願う者はとにかく救われるらしい
正真正銘の側近さん回
それにしても前の更新から空いてしまった……
「ヤバいっすよ魔王様、大問題です!!」
そう頭からツノを三本生やした小さな悪魔は叫んだ。彼の名はインプ君だ。余り表立って活躍する事はないが、郵便の受け取りを良くやってくれているらしい。
しかしアレだ、何故魔王城に郵便が届くのだろうか。誰が頼んでいるか後で調べねばなるまい。
「どうしたインプよ、ホームシックか? それとも勇者でも来たか?」
「帰省は確かに良かったっスけど仕事があるっス。とにかく、勇者じゃないんスけど、重要なのは変わりないんスよ」
そのインプの言葉を聞いて魔王は考えた。
さて、何かあっただろうか。少なくともインプが話にする内容なのだから、やらなくて済む話の筈がない。
夏の花火大会は二年に一度、それは去年やったので違う。魔王城にプールが欲しい、有り得なくもない話だが水の魔法を使えば何の問題もない。さて、頭が痛くなってきた。
少し頭を押さえて考えていると、側近がインプへと問い掛けた。
「もしや、この頃の郵便物と関係が?」
「あー、そうっスね。モロ関係あるっス、と言うかもうそれが答えの様な……」
「ならば、星墜祭か。確かに時期としては合っている」
その側近の言葉に、謁見の間の魔物たちは色めき立つ。
さて、側近が言った星墜祭とは。歴史は初代魔王が人間と戦争をしていた時代にまで遡る。
戦場にてとある部隊が人間に壊滅寸前まで追い込まれていた時、空からの一筋の光が敵を壊滅させたと言う。その一筋の光こそが、初代魔王が独学で編み出した極大魔法『メテオ』だったのだ。
その事から魔王軍、延いては魔界では流れ星は勝利の象徴、折れない意志、願いが叶う事象として広まっていった……との伝承がある。この話の真偽は定かではないが、現に極大魔法『メテオ』は存在し、威力も伝承通り。十分信憑性のある話だ。
初代魔王が『星』を『堕』としたから星墜、その祭りだから星墜祭と言う様な感じである。
「そうか、星墜祭か……! ならばその郵便物とやらは叫び笹か」
「その通りっス! うるさいんで水に沈めて保管してるんスけどね」
そして、星墜祭に必ずと言う程ではないが必要な物がある。叫び笹である。一応普通の笹でも代用は利く、盛り上がりには欠けるが。
名前の通り、凄まじい叫び声を上げ続けるドス黒い笹である。その声はマンドラゴラにも匹敵するらしい。祭ではその笹に願いを書いた鉄鎖を巻き付ける、するとその願いは叶うらしい。
魔王歴史学を学んでいないーーいや、学んでいる御仁からしても無茶苦茶でトンチンカンな祭にしか思えないだろう。だがこれは、百年以上も続く由緒正しい祭なのだ。決してバカにしてはいけない。
ともかく、魔王は納得した。かなり重要な事だった。
しかしまだ分からない事がある。インプは星墜祭が近付いている事だけを知らせに来たのだろうか? あのインプが、たったそれだけの事を?
「さてインプ、星墜祭が近付いているのは良い事だ。だが、まさかそれだけを伝えるために来た訳ではなかろう」
「そうなんスよ! 偵察部隊、諜報部隊の情報によると、星墜祭と重なる位のタイミングで人間の部隊が攻勢に出るらしいっス!」
「なっ……!? 魔王様、これでは満足に星墜祭を開催出来ません!」
人間の攻勢に対して、常に冷静な側近が珍しく声を荒げる。その状況に魔物たちから恐怖とも取れる声が聞こえてくる。
百人の騎士に同時に狙われようと、大魔法を足元に撃ち込まれようと冷静冷酷な側近様が怒りを露わにしている。祭を邪魔する無粋な人間に苛立っているのだ、と。
しかし、厳密には少し観点が違う。
確かに彼は怒っていた。有給まで取って家族みんなで星墜祭を楽しもうとしていた矢先に、祭開催の危機である。そりゃキレるわ、パパおこだわ。
ずっと昔、結婚など考えてもいなかった頃の側近がこの事態に対処するなら、早めに兵を出して星墜祭までに帰還させるなどの策を出していただろう。
しかし、今の彼は一児の父。子供が楽しみにしている祭を守らずして何が父か。彼の有給は授業参観と家族が病気に罹った時、それと家族サービスのためだけに存在するのだ。
そして遂に側近は魔王の前に跪き、声を荒げる。その光景には、鬼気迫るものがあった。
「魔王様、是非この私を迎撃の任に!」
「任を言い渡さずとも向かうのだろう、ならば言う事など無い。しかし……」
「しかし、と言いますと?」
魔王は顎に手を当てて考える素振りを見せる。素振りだけ、だ。
「貴様一人では話す相手も居らず道中つまらんだろう、誰か連れて行くと良い。まあ、その分早く終わるのだろう?」
魔王は笑って見せた。一人で行かせないのは、別に側近を心配しているからではない。側近が負けるなど微塵も考えていない。
ならば何故か。それはただ単純に『星墜祭を滞りなく開催させる』と言う欲を爆発させるには一人では足りないからだ。
「さあ征け側近よ、無粋な人間を蹴散らすのだ」
「この側近、『閃光』の名にかけて」
そして側近はすぐに振り向くと謁見の間の扉を蹴破らんばかりに飛び出していった。
「さて、見せてもらおうか。貴様ら二人の蹂躙を」
謁見の間から飛び出した側近は、すぐにその存在に気が付いた。自分に並走する大きな影、四天王第三位のサイクロプスだ。
「どうしたサイクロプス、何か用か?」
「いや、胃に良い薬草の場所を聞いたんで探しに行くかと。で、お前の行き先と近そうだから一緒にと思ったんだが」
「なら付き合え、薬草よりも効く治療法がある。一方的な蹂躙だ」
「ほぉ……それは胃に良さそうだ」
側近が側近と言う役職ではなく、サイクロプスも四天王ではなかった頃。戦場には絶対に近寄るな、と言われていた大小二つの影があったと言う。
その二つの影が、今ここに蘇るーー。
とまあ、そんな訳だが。
この話の終わりだけ話すとしよう。
魔王軍への攻勢に出ていた人間の部隊の指揮官は、良い指揮官だ。決して部下に対して人当たりが良い方ではなかったが、攻めるタイミングは間違えた事が無かった。
そう、この攻勢は『星墜祭のために魔物たちが魔王城へ帰った』からである。勿論、指揮官は星墜祭の事など知らない。ただ目の前の敵が帰って行くから、攻めただけだ。
こんな定石通りの侵攻をしていた部隊は、予想外の悲劇に見舞われる事になった。
そこは鬱蒼とした普通の森だった。異常な程の殺気が充満している事を除けば、そして視界の先にサイクロプスが居る事を除けば、だが。
指揮官は困惑した。何故この様な場所に四天王の一人が居るのだ、と。しかし指揮官は冷静だった、多くの部下の戦力があればそう酷くは負けないだろうと踏んで攻撃命令を出した。
しかし、誰も反応しなかった。恐る恐る後ろへ振り向くと、部下が山の様に積み上げられていた。そしてその上にはレイピアの刃を拭く男が一人。
側近の実力ならば、適当にやっていても『誰にも気付かれず、誰にも伝えさせず、一撃の元全員を仕留める』など造作もない事なのだ。『閃光』の名は伊達ではない。
その後の二人は正に凶悪の一言だった。人間の指揮官相手に死なない程度にビンタや蹴りを入れ、心がズタボロになる位に罵声を浴びせ、そのまま歩いて帰したのだ。
魔王歴史学を学んだ御仁なら分かるだろうが、魔界の一大イベントを邪魔しようとした罪は非常に重いのだ。
とまあ、王国でも有能と言われていた指揮官が部下を全て失い、なおかつ祭の大切さしか言えなくなってしまった事から、騎士団は『魔王軍による新しい作戦行動が始まった』と発表し、前線の兵士たちが恐怖で満足に寝れなくなったと悲しい歴史を刻む事になったのだ。
その裏で、側近が星墜祭にて家族に向けて誰にも見せた事のない様な笑顔をしていたと言うのは……何故か魔王の日記に書かれている不思議な事実である。
怒らせたらいけない人って大体どこにも一人は居るよね、それが側近さんだったってだけよ。指揮官は泣いていい。
さて、夏の行事を滞りなく行う事が出来た魔王軍の明日はどっちだ!