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それは誰にでも牙を向けるらしい

※今回は少し短いです

魔王軍にも勝てない相手は存在するーー?

「ヤバいっすよ魔王様、大問題です!!」


 そう頭からツノを三本生やした小さな悪魔は叫んだ。彼の名はインプ君だ。帰省終わりに「実家で貰ってきた」と言いながら魔界で有名な『七つの大罪ゼリー』を各部隊に配る辺り、しっかりした所もある奴なのだ。


 しかしまあ、何故こうも問題が尽きる事が無いのだろうか。内容はどうあれ、ここまで落ち着かない日々と言うのも嫌になってくるものだ。


「どうしたインプよ、我はもう何が来ても驚かんぞ? 正直何が来るか予想もつかないのだが……」

「あー、まあ今回は本当に唐突な問題なんスよね……まさかこんな事が起こるとはーって感じで」


 インプのその言葉を聞いて謁見の間の魔物たちからため息が漏れる。皆一様に伝説の盾の件を思い出しているのだろう、確かにあの事態は「こんな事」と言うに相応しかった。


 とにかく、だ。魔物たちは言い得ぬ嫌な予感を感じながら彼の次の言葉を待った。


「あの、この頃暑いじゃないスか。氷とか常に出しとかないとダメになる位には」

「ああ、そうだな。気象予報でも言っていた……『まるで太陽が二つあるかのようだ』とな」

「でまあ……何となく分かるっスよね、この先の話」

「流石にな、勘付きはするさ」


 魔物たちは魔王の言葉に驚いた。常々変な事しか起こらないこの報告に於いて、勘付いたと言ったのだ。しかし、ここで魔物たちは大きな思い違いをしてしまった。


 『魔王様が考えている事の通りなら、凄まじい事態が起きるに違いない』と。確かにそうなのかもしれないが、この魔王軍である。多分そんな事は起きない。


 そして、魔物たちの想像は外れる。呆気なくだ。


「前線の防衛部隊から、兵が少しダメになってるって報告があるっス」

「魔王様、補足いたしますとその報告は平原や山岳部の兵からです。森や洞窟などの兵からは特には何も」

「分かっている、この暑さでバテたのであろう」


 その会話を聞いて謁見の間からは少し笑いが起きた。彼らは近衛部隊と言って、魔王の警護が主な役割である。だからこそ魔王が座する謁見の間に常に居るのだ。


 そして謁見の間は涼しい。魔王城の地下に存在する氷と風の魔法陣によって、城のありとあらゆる場所に涼しい空気を送っているのだ。冬になったら氷の魔法陣を火の魔法陣に変えれば良い。


 そう。近衛部隊は魔王の近くで仕えると言う状況から、外の暑さ、その中でいつ来るかも分からない敵を待つ過酷さを知らなかったのだ。


 職業柄仕方ないと言えるかもしれない、だがそれは言い訳でしかないのだ。しかし魔王はそれを直接どうこう言う事はない、何せ自分を守るためにここに居る事が彼らの仕事なのだから。


「前線では基本的に心労が溜まります、そこにこの暑さが追い打ちを掛けて来るとは……」

「栄養やら休息やらを満足に取れればそんな症状には陥らんが、前線では無理な話か」

「出来るなら替えの兵を送ってくれ、と指揮官は言ってるっス」


 そうは言われても、それが魔王軍としての返答である。


 魔王軍の戦力は大きく、多い。世界的に見れば魔物よりも人間の数の方が多いが、そんな人間相手に戦争を挑もうと思える程度には戦力はある。


 だがそれは、絶妙な均衡の中に存在する偽りの環境だ。どの戦線も攻めずに守り続ける事によって得た「一体どこから攻め始めるのか分からない」と言う不審なオーラで敵の戦力増強を防いでいるのだ。


 どこから来るのか分からないから全ての戦線に兵を送る。などと言う事は人間には出来ないし、だからと言って一点に兵を送る事も出来やしない。


「さて……どうしましょうか、雨を魔法で降らせるのは如何でしょう」

「暑さに雨を合わせると蒸し暑さになる、環境がさらに悪化するだろうさ……人間も、だろうがな」

「戦線が抜かれたって言う報告はまだ無いっスから、人間側も参ってるんじゃないスか?」

「しかし、とにかく暑さだけでもどうにか出来るようにしなければなるまい」


 魔王はそう呟き思考を巡らせる。


 確かに雨でも大丈夫ではあろう。雨が降るなら雲がある、雲があるなら日は隠れる。直射日光を浴びなくて済むだけでも感じる温度は結構違うものだ。


 しかし蒸し暑くなると、何だか凄く嫌だ。誰もがそんな嫌悪感を抱くだろう。その上、火の魔法も効果が弱まってしまう。前線の魔物たちも、そこまでのデメリットを抱えてまで涼しくなりたいとは思っていないだろう。


 ならば何だろうか。水を直接使ってしまえば蒸発し、蒸し暑さの原因となる。水ではなく、別のーー。


「!! インプよ、貴様は帰省の時氷を使って涼しくしていたのだな!?」

「えっ、まあそうっスけど。一体どうしたんスか」

「そうだ、氷だ。貴様が帰省した時の話をしたお陰で閃いたぞ、全く貴様は良い部下だ!」

「何か急にンな事言われると怖いんスけど」


 魔王は急に玉座から立ち上がり、高笑いを始める。謁見の間の魔物たちは困惑した、側近も、インプも例外なくだ。


 こんなテンションの魔王様は今まで見た事がない、と言うかむしろ気持ち悪い。でもその事言ったら不敬罪で首を切られる(リストラされる)だろうな……などと思っていた。


 そんな魔物たちの気持ちを知らない魔王は、そのままのテンションで指示を飛ばし始める。


「側近よ、貴様は製造部隊に鎧の型を作らせるのだ。勿論、勅命だ」

「はっ、了解致しました」

「インプよ、貴様は前線の指揮官へと伝令を飛ばせ。『すぐにでも解決策を送る』とな」

「おっす、了解っス」


 二人が謁見の間を後にするのを見送って、魔王は両手を広げてまた高笑いを始めた。


「フハハ、自分の才能が怖い、怖すぎるッ!」


 怖いのはお前だと心の奥底で叫ぶ近衛部隊の思いを尻目に、魔王の高笑いが木霊するーー。




































 とまあ、そんな訳だが。

 この話の終わりだけ話すとしよう。


 まず根本的に、異常な高気温は自然なものではなかったのだ。人間の高位な魔法使いが使用していた強力な火の魔法で、擬似太陽を生み出していたのだ。これを微妙にだが見抜いていた魔界の気象予報士は一体何者なのだろうか。


 とにかく、魔王が製造部隊に作らせたのは鎧の型。型の中に金属を流し込んで固めれば、鎧が完成する優れものである。


 そしてその鎧の型を氷の魔法が使える魔物と共に、前線部隊へと送ったのだ。


 そんな感じで届いた解決策を見て、正直前線の指揮官はキレた。魔王に対してクーデターを起こす寸前までキレたとは後の本人談である。しかしその怒りは鎧の型の中に氷の魔法を撃ち込んで、消え去った。


 型を外してみれば、出来上がるは氷の鎧。普通の氷ではなく魔力で構成された氷なので並大抵の事では壊れない、具体的には剣で斬られる程度なら何の問題も無い。


 これなら涼しく、硬く。暑さにも敵にも勝てる正しく最強の装備だと指揮官と兵たちは喜んだ。





 着るまでは。


 魔王もテンションの関係でそこまで頭が回らなかったのだろう、氷の鎧を装備した感想が「涼しい」ではなく「冷た過ぎて痛い」だったのだ。体に氷を直付けなのだから当たり前と言えば当たり前だろう。



 さて。こんなアホな事をしていた魔王軍前線部隊だが、この鎧の副次効果が戦場を大きく動かしたのだ。


 日の高く上がった最も暑い時間帯。人間たちも冷水を頭から被ったりと頑張ってはいたが、暑さから警戒を満足に出来る状態ではなかった。だが、誰か一人が上げた悲鳴によって彼らは冷静になった。


 戦場に目を向ければ、そこには見た事も無い透き通った鎧に身を包んだ魔物たちが突っ込んできていたのだ。それも全員目を背けたくなる程に必死な顔をして。


 人間の兵たちは死を覚悟した。恐らく相手側も暑さでダメになっている事を見越して突撃を掛けてきたのだ。一番来ないであろうと思っていた暑い時間帯に。


 結果、人間たちは魔物が『氷の鎧が痛過ぎるから早く戦い終わらせて脱ぎたい』と言う願いを知る間も無く恐怖により一目散に逃走した。戦果としては魔王軍側の完全勝利である。








 とまあ、幾つかの戦場に於いて同様の事態が起きた事から騎士団は『魔王軍の新鉱石発掘による装備運用テスト』として発表し、兵士たちが落胆したと歴史を刻む事になったのだ。


 その裏で、魔王がおかしなテンションの昂りを無かった事として魔物たちの記憶を改竄して回ったと言うのは……近年発見された魔王の日記にのみ書かれている隠されるべき真実である。

暑さは大変だもんね、でも必死な顔して走ってくるオークとかゴブリンとかの方が大変だよね。流石に人間に同情するわ。

暑さを越えた魔王軍の明日はどっちだ!



※ちなみにおまけ

七つの大罪ゼリーの詳細

傲慢……文句が言えない程に美味いゼリー

憤怒……悶絶レベルの激辛ゼリー、味は認識不能

嫉妬……苦いだけのゼリー、味も苦い

怠惰……固まってないゼリー、液体だが美味い

強欲……一つのカップに五つの味、美味い

暴食……ただのバケツゼリー、味はそれなり

色欲……光の加減で色の変わるゼリー、味は普通

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