1 ゲームの始まり
2076年3月。VRテクノロジー最大手企業であるミュトス社が、最新鋭VRマシン"ネオユニヴァース"の販売を開始した。
ミュトス社は"新世界の創造者"とも渾名されるVR技術の第一人者である久世創によって創立された企業である。
世界屈指の技術者である彼と、それを経営者の立場から支えた現社長の語部森羅。この2人の類まれな手腕によってミュトス社は僅か数年で業界最大手へと上り詰める。
そんな世界の注目を集めたミュトス社が、技術の粋をつぎ込んで完成させたのがネオユニヴァースというVRマシンなのである。
旧世代のVRマシンとは一線を画した、その圧倒的な性能によって紡ぎ出される新世界に多くの人々が夢中になった。しかし現行のネオユニヴァース対応ソフトは、どれもライトユーザー向けの手軽な内容のモノばかりであり、多くのゲーマーたちの渇望を満たすには足りなかった。彼らはネオユニヴァースの性能を十全に活かす事で初めて生み出されるだろう、かつてない程に革新的なゲームの存在を求めていたのだ。
そんな中ミュトス社より待望のVRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン:Virtual Reality Massively Multiplayer Online)ソフトが発売される。そのタイトルの名は、"ラグナエンド・オンライン"。当初はネオユニヴァースとの同時発売を予定されていたそのタイトルは、開発の難航などといった諸事情によって予定より3ヶ月遅れでこの世に姿を見せる事になる。
ラグナエンド・オンラインは、その名に北欧神話における神々の黄昏が含まれている事からも察せられるように、神話の世界を舞台に繰り広げられる初の本格VRMMOである。プレイヤーたちは、ゼウス、オーディン、ジークフリートなどといった、神々や英雄の化身をその身に纏い、世界の危機を救うべく戦うのだ。
ラグナエンド・オンラインの情報が解禁されていくに従い、多くのゲーマーたちはその圧倒的なスケールの大きさに惹かれ、続々と公開される美麗なゲーム画面の数々に魅了されていく。結果その発売を待ち望む声は大きくなる一方であった。そんな声に応えてかミュトス社は当初の予定の初回出荷数3万本からその数を10万本へと大きく引き上げる。だがそれすらも予約だけであっと言う間に完売してしまった事からも、ラグナエンド・オンラインに対する世間の期待度の高さは十分に察する事が出来るだろう。
そして、遂に迎えたラグナエンド・オンラインの発売当日。
月衛樹もまた、この日をずっと心待ちにしていた一人であった。
◆
「ああもうすぐか。なんか1年ぐらい待たされた気分だな」
休日にも関わらずいつもよりかなり早くに目覚めてしまった俺は、これまで公表されたラグナエンド・オンラインに関する情報について再確認を行っていた。それはゲーム開始後に少しでも良いスタートを切る為という意味もあったが、それ以上に待ち遠しさを少しでも紛らわす為であった。そうして俺はそわそわとしながら、出掛ける準備を整えていく。
「……さてと、そろそろ出るかな」
自宅からラグナエンド・オンラインを予約した大手量販店までは電車を利用し大体20分程。対して販売開始まではまだ2時間以上の余裕があったが、不測の事態に備えるという名目の元、早々に出立する事にする。
それというのも、これ以上家に居たら待ち遠しさの余りに気が狂いそうだったからだ。
「特に問題無かったな」
幸い何事も無くあっさりと最寄りの駅へと辿り着く。目的地である店はここから歩いて5分程の電気街の一角にある。逸る気持ちを押さえながら努めてゆっくりと人混みをすり抜けながら歩いていく。やはり大きな街だけあって視界からは種々の雑多な情報が飛び込んでくる。
「……あれは確か今人気とかいうアイドルだったか? 一色……なんだっけ? ネットでチラッと見ただけであんま知らないんだよな」
何となくたまたま目に入ったアイドルについて呟いてみるが、思考はやはりラグナエンド・オンラインの事ばかりに向かってしまう。
「あーもう、ほんと楽しみ過ぎるなっ」
俺は自身でもコントロール出来ない程の感情の昂ぶりを覚え、しかしそんな状況を楽しんでいた。少し気を抜けばすぐに、数時間の後に俺が訪れているだろう未知のVR世界の事ばかり夢想してしまい、興奮の度合いは自ずと高まっていく。
そうこうしているうちに気が付けば、俺は目的地の傍へと辿り着いていた。そしてそこには俺が予想していた以上の光景が広がっていた。
「はぁー、なんだこの人の数は……。もしかしてこれ全部、REO(RAGNA END ONLINEの略)目当てなのか?」
既に店の前には長蛇の列が形成されていた。予約で完売している以上、今列に並んでいる連中は皆、俺と同じ目的を有した者達なのはまず明白だ。
「ったく、どうせ予約してんだから、こんな朝っぱらからわざわざ並ばなくてもいいだろうに……」
そんな事をボヤキつつも、彼らに習い列の最後尾に大人しく並ぶ事にする。かくいう俺自身も1時間半前に到着している訳で、あまり彼らにどうこう言えたモノでは無い事は、まあ一応自覚はしている。
開店までまだ時間はあるものの特にする事も無い。携帯端末でラグナエンド・オンラインに関する情報をチェックする事も考えたが、ネタバレを食らう危険性を考慮し却下する。そうなってくるとホントにやることが無い為、なんとなく暇つぶしがてら周囲の連中を観察する事にした。
やはりというべきか、その大半を男性が占めていた。だがそんな中にあって割合的には僅かではあったが女性の姿もちらほら見える。
「なんだあの小さいの。わざわざ顔を隠しやがる。ああ、もしかして芸能人かなんかなのか?」
ツインテールなんて目立つ髪型をしている癖に、わざわざマスクとサングラスで顔を隠しているのが少し滑稽に思える。
「あの高倍率の予約合戦を勝ち抜く奴なんざ、ほとんど生粋のゲーマーばっかだろうに。そんな連中が今更そこらの芸能人になんか興味なんか持つわけないだろうに」
ラグナエンド・オンラインの初回販売数は10万本と、決して少なくない数であったにも拘わらず、その競争率はなんと数十倍にも及んでいた。その時点でのネオユニヴァースの販売数がまだ100万本を僅かに超えた程度であった事を考えれば、これは明らかに異常事態であると言える。これは当たり前の話だがハードウェアであるネオユニヴァースを持ってなければ、対応ソフトウェアであるラグナエンド・オンラインはプレイ出来ない。にもかかわらずラグナエンド・オンラインの購入希望者数はネオユニヴァースの販売台数を遥かに上回っていたのだ。各ソフトウェアと購入者間での綿密な紐づけが行われており、転売などは実質不可能なのにそうなったのだから正しく異常の一言に尽きるだろう。
またラグナエンド・オンラインを購入する為のハードルは他にも存在していた。というのも購入申し込みの際、ラグナエンド・オンラインに対する思いを綴った書類の提出が必須なのである。自分がどれ程ラグナエンド・オンラインを欲しているのか、その思いを最低A4用紙1枚を埋めるくらいビッチリ書く必要があるのだ。
かくいう俺も、ラグナエンド・オンラインに対する思いの丈をA4用紙5枚ほどに記入して提出した。規定よりも随分と多い枚数だが、これでも大分削った方なのだ。当初は何も考えずにただ書き殴っていたらA4用紙10枚を余裕で超えてしまっていたのだから。
そしてこれまた驚くべき事に応募された数百万に及ぶ書類その全ての内容をきちんと精査しているらしく、想いが足りないにわかゲーマー達やコピペの類で提出した愚か者は全て明確に弾かれたそうだ。どういった手段を用いているかは不明だが――まさか社員が1枚1枚内容を精査した訳でもあるまい――ミュトス社の技術力の高さを示すエピソードの一つとして、ゲーマー達の間では語られていたりもする。
ともかく普通のゲームソフトではまずあり得ない購入方法であったが、ラグナエンド・オンラインの魅力はそんな高いハードルすらも容易く超えさせる魅力があったのだろう。数十倍に及んだ競争率がそれを物語っている。
そんな訳でラグナエンド・オンラインの予約者たちは皆、生粋のゲーマーたちであり、ラグナエンド・オンライン発売という世紀のイベントを前にして芸能人などに気を取られるような連中が存在するとは、俺には到底思えなかったのだ。だからこそ顔を隠したツインテールの少女の姿が、単なる自意識過剰であると思えておかしく感じたのだ。
そんな感じでツインテールの少女について長々と思考を巡らせていた俺だったが、つまるところはそれも所詮只の暇つぶしに過ぎなかった。役割を終えた少女への興味を俺はすっぱりと忘れて、また他へと視線を向ける。やはりそのほとんどは正にゲーマーといった感じの、多少世間ズレした恰好の連中がほとんどであったが、一部には本を片手に読書に耽る可愛らしい眼鏡っ子や、モデル体形に妙な和服を纏ったお嬢様など、驚くほどに場違いな姿の連中も一部には存在していた。
「とはいえ、やっぱ男率すげー高いよなぁ……」
見た所、男女比は9:1と言った所だろうか? あまりに予想通りの現実に、思わずクスッと微かな笑いが漏れてしまう。
「けどまぁ、アバターを纏ってしまえば美少女もおっさんも大差無いからな」
ラグナエンド・オンラインにおいてプレイヤーは、神々や英雄のアバターを纏って戦う事になる。彼らの姿は当然の如く美男美女揃いであり(一部例外もあるようだが)、中身のプレイヤーの現実の容姿はそれらに影響する事は無い。ちなみに事前の情報によると、例え女性の神々や英雄であっても、男性用に調整されたアバターが用意されるらしい(勿論その逆も)ので、ネカマプレイを強制される心配はどうやら無さそうだ。
自身の男らしいとは言い難い容姿にコンプレックスを抱いている俺としては、その仕様はとても有り難いものだった。
そんな風にしてラグナエンド・オンラインについて思いを馳せているうちに、時間はあっという間に過ぎ去っていきいよいよ販売開始時刻となった。
「これよりラグナエンド・オンライン販売開始です!」
「「おおおぉぉ!!」
列の奥の方に小さく見える店員が発したその言葉に、その場が俄かに熱狂の渦に包まれる。俺もまたその熱気に当てられてか、その心をますます躍らせていた。
「おっしゃー! 早速帰ってプレイするぜ!」
列の先頭の方からはいち早くラグナエンド・オンラインを手に入れた連中の歓喜の声が聞こえてくる。
「くそっ、羨ましい……」
そんな名も知らぬ声の主へと俺はただ嫉妬の視線を送る事しか出来ない。中々進まない列にやきもきしつつ更に待つ事数十分、ついに俺の番が訪れる。
「よしっ!」
速攻で予約券を店員へと手渡し、何度も繰り返した脳内シミュレーション通りに素早く購入手続きを終えた俺は、待ちきれないとばかりに帰路を急ぐのだった。
最速で帰宅した俺は、すぐさまゲーム開始の準備へと取り掛かる。事前に出来る範囲の事は予め全て終わらせていたお蔭か、それは実にスムーズに進んだ。
「さて、もう少しだ……」
そう独り言を呟きながら俺は脱衣所へと向かい、いそいそと服を脱ぎ始める。全裸になった事で日に焼けていない白磁のようなほっそりとした身体が露わとなる。
「くそぉ。相変わらず筋肉が全然付かないな……」
生物学上は紛れもない男性であるはずの俺だったが、大変不本意な事に他人――特に初対面の相手からは、あまりそうとは受け取って貰えない事が多い。その顔は中性的と形容され、声変わりがまだなのかと疑われる程に声も高く、初対面の相手からは良く女性と間違われてしまう。その事実に忸怩たる思いを抱いている俺としては、毎日筋トレを欠かさず行ったり口調を努めて荒くしたりと色々と努力しているのだが、生憎とそれらはあまり実を結んでいないのが現状であった。
「はぁ。まあいいさ……」
完全に全裸となった俺は、シャワーで汗を流し念入りにその体を洗っていく。洗い終わり身体や髪の乾燥を一通り済ませてから全裸のまま脱衣所を後にする。そうして向かった部屋の中心にはカプセル型の巨大な装置が置かれており、その存在感を如実にアピールしていた。
この装置の名は"スピリットドリームインサイド"(通称:SDI)と言い、ネオユニヴァースの補助装置の一つである。ネオユニヴァース本体は、いわゆるヘッドマウントディスプレイ型のVRゲーム機であるのだが、対してそれを補助する役目を持つSDIは人1人を丸々収めることが出来る大掛かりな装置である。
その機能と目的は、端的に言えばネオユニヴァースのプレイ感度の向上にある。プレイヤーは特殊な液体で満たされたSDI内に肉体を委ねる事で、ネオユニヴァースのみの使用では決して得られない高感度なVRプレイが可能となる。またある程度の生体維持機能が備えられており、ネオユニヴァース単体では決して不可能な長時間の連続ダイブにも対応している。
要するに廃プレイヤー御用達の装置という訳である。勿論その値段は決して安いモノではなくむしろネオユニヴァース本体よりも何倍もの高価格であったが、少数生産かつミュトス社からの直販のみという事情も相まって常に完売状態である程の人気だ。ハッキリいって、ラグナエンド・オンライン発売前にSDIを手に入れる事が出来たのは、ただただ僥倖だったと言えるだろう。
「さて、そろそろ始めるぞ……!」
SDI内に横たわった俺は、全身を粘度の高い液体で包まれていく。顔までも液体で覆われ一見すると窒息してしまいそうに見えるが、液体の持つ特性のせいかそんな事は起こらない。慣れないうちは口内に侵入する液体にむせたりもする事もあったが、慣れてしまえばむしろこちらの方が落ち着くくらいに快適であった。
一通りセッティングを済ませ不備が無い事を確認し、いよいよ俺は"ラグナエンド・オンライン"を起動する。ブゥゥーンという起動音が静かに鳴り響いてから、視界が黒一色に染まっていく。それから少し待つと真っ暗な視界の中に"WORLD CREATE"という文字が浮かび上がる。その直後、天地開闢を表すかのような強い光が視界一杯に広がる。やがてその光がゆっくりと収束していくと共に彼方から声が響いて来た。
『ようこそ"ラグナエンド・オンライン"の世界へ』
その無機質な女性の声が示す通り、俺の視界にはいくつもの球状の世界が遠くに浮かんでいるのが見える。緑に覆われた世界、炎に包まれた世界、氷に閉ざされた世界など、その種類は様々だ。
『まずはあなたのお名前を教えて下さい』
女性の声が最初に尋ねてきたのは、オンラインゲームではお決まりとも言えるプレイヤーネームについてだ。人によってはここで何時間も悩んだりするようだが、一刻も早くゲームをプレイしたい俺にそんな時間は無い。
「"イツキ"っと」
本名をそのままカタカナに変えただけの名前をその空欄へと入力する。女性と間違えられる要因の一つであり、微妙な気持ちを抱いていた時期もあったが、25年もずっと使っていれば自然と愛着も湧いてくる。
『"イツキ"様ですね。畏まりました』
その後、声の主とゲームについての細かい設定に関するやり取りが続く。この辺は他のVRゲームでもお決まりの為、特に引っ掛かる事もなく進んでいく。
『――設定は以上となります。最後に"ゲーム開始時限定アバター解放確定10連ガチャ"を回して頂きます』
事前情報によれば、プレイヤーが操作する事になる神々や英雄の現身たる"アバター"は、イベントをこなすあるいはガチャを回すなどによって入手した装備から解放、すなわち使用が可能になるそうだ。という事は、それを入手するまではプレイヤーが操作可能なアバターが存在しない事になる訳で、それではゲームをプレイする事が出来なくなってしまう。このガチャはそれを防ぐ為の措置という訳なのだろう。
"アバター解放確定"とわざわざ銘打っている以上、その種類やレアリティの是非は兎も角として、なんらかのアバターが確実に解放されるに違いない。……翻ってみれば、通常のガチャではアバターが確実に解放出来る訳では無いと言う事実に俺が気付いたのは、大分後になってからの事である。
そんな事をぼんやり考えていた俺の前に、突然巨大な透明の箱が出現する。いわゆるガチャBOXという奴だ。中には、金や銀、そして虹といった色の球体が入っているのが見える。パッと見た感じでは、虹色>金色>銀色の順で数が多いような印象だ。
『虹色の球体にはレアリティSSRの装備または神獣が封入されております。同様に金色はSR、銀色はRを示しております。詳しい内容についてはこちらをご覧下さい』
提示された説明資料をパラパラと捲ったところ、このゲームにはSSR、SR、R、Nの4種類のレアリティが存在する事が書かれていた。当然レアリティが上がる程にその性能も向上する。とはいえ、その辺の情報については事前発表なんかによって俺は既に知っていたので、今更な話ではあったが。
ちなみに今回行うガチャでは、SSR、SR、Rの3種類のレアリティの装備または幻獣が出て来るそうだ。その出現率の内訳は、SSR0.5%、SR4.5%、R95%らしい。資料の隅っこに小さな文字でそう書いてあった。
「最高レアリティであるSSRの出現率が0.5%か。これはかなり渋い設定な気がするな……」
そんな俺の呟きには、きっと多くの方に同意が頂けるだろうと思う。0・5%とはそれ程に引き当てるのが困難な確率なのである。
「てか、見た目と実際の出現率になんか差があり過ぎじゃね?」
そんな俺の言葉の通り、ガチャボックス内に存在する球体の色は、どう見てもSSRを示す虹色の球体が一番多い。これは資料にあった出現率とは明らかに異なる。
「なんだかなぁ……」
いきなり詐欺臭いガチャを目の当たりにして、ゲーム開始早々、微妙な気持ちを抱く事になる。
「……まあ今は置いておこう。さてと、いっちょ回すとしますか」
俺の本来の目的はガチャを回しアバターを入手したその後にこそある。なので胸のモヤモヤは一旦忘れて、気持ちを切り替える事にした。
「狙いはやっぱりアロンダイトだな」
大分前に公表されていた情報だと確かSSR装備"アロンダイト"を入手すると、SSRアバター"ランスロット"が解放されるとなっていたはずだ。ランスロットと言えば、かの有名な円卓の騎士において最強と謳われる存在である。提示された資料には何も書かれていなかったものの、事前情報での扱いの良さから察するに恐らく運営の一押しだと思われる。ならばそれ相応の高性能なアバターでは無いか思われるのだ。
「虹来い、虹来い、虹来い、虹来い……」
欲望も露わにそう呟きながら、俺はガチャのレバーをゆっくりと回していく。するとその出口から次々と様々な色をした球体が勢い良く飛び出してくる。
「銀、銀、金、銀、銀、銀、銀、銀、銀……」
ここまで金1つに銀8つ。レアリティで言えばSR1つにR8つだ。出現率から考えれば悪くない結果なのだろうが、生憎とそれでは俺は満足出来ない。
出来ればせめて1個くらいはSSRをと、俺は天に祈りを奉げる。
「ラスト……おおおっ! 虹、来た!!」
どうやらそんな俺の祈りを天は聞き届けてくれたらしい。最後の1つになって、待望の虹色の球体が見事ご降臨なされた。喜びのあまりガチャボックス以外は何もない空間で飛び跳ねる。
「……いやいや待て待て、喜ぶのは中身を見てからだ。落ち着くんだ俺……」
例え最高レアであっても実はロクに役に立たない存在など、割と良く耳にする話だ。 その事を思い出した俺は、深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「よし、開けるぞ……」
落ち着きを取り戻した俺は、まずは銀色の球体から順に1つずつ開封していく。中には装備5つに神獣3つが入っており、装備のうちの1つからは〈ボレアス〉のアバターを解放する事が出来た。
◆◆◆
アバター名:〈ボレアス〉 Lv: 1/20
クラス:ウィザード
属性:風
レアリティ:R
解放装備名:〈ノースウィンド〉
アクションスキル
〈未習得〉
アシストスキル
〈未習得〉
ラグナブレイク
〈セプテントリオ〉
流星の如く降り注ぐ風の刃による7連撃。倍率9900%
◆◆◆
「うーん、なんかかなり微妙?」
アバターの性能などについて、これまで情報公開はロクにされておらず比較対象も存在しないため判断が難しいのだが、どうにも微妙な性能に思えてならない。
だがなんにせよこれで、ゲームをプレイする最低限の環境は一応整った事になる。
そして残るは金色と虹色の球体の2つ。
「まずは金色の方だな……」
俺は緊張のあまりゴクリと息を呑み込みながら、ゆっくりとそれを開封する。
◆◆◆
幻獣名:〈ペガサス〉 Lv:1/30
属性:光
レアリティ:SR
幻獣効果:光・風属性攻撃力20%UP
召喚攻撃:〈天馬疾走〉
光属性の範囲攻撃。範囲(大)、CT300秒、倍率6000%
◆◆◆
「"ペガサス"か。……どうなんだろうな、これ?」
ペガサスと言えば、背に翼を生やし天を翔ける馬のことだろうが、そのデザインは明らかに翼を生やした少女であった。その姿は確かに非常に可愛らしいのだが、何かコレジャナイ感を強く覚えてしまう。
「……まあいい。次こそが本番だ」
幻獣はアバターとは違って装備の一つに近い扱いらしいので、そこまで気にする必要も無いと判断する。そもそも性能の良し悪しを検討するには今はまだ情報が全く足りていないのだ。今思い悩んでも大した意味はない。
それよりも今一番の問題は、残る虹色の球体の中身についてである。今のところアバターは"ボレアス"しか入手していないので、出来ればここでアバター解放装備を引き当てたい所だ。でないと、このままではRアバターでゲームを開始する事になってしまうからだ。最低レアリティのアバターでプレイする事は出来れば避けたい。
「……頼むぞ」
本日一番の祈りを込めて、俺は震える指でガチャを開封していく。
その中から出て来たのは――。
◆◆◆
装備名:〈スヴェル〉 Lv:1/40
種別:盾
属性:火
レアリティ:SSR
解放アバター:ソル
◆◆◆
「おおおっ!? まじか!? アバター解放装備、ホントにきちゃったよ!!」
『アバター:ソルが解放されました』
直後、俺の喜びを肯定するようにアバターが解放された事を示すアナウンスが流れる。
◆◆◆
アバター名:〈ソル〉 Lv:1/40
クラス:クレリック
属性:光
レアリティ:SSR
解放装備名:〈スヴェル〉
アクションスキル
〈アールヴァク〉
パーティ全員の攻撃力UP(大) CT300秒、持続30秒
アシストスキル
〈天の花嫁〉
自身のダメージカット10%
ラグナブレイク
〈アールヴレズル〉
上空からの太陽の落下による範囲攻撃 範囲(大)、倍率25000%
◆◆◆
ソルとは確か北欧神話における太陽の運行を司る女神の名前だったはずだ。知名度的には円卓の騎士であるランスロットよりは劣っている気もするが、太陽神というのは大抵の神話で重要な役どころを務めているイメージだ。ならばこれもきっと当たりなのではないだろうか。いやそうであると信じたい。
「へぇ。クラスはクレリックなのか……」
アバターには、ウォーリアー、アーチャー、ウィザード、ナイト、クレリック、モンクの6種類のクラスが存在している。プレイヤーはアバターを身に纏う事で、共通スキルとクラススキル、そしてアバター固有のスキルの3つを扱う事が出来るのだ。
ちなみにクレリックの持つクラススキルは以下のような内容だ。
◆◆◆
アクションスキル
〈ヒール〉
味方単体のHP回復(小)。CT60秒
〈キュア〉
味方単体の状態異常を一つ解除。CT60秒
〈スマッシュ〉
武器を用いて敵を殴りつける。CT9秒、倍率160%
〈ホーリーライト〉
聖なる光による攻撃。範囲(小)、CT21秒、倍率250%、光属性
〈ブレス〉
味方単体の防御UP(小)、CT10秒、持続60秒
アシストスキル
〈信仰の加護〉
自身のダメージカット3%
◆◆◆
「うーん。もしかしてこのSSR、結構微妙なのか?」
SSRアバター〈ソル〉には、アクションスキルが1つしか無く、その一つも攻撃スキルではない。となると、攻撃手段はクレリックが持つ攻撃スキルか、もしくは武器を使った通常攻撃しかない。
「クラス的にもスキル的にも、多分これ思いっきり支援型なんだろうなぁ」
別に支援職が嫌いという訳では無いのだが、折角の美麗なグラフィックを楽しむ為にも派手に動きたい気持ちもあった。とはいえ、もう一つのアバター"ボレアス"は、明らかにそれ以下の性能であったので、俺に選択の余地など残されていないのだが。
「まあSSRが出たんだ。これ以上、我儘を言うのは罰が当たるってもんだろう」
もし仮にソルが外れの部類だったとしても、そのレアリティはSSRなのだ。まさかSR以下の性能という事は無いはずだ。ガチャの排出率から考えても、SRすら引けていない人の方が多い計算になるので、俺が不運などという事はまずあり得ないと思われる。
「さてと、そろそろゲームを始めたいんだが、どうすればいい?」
『手に入れたアイテムを装備して頂く必要があります。宜しければこちらで自動編成致しますが?』
彼方からの声に問い掛けると、そんな答えが返ってきた。
「あーじゃあ、それで頼む」
装備については後からいくらでも変更が利くようだし、一刻も早くゲームを開始したかったので任せる事にした。
『畏まりました。……自動編成完了しました。それでは始まりの世界"ミッドガルド"へと転送致します。……どうか世界を危機から救って下さいませ』
そんな言葉と共に俺の周囲の視界が歪みだす。
これまで感じた事の無い不思議な浮遊感を覚えた後、気が付けば俺の視界には、画像検索で"中世ヨーロッパ"のキーワードを入れると出て来るような、如何にもファンタジー世界のテンプレートといった美しい街並みが広がっていた。
「……なるほど、ここがミッドガルドか」
こうして俺のラグナエンド・オンラインでの日々は幕を開けたのだ。
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