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目立った動きが無いと困るらしい

今回もいつも通りにインプが叫ぶーー?

「ヤバいっすよ魔王様、大問題です!!」


 そう頭からツノを三本生やした小さな悪魔は叫ばなかった。いや、インプ君は来ていない。来るような気配がしていたのだが……気のせいだった様だ。と言う事は今のは幻聴か、疲れているのだろうか。


 それにしても今までずっとインプが飛び込んで来る事に少し鬱陶しさを感じていたのだが、来なければ来ないで何とも物足りないものである。


「インプは来ないのだな」

「はい、彼は二日程前から休暇を取り実家に帰省しています。仕事に復帰するのは三日後と」


 なんと帰省中だった様だ。それなら来なくて当然である。それにしても、帰省か。


「帰省……奴の家族はどんなものなのだろうな」

「聞いた話によると、大家族の三男らしいですね。上二人の兄も良い仕事に就いているとか」

「良い仕事、か。魔王軍は良い仕事なのだろうか?」


 上に立つ者として、魔王は非常にどうしようもない疑問を抱いてしまった。自信が無いと言えば嘘になるが、大丈夫と言い切れるかと聞かれると首を縦には振れそうにない。


 魔王軍と言うのは国王直属の軍隊であり、時に命懸けで戦わねば、死へと向かわねばならない職業である。だからこそ、魔王は福利厚生をしっかりとやっているのだ。


 まず給料が高い、戦地に赴けばもっと高くなる。当たり前だ、命懸けの国家公務員なのだから。次に、休暇は頼めば無理のない程度には取れる。役職にもよるが、基本的にニ連休位なら文句は言われない。


 他にもある。魔王城の裏には寮が存在し、遠方から来ている魔物たちに対して安価で貸している。勿論家具付きだ。


 まだだ、結婚して子供が生まれたら軍から手当と育児休暇が出る。それに寮の近くには保育所もある。


 働く魔物たちには優しく、戦う人間たちには厳しく。これが魔王軍のモットーである。そのお陰か近頃の男の子たちは魔王軍がなりたい職業一位を獲得しているらしい。女の子はパティシエ、良くある話だ。


「少なくともこの側近、同僚や部下と話していて不満や不平を聞いた事はありません。勿論、酒が入り気の緩んだ時であってもです」

「そうか、それは上に立つ者として有難い話だ。しかし側近よ、貴様は帰省などは良いのか?」

「ええ、私は実家住みですのでいつでも親の顔を見る事が出来ます。妻方の実家にも、時折顔を出していますので」


 側近とは全く良く出来た男である。高給取りのエリートと言うお伽話の様な存在だ、さぞ結婚した女は運命に恵まれていたのだろう。


 その後も他愛も無い話を続け、意味も無く時間を浪費していった。たまには良いだろう、いつもしっかり働いているのだから。


 そして話が一段落ついた時、謁見の間の扉が十回程連打される。扉は太鼓ではないのだが、この叩き方は誰が来たのか一瞬で教えてくれる。


「回復部隊隊長キングローパーにょろ、魔王様に具申があるにょろりん」

「構わん、入れ」


 魔王がそう言うと、謁見の間の扉が開かれる。入ってきたのは多くの緑色の触手を持ち、一本の青い花を生やした魔物ーーキングローパーであった。


 触手だとか聞くと良からぬ思考の働く御仁が居るかもしれないが、別に彼らにはそんな興味も無いし当然ながらそんな事もしていない。この魔王軍は捕虜の扱いも気にしているのだ。もっとも、捕虜など取れた試しがないのだが。


「にょろりん、少し魔王様に頼みたい事がありましてにょろ」

「うむ、話せ」

「にょろ。この度また成長期を迎えまして、この通り触手が一本増えましたにょろん」


 そう言ってキングローパーはまだ細い触手を一本挙げた。一体何でこんなどうでも良い事をーーと思うかもしれないが、彼から、いや魔王軍からするととても大切な事なのである。


 キングローパーは先程名乗った通り回復部隊の隊長を務めている。この隊は偵察、戦闘と言った状況に問わず出撃には必ず同行する特異な隊である。そのため歩兵部隊に次ぐ人員を抱えた大部隊である。


 この隊に入る方法はただ一つ、腕が三本以上ある事。そして彼らがやる事はただ一つ、多くの腕で多くの杖を持ち回復魔法を乱射する事。多くの杖で連続して回復魔法を放つ、数で押すと言う非常に単純で最も強い作戦である。


 この隊が存在する戦場では、戦場のどこでどの様な痛手を負ったとしても、どこからともなく飛んでくる回復魔法によって死ぬ事は殆ど無い。もし死んだとしても蘇生魔法が飛んでくる。


「そうか、ならば新しい杖を用立てねばだな。製造部隊に勅命として伝えるとしよう」

「有り難き幸せにょろろん」

「それにしてもキングローパーよ、もう腕は何本になる?」

「これで二十七本目ですにょろ」


 こんなにも腕が多いのは魔王軍に彼一人だけだ。回復部隊の隊長の条件は、部隊中最も腕の本数が多い事である。一位はキングローパー、二位は陸クラゲの十五本で、かなりの差がある。


「にょろり、先程同行した偵察部隊での出来事にょろ……魔王様の耳に入れておいた方が良いと思った事がありますにょろん」


 キングローパーはそう言って、触手の中から白木の杖を一本取り出して宙へと振った。すると何も無かった筈の場所に、魔力で構成された薄い膜が展開される。


 これは一度記録した光景を映し出す魔法である。写真の様なものと言えば分かりやすいだろうか。


 そしてその膜に映るは、緑色のローブを着込んだ集団が木の上に隠れている光景だった。


「東の森ですにょろ、どうやらエルフは人間と共同戦線を組んだらしいにょろん」

「ですがキングローパー、人間とエルフはそれ程友好的な関係では無いと思うのですが……?」

「先代魔王が起こした大戦で、人間は魔法能力の長けるエルフを尖兵として使い潰したと聞く。余程の事が無ければ組むとは思えんがな」

「魔王様、延いては魔王軍の存在がその種族間の溝を越えてまで同盟を組ませたにょろ? プライドの塊と名高いエルフにしては折れるのが早すぎるにょろりん」


 魔王は唸った。東の森に住むエルフとの戦闘は、居住区に近付き過ぎたなどの原因以外では起きていない。つまりエルフは戦争には参加せず、自らの身だけを守っているのだ。


 しかしそのスタンスを今更崩し、なおかつ一ミリたりとも信用していない人間たち戦線と組む様な事などあるのだろうか?


「もしエルフとの戦闘が起きれば、こちらもまとまった戦力で迎え撃つしかあるまい。生半可な兵では奴らの侵攻を止める事すら出来ん」

「出来る事なら戦闘は避けたいですね。兵力があるとは言え、人間とエルフの二つの勢力を同時に相手取るとなると補給線の問題が出てくるでしょうから」


 じきに始まるかもしれないエルフとの戦争。それを危惧する二人に、キングローパーは一つの違和感を伝えた。


「お二人様、改めて考えて欲しいにょろ。エルフがバレる様な侵攻をするにょろか? 前の大戦ではエルフ一部隊(十二人)が防衛線を誰にも気付かれる事なく抜けたと聞きましたにょろん」

「……それもそうか。もしエルフが本気で戦争しに来たならば、今頃本土決戦中だろうな」

「エルフの隠蔽魔法ともなれば四天王クラスでもなければ看破出来ないでしょう、ならば何故この様な行動を?」


 思考が止まる、戦場で定石と考えられる行動ならこの場の三人が分からない筈がない。しかし今回は無駄が多過ぎる。むしろこの光景に映る存在がエルフではないと考えた方が自然なーー。


 エルフではなければ、何なのだ。エルフを貶めんとする存在……人間がエルフの格好をして、魔王軍の怒りを向けさせようとでもしているのだろうか。


「やはり分からんが、仕方がない。この存在をエルフと仮定して対策を取るとしよう」

「念には念を、常に最悪を想定し。ですね」

「ああ、ではキングローパーよ。連続で悪いが、東の森へ魔法部隊と出撃してもらうーー構わんな?」


 その魔王の言葉にキングローパーは無言で青い花を傾げた。そして触手の中からありったけの杖を引き抜く。


「このキングローパー、例え凶刃凶弾降り注ごうとも友を救い続ける事が使命にょろろん! お任せするにょろん!」


 そしてキングローパーは勢いよく謁見の間を飛び出していった。


「キングローパーよ、貴様の活躍が作戦の進行具合を左右する。杖を捧げよ……」


 謁見の間に、静かな魔王の言葉が木霊するーー。



































 とまあ、そんな訳だが。

 この話の終わりだけ話すとしよう。


 この東の森に存在した部隊は、確かにエルフではなく弓の上手い人間たちだった。彼らの目的は、エルフのフリをして魔王軍にちょっかいを出してエルフを戦争に巻き込む事だったのだ。


 それを知ってか知らずか、魔法部隊隊長アラクネと回復部隊隊長キングローパーは魔力で構成された網と強力な幻覚魔法を東の森に張り巡らせた。


 魔力の網は、絡め取られれば動けなくなる程度。幻覚魔法は誰かに見られている気配を感じさせる程度のものだ。どこから来るか分からない上に、隠蔽魔法で見えないエルフに対して足止めに徹した効率的な魔法運用である。


 しかし、これが誰も予想をしなかった様な戦果を上げる事になる。




 ここに魔王歴史学ではなくエルフ歴史学を学んだ御仁は居るだろうか? その御仁なら分かるだろうが、この場所には実際にエルフの部隊が居たのだ。


 エルフ隊の目的は、東の森に入り込んだ存在への対処と魔王軍の警戒であった。入念な準備と隠蔽魔法によって侵入者ーー愚かな人間を見付けたのだが、それ以外の違和感が彼らにはあった。


 森の奥から、何十、何百と言う魔物に睨まれている感覚がしたのだ。冷静な状態であれば幻覚魔法だとすぐに看破出来ただろう、しかし目の前には前大戦からの天敵である人間がエルフの格好をしていたのだ。


 それはもうキレた、一瞬で全員始末する位にはキレた。と言うか始末した。森の奥へと逃げた奴は、追いかけてみると何故か何も無い空間に引っ掛かっていた。


 人間を瞬殺したとは言え、度を超えて慎重なエルフ隊の面々は魔王軍の大部隊との戦闘を警戒して、すぐに撤退したのであった。そう、幻覚魔法の大勝利である。








 とまあ、東の森へ侵攻した部隊が壊滅した状況を見て騎士団は『エルフによる人間への宣戦布告』と発表し、人間とエルフの関係が今より悪くなったと歴史を刻む事になったのだ。


 その裏で、決め台詞を吐いておいて作戦中一発たりとも回復魔法を撃たなかったキングローパーが数日微妙に落ち込んでいたのは……魔王歴史学を研究しなければ分からない事実である。

人間側が酷い目に合いそうな気がするが、こんな魔王軍と戦わなければならない時点で結構酷い目に合ってる気がする。

魔王軍と人間たちの明日はどっちだ!

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