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軍最大の戦果と言われているらしい

魔王軍の備品庫が聖なる光に包まれるーー!

「ヤバいっすよ魔王様、大問題です!!」


 そう頭からツノを三本生やした小さな悪魔は叫んだ。彼の名はインプ君だ。同種が五十近くこの城には住んでいるが、改めて考えてみると彼以外まともに話した事が無い。それは良いのだろうか、良くないだろうな。


 それにしても四天王が正式に全席埋まり(五人だが)拠点防衛用の編成も終え、ようやく一段落ついたと言うのに……全く急な話である。それに当然の様に扉をノックしないし。


「どうしたインプよ、肉屋が倒産して四天王が居なくなったか?」

「いや……何て言えばいいんスかね。こう、予想外な出来事過ぎて説明しにくいと言うか何と言うか」


 インプのその言葉を聞いて、謁見の間に集う魔物たちから不思議そうな声が漏れる。確かに魔王も違和感を感じていた。食糧難の問題(肉屋の倒産)軍備の不具合(四天王三人)も何の躊躇いも無く話してみせたインプが、説明しにくいと言うのだ。


 とにかく、だ。魔物たちは言い得ぬ不安感に飲み込まれそうになりながらも、彼の次の言葉を待った。


「あの、勇者居るじゃないスか」

「確かに居るな、忌々しいとは思うが奴の存在はまだ確認出来ていない筈だろう」

「伝説の武具ってあるじゃないスか」

「剣、盾、鎧だったか。六百年前の先代魔王はそのせいで負けたと言う」


 何だろうか、この何とも言えない会話は。何故このタイミングで伝説の武具の話が出るのだろうか、謁見の間の魔物たちは何だか嫌な予感がした。


 そして、魔物たちの予感は的中する。変な方向に。


「伝説の武具の内、盾が見つかったっス」

「何!? どこにあるのだ……勇者の実家か、人間の王宮か!」

「魔王城にあったっス」


 えー?


 謁見の間のどこからかそんな声が漏れた。当たり前だろう、人間側からすれば国宝ーーいや人類史に残る物品だ。それが何故魔王城に、人間の敵である魔王城にあるのか。


 多くの魔物は感じた、悪戯と話の引き伸ばしが好きなインプにしては雑な嘘だと。


「……見つけたのは誰だ」

「魔王様……見つけたのは私です。正直私もおかしいと思ったんですけどね」


 半信半疑の魔王の問いに答えたのはインプではなく、魔王の隣に控える側近であった。謁見の間に居る全ての魔物たちの目が彼を見る。


「昨日、書類に間違いがありまして備品庫に確かめに行ったのですが……書類を見る限り鍋の蓋が一つ多かったのです」

「いや待て、その流れだと伝説の盾が鍋の蓋扱いされていた事になるのだが」

「蓋の山の中に盾が埋もれていました」


 勿論誰も何も言えなかった。魔物たちとしてはおかしな話だが、六百年前の勇者に同情をしていた。お前が敵の攻撃を防いでいた盾は、今となっては吹きこぼれを防ぐ道具だと。


 それにしても何故そんな扱いを受けていたのだろうか、いややはり何故魔王城にあったのかの方が気になるものだ。


「何故この様な場所に放置されていたかは各部署総力を挙げて調べてはいますが……正直内容が内容ですので」

「ならば我々も理由を考えるとしよう、まずは先代勇者だな。奴が盾を持ってこの城に来たのは間違い無いだろう」


 魔王はそう言った後、謁見の間に集う魔物たちに勇者や、勇者にまつわる物品の話をする様に命じた。


 魔物たちは少し怯えていたが、魔王が「真偽は問わない」と言葉を付け足すと、ゆっくりとだが数体の魔物が手を挙げた。


「まずは……お前だピクシー」


 呼ばれたピクシーは恐る恐る魔王の前へと移動して、仰々しく頭を下げた後に口を開いた。


「はいぃ。ひいお婆ちゃんから聞いた話ですけどぉ、先代の勇者さんはぁ、ボッチさんだったらしいですぅ」

「ボッチ、とな?」

「仲間を作らなかったと言う話ですぅ」


 これは興味深い話であった。魔王が知る限り、前の大戦は先代の勇者と魔王の相討ちで終わったとの話である。それで勇者がボッチであったと言う情報を合わせれば。


「勇者は魔王と相討ちになった。だが仲間が居ない故にその武具は回収されなかった……か?」

「それだけでは剣と鎧がこの城に無い事に説明が付きません。それでは後々何者かが回収に来たとしても、盾だけ残した事になりますから」

「ふむ、ならばもう少し情報が必要か」


 魔王は謁見の間を見回し、他に手を挙げている魔物を探し名前を呼ぶ。


「次は……ミミックか」


 そう言うと魔王の前に宝箱が数体の魔物によって運ばれてくる。何でも彼は自力では移動できないらしく、友人の手を借りてこの様に移動しているのだとか。


 宝箱がゆっくりと開くと、中身はただの黒い渦だったがその中から低い声が響いてきた。


「ワイが知ってるのは伝説の剣のコトや。何でもアレは片手で使うモンだけども、本来は両手持ちの剣らしいんですわ」

「……本来の力を使うためには両手で持たなければならない、と。盾との両立が出来んな」

「つまり盾をどっかに置くかどうかせなあかんと言う訳ですわ」


 これは面白い話である。そもそも伝説の武具は人間が作った物ではなく、どこからともなく湧いて出た物なのだと言う。


 そんな製造方法(?)ならば使い方に噛み合わない、と言うのもあながちあり得なくもない話かもしれなかった。


「つまり、勇者は魔王にトドメを刺す時に盾をどこかに置いたのだろうな」

「置いた、と言うよりも戦闘中ならば投げ捨てたと表現する方が良いかもしれませんね。それなら一応、後々回収役が盾を見つけられなかった事の説明にもなり得ます」


 側近の言葉に、成る程なと魔王は首を振った。魔王が死んだ後の魔王城とは言え、魔物が完全に居なくなった訳ではない。そんな恐ろしい場所でどこかに消えた伝説の盾を探すなど、正気の沙汰ではない。


 正常な思考回路を持つ者なら、適当な理由でもつけて見つからなかった事にするだろう。例えば、魔王の攻撃を耐えに耐えたせいで砕けてしまっていた、などだろう。


「まあ……盾がここにある理由はそれで良いだろう。本題はその盾をどうするかだ」

「基本的に考えれば、勇者、延いては人間の手に渡らないようにするのが良いでしょう」

「それはそうだが、何か良い案は無いだろうか。人間が損をする様な……何かは……」


 伝説の盾が無い勇者など、先手を取って一撃で倒してしまえばいい。伝説の鎧は……どうにかなる、どうにかしてみせよう。


 だが、勇者が魔王城に来るまでずっと伝説の盾を鍋蓋にしておくのも惜しい。さてどうしたものかと魔王が考え込んでいる時、謁見の間の扉がノックされる。


「魔王様、財政部隊隊長ワーウルフでございますワン」

「入れ」


 その音の主はワーウルフであった。扉を開けるなり厳しそうな表情を見せながら、魔王の前で敬礼をとって書類に目を落とす。


「魔王様、非常に申し上げにくい事なのですが今後のために言わせて頂きますワン」

「貴様が直接出張ると言う事は、相当なのだな」

「ワン……レストランの件もまだ完全に解決していない状態で、同盟の強化による魔王城、吸血族居城間の道路整備などがありまして……どうにもこうにもワン」


 魔王は顔をしかめた。いつか来るとは思っていたが、予想以上に早い財政難。


 元より統治領への税を減らして高い支持率を得ている現魔王軍である。今更「財政難だから税を上げる」などと言えば支持率は大きく下がる事になるだろう。そうなると後々に響いてくるのだ、支持率の低い軍への志願兵などたかが知れている。


 それにしても、元から安いものを平均程度に引き上げるだけでも元の安さと比較して文句を言うのは、人間も魔物も変わらないのだ。


「ワーウルフよ、そう気を落とすな。元より分かりきっていた事だろう」

「しかし、その分かりきっていた状態からギリギリまで延命をするのが我々財政部隊でありますワン。その任を満足に遂行出来なかったのは……」

「くどいぞ」


 魔王はワーウルフの反論と言う名の自責を止めるために、敢えて強い口調で言い放った。この手の奴は常時問題なく何でもこなすが、一度はまると抜け出すのが苦手な傾向がある。そこからは負のスパイラルである。


 ならばと、魔王は一つの策を立てた。ワーウルフが自責の念に駆られると言うのなら、本人がその手で解決するべきだと。かなりリスクはあると思うが、越えてもらわねばならない状況なのだ。


「ワーウルフよ、金を用意出来るのであれば、この財政難を回復させる事は可能か?」

「……! 何の問題もなく、必ずや解決してみせましょう!」

「しかし魔王様。解決させるための金額など、一体どこから捻出するつもりでしょうか」


 ここからだと言うのに、側近が言葉を挟んでくる。魔王は忌々しげに目を向けるが、側近は笑っていた。


 そう、彼は分かっていたのだ。今から魔王が言わんとしている事を。だからこそ、その言葉に続かせる道筋を口にしたのだ。そこまでされては、最高の命令をしなければなるまい。


「ワーウルフ、貴様は伝説の盾の件は知っているか?」

「ワン、何でも備品庫で見つかったとか」

「これは命令ではない、勅命だ、ワーウルフよ。その伝説の盾と、貴様の知識、戦略、その他全てを持ってありったけの金を稼ぐのだ。手段は問わぬが、魔王軍の行動と悟られぬようにな」


 ワーウルフは、その言葉に驚愕した。









 伝説の盾を、売れと。





 この財政部隊隊長であるワーウルフに。






 この『銀銭の(シルバーコイン)』に金を操れと。



 ワーウルフの口元には、自然と笑みがこぼれていた。ここまで自分に合った仕事は無い、自分の罪は自分で償え、魔王から直々にそう言われたのだ。


「ありがたき幸せですワン。必ずや、必ずや! 魔王様の元に巨額を届けてみせましょうワン!」


 ワーウルフはそう言い残し、風のような速さで謁見の間から消え去った。しかし、魔王はまだ言葉を終えてはいなかった。


「ワーウルフはこの任を一人でやりきろうと言うのか、大任だな」

「流石に『銀銭の(シルバーコイン)』と呼ばれる彼でも一人では厳しいものがあるでしょう、少々様子を見に行こうと思うのですが」

「別に構わん、数日貴様が居なくともどうにかなろうて」


 側近は魔王に敬礼をして、謁見の間を後にする。


「ワーウルフよ、愉しませろよ……」


 謁見の間、廊下、財政部隊室に高笑いが木霊するーー。






























 とまあ、そんな訳だが。

 この話の終わりだけ話すとしよう。


 『魔王軍財政難回復計画』と題された作戦による収入は、七十九億八千万G(79億8千万ゴールド)であった。具体的には、魔王軍の財政難を二度回復させてもお釣りの来るレベルである。


 まずワーウルフは、製造部隊に伝説の盾の精巧な紛い物(レプリカ)を二つ作らせた。当たり前ながらその紛い物には聖なる力など存在しないしカレーの匂いもしない。


 次に側近は、人間の財政を調べ上げた。税率、国債、国に秘匿されている怪しい金から国民の平均取得に至るまで、だ。


 そして、頃合いを見計らい現物を含めた三つの伝説の盾を、魔王軍領と隣り合わせの小国を名乗り三箇所のオークションに同時に出品したのだ。


 そこからはワーウルフの独壇場。


 側近の調べ上げた財政状況から逆算した金額になるまで、巧みなタイミングによる金額の引き上げによって攻め続けたのだ。


 その結果、三箇所全てのオークションに於いて伝説の盾(紛い物含め)を想定の二割増し程で売り捌く事に成功した。



 魔王歴史学を学んだ御仁なら分かるだろうが、稼ぎに稼いだ金でワーウルフは魔王軍の財政難を一瞬で解決し、危険な状態にあった軍を救ったのだ。






 さて、忘れてはならないのがその大金を払った側である。


 大雑把に言えば、二人の大貴族が破産して一つの国が財政的に消滅した。まあ合計八十億近くを払ったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。


 それに王都からすれば、そんな死屍累々な状況で手に入ったのが伝説の盾三つである。完全に二つ偽物である。


 その上どこから漏れたか国民に偽物の伝説の盾を二つも買った事がバレてしまい、王都や貴族たちの信頼は地に堕ちてしまった。







 とまあ、人間に多大な大混乱を与えたこの件を王宮は『人間の中に潜む反乱分子の狂行』と発表してしまい、これにより人間が疑心暗鬼になったと悪い歴史を刻む事になったのだ。


 その裏で、ワーウルフが軍内で『銀銭皇帝(シルバーエンペラー)』と呼ばれるようになったのは……魔王歴史学の入門書なら必ず書いてある周知の事実である。

ワーウルフさん大勝利。

財政難を克服した魔王軍の明日はどっちだ!

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