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11 初顔合わせ

投稿失敗していた事に今気付きました。

申し訳ありません。

 オフ会へと出席するべく俺は、待ち合わせの場所である最寄りの駅へとやってきていた。


 ネージュの話ではそこに迎えの車を寄越すという話だったが、近くにはいかにも高級そうな黒塗りのリムジンが一台止まっているのみだ。

 10人以上はゆうに乗れそうな縦長の車体は、正直かなり場違いに見える。


「……やっぱまだ来てないよな」


 興奮の余り少々早く来過ぎてしまったようだ。現在の時刻を確認すれば、約束まではまだ20分以上もある。


「しゃーない。遅れるよりはマシだしな。まっ、そのうち来るだろ」


 時間を潰すべく取り出した携帯端末へと目線を向けた直後、目の前にあるリムジンの扉が開く音がする。


 反射的に視線をそちらへやると、中から初老の男性が降りて来るのが見えた。

 ブラックスーツを着ており、そのビシッとした佇まいは、いかにも執事といった様相だった。

 片眼鏡(モノクル)の内側の眼光が妙に鋭く、ちょっと怖い。


 そんな男性が、何故かこちらへと一直線に歩いて来る。


「イツキ様で宜しかったでしょうか?」


 俺の目の前で立ち止まったその男性が、俺へとそう声を掛けてくる。


「あ、は、はい」


 まさか俺に話しかけて来るとなどとは露程にも思ってなかったせいで、一瞬反応が遅れてしまう。


「ネージュ様の使いで参りました。影山と申します」


「えっと、これはご丁寧にどうも」


 完璧な一礼を前に、思わず俺もお辞儀を返してしまう。


「では、どうぞこちらにお乗りください」


 何がなんやら分からないまま影山に促されて、俺はリムジンへと乗り込むことになった。

 車内はかなり広々としていたが、窓が黒塗りで覆われており、若干薄暗い。また、バーカウンターのような設備が整えられており、とても車中だとは思えない雰囲気であった。

 座席もやたら高そうな本革のシートで誂えてあり、感動よりも汚したら弁償どうしようかという心配がつい先に立ってしまう程だ。

 

 ……おいおい。車で迎えにとは聞いていたけど、こんな高級車で来るなんて聞いてないぞ!?


 内心で俺がそう叫んでしまうのも、決して無理からぬ事だろう。


「お飲み物は何が宜しいでしょうか?」


 そんな俺の内心の動揺を知ってか知らずか、影山が飲み物を勧めて来る。


「えっと、じゃあオレンジジュースで」


「畏まりました」


 手慣れた手つきで影山がドリンクを準備するのを眺めながら、ふと俺はある事実に気付く。


 ……これ、ホントにネージュの手配なんだよな? 実は騙されてて、このままどこかに連れ去られるとかないよな?


 今更になって心配になりネージュに確認のメールを送る。


『ははは、その心配は無い。ちゃんと影山から報告は受けているし、安心するといい』


 幸い、そんな答えがすぐに返って来たので、ホッと息を吐く。

 ただ一つ問題なのは、運転席が見えないせいで影山と2人っきりな事だ。

 態度は至って丁寧だし、問題があるような人物には見えないのだが、一緒にいると威圧感を受けてしまう。

 加えて、車外の様子が一切窺えず、どこに連れて行かれるのだろうという不安感も相まって、暫く俺は落ち着かない時間を過ごす羽目になったのだった。



「到着致しました」


 俺の不安は杞憂だったらしく、無事目的地に辿り着いたようだ。そのまま影山の誘導によって俺は車から降りていく。

 すぐ目の前には、普段の俺とは縁が無いだろう高級レストランが建っていた。

 建物の雰囲気的に洋食の店である事は何となく察せられるが、それが果たしてイタリアンなのか、フレンチなのか、あるいはそれ以外か、そういった知識に疎い俺にはまったくもって判別が付かない。


「主が中でお待ちです」


 そのまま影山の先導に従って店の中を進んでいくと、奥のテーブル付近にいくつか人影を見つけた。

 

 テーブルに座っている人の数は、3人。そのいずれもどうも女性のように見えるのは気のせいだろうか?

 その一人が立ち上がり、こちらへと視線を向けてくる。

 

「おお、君がイツキ君か。私がネージュだ。急な招きに応じてくれて、感謝の言葉もない。さっ、まずは席に着いてくれ給え」


 そう言いながら、スラッとした和服美女が手ぶりで着席を促してくる。

 その所作は驚くほどに洗練されていたが、それ以上の驚愕の事実が彼女の言葉には含まれていた。


「えっ、と……。貴女がネージュ、さん? へ……、は、女性だったのか!?」


「ふむ……? 私には自身を男性だと偽った記憶は無いのだが……?」


 確かに、ネージュが自身の事を男性であると口にした記憶は俺には無い。

 だが、普段の喋り方から男性だと勘違いしてしまったのは、果たして俺が悪いのか?


「ふむ。どうやら、まずは改めて自己紹介をすべきようだな」


「そうね。私達も今来たばっかりだし、そうして欲しいわね」


 ネージュの言葉に、左側に座っていたカジュアルな服装をしたツインテールの女性が賛同を口にする。

 てか、この口調は聞き覚えが無い。一体誰なのだろうか? 俺の心中に更なる混乱が広がっていく。


「ボクもその意見に賛同する」


 その反対側から、やや中性的に思える響きの声が聞こえてくる。

 そちらへと視線をやれば、そこにはTシャツにジーンズとシンプルな服装をした小柄な眼鏡っ子がいた。

 この喋り方は恐らく……。


 兎も角、全員の意見の一致を見た事で、まずはそれぞれ自己紹介をする事になった。


「ふむ。ではまずは私から名乗らせて貰うとしよう。私の名前は、白木院雪音(シラキインユキネ)。REOではネージュと名乗っていた者だ。出来れば君たちには、いつも通りネージュと呼んで貰えると嬉しい」


 彼女が我らのパーティリーダーにして、今回のオフ会(+運営への直談判)の主催者という訳だ。

 予想とは大きく異なり、彼女は若い女性であったが、不思議と受ける印象はゲーム内とあまり変わらない。


「さて、自己紹介がこれだけだと少し寂しいだろうか? ならば折角のオフ会であるし、ゲームについても少し話そうか。とはいえ私自身は、前衛、後衛、アタッカー、タンク、支援など個々の役割に対する拘りは特には持ってはいない。だが、強いて言うならば「その時その時の一番強いアバターを使う」事だろうか? その為に課金は惜しまないつもりだ」


 長々と言い連ねたが、ようは課金パワーでぶん殴るという解釈でいいのだろうか?


「ああそうだ、一つ言うのを忘れていた。イツキ君がどうも勘違いしていたようだが、見ての通り列記とした女性だぞ」


「すまん。悪かった」


 普段の口調がアレなせいで勘違いしてしまったが、実際に会ってみればネージュが女性である事など一目瞭然だ。

 黒髪美人で、動きやすいように少々改造が施された和服を身に纏ったその姿は、まさに大和撫子といわんばかりだ。

 年齢は、多分俺と同じか少し下くらいだろうか? 気にはなるが、流石に初対面の女性に直接尋ねる程、俺はデリカシーが無い男ではない。


「ボクの名前は天河涼葉(テンカワスズハ)。REOでのプレイヤーネームはヴァイス」


 淡々とした口調で端的な紹介を述べたのは、ヴァイスであった。


盾役(タンク)が好き。性別は女性」


 声の高さからなんとなく察してはいたが、やはりヴァイスは女性だったらしい。

 そして予想通りというべきか、かなり若い見た目をしている。多分まだ10代では無いのだろうか?


「それじゃ次は私の番かしらね。リアルネームは水瀬飛鳥(ミナセアスカ)。REOでのプレイヤーネームはルクスよ。ゲーム内ではそうね……。ともかく火力がモットーよ! やられる前にやれっ! てね」


 華やか笑みを浮かべる今のルクスを見れば、大抵の男がコロッと落ちそうだ。

 もっとも俺には、ソルという心に決めた女性がいるので、この程度で揺らいだりはしないがな。


「うむ。ルクス君の火力にはかなり助けられたように思う」


「でしょ? あとはそうね。性別は……まあ見ての通り女よ」


「まさか、あのルクスが女だったとはなぁ……。やっぱりあの俺様口調は演技だったのか」


 俺様口調そのものは演技だろうとある程度は予想していたが、まさか性別まで異なるとはちょっと予想しきれなかった。

 今目の前にいるルクスは、実はアイドルだと言われても信じられるほどに目を引く容姿をしており、そんな彼女がゲーム内ではあんな喋り方をしていたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになってくる。


「何よ……。なんか文句あるの?」


 そんな俺の視線に気付いたのか、ルクスがジト目でこちらを睨んでくる。


「いや。別に無いけどさ……」


 とはいえ、口調こそ大きく違えども、相変わらずのテンション高めな喋りっぷりから、彼女がルクス本人である事実はあっさりと受け入れることが出来た。

 同時に、俺以外のパーティーメンバーが全員女性である事が確定してしまった。

 やはり女性3人に男1人というのは、少々落ち着かないものだ。


「ゴホン。じゃあ、最後は俺だな。俺の名前は、月衛樹(ツキモリイツキ)。REOでも、同じくイツキってプレイヤーネームを使ってる」


「まさか本名プレイとはね。……あんた中々やるわね」


 ルクスが何やら感心した表情で茶々を入れて来るが、サラリと流して話を続ける事にする。


「クレリックであるソルを使ってるが、前衛、後衛なんかの役割に関してはあんま拘りとか無いかな。パーティで役立てれば基本なんでもいいって感じだ」


 これ自体は、一応本心からの発言だ。

 実際俺自身、自分のやりたいように好き勝手するより、パーティの欠点を埋めて、効率良いプレイをしたいという思いは強い。


 だが言葉にはしなかったが、同時に別の思いも存在している。


 いまのところ俺はSSRアバターをソルしか所持しておらず、選択の余地は無い為、周囲がそれに合わせてくれている状況だ。

 だが仮にソル以外のSSRアバターを入手したとしても、今の俺はパーティバランスなど考慮せずに、ソルのアバターを使い続けるだろう。

 そう確信してしまう程に、俺の心はソルに支配されてしまっているのだ。ソルちゃん、マジサイコー! マジ女神!


「うむ。そんなイツキ君の一歩引いた姿勢を私は評価しているぞ。そのおかげか視野も広く、ヒーラーとしても非常に優秀だ」


 だがネージュはそんな俺の言葉を好意的に解釈したらしく、賞賛の言葉を贈ってくれる。


「そ、そうか」


 褒められるのは嬉しいのだが、どうにも後ろめたさを感じてしまい、イマイチ喜びきれない。


「そうねぇ。なんだかんだいってもこのパーティ、結構バランス取れてるわよね」


 ヒーラー、タンク、範囲火力、単体火力と、一通りの役割は揃っていると言える。


「同意する。ただ強いて言えば前衛が足りない」


 ヴァイスのその意見には、残念ながら俺も頷かざるを得ない。


「そうだな。レギナ君がいればまた話は違ったのだがな……」


 元々このパーティのリーダーであったレギナは、SSRウォーリアーであるサタンを使っていた。

 レギナが居た時は、このパーティは今以上にバランスが取れていたのだ。


 だが、多くのプレイヤーがゲーム内に閉じ込められたあの一件以降、レギナの姿は一度も見ていない。

 単にリアルが忙しくてログイン出来ないのか、あるいはあの事件のせいでゲームを禁止されたりでもしたのか、その辺の事情は全くもって不明だ。

 ただ、なんにせよあれ以降、レギナがログインしていないのはまず間違いないと思っている。


「そういえば、一つ確認しておきたい。私としては今後もこの4人で一緒にゲームをプレイするつもりだったのだが、これは共通認識という事で良かっただろうか?」


「うん? ……ああ。特に異存は無いぞ」


 SSRアバター持ちかつ一定のプレイヤースキルを保持し、プレイ時間も概ね近い存在など、探してもそうそう見つからないだろう。

 何よりこうして実際に顔を付き合わせみても、上手く付き合えている辺り、問題は無いだろう。


「そうね。私も別に文句はないわ」「同じく」


 他2人も思いは同じだったらしく、無事に意見の一致を見る事が出来た。


「そうか。そうなると我ら4人は、その……なんだ、互いに親友同士であると考えても間違いは無いのだろうか?」


 これまでの自信に溢れた喋りから打って変わって、少し不安そうな面持ちでそう話すネージュ。

 対する俺達はというと、"親友"というフレーズを聞いて、それぞれが劇的な反応を示す。


「ははっ、親友、親友ね……。ねぇ、そもそも友達って何なのかしら……? 陰口を叩く人達の事? それとも私の足を引っ張る事しか考えてない人達の事かしら?」


 先程までの不敵な表情から一転して、昏い表情でそう呟くルクス。

 その目は上下左右に忙しなく動いており、その内心はかなり混乱している事が窺える。


「親友……。始めての……友達」


 一方でヴァイスはというと、何やら感慨深い様子で、手をグッと握っている。

 その表情からはイマイチ読み取れないが、多分喜んでいるのだろうか?


「親友か……。なぁ、どこまでが友達で、どこからが親友なんだろうな……?」


 当の俺自身はというと、思わずそんな言葉が口から出ていた。


 過去の自分を振り返ってみれば、まあ友達と呼べるだろう存在はこれまでにも何人かは居た筈だ。だが、そのいずれも有体にいって上辺だけの付き合いでしかなく、親友と呼べる存在は居なかったように思う。

 とはいえ、そんな悲しい過去の自分を認めたくなくて、ついそんな苦し紛れの言葉が漏れ出てしまったのだろう。

 そして、そんな自分の残念な思考回路を自覚してしまい、気分が落ち込んでいく。


「う、うむ。どうやらそれぞれが親友というフレーズについて、何やらただならぬ思いを抱いているようだな。だが、安心して欲しい! そもそも私にはこれまで親友はおろか友達の一人すら存在しなかったのだぞ! そんな私と比べれば、きっと君たちの抱える悩みなど、まだマシな方ではないのだろうか?」


 落ち込む俺とルクスを見かねたのか、ネージュがそんな自虐的な言葉を口にする。

 彼女のその身を呈したフォローが、俺の心に強く突き刺さる。


「ネージュ。ボクたち仲間。……ううん違う、親友」


「そうだなヴァイス君! そう、我らは今この時より掛け替えのない親友同士となったのだ!」


 中途半端に友達が存在した俺やルクスと違い、初めて友達が出来た事らしい2人が素直な笑みを浮かべる姿が、今の俺にはなんだか眩しく映る。


「なぁ、ルクス。俺達も過去は忘れて、今いる友達……いや親友を大事にしようじゃないか」


 未だに親友という言葉の意味を良く理解していないけれど、きっと形から入ってもいいんじゃないかと思うんだ。


「……そうね。そんな事で思い悩むなんて私らしくないわね。いいわよ! 私達は今から親友同士よ! あんた達、私の親友になった以上、それなりの自覚をもって行動しなさいね!」


 半ば自分に言い聞かせるかのようにそう力強く宣言して、ルクスもようやく元の勝気な表情へと戻る。

 

「ったく、元気になったと思ったら、早速それかよ」


「何よ? 何か文句でもあるの?」


「いいや、別に」


 世間のリア充達からすれば、きっとこんな茶番染みたやり取りは、社会に馴染めなかった哀れな者同士の傷の舐め合いに見えるかもしれない。

 だけど、だとしても、そんな中から本当の友情は生まれる事があっても良いんじゃないか、今の俺には素直にそう思えるのだ。


「うむ。なんだか今の雰囲気は、凄くリア充っぽいぞ。差し詰め今の状況を表す言葉として適切なのは……、そうだ、女子会という奴だな!」


 などと物思いに耽っていたら、突然ネージュがそんな訳の分からない事を言い出す。


「えー。ネトゲのオフ会を女子会って呼ぶのは、なんかちょっと違う気がするんだけど?」


 それに対してルクスが反論を行うが、それも何かズレているような気がする。


「そうだろうか? 今の我々のように楽しくお喋りをしていれば、それはもう女子会と呼んでも過言では無いのではないか?」


「あー、うん? まあそうなのかしら?」


 おい。ルクス。何納得しそうになってるんだ! 違うだろ!


「いやいや待て待て。そもそもの話だな。男が混じってるのに女子会なんて言葉、普通は使わないだろう?」


 俺は努めて軽い口調で、そんな単純な指摘を彼女達へと行う。

 しかし、それに対して彼女達が示した反応は、俺にとって予想外のものであった。


「はぁ? どこに男がいるのよ?」


「ふむ。もしかして彼らの事を言っているのだろうか? 流石にそこまで考慮する必要は無いと思うのだが……?」


 ネージュの視線の先には、俺をここまで案内してくれた影山さんの他、数名のスーツ姿の男性の姿があった。

 勿論、あの人たちは参加者に数えるつもりなど俺にはない。


「いやいや違う違う。影山さん達の事じゃなくて、俺だよ、俺」


 そう言って俺は、自分自身の事を指差す。

 だが、そんな俺の言葉を聞いた彼女達の表情が一斉に固まる。


「え、は? 嘘……? あんた、男なの?」


 ルクスが呆然とした表情でそう呟く。

 

 ……ええ!? なぜ、そんなに驚くの?


「おいっ、その反応……まさか!? 俺の事、本気で女だと思ってたのかよ……!?」


 とても演技とは思えない素の反応を露わにする彼女達を目にして、俺は大いにショックを受けてしまう。


「ふむ。思えば、イツキ君だけ自身の性別に触れていなかったな……」


「いやいや、ちょっと待ってくれ。確かに男性だと言わなかった俺にも落ち度はあるんだろうが、そもそもあの自己紹介自体が半分ネタみたいなものだっただろう? ちょっとネタに乗らなかっただけで、この仕打ちはあんまりじゃないか?」


 大体にして今の俺は、Tシャツにジーンズといった割とラフな格好をしている。加えて喋り方にも女性らしさなど微塵もないはずだ。

 なのにどうしてそんな勘違いをしてしまうんだお前ら……。


「いやぁ、その、ねぇ……。ヴァイスとちょっと似た格好してるし、あっちが女の子なら、あんたも女の子かなーって、そう思うじゃない?」


 俺のあまりの落ち込みっぷりに対し罪悪感でも覚えたのか、ルクスがしどろもどろに言い訳をする。

 だがその言葉はまったく慰めになっていない。


「むぅ……。そのなんだ。どうも我々は思い違いをしていたようだ。済まなかったな、イツキ君」


 そう言ってネージュが頭を下げてくるが、別に俺は謝罪して欲しい訳ではないのだ。

 ただ、ままならない現実に改めて絶望しただけであって……。


「いや、ははっ……。まあ、気にしないでくれ……。思えば昔も似たような事が何度もあったしな……」


 学生時代……特に大学生の頃は大抵私服姿であったので、今のような事はしょっちゅうあった気がする。

 ただ就職して以降は、ほどんとスーツ姿で過ごしてた為、容姿の事で多少からかわれる事はあっても、本気で女性と間違えられる事態は無かった為、つい油断してしまっていた。

 いやそれも違うか。

 多分俺は、なまじ社会経験を積んだ事で、自身の容姿もまた相応に男らしいものに成長したのだと、錯覚してしまっていたのだろう。

 だが、彼女達の反応を見る限り、どうやら何も変わっていなかったようだ。


「ドンマイ」


 ただ黙って落ち込んでいる俺に対し、ヴァイスが俺の肩をポンっと叩く。

 

「ああああっ。くそっ、俺は男だぁ!!」

 

 それが引き金となって、心が限界を迎えた俺は、魂からの叫びを店内へと響かせるのだった。



「さてと、そろそろ落ち着いたかな? イツキ君」


「ああ、その、悪かったな。なんか取り乱しちまって……」


 冷静になってみれば、店が貸し切りだったから良かったものの、普通ならば追い出されても不思議ではない所業だった。今更ながらにかなり恥ずかしい気分に陥る。


「まあ、我々の配慮が足りなかったのも事実ではあるし、気にしないでくれ給え」


「そうね。ただ一つ言わせて貰えば、あんたにも責任が無いわけじゃないと思うのよ? だって、ゲームの時は、ソルのアバターを使ってかなりはしゃいでたじゃない? その姿が余りにも自然だったから、私達もつい誤解したんだと思うのよね」


 ルクスの指摘を受け、俺はその当時を振り返る。

 

 その指摘に正直俺は反論の言葉を持たなかった。

 なぜなら俺がソルの事で浮かれ、はしゃいでいたのは、まったくもって事実だからだ。

 という事はあれか、あれなのか? ソルちゃんがあまりに魅力的すぎるのがいけないという事なのか?

 いや、ソルちゃんの存在が悪いなんて事は、俺には絶対に認められない。だってソルちゃんは女神なのだから!

 ならば、そう。悪いのは政治だ! なんもかんも政治が悪いのだ!


「もしもしー、あんたちょっと聞いてる?」


「はっ、俺は一体何を……?」


 安易な政治批判へと現実逃避をしていた俺を、ルクスの声が現実へと引き戻す。


「ねぇ、ホントに大丈夫なの?」


 ルクスが疑いの眼差しを俺へと向けて来る。

 その視線には、どことなく可哀想な人を見るような色が混ざっている気がする。

 ちょっと、いやかなり傷つくぞ。


「……ああ。何の話か知らんが、多分問題ないぞ?」


「あんたねぇ……。大体ね。あんたが本当に男だっていうなら、今の状況をもっと喜びなさいよ? ネージュは口さえ開かなければ正統派の和風美人だし、ヴァイスだって、もう少し女の子らしい恰好をすれば、多分誰もが振り返る美少女よ? そして、この私に至っては千年に一人のワールドクラスの美女よ。そんな華達に囲まれておいて、あんたの態度だったら誤解するのも当然だわ」


 ルクスの言わんとせんことは、まあ理解出来なくはない。

 確かに彼女の言う通り、3人全員がリアル基準であれば、かなりレベルの高い存在である事は俺も認める。

 だがしかし、ラグナエンド・オンラインの世界であれば、彼女達程度、掃いて捨てる程に存在するのもまた事実なのだ。


「あんた、全部声に出てるわよ……? もしかしてワザとなの?」


 おや。心中だけの呟きのつもりが、どうやら言葉になってしまっていたらしい。

 てへっ、失敗失敗。


「だから、全部声に出てるって言ってんのよ! 何、喧嘩でも売ってるの!? いいわよ、買ってやろうじゃないの!!」


 ツインテールを荒ぶらせながら、ルクスが席を立つ。


「まあまあ、落ち着き給え、ルクス君。イツキ君も、なんだかキャラが少しおかしな事になっているぞ?」


「はぁ、そうだな……。ソルちゃんの事になるとどうもな。つい我を失ってしまうらしい……」


「あんたねぇ、どんだけソルの事好きなのよ……」


 呆れた声でルクスがそう呟くが、そんな言葉では俺のソルに対する愛は欠片も揺るぐ事は無い。


「そうだな……。あえて言えばそう、きっと彼女は俺の運命の人なんだと思う……」


 そう言いながら、俺は彼女の姿を始めて見た時の事を思い出す。

 俺の心中が眩い光で照らされ、これまで感じた事ない未知の感情で包まれた。

 そう、あれこそがきっと人が恋と呼ぶ感情なのだろう。


 所詮アバターで、中に入っているのは、俺自身。ナルシズム的な何かのように他人は思うかもしれないが、それは誤解だ。

 ゲーム内では、飽くまでソルの肉体を俺が一時的に借りているだけに過ぎない。そして本当のソルはきっと世界のどこかに存在するのだと、そんな根拠の無い確信を俺は得ていた。

 

「……運命の人ってねぇ。ソルはただのゲームのキャラよ? あんたホントに頭大丈夫?」


 常識と照らし合わせれば、頭のおかしい事を言っている自覚は俺にもある。

 だがこの世界には、いや少なくともラグナエンド・オンラインの世界には、間違いなく常識の範疇では語れない事柄が存在するのだと、俺は短い時間ながらも過ごしたあの日々によって確信していた。


「何とでも言え。それでも俺はソルちゃんの事を愛し続ける」


「ううっ、もういいわよ……」


 俺の真っ直ぐな言葉を前に、なんと言っていいか分からないような表情を浮かべて、ルクスが言葉を詰まらせる。


「さて、そろそろ良い時間だし、昼食にしないか?」


 若干気まずい空気が辺りに流れた所で、ネージュがそう提案する。


「うん。ボクも空腹」


 真っ先にヴァイスが賛成した事で、なし崩し的に昼食へと移る事に決まった。


「うむ。では準備の方を頼んだぞ」


 そんなネージュの指示を受けて、後ろに控えていた影山達が動き出す。

 どうやら給仕なども彼がやってくれるようだ。


 それから他愛も無い雑談をしながら待つ事暫し、厨房から食事が運ばれてくる。

 どうやらフレンチのコース料理らしい。


「なぁ、そういや俺達全員こんな格好で良かったのか?」


 店自体も明らかに高級店だし、ドレスコードなんかが普通はあるのでは無いだろうか?

 ただ、この店に俺達を招待した本人であるネージュ自身も、正直それに見合った恰好とは言い難い気もする。

 着物の良し悪しにはあまり詳しくないが、彼女が着ている和服には、かなりの金額が掛かっているのは窺える。

 ただ、やはりフォーマルな和服からはどうにもかけ離れており、この店で着る衣装として相応しいかについては、疑問の余地が多い。

 一方で俺や、ヴァイスの服装は問題外だ。普通ならば、間違いなく店前でお断りされていたに違いない。

 そんな俺達と比べれば、ルクスの恰好はまだマシなのだろうが、それどもドレスコードに準じているとは言い難いものがある。


「ああ、それについては気にしなくても大丈夫だ。夕方までは貸し切っているからな」


「はー。ここを貸し切りかよ……」


 こんな高級そうな店。一体、いくら払えば貸し切りなんて出来るのやら、庶民の俺にはまったく想像できない。

 

「何、もともと夜までは営業をしていない店なのだ。だから特に気にする必要は無いぞ?」


 そういう問題なのだろうか。まあ、ネージュが良いと言っているのだから、良しとしようか。

 この件について、これ以上深く考えるのは止めておいた方が精神衛生上良さそうだ。


「それよりも、食事が君たちの口に合えば良いのだがな」


「大丈夫、凄く美味」


 ヴァイスがお行儀よく前菜を食べてから、そんな感想を口にする。


「そうか、なら良かった」


 その後、しばらくは食事を続けながら、和やかな時間が過ぎていく。

 といっても、このメンバーである以上、語られた話題は、ラグナエンド・オンラインに関する事柄ばかりであったが。


「さてと、では食後のコーヒーでも飲みながら、そろそろ今日の本題について話すとしようか」


 ここまでは、顔合わせついでの前哨戦のようなものに過ぎない。


「この後、我々はミュトス社の担当者と会う事になる訳だが、その際、どのような要求をするのか、どこまでなら妥協出来るのか、その辺の方針についてまずは共有を図るとしよう」


 今日の夕方から行われる本当の戦いに向けた準備を、俺達は今から始めるのだ。


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