12 ファーストコンタクト
レストランでの打ち合わせを終えた俺達は、いよいよミュトス社へと向かう事になった。
「気掛かりなのは、これから面会予定のミュトス社のREO担当者が、果たしてどんな人物なのかという事だが……」
こちらの第一目標は、寸前の強制ログアウトのせいで果たされなかったユグドラシル討伐を公式に認めて貰う事である。
ただ、それが通るかどうかは、勿論俺達が振るう弁舌の巧拙に掛かっているが、その一方でこれから会う担当者によっても大きく左右されるだろう。
「そうだな。どんだけ上手く言いくるめても、そいつの権限が無かったら、後からいくらでもひっくり返される可能性が残っちまうからな」
下が決めた事を上がひっくり返すなんて事は、ままある話だ。
まして、俺達は商談相手などではない、ただの1ユーザーに過ぎないのだ。
「うむ。一応今回の面会は、それなりの伝手を通じて実現した以上、向こうも相応の人物が応対してくれる筈なのだが……」
ネージュもそれについて何度か問い合わせたそうだが、然るべき人物であるという曖昧な回答しか得られなかったそうだ。
「今更こんな事を言うのもなんだが、後は出たとこ勝負だ。どっしり構えて行こうぜ」
果たして俺達をどのような人物が待ち受けているのか、目下ミュトス社へと移動中の車内では、何とも言えない緊張感が漂っていた。
◆
俺達を乗せていたリムジンが動きを止め、扉が開かれる。どうやら目的地に着いたらしい。
「へぇ、ここがミュトス社かぁ。案外普通なのね」
確かにデカいビルだが、周囲も似たような建物ばかりが立ち並んでいる為、あんまり特別感は無い。
「では中へ入るとしよう」
ネージュを先頭にロビーの中央を進み、受付へと向かう。
「白木院様ですね。伺っております。少々お待ちください」
そう言って受付の女性が、担当者へと連絡を入れているようなのだが、少し様子が変だ。
「――は、はぁ。本当に宜しいのですか? ……分かりました」
電話口の相手と少し揉めている気配だ。何か連絡の行き違いでもあったのだろうか?
「……お待たせして申し訳ありません」
「何かあったのでしょうか?」
「実は、担当の者が皆様に開発フロアの方までいらして欲しいと申しておりまして……。大変恐縮ではありますが、宜しければわたくしがご案内させて頂きます」
ネージュの問いに、やや困惑しながら受付嬢が答える。
「……我々のような部外者を社内に招き入れても宜しいのですか?」
ネージュの疑問はもっともだ。
ミュトス社のような最新技術を扱う企業が、易々と部外者を社内に招き入れるなど、普通はありえないと思うのだが……。
「え、ええ。担当の者が問題ないと言っておりますので、皆さまはどうかお気になさらず」
そうハッキリと答えつつも、受付嬢の表情には動揺の色が濃い。
……多分、普通は有り得ない対応なんだろうな。
「……そうですか。では案内の方、お願い致します」
ネージュが俺達の方をちらりと見たあと、そう答える。
「畏まりました」
こうして受付嬢の先導のもと、俺達は担当者が待つらしい開発フロアへと向かっていた。
ロビーを抜けて、部外者立ち入り禁止のエリアまでやってくると、途端に雰囲気が一変した。
随所に物々しい雰囲気の警備員たちが立ち並び、何度も警戒の眼差しを向けられた。
また途中にいくつものセキュリティゲートが存在し、何度も貸与されたカードによる認証を繰り返す羽目になった。
「ふむ……。かなり厳重な警備を敷いているな。これは情報漏洩を防ぐというよりはむしろ……」
隣を歩くネージュが何やら小声で呟きながら、思案気な表情を浮かべている。
「担当者はこちらの部屋におります。どうぞ」
まるで立体迷路のように上下左右あちこちへと移動を繰り返し末、ようやく目的地へと辿り着いたらしい。
案内されたのは、何の変哲もないただの応接室らしき部屋だった。
「失礼します」
扉を開けて最初に目に入ったのは、目を瞑ったまま腕組みをして待つ男性の姿であった。
ヨレヨレの白衣を身に纏い、髪の毛もボサボサで無精ひげを生やした不潔な恰好をしていたが、その顔には何処か見覚えがあった。
果たしてどこで見かけたのか記憶を探っていると、先に話しかけられる。
「ああ、やっと来たか。ん? 事前の話ではたしか、女3人に男1人だと聞いてたが……? ああん、連絡ミスか?」
どうやら早速、俺は女だと間違えられてしまったようだ。
恰好から分からないもんかね……はぁ……。
幸先が不安になる。
「あの、俺は男です」
色々と文句を言いたい気分だが、流石に今それをすると、この後の交渉に響きかねない。
なので今は諸々の感情を抑えて、努めて平坦な口調でそれだけを主張する。
「はっ? ……マジか?」
そんな俺の回答が余程意外だったのか、眼を見開いている。
「……マジです」
「……世の中には色んな奴がいるもんだな」
しみじみと言わないで欲しい。
しまいにゃ泣くぞ。
「まあいい。とりあえず席に座ってくれ」
そう言ってその男性は、なぜかソファーから立ち上がって俺達へと席を譲る。
そして当の本人はというとなぜか手前側のソファーへと座り直す。
「うむ。では失礼させて貰うとしよう」
イマイチ良く分からない男性の行動に当惑している俺を余所に、気にした様子もなくネージュ達はさっさとソファーへと座っていく。
結局、このまま一人突っ立っていても仕方ないので、俺も彼女達に習いソファーへと腰掛ける事にした。
「んで、早速だが本題に移るとしようか。ラグナエンド・オンラインの事で何か言いたい事があるって話だが?」
時間が勿体ないと言わんばかりに、急かすようにそう言う男性。
だが、こちらは相手の名前すらまだ知らないのだ。とても交渉どころではない。
「あの、その前にお名前を聞いても宜しいでしょうか?」
顔に見覚えがあるのだが、やはり誰かは思い出せない。
なので素直にそう尋ねる事にする。
「そうね。てか、こういう時って普通は名乗るもんじゃないの?」
俺の言いたい事を代弁するかの如く、ルクスが言葉を続ける。
だが、それに対しなぜかネージュが意外そうな反応を示す。
「ふむ? イツキ君とルクス君は彼の事を知らないのか?」
「何よ? コイツそんな有名なやつなの?」
「うむ。多分君たち2人も名前くらいは知っているだろう。彼こそがミュトス社の誇る不世出の天才にして、ネオユニヴァースの開発責任者でもある久世創その人だよ」
「「ええっ!?」」
驚きに、俺とルクスの声が重なる。
「えー。いやいや、おかしいでしょ? 私もネットの記事なんかで見た事あるけど、あの人たしか結構なイケメンだったじゃない? ……え、あれ? 良く見れば案外まともな面してるわね……」
目の前の男性の方へと視線を向ければ、俺達のやり取りを面白そうにニヤニヤと眺めている。
そんな彼の顔をマジマジと観察してみれば、確かにルクスの言葉通り、なかなか整っている。
ちゃんとした服装に着替えて髭を剃って髪の毛を整えれば、記憶の中の久世創と確かに一致するかもしれない。
「てことは、あんたがあの"VRの革命児"と呼ばれた、あの久世創なのか?」
驚きに声を震わせながら、俺はそう確認する。
「ああ。そのVRのなんたらってのは良くわからねぇが、まあそういう事になるな。そして、一応ラグナエンド・オンラインの最高責任者って事になってる」
上位の役職の人物が応対してくれれば助かるとは思っていたが、まさかここまでの大物が出て来るとは、正直全く予想していなかった。
果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。
「ふむ。どうやら叔父上はちゃんと約束を守ってくれたようだな」
「ああ、お嬢ちゃんが森羅の姪っ子か。聞いていた通りに、中々面白そうな奴みたいだな。どうだ、俺の下で働いてみるか?」
久世創が、興味深そうにネージュの事を見回している。
てか森羅って、もしかしてミュトス社社長の語部森羅の事を言っているのか?
その姪っ子って……。おいおい、ネージュどんだけだよ……。
同時に、久世創程の人物がわざわざ出張って来た理由が判明した訳だ。コネの力って凄いね……。
「はは。天才と名高い貴方にそんな事を言われるとは、お世辞だと分かっていても嬉しいものだな。だが、生憎と私はただの引き篭もりに過ぎないよ」
「そうか。まあ気が変わったらいつでもいいな」
ネージュの言い様に思わず「嘘つけ! お前みたいなアクティブな引き篭もりなんかいねぇよ!」などと叫びたい気持ちになったが、どうにか踏みとどまる。
「さてと、こっちは自己紹介したが、そっちの2人の自己紹介は無いのか?」
そう言って俺とルクスの2人へと視線を向ける。
「2人? ヴァイス――涼葉君の紹介は不要なのだろうか?」
「ああ。そっちの方はなんたって俺の大事な姪っ子だからな」
「「「はぁっ?」」」
その発言に、今度は俺やルクスだけでなく、ネージュまでもが驚愕を露わにする。
「涼葉は、俺の姉の一人娘であり列記とした俺の姪だぞ? ここ数年は仕事が忙しくてロクに会ってなかったが、昔はオシメを変えたりもしたもんさ」
「嘘……。てか、ヴァイ――じゃなくて涼葉。そんな大事な事、どうして黙ってたのよ?」
ルクスの憤りももっともだ。
何故、そんな重要な事実をここまで黙っていたのか。
「……? 聞かれなかったから」
対するヴァイスはというと、ただ首を傾げるばかりだ。
どうやら本当にそのままの意味らしい。
ヴァイスらしくてつい納得してしまうが、冷静に考えればやっぱおかしいぞそれ。
「そ、そう。そうよね。アンタってそんな奴だったわよね……」
その答えを聞いて、一瞬何か言いたげな表情を浮かべるも、結局ルクスは諦めたようにそう呟くに留めたようだ。
……頑張れ、ルクス! お前は何も間違って無いぞ!
「まあ良いではないか。それよりも可愛い姪の頼みならば、こちらの要求が通る可能性も高くなるだろうしな」
「さて、そいつはどうだろうな。で、残りの2人。そろそろ名乗ってくれよ」
「……なんか偉そうなのがムカつくけど、まあいいわ。私は水瀬飛鳥。REOでは、ルクスって名前でプレイしてるわ」
すぐさまブーメランが飛んできそうな事を言っているルクスに若干苦笑しつつ、俺も続くことにする。
「俺の名前は、月衛樹です。ゲーム内でもイツキという名でプレイしています」
「イツキ? そうか、お前が……」
俺の名前を聞いた途端に、顔から笑みが消え、殊更引き締まった表情へと変化を遂げる。
「……俺の名前がどうかしましたか?」
イツキというプレイヤーネームは、特に珍しい名前では無い。
REOでは、同じプレイヤーネームが使えない為その心配はないが、ゲームによっては同名の別人と勘違いされる事も良くあるくらいに、ありふれた名前である。
「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ」
あからさまな変化が気になるが、だがこれ以上深く追求出来る雰囲気でもないし、一旦諦める事にする。
「さてと、互いの自己紹介も済んだ事だし そろそろそっちの要求を聞かせて貰おうか」
興味深そうな表情を浮かべて、こちらを真っ直ぐと見つめて来る。
「うむ。我々の要求は至ってシンプルだ。そちらの都合によって台無しにされた我々4人のユグドラシル討伐の事実を認めて欲しいという事だ」
強制的にログアウトさせられたせいで、本来なら達成できた筈のユグドラシル討伐が叶わなかったのだ。
あの強制ログアウトが事前に予告されたモノであればまだ納得も出来たのだが、実際はそうでは無くまったくの不意打ちであった。
幻獣ユグドラシルを入手し損ねて単純に悔しいという想いも勿論ある。だがそれ以上に俺達がユグドラシル討伐の為に費やした数日間の努力、何よりその楽しかった日々そのものを、否定されたような気分になり、とてもじゃないが納得出来なかったのだ。
そんな俺達4人に共通した思いを、ネージュが代表して久世創へと語っていく。
「……ちょっと待ってろ」
一通りこちらの主張を聞いた久世創はというと、一旦そう言い置いてから、仮想キーボードを表示させて何やら操作を始めた。
彼が何をしているかについては、生憎とこちらからは分からない。
「成程な。大体事情は理解した。……お前らが憤るのも、理解出来なくも無いだろう」
暫しの間をおいてから、久世創がそう呟く。
どうやら先程の操作で、俺達の状況について確認していたらしい。
「……では、こちらの要求を呑んで頂けると?」
「まあ待て。焦るな。お前らの主張は確かに理解したが、こっちもビジネスである以上、簡単にそれを呑む訳にはいかないのも分かるよな?」
やはりそう簡単にはいかないか。
「ええ。……要するに何か条件があると?」
「まあ、そういうこったな。何、こっちの頼みはそう難しい事じゃない」
一体、どんな要求をしてくるのだろうか。とりあえず、交渉についてはネージュに一任し、俺は黙って話の成り行きを見守る事にする。
「……まずは話を伺いましょうか」
僅かな逡巡の後、ネージュがそう答える。
「そうか。その前に一つ確認だ。お前ら全員、SDIを使ってプレイしているので間違いないな?」
「ええ。……それが何か?」
「実はな……お前たちが使っているSDIなんだが、まだ未完成品なんだ」
あっけらかんとした表情のまま、突然そんな事を軽く言い放つ久世創。
……おいおい。あのバカみたいな値段の機械が未完成品だと?
「……それは少々聞き捨てならないな。もしや我々に半端な商品を売りつけたという事か?」
どうやらその言葉は、ネージュの琴線に触れたらしく、彼女の周囲に怒りのオーラが立ち昇るのを幻視してしまう。
「あーいや。少し言葉が悪かったな。未完成ってか、正確にはまだ改良の余地が多々あるってだけの話で、プレイ自体には特に支障は無いぞ」
あの事件の最中、俺達は1週間近く飲まず食わずでログインしっぱなしだったが、目覚めてからも、特に不都合は生じていなかった。
……あれ? 今思えばこれってかなり凄い事なんじゃないか?
「そうねぇ。あれだけ長時間横になりっぱなしだと、普通は身体が動かなくなるもんだけど、別にそんな事も無かったしね」
ルクスがその当時を振り返りながら、そうしみじみ語る。
「だろ? あれはあれで一つの商品として十分に成立してるって訳だ。断じて欠陥品なんかじゃねぇ」
大枚叩いて買った機械が不良品じゃ無い事が分かり、とりあえず一安心である。
「うむ。その事は理解した。……それが我々にさせたい事と何の関係があるのだろうか?」
「ああ。お前らに頼みたい事ってのは――」
「創! こんな所で何サボってるの!」
久世創が何かを言いかけた所で、突如として部屋の扉が開き、怒鳴り声と共に女性が中へと入って来た。
彼と同じデザインの白衣を纏っている辺り、恐らくミュトス社の社員なのだろう。
もっとも同じ白衣でも、きちんとアイロン掛けが為されているらしく、受ける印象は大きく違ったが。
「おいおい、陽子。今は来客中だぜ?」
「え、あれ?」
陽子という名らしきその女性は、久世創の指摘を受けてようやく俺達の存在に気付いたらしく、目をパチクリとさせている。
しかしこの女性、地味な服装と黒ぶち眼鏡のせいで分かりづらいが、実はかなりの美少女に見える。
俺の両隣に座る3人も大概の美形揃いではあるのだが、彼女はそれ以上にすら思える。
それこそソルに匹敵するような――いやいや、俺はソルちゃん一筋なのだ。リアルの女性に浮気などありえない!
などと心中で叫んではみても、やはりその容姿や声、そして何より彼女の持つ雰囲気がソルに良く似た印象であり、少なからず心を乱されてしまった事実は否定し切れなかった。
などと、色ボケた事を考えていた俺と彼女の視線が一瞬交差したように感じたのは、気のせいだろうか?
「あー、その……ごめんなさいね? 失礼しました!」
ややあって彼女は、気まずそうな表情を浮かべながら、扉の外へと引き返していった。
「あー、ゴホン。……なんかすまんな」
「いえ、お気になさらず。それよりも話の続きをお願いします」
俺の内心が色々と混乱している一方で、仲間達3人には特に動揺した様子は見られない。
まあ、言ってしまえば単に人が間違えて部屋に入ってきただけの事なのだ。逆に俺が変に動揺しすぎなのだろう。
「分かった。では話を戻すとしようか。俺の頼みはそう難しいモノじゃない。お前たち4人に新型SDIのテストプレイを頼みたいんだ」
久世創の口から語られた内容は、意外なモノであった。
「テストプレイ? ふむ。具体的に何をすればいいかを聞かねば、なんとも答えかねる内容だな」
確かにそうだ。一言にテストプレイと言っても、それだけでは言葉の範囲が広すぎる。
特にSDIを用いたゲームプレイは、現実との境界線が薄い分、何かあった際の精神への負担は大きく、リスクも高い。
例えば、ゲーム内で何白何千回も死を体験しろ、なんて指示があれば、それこそ精神が摩耗して現実でも本当に死にかねない。
「なんか警戒しているようだが、ホントに何も難しい事はないぞ? ただこっちが提供する新型SDIを使って、普通にREOをプレイして貰うだけだ」
それだけ聞くと、本当に難しい事は何一つ無いように聞こえるが……。
「プレイ内容について何か指示などは?」
「こっちからは何もないさ。ただいつも通りにプレイしてくれればいい。ただ、報告書の提出だけは定期的にやって貰うけどな。勿論、それに対するる報酬は支払うぞ」
それから久世創は、テストプレイの内容や期間、それから報酬などについての詳細を語っていく。だが聞いている限りでは、不審な点は一つも見当たらない。
「ふむ……。一つ疑問なのだが、そのような好条件を提示するのなら、わざわざ我々に頼まなくとも、志願者などいくらで集まると思うのだが?」
ただでさえ、REO自体が入手困難でパッケージの出荷待ちのプレイヤーが多いのが現状なのだ。
それが新型SDIを使ってREOをプレイするだけでお金を貰えるなんて好条件。応募者などいくらでも集まるだろう。
「まっ、そうだろうな。だがな、それじゃダメなんだよ。まず情報流出の問題があるから、身元がしっかりした奴じゃないと使えねぇし、何よりREOに対する情熱が足りてない奴にこの仕事を任せる気はない。そんな訳で、テストプレイヤーの選別は意外と手間なんだよ。んで。その点お前らなら、条件は満たせるからな。こっちとしても打ってつけの人材って訳さ」
「……そういう事か。成程、そのような視点で判断すれば、確かに我々はテストプレイヤーとして使うには、随分と都合がいい存在だな」
「ねぇ、どういう事なのよ? 何が都合がいい訳?」
俺が抱いた疑問を代弁するかのようにルクスが尋ねる。
「そうだな。まず、私とヴァイス君については、ミュトス社にとっては社長と重役の親戚だ。これほど身元がハッキリした人間もそうそう居ないだろう。また、イツキ君とルクス君の2人は、私と行動を共にしている時点で、問題は無いと判断されたのだろうな」
「んん? なんでだ?」
どうしてネージュと行動を共にしているだけで、身元に問題が無いと判断されたのか……。
てか、今の俺は両親を失い、数少ない親戚との付き合いもほとんど絶ち、実質的には天涯孤独の身に近いような有様なのだが。
「……なんというか、うちの両親は少し過保護なのだ。その、皆には申し訳ないのだが、恐らく君たちの身辺調査は、既に一通り為されているのだろう」
ふむ。要するに名家のお嬢様であるネージュに近づけても問題無い人物と判断されたから、俺達は今ここに居られるって訳か。
そしてその情報は、恐らくネージュの両親を通じてミュトス社にも渡っていると。
勝手に身元を探られたことについて、思う事が無いでもなかったが、ネージュの意思によるモノでは無いようだし、何より親が子供を心配するが故の行動だ。そう考えると批難する気持ちは特に湧いてこない。
「ネージュ。一つ聞いていいかしら? 身元を調べたって事は、もしかして私の昔の仕事についてネージュは知ってたりするの?」
「いいや? 私が調査を命じた訳ではないし、こちらには何も報告は来ていないが……?」
「そう。なら別にいいわ」
「ふむ……。ルクス君の前歴は何か特殊な仕事なのだろうか……? いや、もし隠しているようなら、追及するつもりは無いのだが……」
「そうね。まあ、普通の仕事とは間違いなく違うとは言えるけれど、別に隠している訳じゃないわ。……てかなんでアンタ達は誰も知らないのよ。気にしてた私が馬鹿みたいじゃない……」
最後の方は尻すぼみとなって良く聞こえなかったが、ルクスは何やら以前は変わった仕事をしていたようだ。
まあ、世間に憚るような仕事ではなさそうなので、別に気にする必要は無さそうだが。
「話を戻そうか。もう一つの条件であるREOに対する情熱に溢れた奴ってのは、お前らには今更語るまでもないだろう?」
確かにそれはそうだ。でなければ貴重な時間を割いてまで、こんなところにわざわざ出向きはしないだろう。
ここにいる4人は皆、REOの世界に魅了されてしまった連中なのだ。
「まあそういう訳だ。お前達がここに来たのは、俺にとっても幸運な出来事だった訳だ」
俺を含めた全員が、四六時中REOをプレイ可能な時間的余裕を持っており、しかも身元もハッキリしている。
そんな連中が集まってノコノコと出向いて来るなど、彼の立場からすれば美味しい獲物に見えたのかもしれない。
「ふむ。最後に確認させて貰いたい。もしこの申し出を我々が断れば、ユグドラシル討伐についてはどうなる?」
「そりゃ、勿論認めない……って言いたい所だが、その時はまあそうだな。代わりの条件を適当に出すだけさ。まあ、でも断るつもりは無いんだろ? 目がそう言ってるぜ?」
「ふむ。ポーカーフェイスには少々自信があったのだがな。確かに私個人としては、この話受けたいと思っている。……皆はどうだろうか?」
ネージュが俺達3人へと視線で問うてくる。
「ボクは問題ない」
間髪入れずにヴァイスがそう返答する。
「……そうね。私も別に構わないわよ。そんだけ貰えるなら課金の足しになるし、ゲームにも大して支障は無さそうだしね」
続いて僅かな逡巡を経てから、ルクスもヴァイスと同様の答えを口にする。
「そうか。それでイツキ君はどうだろうか?」
最後に残った俺だったが、実は始めから答えは決まっていた。
というか、今の俺はただの無職であり、今後に不安がある以上、ゲームをしながらお金が手に入るというテストプレイヤーの仕事は、非常に魅力的であった。報酬も中々良いみたいだしな。
「勿論、俺も賛成だ! むしろ、こっちからお願いしたいくらいだな!」
「うっし。話は纏まったみたいだな。テストプレイに使用するSDIについては、後日手配するとして、後は――」
やはり、最新技術の詰まった機械のテストというだけあって、色々と面倒な手続きがあるようだ。
「ふむ。細かい手続きについては私が受け持つとしよう」
だが、それらについては、ネージュが一手に引き受けてくれるそうだ。
ホントに面倒見が良く頼り甲斐のある奴であった。引き篭もりにしておくには、勿体ない人材だ。
こうして、俺達は交渉の末、新型SDIのテストプレイを引き受けるのと引き換えに、ユグドラシル討伐の栄誉を無事勝ち取る事に成功したのだった。
◆◆◆
「ねぇ創、あの子達は一体なんだったの?」
突然、創が連れてきた謎の女性達の存在について、陽子は問い質す。
そう疑問に思うのは当然の話だ。
あんな奥のフロアまで部外者が入って来た事など、これまで一度も無かったのだから。
「あいつらには新型SDIのテストプレイをして貰う事に決まった」
「新型SDIのテストプレイ? 一体どういうこと? あれは既に完成済みの筈じゃなかったの?」
陽子の認識では、市販のSDIは既に製品としてはほぼ完成された存在であった。
今後の予定としては、使用感などの細かい調整が主となっており、新型の開発などスケジュールには無かった筈だ。
「そうだな。テストプレイに使う機械は、市販のモノと同じだ。ただ、リミッターを少し外す」
「……本気なの? もしその事が、外に漏れたらどうするつもり?」
「その辺は大丈夫だ。既に手は打ってある。それにその内の一人は、森羅の姪っ子だしな」
「へぇ、森羅社長の姪っ子さんねぇ。……それで、一体どの子がそうなの?」
安心したような声を漏らした陽子は、一転今度は好奇心を露わにした表情を浮かべる。
「あの変な和服を着ていた女だな」
「へぇ。そうねぇ、森羅さんとはあんまり似てなかったけど、中々の美人さんだったわね」
陽子が思い出すようにしてそう呟く。
「確かに森羅の奴とは似ても似つかないな。……ああそうだ、陽子。あのショートカットの奴について、どう思った?」
「うーん。ああ、あの小っちゃい子の事?」
陽子は、あの場にいたヴァイスの姿を思い出す。
「違う。そっちじゃない。そっちは俺の姪っ子だ」
「ええっ、嘘!? あなた姪なんていたの? 初耳よ」
創の口から家族に関する話題を初めて聞いた陽子は、驚愕を露わにする。
「……姉貴の娘だよ。まあ、俺も会ったのは随分と久しぶりだがな」
「もう、ダメよ。家族はもっと大事にしないと……」
陽子がそう言って説教を始めるが、当の創はというと柳に風とばかりに軽くそれを聞き流している。
「それで、もう一人のショートカットの奴については、どう思った?」
「そうねぇ。ちょっとボーイッシュな感じだけど、あの子もキレイだったわよね。今考えれば、あそこにいたの皆美人だった気がするわね」
表情を七変化しながら、そう語る陽子。
そんな彼女に対し、創が重大な指摘を送る。
「陽子、一つ言っておく。アイツ、あれでも列記とした男らしいぞ?」
「へっ? 嘘? 冗談でしょ? ……ほんとなの?」
陽子の困惑の問いに対し、創はただ無言で首を縦に振る。
「そう。……あれが男の子だなんて、ちょっと世の理不尽さを感じてしまうわね」
かくいう陽子自身も、イツキが感じたように、きちんとした格好させすれば間違いなく美少女なのだが。
自分の事は棚にあげたまま、陽子はそんな事を呟きながら、何か考え事に耽っている。
「アイツについて思った事はそれだけか?」
「ん? ええ、それぐらいだけど。それがどうかしたのかしら?」
「……いや、ならいいさ」
意味深な創の言葉に、陽子は訝しんだ表情を浮かべるが、結局それ以上の追及はなかった。
「それじゃ、私は仕事に戻るわね」
手をヒラヒラと振りながら、陽子がこの場を後にする。
「――――が選んだ3人の内の1人なんだがな。だが陽子は特に反応を示さない、か……。まだまだ状況を見守る必要がありそうだな」
創のそんな呟きは、誰にも聞かれる事なく夜の闇に呑まれ消えていった。
これにて1章は完結です。
ここまで楽しんで頂けたら幸いです。
続きとなる2章ですが、来週の2/6(月)より投稿開始を予定しております。
全10話予定で既に9話まで書き終えてますので、間に合うと思います、多分。
もし遅れそうでしたら、活動報告にて連絡致します。