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2 新世界

 世界扉の上に俺達が乗ると、魔法陣が輝きを帯びていく。

 その光が俺達を包み込んだ瞬間、僅かな浮遊感と共に、俺の視界が一気に歪む。

 やがて、その歪みが晴れた俺の視界には、新たなる世界の景色が映し出されていた。


「おお! もしかして、これ当たり引いたのか? 引いちゃったのか?」


 俺の眼前には、いかにも水気の無さそうな赤い大地が広がっていた。

 周囲には草木の一本すら見当たらず、それどころか所々で炎の柱が吹き上がっているのが見える。

 そのせいで気温も高いらしいが、不思議と不快な感じはしない。


 高いマシンスペックによってリアルな現実感を俺達に与えてくれるネオユニヴァースだが、現実との齟齬が全く存在しない訳ではない。

 温度の変化もその一つで、例えば鉄をも溶かすような灼熱の業火に手が触れたとして、その手は確かに熱いという感覚を受けるのだが、それだけである。

 熱によって火傷を負う事はあるが、その火傷による痛みが発生しない為、どうしても現実と齟齬が生じるのだ。

 それは痛みに限らず、暑苦しさによる不快感などのネガティブな感覚は、基本感じないようになっているからだ。

 まあ、なんもかんもリアルに寄せ過ぎると、戦闘なんかやってられないので、そこは仕方が無いのかもしれない。


 そんな事を考えつつも、今度は視線を遠くの方へと向けると、轟々と燃え盛る火山の姿が見える。山肌には溶岩が流れ、頂上からは時折火が噴き出している。

 もはや、ここが灼熱の世界"ムスペルヘイム"である事は、疑い様もないだろう。


「そうですよ! 現在地の表示もそうなっていますし、ここがムスペルヘイムで間違いないです!」


 ならばこの情報を上手く扱えば、俺達がイベント初クリアなんて事ももしかしたら夢では無いかもしれない。

 そんな事を考えていると、ふと俺の脳裏に前回のイベントを唯一クリアしたパーティの事が浮かんできた。


 俺達はメンバー全員が学生という事もあって、正直な所あまり自由に使える金を持ち合わせていない。

 なので課金ガチャなどにもほとんど手を出しておらず、今の所全員がRアバターしか所持していない為、パーティの戦力はハッキリいって貧弱なのだ。

 そんな事情もあって、イベントの最速攻略なんて夢のまた夢の話だと思い、諦めていた。

 だが、ここに来て他プレイヤーに対して、俺達は絶大なアドバンテージを得る事になった。

 この情報を秘匿しつつ攻略に専念すれば、もしかしたら他プレイヤー達を出し抜き、俺達が初クリアの栄誉に預かる事も決して夢では

 無いように思える。

 なぜなら、昨日から開始された常設イベント"万象焼き尽くす炎魔神"の対象ダンジョンであるイフリートキャッスルが、ここムスペルヘイムのどこかに存在するのだから。


「それでですね! 実は僕、大発見をしちゃいまして……。ここから南に少しいった所に、お城を発見したんですよ!」


「城。まさか……?」


「そうです、そのまさかですよ! 炎に包まれたあの城こそが、イフリートキャッスルだと僕は思うんですよね」


 その話が本当ならば、俺達が持つアドバンテージは増々強固なものとなるだろう。


 ……いよいよ俺達にも運が向いてきたな。


「こいつは……。本当に俺達がイベント初クリアを狙えたりするんじゃね?」


「うっしゃー! かなり燃えて来たぜぇ! いくぞおらー!」


「わぁ~。もしかして、ついに私達の時代がきちゃったり~?」


 その事をハッキリと認識してしまった俺達の表情は、やる気に満ち溢れたモノへと変化する。


「いいですねぇ、流石です皆さん。僕が興奮してた理由も、これで理解して貰えたでしょう?」


「そうだな。それじゃあ、早速その場所まで案内して貰えるか?」


「ええ、勿論ですとも!」


 俺達は意気揚々といった足取りで、ケンシンの先導の下、召喚した騎獣に乗って赤く燃える荒野を進んでいく。

 幸か不幸か、敵モンスターとの遭遇はなく、そのままあっさりと目的の場所へと辿り着いた。


「これか……。また馬鹿デカい城だな。てか、こんなに燃えてて中に入れるのか?」


 俺達の目の前には、中世ドイツさながらの優美な城がそびえ立っていた。

 ただ少し普通と違うのは、その城のあちこちから火の手があがっている点だ。

 燃える炎の勢いは激しく、近づくのが躊躇われる程だ。 


「うーん、流石に中にはまだ入ってないので、そこまでは……」


 この燃える城を見て、独りで特攻していたなら単なるアホだ。

 ケンシンの判断は妥当だろう。


「ここがイフリートキャッスルであってるのよね?」


 イフリートと言えば炎の精霊、魔神だ。それが住まう城とくれば、目の前にそびえ立つそれは、確かにイメージにピッタリだと言える。


「おっしゃー! 俺達が一番ノリだぜ! いくぞおまえらぁ!」


「あーでも、中の敵は恐らく火属性ばっかりですよね?」


 皆が乗り気の中、今更ながらに尻込みする様子を見せるケンシン。


「だろうな。……ああそうか、お前のボレアス、風属性だもんな」


 ケンシンが纏うRアバター"ボレアス"は風属性であり、火属性を苦手としている。

 この感じだと、中にいるモンスターも多分、火属性ばかりだろう。

 このまま突撃すれば、正に飛んで火に入る夏の虫状態という訳だ。


「でも、ケンシン君、他のアバター持ってないでしょ?」


「ううっ、そうなんですよねぇ。どうしたらいいんでしょうか……」


 このゲームでは、どうやらアバターの出現率がかなり絞られているらしく、無課金のプレイヤー達の多くは、最初に入手したアバター以外持っていない人ばかりだ。

 かくいう俺達4人もそうであり、俺は闇属性のRアバター"メフィストフェレス"、シンゲンは光属性のRアバター"ディケー"、ケンシンは風属性のRアバター"ボレアス"、そしてナガヨシは火属性のRアバター"ミスラ"しか所持していない。


 幸い、回復役がいないという欠点こそあるものの、バランスは悪くないパーティ構成となっているが、一歩間違えれば仲間同士で同じアバターを引き当てて、パーティすら組めないという事態すら有り得た。

 それを思えば、現状はまだマシなのだろう。


「ちっ、しゃあねぇな。俺様の後ろに隠れてろや」


 そう言ってシンゲンが、盾を構えながら一歩前へと進み出る。

 儚げな少女の姿でそんな頼もしい事を言われても、なんか違和感バリバリでちょっと反応に困るな。


「そうだな。とりあえず陣形を守って様子見しながら進めば、多分大丈夫じゃないか?」


「だね~。ケンシン君は私が守っちゃうよ~」


 そんな訳でシンゲンを先頭とし、ナガヨシ、俺、ケンシンの順で燃え盛る炎の城の入り口へと向かう。


「ううっ、扉がすごっく燃えてるよ。なんか熱そう~」


 実際は触っても火傷は――するかもしれないが、痛みは無い筈だ。


「ちっ、俺が開けてやるっ。おまえら、下がってろや!」


 またそんな勇ましい事を言い放つシンゲン。

 頼りになる男だが、見た目はすぐに折れてしまいそうな少女だ。

 いつになったら俺はこのギャップに慣れる事が出来るのだろうか。


「うおおりゃぁぁ!」


 シンゲンが勢いよく燃える扉を開け放つ。それによって城内への侵入口が確保される。

 だがその代償として、やはり火傷してしまったようだ。


 ……ありがとな、シンゲン。


「おっしゃぁ! 行くぞ!」


「「「おうさー!」」」


 そのままの勢いで、俺達は城の内部へと突入する。

 入り口の扉を潜るとそこには、エントランスらしき広い空間が存在した。

 左右に階段が伸びており、そこから上に昇れるようだ。


「やはりこの城がイフリートキャッスルだったようですね」


 どうやらそのようだ。

 この目で現在地の表示を確認したので、まず間違いない。


「……中もめっちゃ燃えてるなぁ。良くこれで焼け崩れないもんだ」


 そこら中あちこちが炎で包まれており、いつ崩壊してもおかしくはないように見えるが、そこはゲームという事で大丈夫なんだろうな、多分。


「ちっ、早速出迎えみたいだぜっ」


 そんな事を考えると、奥からモンスターが出現する。

 左からイグニスファトゥスが2体、ウィルオウィスプが3体、鬼火が2体。どれも初めて見るモンスターばかりだ。

 火の玉を複数浮かべたデザインは共通しており、種類によって異なるのは火の玉の色と、何より本体である女性の姿だ。

 イグニスファトゥスは能天気な笑みを湛えた幼女、ウィルオウィスプは少々怯えた表情を浮かべた幼女、鬼火は若干勝気そうな目付きが印象的な幼女だ。

 そう、全員が幼女なのだ。しかし、それぞれに異なる造形でありながら、皆なんとも可愛らしい姿をしている。

 ふむ、訂正しよう。彼女たちは幼女ではない、美幼女であった。


「あー、なんかユキムラさんの目付きが怪しいですね。いくら可愛くても、あんな小さな子に欲情しちゃまずいですよ~?」


「ちょっ、変な勘違いをするんじゃない! 俺は別に欲情なんてしてないぞ! これは、そう……、あれだ! 俺はただ純粋に彼女達を愛でてるだけなんだよ!」


「へぇ~、ユキムラ君ってそういう趣味だったんだぁ~。そういえば、可愛いゴブリンちゃんたちに追いかけられてた時には、そんな反応してなかったよね? それってあの子達がそんなに小っちゃく無かったせいなのぉ?」


「ちょっ、人聞きの悪い事言うんじゃない! それは誤解だ!」


 ゴブリン達に追いかけられていた時は本当に必死だったから、単にそんな事を思う暇が無かっただけなのだ。

 だから決して、俺はロリコンなんかじゃないんだ! ないんだ!


「てめぇら! くちゃっべってないで、いいからさっさと構えやがれ!」


 しかし、そんな主張を述べる機会は俺には与えられなかった。もうすぐそこまでモンスター達が迫っていたからだ。


「お、おう!」


 こうして俺達のイフリートキャッスルでの、そしてムスペルヘイムにおける初めての戦闘の火蓋が切られたのだ。


 ◆


「なんじゃごらぁぁぁ!!」


 古都ブルンネンシュティグの中央広場で、シンゲンがそう雄叫びを上げる。


「まあまあ、抑えて下さいよ……」


「うるせぇ! なんなんだよありゃ! ふざけんなよ! 責任者出て来いや、ごらぁ!」


 ケンシンがどうにか取りなそうとするも、シンゲンが収まる気配は無い。

 それほどまでに彼の怒りは凄まじいのだろう。

 そうなる気持ちは俺にも理解出来なくはないが、このまま放って置くのは流石にマズイ。


「おいナガヨシ、これ止めてくれよ……」


「えーやだよ。いいじゃん好きにさせとけば。私もケンシン君の気持ち良く分かるし!」


 この状態のシンゲンを唯一止める力を持つナガヨシが、そんな俺の切実な要請を拒否する。

 いや、俺もそうっちゃ、そうなんだけどさ。

 ただ、さっきから俺達へと突き刺さる視線の雨が痛いのだ。


 なぜシンゲンがここまで怒り狂っているかというと、その原因はイフリートキャッスルでの出来事にあった。


 ◆


 エントランスにて、火の玉娘たちと戦っていた俺達だったが、戦闘開始早々いきなり犠牲者を出してしまう。


「ケンシンー!!」


 風属性である彼に対し、火の玉娘たちは全員が火属性。やはり不利属性というのはかなり厳しいらしく、一番後方で待機していたにも拘らず、流れ弾が何発か掠めてしまい、それだけでケンシンはあっさりと昇天してしまった。

 3人だけになり、それでもなんとか必死に戦い敵の半数を打ち倒す事に成功し、どうにか勝ち目が見えてきた。だがそんな俺達に対し、新たなる罠が襲い掛かったのだ。


「なっ!? 後ろが塞がれた!?」


 この戦闘の最中ずっと、火の玉娘たちが散々ばら撒き続けた炎によって、周囲の建物が焼け崩れ始めたのだ。


「ええっ、なんで今更焼け崩れてるの~!? ちょっと、おかしくない~!?」


 確かに崩れそうだなとは思ってはいたが、まさか本当に崩れるなどとは思いもしなかった。

 あれよあれよという間に、俺達は周囲を焼け崩れた建物で囲まれてしまう。

 普通ならば、例え周囲を瓦礫に囲まれそこから動けなくなったとしても、逆に火の玉娘達の攻撃からを瓦礫が遮ってくれる為、死ぬ事は無かったはずだ。


 だが生憎と俺達を取り囲んでいたのは、ただの瓦礫ではなく炎で燃えた瓦礫であった。

 それが近くに存在することで、その熱によって俺達は火傷を追い続け、残り少ないHPをジワジワと削り取られていったのだ。


 せめて状態異常防御系のスキルがあれば、瓦礫を退けて脱出する時間を稼ぐ事も出来たのだろうが、誰もそんな便利なスキルは持っておらず、結果俺達は脱出する前に火傷によって死んでしまったのだ。


「あぁ、くそがぁっ!! あんなんいくらなんでもオカシイだろうが! あんま舐めてんじゃねぇぞ、ごらぁ!」


 確かにふざけたギミックだったが、シンゲンがここまで怒るのには理由がある。


 俺達ももし敵の攻撃によって殺されたならば、まだ納得しようもあったのだ。

 だが実際は、火傷のせいで、俺達は瓦礫の中でなぶり殺しにされたのだ。

 実際に体験すれば、あれはあまりに酷い死に様であり、憤るのも当然だと思っている。


 あれだけ炎で溢れたダンジョンだ。その攻略に際して、確かに火傷対策は必須なのだろう。

 だが、俺達の持つアバターではそういった対策を取りようも無いのもまた事実なのだ。


 怒りの理由はまだある。

 これほどまで俺達が苦しい思いをしたにも拘らず、死んだのはダンジョンとしてはまだほんの入り口に過ぎない点だ。

 俺自身は直接中へ入った事はないのだが、以前存在したユグドラビリンスは、奥に進む程にその難易度が徐々に増していったそうだ。

 今回もその例に習うとすれば、入り口すら突破出来ない俺達に、イフリートキャッスルの攻略など到底不可能だと思えてならないのだ。


 結局のところ、シンゲンの激しい怒りの本当の原因は、俺達のようなRアバターしか持てない貧乏人には、攻略のチャンスすら与えるつもりが無いとしか思えないREO運営の不遜な態度にこそあるのだ。

 ログアウト不能事件やら課金ガチャ問題など、これまでも運営は俺達プレイヤーに対してかなりのヘイトを溜めて来た。そこに今回の一件が起きた事で、ついにシンゲンの怒りが爆発したという訳だ。


 確かに俺たちは全員無課金のRアバター勢だ。パーティの定員にも一人足りない。プレイヤースキルもそう大したものではなく、装備も貧弱。

 それにパーティにヒーラーが一人もいないという致命的な弱点があるのもまた事実だ。

 でもそんな俺たちだって、決して安くない価格であるネオユニヴァースを購入し、それなりの代償を支払った上で、ラグナエンドオンラインに参加しているのだ。

 だからこそ例えほとんど無課金であっても、工夫や努力あるいは幸運に恵まれる事によって、重課金共を出し抜けるチャンスを少しくらい与えてくれてもいいんじゃないかと、そう思うのだ。


 こんな後ろ向きな事を俺が考えてしまうのは、多分あの動画を見てしまったせいだろう。

 イツキという名のプレイヤーがネット上にアップロードした、ユグドラシルとの戦いの様子を映した動画だ。

 あの動画が俺に与えた衝撃は大きかった。


 まず動画を上げたイツキ本人からして、SSRアバター、しかもその中でも特に激レアとされるソルのアバター持ちだ。

 彼のパーティメンバー達も、当然の如くSSRアバターを使用しており、特にシヴァ使いのプレイヤーに至っては、一目瞭然な程に課金しまくっている事が窺える豪華な装備でその全身を固めていた。

 そんな彼らが、飽きるほどの試行錯誤を繰り返し戦略を整え、高度な連携によってユグドラシルを追い詰めていく姿は、俺、いや俺達の心に響くものがあった。

 彼らが最後にユグドラシルが放った理不尽な攻撃を、ゲームの仕様の隙を突く事で凌いだ際には、俺の心には得も知れぬ衝撃が走ったものだ。


 動画を見終わり、やがて感動と興奮が収まり冷静になった時、俺はある事実に気付いてしまう。

 ああ、俺は彼らに何一つ勝つ事が出来ない、と。

 まず使っているアバターからして、SSRとRでは埋めようが無い差が存在する。

 加えて、身に纏う装備、プレイヤースキル、プレイ時間、そして何よりラグナエンド・オンラインに掛ける想い、何もかもで負けてしまっていると感じていた。

 要するに俺は彼らに嫉妬し、同時に劣等感を覚えていたのだ。


 そのように、いつの間にか抱いていた昏い想いを、これまで俺は表に出した事は無かった。だが今の仲間達の様子を見る限り、実は皆似たような想いを抱いていたのかもしれない。


「やぁ、君たちもREO運営のやり方に、憤りを感じているのかな? だったら、僕たちの同士にならないかい?」


 だからこそ、彼ら――REOCO(レオコ)の甘い囁きに耳を傾けてしまったのだろう。


 ◆


 REOCOとはただの略称であり、その正式名称は"ラグナエンド・オンライン浄化活動団体"と言う。彼らはゲーム内のシステムによって規定された団体であるギルドとはまた異なる、特殊な集団である。

 彼らにはゲームシステム的な縛りは一切存在せず、ただ今のREO運営のやり方に不満を抱いた者達が集まって出来た団体であった。

 一応彼らにも名目上の長はいるようだが、その人物は表だって動く事はほとんどなく、運営やメンバー勧誘などといった活動の多くは有志達が自主的に行っているそうだ。


 そして俺達をREOCOへと誘ってくれたリョーマさんも、その有志の一人だった。


「いやー、実は僕もね。10万円くらい課金したんだよ。けどね、SSRアバターどころか、SRアバターすら1つも引けなかったのさ……」


 短期のバイトで稼げる僅かな額しか自由に出来るお金を持たない俺は、その言葉を聞いて眩暈がするのを感じてしまう。


 ……10万円あれば、何が出来るだろ。ないわー。


「うわぁ……。私課金ガチャとかしなくて良かったぁ~」


 金が無いといつも嘆いているナガヨシが、怖い怖いと首を振っている。


「しかし10万円も使ってSRアバターすら出ないとは流石に酷いですね。僕だったらその時点で心が折れて引退しそうです……」


 ……心は折れるかもだけど、きっとお前は引退出来ないよ、ケンシン。


「そうだね~。あの時は流石に僕も、しばらくは呆然自失って感じになっちゃったよ」


 ハハハッと呑気そうにリョーマさんは笑うが、正直あまり洒落になっておらず、とても一緒に笑う気分になどなれない。


「それでもやっぱり僕は、このゲーム――ラグナエンド・オンラインが好きなんだよ」


 そう真顔で言い放つ彼――もっとも見た目は美女風のアバターだが――の瞳には一点の曇りもないように、俺には感じられた。

 その瞳には不思議な力が宿っているのか、思わず引き込まれてしまう。


「この世界を作ったと目されているあの天才――久世創は、きっと今の運営の搾取体制には関わっていないと思うんだ。彼は飽くまで研究者であり、ただの技術者に過ぎないからね。きっと僕達の本当の敵は、REOの運営チームであり、そしてその上に立っているだろう人物だ」


「それは……まさか?」


「そう。皆も知っているだろう? ミュトス社の社長である語部森羅さ。あの男は昔から黒い噂が絶えない人物だ。儲かると分かればREOプレイヤーから金を搾り取るなんて外道な事、きっと躊躇いもなくやるだろうね」


 確かに語部森羅には様々な噂が存在しており、その中には黒い噂も決して少なくはない。

 その事実を踏まえれば、リョーマさんの言葉には確かな説得力があるように感じられた。

 だが何より彼が、俺が尊敬してやまない存在である久世創に対して一切批難の言葉を口にしなかった事こそが、俺が彼の言葉に共感を覚えてしまった一番の理由だったと、後になってそう思う。


「ところで――」


 先程まで良く通る快活な声で喋っていたリョーマさんが、突如そのボリュームを下げる。


「もしかして君たち、ムスペルヘイムへの世界扉を見つけたりしたかな?」


「っ!? どうしてそれを……!」


 思わずそう言ってから、自分の失言を悟るが後の祭りだ。


「いやね。実はさっき君たちが話していたのをつい耳にしてしまったんだ」


 これは俺達が迂闊であったという他ない。

 いくらイライラしていたとはいえ、あんな重要な情報を外に漏らすなど大失態もいい所だ。


「ちっ、てめぇ。まさか俺らの成果を掠め取るつもりかよ?」


 シンゲンが警戒を露わにして、リョーマさんから距離を取りながら武器を構える。

 俺達もそれに続いて自然と彼を取り囲む形へと動いていく。


「あー、違う違う。ちょっと落ち着いて。僕にそんな意図は無いよ。……それよりも君たちにいい提案があるんだ」


 降参とばかりに両手を上げつつも、微笑みながら彼はそんな事を言い出す。


「実はね――」


 そう前置きしてからリョーマさんが語った内容はこうだ。


 語部森羅の親戚の一人に、ラグナエンド・オンラインでも屈指の廃人・廃課金プレイヤーがいるらしい。

 その人物は、あの有名なユグドラシル討伐動画に出てきたシヴァ使いのプレイヤーだそうだ。

 動画で見た装備の充実っぷりからも分かる通り、彼はラグナエンド・オンラインに多額の資金を費やしている。

 そんな彼に、ムスペルヘイムへの世界扉の位置情報及びイフリートキャッスルに関する情報を、超ぼったくり価格で売りつける。

 それによって、間接的ではあるが語部森羅へとダメージを与えつつ、俺達も情報料による多額の利益を得るというのが、リョーマさんの提案だった。


「ちっ、でもよぉ。それじゃ結局、そいつらも得するんじゃねぇか?」


 俺達はそれで儲かっても、彼らもまた重要な情報を独占入手という利益を得てしまう。

 世界有数の資産家である語部森羅の親戚であること、動画でみた装備の充実っぷりから察せられる課金額などから、相当な額をぼったくらないと、彼はきっと痛くも痒くもないだろう。

 これではただのwin-winの取引にしかならないように思う。


「なぁに。そんなの情報を売り渡した後に、匿名で世間に同じ情報を流してしまえばいいだけさ」


 そんな俺達が抱いた当然の疑念に対し、リョーマさんは事も無げにそんな外道な解決策を言い出す。

 多額を支払って得た情報の価値を、一瞬で0にしてしまおうというのだ。

 確かにその策ならば、語部森羅の親類とやらに経済的な打撃を与えられなくとも、無駄金を遣わされたという意味において、精神面ではそれなりのダメージを与える事が出来るかもしれない。


「よし、リョーマさんの提案に乗るとするか!」


 リョーマさんの話を色々と聞きながら4人で話し合った末、最終的には俺達はその提案に乗る事を決めた。


 後から思い返してみれば、いくらREO運営に不満があり、その元締めたる語部森羅が悪党であっても、その親類に対して嫌がらせをするのは、明らかに人の道から外れた行為だろう。

 だが当時の俺達は、リョーマさんの決して笑顔を絶やさない外面の良さやカリスマ性によって、つい彼を信用してしまう。そしてそんな彼の巧みな弁舌に乗せられて、俺達はその企みを実行に移してしまうのだった。


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