし」
「そうだな。俺もソルの水着姿を早く拝みたいしな」
「ボクはガチャやらない。情報収集しながら待ってる」
「そうか、では頼んだぞヴァイス君」
そんな訳で、ヴァイス以外の3人で早速課金ガチャを回す事になった。
今回の俺の予算は、30万円。ちなみにルクスは50万円らしい。そしてネージュはというと……まあ、彼女の課金額について考えるのはよそう。
「うーん、まずはやっぱり先に無料の神授石から使うべきかねぇ」
ラグナエンド・オンラインには、ガチャを回す方法が2種類存在している。
一つは、ご存知の通り課金によるガチャだ。
クレジットカードや電子通貨などを利用して、ミュトス社に金銭を支払う事でガチャを回すという、多くのゲームで採用されている方法である。
そしてもう1つが、所持している神授石というアイテムを消費して回す方法だ。
神授石とはイベントなどで配布されるアイテムであり、現金との交換こそ出来ないものの、ゲーム内においては現金とほぼ同等の価値を有している。
例えば、神授石を5000個消費する事で、現金ならば5000円支払う必要がある10連ガチャを1回引けるという訳だ。
そして先日に起きたログアウト不能事件についてだが、どうやら運営側もプレイヤーに対し悪いとは思っていたのか、そのお詫びとして全ユーザーを対象に神授石を10000個、加えてログアウト出来なかったプレイヤーそれぞれに対して、閉じ込められた期間の長さに応じて最大で30000個を追加配布するという処置を講じていた。
ちなみに、このお詫びとして配布された神授石なのだが、その数の多寡について色々と物議を醸したりもしていた。
ぶっちゃけ、俺のように会社を首になった人間もいるだろうし、そうでなくても無断欠勤などによって会社での立場が悪化した人も少なくないはずだ。
彼らのように受けた被害が甚大だった連中からすれば、たかだか数万円足らずの価値しかなく、しかもゲーム内でしか使えないアイテムなんか貰っても、納得出来る人間はほとんどいないと思われる。
実際、ミュトス社に対して訴訟を起こす動きなどもあったらしく、その痕跡がネット上では窺える。もっとも、それが実行に移されたという話はついぞ聞く事はなかったが。
逆に、事件後すぐにログアウト出来た連中からの評判は、まずまずといった所だ。
世間では休日の出来事だった事もあり、彼らは実害をほとんど被っておらず、被害らしい被害と言えば精々、その後の長期メンテのせいで、買ったばかりのゲームを暫くお預けにされた事だろうか。
その程度の被害のお詫びとして、価値にして10000円を超える保証を貰えたのだから、莫大な被害を受けた者達の手前、表立って運営を褒め称える人間こそ少なかったものの、そこまで悪い印象を抱いていないように感じられた。
そんな様子を傍から見た俺が思ったのは、わざわざ全員に10000個という大量の神授石を配ったのは、大多数に媚びを売る事で少数派の意見を黙殺しようという運営の手管なのでは? という事だ。もしその推測が正しいのならば、運営の悪辣さにはため息しか出ない。
ちなみに俺達4人はというと、会社を退職する羽目になった俺を除いて、特に被害らしい被害は受けなかったようだ。
どうも、一緒に暮らすようになってから分かったのだが、仮にあの事件が発生していなくとも、多分彼女らの行動に大きな違いは生じなかったんじゃないかと思う。
それ程までに、彼女達はゲームに関連する事以外は、本当に何もやっていないようなのだ。同じ家で共に暮らし、ゲーム内でもほとんど一緒に行動している俺には、それが分かってしまうのだ。
今となっては俺自身としても、会社を辞める良い切っ掛けだったと思っており、あの事件について後悔や恨みなどは特に抱いてはいない。
むしろ、テストプレイという掛かる時間は軽微、しかし報酬はかなり美味しい仕事を貰えた為、俺個人の感情としてはミュトス社への感謝の気持ちの方が大きいくらいであった。
「さて、じゃあ俺もガチャを回すとしますか」
隣では既にネージュやルクスがガチャを回し始めており、その表情が徐々に険しくなっていくのが見て取れる。
そんな彼女達の姿を横目で見て苦笑しつつも、俺はまた神授石を消費して10連ガチャを回す事にした。