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10 プレイ再開

 俺が現実世界へと帰還してから、早2週間が経過しようとしていた。

 いよいよやる事が無くなっていた俺の前に、待望の報せが舞い込んでくる。

 それは、明日からラグナエンド・オンラインのサービスが再開するという嬉しいニュースであった。


「やっとかよ……! ったく、いい加減待ちくたびれたぞ」


 そう悪態を吐きつつも、俺の内心は喜びで満ち溢れていた。

 それはきっと他のプレイヤー達も同様だったのだろう。ネット上でも歓喜の声が多く上がっていた。


 無論、ラグナエンド・オンラインに対する不満の声は、現在に至るまでずっと絶える事なく叫ばれ続けている。

 一時的とはいえゲームからログアウト不能になる致命的なバグや、課金関連のえげつなさを考えれば、それは当然の話だ。

 だが、それ程に不満があってもなお、ラグナエンド・オンラインを引退する決断を下せたプレイヤーの数は極僅からしい。

 あの世界には、それほどまでに人を虜にする抗いがたい魅力が存在しているのだ。



 そしていよいよやって来たサービス再開当日。

 予定時刻の1時間も前から、俺は一糸まとわぬ姿で正座していた。

 わざわざ全裸になっているのは俺が特殊な性癖を持っているから、などという事は勿論無く、単にSDIを使用する為だ。

 色々な情報を見ても、やはりネオユニヴァース単体でのプレイとSDIを併用するのとでは、ゲームへの没入感などが大きく異なるらしい。

 まあ、大枚叩いて購入した以上、そうでなければ困るのだが。


 全裸のままそわそわしながら待ち続け、ついにサービス開始時刻が訪れる。

 公式サイトを見ても、特に延期の告知などは無いようで一安心だ。

 俺はネオユニヴァースを起動し、この2週間ずっと恋い焦がれていたラグナエンド・オンラインの世界へと、ようやく舞い戻ったのだった。


 ゲームに無事ログインした俺は、拠点である古都ブルンネンシュティグの中央広場にいた。

 本来なら、最後にログインしていたユグドラビリンスに出現する筈なのだが、現在ユグドラビリンスは閉鎖されているらしく、こういった例外的な扱いになったようだ。

 公式サイトにもその旨はちゃんと書かれていたので、その事に特に驚きは無い。


「さてと、まずは何をしようかね」


 ユグドラビリンスが閉鎖されている事からも察せられるように、イベント『絶望を振りまく世界樹』はメンテナンスが開けると同時に終了した。

 俺としては、ユグドラシル討伐にはかなり未練があった為、残念な報せであった。

 もっともあのダンジョンは一人で探索するには少々難易度が高すぎる為、仮に挑むにしてもまたパーティメンバーを集める必要があるが。

 

 しかしイベントが終わったとしても、ゲームにログイン出来る以上、暇を持て余す心配など皆無だ。

 何故なら、ラグナエンド・オンラインの世界はその全容がほとんど明らかになっておらず、その探索にはいくら時間があっても足りない現状なのだ。


 大分前にあった公式の発表によれば、今俺がいる"ミッドガルド"の他にも9つの世界が存在しているそうだ。

 だが、それらに関する情報についてほとんど知られていない。

 今俺達がいるミッドガルドですら、大多数のプレイヤーがユグドラシル攻略に手を取られていた為、その他の地域の探索はほとんど進んでいないのが実情なのだ。


 などといった事を考えていると、フレンド通話に着信があった。

 見れば、その発信元はネージュであった。


「久しいな、イツキ君」


「早いな。もうログインしたのか」


 サービス再開から、まだ5分と経っていない。

 であればネージュも全裸待機していたのだろう。

 その絵面を想像すると、なんだか笑えてくる。


「うむ、それでだな。少々急な話で済まないのだが、今から集まれないだろうか?」


「構わないが、何かあったのか?」


「……何かあったという訳ではないのだが、少し相談したい事があるのだ」


「ふぅん。分かった」


 そんな訳で俺は、ネージュに指定された宿屋の一室へと向かう。

 そこにはネージュだけでなく、ルクスやヴァイスの姿もあった。


「よぉ、お前らもインしてたのか」


「当たり前だぜ! 俺様を舐めるなよ!」


「ボクはユグドラシルを倒す為にログインした。けど……」


 相変わらず無駄に元気そうなルクスとは対照的に、ヴァイスはやや元気が無いようにも見える。

 まあ、その気持ちは分からないでもない。俺だってユグドラシルにトドメを刺せなかったのは、正直かなり悔しいのだ。


「そう言えば、イツキ君。君が上げた動画、見せて貰ったよ」


 ネージュが言っているのは、多分俺が投稿したユグドラシル戦の動画の事だろう。


「ああ、なんか悪いな。お前らに無断で上げちまって」


 一応、編集で俺以外のプレイヤーネームなどは隠しておいたが、本来ならば事前に断っておくのが筋であるだろう。

 ぶっちゃけ、その場の勢いに任せた行動であったのは否めない。勿論ちゃんと反省はしている。……後悔はしていないが。


「何、別に構わないさ。上手に編集されていたし、何より他人の視点から見た自分の姿というのは、中々に興味深いものがある」


「んだな! 俺様なんか、もう何十回も繰り返して見たぜ! いやー、やっぱ俺様超カッケー!」


 話題に乗ったルクスが自画自賛しまくっている。

 ルクスは確かに頑張っていたし、恰好良かったとは俺も思う。

 だがあの動画で一番注目すべきは、何と言ってもソルちゃんの可憐な姿だろう。


 あの動画の投稿によって方々から数々の賞賛を受けはしたが、まだ全然足りないと俺は感じていた。

 ソルちゃんはもっと、こうなんというか、神の如き賛美を一心に受けけ今以上に讃えられるべき存在なのだ。実際、ソルは太陽の女神なんだし、俺は何も間違った事は言っていない。

 その事を3人へ熱く語ったのだが、イマイチ賛同が得られなかったのが残念だ。


「で、俺達を集めた理由をそろそろ教えて貰いたいんだが?」


「うむ。実は強制ログアウト前のユグドラシルとの戦闘についてだが……」


「あの戦いか……」


 突然の強制ログアウト処置が無ければ、十中八九、俺達はユグドラシルの討伐に成功していたのは、まず間違いない。

 きっと、この場にいる全員がその事について悔しい思いをしている事だろう。


「あの後、私はあの一件について、運営側に何度となく抗議のメールを送ったのだ」


「そうか。だけどさ、どうせロクな答えが返ってこないだろ?」


 かくいう俺も、実は何度か運営へとメールを送ったのだが、その度に定型文ですげなくあしらわれた。

 話を聞く気がまったく感じられないその対応を前に、俺は結局抗議を諦めたのだ。


「うむ。始めの内は何度メールを送っても、おざなりな対応であったな。そこでこちらも少々強引な手段を取らせて貰う事にした。どうやら、その効果は覿面だったらしく、以後はこちらの質問に対してきちんと返事をしてくれるようになったぞ」


 果たしてどんな裏技を使えばそんな事が出来るのか大分気になるが、今は話の続きを促す事にする。


「それで、ユグドラシルの討伐は認められたのか?」


 だとすれば嬉しい話だ。ここしばらくずっとその事が心に引っ掛かっていたので、そうであれば大分気も晴れるだろう。


「実はその事で、君たちに相談があるのだ」


「相談?」


「ああ。少々、いや大分急な話で済まないのだが、明日、ミュトス社に直接出向いて担当者と話をする事になったのだ。ついては、君たちにも同行して貰えないかと思ったのだよ」


「……ってことはもしかしてあれか? 俺達とリアルで直接顔を合わせようって事なのか?」


 ルクスの疑問に、ネージュが頷きで返す。


「なぁに。そう難しく考える事はないさ。ちょっとしたオフ会だと思ってくれればいい。私個人としても君たちのリアルにまったく興味が無いという訳でもないしな」


 俺も彼らとは、もっと深い仲に成れるのではと予感していた。

 俺にはゲーム内で知り合った相手と現実で顔を合わせた経験は無く、今の居心地の良い関係が崩れ危険性も無論ある。

 だが、不思議と彼らとならば、そんな心配は無いんじゃないかと思えてくるのだ。


「ボクは別に構わない。ミュトス社の内部には興味がある」


 ヴァイスの意見も確かだ。

 ミュトス社は業界最大手で、最新技術を多数有している事もあり、情報流出には非常にうるさい。

 なので普通、ミュトス社内部に一般人が入る機会など無いのだ。


「わ、俺様は……」


 唯一、ルクスだけは思案顔を浮かべている。

 こんな表情のルクスは初めて見た気がする。


「ふむ。気乗りしないのであれば、こちらとしても無理強いするつもりは無いよ。それでイツキ君はどうだろうか?」


「そうだな……。俺も別に構わないぜ」


 少し思案の上、俺もネージュの提案に乗っかる事に決める。

 幸いラグナエンド・オンラインの方も、今現在イベントなどは開催されていないので、焦ってプレイする理由は無い。

 何よりも、交渉次第でユグドラシルの討伐が認められるというのなら、そちらの方が今後の事を考えれば重要度が高いと思うのだ。


「そうか。では明日は3人で――」


「ま、待った! しゃーねぇな。俺様もついて行くぜ!」


 ネージュの言葉を遮ってルクスがそう叫ぶ。


「ふむ。大丈夫なのか? 無理に参加しなくとも、ルクス君の取り分に関しても一緒に交渉する予定だが……」


「へっ、やっぱエースの俺様がいないと、話が始まらないだろう?」


 ユグドラシルのHPを一番削ったのはルクスであるので、そういう意味ではエースと呼べなくもない。

 まあ、エースの定義について語れば話が長くなるし、正直どうでもいい話なので、ここはスルーしておく事にする。


「では、ルクス君も参加してくれるという事で問題ないのだな?」


「ああ! 二言は無いぜ!」


 そんな訳で、明日この4人で集まって、ミュトス社へと直談判に向かう事が決定した。

 ついては連絡先の交換や、明日のスケジュールについての調整などを行う必要がある。


「ミュトス社の担当者との面会時刻が17時に予定されている。折角の機会なので、その前に顔合わせなどを済ませて、色々と打ち合わせをしたいと思うのだが、問題無いだろうか?」


 ネージュの言葉に特に反対意見は上がってこない。


「分かった。では会食場所についてはこちらで用意するので、一緒にお昼でも食べながら懇親を深めるとしようじゃないか」


 その後、集合場所や時間なども次々と決定していく。

 このようにスムーズに話し合いが進んだ理由は、やはり俺を含む全員がいわゆる暇人だったことが大きいだろう。

 普通は前日にこんな話を急にされても、大抵はスケジュールが合わず頓挫するものだからな。

 てか、皆が皆ラグナエンド・オンラインをプレイする以外の予定が無いってどうなのよ? などと思わないでもなかったが、まあそれを突っ込めば俺自身にも華麗にブーメランが突き刺さるので、口にしないでおいた。


 彼らのリアルではどんな連中なのか気になるが、焦らずとも明日になれば分かる事だ。

 楽しみが一つ増えたと、そう前向きに考える事にする。


「ふむ。これで大体決まったようだな。何か変更などあれば、すぐに連絡を頼む。さてと、まだ明日まで時間はたっぷりあるし、このまま4人で探索へと出掛けないか?」


 まだ日も落ちてない時間だ。

 途中で夕食を挟む必要はあるにせよ、就寝までたっぷりとゲームを堪能する時間はあるだろう。


「おうよ! 折角だし、色々と見て回ろうぜ」


「他の世界にも行ってみたい」


「そうだな。俺達ミッドガルドから一歩も出たこと無いしな」


 そんな訳で俺達は、探索へと繰り出すのだった。



 一夜明けて、俺は寝ぼけ眼をこすりながら起床する。

 昨夜は、遅くまでラグナエンド・オンラインの世界に没頭していた為、まだ少し眠い。

 とはいえそろそろ動き出さないと、ネージュ達との約束の時間に遅れてしまう。


「ふぁぁ。さて、どんな奴らなんだろうな」


 これまでの短く濃い付き合いから判断しても、ネージュは間違いなく相当な資産家である事は、まず疑いようも無い事実だ。

 丁重な言葉遣いで指揮能力も高い。なのでてっきり会社経営者か役員辺りではないかと思っていたのだが、本人曰くただの引き篭もりだそうだ。

 ただ、ミュトス社の担当者に直接アポを取り付けるなど、その行動力の高さから判断するに、単なる資産家のドラ息子といった線は薄いように思える。

 である以上、株の運用なんかで稼いでいるタイプなのだろうか?

 それならば、引き篭もりという証言とも矛盾しないしな。

 

 ルクスについてだが、あの俺様口調はまず間違いなく演技だと確信している。

 あんな俺様口調の喋り方をしている奴なんて、現実ではSSRアバター並みにレアな存在だ。

 ん? となると、必死で探せば一応居ない事は無いのか……?

 いやいや、あんなのが実際に居てたまるか!

 という訳で、現実では案外大人しいタイプなんじゃないかと予想している。

 ゲーム内でキャラを演じるなんて、REOがRPGである以上、極ありふれた行為なのだ。

 だからこそ、当初はオフ会に参加するのを渋っていたのではないか?


 ヴァイスについては割と謎だ……。

 ルクスとは違い、その喋り口調から演技の匂いは感じられない。

 強いて思ったのは、多分俺より年下では無いかという事くらいだ。


 などと彼らのリアルでの姿について色々と妄想しながら、テンションを上げていく。

 そうして俺はウキウキとした気分で、ネージュに指定された場所へと向かうのだった。


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